創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第八十一話:帰還]

 

 その日、勝ちどきは海に夕日が沈むまで続いていた――。

 

 

 無敵のクラウ公国艦隊を見事追い払った奪還連合水軍は、真のアスールス解放という悲願が叶って、勝利に酔いしれる。

 敵軍は撤退。

 こちらの損害も甚大《じんだい》であったが、とにかく奇跡の戦勝だったので歓喜せざるを得ない。死した仲間の分も祝い、涙を流して冥福を祈った。その中で、生存者は救出してすぐに衛生兵が向かう。

 捜索は暗くなっても明かりを灯して長い間行われた。

 

 そして、生き残った兵たちは次々に陸へ帰還する。アスールス港町の桟橋にはたくさんの船が着き、陸側防衛の軍に出迎えられた。

 そこでも勝利を祝う大歓声と、負傷者を運ぶ班やら救助に向かう班やらで、大勢が騒ぎ行き交っていた。

 

 

 結局離脱しなかったレオもショーンと共に兵たちの様子を見ながら報告を聞いて、一つ胸を撫《な》で下ろしたことがあった。

 

「シリウスさま〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

 

 野太高《のぶたか》い声で呼び、ドスドスと内股《うちまた》で走ってくる大男は……モヒカンオネエ≠アとロッサムであり、褐色《かっしょく》肌の筋肉男。

 戦の途中で彼の船が沈没したと知らされていたが、自力で泳いで無事だったとのこと。

 

 普段は反射的に避けるけれども、安堵《あんど》した油断でレオは彼に飛びつかれた。

「会いたかった〜〜〜シリウス様!!

 ムッキムキの筋肉に抱きつかれるのはいささか気持ち悪いが、“生きていた”事に免じて今日だけは許してやる。

「しぶとい奴だな、お前は」

 いつもは全力で突き放してくるのに、仕方なさそうに笑うレオに、ロッサムはときめいた。

「シリウス様! もしかして、ワタシのことを心配してくれたんですか?」

「個人的には別にいいけど、奪還軍としては、お前の戦闘力を失うのは惜しいからな」

「そんなにワタシのことを……」

 まさに怪力で、ギュッと抱きしめてくるロッサム。

「嬉しい〜〜〜シリウスさま〜〜〜」

 レオが危うく失神しそうになったことは言うまでもない。

 

 ただ――喜んでばかりもいられなく。

 

 

 ―――――

 

「間違いねぇ。俺たちは独自の方法で奴らの主力船を把握していた。

 こう言うのは犯罪組織の首領ブラック。

 取り巻きを連れて、脂としわの多い強面《こわもて》の男がカルロスの質問に面倒くさがりながら答えていた。

「それなりに高くついたがな」

 

 実はブラックたちは、彼らの裏の力で敵軍の情報を調べていたのだという。だから、『本当にクラウ公国の提督《ていとく》の乗る船を沈没させたのか』と、カルロスの確認にも自信をもって頷《うなず》く。

 

 そして、その情報は海賊ピーター船長にも伝わっていた。

 

「……わかった」

 敵軍提督がタヤマの父親だと知っていたカルロスは肩を落とした。

 ピーターは狙って主力船を撃沈させたのだ。

 

 これは仕方のないことでもある。

 

 絶対に逃がさずに――仇を討とうとしたのだろう。

 彼にとっての友の仇を。

 

 

 

「おめえの願い通り、アスールスは解放されたぜ」

 皆と離れた遠くの入り江で、暗い海に向かいピーターは酒を掲げた。

 

「……ポールよ。肝心のおめぇが死ぬなんて、ついてねぇ野郎だぜ」

 周りには今の仲間も居なく、凱歌《がいか》が聴こえるだけの中、昔の友に語る。

「結局、てめぇの親父と同じく海に沈みやがってよ」

 友というか、大事な友の息子だった。

 もしかしたら自分にとっても息子のように接していた時もあったか。ただ、海賊の仲間には誘わなかった。

 

 ポールの船は、敵軍主力船の砲弾を受けて沈んだ。

 彼はずっと、アスールス解放を心から願っていた。

 

 

 訃報《ふほう》を知ったカルロスは複雑な心境でタヤマの様子を見る。

 大怪我した彼は救護所へ運ばれて、今は静かに眠っていた。

 起きてもなんて伝えればいいのか分からない。

(ただ、お前が無事で良かった)

