創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第二十七話:電気自動車と奇襲]
「危ないから、危ないから! 第一、動くか分からんし」
ショーンは車がどういうものか一応知っているようで、玲菜を止めたが。玲菜の決意は固かった。
「動かなかったら諦めるよ。でも動いたら行くから。多分馬よりも速いし」
先ほど見た車が、そのままマリーノエラの家の庭に置いてある。
玲菜は息を呑んでから車のドアを開けた。
一瞬壊れそうな音がしたが普通に開く。
(ちゃんと開いた)
運転席に座る玲菜。「ふぅ」と息をついてまず確認する。
バックミラーは無い。サイドミラーは片方(左側)だけ。まぁ、鏡は別に無くても平気か。
ドアの所と、ハンドル近くには様々なスイッチがある。
(あれ? 車ってこんなにスイッチあったっけ?)
久しぶりに乗ったので戸惑ってしまう。
しかもいつの時代の車か分からない。
「え〜と……」
とりあえずハンドルは自分の知っている形だ。しかしハンドルの奥のメーターは見当たらない。
そしてセレクトレバーも見当たらない。けれども本来サイド型のセレクトレバーがあっても良さそうな位置に『P』と記されたマウスのような形のレバーがあった。
(何これ、未来の車?)
2012年以降の車だったら運転する自信が無い。
幸い、足元には恐らくブレーキとアクセルと思われるペダルがあるが。
(パーキングブレーキは?)
玲菜の家の車は足元にあったが、サイドに設置されている場合もあるらしいパーキングブレーキがどこにも見当たらない。
(大丈夫かなぁ〜私)
不安になっていると、外からショーンが声を掛ける。
「大丈夫か?」
答えられない。
(どうしよう、どうしよう……)
落ち着くために深呼吸した玲菜は、まず一番大事な物を思い出す。
「鍵!!」
そうだ、この車の鍵はあるのか。
そもそも鍵を差し込む所は無い。自分の家の車だと鍵は持っているだけでよく、しかしエンジンをかける時に回すつまみがあったはずだ。
(エンジンかけるやつも無いし……!)
焦る玲菜。
しかし、ふと見ると本来ナビがあるはずの場所に何かが入っていた。
それを拾いあげると、電子キーのようで。
(マリーノエラさん、これ、なんだか分からずに置いたままにしてたのかな? もしかして)
分解されていなくて良かった。
鍵があったということは動く可能性が高いわけで。
(動くかもしれない!)
玲菜はとにかくエンジンをかける部分を探した。
すると……
ハンドルの近くの左下側に見覚えのあるボタンが。
(え? このマークって……)
パソコンの電源を入れるスイッチに見える。
「電源?」
恐る恐るボタンを押すと、急に、本来メーターがある場所が光り出す。軽快なメロディまで鳴ってびっくりしてしまった。
「え!?」
なんと、光った所にデジタルなメーターが現れた。
「そうか! デジタル!」
メーターはデジタル式だと気付く玲菜。外に居たショーンもびっくりして覗きこんだ。
「起動した!」
メーターには『電費』という文字があり、ガソリンのマークにコンセントが付いている。
「あ! これってもしかして、電気自動車!?」
そうかもしれない。自分は乗ったことが無いので分からないがもしかすると。
マリーノエラがやったのか、奇跡なのか知らないが燃料らしき表示はほぼ満タン。
動かせる……か?
(動かさなきゃ!!)
迷っている暇はない。
「ショーンも乗って!!」
窓を開けて玲菜は叫んだ。
「あ、ああ」
慌ててドアを開けて後部座席に座るショーン。懐《ふところ》に入れていた猫のウヅキは膝《ひざ》の上に乗せる。
「すげぇな、コレ」
感心している場合ではなくて。
玲菜はシートベルトを締めてブレーキを踏んだ。
先ほどの『P』と記されたマウスのようなレバーはセレクトレバーかもしれない。そのことを示す表示が下にあった。
玲菜は表示を見ながらレバーを『D』の位置に動かす。するとデジタルメーターにも『D』の文字が。
(多分ドライブ。あとはパーキングブレーキを解除しなきゃ)
解除していない時に点灯する警告マークは正面の画面に表示されている。
(どれ? 足元には無いよね? サイド?)
横を見ると、マウス風レバーの下にもう一つ『P』のマークがある。
(PってパーキングのP?)
