創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第三十六話:運命の出会い]

 

 ショーンは一人で酒を少し飲みながら待っていて、朱音が連れてきた玲菜に手を振る。朱音はショーンが見えると会釈だけをしてすぐにその場から消えた。

「ショーン!」

 玲菜が駆け寄ると、こちらの姿を見て酒を噴き出しそうになるショーン。どうしたのかと、玲菜が訊くと目をそらしつつ答えた。

「い、いや。髪が下りていたから」

 先ほど結っていた髪は、レオとベッドで色々している間に解《ほど》けてしまった。それを彼は察してしまったのか。玲菜は恥ずかしくなりながら弁明のように言ってしまった。

「ち、違うんだよこれは。あの、ちょっと……人が多い所に行った時に……」

 おじさんに嘘をつく自分に気付いて、続きが言えずに俯いていると、ショーンは「人混みで取れちゃったのか」と肩を叩いてきた。

「う、うん」

 ショーンは父親ではないのに、しかも別に悪い事をしているわけではないはずなのに。妙に気まずい。

 その時、広間にはざわめきが起こり、皆が慌てて移動をし始めた。

 

 何事かと思っていると、現れたのはなんと、皇帝陛下。

 

 途端に軍人は整列し始め、貴族も並ぶ。ショーンは状況を見ながら後ろの方に下がり、玲菜もその横に並ぶ。

(皇帝陛下!? 皇帝陛下どこ!?

 見ると、広間の大きな扉から玉座までまっすぐ敷かれる絨毯の上を歩く集団が。護衛の数は半端ではなく、また、皆が一斉に頭を下げ始めたので玲菜は浮きそうになって焦った。しかし、逆に皆が頭を下げたおかげで皇帝陛下の姿とその後ろを歩く皇子たちの姿もよく見えた。自分のよく知る青マントの青年も。

 皇帝陛下らしき人物は自分の足では歩かず、座ったままで輿《こし》のような物で担がれている。

(あれが陛下!?

 もしくはレオの父親。

 付き人が皆に向かって言い放つ。

「良い。全員頭を上げてくつろぎたまえ。今宵は祝賀会。充分楽しまれよ」

 もしかすると皇帝陛下の代弁的立場の者なのか。彼がそう言った途端に皆は頭を上げて一気に雰囲気が変わる。

 その様子に、玲菜がホッとした矢先、年配の紳士が一人、玲菜とショーンの横にやってきて小声で話しかけてきた。

「ショーン軍師とレイナ様でございますね? 陛下が玉座に着いたあと、勲章の授与がありますのでこちらへどうぞ」

「え?」

 そうだ。忘れていた。

(勲章の授与!!

 玲菜は思い出して一気に緊張が走る。

(わ、私、ここで?)

 こんな大勢の中で受け取るというのか。

 紳士に誘導されながら緊張して歩いていると、ショーンが小さく耳打ちした。

「大丈夫。俺と同じようにすればいいから」

 そうは言われても絶対に落ち着けない。

 頭の中が真っ白になりながら、誘導されてたどり着いた先にはフェリクスやバシル将軍の顔ぶれも。

 気付くと、皇帝陛下は階段を上った先の玉座に着いていて、先ほど皇家が歩いた絨毯を今度は授与者たちが歩かねばならない。

(う、嘘でしょう!?

 玲菜はもう涙目で、何がなんだかわからない。

 広間に居る全員が拍手で迎える中、玲菜はショーンの隣に並んで歩き、玉座の近くまで行くと皆が片膝《かたひざ》をついてしゃがんだので玲菜も慌ててその場でしゃがんだ。

(え? 私どうすればいいの? 私も片膝? 女だから違うか)

 幸いスカートに隠れて足は見えないので平気だが。一応両膝をついた状態にする。

 皆が静まる中、前に居る立派な格好の人物が何かを読み上げているが頭の中に入ってこない。

 やがて、読み上げが終わり、授与者たちは皇帝陛下の前で横一列に並ばされた。もちろん一同はひざまずき、頭を下げたので玲菜も真似してしゃがんで頭を下げる。横目でチラチラとショーンの方を見て、とにかく同じようにする。

 状況はいつの間にか勲章を渡す状態に入っていて、端から順番に勲章を胸元に付けられていく。そういえば陛下から授与されると聞いたが、やるのはやはり代行者か。皇帝陛下は堂々と座っているだけだし、頭を下げているのでレオの姿も見えない。