 戦死した仲間の事はとにかく無念でならないが、それでも、カルロスは大事な従者が無事だったことに感謝した。

 

 

 アスールス港町は歓喜に満ちたまま一夜が明けた。

 

 

 

「勝利といっても我が軍は大損害。クラウ公国がまた襲来しないか心配ではあります」

 次の日の朝。

 港がまだ騒がしい中、カルロスはタヤマ以外の参謀《さんぼう》たちとショーンで話し合いをしていた。

「襲来は恐らくあるでしょう」

 一人の参謀が言うと、ショーンも頷く。

「まぁ、そうだろうな。ただ、大打撃を与えたから、しばらくは来ないと思うけど」

 しばらくはといっても、襲来の可能性に皆が顔を曇らせると付け加える。

「でも、これからは帝国側の海軍も動くだろうから、大丈夫だよ」

「え?」

「そもそも、クラウ公国は帝国に宣戦通告していない」

 ショーンの話はこうだ。

 

 今回のクラウ公国の侵攻は、偽皇帝側が内々で知っていたものであり、あくまでも不法侵略にあたる。筋書としては、『知らぬ間にアスールスが占領されてしまった』といったところか。

 

 しかし、アスールスは見事他国の侵略を撃退し、攻撃された事実は国民に知れ渡る。

 当然、皇帝の耳にも入り、無視はできない。

 

 

「――だから、帝国海軍を動かさざるを得ないというわけさ」

 

 帝国海軍は領海線に配備されて、監視の目を光らせることになる。

 今後北方にて、海軍本部を置かれるはず。

「あとは、クラウ公国と帝国海軍の問題だ」

 

 公国と帝国の問題はさておき。今回は、一度追い返せれば奪還軍の勝ちとなる。

 もちろん警備は置かれるが、アスールス港町は事実上解放。元の観光地に戻れる。

 

 

 ―――――

 

 レオとショーンと護衛たちは、予定外にアスールスへ来ていたので、一足早くに鳳凰城塞《ほうおうじょうさい》へ帰ることになった。

 鳳凰城塞へは現在、奪還軍がほぼ集結している。軍の施設としてはかなり良い場所なので、緑龍城から拠点を移して最終決戦に備える。

 国内は緊迫しているはずだが、緑龍城共々、襲撃等の連絡は無い。ひとまず事は順調に進んでいる。軍総隊長はあまり不在を長くしないよう、早々に帰還する必要があった。

 

 レオたちは幹部たちに挨拶した後、密かにアスールス港町を後にした。

 

 

 *

 

 

 いっぽう、その頃。

 

 サイ城へ連行されたクリスティナとフェリクスは、たくさんの兵に囲まれていた。

 予想はついていたが、ウォルトの家臣であり、逃げることはできない。

 自分を睨むフェリクスに、一緒にいたシガはほくそ笑みながら言う。

「大丈夫ですよ。丁重なおもてなしをするつもりですから」

 連行して取り囲むのが、もてなしなのか。

「まして、クリスティナ殿下は内親王《ないしんのう》。危害を加えるわけはない」

 その内親王に彼は告げる。

「但し、これからはセイリオス様の妹としての立場で振る舞ってください」

 実の妹であるけれども、念の為。

「どうか、妙な気を起こさぬよう」

 これは脅しで、実質クリスティナとフェリクスは囚《とら》われてしまった。

 

 

 *

 

 

 十二日後――。

 

 

「え!?

 

 軍とは別に一足早く帰ってきたレオたちは、鳳凰城塞に到着した時に恋人からの伝言を聞く。

 てっきり緑龍城で待っているとばかり思っていたので。

 まさか、鳳凰城塞に来て西方へ旅立っていたなんて思いもよらない。

 そもそも彼女が行ったのはバシルの故郷だったはずだし……それさえも、自分は後から聞いた話だ。

 一体何がどうなって、そんなことになっているのか、訊ねるためにレオはここに居るはずのバシルの許《もと》へ向かった。

 奪還軍はほとんどが鳳凰城塞へ移動していて、最後にバシルも守備兵軍を残してこちらへ来たとのこと。

 

