創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第七十七話:北方国境防衛戦]

 

「私《わたくし》は、薄情者ですわ」

 

 着替えを手伝っていたヘレナだけに聞こえるように、クリスティナはポツリと言った。

「セイリオスお兄様が亡くなったと聞かされた時、悲しいと感じませんでした」

 当時、奉公《ほうこう》に来たばかりであったが、自身も子供の頃ながら記憶のあったヘレンは首を振った。

「そんなことないですよ。クリスティナ様は大泣きしていましたもの」

「あれは、お母様が泣いていたから……」

「でも、カタリナ様を想って泣くということは、クリスティナ様がお優しい証拠ですわ」

 

「違います!!

 

 気遣ったヘレンの言葉も打ち消してクリスティナは顔を覆った。

「違うの! お母様が泣いていたから、一緒に泣けば、皆が私に構ってくれると思って!」

 幼い頃、いつも孤独だった記憶がある。もしかしたら誰かが手を差し伸べてくれるかもしれない――と。

 

 構ってくれたのは母だった。

 

 それまで、兄ばかりを大事にしていた印象があるのに、初めて優しくしてくれた。

「私の嘘泣きで、母が優しくしてくれたから……」

 多分彼女は、ヘレンに懺悔《ざんげ》していたのだ。

 

「私は、兄が居なくなったのに、嬉しいと思ってしまったんです」

 

 これからは、母が自分を大事にしてくれる、と。

 

 けれど、現実は違う。母は日に日に病気になっていき、また自分は一人になってしまった。

「お母様が病気になったのは、きっと女神様が私に罰を与えたんだと思いましたわ」

「クリスティナ様、それは……」

 あとでそれは違うと分かっても、心には罪の意識が芽生えた。

 母に対して、兄に対して。

 

「私は、アルバートお兄様のことが好きです」

 自分を救ってくれた異母兄。

「でも、これ以上、お母様を苦しませるわけにはいかないの」

 

 兄が生きていたのを知って、母は病気が治っただろうか。

 

 涙をこぼすクリスティナをヘレンは包んだ。

「大丈夫です、姫様」

 彼女には皇女の決断が分かっていた。

「私はいつも一緒です」

 心から慕う異母兄と愛する夫を、裏切るかもしれない辛さを一人で味わわせてはいけない。

 何があっても守ろうと、心に誓った。

 

 

 

 

 ――帝国北方国境・北東門。

 北方警備隊管轄のこの門の砦には、北方警備隊及び門の警備兵、砦の守備兵が集まり、付近国境の見張り班は増員されて、地点も増やされていた。

 警備隊には某小国が攻めてくるという情報が入り、緊張が走る。

 国内は内戦状態に入りそうだが、国境警備としては、ひとまず他国の侵攻を許さず。派遣されてきた奪還軍の援軍の指示に従う。

 クラウ公国は、海から攻めるための囮《おとり》として先に陸を突破してくるという。但し、囮軍といえども、アスールスの軍を誘《おび》き寄せるためのものであり、決して侮《あなど》れる兵力では無いと予想。何がなんでも防衛しなければならない。

 

 偵察部隊が敵の軍を発見して、おおよその地点が判明。向こうも、こちらの迎撃《げいげき》準備を把握しているはずなので、国境を越えるか攻撃してきた時点で戦となる。

 一応警告を促《うなが》すが……恐らくは無駄か。

 

 戦が始まっても、小部隊奇襲を警戒するため、見張り各地点には引き続き小隊を置く。よって、結局まともに戦えるのは奪還軍の援軍となるだろう。

 

 クリスティナ率いる鳳凰《ほうおう》・朱雀《すざく》聖騎士隊は防衛の要となる。

 

 彼女は護衛隊に守られて前線から少し離れた場所に待機しており、実際に指揮を執《と》るのは副隊長であるフェリクス。伝令係が戦況を逐一《ちくいち》報告する。念入りに練った作戦は昨夜の軍議で確認済みで、参謀がクリスティナの傍に就いた。或いは、彼女が命令を下すという重荷を背負わなくても良いように。

 

 いわゆる、完全お飾り状態の隊長は文句も言わずに、立派な鎧で身を包んでいた。美しい顔立ちに結った金髪。女性用の軽量でありながら華やか且つ丈夫な胴甲《どうこう》と腿甲《たいこう》。夫と同じ、朱色のマントには炎を表した刺繍。胸甲部分に刻まれた朱雀。

