創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二十八話:布団の中で]

 

「アルバート様!」

 詰所に戻ったレオを一番に出迎えたのは朱音だった。

「朱音、大丈夫か?」

 彼女は相棒の忍者・黒竜のことには一切触れずに話す。

「私《わたくし》は問題ありません。御傍を離れてしまったことが不覚であります」

「いい。お前の部下が近くまで来ていたのに気付いた。それに、少しくらい一人でも俺は平気だから」

 レオは歩きながら話して、正面で待つバシル将軍の許《もと》へ行った。

 将軍は腕を怪我したらしく、包帯を巻いていたが皇子の前でひざまずいた。

「殿下、御無事で何よりです。敵はほとんど仕留めましたが数人逃がし、不甲斐無くあります。また、こちらにも若干被害があり、死者、負傷者の数は只今確認中でございます」

「わかった。卿《けい》が無事で何より。腕の怪我は大事《だいじ》でなければいいが」

 レオの言葉に頭を下げるバシル。

「ありがたきお言葉。腕の状態はかすり傷であり、戦には何の差し支《つか》えもございません」

「うん。それならよかった。もしも支障があったら数百人分の兵を失うと同等。充分に休まれよ」

「ハッ! もったいなきお言葉!」

 バシルは更に礼を言い、付け足すように朱音が言った。

「仕留め損ねた敵は部下が追っています。同時に隠密部隊もまた情報収集しております」

 本来なら逃げた敵を一番に追うのは黒竜の仕事。彼はレオを庇《かば》って矢を受けたのだから名前が挙がらないのは当然で。レオは覚悟して訊く。

「朱音、まず先に黒竜の所へ連れていけ」

 朱音は目をつむって頭を下げた。

「承知しました」

 後ろから付いて歩いていた玲菜は足が震える。

(黒竜さん……!)

 どうか無事でいてほしいと願う。隣を歩いていたショーンの腕を掴んだ。そのショーンは無言でレオについていく。

 

 朱音が連れていったのは詰所の救護室で。ドアを開けるとたくさんの負傷者や治療の甲斐なく亡くなった者も皆ベッドで横になっていて。苦しそうな声も聞こえるので見るのがつらい。一人の黒装束姿の男は隅のベッドで静かに横になっていた。

 ベッドには血がたくさん付いていて、彼も腹部に包帯を巻かれた様子。その包帯も血がにじんでいる。

 レオはその顔を覗いて「あぁ」と息をもらした。

 玲菜もショーンの後ろから初めて黒竜の顔を拝見する。

 それは、三十五歳前後くらいの黒髪の男性で。よく見ると僅《わず》かだが、息をしているようだったのでショーンの腕にしがみついて安堵《あんど》の溜め息をもらした。

「ああ、黒竜さん、良かった……!」

 しかし……

「安心するのはまだ早いけどねー」

 近くで、不吉なことを言う男が居た。

 それは、白衣姿で白髪の多い灰色の髪の年配の男。ボサボサの長い髪で両目が隠れていたので怪しい老医師にも見える。老医師といってもまぁ……六十代くらいか。

 その男の名を最初に言ったのはショーンだ。

「ホルク! なんでお前がここに!!

「ん?」

 ホルクと呼ばれた男はショーンを覗きこんで気付いたように言った。

「おお、そういうお前さんはショーンじゃないか」

 説明してきたのは朱音だ。

「ホルク医師は先ほどここに到着しました。軍から要請して…」言っている途中でホルクが続きを話す。

「軍に助っ人頼まれてさ〜。まぁ、死体を解剖させてくれるならいいよって引き受けたんだが」

(死体を解剖……?)

