創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第三十話:祝賀会]

 

 鳳凰城塞での祝賀会はシリウス軍の兵士が全員帰還してからいつの間にか始まっていた。城中で兵士たちが乾杯をして御馳走を食べる。要するに宴会で、寒空の下でもそれは行われていた。

 武勇伝を語り出す者、酔っぱらって踊り出す者も居て、家政婦の女性や一般人たちも混ざって楽しむ。国旗や軍旗を掲げて歌い出す者も。

 

 玲菜は最初一人でレオを捜していたが、レオはすでにたくさんの女性に囲まれていてまるで近づけない。無理やり前に行こうとしても全く進めないので近くをウロウロしていると、ミリアが声を掛けてきた。

「レイナ〜。シリウスさまは大人気よ〜。それよりも一緒にショーン様を捜してよ」

 そういえばショーンにも会いたい。そう思った玲菜はミリアと一緒にショーンを捜す。中々見つからないと思っていると、ミリアは中庭で女性が少し集まっている所を指した。

「ねぇ! あれって……」

 数人の女性に囲まれているのは巨漢のバシル将軍。その将軍のすぐ横にはアヤメが居た。

「アヤメさん!」

「アヤメさん積極的〜!」

 ミリアは口元を緩ませて「わたしも頑張らなきゃ!」と気合いを入れた。

(頑張るって、ショーンに対して?)

 玲菜は不安になったが、また二人で捜し歩く。

 練兵場では、レオに負けないくらい女性に囲まれている騎士が居て、それは鳳凰騎士団長のフェリクスだったので妙に納得。

 

 玲菜たちはまた歩いて、傭兵たちが集う酒場の方へ行く。以前は男ばかりで怖かったが、今日は女性たちもいっぱい居るので安心した。キョロキョロしながら入ると、傭兵がいっぱい居て、なんとその中にショーンを発見。

「ショ……」

 玲菜が呼ぶ前にミリアが駆け寄った。

「ショーン軍師!!

「え?」

 酒を飲んでいたショーンは、突然自分に近付いてきた可愛らしい娘に戸惑いつつ、後ろに居た玲菜に気付いて声を掛けた。

「おお! レイナ!」

 無事でしかも元気そうで、玲菜は泣きそうになって駆け寄った。

「ショーン!!

 ミリアは二人を交互に見て「そういえば」と思い出す。

「あ、レイナって、ショーンさんと知り合いだったんだっけ?」

「う、うん」

 ミリアの手前、下手なことは言えないが、玲菜は目に涙を浮かべる。久しぶりに会って嬉しいやら、ホッとしたというのもあるが、どうして自分に会いに来てくれなかったのかという悔しさ。

(レオはあんな囲まれて来られないのは分かるけど、ショーンってば、こんな所でお酒飲んで)

 傭兵の男たちは可愛いミリアに次々と話しかけて、玲菜にも話しかけてくる。

 ミリアは男たちを軽くあしらい、それよりも無理やりショーンに話しかけていたが、玲菜は軽くあしらうことができなくて困った。

(私だってショーンと話したいのに)

 微妙に、ミリアに嫉妬感。

 傭兵たちに勧められる酒を断るだけでも忙しい。

 玲菜はその場に居るのに疲れて、別の人の所に行こうと決めた。

「あ、そうだ! 私、朱音さん捜しにいくね」

 朱音とはもっと会話したいとずっと思っていた。

(レオの話とか聞いてみたいし)

 しかし、彼女はレオを陰から見守っているので見つかるだろうか? と、心配になると、ショーンが彼女の居場所を教えてくれる。

「朱音さんは多分救護室に居るぞ。さっき、レオが彼女に『一旦護衛は休んでいい』って言ってたの見たから」

(そっか。救護室)

 レオの「休んでいい」の意味と救護室という場所に納得する玲菜。朱音の相棒の黒竜の容体はもう大分よくなっていたが念の為にまだ救護室の軽傷者の方の部屋に居た。朱音は戦場に居てずっと心配していただろうし。

(そうだ。きっと黒竜さんのお見舞いしてるよね、朱音さん)

