創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第三十二話:凱旋]
朝から兵士たちのざわめきで玲菜は目を覚ました。隣にはレオが寝ていてドキッとしたが、自分たちが眠っていたのは城の中の広間の壁際で。毛布が掛けられていたためにそこまで寒くもなかった。
ふと見ると自分はレオと手を繋いでいて。昨日のことを思い出す。
シリウス軍が帰ってきて、祝賀会があった。そこでユナにさらわれて人質になり、怖い目にも遭った。
けれど……
レオが自分のことを「好き」と言ってくれて、想いを伝え合った。
(レオ……)
寝ている彼の顔を見る。
信じられなくて、全部夢だったのではないかとさえ思う。しかし、繋いだ手の温もりが現実だと、幸せを実感できる。
「え!? シリウス様が!?」
突然、近くに居た兵士たちの会話が聞こえてドキッとする玲菜。
(え? 今、シリウスって言わなかった?)
気になって兵士たちの会話に耳を傾ける。
「うん。オレも聞いた話だから本当かどうか分からんが、昨夜、暗に敵の襲撃を受けて今、行方不明だそうだ」
「まじかよ!?」
(まじかよ!?)
兵士たちの会話に、慌てて横を見る玲菜。
当のシリウス様は横で寝ている。
(レオ、行方不明ってことになってる!?)
恐らく昨夜の事件の噂が広まって更に“皇子”が見当たらないために尾ひれが付いてしまったか。
「レオ、起きて」
玲菜は小声でレオを起こした。
「大変なことになってるよ、シリウスが」
「ん?」
起きてぼんやりとするレオ。
「レイナ?」
「早く起きて皇子に戻った方がいいよ」
「え?」
我に返ってレオは立ち上がった。
「どこだ!? ここ!?」
バレてはいけないと思い、玲菜はすぐに静かにさせる。
「お城の中の広間だよ。いいから、すぐに自分の部屋に戻ろう?」
玲菜に連れられて、ボーッと歩きながらレオはハッと思い出すように訊く。
「お前、俺のこと好きだって言ったよな?」
いきなりそれか。玲菜は顔が赤くなる。
「う、うん。言ったよ」
レオはホッとしたように溜め息をついた。
「ああ。よかった。夢だったらどうしようかと思った」
そんなこと言われると嬉しくなってしまう。
「レイナ」
なんと、まさかの流し目攻撃。
「俺は今まで本気で好きになった女なんて居なかったけど、お前だけは本気だから」
しかも女性なら誰でも惚れるに違いない殺し文句まで言ってきたので玲菜は混乱した。
「え? ちょっと……」
レオは真剣な眼差しをしているが。恥ずかしくてまともに向き合えない。
「それ、何人の女の人に言ったの?」
「はあ!?」
よい雰囲気だったのに。皇子を怒らせた。
「初めてに決まってんだろ!? そもそも、俺が自分から告白したのだって……」
「レオ! 声が大きい!!」
慌てて玲菜はレオの口を塞いだ。
「分かったから。凄く嬉しいから!」
つい周りの目を気にしてしまう。
レオも周りの視線に気づいて続きを話すのをやめる。聴かれるのは問題ないが、皇子だとバレたら大変だ。
二人はコソコソと素早く歩いて皇子の個室に向かった。
個室の近くに行くと数人の男たちが部屋の前に立っていて、玲菜は慌てて隠れようとしたがレオが「大丈夫だ」と教えた。
そこに居たのは忍者とは別の護衛二人と塔に置いといた甲冑を持った兵三人とショーン、それに……黒竜だった。
「黒竜さん!」
玲菜が呼ぶと黒竜はレオの前に立ち、ひざまずく。
「アルバート様、遅くなりました。この黒竜、殿下の…」
「ああ、いい。分かった」
レオは黒竜の言葉を途中で止めて歩き出す。
「分かっているから。これからも頼む」
「はっ!」
返事をして黒竜はどこかに消えた。レオは素っ気ない態度だったが、きっと心の中では凄く喜んでいるのだろうと玲菜は思う。
その玲菜の前にショーンが近付いた。彼は玲菜ではなくレオに話しかける。
「シリウス。早く着替えて皆の前に出ろ。余計な噂が出始めて兵たちが心配しているから」
「分かってるよ」
レオは甲冑を持っている者たちを連れて部屋のドアを開けた。
「ショーンはどうする? もう帰るか?」
(ショーン?)