 気味の悪いことを言う、と玲菜が顔をしかめているとショーンが彼の紹介をしてきた。

「この胡散《うさん》臭い医師はホルクといって、見た目はヤブ医者だが腕は確かでな、帝国四賢者の一人とも言われている名医師なんだ。一応」

「帝国四賢者!」

 ショーンやマリーノエラと同じ賢者の称号を得た者か。玲菜が感心しているとショーンが言いにくそうに付け足した。

「ただ、変人だぞ。何しろ解剖が大好きで、別名解剖師とも呼ばれている」

「変人とはなんだ! 医学の進歩に解剖は大事なんだぞ〜」

 ホルクは否定したが、天才と呼ばれる人間はどこか変だということは解体師マリーノエラも証明している。

 それよりも、とレオがホルクに問いだす。

「黒竜が……“安心するのはまだ早い”ってどういう意味だ!」

「おお?」

 ホルクはレオの顔を覗きこんで驚いたように反応した。

「そういうお前さんはシリウス? シリウスじゃないか〜。久しぶりだなー!」

 どうやら知り合いらしいし、レオの名をシリウスと呼んでいるということは皇子だと知っているはずだが。改まる態度は取らない。それどころか不気味なことを言う。

「シリウス〜! お前いい体してんな〜。今度解剖させてくれ!」

「断る!」

 レオはきっぱりと断って睨み付けた。

「そんな冗談はいいから、黒竜の容体を教えろ!」

「冗談じゃないけどな。嫌だねぇ〜皇子だからって威張っちゃって。これだから最近の皇子は」

 更にレオが睨みを利かせたおかげでようやく答えを話すホルク。

「傷は大したものじゃない。ただ、矢に毒が塗ってあってな。猛毒じゃないってのと、処置が早くて助かったが。今夜はまだ油断できない」

「ええ!?

 ショックを受ける玲菜に、ショーンが言った。

「大丈夫、大丈夫だから、レイナ。そうは言っても、天才ホルクならなんとかしてくれる」

 褒められて機嫌をよくしたホルクは続けた。

「そうだね。運が良かったね〜彼は」

 しかし、と真面目な顔になる。

「でも、治療して日常復帰は出来ても戦線復帰は無理だから。少なくとも今回の戦では戦線離脱を余儀なくされる」

 皆は静まり、間を空けてからレオが言った。

「仕方ない。戦力は落ちるが、命が助かって良かった。

 

 その後、レオは他の負傷者、死者の許へも自ら赴《おもむ》いた。負傷者たちは皆喜び、中には涙を流す者も。玲菜はそれを遠くから見ながら、シリウスが兵たちからどんなに崇拝されているかが分かった。同時にその重さも。

 鳳凰騎士団の騎士たちが言っていた言葉を思い出す。

『シリウス様は勝利の守り神だ』と。

(“神”って……何?)

 玲菜は違和感に襲われた。

(レオは、皇子だけど普通の青年なのに)

 イケメンだけれどだらしがなく、わがままで、子供っぽくて、酒好きで、猫好きで、賭け事で全負けをしたり、家事もしないでゴロゴロ寝ていたり。けれど割と紳士で優しくて頼りになるところもある。

(そういうとこ全部含めてレオはレオだよ。シリウスじゃない)

 玲菜は初めて、シリウスという名に疑問を持った。自分の小説でも出てくるが、それとは関係ないはず。

(シリウスってなんなの!?

 神話の英雄だと、どこかで聞いたような。

(神話って何?)

 そもそも、この戦争自体、裏側はまだしも表向きは『神話』が絡んでいるような。

(大昔にあった、宗教戦争みたいなもの?)

 世界史で習ったり、映画や漫画で少しだけ知る宗教戦争。自分にとっては、過去の他国の話に感じるが、未来のこの世界でも似たような事が起きているなんて。

(あ〜〜〜もう、なんなんだろう。こんなんだったらいっそ、神話自体無ければいいのに……!)

 恐らく神話が無くなっても別の理由で人は戦うのだろうが。玲菜はこの世界にある神話を憎くさえ思った。民衆の信仰心など、色々な要素が加わっているのだが、レオに重荷を背負わせている元凶が神話にある気がして。

 

 

 やがて夜になり、レオとショーンは参謀たちと作戦会議だというので、玲菜は一人、詰所の個室らしき部屋に通された。レオにずっと付き添っていた玲菜は今の所、皇子の大事な人という認識をされているようで。一人にしては広すぎて立派すぎる部屋に申し訳なさを感じてしまう。

 立派な机と椅子と幾つかの旗と。タンスとベッドとソファに床は絨毯《じゅうたん》。

(ここって将軍とかが寝る部屋なんじゃないの?)