迷いながらゆっくり押してみると警告マークは解除された。
いよいよ運転できるのか。
「ショーン、方向どっち?」
「準備はいいのか?」
「うん」
玲菜の返事に、ショーンは方位磁針を出した。
「砂を避けるからまずは西だな。うん、このまままっすぐ」
「はい。じゃあ……行きます!」
目の前は何もない荒地でもちろん道路も無い。
玲菜は覚悟を決めてブレーキを離し、アクセルを踏んだ。
すると、大した音もせずスーッと動き出す。しかも思ったよりも加速が凄い。
「わあぁ〜〜!!」
自分で運転しながら驚く玲菜。
「何これ、音がしない! しかも速い!」
電気自動車は静かだと何かで聞いたことがあったが。まさにその通りで。しかし、ボロ車のために壊れそうな音は常に聞こえる。それと、アスファルトではない荒れた地面はガタガタ揺れる。
また、急に岩や植物が現れるので必死で避けて玲菜は泣きそうになった。
「やだ、嘘でしょ?」
「多分そのうち、道にぶち当たるから、そしたら道なりに進んで」
ショーンの言う道は舗装《ほそう》されていない道。だが、まだましか。玲菜はとにかく夢中で運転して目一杯飛ばした。
やがて、ショーンの言った道にぶつかり、道なりに走っていると、遠くに二頭の馬に乗った人たちが……要するに先ほど出ていった鳳凰騎士団の騎士たちが前方を走っているのが見えて。
玲菜はアクセルを踏み込んで彼らの横を通過して追い越した。
挨拶をしている暇はない。見たこともない猛スピードの鋼鉄の物体にびっくりした騎士たちは叫んでいる様子。
彼らも重装備にしてはかなりの速度で馬を走らせていたようだが、こちらの速度は100q/h以上を表示している。
エンジン音が無くてもハイスピードの揺れでショーンは無言で椅子に掴まっていたし、その懐にウヅキは入り込んでじっと丸くなっていた。
またしばらく走ると今度は前方に赤茶色の山が見えて。ショーンは地図を確認せずに言った。
「国境の山だ。今度は南に行ってくれ! 道も出てくるから」
「南!? 南ってえっと……」
速度を緩める玲菜。
ずっと西に向かっていたはずだから、南というと……左か。
しばらくゆっくりと走っていると、木の看板が見えて、近くをよく見ると道らしきものも薄《うっす》ら見える。
玲菜は出さなくても良いのにウィンカーを出して巻き込み確認をしながら左折した。
そしてまた道なりにまっすぐ進んで段々と速度を上げる。荒れ地には砂漠に在りそうな乾燥に強い植物や岩がたくさんあったが、幸い道路上にはほとんど無く、たまに少し植物を避けるだけで済んで、ほぼ高い速度で持続して走ることができた。
だからか。
「野営地が見えた!!」
驚くほどの早さで目的地に着けそうだとショーンの声で分かる玲菜。
(野営地?)
まだ遠いが、テントが張ってあるのがずっと先に見える。
玲菜は飛ばせる所はとにかく飛ばしてテントを目指して走る。
やがて、大分近付いたところで、野営地に向かってくる鋼鉄の怪しい物体を不審に思った兵士たちが慌ただしく前の道を塞《ふさ》いで弓を構えだしたので、ショーンは玲菜に車を停めるように言って、自分だけ降りて武器を持っていないことを告げながら彼らに近付いた。
そして、少し話すと車に戻ってくる。その時、道を塞いでいた者たちは皆退いたので、ショーンが乗ると玲菜はまた車を動かした。
「俺の顔が分かる奴が居て助かった。皇子の危機を伝えたら一緒に来るっていうから、俺たちはこのまま進もう。レオは詰所に居るそうだから」
野営地の先には石造りの大きな建物がある。壁に囲まれていて、一見小さな砦のようにも見える。周りの地面は少しばかり草が多くて草原のようになってきていた。
「ここが国境?」
玲菜が訊くとショーンは首を振る。
「国境はこの先にある。河と山の間に馬鹿でかい何重もの壁と門を建てた感じだ。そこが多分前線になる」
玲菜たちが野営地の兵士たちに気を付けながら車を走らせていると、後ろから十数騎の味方の騎士がついてきた。他の兵士たちは目を丸くして、自動で走る謎の乗り物を見ている。
皆に注目されつつ野営地を過ぎて更にまっすぐ走るとこの車がギリギリ通れるくらいの門が見えてきた。
「ん? 開いてる?」
ショーンが不審に思ったのも束の間。中からたくさんの一般人らしき人間が逃げるように出てきた。
「難民か? まさか……」
まさか、襲撃があったのか。二人に不安がよぎる。
(レオ……!)