『オヤジ』ではなく名前で呼ぶレオに玲菜は疑問を感じたが。ここではそう呼んでいるのかとすぐに勘付く。ショーンもレオのことはシリウスと呼んでいる。
(普段親子みたいでも他人がいる所では使い分けてるんだなぁ)
ふと、ユナの言葉を思い出す。
『実はショーンはアルバート皇子の父親だ』と。
(そんなわけないよ。ショーンとレオのお母さんが浮気だなんて。大体、ショーンは私に嘘なんてつかない)
何があっても、ショーンとレオのことは信じようと思う。
そんなことを考えていると二人の会話が終わったらしく、ショーンはレオに挨拶をして玲菜を連れて歩き始めた。そして耳元で言う。
「レイナはこれから俺と一緒に帰ろう。レオは軍と一緒に帰るから。寂しいだろうけど一週間くらいすればまた会えるから」
「う、うん」
そうか。またレオと離ればなれだと分かり、寂しくなる玲菜。約二週間ぶりにようやく会えたのに。更に一週間はキツイ。まぁ、戦と違って命の心配が少ないだけましだが。
玲菜が俯《うつむ》いているとショーンはニッと笑った。
「両想いになると余計につらいよな」
「りょ、両想いって……!」
玲菜は慌てたが。ショーンは溜め息をついて天井を見ながら歩く。
「おじさんは気付いてるよ〜。キミたちの様子見ればすぐに分かるし。若いっていいよね。おじさんはこれから邪魔者だよ〜」
冗談なのかなんなのか嘆くショーンに戸惑う玲菜。
「ショ、ショーン! 邪魔者だなんて……! 絶対にそんなことないから!」
「さて。俺はこれから部屋で待ってる愛しのウヅキを迎えにいくから。レイナは婦長に挨拶に行っておいで。給料も貰うだろ? それに友達に挨拶も。なんだっけ? ミリアちゃんだっけ?」
そうだ。昨夜は結局ミリアとはどうなったのか。疑問を思い出させるショーンの言葉。玲菜を助けに来たという事はどこかで別れたはずだが、まさかとは思うが仲が進展なんてことはないか……ハラハラする。その答えはあとでミリアから聞くことになる。
「昨日は最悪よ! 邪魔が入ったんだから」
婦長の所に来た玲菜は偶然会ったミリアと会話をする。彼女は低い声を発して昨夜の話をした。
「せっかくショーン様と楽しく飲んでたのに、イヴァンの奴が来て、無理やり割り込んできたのよ〜」
そういえば、昨夜酒場の近くでイヴァンに会ったことを思い出す玲菜。ミリアの居場所は教えていないが、彼が捜し出したか。ミリアには悪いが、少しホッとする。
「おかげでショーン様はどっか行っちゃうし。それ以来見かけてないし」
ミリアは可愛い声に戻って玲菜にすり寄ってきた。
「お願いレイナ〜! ショーン様にわたしのこと伝えといてね〜」
ついでに、ではないが、ミリアは自分の居場所も教えてきた。
「ね、レイナも都に住んでるんでしょ? これからも会いたいわね! わたしは上の広場の近くのパン屋で働いてるからね。遊びにきてね!」
そう言って店の名前と住所を書いた紙を渡してくる。近くに居たアヤメにもその紙を渡した。
「アヤメさんも、もし都に立ち寄ったら来てね〜!」
「そうね」
受け取ってアヤメは言う。
「でももしかしたらまたすぐに戦争が始まるかもしれないし。アタシはまた砦で家政婦募集したら行くから二人もそうするならそこで会えるかも」
玲菜とミリアは顔を見合わせてミリアが言った。
「また戦場から遠くてお給料が良い所だったら行くかもしれないけど。アヤメさんはどうせバシル将軍目当てなのよね?」
当てられて顔を赤くするアヤメ。
「そうだけど。ミリアだって、もしかしたらショーン軍師がまた来るかもしれないでしょ?」
「そしたら絶対行く!」
このミリアの変わりぶりに笑いながら、玲菜はふと、ユナのことを考える。
二人はユナの事件を知っているのか。知らないのか。
昨夜皇子が密かに襲撃された話は砦内の噂になっているし、内部に裏切り者が居たことも広まっている。それが家政婦の女性で、ユナだということは聞こえてこないが。この場にユナが居ないことを疑問に感じないのもおかしい。