 なんだかそういう雰囲気がして落ち着かない。

 玲菜は連れてきたウヅキを自由にして自分はソファに寝転んだ。

「はぁ……」

 今日は色々あった。

 マリーノエラの家で敵の小隊に襲われて。あの時はショーンが戦うのを初めて見たし。

 まさかこの世界で車……しかも電気自動車に乗るとは思わなかった。あんな目一杯飛ばしたのも初めてだ。

 そして敵の奇襲。

 あの時は心臓がどうかなりそうだった。なんとかレオは助けたが、黒竜をはじめ、犠牲者が出た。思い出すと今でも震える。

(明日から、私は砦に戻って、レオとショーンは戦場に……)

 心配で胸が潰れる想いだ。

(早く終わって……お願い……)

 玲菜はそう考えていると段々眠くなってそのまま寝てしまった。その内、ウヅキもやってきて一緒に丸くなる。

 

 

 玲菜が眠りから覚めたのは、何か話し声が聞こえて自分がユラユラと揺れてからだ。

「頼むから静かにしろよ、ウヅキ。レイナが起きるから」

 目を開けると皇子様の顔が見えて。彼は自分を抱えている様子。

 皇子様に抱えられるなんてまるで自分はお姫様のようだ。凄く心地好い。夢心地とはまさにこのことか。

(そうだ。私、お姫様になるのが夢だった……)

「ん?」

 我に返る玲菜。

「お姫様抱っこ!?

 驚いて起き上がろうとしたので、皇子はびっくりして危うく彼女を落としそうになった。

「うおっ!」

 なんとか堪《こら》えたつもりだったが、足をベッドにぶつけてそのまま倒れこむ。

 まんまとベッドの上で重なり合う二人。

「え?」

玲菜は状況が掴めずに止まり、レオは焦って離れようとしたら転がりすぎてベッドから落ちてしまった。

「うっ……!」

 背中を打って咳き込みそうになる。

 しかし立ち上がってまず言ったのはこれだ。

「違うからな!」

 いきなり言い訳から入った。

 彼の得意技だ。

「お前がソファで寝ていたから、ベッドで寝かしてやろうと思って……だな」

 疑問が他にあって「ああ、そうなの」とは返せない。

「え? なんで私の部屋にレオが居るの?」

 その質問に、レオは頭を押さえた。

「いや、ここ、俺の部屋だからな」

「ええ!?

 それは聞いていない。

「で、でも、私、ここだって通されたよ」

 慌てて玲菜が言うと、レオは困ったように返した。

「ああ、まぁ、多分勘違いされてるんだろ、お前」

「勘違い?」

「俺の恋人だと」

 ……そうだ。

 そうに違いない。

 理解して玲菜は顔を真っ赤にする。見られたくないので枕にうずめた。

(恋人に勘違いされて、嬉しいって思ってる自分が居るよ〜)

 口元が緩んでしまっているかもしれないので、恥ずかしくて顔を上げられない。

(レオはきっと困ってるのに)

 彼の気持ちを考えて玲菜は言う。

「あ、私、部屋替えてもらおうかな」

「あー……そうだよ……な。嫌だよな」

 レオはどことなく冷たくそう返事したので玲菜はとっさに首を振った。

「嫌じゃないよ! 私は……」

 レオのことが好きだから、嫌なわけは無い。それが告げられずに玲菜は俯《うつむ》く。

「ああ。俺とは家族みたいなもんだから平気か」

 軽い口調で彼がそう言ったので、玲菜は気が抜けてしまった。

「う……うん」

(家族……?)

 呆然と返事しながら考える。

(レオにとって、私って、そういう位置?)