 凛として、敵でさえも魅了しそうな彼女の横には、鎧をまとった一人の侍女が並ぶ。他の侍女は戦場から少し離れた砦に避難していた。

 

 

 ―――――

 

 

 いっぽう。その砦の主塔には、レオやショーンと精鋭の護衛が潜む。小高い丘の上に建つ、砦の主塔の最上階からは、離れていても遠くの戦の様子が漠然《ばくぜん》と見えた。

 万が一に敗けたら、ここにも攻めてくる可能性があるのだが、密偵から聞いた向こうの戦力はこちらに劣る。問題はむしろ、この暑さでの鎧の着用で病死者が出ないかどうか。

 

「暑さはさておき、防衛は平気だろう」

 呑気にレオは語った。

「俺に負けたけど、フェリクスは昔より強くなってたからな。……俺に負けたけど」

 大事な自慢は二度言う。

「フェリクスだけの問題じゃなくて、親衛……いや、朱雀聖騎士隊は強いだろ。敵対してた時に強さが分かったよ」

 対してショーンは煮え切らない返事。

「うん、まぁ……そうだな」

 何かを考え込んでいる。

「普通に考えたら……な」

「なんだよ? 向こうには秘密兵器でもあるっていうのか?」

「いや、そういう情報は聞いてないけど」

 心配そうにしてから、本音を言った。

「たださ、向こうの軍師の罠が明らかにありそうだから」

「罠?」

「ああ。なんていうか、こっちを待っていた感じがあるのがな」

 相手の軍が動く前に到着したとホッとしたのだが、拭えない違和感。

「待っていた? 勝つ自信があるから?」

「あるいは、こっちが到着することで勝ちが確実になる、とかさ」

 ショーンはため息をついた。

「いずれにしても、いろいろとコソコソ仕掛けるんだよな〜。本当に厄介な軍師だよ」

 今のセリフを聞いたレオは呆《あき》れ返った。

「それって自分に言ってるのか?」

「え?」

 

「コソコソ仕掛けるのはオヤジの得意技だろうが」

 

「え!?

 

「『え!?』じゃねぇよ! 俺を誤魔化せると思っているのかよ!」

 正直、誤魔化せると思っていたショーンは、むしろ誤魔化せない時があったかどうか考えた。

 

「この前だって、預言者の家からの帰りに、オヤジ一人で鳳凰城塞……」

 

 ちょうどレオが熱弁しようとした時、外から大砲の音が響いて聞こえた。

 

「始まったか!」

 おまけに、結構距離があるのに喊声《かんせい》まで聞こえる。

 恐らく国境警備隊の制止空しく、武装軍隊が突入してきたと考えられる。

 喊声は向こうの突撃の合図。

 クラウ公国とは戦争中ではなく、こちらはあくまでも正当な防衛として、初めは国境警備隊だけで交戦しなければならない。それでも向こうが侵攻する気なら、『援軍』として朱雀聖騎士隊が加わる。

 

 

「これは、クラウ公に言い訳を聞かねーとな!」

 

 狂った人物が勝手に攻めたのか、国ぐるみの野望なのか……

 国ぐるみなのは分かっているが、勝手に攻めたと言い張るのだろうか。

「それともナトラ・テミス様の命令だって言ったら笑えるな!」

 笑えない話なのにあざ笑うように話すレオをショーンは注意した。

「レオ!」

 

「小国ごときが、大帝国に攻めてくるとはな!」

 いくら国内が混乱中だからといって、普通ではありえない。

 

 原因は、後ろ盾が大帝国自らというところにある。

 

「それだけ偽皇帝に期待してるってことか!」

 

 気持ちは解らんでもないが、若干興奮状態にあるレオを止めるショーン。

「落ち着けよ。だから追い返してやんだろ! お前が皇帝に戻った時、たっぷり尋問してやるといいさ」

 掴《つか》んだ情報通りに攻めてきて応戦させているが……

 実際に他国からの理不尽な襲撃を目の当たりにすると、こうも腹が立つものか。

 

「戦は貴族の遊びじゃねーんだぞ」

 

 自ら前線に赴《おもむ》くレオだからこそ言える。

「本当に、参戦してくるのかよ……!」

 

 

 勝っても敗けても、戦はたくさん人が死ぬ。

 

 ここで追い返しても、今度は海から攻めてくるだろう。それも追い返したとして……次はサイ城奪還戦か。もし、自分が玉座を取り戻したら争いは終わるか?

