創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二話:シリウスもどき]

 

 玲菜の記憶にあまり母は出てこない。

 幼いころに亡くなってずっと父娘《おやこ》二人で暮らしてきた。父の両親は昔に他界していて、父には兄弟もいなかったので親戚にも会ったことがなかった。母も一人っ子で玲菜の祖父母にあたる(母の)両親は玲菜が中学生の頃と高校生の頃に亡くなっている。

 玲菜は圧倒的にファザコンだった。

 幼い頃は本気で父との結婚を考えていたし、自分は父が二十一歳の頃に生まれたので同じ年齢の友達の親と比べるとまだ若いし、身内の自分が言うのもなんだが中々の見た目だ。よく友人に「カッコイイ」とか「イケメン」とか芸能人に似ているとか言われることもしばしば。

 自分の愛するオリキャラの「シリウス」も父のように優しくて。紳士で。イケメンで……

 

「おい!」

「大丈夫か?」

 

 ――ふと、父の声が聞こえたような気がして。玲菜は目を覚ました。不思議な出来事は夢で、もう朝か。父が起こしてくれているのか、と。

 

 

「おとう……さん?」

 

 一瞬、父かと思った。

 年配の男性の顔が目の前にあったから。

 その男性は物凄くびっくりしたような表情でこちらを見ている。

「気が付いたのか?」

(お父さん?)

 父にしてはヒゲも濃い(父はいつも剃っている)し、しわも多いし、やけに老けている。

(違う!!

 若干似ているような気もしたが、そもそも年齢が全く違う。目の前の男性はどう見ても五十は超えている。

「誰!?

 自分が知らないおじさんに支えられていることに気付いた玲菜はすぐに自分の足で立ち上がった。

「あ、あーーー」

 混乱ですぐに言葉が出ない。疑問が多すぎてわけがわからなくてパニック状態だ。

「あーーーえっとーーー」

「大丈夫か?」

 心配そうにこちらを見る知らないおじさん。よく見ると渋くて素敵だ。誰かに似ている。多分芸能人。誰だっただろうか……

(って! 誰でもよくて!)

 芸能人の誰に似ているかなんてどうでもいい。

 その時、若い青年の声が聞こえた。

「オヤジ! 気付いたのか?」

 

(親父……?)

 振り向くと、そこには――

 

(シリウス!?

 

 黒髪に青い瞳、整った顔立ち――と、まさに、自分の小説のキャラクター、英雄・シリウスを思い描いたそのままの青年が立っていた。歳も自分と同じくらい。つまりシリウスと同じくらいで。黒くて少しふわっとした短髪。整った眉とくっきり二重に綺麗な青い瞳。同じく整った鼻と口。セリフは若干違和感があったが、声も素敵ヴォイス。ついでに言うと脚も長くて背も高いからこちらも(シリウス的な)理想通り。服装は(シリウス基準より)若干地味目な茶色い長マントを羽織っていて、よく見るとおじさんも同じようなマントを羽織っている。

 玲菜が見惚れていると青年は近づいてしかも、顔まで近づけてじっとこちらを見てきた。

(うわぁああ何これ? なにこのシチュ。ヤバい。直視できない)

 間近で見ても間違いなく美形。というか、シリウス。

 一体なんのご褒美かと喜んだ矢先に信じられない言葉が聞こえた。

「おい! お前、なんのつもりだ。どうしてここにいる?」

 目は凄く不審そうに眉をひそめて。

 しかも言葉は間違いなく日本語で標準語なのにどこか訛っている。

(ってか、“お前”!?

 紳士なシリウスならば初対面の女性には“キミ”とか言うはずだ。

「ここは一般人には立ち入り禁止の神聖な場所のはずだが? お前は何者だ。どうしてこんな所で寝ていた?」

 いっぺんに色々訊かれた。

 近くに居たおじさんが助け舟のように言った。

「シリウス! いっぺんに訊くな。どうやらこのお嬢さんは混乱している。気絶していたみたいだし」

 一瞬間を置いてから、玲菜は訊き返す。

「シリウス〜〜〜〜!?