 自分はたまに特別扱いされるような気もしたが。そういうことか。

(私のことは、多分ショーンみたいに、なんかそういう……家族みたいな感じなんだ)

 特別に思われるのは嬉しいが、やはり複雑。

(そりゃあ、告白されたら困るよね)

 微妙に泣きそうだ。

(私だけ恋愛感情で恥ずかしい)

 

 ちょうどその時、若い少年兵が数人でレオに食事を運んできた。ちゃんと玲菜の分もある。

「殿下、お、お、お食事です」

 何やら緊張した様子でセリフもどもっている。

「ああ、ご苦労。置いたら下がっていいぞ」

 レオが言うと急いでテーブルに置き、すぐに下がる。

「どうもありがとうございます」

 玲菜は礼を言って改めてびっくりした。

「あんな若い子たちまで居るんだね」

 なんだか中学生くらいに見えた。この世界に中学なんて無いだろうが。

 しかしレオは平然と言う。

「ああ、若いか? 俺の初陣《ういじん》……つまり初めて戦場に出たのも十五だけどな」

「十五!?

「あー」

 食べ物に夢中になったレオは空返事だったが。

(レオってそんな頃から戦場に出てるの? 皇子なのに? それとも皇子だから?)

 玲菜は何となく切なく感じた。

(中学生で、人を殺したりしなきゃいけないの?)

 戦場に出るという事はつまりそういうことになる。

「レオ」

「ん?」

 玲菜は、なんとなく口に出すのが怖くて今まで言えなかったことを言った。

「死なないで。絶対帰ってきてね」

「大丈夫だよ」

 レオは軽く言ったが玲菜は不安で堪《たま》らない。そんな玲菜にレオは真面目な顔になって言う。

「レイナ、無事に帰ったらお前……」

「言っちゃ駄目!!

 玲菜は慌てて止めた。

「え?」

 レオは疑問に感じたが。

「帰ってきた時の約束言うのは死亡フラグだから駄目なの!」

「は? なに? フラグ?」

 たまに発する玲菜の謎言葉に戸惑いながらレオは軽く笑った。

「大丈夫だよ。なんとかフラグとやらにはならねーから」

 遅い時間の晩御飯は和やかに過ぎていき、腹はいっぱいにはならないが食事が終わる。終わった頃に先ほどの兵士たちが片づけに来て、その後しばしの間二人はウヅキの相手をして食休みをした。

 

 そして……

 レオは一度見回りなどの体制を確認するために外へ行き、万が一の夜襲への警戒と明日への準備、兵たちの様子と隠密からの報告を聞く。

「う〜〜〜さみぃ〜〜」

 外の寒さに震えながら部屋に戻ると、玲菜が毛布にくるまり顔だけ出してソファに座っていたので一瞬びくっとしてしまった。

「な! 何やってんだお前。怖いな」

「だって寒いから。こうすると暖かいんだよ」

 部屋には暖炉があって、先ほど点けていたはずだが。見ると火が消えている。その近くで丸くなって寝ているウヅキ。

「なんで暖炉の火が消えてるんだよ。だから寒いんだろが」

「なんか勝手に消えちゃって」

 玲菜には暖炉など今まで馴染みが全く無かったので点け方も分からなければどうやって薪を入れればいいのかもイマイチ分からない。

「消える前に薪をくべろよ」

 レオは呆れて言ったが、「まぁいいか」とマントや上着を脱ぎ始めた。

「もう寝よう。暖炉は消したままでいい」

 すかさず玲菜が言った。

「私ここで寝る。毛布だけ貸してくれる?」

 レオは一瞬止まって。すぐに注意する。

「は? 何言ってんだ。俺がソファで寝るから。お前ベッドに行け」

「駄目だよ! 私は明日砦に帰るだけだもん。レオはちゃんと寝ないと」

「俺はソファでも平気なんだよ」

「私だって」

 この無意味なやり取りが面倒くさくなったレオは強引に玲菜をソファから追い出そうとする。

「いいから、毛布貸せ!」

 玲菜がくるまっていた毛布を引っ張ってソファに座り、彼女を押した。しかし玲菜も強情でソファから降りようとしない。

「やだ! 寒い! 毛布取らないでよ」

「じゃあお前、俺がここで寝てもいいんだな?」

「駄目! 私がここで寝るの!」

 気が付くと、ソファに二人で一枚の毛布に入って横になっていて。どうしてこうなったか分からない。

 しかも狭いので体が密着している状況を理解した途端、妙に熱くなる。

(あれ? なんで私、ソファでレオと一緒に寝てるの!?

