創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第八十話:アスールス沖の海戦]

 

 クラウ公国は小さな国であっても、広い海に面して資源もそこで得ていた。

 内陸の国よりも船の技術に優れ、海産物を始めとした交易も盛んで、領土が発展。ナトラ・テミスやアマテラス帝国といった大国に挟まれながらも独立を維持した。

 但し最近では両隣国の争いに、ナトラ・テミス側として参戦。アマテラス帝国とはやや影を落とした関係となっている。

 

 さておき、軍事力に関しては海軍が圧倒的強さを誇り、帝国もうかつに手を出せない程。海の大艦隊はほぼ無敵とも言われる。逆に陸では太刀打ちできないが為に帝国領には攻めてこず、今まで距離を保ってきた。

 

「――ところが、偽皇帝の黙認と帝国内の混乱に乗じて、攻めてきたって話だ。お分かりですか? 皇帝どの」

 最後の嫌味たっぷりの言い回し……軍師ショーンによる有り難い解説に、本物の皇帝陛下は激怒した。

「分かってるに決まってんだろ!! 馬鹿にしてんのか、オヤジ!!

 

「いや、馬鹿にはしてねーよ。お前が教えろって言ったんだろ?」

 対して悪気の無かったショーンは首を捻《ひね》る。

 レオはため息をついて頭を押さえた。

「いつもながら、説明……つーか、前置きがなげーよ」

 聞きたいのは、その後の話だ。

「クラウ公国の海軍が強いのは知ってる。その無敵の艦隊に、バカたちが勝てるのか? って訊いてんだよ」

「バカ……? ……ああ、カルロス君のことか」

 バカでピンとくるのも失礼だったが、ショーンはニッと笑う。

「大丈夫、タヤマ君がついてるから」

 ちなみに、敵軍にタヤマの父親がいることは知らない。

「それに、うちの水軍の連中を馬鹿にするなよ」

「向こうは無敵大艦隊で、うちは寄せ集め集団なのにか?」

 しかも、やや賊気が強い。

 軍総隊長の不安を打ち消すように、参謀長はきっぱりと断言した。

 

「大、丈、夫!! 無敵艦隊だからこそだよ!!

 

 その自信はなんだ。

「作戦は憶えているだろ?」

「あー」

 若干記憶が怪しかったレオは頷《うなず》いた。

「……まぁ、一応。でも、相手がそううまく動いてくれるかどうか」

 こちらの作戦の誘導に引っかかってくれるかどうか。

「こっちだって、訓練は湖だったし、うまく陣が組めるのかよ」

 今回の戦のために、水軍は模擬海戦の訓練を相当積んだようだが、やはり本物の海とは違う。

 

「だから、うちの軍には海族《うみぞく》や海賊がいるだろ? 海は庭なようなもんだぞ!」

「でも、連中は軍人じゃないし、海賊なんて、下手したら逃げるかも」

 

「それでいいんだよ!」

 耳を疑うことを軍師は言う。

「艦隊は強力だけど、むしろ想定外な動きには弱いんだ。それに、どれだけすごい船だろうが、自然の脅威には敵わない」

 無理に突き進むのではなく、従うのだと。

「海で暮らしていた海賊や海族は、よく知っているはずだよ」

 

 

 

 北方国境・北東門を出発して三日後。

 アスールス港へ到着したレオたちは、高い塔の上から遠くの海を眺めながら戦況を待っていた。

 一応、船は遠くに見えて、会戦した様子は無い。

 奪還軍は港町に飛び火しないよう、沖にて敵を迎え撃つ。

 攻撃の通告は、アスールスを解放して海に出た直後、使者の船がカルロスたちの許《もと》へ来たらしく、その時に降伏を促《うなが》してきたが、もちろん従わない。

 いつでも応戦する準備はできている。

 ただ、通告してきたのにも関わらず、作戦なのかなんなのか、中々敵軍艦が姿を現さないのが不気味でもあった。

 

 

 ――そう思っていた矢先に、ようやく大艦隊が姿を現したと報告を受けるレオたち。

 急いで望遠鏡を覗くと、敵軍と思われる船が数えきれないほど集まってきて、不安に駆られた先ほどの会話に繋がる。

 

 

 たった今、相手側から最後の降伏勧告が奪還・連合水軍に宣告されたとの事。大将であるカルロスは当然はね退けるだろう。

 