玲菜に緊張が走った途端にショーンの不穏な言葉。
「遅かったか!?」
「ショーン!! そんなことない!!」
玲菜は泣きそうになってハンドルを握った。そこからは無我夢中だった。
アクセルを踏んでクラクションを鳴らす。
門の近くに居た者たちは大きな音と謎の鉄の塊に恐れをなして逃げ出す。腰を抜かす者も。
勢いよく門を通り抜ける時には壁を擦《す》って「ガリガリガリッ」とドアを傷つけるような不吉な音が聞こえた。
「うわぁあああ!!」
思わず年甲斐も無く叫んだのはおじさんの方だ。
玲菜はとにかくクラクションを鳴らしまくって中に居た兵士やらを退かした。
「どいてどいてどいて!!」
皆、音にびっくりして逃げたり警戒して止まったり、中には矢を射る者も居たが、傷は付いても貫くほどではなく。後に続いて野営地から付いてきた騎士たちは「鋼鉄の馬車は味方だ」と周りに言い放った。
しかし、玲菜たちが車で突入する前から詰所内は混乱していて。よく見ると兵士たちが難民らしき人間と戦っている。それは決して一般人ではないとわかる恐ろしく手練れな数人ずつの人間たちで。一人で何人も相手にしている。
「暗殺部隊だ!」
ショーンが言わずともすぐに分かった。難民に扮《ふん》して侵入した敵の最強暗殺部隊。奴らが一番に狙っているのはシリウスの首。
奇襲はもう始まっていた。
「レオ!!」
ショーンが叫んだ。
逃げる一般人や戦う兵士たちの中に、一際目立つ青のマントを着けた若者が数人の難民姿の人間たちと剣を交えていた。そばに倒れる騎士や兵士たち。恐らくそれは彼の部下たちで。護衛らしき黒装束の集団も難民の格好をした敵と戦っていて、中々皇子に近付けない状況が見られた。
明らかに意表を突かれた様子だ。
玲菜の目に映ったのは遠くから弓矢を構えて皇子を狙う輩。
とっさに車の窓を開けて叫ぶ玲菜。
「レオ!!」
その叫びに気付いた一人の忍者は、放たれる矢と皇子の間に入る。それが彼の懸命な判断で皇子の命を助ける唯一の方法。
矢は忍者の体に突き刺さり、身を挺《てい》して自分を守った部下が目の前で倒れる様を見たレオは彼の名を叫びながら駆け寄った。
「黒竜!!」
射撃手はもう一本の矢を構えていたので、その殺気に気付いたレオは反射的に落ちていた槍を拾って投げる。
槍は命中して射撃手を倒したが、そこまで確認せずにレオは矢が刺さった黒竜に呼びかけた。
「黒竜!」
それは彼に隙を作らせる瞬間で、暗殺者たちが一気にレオに向かう。その刃を受け止めたのは朱音だ。
「アルバート様、お逃げ下さい!!」
「逃げる!? 馬鹿言うな!! 俺が部下を見捨てて……」
その時、玲菜が夢中で押しまくったクラクションの音が鳴り響いた。
「え!? なんだ今の……」
一瞬皆が静まり、その間で近付けるまで車で近付く玲菜。人にぶつかりそうになり、急ブレーキをかけて、タイヤと地面の摩擦音がけたたましく鳴った。
馬も居ないのに自動で走りだし、奇妙な音を鳴らすその車両に皆が注目する。
そこから飛び出したのはショーンだ。
「シリウス!! 乗れ!!」
「オヤ……ショーン軍師!?」
兵たちをすり抜け、驚くレオに駆け寄って腕を掴む。
「レイナが待ってる! 行くぞ!」
ショーンはあっけに取られているレオを引っ張って走り出した。
「はあ!? レイナが? どうしてあいつがここに!」
レオは驚きすぎて連れられるままに走ったが、ハッと我に返って立ち止まる。
「ちょっと待て! 逃げないぞ、俺は!!」
向かってくる敵に刀を抜いて立ち向かおうとしたが、巨漢で凄い筋肉の男がレオを押して自分が前に出た。
「皇子、ここは我々に任せて一先ずお逃げ下さい」
「バシル!!」
バシル将軍を呼ぶレオを、今度こそ無理やり車の中に入れるショーン。ショーンは自分も中に入ってドアを閉める。
「なんだこれは!」
後部座席に乱暴に着かされてレオは怒って出ようとした。
玲菜はすかさず鍵を自動で閉める。
「なっ!」
開かないドアに焦るレオを無視して玲菜はアクセルを踏んだ。
「うおっ!!」
その急発進ぶりに皇子は椅子に倒れこみ、呆然とした。
「シートベルトして!!」
玲菜はそう指示するのが精一杯で、涙目になりながらも死に物狂いで兵たちの間をぬって車を走らせる。たまに外から何か攻撃されたような音がしたが気にする間も無く、とにかく人を避ける。