「うん、どうもありがとう! ショーン、私救護室行ってみる」

 ショーンとミリアに手を振って玲菜が酒場を出ていくとすかさずミリアがショーンに問いだす。

「アカネさんって誰ですか? レオって?」

「えーっと……」

 ショーンはうまく誤魔化して酒の続きを飲んだ。

 

 一方、酒場を出た玲菜は近くで鍛冶屋のイヴァンに声を掛けられて挨拶をする。イヴァンはミリアを捜しているようだったが、彼女が嫌がると思ったので居場所を教えずに玲菜は歩く。

 救護室に行く途中でマリーノエラとイケメンたちに会い、また声を掛けられた。

「あらレイナ、ショーンおじさんはどこ〜?」

「ショーンは傭兵たちがいっぱい居る酒場に居ましたけど」

「ふ〜ん。ありがと!」

 彼女はイケメンたちを引き連れて、何やら怒っている様子。

「明日逃げられる前にショーンから修理代を貰わなきゃ」

 その言葉を聞いて、言ってはまずかったかと玲菜は思ったが、後の祭り。気を取り直して城に向かうことにする。

 

(えっと……どこだっけ)

 人混みの中、城内をウロウロしていると、急に誰かに引っ張られる玲菜。

「え?」

 一体誰なのか。振り向くと、そこにはレオが居て。

「レ……」

 名前を呼ぶ前に玲菜の口を塞いで小声で言ってきた。

「静かにしろ」

 まるで誘拐犯。

 周りをかなり警戒してキョロキョロしている。

 玲菜は彼の手を自分の口から離させて小さな声で言った。

「レオ、どうしたの? 何してるの?」

 戦場から帰ってきた彼と久しぶりに会えたのに交わす会話はこんなものか。

 レオは小声で答えた。

「あまりにも女に囲まれて俺はまいってる。これじゃあ飯も食えないし」

 自慢か。

 玲菜はムスッとして「ふ〜ん」と受け流す。

「お前は何やってた? どこに居た?」

 今度は自分が訊かれて、先ほどまでショーンと一緒に居たことを話した。

「ショーンと、この前レオとイヴァンさんが飲んでた酒場に居たんだけど、傭兵さんたちいっぱいいたし、お酒断るのも疲れるから出てきてね。今は朱音さん捜してるんだ」

「朱音?」

「うん。お話したいから」

「あー、朱音はもしかすると救護室か?」

 レオはそう言ったが、どことなく怒った表情で玲菜の方を見る。

「お前さ、オヤジと、朱音と会いたかったのか?」

「え?」

 ドキリとする玲菜。

「あ、えっと……」

 ショーンとは会いたかった。朱音の姿も見て安心したかったが。自分が一番会いたかったのは目の前のレオだ。

「レオ……怪我は無い?」

 もっとたくさんのことを話したいのに想いが溢れて言えない。

「ああ、幸いな。ほとんど戦場に出なかったし」

 声を聞きたかった。顔を見たかった。

 無事で良かった。

「あ、会……」

 会いたかった。

 言葉が出ない。

「ぶ……無事で……」

 玲菜が言いかけたちょうどその時、皇子に気付いた他の女性たちが集まってきた。

「シリウス様〜〜〜!! 御無事で何よりです!」

 感激して泣く子も居る。

(先に言われちゃった)

 他の女性に言われて自分で伝えられなかった玲菜が心の中で嘆いていると、レオは女性たちに優しく言った。

「すまないが、私はこれから会議だから。君たち、またあとで話を聞いてもいいかな?」

 なんと、普段決して玲菜に使わないような皇子口調。

(何? 会議って。しかも『私』って何!?

 ムッとしている玲菜に、皇子は皆の前で頼み事をしてきた。

「君、悪いがお茶を二人分用意して私の部屋に持ってきてくれないか?」

「え?」

「頼むよ」

 これは合図なのか。

(今から会議なんて、あるわけないよね? もしかしてレオ、私との時間を作ってくれた……?)

 信じられないが、返事をする玲菜。

「は、はい」

 レオはニッと笑って去っていった。恐らくその方向は皇子の個室の方。

「シリウス様、会議ですって〜」

「じゃあ仕方ないわね」

 集まってきていた女性たちが嘆きながら散らばる中、玲菜はドキドキして食堂の方へ向かった。皇子に頼まれたフリをして、茶を持って彼の部屋に行けばいいのか。

(ホントに? レオと喋れるの?)