 いよいよ、アスールス港を賭けた海戦が始まる。

 陸側の防備は完璧。万が一にも、港でも戦闘配備して、抜けてきた敵船を撃つ。

 住民にはできる限りの避難をしてもらった。

 

 

 そして……

 ショーンたちが息を呑《の》み、海に視線を集中していると……

 

 大砲の音が鳴り響き、船が徐々に動いていった。

 

「始まったな」

 自分たちは見守ることしかできず、ショーンは拳を握りしめた。

「死ぬなよ、みんな!」

 

 ダリアやロッサムの湖族隊。

 サン・ラーデやアスールスから集まった勇士軍。

 ブラックと犯罪組織団。

 ポールたち海族隊。

 ピーターたち海賊と傘下軍団。

 それに、タヤマやカルロスの軍。

 

 レオもまた、気持ちを抑えながら微かに見える海戦をじっと見ていた。

 

 

 *

 

 

 その、海の上では――

 敵武装船が縦一列に並んで海上を移動する。どれも立派な大型船で、大砲を何十門と搭載している。むやみに近付くと即集中砲火で撃沈されることは間違いない。

 訓練された動きは一寸の隙も無く、無敵艦隊の名は伊達ではない。優れた造船技術が目に分かる最新式の軍船。

 

 彼らは沖側に配置していき、奪還軍は港町を守るように陸側。

 風上は沖。

 奪還水軍の海族も海賊も、もちろん風上を読めたが、向こうの戦艦も同じ。船に勝る分、向こうの方が明らかに有利だった。

 海での戦いは帆船《はんせん》にとって風上が勝るというのは周知の常識。

 

 対して奪還水軍の船は、大きな武装船もあるが、湖用のやや小さな船も多い。まるで旧時代の軍船。追い打ちをかける風下。

 風下は逃げやすいが、陸側に逃げるわけにはいかない。守るための領地を危険にさらすわけにはいかない。

 背水の陣ならぬ背地の陣か。

 

 海戦が始まって早々に勝負がつきそうな雰囲気になった。

 

 そもそも、奪還水軍の船はクラウ公国海軍に比べて少ない。勝負が目に見えるとはまさにこのことで、公国海軍が偵察から受けた報告よりも少ない様子。

 どこかに援軍が潜《ひそ》んでいるのか?

 海ではあまり潜む場所は無いのだが……

 たとえ、潜んでいたとしても、対策のあったクラウ公国軍は船を一斉に旋回させて、射程距離の長い大砲を奪還水軍に向けた。

 

 ただ構えられただけで、なんて威圧か。

 

 守るべき陸を背に、奪還水軍は降伏しそうになる手を抑えて覚悟を決めた。

 

 

「さーて、海なんかで死にたくはないからねぇ」

 湖族船団の船の甲板《かんぱん》では、ダリアが皆を鼓舞《こぶ》した。

 

「踏ん張り時だよ、みんな!!

 

 いきなり踏ん張り時なのがつらいが、湖族の根性と気合いはどの隊よりも高い。

「早く終わらせて、湖に帰るよ!!

 

 強い潮風が吹く中、湖族船団の喊声《かんせい》は海に響いた。

 

 

 直後、敵軍による一斉砲撃が始まった。

 

 つい今、意気込んで声を上げていた兵たちの乗った船が次々に撃破される。

 応戦してこちらも一斉砲撃を開始するが、向こうの射程距離の方が長く、ギリギリ当たらないことが多い。性能の良さも向こうの方が上。

 硝煙《しょうえん》も視界を遮《さえぎ》る。

 砲撃のため、距離を縮めようと近付くと相手側の恰好《かっこう》の的となった。

 

 

 *

 

 

「圧倒的じゃねーか!!

 

 遠くで見ていたレオは憤《いきどお》りで壁を叩いた。

 

 海戦が開始して数日で奪還軍船はかなり撃破されて、数が少なくなっている。

 完全に敗戦の流れ。

 なんとか応戦をしているが、向こうは然程《さほど》痛手を負っている様子は無い。

 報告も逐一《ちくいち》来るが、遠目から見てもすぐに分かる力の差がそこにあった。

 

 戦いはずっと続けるわけではなく、たまに様子を見て静かになる。

 ボロボロなはずの奪還水軍は依然《いぜん》として白旗を揚げずに粘っている様子。

 ただ、陸に関しては危険にさらすことなく、耐えている。

 

