創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二十九話:軍師の作戦]

 

 温かさと心地好さと……息苦しさと妙な重さで。

 玲菜は眠りから覚めた。

「……う……ん……」

 どうやら何かが自分の上に乗っかっているよう。

(ウヅキ……?)

 たまにウヅキが乗っている時があるのでそう思ったが、重さと大きさが全然違う。

 目を開けると、目の前には黒髪の男の顔――レオだ。

(え……?)

 まず、状況が掴めなくて呆然とする。

 なぜ、レオが自分の上に重なっているのか。重なるといっても、上半身だけだが。

 慌てずにゆっくりと昨日の事を思い出す玲菜。

(昨日の夜、一緒の布団に入って……)

 まずこの時点で赤面する。

 一緒に寝て、その後どうしたか。……まさか、そんなコトにはなっていなかった……はず。

 しかし、布団の中で、向き合って寝て。

 その後のことは分からない。今は布団から顔だけは出ている。

(なんでレオが私の上に重なってるの?)

 まさか……いや、まさか。

 彼は『何もしない』と約束してくれたのでそんなはずはない。

 ふと、間近で彼の顔を見る玲菜。

 こんな近くで寝顔を見たのは初めてで。

(可愛い。まつ毛長い……!)

 なんだか興奮しそうだ。

 そういえば、彼はいつも居間のソファで寝る時もうつ伏せが多い気がする。

「あ!」

 だからか。

 いつものようにうつ伏せになり、偶然自分に重なったというわけか。

(レオ……)

 玲菜はこの幸せな時間を堪能《たんのう》するように彼の顔を眺めた。

 そういったコトはしていないのに一緒に寝ている不思議。

 そもそも、恋人というわけではないのに。

(振られてるし)

 けれどやはり愛しい。

 

 玲菜がじっと顔を見ていると、レオの目蓋がゆっくりと開いた。

 青い瞳と目が合う玲菜。

 

「ん……?」

 最初は寝ぼけていたが、自分の下に玲菜が居て起きている事実に、レオは仰天して上体を起こした。

「うおおおおお!?

 すぐに玲菜の服と自分の服の着用を確認。

 昨夜の経緯と何もしていないことを思い出してようやく落ち着く。わけではなく、朝、同じ布団に居る事実に妙な恥ずかしさを感じて玲菜の方を向けなくなった。

(ちょっと待てよ。戦場で、何浮かれてんだよ、俺は)

 早ければすぐにでも出撃になりかねないのに何とも不謹慎だ。

 

 そう、まさに心配した矢先に、部屋の前に兵が来て報告があった。

「シリウス様! 只今、隠密隊からの情報が入りました!」

「あ、ああ!」

 レオは慌てて玲菜に布団の中へ隠れるように指示して、隠れたのを見計らってから報告兵を部屋に通す。

 報告兵はすでに鎧を着けた状態で緊迫したように話した。

「帝国西方門近くの敵陣には九割がた兵が集まってきている様子。大軍が揃うのは残りおよそ一時間。早ければ数時間後には攻め入る可能性があるとの事!」

「分かった。では、全軍の将軍、団長、隊長は準備ができ次第、詰所の軍議室に集まるようにと通達をしろ。他の兵は、傭兵に至るまで全員一時間以内に用意して待機。国境警備隊は西方門の守備を固めるように。以上!」

 レオが命令すると、報告兵は慌ただしく部屋を出ていく。入れ替わりでショーンが入ってきた。

「レオ!」

 ショーンも準備万全のようで。起きたばかり風なレオを見て眉をひそめた。

「お前、まさか起きたばかりか?」

「あー」

 気まずそうにレオは言う。

「昨日ちょっと、中々眠れなくて。でもすぐに用意するから平気だよ」

 布団の中の玲菜は声でショーンが来たと分かり、バレやしないかドキドキしたし、レオもハラハラして布団から出ることができない。

 ショーンは心配そうに訊いてきた。

「それよりレオ、お前レイナどこに居るか知らないか? 今の内に帰らせたいからさ」

「えっと……」

 今、同じ布団の中に居る。とは答えられない。

 ショーンはそんなことも知らずに続ける。

「てっきり朱音さんと一緒の部屋かと思って、さっき訊いたら、彼女はずっと外で見張りをしてたって言うからさ。彼女の部下の女の人と一緒の所か。お前の女だと思われてるから優遇はされていると思うけどな」