 そしてついに、玲菜の前にも勲章を持った人物が現れる。それは女性で、ショーンと玲菜の胸元に付けていく。

 玲菜の番も終わり、頭を下げてしゃがんでいるのがつらくなった頃、ようやく授与が終わったらしく。一同は頭を上げて立ち上がった。玲菜はショーンの真似をしながら、一度皇帝陛下に深く一礼をした時に初めてレオの父の顔を拝見する。

 それは……

 白髪で黒い瞳で立派な髭《ひげ》の老陛下。いや、老ではなく、年齢はショーンと同じくらいかもしれないが、妙に老けてやつれている気がする。顔色があまりよくない気も。

 それよりも驚いたのが、横の椅子に座る皇妃らしき女性が黒髪で。……前にレオの部屋で見た肖像画の女性とは明らかに違う。

 肖像画の女性がずっとレオの母親だと思っていた。だから当然皇妃様のはずであり。しかし、皇帝陛下の妻が座ると思われる椅子に座っている女性は黒髪だし肖像画とは似ていない。

(あれ? 違うの!?

 玲菜は疑問に思ったが、じろじろ見るわけにもいかず。ショーンや他の者と一緒に脇に下がる。

 下がった後で急いでショーンに小声で訊いてみた。

「ね、ねぇ、ショーン。皇帝陛下の横に座っている皇妃様って……」

「ん? ああ、あれは皇妃様じゃなくて皇后様だぞ」

ショーンの答えに、耳を疑う玲菜。

「え?」

「要するに正室だよ」

(せいしつ……? 正室……?)

 そこで玲菜は気付く。

(え? 正室ってことは側室も居るってこと!?

 皇帝陛下の妻は一人ではない、と。

(ま、まさか、レオのお母さんって……)

 玲菜はハラハラしながらレオの母だと思っている肖像画の女性を捜す。しかし、金髪の女性は居たが、肖像画とは似ていない。

 しかも、よく見ると皇帝の子である皇子や皇女らしき人物らはレオを入れて九人もいた。

(あれ? 四人兄妹じゃない!?

 九人の内、長男や次男に付き添っている女性はもしかすると配偶者か婚約者。それに、レオの“兄上”以外に一人、レオよりも年上の男性がいるが、彼も皇子というよりどちらかというと皇女の配偶者で、十八歳くらいの女性の隣に並んでいる。もしもその三人が予想通り配偶者であったならば皇帝の子は六人ということになる。一番小さい子は十歳くらいの茶髪の少女でクリスティナの近くに居る。

 前にレオが自分のことを「三番目」と言っていたのはこういうわけだ。その後「三男」だと言い換えていたが、長男たちとは異母兄弟ということになる。

 玲菜はレオが命を狙われている理由がここにあると感じた。単なる兄弟の争いではなく、いろいろと複雑だからだ。それでなくとも彼は、他国の暗殺者に狙われたりもするのに。

 玉座の近くで堂々と立つ青マントの青年を見る玲菜。

(レオ……)

 彼が城を嫌って逃げ出すのも解《わか》る。うんざりするような皇族の争いがあったはずだから。

 それに、レオの母親らしき人物がこの場に居ないことも心配だ。

(レオのお母さんって、もしかして……)

 しかし、今はショーンにだってそのことは訊けなかった。ショーンならば恐らく知っていることだろうが。

 もしかすると肖像画の女性はレオの母親ではない可能性もあるのだが、だとするとしっくりこない。

 そんなことを考えていると、急に皆が「アルバート皇子」や「シリウス様」と歓声を上げ始めたので「ハッ!」とする。

 偉い人物の言葉は聞き流していたが、どうやらレオが陛下から栄誉を貰う様子。

 レオは皇帝陛下の前に出てひざまずく。すると、皇后や付き人に支えられながら陛下は立ち上がり、レオの前に黒い鞘の剣を掲《かか》げる。

 そして、場が静まり返る中、初めて本人の声を出して言い放った。

 

「我が息子、アルバート皇子にこの、シリウスの剣を与えよう!」

 

「え!?