 幸いにも主力船の沈没と幹部たちの訃報《ふほう》は聞かず、ここで耐えきれば、離れた場所にいる海賊が援軍に来るという作戦だった。

 実は海賊のピーター船長は、海に出るなり、傘下《さんか》の海賊たちと合流するために仲間を連れて遠くへ行った。彼がたくさん海賊船を引き連れて戻ってくれば挟み撃ちができる。

 囲まれてしまっては、無敵の艦隊も白旗を揚げるだろう、と。

 ……思っていたのに。

 

「ホントに戻ってくるのかよ」

 誰も口に出せなかった不安をレオが吐露《とろ》した。

「っていうか、薄々勘付いていたけど、逃げたんじゃねーのか?」

 

 その言葉には、場に居た護衛たちが皆下を向いた。

 多分、全員が同じことに勘付いていた。

 ショーンだけが宥《なだ》めるように言う。

「気持ちは分かるけど、ピーター船長を信じよう」

「だって! 海賊だぜ!?

「いや、だから……」

 

「海賊だぞ!?

 

 もう一度強めに言ったレオは、不審でいっぱいの表情をしていた。

「最初にその作戦を聞いた時、俺は反対したよな?」

 そうだ。最後まで反対をしていたのは彼だ。

「参謀たちを丸め込んだのはオヤジだろ? 連中はオヤジに心酔《しんすい》しているからさ」

 レオも心酔していたけれど、最近は完全なる信用はできなかった。ショーンだって失敗はするし、前々回の戦では敗戦も味わった。

 そもそも彼の知識は、旧世界の請《う》け売りが多い。

「玲菜もそうだろ。どんな安全な場所で育ったのか知らねーけど、隙は多いしすぐ騙される」

 こんなことは言いたくなかったが、レオはショーンに詰め寄った。

「オヤジも“平和な”ニホンで暮らして感覚がマヒしたのか? 相手は『海賊』だぞ?」

 

 今の状況は、“耐えたら”という状態ではない。

 次に総攻撃をされたら奪還水軍は壊滅するかもしれない。

 

「俺も甘く見ていたよ、クラウ公国の戦力を」

 レオは後悔した。

 海賊がアテにならなくても勝てると思っていた。

 

 ここではカルロスが大将だが、自分は軍総隊長。まして、カルロスには悲願があって、まともな決断は下せない。戦場にいると冷静な分析もできなくなる。

 遠くから見ている自分の方が戦況は分かる。

 

「撤退をしろと、伝令しろ!」

 

 近くで控える朱音にレオは命じた。

 

「海賊は来ない。耐える戦いは無駄に死者を増やす。作戦は失敗で終わり」

「ちょ、ちょっと待て!」

 ショーンが止めても聞かず。

「俺の権限で命令を……」

「ちょっと待て!!

 必死で軍師は総隊長を止めた。

「確かに、俺の作戦が甘かったかもしれねぇ! 平和ボケもあったかもしれねぇ!」

 深刻な顔で。

「ただ、この作戦『神風《かみかぜ》』には……撤退は無いんだ」

 カルロスが覚悟を決めて、兵たちも納得した作戦。

「敗けたらアスールス港町が終わりだから、撤退はしない、と」

 命を懸けて町を守ると決めた。

「町と一緒に死ぬ気なんだ、カルロス君やタヤマ君は」

 

 レオが目を丸くして驚いていると、ショーンは続きを伝える。

「ダリアたちは撤退するかもしれないけど、でも……どうかな」

 

 ちょうどそんな話をしていた矢先に、信じたくない報告が入った。

 

「申し上げます! たった今、湖族の船団に砲が直撃! 主船の一つ、ロッサム殿の船が沈没しました!」

 

 

「えっ!?

 

 まさか……

 

「ダリア隊長は無事ですが、負傷したとの事! しかし……」

 

 怪力で何をしても死ななそうな弟がやられれば、姉は黙っていない。

「ダリア隊長の船は単独で特攻しそうな勢い。もはや、陣も崩されて水軍は危険な状態です!」

 

 聞いた途端、朱音と黒竜が動き出してレオを掴《つか》まえた。

 

「は!?

 

 驚く間も無く、朱音が静かに告げる。

「陛下はここから離脱していただきます」

「ふざける……」

「ショーン様も! いいですね?」

 有無《うむ》も言わさずに、黒竜と朱音は二人をここから逃げ出させる方針へ。

 こうなると忍びの二人は強く、主の命令すら聞かない。すべてはレオの命を守るために。

 だが、すぐに別の伝達係が入ってきて報告してきた。

 

「援軍来ました!! 物凄い海賊船の数です!!