「あ、ああ、そうか。もしかしたらオヤジのこと捜してるかもしれないぞ。それかもう自動車とかいう物の所に居るとか」

 レオの偽情報に、「そうだな」と言って一旦出ていこうとしたショーンは、話している間も布団から出ないレオに呆れて戻ってきた。

「お前、いくら寒いからって、いい加減布団から出ろ!」

 まるで親のように。布団を勢いよく剥《は》いだのでとっさにレオは「うわぁああ!!」と叫ぶことしかできなく。

 中に隠れていた玲菜を見たショーンは無言で放心状態になった。

 女性の姿が見えたおじさんは一瞬、レオが売春婦でも連れ込んだのかと思ったらしい。まさか、まさかそれが玲菜だとは夢にも思わなかったから。

「ショ、ショーン……」

 申し訳なさそうに出てきた玲菜を見て、ショーンは後ろに下がり、危うく腰を抜かしそうになった。

 

「違うから!」

 二人は慌てて否定をして、今までの経緯を誤魔化しつつ言い訳のように話す。『二人で寝たのではなく別々に寝たのだが、報告兵が来たので急いで玲菜が布団の中に隠れた』ということにして、その場はやり過ごす。ショーンは少し疑いながらも納得して、一先ず玲菜をここから帰らせる事を優先した。

 

 

 結局、玲菜には慣れている朱音が同行して、一晩経って容体が安定した黒竜も砦に運ぶことになり。

 さすがの朱音も戸惑いながら自動車に乗って、支えながら黒竜を後部座席に寝かせる。玲菜は運転席に座って見送るショーンと手を振った。

「気を付けろよ」

「うん、ショーンも」

 レオは忙しくて見送りは来られなく、仕方ないが彼と皆の無事を祈りながら玲菜は出発した。

 帰りは黒竜も居るのでゆっくり走り、また燃料も心配だったのでヒヤヒヤしながら運転する。

 黒竜を心配そうに支える朱音を横目でちらりと見て、玲菜は二人の関係を勝手に妄想してドキドキした。

(二人は相棒でありながら恋人だったら素敵!)

 年齢もそこまで離れてはいないようだし、あり得るので妄想が膨らむ。

 朱音は目下のホクロが色っぽい二十代後半の美人だし、黒竜も顔の彫りが深い、三十五歳くらいの若干渋めの雰囲気がある男性だし。お似合いのような気がする。

 しかし……と、玲菜は考える。

(朱音さんっていつからレオの護衛やってるんだろ? 子供の頃? こんな綺麗なお姉さんが自分を守ってくれたら、少年は好きになっちゃうよね)

 余計な心配までしてしまう。

 そんなことを思っていたら、朱音が話しかけてきたので妙に慌ててしまった。

「レイナ様」

「え? は、はい」

「昨日は皇子を……アルバート様を守っていただき、ありがとうございます」

 車で連れていった時のことだ。

「い、いえ。私も、レ…アルバートが危ないって思ったら夢中で。でも、黒竜さんが身代わりになったから。もしかして私のせいかもしれなくて。ごめんなさい」

 自分がレオのことを呼んだから、それに黒竜が気付いたように見えた。だから彼はレオと射撃手の間に入って。

「何を言っているんですか、レイナ様!」

 すかさず注意する朱音。

「レイナ様のおかげで、皇子は助かったのです。黒竜が身代わりにならなければ皇子に矢が刺さっていたのですよ。そして気付かせたのは貴女なのですよ」

 確かに言われてみればその通りで。しかし、誰も犠牲にならなければ良かったのにと思う玲菜。難しいことなのかもしれないが。

 朱音は黒竜を見ながら言った。

「黒竜はアルバート様を守れて良かったと思います。しかし、今回の戦で早々に戦線離脱になったことは悔やむでしょう。私《わたくし》は彼の分まで働いてみせます」

 彼女たちは恐らく護衛の仕事を誇りに思っていて、皇子のために幾らでも命を捧げる覚悟があるのは分かる。

 しかし、昨夜の布団の中でのレオの言葉を思い出して玲菜は言う。

「でも、朱音さんたちも無理しないで下さいね。何かあったらきっとアルバートが悲しむし、苦しむから。自分のことも大事にして下さい」

 朱音は一瞬驚いたような顔をしたが、少し間を置いてから微笑みながら答えた。

「ええ。承知しました。皇子のためにも気を付けます」

 

 