 硬直する玲菜。

 実は硬直しているのはレオも同じで。二人して無言になる。

 シーンと静まり返る中、自分の心臓の音がうるさすぎて玲菜は気がおかしくなりそうになった。

(レオに聞こえちゃうよ〜〜〜〜!!

 絶対に正常の音ではない。

(心臓の音って、こんなに大きかったら、隣でくっついてる人には聞こえちゃう?)

 おまけに熱くて汗をかきそうだ。毛布のせいではなくて。

(どうしよう! 汗だくになったらどうしよう!!

 ここは一回負けてソファを出るか。

 玲菜が悩んだ末に、仕方ないのでソファを出る決意をした矢先、レオが勢いよく上体を起こして叫んだ。

「もういい! 俺の負けだ! 俺はベッドで寝るから!」

 よく見ると凄く汗をかいている様子。その汗を拭きながら彼は何か吹っ切れたように立ち上がる。

「但《ただ》しお前も来い! 毛布無いと俺は嫌だ!」

「え?」

 玲菜は毛布ごと引っ張られて何がなんだか分からないうちにベッドに連れていかれて寝かされた。

「安心しろ!」

 切羽《せっぱ》詰まった顔でレオは言う。

「何もしないから! 絶対!」

 そして自分も横に寝て毛布と掛布団を頭から被って背を向けた。

 唖然としてしばらくボーッと止まっていたのは玲菜の方だ。

(な、なにこの状況!?

 密着はしていないが、今度こそベッドで一緒に寝ている。しかもいつの間にか。

 彼は「何もしない」と宣言をして背を向けて寝てしまったが。

(だからといって、同じ布団でなんて眠れないよ〜〜〜!!

 心臓は変わらずでかい音だし、体は熱いし、緊張して硬直するし。

 もう一度思う。

(何この状況ーーーーーーーーーーー!?

 絶対に眠れない。

 横を見ると、レオはもう寝てしまったのか。

(ずるいよレオ、自分だけ!)

 

 しかし実際はレオも玲菜とほぼ同じ状態で眠れずに焦っていた。

(明日、戦になるかもしれないのに。睡眠不足なんて絶対ダメだよな)

 とにかく平常心をと、理性と本能の戦が勃発《ぼっぱつ》。

(ちくしょう! 駄目だ! 気がおかしくなる!)

 このままだと玲菜を襲ってしまいそうで、理性を保つのがすでに限界に達している。しかし……

(ここで襲ったらレイナは絶対俺が裏切ったと思うよな!?

 そしたらきっと彼女はショーンの家を出ていく。

 それだけは嫌なので我慢しなくてはならない。

(この俺を我慢させたのはこいつが初めてだぞ!)

 しかも一度ではない。但し、今までは我慢できる状況にあったが、今回は同じ布団の中で一晩過ごさなくてはならない。

(ちくしょう。なんで俺じゃなくてオヤジなんだよ)

 彼女が自分のことを好きなら絶対に我慢しない。多分我を忘れる自信はある。

 けれど、救護室の時だって、彼女はショーンの腕を掴んでいた。

 あれは見せつけられた気がした。

(まぁ確かに、俺が思うのも変だけど、オヤジはシリウスに似ていてカッコイイしな)

 見た目は自分の方が似ているが、普通の女性ならきっとショーンに惚れるのは当然で。

 かくいう自分も、大好きな神話の英雄に雰囲気が似ている彼に憧れて、父親のように慕ったと子供の頃の記憶を思い出す。その頃から今に至る他の思い出も。

 そんなことを考えていると、なんとなく落ち着いてきて。先ほどの悶々とした気持ちはおさまってきた。はずだったのに……

 寝ている(と思われる)玲菜が寝返りをうってこちらを向き、頭を自分の背中にくっつけてきたのでまた落ち着きがなくなった。

 実はその時玲菜はまだ寝ていなく、逆にレオが寝ていると思って密かにおでこを背中に付けて彼の温もりを味わってみたわけだが。

 レオにとってそれは理性を吹っ飛ばす破壊力。更に、万が一明日には自分は死ぬかもしれないという可能性が本能をより強くさせてしまう。

(もしかしたら俺、戦で死ぬかもしれないんだぞ? だったら別に……思いを遂げたって……)

