創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二十三話:再会]

 

 アヤメの言った通り、シリウス隊が入ると洗濯物が一気に増えた。シリウス隊というのはアルバート皇子率いるシリウス直属蒼騎士聖剣部隊と他の将軍が率いる隊が合わさった隊であり、現、帝国最強の精鋭部隊となる。今回は帝国全総力とまではいかないが、砦の鳳凰《ほうおう》騎士団と傭兵団も合わせて大きな軍隊となり、総じてシリウス軍と呼ぶ。

 

 玲菜たちは急に忙しくなってとにかく夕方まで目一杯働いた。こんな様子ではレオを探すなんてことはできない。城内では皆がバタバタと慌ただしく動き回る。

 洗濯係は夕方になると仕事が終わり、皆は後片付けをしていた。後片付けが終わればようやく自由で、食事や体を休ませられる。早く終わった者から部屋に戻っていった。

 玲菜はまだ慣れていなくて、自分の分の後片付けが皆より遅かった。アヤメが手伝うと言ってくれたが断って、一人ゆっくりと片づける。もう日も暮れようとしていた。

(そういえばショーンはどこに居るのかな? さっきレオと喋ってるとこ見たきり見てないや)

 忙しくて休憩もあまり無く、捜しにいくことができなかった。

 それにレオとは全く会えていない。

「はぁ」

 溜め息をついて、やっと片づけが終わったので部屋に戻ろうとしたところで後ろから声を掛けられる。

「ああ、そこの…キミ。洗濯係の者か? ちょっと人を捜して……」

 聞き覚えのある声に、振り向く玲菜。

 夕日の逆光で顔がよく見えなかったが、銀色の鎧に青いマント。黒い髪の青年。

「レオ……?」

 青年は返事をせずにじっと玲菜を見ていたが、やがて口を押えて一歩後ろに下がった。

「ちょっと待て。レイナ? え? シスターの格好?」

 やはりレオだ。

「あ、うん。皆そうだよ。これが仕事着」

 久しぶりに会えていきなりこの会話から入るのか。

(ホントにレオ?)

 顔がよく見えないのと、信じられない偶然に動揺する玲菜。

(え? ホントに?)

 なんだか泣きそうになって俯いた。

 一方レオは何かに焦っている様子。

「お前それ……罠か? 罠なのか」

 謎の言いがかりを発している。

「え? 罠?」

 玲菜が顔を上げるとまた一歩後ろに下がった。

 それを不審に思う玲菜。

「ど、どうしたの? レオ、なんで下がるの?」

 近付こうとするとレオは手を向けてきた。

「ちょっ待て。ええとな……」

 表情はよく見えない。

「俺は……に、…凄……弱……」

 小さな声なので聞こえない。

「え? 何? はっきり喋ってよ」

 

「俺は、聖女とかそういうのにすっごい弱いから! お前その格好反則だぞ!」

 レオは言ったあとに後ろを向いてしまった。

 その言動に恥ずかしくなったのは玲菜の方だ。

「ええっ! 反則って……ええ?」

 反応に困ってしまう。

 しばらく二人で黙って、その後玲菜はレオが最初に声を掛けてきた言葉を思い出した。

「あ、そうだ。レオ、人捜してるって言ってた? ショーン?」

「ああ、うん」

「ショーンはずっと見かけてないよ私」

「いや、違う」

 レオはこちらを向いて言った。

「オヤジにお前の仕事を聞いたんだ。俺が捜していたのはつまり……」

 少しためらってから照れながら告げる

「お前だから」

「え?」

 玲菜はレオに顔を見られたくなくて下を向いた。絶対真っ赤だから。気持ちがもろにバレたら恥ずかしい。

(レオ、私のこと捜してくれたの?)

