創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第二部・第八十六話:地下大迷宮]
地下大迷宮は旧世界の街並みが巨大迷路と化した遺跡である。
かなりの広範囲で、前世界の巨大建造物跡が並び崩れて入り組み、一度入ったら最後、抜け出せないと言われている。
ただ、大迷宮の中で極一部であるが、道が開かれた場所があった。
研究者の間では王宮跡とされる範囲。
前世界にかなり詳しい考古研究者(助手)が、王宮城下町の地図を予想して描き、その地図をもとに調査隊が潜入。現存する路《みち》や埋もれた先の路を発見。現在は通行可能にしたという。
驚くべきは考古研究者の知識だ。
予想で描いたはずの地図はほとんど正確で、まるで実際に王国を見て回ったかのごとく。
本来なら、長い年月をかけて明らかにしていく事を、たった数日でやってのけた。
さすがは、帝国四賢者の助手になるほどの腕の持ち主か。
――と、まぁ……後々、考古研究者の中で広まる噂はさておき。
玲菜たちはその、大迷宮の一部である、前世界の地下王宮城下町跡に足を踏み入れていた。
(っていうか、本当にここそうなの?)
歩きながら不安になる玲菜。
兵たちが明かりを灯していても暗いせいかよく見えないが、明らかに自分の知る巨大テーマパークの面影は無い。あの楽しくて夢のような魔法の王国はどこにいったのか。
(普通に怖い洞窟だよね)
天井からはたまに水が落ちてくるし、地面もドロドロしている。
調査隊が新しく作成した地図を見ながら、ショーンが皆を誘導して、カルロスが玲菜を、タヤマがミリアを助けてゆっくりと歩いた。
しかし、先へ進んでいくと、泥に埋もれた不気味な遺物が発見されるようになる。
途中で人骨を見つけたミリアは叫んでいたが、人骨に(なぜか)慣れていた賊たちは「本物か?」と不信に眺めていたし、玲菜も「もしかしたらアトラクションの飾りかもしれない」と思う。
また、タヤマがやたら在る船の残骸に「港町」説を言ったが、ショーンは苦笑して玲菜も「船型の乗り物」かもしれないと予想。
段々と巨大テーマパークの痕跡《こんせき》が所々に現れた。
(レオと行ってみたかったなぁ)
妙にオドロオドロしくなったファンシーな遺物を見つけて、つい、もしも“現代”にレオを連れて行ったら――を想像してしまう玲菜。
そういえば前に、そんなことを考えた時もあった。
少しでも残骸を見かけると、当時のどこの跡なのか記憶をたどる。その瞬間は目の前の現実を忘れてテーマパークの中に入った気になる。
ただ、長くは続かなく、また暗い洞窟へと引き戻されてしまう。
皆は王国の遺跡だと信じていて、賊たちは金目になりそうな物を探していたし、タヤマは少しの知識で「不思議な遺跡だ」と首を捻《ひね》っていた。
玲菜と同じく、たまに夢の世界へ旅立っていたショーンは、我に返ると、賊たちが余計なことをしないように注意した。調査隊のおかげで通れる道になっているが、地下はとにかく危険が多い。最悪の場合崩れることもあるので、慎重に先へ進んだ。
―――――
やがて、道が分かれている地点で止まる。
少し広い空間になっていて、休憩にしつつ、ショーンは皆に説明をした。
「潜入隊はこの先にいる。多分、もう追いつくと思うんだ」
いよいよサイ城攻略となり、奪還軍はほぼ総力戦で挑むが、先日本拠地を出陣した軍は細かく分かれて移動した。
まずは大きく分けて、精鋭《せいえい》で挑む潜入隊と兵力で挑む陸上軍。
陸上軍は、なるべく多くの敵軍隊を引き寄せて戦う多軍隊。しかも都を戦場にはできないので、なんとか敵を誘《おび》き出して離れた場所で戦う。
長期戦は必至で、根気が必要になる。
フレデリック率いる軍と砂狼《さろう》以外の傭兵《ようへい》団、それに志願兵の軍隊、更にはフルドの兄であるウォルホーク候の私軍も駆けつけて陸上軍に加わっていた。
「フルドさんのお兄さん?」
ここで玲菜の質問が入る。
「そう!」
ショーンはニッと笑った。
「フルド君の父上の容態は大丈夫だったらしいけど、長男に爵位を受け継がせたらしくて」
それで、今は兄がウォルホーク侯爵だ、と。
「その兄上が俺とレオの手紙を読んで、奪還軍に協力すると申し出てくれたんだ」