(きっと、噂で聞いて。でも話題に出さないんだ、二人は)
出さないというか、出したくないのかもしれない。友達だと思っていた子がまさかスパイだったなんて信じたくなくて。
やがて給料を貰って、玲菜はミリアとアヤメと別れた。ミリアの働く店の紙をしっかり持ち、ショーンと待ち合わせた砦の外まで歩く。
皆それぞれ帰る所へ向かい、シリウス軍はそのまま都へ向かう。
その様子を見送りながら、玲菜は鳳凰城塞の外に出た。
ショーンとの待ち合わせの場所は、車を隠している近く。そこにはウヅキとショーンと、マリーノエラとイケメンたちが居た。
ショーンとマリーノエラが言い合っている声が聞こえる。
「だから、んなわけないでしょ! 電気なのよ!」
「なんだよ、使えねーな〜〜〜」
「ど、どうしたの?」
玲菜が話しかけるとショーンが困ったように言う。
「俺はさ、自動車なら二日くらいで帰れると思ったんだけどな」
「そんなに燃料がもつわけないでしょ!」
呆れた風にマリーノエラは返す。
「充電しといたけど、連続走行は約四時間。もちろん速さにもよるわよ? 車輪に繋げて自動的に充電する回転式発電機を後部に付けたけど充電しながら走行はできない」
彼女は玲菜に向かって説明した。
「配線用の差し込み器具が元々前部にあってね。それに合わせた接続受け口を発電機に付けたから、燃料が無くなりそうになったらそこに差し込んで。走った分だけ電気が貯まるから、すべて無くなることないし」
自動車を出して、実際にやり方の見本を見せるマリーノエラ。
つまり、車の前部にあるプラグを後部の発電機のコンセントに差し込めば充電されるとのこと。また、走った分だけ電気が貯まるので、充電すればほぼ永久に走行ができる。
「凄い!!」
玲菜は彼女の天才ぶりに感激した。
「さすが帝国四賢者の一人ですね!! 天才!!」
「但し!」
マリーノエラは大事な部分を強調した。
「充電も同じ時間を要するから」
要するに、四時間走ると四時間分の電気が貯まるが、充電するのにまた四時間かかるのだという。しかも連続走行可能時間が約四時間。
そこに問題がある、とショーンは文句を言う。
「夜走行しないと考えると、一日四、五時間しか走れないだろ? いくら速くても、砂漠を全て通らないで遠回りするから結局都まで四、五日かかっちまうな」
四日ならば行きの時より二日も短縮しているが、車を使うにしてはやや時間がかかりすぎか。
しかし反論するマリーノエラ。
「だから、これでもすっごい改良したのよ? 文句言うなら返してほしいわ。それと、古い物だから、整備は定期的に来なさい。分かったわね!」
二人が言い合っていると、そこにもう一人の四賢者がやってきた。
「うるさいね〜。最近の年寄りはこれだから。嫌だねぇ〜」
「年寄りじゃない!!」
同時に振り向くショーンとマリーノエラの前には、天才医師のホルクが居た。
「ホルク! アンタ、この中では自分が一番年寄りじゃないの」
解体師が文句を言うと解剖師は笑いながら答える。
「マリーノエラ、そんなに厚塗りしてないで、顔の改造してほしければいつでもやってあげるよ〜」
「余計なお世話よ!」
いきなりの口喧嘩におどおどしながら、玲菜は三人を見回す。
「凄いですね。ここに四賢者の三人が集まってる」
それには、近くで聞いていたイケメンたちも頷く。
「そういえばそうだな」
ショーンが相づちを打つとホルクは玲菜に向かって言う。
「だけどな、可愛いお嬢さん」
「なあに?」
勘違いした四十九の技師が返事したが無視して続ける。
「三人は集まっても四人揃うのはまず無いよ。なんたって、あと一人は正体不明の魔術師だからね〜」
「魔術師……」
魔法使い的な人物を想像する玲菜。あながち間違っていないらしく、ショーンが続きを話した。