(多分、それは無い)

 昔はこんなこと考えなかった。でも、玲菜と出会って、彼女の訴えを聞いていたら、少し考えるようになった。

『行かないで』という言葉の意味について。

 大事な部下が死んだ時に、残される者のことを。

 

「オヤジ……ニホンでも、戦をしていたか?」

 

 彼女は平然と『平和』という言葉を出していた。平和というのは、どういうことだろうか?

 

 ショーンは、何の前触れもなく日本のことを訊かれたことに疑問も持たず、すぐに答えた。

「していなかったな」

 思い出すように。

「少なくとも、俺が暮らしていた二十四年間はしていなかったし、行った時は、前の戦が終わって四十年くらい経ってた頃だよ」

 

「ふ〜ん」

 妙に熱心に聴くレオを見て、ショーンはニッと笑った。

「なんだよ、お前。皇帝に戻ったら、日本みたいな国を目指すのか?」

「いや」

 そうではないけれど、思うところがある。

「ただ、参考にできる事はしたいから、『昔』を少し知るのもいいかなってさ」

 旧世界に限らず。

「歴史を学ぶことは、いいことだぞ」

 

「歴史……」

 正直、皇帝の座を奪還することだけが目標で、その後のことを考えていなかったレオはハッとする。漠然と思っていたのは、民衆の声を聴くことであったが、それだけで政をまとめられない。

 

 少しだけ面倒だとも思っていた。

 

 今、なんとなく、戦以外で自分のすべき事が見えてきたような……矢先に――

 

 

「妙です、陛下」

 護衛として見張りをしながらも、戦の様子も確認していた黒竜が近付く。

「ん?」

 同じく外を窺《うかが》ったショーンも首を傾《かし》げた。

「あれ? ホントだ。変だな」

 

「変ってなんだよ?」

 レオが見ると、初めはよく分からなかったが、段々違和感に気付いた。

 帝国北方警備隊が圧《お》されてきているのに、朱雀聖騎士隊がちっとも掩護《えんご》に向かわない事。

 作戦では、そろそろ戦に加わっても良い頃。……というか、早くしないと突破されてしまう。警備隊の被害も増える一方だし。

 

「早くしろ! フェリクス!」

 味方がやられるのを、ただ見ているだけなんてありえない。

「まさか、クリスティナ殿下が……」

 危うく出過ぎた発言をしそうになって口をつぐむ黒竜。

 しかし、レオは首を振った。

「いや、クリスティナにはむしろ命令させないようにしてある。間接的とはいえ、命令を下すことでアイツは罪の意識を持つかもしれないから」

 フェリクスには独断で指揮を執る許可をしていて、万が一の場合も、参謀が代わりに司令を出す。そのために、クリスティナの近くに参謀を置いている。

 

 フェリクスがタイミングを計り違えるわけは無く、意図的に動かないならば、クリスティナが止めていることになってしまう。

 

 そんなわけは……

 

「あるわけねーだろ」

 レオは異母妹を信じて否定したが、……ショーンは頭を押さえた。

 

「罠はこれだったのか」

 

 

 

 ―――――

 

 その、クリスティナの許《もと》では、参謀が汗を掻《か》いて隊長に訊ねていた。

「なぜですか……。なぜ、出撃を止めるのです! 殿下!」

 座っていれば良かっただけのクリスティナは立ち上がり、準備万端のフェリクスにも止めるよう伝令させた。

 出撃が遅くなればなるほど、味方の被害は大きくなって圧される。手遅れになってしまえば、最悪敗けてしまうことになる。

 参謀は焦って「任せてください」と懇願《こんがん》したが、クリスティナは首を振った。

 

 敵の軍は勢いを増してきていて、いくら戦が初めてとはいえ、御皇妹《ごこうまい》の判断は乱心しているかのよう。ただ、本人は落ち着きすぎているので、何が彼女をそうさせてしまったのか。

 ここへきて怖気付《おじけづ》いたでは済まないし、わざわざ出撃を止めるのは、裏切り行為とも取れる。

 

 彼女に限って、そんなはずは無いのだが……。

 

 もはや、処罰覚悟で強行するかと、参謀が思った頃。

 

「一体、何が……!」

 伝令を受けたフェリクスが不審に思って、わざわざ妻の許へ戻ってきた。

「どうしたというんだ……クリスティナ!」

「フェリクス様」

 

 名前を呼んだ後は、堅く口を閉じる妻を見て、「何かあったこと」を感じ取るフェリクス。

 ただもう、話し合っている時間は無い。

 戦の前に気付けなかったことを悔やみつつ、伝令に命じた。

「隊長は気分が優れないため離脱する。よって、私が代行する。兵に伝えよ! 今すぐ出撃……」

 

「待って!!