 しかも物凄く嬉しい。

 玲菜は先ほど聖堂の二階からレオを見た時のことを話した。

「今日さ、レオがここに入ってきた時、私、上から見てたんだよ」

「上? いつ?」

「聖堂の中庭に来た時。回廊の二階で見てたの。皆大騒ぎしててびっくりしたよ」

「ああ、到着した時か。あそこに居たのかお前」

 レオの言葉に、彼の姿を思い出す玲菜。

「うん。白馬に乗ってたでしょ。王子様って感じで……」

 カッコ良かった。この一言が恥ずかしくて出ない。ためらっているとレオが話す。

「なんだ。呼んでくれれば良かったのに」

 冗談なのか本気なのか、レオは言ったが。玲菜は慌ててつっこんだ。

「レオって呼んだら駄目でしょ?」

 前にレオが朱音や黒竜の前で「シリウスかアルバートと呼べ」と言っていたのでそう心得ていた。

「ああ」と頷くレオ。

「俺の幼名は母とオヤジとお前にしか呼ばせていないから」

 なんと、そんな特別な枠に自分が入っているのかと、玲菜は舞い上がりそうになった。

(ホントに? ホントに?)

 これは同居仲間の特権なのか。顔が熱くなる。

「嬉しいだろ」

 恐らくレオは軽いノリで。そのセリフを言ったようだったが。

「う、うん。……凄く……嬉しい」

 玲菜が半分俯きながら途切れ途切れに気持ちを話すと、レオは急に真面目な顔になって玲菜の肩を掴んできた。

「え……? レオ……?」

 玲菜が顔を上げると、彼はじっと見つめてきていて、凄く真剣な眼をしていた。

 それが直視できずに目をそらすと、レオは呼びかけてきた。

「レイナ!」

「は、はい」

 もう一度彼の眼を見る玲菜。その眼は、何か大事なことを伝えようとしているかのよう。

 しばらく見つめ合って、レオが口を開く。

「俺は気付いたんだ。いや、本当はもっと前から気付いていたのかもしれないが……」

「え?」

「認めるのが、怖くて」

「え……?」

 怖い、と彼は言ったのか。怖い物が無さそうなレオが、そんな言葉を使うなんて。

「お前に、そういう気が無いのはずっと知っていたから。言われた時より前から」

「そういう気?」

「ああ。でも最近、そんなことどうでもよくなって」

 レオは一度目をつむってからゆっくりと言う。

「レイナ、俺は……」

 

「レオーーーー!!

 このタイミングで、まさかの邪魔が入った。

 しかも聞き捨てならない。

「レオ……だと?」

 玲菜もびっくりしたが、レオは自分の名前が知らない若い男の声で呼ばれたことに驚いて、凄い形相で振り向いてしまった。もちろん大事なところで邪魔をされた怒りもある。

 掴んでいた玲菜の肩も放して声の主を捜した。

 そんなレオに駆け寄ってくるのは一人の若い男。馴れ馴れしく手を振ってきている。

 大体同じか少し上くらいの歳か。こげ茶色のくせ毛に細い眼のその男は近くまで来て嬉しそうに言った。

「お前レオだろ? 懐かしいな〜! オレだよオレ!」

「誰だ貴様」

 レオは眉をひそめて刀の柄に手を添えた。

「ちょっと待て! 分からないのかよ〜。オレだよ、イヴァン!」

 慌て出すくせ毛男をじっと見て考えるレオ。

「イ……バ……ン……?」

「なんだよ〜お前、すっかり立派な皇子になっちゃって」

「あああああ!!

 大声を出してレオはくせ毛男をよく見る。

「お前、鍛冶屋の息子のイヴァンか!?

 ちゃんと知り合いだったらしい。

 気付いてもらえた男は細い眼をもっと細くして喜んだ。

「ああ良かった! オレのこと憶えててくれて」

 レオは笑いながら言う。

「相変わらず目をつむりながら喋るな、お前は」

「いや、目、開けてるからね」

 つっこみつつ、イヴァンは玲菜の方を見た。

「こんにちは。キミ、レオ君の彼女? 可愛いね〜」

「ちちち違います」

 慌てて否定する玲菜にレオが言う。

「レイナ、こいつは俺の……要するに、幼馴染なんだ」

「幼馴染!?