 そして……

 砂上の砦・鳳凰城塞《ほうおうじょうさい》に無事たどり着いた玲菜は車を近くに隠して停めて、砦に避難していたマリーノエラを捜して彼女にだけ隠し場所を教える。

 彼女は勝手に乗られた挙句、傷つけられまくったその車体を見て嘆いたが充電と管理を申し出てくれる。

 門ではたくさんの難民や避難民たちが鳳凰騎士団の検問のもと、中に入り、城内は一つの大きな町のようになっていた。

 黒竜は城の救護室の方に運ばれて、朱音はほとんど様子も見ずにすぐに詰所の方へ戻っていった。

 玲菜は“使い”が終わったと報告をするために婦長の許《もと》へ向かう途中、鳳凰騎士団のフェリクス団長に掴まり、皇子の様子を訊かれたので自分の分かっている範囲で教える。報告は伝令係や部下から聞いていたようだが、より詳しく聴けて彼は難しい言葉で礼を言い去って行った。

 その後、婦長に報告してから洗濯係に戻った玲菜は、アヤメたちに心配の声を掛けられる。皆、シリウス軍のことも心配したが、自分たちの仕事をしてその日は過ぎた。

 

 

 

 伝令係から戦が始まったと報告があったのは次の日の昼頃。実際は早朝から戦いがあったようだが、報告が遅れていたようだ。

 家政婦の女性たちや一般避難民たちは皆不安がってシリウス軍の勝利を祈る。実際、大聖堂もあり、司教も居たので女神に祈る時間も設《もう》けられた。

 夕方頃になると早くも負傷者や戦線離脱者たちも運ばれてきて更に不安になる一般人たち。微かに大砲の音が砦にまで届くので、それが恐怖を煽《あお》る。

 子供や女性を優先に、戦地から離れた南へと集団を作り更に避難させ始めて、護衛や誘導を鳳凰騎士団が中心になって行う。

 家政婦の女性たちは忙しく働き、玲菜も血の付いた洗濯物にも慣れて一生懸命働いた。

 ただ、負傷者や戦線離脱者が運ばれてくる時は中にショーンや朱音たちが居ないか不安になったし、伝令の度に皇子の訃報《ふほう》が無いか緊張した。

 そして、夜はレオやショーンのことを想ってウヅキと一緒に寝る。

 

 

 ―――――

 

 一方。数日過ぎた戦場の夜。

 見張り以外が寝静まったシリウス軍の野営地では、傭兵団の一つが物静かに戦闘の準備をしていた。連日の戦いで兵は皆、疲弊《ひへい》してぐっすり眠っていたが、彼らはこれから本番だという風にはりきって動く。

 ほとんど明かりも点けずに、中に鎖帷子《くさりかたびら》を被る以外は軽装で、立派な剣よりも短剣や鎖鎌などを装備する。

 それを指示していた男は、一人で歩いていた時に暗闇の中で刃を突き付けられて立ち止まった。

 男の首元に小太刀を突き付けた女の忍《しのび》は彼の耳元で言う。

「無駄な抵抗はしないで聞きなさい。私の主《あるじ》が質問をしたいそうだから、顔を上げて」

 黙って言う通りにする男の前には数人の護衛を引き連れた皇子がやってきて、自ら彼に質問をした。

「貴様、何をしている!? こんな夜更けに傭兵団一つ使って夜襲か寝返りか。たとえ私軍隊だとしてもここではシリウス軍に属する。勝手な行動は許されないぞ!」

 明かりを照らして見えた男の顔を見て、皇子だけでなく小太刀を突き付けていた忍《しのび》まで驚いた。

 皇子は男の名を呼ぶ。

「オ……ショーン軍師!!

「あー」

 呼ばれた男・ショーンは気まずそうに皇子に言った。

「バレたか」

 皇子の父親代わりのこの男に付きつけた小太刀を、急いで仕舞ったのは朱音だ。

 レオはショーンに詰め寄った。

「ショーン!! 何やってるんだ!! 言え!」

 軍師の危機に気付いて、彼の指示に従っていた傭兵団の団長はすぐに駆け寄る。赤い髪で、四十代くらいの目つきのキツイ男だ。

「ショーン殿、どうされた!?