心強いのかもしれないが、相変わらずの手回しに呆《あき》れ返る玲菜。
(しかも、レオまで)
どんな風に書いたのかは分からないが、皇帝から頼まれては断れるわけがない。
そして、陸上軍には、その他の軍隊の、潜入に加わらない兵や騎士も入るという。
「陸上軍には、先に戦を始めててもらう」
サイの都からそう遠くない場所に布陣《ふじん》してもらい、宣戦通告も。
「多分、最初は警戒すると思うけど、包囲されてはまずいから敵軍も出てくるだろう。できれば、向こうの援軍も引っ張り出したいし」
話を聞いていたカルロスは眉をひそめた。
「しかし、それでは都の住民が混乱しますね」
奪還軍が攻めてきたとなれば、逃げ出す住民も出て、大騒ぎになってしまう。実際、噂を聞いてすでに避難している住民もいるという。
それよりも、今説明している話は軍議で聞いているはずなのに……と、タヤマは主人の記憶力の悪さを残念に思う。
さておき、ショーンは話を続けた。
「住民の混乱は利用させてもらう。ただ、被害が出ないようにはする」
潜入隊は大きく分けて三つあるが、その内の一つは主に都の住民の安全を確保することになる。
「もう来ちゃったから仕方ない。玲菜やミリアちゃんたちは安全確保を手伝って」
聞いた二人は顔を見合わせた。
「地下に隠れていろ、なんて言わない。奪還軍の仲間だからな」
認められたことで喜ぶ二人に、ショーンは念を押した。
「但し、俺の言う事は聞くこと!」
「わかってます、ショーンさん!」
「それと」
今度はタチアーナたちの方を見た。
「タチアーナたちは同行を頼む」
「もちろんですよ」
そう言うタチアーナに続いてエドが頷《うなず》き、アフも立ち上がった。
「私がタチアーナさんを……いえ、タチアーナさんたち女性陣を守りますよ」
女性陣守る発言には、カルロスも立候補する。
「俺もだ! レイナさんたちを守ります!」
「わ、私も腕にはあまり自信が無いですが、頑張ります」
タヤマまでそう言うと、ショーンはにこやかに首を振った。
「ありがたいけど、カルロス殿たちには、先にやってもらうことがあるから」
言われて、少し考えたタヤマは軍議で聞いていた話を思い出して「なるほど」と察した。……しかし、カルロスには思い出すこともできなかった。
少し離れた場所でなんとなく話を聞いていた、賊隊の隊長的存在であるブラックは不敵に笑った。
「住民を助けるなんて芸当、俺らには無理だぞ」
「わかってるよ」
苦笑いで返すショーン。
「諸君らは、前に言った仕事が終わったら地下に戻っていいさ」
「ああ、あの仕事か」
「あとは、混乱に乗《じょう》じた悪事はしないでほしい」
その言葉に、賊隊からは野次が飛ばされたが。
「人的被害を起こさなければ……大金持ちの家の宝石を盗むくらいは目をつむる」
ありえない許可に、娘が軽蔑の眼差しを向けると、軍師は付け加えた。
「破壊や強奪以外で! ……少しなら」
それでも娘的にはありえなかったが、賊たちの同意で場は丸く収まった。
彼らと一緒に行くレッドガルムと仲間は、地下街の件が一段落したらこちらへ戻ってくれるらしいので助かる。
「――というわけで、この先は二手に分かれるから」
ショーンは皆に告げる。
元々、潜入隊には、緑龍騎士団・朱雀《すざく》聖騎士隊の精鋭とフルドが率いる部隊や湖族の戦士隊がいて、それぞれ城へ突入する地点へ向かっている。
ショーンたち一行は、そちらには合流せず、別の隊との合流を図る。
住民救出を主とした都側と、すべての潜入経路確保のための地下街側。地下街とはブラックたちが事前に繋がりを作っておいたので、あとは実行のみ。
手っ取り早く地下街のゴロツキ連中を従わせるには、暴力と金が有効だという。なので、必然的に賊隊とカルロス(金持ち)の役目。
彼らは地下街側へ向かった。
都の地下街は犯罪者たちの巣窟《そうくつ》で、帝国一治安が悪いといっても過言ではない。もちろん野放しではなく、定期的に軍が取り締まるが、下っ端ばかりが捕まって終わる。
多くは地下奥へ逃げ込む。大迷宮な為に軍が追ってこないのを知っているからだ。
賊隊は大迷宮側から彼らと接触して、地下街を利用させてもらうことを交渉。終わったら、陸上軍による攻撃が始まる。
「交渉はタヤマ君に任せたから、大丈夫だろ。ブラックたちもいるし、いざとなったらレッドガルムもいる」