「確かに。彼女は年齢不詳の預言者で。そもそも人里離れた森の奥に住んでいて、他人の前に滅多に姿を現さないからな」
玲菜の想像は急におとぎ話に出てくる魔女に変わった。
自分で話しておきながら、ショーンは何かに気付いたように考え込んだ。
「そうか。忘れていたな、彼女の存在を」
「どうしたの?」
玲菜が訊くと気まずそうに顔を見てくる。
「うん。でもなぁ……」
「何?」
「彼女なら、色々と知っているかもしれない。旧世界の時空移動について」
つまり、元の世界に帰る方法。
「え? 何なに? なんの話〜?」
マリーノエラが興味津々に訊いてきたが、軽く誤魔化す。
「いや、考古研究の話」
玲菜はそれどころではなく、鼓動が激しくなった。
元の世界に帰る。
すぐにレオの顔が思い浮かんで苦しくなる。
ショーンもそれを察して、気まずそうに言ったのだ。
昨日も少し考えた、元の世界に帰る事。
(私……)
正直、今は考えたくない。
(どうするの? 帰るの? 帰らないの?)
ずっと帰りたかったはずなのに、いつの間にか気持ちが変わってしまった。
(ショーンに、やっぱ帰りたくないって言えば、このまま帰る方法を探すのをやめて、ショーンとレオと一緒に暮らしていける?)
それでいいのか。
それでいいのか?
(分からない!)
そんなことしたら、今までショーンが苦労して探してくれた行為を無駄にする。
それに、このまま一生父親と会えなくていいのか。
(嫌だ!! お父さん……!)
父と過ごした二十年間は絶対に替えられない。
「レイナ!」
心配して呼びかけるショーンの顔を見て、泣きそうになる玲菜。
(私の人生は、この世界に来て劇的に変わったけど、この一か月半がすべてじゃない。小学校だって、中学校だって、高校だって行った。アルバイトをして、小説を書いてた)
すべての記憶の毎日に、父が居た。少ない記憶の中には母の思い出も。
「おとうさん……」
玲菜は堪《こら》えられなくて、父ではないショーンにすがりつく。
ショーンは困るかもしれない。実の娘ではないのに。それどころか、娘は居ないかもしれないのに。若い娘が自分を父のように呼んだら戸惑うだろう。
けれど、ショーンは戸惑う素振りも見せずにそっと玲菜を包んだ。何も言わずに、ただ優しく。
「え? アンタたちって親子だったの?」
むしろ戸惑ったのは見ていたマリーノエラだったが。
ショーンは何も答えなかった。
それが彼の優しさだと、玲菜には分かっていた。
(ショーンは優しい。私、ショーンに凄く甘えてる)
自分の弱さが情けない。
ショーンが居なかったら、絶対にこの世界で生きていけなかった。
いや、元々父が居なければ生きていけない自信があって。この世界に来て、ショーンが父の代わりのようであった。しかし、ショーンは父ではない。
玲菜は決意した。
「ショーン。私、これからも迷うかもしれないけど、お父さんの許《もと》へは帰りたいから。その心は絶対にあるから。これからも一緒に探して下さい」
「うん」
ショーンは分かっていたように言う。
「まず見つけて、それから決めてもいいから。もしキミの選択でここに残ることにしても、俺は今までの行動を無駄だとは思わないからな」
二人の様子を不思議そうに眺めるマリーノエラたち。
玲菜は少し落ち着くとショーンと離れて、他の者と挨拶を交わす。そしてウヅキを連れて二人で自動車に乗り、皆に見送られながら砂漠を避ける道の南へ向かった。
南と言っても、砂漠を避けるためにはずっと国境沿いを走らなければならないが、自動車で速く走れば平気だと思う。
その後は砂漠が無くなったらずっと東に向かい、更に北へ向かってから西に行くという、かなりの遠回りコースだったが。速く走る自動車はかなり快適で。夜には町の宿に泊まり。充電の時間はのんびりと休憩して。
最初の計算通り、四日が過ぎた頃に懐かしい大きな都が窓から見えてきた。
念の為、目立つ車は人里離れた洞穴に隠して停める玲菜たち。
