創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第八十五話:砂漠のゴミ置き場]

 

 最高に心地好い朝。

 夢うつつながら唇を触れ合わせる二人。

 何度も抱き合い、何度もキスをしたのに、まだ飽きずに触れ合う。

 

 こうしている間がとにかく幸せで浸っていたい。

 

 夢心地とはまさにこのこと。

 

 起きてからのことは今だけ忘れて、二人は幸せを満喫した。

 

 

 ―――――

 

 ――玲菜は心地良い気だるさに包まれながら、彼の耳にキスをして囁く。

「……“あなた”」

 おかげで一気に目を覚ましたレオが彼女の肩を掴《つか》む。

「今、なんつった?」

「え……」

 聞き返されるとは思わなかったし、試しに言ってみただけだし……。

 玲菜は慌てて理由を告げる。

「一度言ってみたかったの! でも、フツー言わないよねって感じなんだけど」

 もちろん顔は真っ赤。

 よく漫画やドラマで目にする、夫への呼び方。

 時代錯誤的な気もするし、現実では使用皆無な気もするが、とにかく使ってみたかった。

 相手から妙に強く反応されると、もう二度と言わないと心に誓ってしまいそうなほど恥ずかしい。

 

 ただ、彼が聞きたかったのはそういうことではなかった。

「俺たち、もしかして……結婚した?」

 今更か。

「したよ!」

 自分が強引にさせてきたのに、何て問いだ。

「夢じゃないよな?」

「夢じゃないよ」

 玲菜が答えると、レオはホッとしたように肩を離した。

「良かった。あまりにも夢みたいだから、現実じゃないような気がして」

 そんなことを言われると嬉しいし、彼の腕が背中に回されると熱くなる。

「レオ……」

 玲菜は自分からも顔を彼の胸にすりつけて唇を触れさせた。

 

 当然、高揚《こうよう》するレオ。

「……また始めるぞ」

 正直、ぶたれるのを覚悟で言ったのに、意外な答えが返ってきた。

「いいよ」

 

「……え?」

 

 無理だとは、思われたくない。ただ、昨夜から彼女の受け入れが無拒否なので困惑する。

『結婚効果』がこれほどとは。

 

 夫婦、万歳。

 

 レオは優しくキスをして彼女を見つめた。

「俺たちもう、夫婦なんだな」

 誓いの儀だけでも、そうなった。

 昨日彼女も『予言が外れた』と言っていた。

「今日からお前も、一応、皇后《こうごう》だぞ」

 

 多分悪気は無かった。なのに、次の瞬間彼女の顔が真っ青になる。

 

「こ……こうごう……?」

 

「そりゃそうだろ。俺は皇帝なんだし」

 

「忘れてた!!

 レオが皇帝なのを忘れていた訳ではない。

 ただ、『皇帝陛下』は彼のあだ名のように感じていたし、実際に玉座に着く彼も帝冠《ていかん》を被る彼も見ていない。それらしい格好もしていないし。

 だからなんとなく実感が無かったのも事実だ。

 それよりも、自分が『皇后』という身分の方が非現実すぎて信じられない。

 

 彼がイロイロとしてきていても、“その気”が失せてしまった玲菜は呆然《ぼうぜん》とする。

 

 いっぽう、反応が薄いことに気付いたレオは苦笑いして手を止める。代わりに彼女を優しく包んだ。

「だいじょーぶだよ」

 髪をなでながら。

「俺だって急に『皇子』になったけど、フルドもいたし……案外なんとかなったぞ」

 玲菜にも侍女が必要かもしれない。

「ひとまずは、朱音に補佐してもらえば平気だよ」

「うん」

 ――とは、いえども、『今』は皇帝だの皇后だの言っている場合ではなかった。

 

 

 

 

「……行きたくない」

 

 身支度を整えた玲菜は、未だパンツ一枚でゴロゴロしているレオを叱りつけた。

「何言ってんの、もう! 早く着替えなさい!」

 

 本日は大事な出立《しゅったつ》の日であった。

 