いっぽう、ショーンと玲菜たちは都側へ向かった。
また暗い洞窟が続き、足場は先ほどより硬くなる。所々岩が出っ張った。
たまに岩場を登りつつ、ショーンは話す。
「地下街は、連絡用とか移動、避難とか、いろいろ使わせてもらうんだ」
もちろん、軍が入りそうな所は避けるので、各地点遠く離れるが、忍びたちが細かく連絡を取り合って補っていた。
彼らは敵密偵をしっかり警戒してくれるので安心だ。
ふと、よぎった不安を口に出すアフ。
「地下街の連中が裏切って、軍を招き入れないですかね?」
「交渉する連中は、ブラックが信用する連中だから大丈夫だと思うよ」
ショーンの言葉に、余計心配だと思うアフ。察してショーンは笑った。
「大丈夫だよ。ああ見えて案外、信頼できるし、人の本質を見抜くのも得意だ。任せて問題無いよ」
「しかし、交渉が成立した後に、別の奴が裏切る可能性も……」
「それは、ある」
平然とショーンは答える。
「でも、成立後すぐに陸上軍の攻撃が始まるから、向こうの軍は構っていられないと思う。精々、密偵が侵入するくらいかな」
密偵に潜入されたら、それはそれで困るのではないかとアフは思ったが。
「ただ、こちらの情報がもれても、その頃は各所で大変なことになっているから」
てっきり皆は、戦闘要員が城へ突入して大変なことになるのかと思ったが、違った。
ちょうど広い場所に入り、都側の潜入隊と合流して、真相を聞くことになる。
合流したのは、レッドガルムの砂狼団の団員たち。それに、武装した職人隊。
職人の中にイヴァンがいて、玲菜と一緒にいるミリアを見つけると、とんでもない形相《ぎょうそう》で走ってきた。
「ミッ、ミッ、ミッ、ミッ、ミッ……!!」
「あら、いたの? イヴァン」
「ミリアちゃん!!」
玲菜の方も見て、二人に言った。
「なんでここにいるの!? なんでここに来たの!!」
「ショーンさんについてきたのよ。だってわたしたちも奪還軍ですもの。ねー! レイナ!」
仲良くする二人とは裏腹にイヴァンの顔は青ざめている。
「危ないよ!! 危ないよ!!」
当然だが、まぁ……必死だ。
お鉢がショーンに回った。
「おじさん!! どーして二人を連れてきちゃったの!!」
ショーンは答えられずに目を伏せた。
「……ごめん」
「も〜、うるっさいわね〜。あんたこそ、なんでここにいるのよ!」
ミリアが問うと、なぜか照れながらイヴァンは言った。
「もしかして、オレに会うために?」
ギロリと睨まれたので「そんなわけないですね」と落ち込んでから質問に答えた。
「職人隊はさ、都の下町に知り合い多いから」
知人を助けたいというのもあるし、いざ避難となった時も、知り合いだと相手が信用してくれやすいという利点がある。
「それに、オレ、ダンと幼馴染だし」
「ダン?」
慌ててショーンが説明し始める。
「ああ、言ってなかったけど。ダンは、レオやイヴァンの幼馴染で……都住民による反乱党の代表」
「反乱党!?」
顔を見合わせる二人にイヴァンは「知らないの?」と話した。
「偽皇帝の悪政でさ、下町とか下層を中心に結構、反乱党ができててさ」
そういった話は確かに聞いていた。
「でも、ダンはレオのことを信じていて、皆を抑えていたみたいだけど」
皇帝がアルバートではないと知った後、一気に反乱党が拡大。最終的に幼馴染のダンはリーダーになっていた。
先日の大きな暴動の時は、クリスティナの説得により収束したかに見えたが、実は水面下でまだ動いていて、城への襲撃計画が着々と進んでいたのだという。――その矢先、調査していた奪還軍の忍びが彼らと接触。城への襲撃は危険だから、奪還軍に任せてもらい、代わりに協力を、と。
ショーンは目を閉じる。
「本当は、避難を促《うなが》したけど、どうしても聞かないらしいから。それなら奪還軍と一緒に戦ってほしいと頼んだ」
都住民による反乱党は、下町や下層を中心に人が集まっていたが、富裕層や下級貴族も少数集まっていた。
しかし、人数が多くても城の圧倒的武力には勝てない。どうしても武器や兵器が足りず、庶民が剣を振ったところで、兵には敵わない。
力の差は歴然としていた。
それでも彼らは自分たちのために戦う、と。
「彼らはレオのために戦うんじゃないんだよ。悪政を正すために戦う」