 ひざまずいていたレオは顔を上げて驚いたようにする。

 しかも驚いたのはレオだけでなく、他の皇子皇女たちもだ。特に長男は何か言いたげに動いたが、その時大歓声と拍手喝采が起きて、当人のレオも戸惑いながら剣を受け取る。

 

「まじかよ」

 玲菜の隣ではショーンが気難しい表情でその光景を見る。

 そのセリフに疑問を持った玲菜は、コソッとおじさんに訊いてみた。

「何? どうしたの?」

「シリウスの剣がレオの手に……」

 ショーンは複雑な表情をしている。

「え? レオはシリウスって呼ばれてるから、シリウスの剣って名前の剣を貰うのは別にいいんじゃないの?」

 何も分からずに、名前だけで玲菜は言ったが、ショーンの表情は硬いままだ。

「あれはな、神話のシリウスが使っていたとされる伝説の剣でな、今は皇帝が所持しているんだが」

 どこかで聞いたことのある話だと思いながら、レオが凄い剣を貰うのは喜ばしいことだと玲菜は思ったが、そうではなかった。それはショーンの続きの話を聴くとわかる。

 

「あの剣を陛下から与えられる人物こそが次期皇帝になると言われているんだ」

 

「え!?

 言葉が頭の中に入ってこない。

 

「帝国では、神話の中でも英雄シリウスを信仰していて、シリウスが帝国の初代皇帝になったと信じられているから。シリウスの持つ伝説の剣は皇帝から皇帝に受け継がれる物なんだ」

 ショーンから詳しく説明されて、なんとなく理解する玲菜。少なくとも『皇帝から皇帝に剣が受け継がれる』ということは分かった。

 つまり……

「レオが次の皇帝になるの!?

 すぐにレオの方を見ると、彼は受け取った剣を抜いて掲げる。その剣はまるでガラスのように透き通っていて、埋め込まれた宝石と刻まれた赤い文字がより人の目を惹きつける。

 一瞬皆が見惚れて場が静まり返ったが、次の瞬間には拍手と歓声が沸き起こる。「アルバート皇子殿下万歳」や、「皇帝陛下万歳」の声も。

 まるでレオがもう皇帝になったような雰囲気だ。

 一方、皇家では少し不穏な空気が流れていて、他の皇子の取り巻き達も顔を見合わせている。特に……

「お待ち下さい! 陛下!!

 長男は尋常じゃない様子で異議を唱える。

「恐れながら申し上げますと、我が弟のアルバートは確かに戦果を著しく挙げて、シリウスの剣にも相応《ふさわ》しいですが。まだ配偶者どころか婚約者さえもいません。帝国の繁栄を考えると戦の活躍だけで次期皇帝と判断するのはいささか早すぎるかと……」

「心配には及ばん」

 皇帝はゆっくりとそう言って、続きを代弁者が言った。

「アルバート皇子殿下……いえ、“シリウス”様に相応しい女性を招いていて、陛下は今夜婚約発表をすると申しております」

「え!?

 その場に居る全員が驚く。

 皇帝陛下の側近以外知らなかったらしく、もちろんレオ本人も初耳で。

 遠くで聞こえていた玲菜は呆然とした。

(婚約……?)

 

「陛下!!

 慌ててレオが皇帝に問い出そうとすると皆がざわついて“シリウス”の婚約者になる娘が姿を現した。

 それは……誰もが驚く見た目をしていて。

 息を呑む美しさはもとより、水色の優美なドレスをまとい、銀色の長い髪をした青色の瞳の十六歳の娘。それはまさに神話の聖女の生き写しのよう。

(レナ……?)

 まるで夢を見ているような感覚で玲菜は思った。

 自分の小説のヒロイン・レナにそっくりな少女がシリウスであるレオの前に現れたから。

 信じられなくて。

 信じたくなくて。

 それはまさに奇跡的な絶望。

 

 あまりに美しい聖女そっくりな娘の登場にその場に居た全員が静まり返っていると、更に信じられないことを娘は言う。

「初めましてシリウス様」

 声も完璧なほどレナをイメージさせる綺麗な声。

 

「わたくしの名前は、レナと申します。どうぞ末永くよろしくお願いいたします」

 

 まさに運命の出会いで。

 玲菜にとっては悪夢だった。

 

「レナだと……!?

 つい、訊き返してしまうレオ。

 それは当然で、神話の聖女レナにそっくりな娘が「レナ」と名乗る奇跡があるなんて信じられない。

 しかも……

(俺の婚約者!?