 もう、ショーンのことや玲菜の気持ちは無視しても構わないのではないかとさえ思った時。

「レオ……お願い、無事で帰って」

 少し触れて気持ちを抑えられなくなった玲菜が、消え入《い》るような声で彼の背中にそう呟いた。

 

(何考えてんだ、俺)

 理性が復活するレオ。

(約束したのに)

 何もしないということ。必ず帰るということ。

 改めて心に誓い、落ち着いたレオは玲菜の方を向いた。

「レイナ」

「え……」

(え?)

 寝ていると思っていたレオが起きていて振り向いたので玲菜は軽くパニック状態。

「ええ!?

 背中におでこをくっつけたことも、想いを呟いたことも、気付かれていたのかと分かって顔を真っ赤にした。

「えええ!?

 恥ずかしくて、穴があったら今すぐ入りたい。

(や、やだ。聞こえてたよね? 背中に頭くっつけたのも。どうしよう! 全部バレてる!! どうしよう……!)

 てっきり、恥ずかしいからやめろとか、注意されるのかと思った。けれど、レオは……

 片手を玲菜の髪に触れさせて少し撫でてからそのまま背中に回してきた。

「約束は守るから」

 まっすぐな瞳で見つめられて心臓が止まりそうになる玲菜。危うく息も止めてしまいそうで。

 間がもたない。

 レオは布団を頭から被っていたので、つまり布団の中で向かい合っている状態。しかも彼の手は自分の背中に回されている。

 今度こそ熱くて死にそうだ。

「怖がるなよ」

 レオは玲菜の表情を見て苦笑いした。

「変なことはしないって言っただろ」

「こ、怖がってるんじゃなくて……」

 ドキドキして息ができないなんて、とてもじゃないが言えない。玲菜が言葉の続きを言えずに止まっていると、レオが先に言った。

「俺は、正直言うと怖い」

「え?」

「戦が」

 戦に対して、初めて聞いたレオの本音。

「俺だって死が平気なわけはないし。自分の死もそうだけど、大事な人間の死とか」

 迷いながら彼は告げる。

「本当は、戦なんて関わりたくない」

 まるで、言ってはいけないことを言うかのように。

「なんて、言えないけどな」

 玲菜は思わず言った。

「レオ! 私、なんでも聞くから言ってよ! 愚痴でも、弱音でも。言わないとストレスになるよ!」

 聞いて、しばらく黙っていたレオは少し笑いながら答えた。

「ああ、わかった。じゃあお前だけに言うよ。ただ、誰にも聞かれたくないからこういう布団の中でしか話せないけど、それでもいいか?」

 恐らく冗談だったようだが。

「いいよ!」

 玲菜の即返事にレオは呆れてしまった。

「お前、どうしてそうやって軽く答えるんだよ」

 目をそらしながら恥ずかしそうに言う。

「俺がいつも『何もしない』と約束するとは限らないのに」

「え?」

 レオは背中に回した手で玲菜を引き寄せた。

 途端にレオの胸元が目の前に来て玲菜は焦った。

「レ、レオ……」

 胸だけじゃない。手は背中に回されたまま……いや、腰の位置にきているし、膝《ひざ》がぶつかっている。玲菜が戸惑っているとレオはそっと優しく囁いた。

「このまま寝てもいいか?」

「え!?

 びっくりしたが、嫌ではない。

「えっと……あ、う……うん」

 嫌ではないが、きっと物凄く緊張して眠れない。

 玲菜はそう思いながら目をつむる。

 しかし、しばらく目をつむっていると段々と緊張も取れて心地好くなり、そのままいつの間にか眠ってしまった。

 そして朝を迎える。


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