 先ほど『鍛冶屋の息子』と言ったが。皇子がそんな一般庶民と幼馴染なのもびっくりだ。

 その答えをイヴァンが言った。

「レオ君、小さい頃身分隠して下町に居たからね」

「おいっ!」

 慌ててレオは注意したが玲菜は聞いてしまった。

「え? 身分隠して下町?」

 まるで今と同じだ。

「あああ」

 頭を痛くするレオに気付かずにイヴァンはペラペラと喋る。

「なんか、命を狙われてたから身を隠してたんだろ? でもオレはそんなこと知らなかったから、あとで皇子だったって聞いてびっくりしたよ」

 衝撃的な事実にびっくりしたのは玲菜の方だ。

「命を狙われて?」

 レオはためらってから気まずそうに玲菜に説明した。

「ええと。……つまり……そういうことで」

 頭が追いつかなくて呆然としている玲菜を見て、ムスッとしながら言う。

「なんだよ。育ちが悪いって言いたいのか?」

「うっ……」

 玲菜は言葉が出なかった。

 確かに、言われてみればレオは言葉遣いも悪いし、なんていうか……街に慣れ過ぎているふしがあった。

 ショーンと一緒に住んでいるからだと思ったが、そもそも平気でショーンの家に居候する事自体が皇子の行動ではない気がする。

 それよりも小さい頃から命を狙われていたという事が深刻で声が出なかった。

(いくら皇子だからって、なんでそんなに)

「ところでさぁ、レオ、昔さぁ……」

 イヴァンがまた何か喋ろうとしたので、その前にレオは彼の胸ぐらを掴んだ。

「いい加減にしろ! なんでもベラベラと喋るな。それと、俺のことはレオと呼ぶな。シリウスと呼べ」

 注意したのは玲菜だ。

「ちょっとレオ! 久しぶりに会った友達に対して酷いじゃない」

 言われてレオは渋々手を離した。

「いや、だから。俺だって困るんだよ。昔とは違うんだから……」

 イヴァンは気にすることなくヘラヘラしていた。

「レオ君、彼女に弱いなぁ〜。彼女お名前は?」

“レオの彼女”ではないが。玲菜は一応名前を言う。

「え、えっと……玲菜です」

「よろしくねぇ〜。オレ、イヴァン! さっき言った通りレオの幼馴染で。普段は都で鍛冶屋やってるんだ。今は頼まれてここに派遣で来てる」

「派遣?」

 レオが訊くとイヴァンは頷いた。

「そ! 鍛冶屋の。お前の剣も打ってやろうか?」

「今度な」

 懐かしい友人ではあるが、思い出話よりも大事な話を玲菜にしたくて、レオはイヴァンを軽くあしらった。

「とりあえずイヴァン、積もる話は明日の夜に酒場でどうだ? 俺はさっき到着したばかりで疲れているから。分かるよな? 解るよな?」

 二回目の「解るよな」は空気読めという意味で。幼馴染を追い払おうとしたセリフだったのに、まんまと受け取ったのは玲菜だった。

「あ、そうだよね。レオ疲れてるよね。私ももう戻るから、レオも早く寝た方がいいよ」

 

「ちょっと待てレイナ!」

 去ろうとした玲菜の腕を掴むレオ。

「俺はお前を捜していた、と言っただろ」

「え? あ、あ! ……うん。そうだね。何?」

 恥ずかしそうに玲菜が訊くと、レオは困ったようにイヴァンを睨み付けてから玲菜に言った。

「あーえっと、だからつまり……。お前に話したいことがあって」

 

「レイナーーー!!

 今度邪魔したのは若い女性の声だ。可愛らしい声の可愛らしいツインテールの娘が、走って駆け寄ってきた。

「レイナ、どうしたの? あんまり遅いからアヤメさん心配して……」

 それはミリアで。中々部屋に戻ってこない玲菜を心配して迎えにきたようだったが。

 玲菜と一緒に居る皇子の姿にびっくりして止まった。

「え? シリウスさま?」

 多分隠した方がいい。

 とっさにそう判断した玲菜はレオに向かって言った。

「あ、あの、じゃあ……私は……これで!」

 そそくさとミリアの方に近付く。

 ミリアは興奮して小声で訊いてきた。

「どうしたの? なんで皇子様と喋ってたの?」

「あ、えーと……後ろから声かけられて。でも人違いみたい」

 なんなく、小声で誤魔化す玲菜。

 一方、イヴァンはレオと玲菜を不思議そうに見ながら、ツインテールの娘・ミリアの方に注目した。

「あれ……? ミリアちゃん?」

「あ!!