近くには見たことも無いようなでかい木があり、それを目印にできるはず。
万が一、誰かに見つかっても鍵が無ければ運転されることは無い。運ばれたり、壊されたりしないことを祈りつつ、小さな木などを使って目隠しにする。
サイの都は目で見えていて、囲んでいる大回水路の近くまで着くには歩いて一時間くらいで行けそうだ。その辺りなら馬車も拾えるし、すぐにショーンの家に帰れるだろう。
そう思った通り、大回水路近くで馬車を拾えてそこから馬車で家に向かう二人。今までずっと最先端だったのに急に時代が過去になった気がして、馬車が乗り心地悪く感じる。
「便利な物ってのは慣れるといけねぇな」
ショーンは言う。
「それと、俺も自動車の運転の仕方練習するから、今度。レイナにずっとさせてたら悪いし。というか、やってみたいし」
「う、うん」
返事をしつつ、自分に教えられるか心配になる玲菜。こう言ってはなんだが、ショーンはもう五十を過ぎているし。
(でもショーンって頭いいから平気かな、多分)
実際車に関してはかなり予備知識があったらしく、すぐにシートベルトも覚えた。
ショーンは思うことがあるらしく少し考えてから言った。
「家に帰って、少し落ち着いたら魔術師の所へ行こうか」
砦を出発する前に言っていた話だ。
「もちろん砂漠の遺跡商人の所にも定期的に寄って。ただ、魔術師は本当に凄い情報を持っていると思うんだ」
なんだか一気に帰る方法へと繋がる予感。だがしかし、とショーンは困ったような顔をする。
「彼女が教えてくれればの話だが」
「え?」
「魔術師から話を聞き出すのは容易じゃない」
なんとなく、気難しい魔女を想像する玲菜。その心配した顔を見て、ショーンは笑いながら言った。
「まぁ多分大丈夫。俺は一応彼女の知り合いだし。きっと協力してくれる」
『多分』とか『きっと』という言葉に不安を抱きつつ、玲菜は頷く。
そうして、無事家に帰りついて。
玲菜はまず初めに風呂に入った。
聖堂では数分の湯を浴びる程度で湯船も無かったし、まともに洗えた気分ではなかった。往復の時も風呂がちゃんとある宿がほとんど無かったので、約一か月はずっと我慢していた気分。
ようやくまともに風呂にゆっくり浸かれて、玲菜は幸せな気分になった。まるで生き返ったようだ。
その後二人は食事をとってその日はゆっくり休むように眠った。
そして次の日玲菜が行ったのは例のごとく掃除で。
約一か月分のホコリを一日かけて掃う。ショーンも手伝い、二人掛かりで家を綺麗にして、その日はそれで終わった。
シリウス軍が都に帰還するので凱旋《がいせん》祝いがあると聞いたのはその次の日だ。行きの時より一日早く着くらしく、要するに本日帰ってくるのだという。
軍隊が通る予定の大通りでは飾りが付けられて到着するまでに祝いの準備で大忙しになっていた。
午前中の買い物の時にその話を聞いた玲菜は急いで帰ってショーンに報告する。ショーンは大体分かっていたようで「せっかくだからレオの凱旋を観に行こう」と玲菜に誘ってきた。
「到着は夕方頃だから。それに間に合うように大通りに行って。城の祝賀パーティーは後日みたいだから、もしかしたらそのままレオがうちに帰ってくるかもしれないし」
ショーンの言葉に、胸が高鳴る玲菜。
レオが帰ってくる。
やっと会える。やっと家で会える。
ワクワクしていると、ショーンが申し訳なさそうに付け足す。
「多分だぞ? もしかすると一旦城に帰ってそっちに泊まるかもしれないから、明日になるかも」
確かにその可能性もある。玲菜がガックリすると、ショーンは笑いながら言った。
「でも、俺の予想だと城に行っても無理やり帰ってくると思うんだ。レイナに会いにさ」
一喜一憂とはこのこと。
喜んだりがっかりしたりまた喜んだり。玲菜はショーンの言葉に惑わされて色んな気持ちになった。
(戻るかも。でも戻らないかも。もしかしたら私のために戻ってきてくれるかも?)