 気持ちが舞い上がる。

 お茶の他に料理や酒も持って行ってあげた方がいいかもしれない。

(レオ、ご飯食べられないって嘆いていたからきっとお腹空いてる。お酒もあったら喜ぶだろうし)

 そんなに持てるか分からないが、玲菜が食堂で並べられたたくさんの料理を見て選んでいると、食事をしていたらしいユナが近寄ってきた。

「レイナもご飯食べるの?」

「え、えっと……」

「もー。みんな、どこ行っちゃったのかなー」

 キョロキョロと周りを見回すユナはもしかするとミリアたちを捜しているのか。玲菜は一応彼女に教えてあげた。

「あ、アヤメさんはバシル将軍の所に居て、ミリアは……なんか、男の人に囲まれてた」

 念の為、ショーンのことは伏せておく。

「そっかー。じゃあレイナ一緒にご飯食べよー?」

「あ、あの、私は……ちょっと、待ち合わせしてて……」

「待ち合わせ?」

 ユナは少し考えて、疑うように訊いてきた。

「待ち合わせって、……まさか皇子と?」

 言えない。

(ユナってもしかして、私とレオの関係疑ってるよね?)

 挙動不審になりそうだ。

 ユナからすれば、自分たちを捕まえた憎い男を憧れるだけでもおかしいのに、その上いつの間にか知り合いになっているなんて信じられないはず。

「ち、違うよ」

 誤魔化す玲菜に彼女はしつこく訊いてくる。

「えー? じゃあ、誰? 兵士? もしかして一般人の彼氏でも作ったの?」

「お、女の人だよ」

 思わず嘘をついてしまった。

「ちょっと……知り合った人なんだけど、今から待ち合わせしてて」

「どこで?」

 そこまで訊くか。

「きゅ、救護室」

 つい、朱音のことにしてしまう玲菜。朱音が本当に救護室に居るかは分からないが、万が一、ユナにつっこまれても彼女ならなんとかこっちに話を合わせてくれそうで。今のユナなら「じゃあ暇だから私も一緒についていこー」などと言いかねなく。

 そう思っていたらまんまとそう言った。

「え? 怪我した人なの? それとも看護係? ねー、暇だから私も一緒についてってもいい?」

 断りづらい。

「えっとじゃあ、救護室の前まで」

 とりあえずなんとか制限をつけることに成功。救護室に着いたら中に入って朱音と話して、頃合いを見てレオの所へ行けばいいか、と計画する。

(レオ待たせちゃうけど)

 けれど、仕方ないし、彼はもしかすると部屋で寝ているかもしれない。

 そう思って玲菜はユナを連れて救護室に向かった。

 

 一方、そのレオは……

 自分の部屋に入った途端、不審な人物が数人、中に居る気配がして。扉の前で警戒しながら刀に手を添えて止まる。

(くそ。こんな時に暗殺か? しまったな)

 戦が終わってうっかり油断してしまった。部下のことを想って護衛を解除してしまった。

 信頼おける優秀な部下がちょうど二人とも居ない。

 黒竜は救護室で、朱音も恐らくそこに居る。

(暗くてよく見えない)

 暗闇では自分は不利。しかし、明かりを点ける隙で攻撃されてしまう。

 護衛の解除はうかつだった。

 いつでも、自分は狙われる身なのだから常に警戒しておくべきだった。

(レイナ、頼むから今は来るなよ)

 レオは扉に背を向けながらドアノブを探した。

 このままそっと開けて後ろに下がり、廊下に出た方が良いかもしれない。ここには自分の部屋しかないので一般人を巻き込まないし、廊下ならば明かりがある。

 レオは一か八かでドアノブを回し、そのまま背中で扉を押した。すると扉が少し開き。

 ――次の瞬間には部屋の中に居た何者かが飛び掛かってきたので双刃を抜く。剣を振られたのでとっさに両刃で受け止め、弾いてすぐに後ろに下がって廊下に出た。

 計算通りに明かりがあり、向かってくる暗殺者たちが全員見える。

(三人……いや、四人か)