 明らかに嫌そうな顔をしたミリア。

「なんでここに居るの?」

「え? 二人は知り合い?」

 玲菜の質問に二人は同時に答えた。

「もちろん!」

「知らないわよ」

 知らないと言ったのはミリアの方で。「ミリアちゃん冷たい」と嘆くイヴァンを無視してミリアは玲菜を掴んで逃げるように走った。

「ああ! ミリアちゃん〜」

 悲しむイヴァンを憐《あわれ》みの眼で見つつ、レオは一緒に去って行った玲菜の後姿を見て溜め息をついた。

 

 一方、イヴァンの視界から消えてやっと歩きに戻したミリアに、玲菜は問う。

「ど、どうしたの? あの人知り合い?」

 ミリアは普段の可愛らしい声ではなく、別人のような低い声で言った。

「アイツ……前に都の広場でわたしに声をかけて誘ってきたんだけど、断ってるのにしつこく付きまとうから嫌なのよ」

 玲菜はその話よりもむしろ初めて聞いた彼女の低い声に衝撃を受けたが、びっくりするのはミリアがすぐに可愛らしい声に戻したことだ。

「わたしが好きなのはショーンさんみたいな渋い男の人なのに〜」

(な、何この表裏使い分けよう……)

 そこはあえてつっこまずに玲菜はミリアに付いて聖堂に戻った。

 

(それにしても今日は知り合いが一気に増えたなぁ〜)

 玲菜はミリアに連れられて聖堂内を歩きながら、ふとそんなことを思っていた。

 今までショーンの家に住んでいた時は、隣の家のサリィさんと挨拶したり、商店街に出た時にお店の人と喋ったり、服屋の店員の若い娘とは少し仲良くなったが。この世界に来て、あまり友達のような存在は居なかった。最初、友達になりえそうなユナという娘と会ったが、不本意に(しかもレオに)捕まって入れられた牢で別れた以来会っていない。

(あの娘どうしてるだろ? 元気かなぁ〜?)

 ユナのことを心配に思いながら、隣を歩くミリアを見る玲菜。

 ミリアとは、なんとなく友達になれそうな予感。それに、同じ係で同じ班の班長・アヤメとも仲良くなれそうだ。

(そういえば、部屋ってもう一人居るんだよね)

 玲菜に与えられた部屋は四人部屋で、ミリアとアヤメ、あと一人居るはずだ。

(どんな子だろう〜? ミリアやアヤメさんみたいに喋り易そうな人だといいな)

 そんなことを思っていると、ミリアが、長い机がたくさん並んだ食堂へと案内してきた。

「ここは食堂だよ。皆、同じ物を同じ分しか食べちゃいけなくて、しかも残しちゃ駄目だけど」

 残すのは禁止と聞いて実は少食だった玲菜はドキリとした。その表情を見てミリアが言う。

「大丈夫よ。残念ながら量は少ないから。でもわたしたち料理係が腕によりをかけて作っているから美味しいわよ」

 玲菜はミリアに案内されながら、まるで小学校の給食のように一つのトレーに入れられた食事を持って空いている席を探した。

 すると、遠くから声が聞こえた。

「ミリア、レイナちゃん! こっちに二つ空いてる!」

 アヤメの声だ。人がたくさん居る食堂で、立ち上がって手を振るアヤメの方へ向かう二人。

 ようやくたどり着いて席に着くと、アヤメの隣に座る娘が玲菜をじっと見て大声を上げた。

「レイナ!! あなた、レイナよねー?」

「え?」

 最初誰なのか分からなかった。歳は同じくらいか。切れ長の黒い瞳。娘は被っていたベールと白い頭巾を取って黒い髪を見せた。

 髪で分かったわけではないが、この世界での数少ない知り合いに照らし合わせて玲菜は声を上げた。

「ユナ!?

 そう、ちょうど先ほど思い出したばかりの娘・ユナだ。なんという偶然か。

「え? 二人は知り合い?」

 ミリアとアヤメがこちらを見る。

「う、うん。ちょっと……」

 なんて説明しようか玲菜が困っていると、ユナが気付いたように言った。

「え? アヤメさんが言ってた新しい同室人ってレイナのこと?」

「え?」

 ということは……

「私も同じ部屋だよー!」

 ユナはびっくりしたように、しかも嬉しそうに言う。

「え? もう一つのベッドって、ユナだったの?」

 漫画のような偶然に玲菜は呆然とする。

(こんなことってある?)