レオはシートベルトも分からなかったが、運転しているのが玲菜だと分かって揺られながらも声を掛けた。
「お前、レイナか!?」
「話しかけないで〜〜〜〜!!」
玲菜は夢中で詰所の門を突破。人は轢《ひ》いていないが色んな物を壊し、車体もかなり傷つけて舗装されていない道路に出る。そこから先ほどの野営地辺りまで飛ばしてようやく停まる。
玲菜はセレクトレバーを「パーキング」に入れようとして間違って『R』にしてバックしてしまい、それから慌てて『P』ボタンを押すと正面の表示にも『P』と出たのでパーキングに入ったと安心して。電源ボタンを押して電気が消えたのを確認すると大きな溜め息をついてうなだれた。
「はああ〜〜〜〜」
汗が凄くて手にまでにじんでいる。
一方、ショーンも大きな溜め息をついて膝に飛び乗ってきたウヅキの頭を撫でた。
「ウヅキ! 良かった。無事か」
もう一方のレオは何も言えずにとにかく驚いている。
しばらくの沈黙のあと、車内をゆっくりと見回して声を上げた。
「なんだここは!? なんだこれは!! なんでお前らが居る!?」
「えっと……」
なんて言おうか。玲菜が説明に迷っていると、レオは身を乗り出して言ってきた。
「やっぱいい。今はとにかく詰所に戻れ! 俺が戦わないと」
こんなに必死に助け出したのに何を言うか。
「駄目!」
玲菜は怒って言ったが、レオは無視してドアを開けようとする。しかしまだ施錠《せじょう》中だったので開けられず、彼はイライラして文句をぶつけた。
「くそっ! なんなんだこれ。皇子を拉致監禁か。いい度胸だな、お前ら。開けろよ!」
「駄目!」
もう一度玲菜は止めたがまるで聞かない。
「駄目じゃない! レイナ、開けろ! 開けないと窓をぶち破るぞ」
「嫌だよ!」
玲菜はシートベルトを外して後部座席に移動してレオの横に座り、腕を掴んだ。
「行かせないから、絶対!」
彼を引き寄せるように両腕でギュッと掴む。
「お前……なあ」
顔を見ると目に涙を浮かべていたのでレオは困って、それでも冷たく言う。
「いいから開けろ。泣き落としは効かないからな」
「レオ……」
玲菜は言いたいことがあったが、彼の気持ちを考えて心の中で呟く。
(生きてて良かった。無事で良かった……!)
思っただけで涙がこぼれる。
(レオ……すごく、すごく好き)
彼の命が危ないと知った時は心臓がどうにかなりそうだった。どうか無事で居てほしいと、ずっと祈っていた。
まさか自分がこんなに行動力があるとは思わなかった。無茶を承知で助けにきてしまうなんて。
「レイナ」
レオは優しく玲菜の腕を解《ほど》こうとする。
「頼むから。俺の部下が大変なんだよ」
それを止めたのはショーンだ。
「レオ! いい加減にしろ! お前が戻ったら、必死に逃がそうとした彼らの気持ちを無駄にするんだぞ」
聞いたレオは俯きながら、それでも拳をギュッと握って言う。
「分かってるけど! でも俺は……」
「さっきの奇襲は、お前だけを狙った奇襲だったんだぞ!」
「え?」
レオが傷つくのを承知でショーンは話す。
「連中はナトラ・テミスの最強暗殺部隊らしくてな。そもそも今回の戦の、真の目的はシリウスの首らしいから。もちろんその奥に領土の話があるんだろうけど」
「シリウスの?」
「ああ。どうやら向こうには正々堂々と戦う気が全く無いらしいからな。それも戦術だが。シリウス……つまりアルバート皇子を葬《ほうむ》って帝国軍の士気を一気に下げるつもりだったらしい」
ショーンの話を、レオは黙って聴く。
「だから、あの場にお前が居なくなれば連中は目的を失って戦力を落とすだろうし、恐らく撤退もする。お前の部下も死なずに済むってわけだ」
最後まで話を聞いて、レオは車のドアを殴った。
「くっそ! そういうわけか!」
その行動にビクッとする玲菜に優しく言う。
「レイナ、もう行かないから」
聞いてそっと腕を放す玲菜。
レオはショーンに言った。
「野営地で報告を待つ。それから……」
「うん。作戦の練り直しだな。戦だけでなく全体的の。フェリクス団長には砦を調べてもらってるから。山と河の国境警備をもっと厳重にして。また難民に紛れ込まれても嫌だから近くの村の住民には襲われる前に避難してもらおう」