「う〜〜〜」

 髪がボサボサのまま、ようやく起き上がったレオはそのまま風呂場の方へ向かう。一応、誘いも忘れずに。

「一緒に入るか?」

「昨日入った! あと、起きた後も私入ったもん」

 実は彼が一眠りしている間に、朝風呂に入ってしまった。

「朝風呂って結構気持ちいいね!」

 朝風呂はレオの得意技。

「だろ? もう一回俺と入って、気持ちよくなろーぜ」

 うっかり深い意味にも聞こえて、「もういい!」と彼女が怒り出す前に、レオは慌てて風呂へ向かった。

 

 ―――――

 

 そして、着替えて出てきたところで、彼女に包みを差し出される。

 

「え?」

 

「すっごい遅くなっちゃったけど」

 彼女は恥ずかしそうに。

「っていうか、レオにとっては三年経っちゃって、今更って感じだけど」

 申し訳なさそうに付け足す。

「しかも、昨日結婚しちゃったから、もっと意味わかんないんだけど」

 けれど、贈り物として。

「本当は、婚約指輪のお返しのつもりだったんだ」

 

 彼女の差し出した包みを開けると、小さな水晶玉のような石の付いたネックレスが出てきた。

 

「一応! 手作りなの!」

 玲菜は強調する。

「イヴァン君に教わって、作ったんだ。……ちょっと、手伝ってもらったけど」

 本当は半分以上手伝ってもらった。

 

「そ……その石は、海賊船で貰ったんだよ。珍しいからお守りになるかな? って」

 しどろもどろな玲菜が可愛くて仕方なくなるレオ。

「ありがとう、な」

 キスをしようとすると、彼女が手を差し出してきた。

「こっちにちょうだい?」

「あー」

 レオは手を掴み、甲に口づけをした。

 

 途端に赤面した玲菜は「違う、違う」とネックレスを持った。

「こっちを渡してほしかったの!」

 キスではなくて。

「掛けてあげるから、後ろを向いてかがんで?」

 

 言われた通り、彼女に背中を向けるレオ。かがむのではなく、ベッドに座った。

 玲菜はネックレスを付けながら、嬉しそうに言う。

「これね、戦場のお守りなの。命を助けるんだよ?」

「ああ」

「レオに矢が飛んできても、この石に刺さるから平気なんだ」

 ちゃんと胸元に石が来るよう長さを調節しているらしく、ただ、その石を見てついレオはつっこんでしまった。

「ちょっと小さいな。この大きさで矢じりが石に刺さるのは奇跡だろ」

 多分、禁句だったらしい。

「だって映画や漫画のお約束だもん」

 涙ぐむ玲菜。

「そういう奇跡を起こすのがシリウスでしょ?」

 ……まずかった。と、レオは頭を押さえた。

「そうだな。悪かったよ。奇跡起こしてやるから!」

 なぐさめても彼女はポロポロと涙をこぼしていき、困ってしまった。

「玲菜……」

 

 

「ホントは行ってほしくない」

 

 

 我慢して笑顔でいたけれど、これ以上玲菜には無理だった。

 

 本音を言ってしまったら、想いと共にどんどん涙があふれる。

 

「ごめん、困らせること言っ……」

 

 玲菜が謝る前に、レオは振り向いて彼女を引き寄せた。

「お前がよく言う『エイガのなんとかフラグ』かもしれねーけど、……帰るから」

 そっと抱きしめながら。

 

「帰ったら、公式な結婚式を挙げて、ずっと一緒に暮らすぞ」

 

 今までも一緒に暮らしていたけれど、これからの未来を考える。

 

「子供が何人欲しいか考えとけ」

 

「……二人」

 

 考えとけと言われたのに、玲菜はもう答えてしまった。

「私、一人っ子で兄妹欲しかったから。……レオもそうじゃない?」

「まぁ、そうだな」

 二人で未来の話をすると、少しだけつらさが和らぐ。

「でも、俺は何人でもいいぞ。たくさんいても賑やかだし」

「誰が産むと思ってんの」

 ぴしゃりと言われて、つい皇帝陛下は謝ってしまった。

「すみません」

 

 二人はクスクスと笑い、未来を約束するようにキスをした。

 切なくも幸せな口づけを、何度も……。

 

 

 

 ―――――

 