 剣を抜こうと構えたが、軍師を捕まえている相手が総大将のアルバート皇子だと分かり、その場はひざまずいた。

「お前は……傭兵団『砂狼《サロウ》』のレッドガルム団長」

 気付いたレオが名前を言うと庇うようにショーンが話す。

「俺が彼の団に命令した。俺が責任を取る。失敗した時の処罰も」

「失敗!? 何を言ってるんだ! 説明しろ」

 皇子の質問にはレッドガルムが答えた。

「夜襲です。秘密裏《ひみつり》に夜襲をします。狙いは敵の食料庫」

「つまり食攻《じきぜ》めだよ」

 続きをショーンが説明する。

「連中に奇襲を受けたからその仕返しってわけじゃねーけど、このまま戦ってたら無駄に長引く。向こうは大軍で今回の目的はシリウスの首だった。ってことはきっと長期戦の用意は無いはずだから」

 ニッと笑うショーン。

「きっと、食攻めすればすぐに撤退してくれる」

「はぁ!? 別に籠城《ろうじょう》してるわけじゃないんだぞ? すぐに救援物資が届くから食攻めなんて効かないだろ」

 通常食糧難にさせる食攻めは砦などに立て籠もる『籠城』に有効な手段なのでレオはつっこんだが。ショーンは平気で返した。

「うん。籠城してない……というか、むしろ出来ない。なんせあれだけの大軍だ。救援物資も届いているだろうけど、兵の食料はたかが知れてる。現に向こうの士気は低い」

 確かに現時点、帝国の方が優勢で、それは兵の士気にも表れている。

「救援物資は、全部じゃないけど食料庫の方から出しているはずだから。そこを堕《お》としてしまえば物資の滞《とどこお》りは免《まぬが》れない」

 万全の準備もなく、本来の目的の失敗、そこに夜襲で食料に大打撃。

「要するに、食攻めは脅しみたいなもので。このあと逆に帝国に攻められたら一溜《ひとた》まりも無いからさ」

敵は退陣を早めるだろうと、軍師殿の計算らしい。

「なんで、作戦会議の時にその案を出さないんだ!!

 ショーンがその作戦を勝手に実行することが信じられないレオ。

 軍師と砂狼団の団長は顔を見合わせてショーンが答えた。

「俺の独断で、レッドガルム殿にだけ協力を要請した。なるべく情報を秘密にしたくて」

 しかし納得がいかない。

「だからって、俺にも言わないつもりかっ! そんなこと……」

「だって、お前は絶対反対するだろー」

 軍師の反抗的な態度に皇子が否定しようとすると、ショーンはきっぱりと言った。

「お前はシリウスに憧れて、卑怯な真似はしたくないだろうから。でも実際の戦と物語の戦は違うし。だったら、お前には英雄シリウスのままでいてもらって、内々の闇に手を下すのは俺の役目でいいし」

「そんなこと……俺は……!」

 否定しようとしたが、否定できずに黙るレオ。ショーンはレッドガルムに頼んだ。

「レッドガルム殿、大丈夫だから、今から作戦通りに始めてくれ。早くしないと時間が無くなる」

「ですが……」

 レッドガルムは皇子を見たが、皇子は何か言う素振りもない。ショーンはもう一度頼んだ。

「頼む。成功を祈っている」

「わかりました」

 立ち上がり、仲間に命令しにいくレッドガルム。彼を見ながらショーンはレオに言った。

「彼は元・砂賊《さぞく》だったんだ。今回の夜襲作戦にうってつけで、成功率の高い唯一の人物。砂狼団にも彼の昔からの部下が数多く居るし」

「砂族? ああ、砂賊の方か。なんで夜襲作戦にうってつけなんだ」

 砂狼団の格好を見て、疑問を感じるレオ。

「ん? なんだあの格好は」

 ただの軽装だけでなく、汚く、どこか荒くれ者のよう。

「シリウス軍の夜襲だってバレないように、砂賊に扮してもらってるんだ」

「え?」

「だからうってつけ」

 得意げにショーンは言う。

「敵の隠し食料庫は、金持ちの屋敷にあるらしくて。金持ちの屋敷だったら、略奪者が狙ってもおかしくない。今は戦中だから屋敷の家族は皆別の場所に避難してるらしくてな、一般人に被害を及ぼすこともないし」