 

 泣きそうな声でクリスティナは叫んだ。

 ただ、この後は言葉が続かない。

 今、たくさんの警備兵が死んでいっている。自分のせいで。

 

 でももしも、母と共に『兄』を止めることができたら、――戦を終わらせることができたら、

 大好きな異母兄も、愛する夫も、奪還軍の皆も、サイの都の人々も……

 

(助かるかもしれない。私が白旗を揚げたら)

 

 今、降伏すれば、きっとこれ以上犠牲は出ない。

 そして、自分は捕まるが、母と共に兄の許へ行ければ説得できるかもしれない。

 

 ただ、降伏は異母兄にとって裏切り。皇帝の座も奪還できない。

 

 それでも、皆の命を助けられるなら――

 

「私は、降……」

 

「悪いが、俺はもう、陛下を裏切れない」

 妻の言葉を止めるようにフェリクスは言った。

「そう、誓った。命を懸けてお前を守ることも」

 

 涙を流すクリスティナに告げる。

 

「もしもお前が宣言してしまったら、お前は捕まってしまうだろう」

「覚悟の上です……」

「駄目だ、クリスティナ」

 フェリクスは妻を力強く引き寄せた。

「もう、離れたくはないんだ」

 

 崩れそうになるクリスティナを支えつつ、フェリクスは伝令係に命じた。

「朱雀聖騎士隊に伝えよ! 出撃開始せよ、と」

「はっ!」

 すぐさま伝えにいこうとする伝令係。

 しかし、一瞬違和感を覚えたフェリクスは止めた。

「ちょっと待て」

 兜《かぶと》を深く被っていて、顔がよく見えないが、何か様子が変だ。警備隊員を把握しているわけではないけれど……。

 

 そう思った矢先に、伝令係は口元を含み笑いさせて兜を取った。

「さすがフェリクス殿。顔だけでなく勘も良い」

 

 兜を取ると出てきたのは女性のような美しい顔立ちに後ろで結んだ長い金髪。

「ただまぁ、顔はボクの方が美しいですけどね」

 緑の瞳をした男の顔は、見たことがある。

 

「シガ軍師!?

 

 フェリクスもクリスティナも驚き、呆然《ぼうぜん》としたところで、周りに居た護衛兵たちが次々に倒れた。

 

「効いてきたようで良かったです」

 シガが得意げに言う間も次々に倒れて、参謀まで倒れた。

 ついに残ったのはフェリクスとクリスティナとヘレンだけ。

 

「一体、何を……」

 フェリクスが訊ねると、シガは面白そうに答えた。

「戦場に紛れ込むのも、伝令係を気絶させてすり替わるのも簡単でした」

 それくらいは分かるが、問題は護衛の兵たちが倒れた事。

「しかし、鎧は暑いですね。皆さん、水をよく飲みます」

 今の言葉で悟れた。

「給水樽に毒を入れたのか!?

 毒という言葉でヘレンは悲鳴を上げそうになったが、シガは首を振る。

「そこまで冷徹ではないですよ。ボクは野蛮なことが嫌いなんで」

 一体どの口がほざいているのか。

「ただの眠り薬です。でも、フェリクス殿はここに居なかったとして、クリスティナ殿下もそこの女性も効かないなんて、案外警戒心が高いんですね」

 実は警戒ではなく、緊張で朝から二人とも水すら飲めなかった。

 だが、眠り薬が効かないのは、さほど関係無く、突然現れた兵十数人に囲まれる。

 

 恐らく、フェリクス一人だったら、この程度の兵は倒せるが、女性二人を守りながらとなるとキツイ。

 

 剣を構えるフェリクスに、シガは手を向けた。

「落ち着いてください。貴方たちを殺すつもりはありません。ただ、『戻って』いただきたくて」

「戻る?」

「セイリオス様の許へ」

 

 名を聞いた途端、フェリクスは怒り出した。

「ふざけるな! 奴は偽皇帝。我が主《あるじ》ではない!」

 

「でも、妻の実兄であり、貴方にとっても義兄ですよね?」

 

 

 ――その時、「うおおおおおお〜〜〜!」と喊声が聞こえて地鳴りも響いた。

 