 そして……

 軍総隊長の号令の後、奪還軍は出立する。

 

 順番に砦から出て行く兵を、家政婦たちは見送った。

 

 アヤメも、息子のミズキと共に、夫が見えなくなるまでずっと眺めていた。

 

 

 奪還軍は大きく分けて、正面からの軍と地下からの潜入隊でサイ城を攻める。他は情報伝達や誘導で、彼らは少し遅れて出発する。主に忍びや軍隊行動に向かない賊の連中であった。

 海賊たちはアスールス解放後、恩赦《おんしゃ》を得て(但し、アルバート皇帝が玉座を奪還してから有効)、当たり前のように海から戻ってはこなかった。しかし、内の何割かは奪還軍の方に残り、海族《うみぞく》も同じく。最後まで協力してくれるのだという。

 その連中と、ブラックたち犯罪者組織と元砂賊・湖賊の一部とレッドガルムが、都のスラム及び地下街とやりとりをする。

 なぜかショーンはレオたちと一緒に行かずに、そちらの隊に入っていた。

 更にタヤマとカルロスも同じく。カルロスの私軍はアスールスに残っていたので、あとで合流してサイ城の攻城戦に加わるのだという。

 

 鳳凰城塞の守備隊は、ガラの悪い連中ばかりが残ったので、妙な緊張感に包まれる。

 いくら軍師が「大丈夫だ」と言っても守備隊は警戒を怠《おこた》らず、実際金品が盗まれる等の事案は起きてしまっていた。

(まぁ、盗難事件くらいならいいか)

 良くは無いが、大目に見なければと頭を押さえるショーン。

 早いところ、連中と一緒にここを出て行った方がいい。

 

 頭を抱える問題はもう一つある。

 

「私だって、奪還軍の一員なんだから!」

 こう強く訴えるのは、最愛の娘・玲菜。

 

 砂漠のゴミ置き場から都やサイ城に潜入する際、是非とも誘導を手伝いたいと言うのだ。

 地下迷宮攻略の地図を作る時に協力してくれただけで十分なのに、また無茶を言う。

「でも、何があるか分かんなくて危ないし」

 地図を使って忍び等が調査してきたので、まぁ大丈夫だとは思うが。

「できれば残ってほしいんだけど」

 説得しようとするショーンに、玲菜と一緒に来たミリアまで加わってきた。

「わたしも行きます! 都の事詳しいし、いろいろとコネがあるんです。きっと役立つと思います」

「でも、キミたちみたいな若い女性が……」

 危険なのは、現場だけでなく、同行する連中もだ。

 二人はショーンたちについていきたいと言っていて、つまりはガラの悪い賊共と一緒ということになる。

 もちろん、自分が守るけれども。

 

 三人が話し合っていると、そこへ二人の男を従えた女性がやってきた。

 タチアーナだ。

 

「私たちも一緒に行きます」

 彼女の護衛はエドであり、もう一人……アフロのアフも護衛になったらしい。精霊石のことが済んだので、ナトラ・テミスに帰っても良いはずなのに、タチアーナにくっついてきている。

「レイナさんとミリアさんは、私たちと行動を共にすれば良いと思いますよ」

 確かに、危険を察知できるタチアーナや強いエド、精霊術を使えるアフが一緒なら安心するが、ショーンは首をひねった。

「なぜタチアーナたちも行くんだ?」

「単純に助けたいからですよ、レイナさんたちを」

 タチアーナとしては、妙な胸騒ぎもあったのだが、それは黙っておいた。

 

「う〜〜〜ん」

 

 結局、娘に甘い父は同行を許可。いざとなったらタチアーナが一緒というのが、決定した理由だった。

 あるいは、そばに居た方が安心というのも。

(突然どっか行っちゃうしな)

 

 

 

 ―――――

 

 そういうわけで、本軍とは少し遅れてショーンたちの(ガラの悪い)別隊も出立した。

 心配そうに見送るアヤメたち家政婦とは裏腹に、鳳凰城塞の守備隊は若干ホッとする。

 

 行く先々で略奪等をしないよう、忍びたちが監視して、玲菜たちにはタチアーナの他にカルロスまで護衛についた。

 

 

 

 *

 