 ちょうどバシルも、主の到着を聞いて出迎えに来る。レオを見つけて駆け寄り、難しい言葉での挨拶をしていたら、「それよりも」と玲菜の話を訊ねられた。

 玲菜の話は妻が詳しいとの事でアヤメも同伴。広間にてアヤメの話が始まる。

 

 

「――えっと、レイナちゃんとアタシは、砂岩山《さがんざん》のふもとまで一緒に行きましたよ」

 北の砂岩山のふもとにはバシルの故郷があり、ナジャーク男爵家がある。

 玲菜はナトラ・テミス側にあるバシルの親族が所持する精霊石を求めて国境を越えた。

 その時は、アヤメとミズキは同行せず、玲菜とタチアーナとエドの三人で行ったのだという。

 そして三日後に、アフというバシルの遠い親族を連れて戻ってきた後、皆で緑龍城に帰ってきた。

 

「ただ、レイナちゃんは鳳凰城塞に行くと言って、すぐに出て行っちゃったんです」

 後のことをアヤメは知らない。

 伝言によると、西方へ向かったとの事。西方というのは、帝国内の西側のことか……まさか、西方諸国のことか。

 バシルは付け加えた。

「レイナ殿が緑龍城へ戻ってきたのは、ちょうど陛下とショーン殿が鳳凰城塞へ向かった二日後でした」

「ああ!」

「翌日には鳳凰城塞へ向かったので、てっきりこちらで合流しているものと思いました」

 普通はそう思う。しかし、寸差でレオたちはアスールス方面へ旅立ってしまった。

 

 自分たちが出たすぐ後に玲菜たちが鳳凰城塞へ到着したのだと分かったショーンは頭を抱えた。

「あ〜〜〜ちょっとの差で、すれ違っちゃったか〜」

 

 そして玲菜は、伝言だけして西方へ旅立ってしまった。

 いつ帰るとも告げずに。何が目的かも告げずに。

 

 そう、悩んでいると、鳳凰城塞の聖堂の責任者であるウィン司教がやってきて、長い挨拶の後、玲菜のことを伝えてきた。

「――恐らく、リース国の聖都ラズへ向かったと思われます」

 

「ええっ!!

 

 レオやショーンだけでなく、一同が驚く。

「じゃあやっぱり、西方というのは西方諸国」

 リース国は、その中では最東部だが、一体行くまでに何日かかるのか。

 ウィン司教は告げる。

「私共が聖皇《せいおう》の許へ向かう時には、馬車でおよそ二ヶ月かけて行きます」

「にかげつ……」

 では今、一体どこにいるのか!?

「え? 聖皇?」

 訊ねておきながら、そういえばリース国の聖都ラズといえば聖皇の宮殿と大聖堂が在る事に気付くショーン。

 まさか、玲菜たちの目的は聖皇と何か関係があるのだろうか。

「聖皇に謁見《えっけん》?」

「わかりません。ただ、謁見するにはかなり時間がかかるとの事」

 ウィン司教は戸惑いながら教えた。

「実は、四人が私に訊ねてきたのです。……『精霊石』のことを」

「精霊石……」

 ショーンとレオは顔を見合わせた。

「精霊石のことを御存じなのですか?」

 訊ねる司教にはショーンが頷く。

「ああ、よく知っています。我々考古研究者の間では有名なんです」

 なるほど、だから玲菜も知っていたのかと納得する司教。

 少し遅れてレオも察した。

「え? 聖皇が精霊石を持っていたのか?」

「はい」

 

 それなら、玲菜が聖都ラズに行った理由が分かる。

 ナトラ・テミスにあると思っていたのに。

(違ったってことか)

 

 彼女は今どこで何をしているのか心配になるレオ。

 タチアーナやエドがいれば、一応平気かもしれないが。

「あ〜〜〜もう!」

 往復で四ヶ月……更に、聖皇と謁見するのに一体何日かかると考えると、なんだか途方に暮れてしまう。

 

 それよりも会えていない期間がすでに二ヶ月近く経った。

(いい加減、泣くぞ俺)

 

 そう、レオが思った矢先に、黒竜からの報告が入った。

「申し上げます――!」

 

 

 