 つまり、傭兵団の一団が賊に扮して金持ちの屋敷を襲うフリして、食料庫を燃やしてしまおうという魂胆で。しかもシリウス軍の仕業だとバレなければ仕返しにも来ない。

「彼らには、より略奪者に見えるように金品の強奪も命じてあるし。まぁ、命じなくてもするだろうが」

 聞いてレオは頭を抱えた。

「汚い……」

「うん。だから、お前は見て見ぬふりだけしてくれればいいよ」

 ショーンは綺麗な星空を眺める。

「汚くて悪かったけど、食攻めが効けば絶対に戦は早く終わるし、そしたらたくさんの兵が死ななくて済むから。待っている家族も喜ぶだろ?」

 彼の真の理由が分かって、苦笑いしながらレオは答える。

「ああ、そうだな。じゃあ俺は英雄のように正々堂々と戦うから」

 それが自分にできることだと、確認する。

 頷いてショーンは顔をしかめた。

「しかし、今回の敵さんの作戦には度肝を抜かれたな。多分軍師の知恵なんだろうけど」

 シリウスの首だけを狙って大軍を囮《おとり》にしたこと。

「確かにすげぇけど、逆にそれを利用させてもらうけどな。たった一人の命を狙ったために大軍を出したことを後悔させてやるぜ」

 そのショーンの物言いに、レオは少し怯える。

「あのな、そういうこと、アイツの前で言わない方がいいぞ。アイツは“ショーンはいい人”って盲信してるから」

「なんでだよ。俺は“いい人”だろ?」

 ショーンは苦笑いしながらふとあることに気付いた。

「レイナか……。もしかすると、彼女がお前の命を救ったんだよな」

「ああ、奇襲の時俺を逃がしたことか。確かに栄誉もんだな。きっと城にも報告入ってるからアイツ、勲章貰うかも」

 レオの予想だけでも大変なことなのに、ショーンはもっと大変なことを考えていた。

(あの時もし、レオが死んでたらこの戦もどうなっていたことか)

 戦はまだ終わっていないが、流れは全く変わっていたはずだ。

(もしかすると、歴史を変えた可能性もあるぞ、あの子)

 玲菜は本来、この時代に居ないはずの人間であり。その人間が世界に影響させてしまったことはどうなるのか見当もつかない。

(それとも、この事自体が運命みたいなもんなのか)

『神のみぞ知る』という言葉が思い浮かぶ。

(神様っていうか……創世神みたいなものが居ればの話だけどな)

 自分が考えても無駄なのでショーンはその事を考えるのをやめて、砂狼団の成功を祈ることにした。成功すればきっと戦は早く終わると信じて。

 

 その祈りが届いたのか、夜襲は秘密裏に見事成功し、軍師の狙い通りの食攻めが功を奏して戦争は帝国に有利に、また敵軍を早めに退陣へ追い込むことになる。

 

 

 *

 

 

 砦の者……いや、帝国の人間にとって朗報が届いたのは本戦が始まって十三日後のことだ。

 ナトラ・テミスの大軍はついに侵攻を断念して退陣。帝国シリウス軍の勝利に終わる。

 しかしこれは一時的退去に過ぎなく、次こそ総力戦になる長期戦を覚悟しなくてはならない。

 今回は大軍同士にしては短く終わり、恐らくそれは本当の目的である『シリウス暗殺』を失敗したからだと思われる。

 実は裏ではショーン軍師の策とレッドガルム団長率いる傭兵団・『砂狼』の活躍もあったのだが、その事は表沙汰にはされない。

 ただ、帝国シリウス軍の士気は高く、ナトラ・テミスの大軍にかなりの打撃を与えたと思われ、敵がまた侵攻するには時間を要することが予想される。

 おかげでシリウス軍は一先《ひとま》ず都への凱旋《がいせん》が決定した。

 

 その前にこれから鳳凰城塞に帰ってくるとのこと。

 報告を聞いた途端、城内は騒然として皆で大喜びした。

 歓声を上げる者、万歳をする者、近くに居た人と抱き合う者。当然家政婦の女性たちも仕事を忘れて飛び上がって喜んだ。

「きゃあああ!! 凄い!!

 洗濯係も皆、手を止めて拍手をして喜び合う中、玲菜は呆然としてアヤメと顔を見合わせる。

「やったね、レイナちゃん! 勝ったんだよ!?

 アヤメに言われても実感がわかない。

 他の皆も口々に喜んで玲菜が抱きつかれることも。

「ああ〜! バシル将軍、早く拝見したい〜〜!!