 

 シリウスにそっくりな皇子とレナにそっくりで名前まで「レナ」である娘が婚約と聞いて、まるで神話がそのまま再現されたような感覚に包まれた広間は、誰もが信じられなくてしばらくの間静まり返っていたが、誰かが「おめでとうございます」と声を上げたことで拍手喝采が起きた。

 皆「奇跡だ」や、「シリウス様、レナ様」と歓声を上げる。もちろん祝福の言葉も。

 代弁者が更に神の作った偶然のような話を続けた。

「レナ様は教会と深い関わりを持つ家柄の生まれで、最近まで修道院に入っておられました。まさに神の使いのような彼女はシリウス様の婚約者として理想の相手の聖女です」

 聖女と聞いて、更に盛り上がる広間。もうレナ本人といっても過言ではない雰囲気。

 シリウスとレナだなんて、これ以上ない組み合わせ。しかもアルバート皇子にはシリウスの剣まで渡されて、彼が次期皇帝になるのは決まったも同然。

 

聖女と伝説の剣を手にした戦場の英雄が帝国の皇帝になるという夢のような話に皆が喜んでいる頃、全く喜べずに呆然とする娘が広間内に一人居た。

 玲菜は何もかもが現実ではないようで立ち尽くす。

 レオが次期皇帝になるなんて信じられないし。

 以前、レナという名の女性の存在が自分の前に立ちはだかった時、その正体が猫で凄くホッとしたのに。

 まさか、本当にレナにそっくりな女性がいるなんて。しかも彼の婚約者になってしまった。

(レナ? レナって一体なんなの!?

 この世界は未来の日本で、自分の小説の世界ではないと判明したはずなのに。

神話のシリウスと自分の小説のシリウスが被った設定なのだって、偶然だと思った。しかしレナまで一緒で、伝説の剣まで出てきている。戦争まであった。

(どうしてなの? 未来の世界と小説の世界が混ざっているの!? 神話って?)

 そうだ。そもそもなぜ自分の小説が盗まれてその後タイムスリップしたのか。

(どうなっているんだろう? ホントはやっぱりタイムスリップじゃないのかな? レオは私の小説のキャラのシリウスなの?)

 彼がもしもシリウスだったとしたらどうなる?

(レナが出てきたから、レナとくっつくの? じゃあ私はどうなるの?)

 二人はまるで運命の出会いだ。

 息が苦しくなる。

 自分はここに居てはいけない存在なのかもしれない。いや、そうに違いない。

(私は邪魔者だ、きっと。私がここに来たせいで色々変わっちゃったとか……)

 レオと自分は恋人になること自体が間違いなのかもしれない。

 ふとレオとレナを見ると、ありえないくらいお似合いで。まさに小説の主人公とヒロイン。

 比べて自分は今、その他大勢の場所にいる。

 

駄目だ。胸が苦しい。息も苦しい。

 

「レイナ? レイナ!」

 思いつめていた玲菜は、隣で呼ぶショーンの声で我に返る。

「落ち着け! 大丈夫だから」

 どうしてだろうか。

 どうして、こういう時にいつも助けてくれるのは彼なのか。

 玲菜はショーンの顔を見たら一気に涙が出てその場で崩れてしまった。

 その彼女を支えるショーン。

「大丈夫。俺もびっくりしたけど、レオはこんなことで流される男じゃないから。あいつを信じろよ。好きなんだろ?」

「ううっ……」

 返事ができない。

 彼のことは信じたいが、もしも自分が彼の運命を変えているとしたら?

(私は、たまたまショーンの家でレオと暮らしたから。だからレオも情がわいてたけど。本当は戦争のあとに運命的に出会うレナがいて、レオはレナと恋に落ちる予定だったとか)

 まず、自分はこの時代にいるはずのない人間。

 本当はあまり深くこの時代の人間と関わってはいけなかったのではないか。

 ましてや、皇子に恋なんて……

(でも……)

「レオ……好きなの……」

 玲菜は自分で知らずに想いを呟いていた。

「レオ……!」

 自分の声は皆の歓声に紛れて決して届かない。

 だが、その時――

 

「陛下!! 恐れながら!!