だからもし、アルバート皇子に皇帝の座が戻っても、結局悪政であったら意味が無い。
続きをイヴァンが言った。
「ダンが皆を説得して、奪還軍に協力してくれることになったけど、勝った暁には奪還軍総隊長と直談判《じかだんぱん》するってのが条件」
つまり、レオと。
「レオは、それに承諾したよ。……っていうか、むしろ喜んで」
喜んで承諾するレオの姿が目に浮かぶ玲菜。
まさか、同窓会的な気分ではないだろうか。
(さすがに、いくらレオでもそれはね)
とにかく、都住民の反乱党も協力してくれると分かったが、ひとまずは彼らと会うらしい。
レッドガルムのいない砂狼団と職人隊は、合流したショーン一行と共に先へ進む。
天井のやたら低い場所や狭い隙間、滑る場所は慎重に歩き、高低差のある場所では息を切らす者もいたし、見えない地面で水たまりに足を突っ込み、思わず声を上げる者もいた。その声が響くと、どこかで生き物が動く音がする。こんなに大勢いても、暗闇は怖いものだ。
ミリアはショーンに掴《つか》まり、玲菜のことはイヴァンが助けた。
―――――
やがて、途中から手引きしてくれる者が現れて……徐々に歩きやすい人工的な通路に変わってくる。
階段を上り、たどり着いた先は――
「本当によくここへ、無事にたどり着いたわねぇ、ショーン」
レンガ造りのどこかの倉庫風な場所。物や木箱がたくさんあり、前には年齢不詳の熟女が立っていた。
茶色いセミロングの髪に緑の瞳の美人熟女は、若作りしている感じもあるが、妙に人生経験は豊富そうな雰囲気。というか、どこかで見たことが……!?
「ああ、大変だったよ。久しぶりだな、ロザンナ」
ショーンの返事で玲菜は思い出す。
一度、ショーンに連れられて行ったことのある酒場。ショーンやレオも行きつけだったらしく、銀の毛色をした美人猫・レナがいた店。
店主らしき女性の名がロザンナだったような気が。
「あの時は、世話になったよ」
そうだ。即位式に襲撃を受けて大怪我したレオたちが、しばらく療養していたのもロザンナの酒場だったはず。
「アンタたちが居なくなった後、しばらくして役人が来て。まぁ、もちろん誤魔化したけど」
ロザンナはその後を話した。
「日に日に連中が横暴になっていって、皆はつらい想いをしたのよ」
妙な取り締まりが増えて捕まる町民もたくさんいたし、税も重くなった。更にはエニデール民を特権階級にして、彼らはやりたい放題になった。
「エニデール民にも、いい人はいっぱいいるわ。でも、一部の連中は本当に好き勝手だった。おかげで皆の反感は高まったし、普通に暮らしていたエニデール民は肩身が狭かった」
まぁ、不法入国者が多いと言えばそうだが、それでも彼らは慎ましく生活し、全員が族長の信者ではなかった。
「でも、アンタたちも大変だったみたいねぇ。反乱軍の噂を聞いて、アンタたちだと思っていたし」
語らずとも、ロザンナは悟っていた様子。
「こうして無事に会えて良かったわ。シリウスも、まだ無事でしょ?」
「そうだな。ロザンナに礼をしたいと言っていた。……全部片付いたら」
「じゃあ、あの子の好きなお酒用意して待っているわ」
ロザンナは微笑み、皆を通す。
木箱が積み重なる狭い通路を歩いた先の部屋に居たのは、前髪を立てた金髪の男。ガタイもよく、無精ひげも生やしていたが、レオやイヴァンと歳が近そうな感じもある。統一されていない鎧で身を包み、こちらに声を掛けてきた。
「よぉ、イヴァン! 久しぶりだな」
「ダン!」
予想はついたが、この男がダンか。イヴァンは二、三年ぶりらしいが十三年ぶりに見たショーンは目を丸くした。
「え? キミがあの、ダン?」
実は子供の頃のダンは小柄で細い見た目だった。
今は大柄で筋肉もある。
「おじさん、久しぶりです。子供の頃は剣を教えてくださってありがとうございました!」
「いや、教えたっつっても少しだけど……」
「でも、あれからオレは剣を練習して、傭兵になったこともあったし。今はこうです」
まさかここまでガタイが良くなっているとは思わず、ショーンはレオの驚いた顔を想像した。
「直談判の時の、レオの反応が楽しみだな」
「ええ、そうですね。是非とも実現したいです」
実現するためには、この戦に勝って、レオが皇帝の座を取り戻さなければ。もちろん、ダンにも生き残ってもらわなければならない。