 ずっと心配していた。まさかまた会えるとは思わなかった。しかもこんな形で。

「レイナ、あれからどうしたの?」

 訊かれて、なんて答えようか迷う玲菜。

 まさか、自分らを捕まえた張本人、レオと同居しているなんて言えない。ショーンのことも言えない。

「あ、あの……親戚のおじさんの家で、都で暮らしていて」

「都暮らし!?

 反応したのはユナとミリアだ。

「私(わたし)も!」

 同時に二人が言った。続けてミリアが言う。

「じゃあ、ここから帰ってもまた会えるわね!」

 嬉しいような、ショーンのことがバレそうでこわいような。

「って言っても私は下の方だからボロ屋なんだけど」

 そう言ったのはユナだ。

 そうだ、ユナこそどうしていたのか。玲菜はためらってから訊ねた。

「ユナは、あの後どうしたの?」

「うん。私も昼には出られたから。都に行って。私ねー、都に住むのに憧れて出てきた人間だから。家を借りて、働いてたんだけど貧乏で」

 だからここに働きに来たのだという。

 彼女はレオから『不法入国』の疑いをかけられていたが、こうして普通に都で暮らしているというと誤解だったのか。それとも許されたのか。

(レオってば、無実でユナを逮捕したんだったらあとで叱ってやらなきゃ)

 ショーンは仕方ないみたいなことを言っていたが、そういえば自分も被害者だ。

(こういうことは好きだからって許さないで、ちゃんと言うべきだよね)

 心に誓う。

「私ね、レイナのことずっと心配してたんだけど、また会えてよかったー」

 それはこちらのセリフだ。

「う、うん。私もユナのこと心配してたよ。ホントに良かった」

二人でやりとりしていると、ミリアが呆れたように言った。

「感動の再会かどうかわからないけど、早く食べないと冷めるわよ」

「あ、うん」

 慌てて食べ始めると、冷めてしまっていたのだが、先ほどミリアが言った通り美味しかった。それに、少食の自分でさえ「少ない」と感じる量。

 ふと、大食いの彼のことが心配になってしまった。

(レオ、こんなに少なくて平気かなぁ?)

 絶対に足りない。しかし、皇子だからもしかすると皆より多いのか? いや、しかし食料は大切なはずだからさすがに度を超えることはできないだろう。

(お腹空いてそう)

 満腹とまではいかなくても、空腹感を取り除けるくらいは食べさせてあげたい。

 そんなことを考えながら、食事は終わり、風呂としては数分間のシャワーのようなものがあっただけで、あとは就寝しなくてはいけなかった。

 玲菜は疲れていたのですぐに眠り、一夜が明けた。

 

 

 次の日、朝早くから仕事が始まる女性たち。

 朝食を済ませて、食事係のミリアと掃除係のユナと別れて、アヤメと一緒に洗濯場へ行く玲菜。

 この辺りは砂漠が近いせいか昼間と夜の気温差が激しく、朝早い頃は信じられないくらい寒い。しかもすぐに暑くなってくるのがこわい。

 練兵場の近くで朝からせっせと洗濯物を洗う玲菜に、アヤメが嫌なことを言ってきた。

「まだ本格的な戦争が始まってないから、洗濯は私たちの服か兵士たちの服だけでしょ? でも戦争が始まったら血の付いたタオルとか軍服が加わって、水が赤くなるのよ」

「やめて下さい!」

 同じ班の子がアヤメに注意した。

 同時に呑気だった自分に気付く玲菜。

(そっか。私、ただ砦に働きに来ているだけじゃないんだ。ここって一応本陣なんだよね)

 まだ出軍していないから実感がわかないが。ここは全ての軍の本拠地となる。当然怪我人やもしかすると死人が運ばれてくる可能性もある。開戦ののろしが上がるのは一体いつなのか。できれば上がってほしくないがそうもいかないらしい。

 それを認識させるが如く、練兵場ではたくさんの兵士たちが朝から訓練していた。シリウス軍が加わったせいか昨日よりも断然多い。

(レオ居るかな?)