 天井からもナイフが飛んできて、レオはそれを寸前で避けた。

 一斉に向かってくる暗殺者は三人。剣や短剣を使って首や心臓を確実に狙ってくるので受けるか避けるので精一杯。僅かな隙でも腕や髪を掠られる。

(まずいな)

 彼らは手練れで四対一。どう見ても分《ぶ》が悪い。

 たとえば一人を刀で刺した瞬間に残りの者にやられる可能性がある。

 レオは必死で彼らの刃を受けて、一瞬の隙で一人の腕を斬った。

「うわぁああ!!

 斬られた者は叫び、剣も落ちる。この方法ならば刺した瞬間に残りの者に攻撃される隙を与えないと思ったのだが。甘かった。

 腕を斬られた者は倒れずにレオを押さえようと片手で掴んでくる。

(しまった!)

 その可能性も予想できたはずなのに、いつもならば護衛が始末するため、うっかり油断してしまった。

 レオは腕を振り払い、トドメを刺したが。案の定、その隙で二人が向かってきた。双方の刃を受け止めたレオは、天井からの攻撃に備えることができなかった。

 

 ナイフがレオの顔目がけて飛んでくる。

 

 それを落としたのは一人の女忍者。黒装束で、くノ一とも言うべき彼女はナイフを落としたばかりでなく、天井の敵を斬り落とす。

 まさに目にも止まらぬ早業。

 しかも、更に二人のくノ一がレオの部屋の窓から入ってきて、暗闇からクナイを投げてレオと攻防を続けていた二人の暗殺者の首と背中に命中させる。

「ぐわぁっ!!

 叫んだ二人を正面から斬るレオとくノ一。

 暗殺者を全員倒して、返り血と自分の血で赤く染まりながらも、レオはホッと一息ついてくノ一の顔を見た。

 それは自分の護衛の朱音とその部下二人。

 三人は朱音を筆頭にひざまずいて頭を下げた。

「遅くなって申し訳なく存じます、殿下」

「ああ。いや、護衛を解除したのは俺だから。けれど助かった」

 レオは三人を立たせる。そして朱音に訊ねた。

「朱音、お前、黒竜の見舞いは?」

「行きましたよ。けれど彼に怒られました。どんなことがあっても皇子の近くを離れるな、と。私《わたくし》もそれで気が付いて。危ない所でした」

「そうか。黒竜に」

 また、彼のおかげで自分が助かったと感謝するレオ。そういえば……と、彼女のことを思い出す。

(レイナ、遅いな)

 恐らく、茶などを用意して自分の所へ来てくれるはずで。暗殺者と戦っている時に来なくて良かったが。

(淹《い》れるのに手間取っているのか?)

 そう思う。

 しかし、妙な胸騒ぎ。

 そうだ。戦場に居る時もずっと心配だった。自分が傍に居ない時に何かあるのではないかと。しかし、何も無く、戦も終わって無事に会えた。

 考え過ぎかもしれないが……。

 現に、こんな時に自分が暗殺者に襲われている。

(なんだこの違和感)

「朱音、ちょっとアイツ……レイナのことを捜してくれないか? もしかしたら食堂に居るかもしれないんだが」

 念の為に朱音に頼むレオ。

 この違和感が自分の思い過ごしならいい、と思いながら。

 

 

 しかし……

 レオの悪い予感は当たり。

 玲菜は、砦の今は封鎖されている牢獄の塔のてっぺんの部屋に閉じ込められていた。椅子に座らされて、ロープで縛られて。一人ではなく、同じ部屋には五人の屈強な男たちと娘が一人居る。