「さて。勝どきでしょうか。クラウ公国軍が見事国境突破したようですね」

 シガはニヤッと笑いながらフェリクスを見る。

「隠れていたそちらの精鋭軍は、出撃命令が出ずに撤退ですか?」

 次に、震えるクリスティナに。

「殿下が降伏せずとも、警備隊は、ほぼ壊滅でしょうね」

 

 朱雀聖騎士隊は出撃できなくて、警備隊がやられていくのをただじっと見るはめになったのだろうか。だとしたら、さぞかし無念だ。

 

 

 そう思ったが、様子が違った。

 戦いの音は続き、むしろ大きくなった気がする。

 命令の出ていない朱雀聖騎士隊が突撃したのだろうか。それとも!?

 とにかく、激しい戦闘音が聞こえる。

 

「これは!?

 意表を突かれたシガが隙を見せた瞬間、フェリクスは動き、彼を人質に取ろうとした。

 だが、

「おっと! 見てください」

 すかさずシガが指した先には……

 

 

 ――地面に倒れるヘレンと、悲鳴を上げるクリスティナ。

 

「ボクも学習したんですよ。人質にされないために」

 

 シガは笑いながら言うが、ヘレンの体からは血が流れ出ていた。

「貴様……!」

 青ざめるフェリクスに、シガは問う。

「今なら応急処置が間に合います。医師を連れてきているので。貴方にとってただの使用人でしょうが、奥方には大切な侍女ですよね」

 泣き叫ぶクリスティナの声を聞いた後、もう一度訊ねた。

 

「見捨てますか? それとも、一緒に来てくださいますか?」

 

 

 *

 

 

 危機に陥《おちい》った警備隊と、全く動こうとしない朱雀聖騎士隊を心配して、潜《ひそ》みながら帝国北方国境北東門に向かっていたレオたちは、警備隊への援軍が、朱雀聖騎士隊とは別の場所から現れたことにびっくりした。

 

 ちょうどフェリクスたちが聞いた喊声はその軍隊の声。

 いきなり現れて、敵軍を蹴散らした。

 そこから、命令されていない朱雀聖騎士隊も加わって、敵を一気に圧し返す。

 

 瞬く間に形勢逆転してクラウ公国軍を撤退させた。

 突破されていたら最悪の結果だったが、見事防衛に成功。危機は脱出する。

 

 勝利を収めた帝国軍は喜び、レオたちが到着して間も無く勝どきが上がった。

 

 

 レオとショーンは兵をかき分けて、助っ人に来た軍隊の大将を探す。

 

 兵を見た感じだと、傭兵団に近いような……。

 奪還軍に入りたい者たちだろうか。

 

 それにしても助太刀の手際の良さはどこかの騎士隊級。

 

 褒めてやろうと探し出した先には、傭兵の隊長にしては、ずいぶんと高級そうな鎧を着ている男。物腰も妙に堂々としているので、もしかするとどこかの貴族かもしれないと思った。

 その男が、数人の従者を引き連れて、レオたちの前に来る。

 

 兜を被っていたので、顔は分からなかったが、なぜだか偉そうに感じる。

 一応、見つけた時に黒竜が相手の側近らしき兵に伝えたので、奪還軍の軍総隊長だと分かったはず。すなわち、アルバート皇帝陛下だと分かったはずなのに。

 なぜ、かしこまってすぐにひざまずかない?

 なぜ、兜をすぐに取らない?

 

 立派な全身甲冑の男は、何やら少し笑って、ようやく兜に手を掛ける。そういえば右腕が義手ではないかと、分かった瞬間に謎がすべて解けた。

 

「久しぶりだな、アルバート」

 

 偉そうな態度は昔からだ。高級そうな鎧を着けているのは、金がそれなりにあるからか。傭兵団は傭兵団だろうが、もしかすると騎士もいるのかもしれない。知り合いの貴族か何かの関係で。

 

 兜を取ると、相変わらずの長い黒髪が出てきたが、今は後ろに結んでいる。

 正体は分かったが、仰天して声が出ないレオの代わりにショーンが近付いた。

「おお! 来てくれたんですね、フレデリック殿!」

 

 ……知っていたのか。

 

 ……知っていたのか!?

 

 それは、レオの異母兄で長男だったフレデリック。

「ああ。少し遅くなったが、軍師殿の言う通り、来てやったぞ」

 決定打だ。

 

 まごうこと無き、軍師はまたもや『コソコソ仕掛けて』いた。


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