ショーンの提案に、「はぁ」と溜め息をつくレオ。
「派遣がいっぱい必要だな。本戦のための隊が少なくなる」
「伝令係を派遣して、近くの住人には自警団が中心になって避難してもらおう。それなら本隊をあまり割《さ》かなくて平気だし。とにかく急ごう。俺もお前に同行して力を貸すから」
それは心強いと思ったレオだったが、一つ問題がある。その問題が自分の事だと玲菜には分かっていた。
「わ、私はじゃあ、砦に戻る。道分かんないから教えてもらえれば」
自信は無かったが、とにかく砦が見える所まで行ければなんとかなる、と思って言ったのだが。
レオは西から射す陽を見てショーンと顔を見合わせてから言った。
「じき暗くなる。夜になったらどうすんだ。道は見えないし危険動物が増えるし」
暗くてもライトが点くし、スピードを出している車の中なら危険動物も平気ではないかと玲菜は思ったが。
(でも多分方向が分かんなくなる)
ただでさえ危ういのに道に迷ったらどうするかという不安がよぎる。
ショーンも考え込んで「しかし明日朝帰るとしてここに残っても夜襲の可能性が0ではないしな」などとブツブツと言っている。
「でもまぁ、西方門じゃなくて詰所ならなんとか……」
ショーンは考えがまとまったらしく、自分で頷きながら玲菜に話す。
「夜襲があってもまずは西方門だから。何か不穏なことがあったらすぐに自動車で逃げる事ができるか?」
「え? あ、う、うん」
この返事で決まりだ。
玲菜は、今夜は詰所に泊まらせてもらい、明日の朝に砦へ戻る。
ちょうど決まった頃、鳳凰騎士団の騎士たちが二人、皇子への危機を伝えに来て通りすぎたが、しばらくしてから戻ってきて皇子を捜していたので、玲菜は車の鍵を開けてレオが彼らの前に姿を現した。
「シリウス様!! 御無事で何よりです!!」
駆け寄ってひざまずいた騎士たちはレオの後ろにショーンと玲菜が居るのを見てびっくりして叫んでしまった。
「え!? なぜ、お二人が我々より先にここへ?」
車で追い越したと説明するのは面倒くさい。
「俺たちもあのすぐ後に出てきてな、ちょうど今ここに着いたばっかりだよ」
「そうだったんですか」
車は彼らから見えない場所に置いてある。ショーンの誤魔化しを疑いもせずに信じる騎士たち。
彼らは一度通りすぎて詰所に行った時に伝言を頼まれたらしく、レオに伝えてきた。
「シリウス様、バシル将軍から『詰所の敵は少数が撤退し、残りはすべて倒した』と伝言を頼まれてきました」
「ああ、そうか。分かった、すぐ行く。伝言ご苦労。一先ず砦に戻り、フェリクス団長にこの事を伝えてあとは団長の指示に従うがいい」
「ハッ!」
騎士たちはレオの命令を受けて立ち去った。
彼らが去ったあと、レオはホッと一息つく。
「とりあえずバシルは無事なようだな。良かった。けど他の者は分からないからすぐに様子見に行く」
「ああ、そうだな。レイナ、また車動かせるか? 近いけど、詰所の門の前まで。今夜はそこの近くに隠して停めておこう」
ショーンに言われて、車に向かう玲菜。
電源を入れてメーターを見ると燃料が半分くらい減っていた。
(え? もうこんなに!? 帰り平気かなぁ?)
不安だが仕方ない。
やがてショーンがドアを開けてまずレオを中に入れて自分も入って、ウヅキの姿を確認してからドアを閉めた。
「これ、一体なんなんだよ。なんでレイナが動かせるんだよ」
レオは未だにこの乗り物を理解できなかったが。
説明はあとでと思い、玲菜は『D《ドライブ》』マークの表示を確認してからアクセルを踏んだ。
「うおっ!」
レオはまだ慣れないらしく動くと同時に声を出す。
「なんで馬が引いてないのに勝手に動いてんだ」
彼のつっこみにショーンは得意げに言った。
「そう。つまり自動で走っているから、これは自動車という!」
「ジドーシャ?」
「自動の車!」
「自動…車か……ありえない。どこで手に入れた?」
レオは不審がっていたが、何だかんだで興味津々で。おまけに乗り心地も快適らしくてお気に召した様子。
遺跡商人からマリーノエラまでの経緯を簡単に説明したショーンの話を興味深く聴いて、短い車内の時間だけは和やかに過ぎた。
そして、詰所の門前に着く。