 黒竜の報告の後、間も無く入ってきたのはタチアーナ、エド、アフ、そして玲菜だった。

 アフの紹介は改めて後でするとして……

 聖都ラズから長い日にちをかけたが、自動車であったために馬車よりもかなり早い期間で玲菜たちは帰ってきた。

 それでも、往復だけで一ヶ月以上。夜は宿に泊まるとしても、ずっと車にいた玲菜たちはクタクタ且つ車の姿さえ見たくない状態。

 まぁ、移動が長くて疲れていたのはレオたちも同じ。しかも馬車。

 奇跡的な偶然で、同日の到着。

 

 先ほど諦めたばかりの再会に、レオとショーンは呆然《ぼうぜん》とする。

 いっぽう玲菜も、もしかしたらと期待はしていても、レオたちがまだ帰ってきていない可能性の方が高かったので驚く。

 

 二ヶ月……は、経っていなくても、一ヶ月半は過ぎた。

 ずっとずっと会いたくて心配もしていて、ようやく会えたはずなのに、幻を見るかのように止まってしまった三人の内、まず口を開けたのがショーンだった。

「玲菜……」

 年齢ゆえか涙腺が弱くて、名前を呼んだ瞬間にじわりとくる。

 ただ、感動する父との温度差があったのが、残りの二人で、そういえばすれ違いしたまま離れたので一気に気まずさが押し寄せる。

 名前を呼んだり、「会いたかった」と言ったりの、要するに今までの再会のようにはならなくて、妙な雰囲気が流れた。

 

 一方、一人だけ感極まっていたショーンは涙を堪《こら》えながらも娘に声を掛ける。

「玲菜、お前なぁ……」

 お父さんは心配していたんだぞ! なんて言っていいものか。

「お、おと……」

「伝言聞いた?」

 ふと、伝言を残していたことを思い出した玲菜は二人に訊ねる。

 今まで自分がどこへ行って何をしていたのか、ちゃんと説明しなければならないと思った。

 それに、一番大事なこと。

 

 

「精霊石、手に入れたから」

 

 

 言った瞬間に今までの苦労やレオへの想いが一気に溢《あふ》れて涙がこぼれた。

 娘は父に似て涙もろいので。疲れと感情が高まった反動で泣き崩れそうになる。

 

 そんな姿を見たら駆け寄らざるを得ない。

 

「玲菜!」

 

 父親とレオは同時に駆け寄ったが、娘が抱きついたのが恋人だった為に、ショーンは行き場のない腕を頑張って下ろした。

 居《い》た堪《たま》れなくなったのはアヤメやバシルたちだ。

 特にバシルはいろんな意味で涙を流して、ウィン司教は慌てて会釈《えしゃく》をしてその場から去る。

 一緒に居たタチアーナは微笑ましく玲菜たちを見て、アフはチラチラとタチアーナの方を見た。

 そしてエドは何も動じずに像のように立っていた。

 

 かわいそうな父親には、黒竜が気を遣って声を掛けた。

「ショ、ショーン殿も、陛下もレイナ様たちもお疲れですよね」

 同じようにすぐに気配りしたのはアヤメ。

「そうですよ! そうですよね、ショーンさん!」

 話したい事も山ほどあるが、長旅から帰ってきた者たちは皆かなり疲労がたまっている。

「タチアーナさんたちには客間を用意します。あと……」

 てきぱきとアヤメは指示した。

「レオさんとショーンさんは、使っていた部屋がありますよね。そこで休んでください」

 レオたちが帰ってくる情報は伝わっていたので、部屋等の準備はしっかりされていた。

「食事の用意もありますよ」

 これは特にレオに向かって言ったが、レオは恋人を抱きしめるのでいっぱいで、頷くことしかできない。

 アヤメはその玲菜にも伝えた。

「レイナちゃんは、レオさんと同じ部屋ね」

 約一名は動揺した素振りを見せたが、婚約者ならば当たり前と、アヤメは皆を誘導する。

「はい! 皆さん、さっさと動いてください!」

 手を叩き、皆を仕切って動かしてあっという間に部屋を移動させた。

 

 

 ―――――

 

 気が付いた時には自分(専用)の部屋に居たレオは、ハッと我に返り、周りに誰も居ないことを確認する。いや、誰も――ではないか。隣には玲菜が俯《うつむ》いた状態で立っていて、自分は彼女の手を繋いでいる。