 そうだ。今確かにおじさんがシリウス似の青年に向かって「シリウス」と呼んだ。ということは。

「シリウス!? ホントにシリウスなの!? なんなの? なんでシリウスが現実に居るの?」

「は? どういう意味だ」

 シリウスと呼ばれた青年は不機嫌そうに詰め寄る。

「大体、質問をしているのはこっちだ。先に答えろ。まず、お前の名前からだ」

 一目惚れしかけた玲菜の心が一気に冷める。

(え、偉そうーー!!

「私の名前は玲菜だけど」

 一応答えるとシリウス似の青年とおじさんは顔を見合わせてから青年が疑うように訊いた。

「レナ? この場所でレナの名を語るとは、ふざけるのもいい加減にしろ」

「なんでよ! っていうか、レナじゃなくて玲菜だっての! れ・い・な! 耳が遠いんじゃない?」

「なんだと!?

 いきなりの険悪なムード。まさか初対面でありえない。

(しかもレナって……レナも私の小説のキャラだし。シリウス&レナって完全に私の小説とかぶってんじゃん)

 驚きよりもなぜか怒りが先に来る玲菜。

 目の前のシリウスと名乗る青年を見てつっこんでしまった。

「違う。絶対違う。こんな人シリウスじゃない! 見た目は似てるけど、性格はもっと素敵だもん。もっと大人っぽいの!!

 つい、言ってしまった。

 これは相手も怒るに違いない。横で聞いていたおじさんが「くくっ」と笑って余計な一言を付け足した。

「つまり、シリウスはガキっぽいと」

 これが火に油を注ぐというやつだ。

「オヤジ!! いらんことは言うな! 俺は初対面で、しかもこんな平民に! 無礼なことを言われたのは初めてだぞ」

「ははは。怒るな。どうした? お前らしくもない」

 青年を軽くあしらうおじさんにむしろ惚れそうだ。

 シリウス似の青年は「はぁ」と溜め息をついて頭に手を置いた。

「……そうだな。ただ、わけのわからぬことをこの娘が言うから。まぁいい、戯言《ざれごと》はあとで聴くか。とりあえず“レナの聖地”侵入罪で現行犯逮捕だ。衛兵!」

(え?)

 現行犯逮捕、と青年は言ったのか。

 言った途端にどこからか人がたくさんやってきた。黒い学ランのような制服を着て黒い帽子を被って剣を携《たずさ》えている男たち。

 もう一度確認するが「現行犯、逮捕」と青年は言ったのか。

(たいほ……? タイホって逮捕?)

 状況が理解できない玲菜。

(何? レナの聖地って)

 じわじわと制服の人間たちが近付いてくる。

(ちょっと待って)

 意味は理解できなくても危機は理解できる。

(逮捕って! ちょっと……)

「待て、シリウス!」

 止めたのはおじさんだ。

「その子の話を全く聞かないまま逮捕?」

 玲菜にはおじさんが救世主に見えた。

「話はあとで聴く。侵入罪は間違いない」

 こう冷たく返すシリウスもどきは悪魔に見える。

「うーーーん」

 おじさんはこちらを見て小さな声で訊いてきた。

「レイナ。キミ、ここに初めて来た?」

 当たり前だ。「うん」と頷く玲菜におじさんは苦笑いをしてもう一つ質問をする。

「どうしてここに? もしかしたら力になれるかもしれないし。どうやって来たか話してくれないか?」

「どうやって来たか、なんてこっちが訊きたいよ。っていうかここどこ?」

 そう答えるとおじさんは少し落ち込んだようにしてしばらく考えてから耳打ちした。

「分かった。俺が必ず助けてやるから。一先ず捕まって」

「え?」

 助けてやると言われたが。

(結局捕まるの〜〜〜!?

 その事実に、玲奈はしばらく動けずに呆然とした。


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