 玲菜の口は塞がれていなかったが、封鎖されている高い塔には誰も近寄らず、また、皆が浮かれて騒いでいる今は叫んでも気付いてもらえない。

 寒さだけでなく怖さで震える玲菜に、娘は笑いながら声を掛けた。

「そんなに震えなくても大丈夫よー、レイナ。アナタには何もしないから。今の所」

 目の前に居る声の主は黒髪の娘・ユナ。

 ユナと一緒に救護室に向かう途中、玲菜は変な男たちに捕まった。最初、ユナも巻き込まれたのかと思ったがそうではなかった。

 彼女こそが黒幕で。ずっとレイナを拉致する計画の実行のタイミングを計っていたのだ。

 ミリアやアヤメの居場所にも注意を払い、皇子には暗殺者を向けて。普段、玲菜の安全にも気を付けている護衛の二人が、一人は救護室でもう一人も気が緩んでいたことを把握していた。

 すべては大事な娘を囮にしてアルバート皇子を抹殺するため。

「その、皇子の大事な娘ってのがアナタだって知って、ホントびっくりした」

 ユナは冷たく言う。

「だって、私と一緒にアイツに捕まったのに、どうしてそんなことになってるの? って」

 やはり、ユナはそう思っていたか。彼女は質問してくる。

「あの時、アナタを釈放したのは皇子の力なの?」

 玲菜は首を振った。

「ふ〜ん。じゃあ、ショーン軍師か。レイナとショーン軍師ってデキてるのー?」

「違うよ! ショーンは……私が娘さんに似てるからって。それで助けてくれて」

「娘?」

 ユナはもう一度訊いて高笑いした。

「あははははは! 娘〜?」

「な、何が可笑《おか》しいの?」

 玲菜が訊くと、ユナは信じられないことを言った。

「アナタ、騙されているんじゃない? 彼に」

「え?」

「ショーン軍師に、妻や娘は居ないのよー?」

 衝撃の言葉。

「な、なんでユナにそんなことがわかるの!」

 驚愕する玲菜の顔を面白そうに眺めながら彼女は答える。

「だって、アルバート皇子やショーン軍師のことは調べたもの。彼に、結婚や子供の記録は無い」

「記録って……」

 玲菜は思い当たることを言った。

「そんなの、内縁の妻だったかもしれないし、子供だってどこで生まれてるか……」

「違うのよ、レイナ」

 ユナは顔を近づけた。

「ショーンさんには、過去の記録が無いの。綺麗に隠されているのよ」

「え……?」

「厳密に言うと、ショーンという人物は居るんだけど。彼は貧乏な傭兵で、二十一年前に戦死してるのよ」

 二十一年前というと、ショーンが三十歳の頃か。

 それよりも……

「戦死!?

 玲菜は耳を疑った。

「けれどショーンさんは、十年前にはサイの都に現れて賢者の称号を得ている。つまり約十年間の空白の時間があるし、生き返るっていうあり得ないことになってる」

 ユナの話についていけない玲菜。

(え? つまりどういうことなの?)

 その心に答えるようにユナは続けた。

「つまりね、あの人、『ショーン』に成りすました別人の工作員か、権力者にとって隠したい犯罪者の可能性があるのよ」

 犯罪者か工作員。まさかその二択が出てくるとは。

「そんなわけない!!

 玲菜はすぐに否定した。

「そんなわけないよ! ショーンはいい人だもん!」

 玲菜の言葉をあざ笑うかのようにユナは訊く。

「いい人? どうして“いい人”なの? 根拠は?」

「だって、親切だし、見も知らぬ私も助けてくれて……」

「助けてくれたからいい人って全面信頼するの? じゃあ私は?」

 ユナは玲菜を見下す眼で見る。

「私も最初、レイナのこと助けたけど、今は拉致してる。私もいい人?」

「うっ……」

 答えられない玲菜。ユナの眼が怖くて更に震える。答えの代わりに質問で返した。

「ユナは……どうして……レ…アルバート皇子の命を狙うの?」

「私は誇り高きエニデール民《みん》の工作員だから」

 彼女はなぜか誇らしげに言った。

 それに、エニデール民とは聞いたことがあった。今まで忘れていたが、名前を聞いた途端に思い出した。

(それって確か、レオがユナのこと捕まえた時に、最初に言ってた)

 そうだ。エニデール民は国を持たない民族で、帝国に入っている者は不法入国である、と。

(レオ、間違って逮捕したわけじゃないんだ。本当に!)