(アヤメさん、すげぇ)

 一応自分は皇帝であるが、さすが玲菜の友達。しっかりと臆《おく》さずに自分と接してくれる。

(バシルも、ああいう物腰のしっかりした女性が好きだって言ってたなぁ)

 部下の惚気話を思い出しつつ。

 

 さて、今の状況をどうしようか。

 

 久しぶり過ぎて妙な緊張が走ったレオは、次の行動をどうするか迷ってしまった。

 いつもなら迷いもせず、多分……

 

「ねぇ、レオ」

 

 俯いていた玲菜が急に話しかけてきたので、ついびっくりして「え!?」っと反応する。

 彼女は下を向いたままポツリと言った。

「誤解は、解けたから」

「あ?」

 一瞬、何なのか忘れていた。

「ああ、そう! ……うん。……良かった」

 彼女がタチアーナとのことで誤解して、更にすれ違っていたことが遠い昔のよう。その前には自分もカルロスとのことで勘違いしたし。

「ああ……」

 いつも同じことを繰り返している気がする。

(もっと、変わらなきゃダメだな、俺も)

 三年前から変わらない想いもあるのに。

 三年前というか、これからもずっと変わらない自信がある。

 レオが強く手を握ると、玲菜も握り返してきた。

 

 手を繋ぐだけで、こんな簡単にお互いの気持ちが伝わる。

 

 二人はしばらく沈黙していたけれど、突然玲菜がギュッと抱きしめてきた。

「レオ……」

 抱きしめ返したレオにそっと呟く。

 

「抱いて……ほしい」

 

「は?」

 うっかり訊き返したのは、聞き違いか勘違いか何かの罠かもしれないから。

 でも、いつもと違った。

「こうやって、抱きしめる方の意味……じゃなくて」

 最初に、この部屋で交わしたやりとりの逆だろうか。

 

 そんなこと言われたら、高揚《こうよう》するのは必至。案の定に玲菜は顔が上げられなくなって真っ赤になっている。

 

 なんて……可愛いのか。

 

 なんて……久しぶりなのか。

 

「分かった」

 今度こそ絶対に邪魔者は居ない。けれど、念の為に鍵は閉めておく。

 計算するのは嫌だ。計算するのは嫌だが、五ヶ月ぶり。……我慢の限界はとっくに過ぎていて、何かが決壊しそうだ。

「覚悟しろよ」

 

 恥ずかしそうに玲菜は頷く。

 

 一瞬暴走しそうになったレオは、心を落ち着かせて一息つく。

 ……いや、落ち着けるわけはない。我慢しなくて……いいのか?

 

 段々と何も考えられなくなりそうで、顔が熱い。

 

 レオは紅潮《こうちょう》した彼女の顔を自分に向けさせて甘いキスをした。

 これだけでもう満たされる気分になるし、今までの想いが募《つの》る。瞳を潤《うる》ませる彼女を優しく包み込んだ。

 

 

「レオ、話したいことがいっぱいあるよ」

 温かい胸に、心地よさそうに顔をすりつける玲菜。

 いつだって彼は自分を好きでいてくれて、自分も彼が好きだ。

(そうだよね、これでいいんだよね)

 喧嘩は多いけれど、彼と一緒になることに迷いや不安は無い。但し、今後はもう少し大人にならないといけない、とも思う。

(理想は、お父さんとお母さんみたいな)

 両親は、幼心ながらとても仲睦《なかむつ》まじかったような記憶。

 

「今、話すか?」

 

「ううん、あとで」

 話すよりも情熱に身を委《ゆだ》ねたい。

 

 

 二人は唇を重ねて抱きしめ合い、ベッドに倒れ込んだ。

 

 暑いのに、レオが布団を被るとまたキスを交わす。

 興奮と熱さで互いに息をもらすのが、更に気持ちを高ぶらせた。

 

「玲菜」

 想いが募るとつい名前を呼んでしまうのは二人とも同じ。

「レオ……」

 玲菜の目には涙がたまっている。

 

 

 

 そして二人は、熱く仲良い時を過ごす。

 

 実は、布団を被ったのは自身の呪われた足を隠す為だと、――幸せな気分を味わっていた玲菜は気付かなかった。


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