落ち着かない。
どちらにせよ都には今日戻ってくるのは確かで。それはとにかく待ち遠しい。凱旋も。
玲菜は出掛ける時間までに、今ある服の中でも一番可愛いめの服に着替えて化粧も少しする。急いで上等の酒も買って用意して、ショーンも念の為に豪華な料理の下ごしらえをして、到着予定時間近くになると二人で家を出た。
シリウス軍が通る大通り付近では大勢の人でごった返していたが、ショーンが無理やり前の方に行き、二人で皇子の到着を今か今かと待った。
やがて、都中の人に出迎えられていよいよシリウス軍の凱旋が始まる。
先頭はもちろん白馬に跨《またが》るアルバート皇子で。彼はシリウスでもあり、無敗の勝利の守り神でもある。今回もまた見事敵を追い払うのに成功。戦果が一つ増えて絶大な人気が更に上がった。
まさに神話同様の英雄の登場で凄まじい声援が彼を迎えた。一番多い呼び声は「シリウス」だ。
熱狂する民衆の中に埋もれながら玲菜はレオを見つめる。
(レオ……ホントに凄い人気)
砦でもそう感じたが、都のありえないほどたくさんの人たちに大歓声で迎えられる彼を見ると自分とは遠くの人間に感じる。
彼は皇子というだけでなく、国民にとっての英雄なのだ。
もちろん、こんな大勢の中でいくら見つめても自分に気付いてくれるはずがなく。多分呼んでも聞こえない。
そう思ったのだが、突然ショーンが大声で彼の名を呼び出した。
「レオーーーーーー!!」
皆が「シリウス」や「アルバート皇子」と呼ぶ中、一人だけ「レオ」と。
それは計算だったらしく。なんと、気付いたようにこちらを向くレオ。
玲菜は慌てたが、ショーンは平然と彼に手を振った。遠いので表情は分からないが、レオもさりげなく手を上げる。
そうして、紙吹雪と花吹雪が舞う中、皇子率いるシリウス軍は城の方へ向かい、玲菜の前を通り過ぎる。
(レオ……気付いた?)
そのまさかの奇跡に感激する玲菜。ショーンは得意げに言う。
「やっぱレオって呼んだら気付いたかアイツ」
レオは秘密の名だが、他にも騎士はいっぱいいるので皇子のことだとはバレない上に、皆がシリウスと呼ぶ中では目立つので彼だけは気付いてくれるはず。
「ショーン、ありがとう!」
礼を言う玲菜に微笑みつつ、ショーンは時計を見て人混みを抜けるように促《うなが》した。
「この時間なら、多分家に帰ってくるよあいつ。今夜はうちで帰還祝いやろう! 今から帰って食事を作るから、レイナも手伝ってくれるか?」
聞いて、玲菜は喜んで返事をする。
「うん! もちろん!」
二人で家に帰り、レオが帰ってくるのをワクワクしながら料理を作って待っていた。