 

 

 *

 

 

 こんな数の海賊たちが……

 一体どこからやってきたのかと思わんばかりの海賊船の大軍が、海の沖からやってきた。

 風のおかげか船は速く走り、あっという間にクラウ公国海軍の後方に。

 味方だから良かったものの、この数の海賊たちに上陸されたら、港町だけでなく周辺一帯の町村が略奪されてしまう。

 そんな怖くて頼もしい連中を率いるのは噂のピーター船長。白髪に無精ひげに無数の傷としわだらけの顔。歯は抜けていてもしゃがれで貫禄のある声を出す彼は、聞こえないのに海族の男・ポールに向かって大声を上げた。

「おぅ! 遅くなっちまってすまねーな、ポール!」

 言わずとも、傘下をたくさん招集していたら遅くなってしまった様子。傘下でなくとも、『恩赦《おんしゃ》』という餌に釣られてやってきた連中も。

 

 遠くでレオが寒気を感じているのはさておき、海賊たちは“いつもの仕事”以上にいきり立った。

 クラウ公国の船には仕事を邪魔されることもしばしばで、仕返しをしようという心もあるようだ。

 なんせ海賊船団は彼らの風上。

 大砲を撃ちこむ絶好の好機。

 海賊たちは統率もされていなく、好き勝手に撃ち始めた。

 

 

 クラウ公国海軍を挟み撃ち。さすがの無敵艦隊も敵わないだろう。

 形勢は一気に逆転! ……かと、思いきや――

 

 

 しばらく奪還水軍が優勢に立ったのも束《つか》の間。

 

 

 なんと……海賊船団の更に後ろからクラウ公国海軍の新しい軍船団がやってくる。

 これが無敵艦隊の作戦で、挟み撃ちを想定したやり方。

 しかも向こうが風上。

 

 奪還水軍はまた危機に陥《おちい》った。……はずだった。

 

 

 タヤマは空を見上げて、カルロスも見上げる。

「そろそろですね」

「ああ、そろそろだな」

 

 海族の兵たちは砲を構えて他の船たちに合図した。

 敵軍の航海士が気付いて慌てて警鐘を鳴らしてももう遅い。

 海賊たちも薄気味悪くニヤッと笑って、どんどん大砲に弾を装填《そうてん》していった。

 

 ――途端に強風が吹いた。

 

 風向きは変わらなかったが、突風といった様子。

 海上の船は波に煽《あお》られて船体が傾《かたむ》く。下手すると転覆する程。

 

 奪還水軍はこの機を待っていた。

 カルロスが命令を下して、傾いた船体のまま、大砲を一斉に撃つ。

 

 一方、風上の相手側は傾いたせいで砲台に水が入り、砲撃どころではない。

 

 次々に撃沈される中、公国海軍は態勢を整えつつ移動。一瞬足下を救われた気がしたが、落ち着けば対応できるので、乱れそうになった陣を戻していった。

 

 

 しかし、気付くと海賊船団と海族の船たちが逃げていく。

 追いこんでいったクラウ公国艦隊は、風も戻ったのに、段々と船の進みが遅くなることに違和感を覚えた。――いや、覚えた時にはもう遅かった。

 

 これこそが神風作戦の罠だ。

 

 

 公国艦隊が嵌《はま》ったのは、海流によって船が動きにくくなる場所。この辺りが庭のような海族たちだからこそ知っている場所。

 元海族出身の多い海賊にも知られていて、あまり近寄られなかった。

 

 気付いた艦隊は脱出を試みるが中々抜け出せずに、奪還水軍の砲撃の餌食になった。そして、砲弾も少なくなると、今度はやや小さな船たちによる鋭角攻撃。

 

「弟の仇だよ! 覚悟しな!!

 

 怒りに燃えるダリアは、自分の怪我も気にしていない様子で敵船に突っ込んだ。湖族や他の隊の船も次々に突っ込み、生き残った者たちで白兵戦が始まった。

 彼らは元々こちらが得意だ。

 やがて乱戦になり、海賊たち含むどの船でも白兵戦が始まった。

 

 まるで昔の海戦さながらに怒号が飛び交い、凶器が絡む音が響く。船の至る所で煙が上がり、血の臭いも入り混じる。

 視界が悪い中、ある者は斬られ、ある者は叫び声を上げながら海に落ちる。

 

 大きな穴が空き、浸水する船内。帆柱《メインマスト》が折れてそのまま沈没する船と巻き込まれる兵たち。

 

 

「我々も続くぞ!!