 

 ――約、五日後。

 いよいよ都も近付き、先に出ていた本軍はすでに作戦の場所に近付いていると情報を得ると、ショーンたち一行も砂漠に入る。

 夏が終わって少しは暑さもましになったが、まだ昼間に砂漠を移動するのはきつく、夕方から行動することになる。

 満天の星の下、砂嵐に警戒しつつ目的地へ向かった。

 

 

 

 その、目的地へ着いたのは朝方だ。

 

 砂漠の中に岩場が出現して、近付くと乾いた地面に変わる。そして、所々に穴が空いていた。ショーンは迷うこともなく皆を誘導して、一つの大きな穴の前に行く。

 ひび割れた階段が大きく螺旋《らせん》を描いて下まで続いていた。

「ここを下りる。先に軍も下りているから、問題は無いと思う。ただ――」

 ショーンは皆に……特に玲菜に向かって、面白そうに教えた。

「中は広い空間になっていて、いろいろと珍しい物が見られるよ」

 隊には、中に入ったことのある者もいて、彼らも「確かに」と頷《うなず》く。

 

 一行は、緊張と妙なワクワク感をもって下へ進んでいった。

 

 

 やがて、本当に広い空間にたどり着いた時、幾つもの大きな山があり、皆は大声を上げてしまった。

「なんだこれ!」

「すっげぇ!!

 

 山は、すべて物が積み重なったものであり、とにかくいろんな物が積んである。

 

 どこからともなく「ガンガン」と音が鳴り響き、近付くと男たちが作業していた。黙々と物を壊す者や運ぶ者、選別をする者等……

 恐らく、ここで働いている者だと思われる。

 

 この場所こそが、砂漠のゴミ置き場と呼ばれる場所であり、都のゴミや遺跡から発掘された物等がごちゃ混ぜに集まる。

 作業している者たちは、これらを処理したり売ったりして生活しているらしい。

 

「また軍隊か?」

 一人の男が作業の手を止めてやってきた。

「一体、上では何が起きているんだ?」

 代表としてショーンが前に出た。

「ああ、悪いな。邪魔はしないから、ちょっと通してくれないか」

「別に構わないけど……」

 言いながら、男はショーンの顔を見て手を叩いた。

「あ! あんた、よく見た顔だなぁ? 最近は来ないけど」

「うん。昔、世話になった」

 

 今は無理だが、ショーンは昔からよくここに来ていて、遺跡から発掘された用途不明の物を持ち帰っていた。

 用途不明というか……皆には用途不明。ショーンには、見覚えのある物。

 

 山に重なる物をよく見て、玲菜は驚きの声を上げた。

「ああ!」

 玲菜にも見覚えのある物が幾つか……。

「え? 嘘? これってテレビ?」

 但し、明らかにボロボロで、修復不可能そうな。

「あああ!! エアコンじゃないの? これ!!

 欲しかった家電がそこにあった。

「持ち帰りたい! エアコン持ち帰りたい! マリーノエラさんに直してもらおうよ!」

 しかし、興奮して近付くと、外側しかないことに気付いてガッカリする。

 

「直して使えそうな物は、中々見つからないよ」

 苦笑いしながらショーンは娘に話しかける。

 そもそも時代もめちゃくちゃで、ゴミも混ざっているので、探すのは本当に苦労する。

「そっか」

 肩を落とす玲菜に口を緩ませつつ、ショーンは皆に伝えた。

 

「とりあえず、ここで一旦休もうか。作業員さんの邪魔はしないで」

 幸い、休めそうな場所がちらほら。

 砂漠を歩いてきたので、皆クタクタになっている。

 

 隊員は幾つかの班に分かれて、食料を出して寝床を作り、休憩をとることにした。

 作業の音がうるさくて眠れないと言っていた連中も、疲れていたので少し経つと眠ってしまう。

 

 

 ここまでも大変だったが、この後は地下迷宮に突入する。

 本来なら足を踏み入れられない場所。けれど、特定の場所のみ地図ができた。

 さすがに、こればかりはこちらが有利。

 

「ありがとな」

 ショーンは寝ている娘に感謝を述べて、自分も一眠りしておくことにした。


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