 早速バシル将軍の名を出すアヤメ。彼女は玲菜と同じく、いつも訃報や運び込まれる負傷者にバシルが居ないか怯えていた。

(レオや、ショーンが帰ってくる? 朱音さんたちも……)

 玲菜は嬉しさで体が震えるのが分かった。この十三日間生きた心地がしなかった。食事もほとんど喉を通らなかったし、レオたちが心配でずっと苦しかった。夜も眠れない日が続いた。いっそのこと、車を動かしてレオたちをさらいに行こうかとも。

 その日は玲菜だけでなく皆が浮足立って仕事がままならなかった。まぁ、家政婦の女性たちも兵士と同じく一旦仕事が終わりで。明日には給料を貰って帰れる予定だ。他に避難して少なくなっていた一般人たちもごく一部を残して皆自分の村に帰る。本日の仕事は急きょ後片付けと帰還する兵たちの祝賀会の用意に変更されて、皆笑顔で準備をする。特に料理係は今まで制限されていた食事の制限解除もあったので、腕をふるってパーティー用の料理をたくさん作っていた。

 

 

 やがて夕方になった頃、いよいよシリウス軍が到着すると連絡が入り、鳳凰城塞中の人間が城門近くに押し寄せて兵たちを待った。

 玲菜は例のごとくアヤメやミリア、そしてユナと聖堂の二階の回廊で待ち、窓から下を見る。

「来たぞーーー!!

 見張り塔の誰かが大声を上げた。

 ざわめく民衆。

 そして……まず入ってきたのはアルバート皇子率いる蒼騎士聖剣部隊で。当然先頭は白馬の皇子レオ。

 城内が「わぁっ!」と沸いた。

「きゃあああ〜〜〜!! シリウス様〜〜〜!!

 女性が多いせいか黄色い声援が響く。即席で用意した紙ふぶきと花も舞う。

 皆が大歓声でシリウス軍を褒め称え、女性たちが失神しそうなくらい皇子に声を掛ける中、アヤメだけは必死でバシル将軍を呼ぶ。そしてミリアはレオの近くに居るショーンを見つけて興奮して手を振った。

 玲菜はレオとショーンの姿を見て感極まって泣きそうになる。すぐに二人に駆け寄りたいが、この人数の中では気付いてもらえることも不可能。じっと念だけを送ってこの場は我慢していた。

 だが、レオは聖堂の中庭まで入ってくると二階の回廊をぐるっと見回す。

「シリウス様〜〜〜!!

 回廊の女性たちは皆、興奮して手を振り、玲菜だけは振らずにいたのだが。レオは玲菜の方を向いた時にニッと笑って片手を上げてきた。

「きゃああーーー! 皇子様が私に手を振ってくれたわーーー!!

 玲菜の近くに居た数人がそう叫んで興奮のあまり倒れそうになった。

 レオはすぐに別の方を向いてその後、司教たちと会話をしているのが見えたが。

 玲菜は、もしかすると自分に手を振ってくれたのでは? と思って気持ちが舞い上がった。

(ま、まさか。でもどうなんだろ? こんなに人が多いのに気付いたの? それとも偶然?)

 そういえば前にシリウス軍が砦に到着した時の話で。その時も二階の回廊に居たのに気付いてもらえなかったとレオに言ったこともある。

 まさか、彼はそれを憶えていて、今回も同じ所に居ると思って捜してくれたのではないかと思うと嬉しすぎる。

「ねぇねぇ、今、レイナに手を振ってくれたんじゃない?」

 ミリアからも言われて、気持ちが昂《たかぶ》る玲菜。

「そうだよね。レイナちゃんって、皇子と面識あるの? “使い”とかよく頼まれてるけど」

 アヤメの質問にはどうやって答えようか悩む。

「え? えっと……」

 面識が無いと嘘をつこうとしたが、ユナも一緒に居るので『面識自体はある』とつっこまれそうだ。

「“使い”はたまたま偶然だと思うよ。なんでだろうね」

 とりあえず『面識』のことには触れずに誤魔化したが、ユナはブツブツと文句を言う。

「なんであの人、レイナに頼み事するんだろう? 気付いてないのかな」

どうやら皇子の神経を疑っているようだ。

(やっぱユナってレオのこと嫌ってるよね)

 玲菜は複雑な気分になったがその場は一先ず過ぎる。

 そして、祝賀会が始まった。


NEXT ([第三十話:祝賀会]へ進む)
BACK ([第二十八話]へ戻る)

目次へ戻る
小説置き場へ

トップページへ
inserted by FC2 system