 

 この白兵戦に勝てればもしかすると自分たちの勝利。

 悲願が叶うのはもう目前と、カルロスは自らの船も敵船に突っ込んだ。

 アスールスやサン・ラーデの勇士軍は大将に続き、勢いよく戦った。

 

 

 だが、その時――

 

 戦闘が始まり、兵たちが混戦で斬り合う中、爆破で亀裂の入った柱がメキメキと悲鳴を上げながら折れる。

 

 至る所で爆発音や喊声《かんせい》があり、戦いに夢中で興奮したカルロスは気付いていなく、直撃する位置に勢いよく落ちてきた。

 

「カルロス様!!

 

 間一髪、気付いたタヤマが主を押して助けた。

 しかし、倒れ込んだカルロスが見えたのは……無残にも、自分の代わりに下敷きになったタヤマの姿だった。

 

 

 

「タヤマ!!

 

 一瞬静まり返った場にカルロスの叫びが響き渡る。

 すぐ後に乱戦の騒ぎの続きでかき消されたが、彼は何度も何度も部下の名を呼んだ。

「タヤマ!! タヤマ!! ……タヤマ!!

 

 普通だったら即死。

 けれど、ちょうど近くに積まれた荷物のおかげか僅《わず》かに隙間ができていた。そして、タヤマが小柄だった奇跡でなんとか命は取り留めたようだ。

 気を失った後、カルロスの呼びかけでタヤマは意識を戻す。それでも眼は開けられずに切らした息で返事をした。

「わか……」

「タヤマ!!

 つらそうに声を出すタヤマ。

「無事……ですか? 若……!」

 涙ながらにカルロスは答えた。

「俺は平気だ! 無傷だ! 心配なのはお前の方だ!!

 生きていてホッとしたが、早く助けないと。

 幸い、眼鏡は割れているけれども、目の近くには傷は無い。

 

「大将な……のに、……無……茶しちゃ……駄目です……よ」

「悪かった。もうしないから、お前も喋るな」

 カルロスは自分の軽率な行動で大事な部下が大怪我をしたことを、心から反省した。

 船に入ってきた敵を兵に一掃させると、速やかに白兵戦の場を離れる。タヤマの柱を大人数でどかして、他の船員の怪我等にも対処した。

 ただ、場を離れたのはカルロスの船だけではない。

 白兵戦をしていた奪還水軍は、次の自軍の攻撃のために皆が切り上げて離れていく。

 一見、相手側からしたら逃げていく様。

 なぜ退却したのか……? 疑問はすぐ恐怖に変わった。

 

 何かを積んだ無人の小型船がたくさん、クラウ艦隊を目がけて突っ込んでくる。

 最後方の大型の船に乗っているのはブラック率いる犯罪組織集団。

 連中は闇で手に入れた前世界の兵器を改良して巨大な焼夷《しょうい》弾砲を造った。

 

 海流の渦に嵌っていた艦隊は、逃げていく奪還水軍への砲撃をすぐに中止して、自分たちも一目散に逃げ出した。渦の中心付近にいた船は身動きが取れずに、総員が海に飛び込んで逃げる。

 

 

 次の瞬間には容赦なくブラックの船が焼夷弾を放った。

 

 小型船には燃料が積まれていて、焼夷弾の炎で爆発して大火炎となった。

 巻き込まれたクラウ公国の船は次々に燃えて、まさに火の海。

 

 これでクラウ公国海軍――無敵の大艦隊は大打撃を受けてやむなく撤退に追い込まれた。

 その、敵軍が撤退している最中でも、無慈悲のブラックや海賊たちは追撃する。

 

 勝ちどきを上げる前に、カルロスは連中の非道をやめさせようとした。

 だが、ちょうど砲撃停止を命令したと同時にピーターの船が撃った砲弾が相手方の立派な軍船に直撃。恐らく火薬にぶつかったのと、すでに所々壊れかけていた可能性もあり、爆発炎上して海に沈んだ。

 

 海賊たちが大喜びしたのは多分それが敵大将……つまり、提督の乗った船であり。

 

 

 応急手当てを施《ほどこ》されていたタヤマには、あまりにも残酷な光景だった。


つづく・・・


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