ダンの後ろにはガタイのいい武装した男たちが立っていて、反乱党の仲間だろう。皆頷いている。
ショーンが、状況を詳しくつかめていない玲菜たちに教えてきた。
「反乱党はいくつかの部隊に分かれて、待機してもらっている。いろんな所にね」
まず、地下街の交渉が終わって準備が出来次第、陸上軍が攻撃を開始する。但し、なるべくは都から離れるために後退していき、敵軍を誘き寄せる。
ただ、敵軍も警戒しているのでたくさんは出向かないはず。
そこで、反乱党の出番だ。
反乱党は人のいない時を見計らって、多方で暴動に見せかけた爆破を起こす。これで警戒した軍隊も出動せざるを得ない。
出てきた軍隊には、陸上軍の別働隊《べつどうたい》が対応。
その間に民衆を素早く避難させて、手薄になった城へは潜入隊が内部の多方から侵入して一気に攻める。
「――で、陥落《かんらく》。と」
聞いた玲菜たちの中で、ミリアが一番に驚いて拍手した。
「すごーい! すごいです! さすがショーンさんの作戦!!」
「別に俺一人が考えたわけではないよ」
作戦は参謀《さんぼう》が練り、軍議を重ねて決定する。
「それに」とショーンは言い難そうにする。
「これは、すべてがうまくいった場合。ゲームじゃあるまいし、計算通りに人は動かせない」
多方からというのは、素早い伝達も大事になるし。ここまで軍を分散させて、すべての隊が問題無く作戦を実行するのは不可能だ。
それでも、賭けるしかない。
玲菜たちはどうか作戦がうまくいくよう祈った。
まずは地下街との交渉。
今、最中だろうか? それとも、まだ始まっていないのか。待つ時間は長く感じてしまう。
時折、ロザンナが外から声を掛けられて出て行く。店は開けていなくても知り合いや客が訪ねてくる。店員はもう都から離れさせていたが、お気に入りの店員に会いに来る客も。
ロザンナが外に出て断っている間、皆は奥や倉庫で息を潜めていた。
そして夜になり、奪還軍の噂を聞きつけた住民の中には静かに逃げる者も出てくる。戸締りをして、地下室に逃げ込む家族も。それでもまだ、都には大勢の人々が残っている現状。
いくら奪還軍でも、都を攻めるのは不可能だと認識する者が圧倒的に多かった。
―――――
しかし、数日が経った早朝。
待っていた連絡がついに入る。
仲間の忍びがロザンナの酒場にやってきて、ショーンに伝えた。
「地下街との交渉成立です!! 只今、陸上軍にも伝達しています! 恐らく、今日か明日には攻撃が開始されると思われます!」
危うく、大声で喜びそうになった皆は、口を押さえる。顔を見合わせて小さく喜んだ。
ショーンは「よし!」と拳を握り、ダンに促した。
「焦《あせ》るかもしれないけど、反乱党はまだだ。陸上軍が開始しても、すぐには行動できない。敵軍をできるだけ都の外に出してから」
ダンは「分かってます」と頷く。
「我々が正規の軍に敵わないのは想像できます。ここからが辛抱時だと、仲間を我慢させますよ」
待機していると、食料等の問題が出てくる。
けれど、焦ると思わぬ失敗に繋がる。
「頼んだ。もう少しだから」
ショーンがそう言った時だった。
ダンの仲間が慌てふためき入ってくる。
「大変だ! 町の警備兵に見つかった班があって、今、小競《こぜ》り合いが……」
彼が報告している途中で、大きな爆発音が聞こえる。
恐らく、小競り合いが衝突に変わった音だった。
恐れていたことが起こった。
陸上軍が開始する前に都が混乱に陥《おちい》ってしまう。
「なんてことだ!!」
ダンは憤《いきどお》りで壁を殴り、ショーンは頭を押さえた。
手を広げれば、それだけ問題は起きやすくなる。そんなことは承知していた。
先ほどの爆発音で、街は騒然として悲鳴が飛び交った。
ロザンナの酒場に居た皆も戸惑いつつ、軍師に注目する。
「大丈夫だよ。想定内だから」
そうだ。いろいろな事を想定して、対策が考えてあった。
ショーンは忍びに伝達を頼む。
「軍総隊長には、『なんとかするから信じて待っててくれ』と伝えてくれ」
伝えるには、少々曖昧な言葉だが、仕方ないか。
「あとはレオも自分で判断するだろ」
陸上軍はきっと、予定通りに作戦を実行する。
自分たちも覚悟を決めて行動に出るしかない。それをダンに伝えた。
「俺たちも予定を早めて、作戦を実行しよう!」