 玲菜はチラチラと練兵場の方を見ていたが、そういう感じの人は居なかった。

 

 だが、突然皆がざわめく。特に女性の甲高い声が聞こえた。

(え? レオ?)

 玲菜はそう思って見たが、誰かが注目の的の人物の名を言った。

「鳳凰騎士団の団長、フェリクス様よ〜!」

 皆に注目されているのは金色の髪に青い瞳のいわゆる美形の青年で。歳は二十五前後。朱色……いや、橙《だいだい》に近い色のマントを羽織っている。品があり、貴族っぽいオーラを発している。

(うわぁ〜〜〜。すっごい美形!!

 レオも美形だが、こちらも中々。

 正直、玲菜が見惚れていると更に大きなざわめきが起こった。

 それは、今度こそ皇子殿下の御成りであり。

(レオ!!

 先ほどの美形・フェリクスはひざまずき、他の者も同じようにひざまずいて頭を下げる。

 レオは練兵場の兵士たちに言い放った。

「いいから続けろ。戦は近い。それよりも……鳳凰騎士団のフェリクス団長、俺と手合せしてくれるか?」

「ハッ!」

 フェリクスは立ち上がり、マントを取る。他の者は訓練の続きを始めたが、集中できずに二人の手合せを見たくて静まり返っていた。

 それは洗濯場の女性たちも同じく。単体だけでも見たいのに、美形二人の手合せとあっては、見ずにいられるか。皆息を呑んで洗濯の手を止める。

 やがて、距離を取った二人が向かい合って立ち、剣を抜いた。レオが持っているのもいつもの刀ではなく剣だ。

「戦場で、まずこれはありえんがな」

 レオは笑ったが、次の瞬間フェリクスが間合いを詰めて一気に剣を振りおろした。それを受けるレオ。フェリクスは素早い剣さばきで次々に打ち込み、レオは全て受けるばかりで防戦一方だ。

 だが、突いてきた剣を避けると、今度はレオの方が打ち込み始めた。それも普通なら反応できないのではないかという程速い。

「すげぇ……」

 訓練も手に付かず、見ていた兵士たちは口々に呟いた。

 何度か二人の攻防戦が続き、ついにフェリクスが渾身《こんしん》の一撃を振ると、レオはとっさに腰から短刀を抜いて両刃でそれを受けた。弾かれたのはフェリクスの方だ。

 後ずさったフェリクスの首元にレオの剣先が向けられた。

「お見事です、殿下」

 フェリクスは剣を下ろし、レオも短刀を鞘に収めて剣を下ろした。

「いや、貴公が見事だ。俺に短刀まで抜かせた。本当は一振りの剣だけで闘うつもりだったが、焦ってつい抜いてしまった。それほど見事な剣さばきだった」

「畏《おそ》れ多きお言葉。ありがたく存します」

 

 二人の戦いと、更に後のやりとりをうっとりと見ていた洗濯係はアヤメの手を叩く音によって我に返った。

「ホラ! いつまで見てるの! 仕事中でしょ!」

 女性たちは慌てて洗濯の続きを始めたが。

 巨漢のバシル将軍が訓練をし始めたのでアヤメは仕事を放って練兵場を見始めた。

「きゃああ〜! 最強!! 最高!!

 普段はサバサバ系でしっかりしているのにこのありさま。

「アヤメさん、洗濯!」

 我を忘れていたようだが、皆に注意されて慌てて洗濯の手を動かした。

 

 その、皆がどことなく浮かれていた直後に伝令が入った。

「申し上げます! 敵の小隊が山間や河からの国境越えで近隣の集落を襲っているとの事! また、帝国西方門前の国境付近では陣が張られてきているとの事! 隠密隊の情報によると大軍が動き始めて其《そ》の陣に向かっているとの事であります!!

 兵たちがざわめき、聞こえていた洗濯場の女性たちも顔を見合わせる。

「シリウス!」

 どこからかショーンが走ってきてレオに近付いた。

「ああ」

 レオは予期していたように落ち着いた様子で言った。

「始まったな」


NEXT ([第二十四話:鋼鉄の馬車]へ進む)
BACK ([第二十二話]へ戻る)

目次へ戻る
小説置き場へ

トップページへ
inserted by FC2 system