 彼は正しかった。前に少しでも疑った自分を恥ずかしく思う。

「じゃあユナは、不法入国者?」

「そうだよー。それがどうかした? レナの聖地だって、調べるために侵入したんだから」

 得意げなこの娘を、今まで自分は友達だと思っていた。悔しい。

(騙されていたんだ私。しかも最初から。でも)

「それでも、ユナは釈放されたんだよね。どうして……」

「そんなに簡単よー」

 ユナは意地悪そうな顔をした。

「アナタみたいに親切なおじさんが助けてくれるわけじゃないからね。女の武器を使ったの」

「女の……」

 玲菜の肩を強く掴むユナ。

「レイナも今、試してみたら? ここに居る男の誰かが助けてくれるかもしれない」

 ユナの後ろには、体のごつい男たちが五人居て、こちらを見てニヤニヤと嫌な笑いをしている。

 ゾッとする玲菜。

 急に怖さが増す。

(レオ……助けて!)

 自分が部屋に来ないことを不審に思って彼が捜してくれないかと願う。

 しかし、本当に彼が助けにきて良いのか悩む玲菜。

(ちょっと待って? これって罠だよね。レオを誘《おび》き寄せるための)

 そうだ。自分がさらわれたのは、レオに対して人質で。彼が助けにきたらユナたちの思う壺。

(じゃあ、助けにきたら駄目なんだ)

 助けにきたらきっと彼が殺される。

(どうしよう。一人で逃げなきゃ)

 玲菜は助けを期待しないで自分の力でなんとかしないといけないと覚悟する。

 どうやって?

 考えていると、またユナが語り出した。

「そういえば、あの時助けにきてくれたおじさんね、私の得た情報によるとすっごい事実が発覚するんだけど」

 おじさんというのはショーンのことか。もうこれ以上彼になんの話があるのか、うんざりした玲菜だったが。

「実は、昔、サーシャ皇妃とデキていて。アルバート皇子の本当の父親は彼なんじゃないかって話」

 また、愕然《がくぜん》とさせられる話を突き付けられた。

「嘘。うそだよ」

 震える声で否定をしたが、思い当たるフシがある。

 レオの母とショーンが昔からの知り合いらしい事実や、レオがなぜショーンに対してあそこまで親父だと入れ込むのかという疑問。

「皇子は今二十歳だから、もし皇妃が浮気をしていたら『ショーン』が“戦死”をした時期と重なるの」

 ユナはまるで探偵みたいに、面白そうに言う。

「つまり、皇妃にとって浮気は不名誉だから皇子は皇帝の子ってことにしといて。ショーンさんは戦死したことにされて国から追放されて。十年経ったら何食わぬ顔でまたノコノコと戻ってきたとか」

「違うよ!」

 玲菜は怒鳴った。

「ショーンは、妻と娘が大事だって言ってた…」

「だから、それが娘じゃなくて息子なんでしょー? 息子だって言ったらもしかしてバレるかもしれないから。アナタに嘘をついてるのよ」

 それが嘘だと思いたいが、ユナの話は辻褄《つじつま》が合いすぎていて怖い。

「今度確かめてみたらー?」

 そう言って、ユナは外を眺めた。

「それにしても遅いなー。もしかして暗殺者にやられちゃったのかな? それならそれで、レイナは用済みなんだけど」

 怖い事を彼女は言ったが。それよりも、ユナが窓の下を覗きこんだ時に一瞬、上からロープが見えて引っ込んだのを玲菜は見逃さなかった。

(何、今の)

 いや、予想できる。

(もしかして、朱音さん?)

 朱音は救護室だと思ったが。もしかすると。

(レオが命令して、助けにきたのかな)

 だとするとどこに潜んでいるのか。

 上からロープが垂れたとしたらまさかこの塔の屋上。塔の屋上は見張り台になっている。しかし、塔には階段が一つしかなく、屋上に行くには絶対にこの部屋を通らなければ行けない。

(ちょっと待って? もしかして壁登ったとか?)

 くノ一ならあり得る。

 もしも朱音が屋上に居るとして、だとするとどうなるのか。そう思った矢先、

「皇子が来ました!」

 武装した男が一人、ユナに報告しにきた。

「やっと来たわね」

 ユナは待っていたかのようにニヤッと笑った。


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