 レオが皇帝に向かってひざまずき、剣を鞘に戻して差し出す。

 歓喜していた広間はざわめき、静かになってからレオの声が響いた。

「私はただ戦場に行っているだけであり、皇帝の器《うつわ》かどうかは別の話。婚約の話も、どうか一度考え直して頂きたく」

 まさか、皇子が皇帝から与えられた剣を返すとは。婚約の話も公《おおやけ》の場で断るとは。

 前代未聞の話に場が騒然とした。

 長男たち、他の皇子もびっくりしてレオを見る。

 皇帝の側近たちが慌ててレオに言った。

「アルバート皇子! 一体……」

 しかし、皇帝はまた自ら口を開いた。

「良い。では、お前の話を奥で聴こう。アルバート」

「ありがとうございます、陛下」

 そうして、皆がざわめく中、皇帝とその側近たちとレオは広間から出ていく。

 祝賀パーティーはそのまま続けるようにとお達しがあり、釈然としないままダンスパーティーが始まる。

 玲菜は踊りもできないし、レオのことが気になって呆然としていたが、ショーンが彼女に促《うなが》してきた。

「レイナ。多分レオはここに戻ってこないから俺たちはもう帰ろうか。家で色々と話をしよう。レオが帰ってきたらレオとも。場合によってはレオにも君のことをちゃんと話さなきゃならないし」

「……うん」

 玲菜は返事をしてショーンの言う通りに家に帰ることにする。近いうちにレオに本当のことを話さなければならないと覚悟もして。

 

 

 一方。皇帝たちと別の部屋に行ったレオは、ベッドに入って座る皇帝に向かってもう一度ひざまずく。

「陛下。私のためにシリウスの剣と婚約者を用意してくれたことは感謝しています。しかし……」

 レオが言っている途中で、代弁者を呼ぶ皇帝。

 代弁者はレオ以外の全員に皇帝の意思を伝える。

「陛下はアルバート様と二人でお話をしたい様子。皆さま、しばらくの間部屋を出て下さい。もちろん私も出ていきます」

 言われて、側近たちは部屋を出ていく。代弁者も出ていって、二人になると、皇帝はレオを近くに寄らせた。

 そしてかすれた小さな声で言う。

「アルバート……お前の言いたいことは分かった」

「陛下」

「確かに三番目のお前が帝位を継ぐのはいろいろと問題が生じるかもしれない」

 皇帝はレオの顔を見る。

「しかし、余はお前こそシリウスの剣の所持者に相応しいと思っている」

 シリウスの剣には人を惹きつける何かがあるようで、確かに剣は欲しいが。“皇帝”に興味が無かったレオは困った顔をした。

「陛下。確かに、“シリウス”の洗礼名と称号を望んだのは私ですが、帝位や剣を得る為ではございません」

「アル……いや、レオ……お前は、本当によく似ている」

 皇帝はその部屋に飾ってある肖像画を見る。

 そこには金髪に青い瞳の女性が描かれていて、レオの部屋にあった物と同一人物だった。

「余の最愛の人、サーシャに」

「父上……」

 レオが呼びかけると、皇帝は疲れたのか横になって言った。

「余はもう病に体が蝕《むしば》まれすぎていて命が短いだろう。皇帝を継ぐのがどうしても嫌なら強制はしない。だが、シリウスの剣はお前が持っていろ」

「陛下の御意《ぎょい》に」

 レオはシリウスの剣を受け取って、婚約者のことも言おうとしたが、主治医が入ってきて「これ以上の会話は体に障《さわ》る」と止めてきた。婚約者の件は一応公の場では断ったのだが、確認ができずにレオは部屋から出る。「はぁ」と溜め息をついて、頭を抱えた。

「なんで今更……あんなこと言うんだ。……くそっ!!

 威厳に満ちていた昔の面影は、今は無い。

(最愛の人だと!? その女を守れなかったくせに)

 別人のように弱々しくなってしまった憎い男に、つい『父上』と呼んでしまった自分に腹が立つ。

 レオは受け取ったシリウスの剣をまじまじと見る。

 剣だけは欲しかったのでそれはありがたい。

(シリウスの剣か……確かに俺に相応しいかもな)

“兄上”たちの悔しがっている顔を思い浮かべると笑いが込み上げる。皇帝に興味がなかった自分が手にできる代物だとは思っていなかったので尚更気分がいい。

 伝説の剣を腰に差してレオは家に帰ることにした。

 自分にとっての父親は多分家に帰っているはず。それに愛しい恋人も。

 愛しい恋人とは先刻の続きをしなくてはならない。

(それに、婚約者のことを説明しなきゃ、アイツが勘違いしたら困るしな)

 婚約者のことは本当にびっくりした。まさかいきなり公の場で決められるとは思わなかったし、その相手が自分の理想の相手にそっくりだった。

(そっくりっていっても、どうせ見た目だけだろ。性格はアイツの方が似てるし)

 大好きな神話のヒロインはずっと自分の理想の女性だった。玲菜のことが気になったのは恐らくそのレナに性格が似ていたからだと自覚している。

(いや、しかしさっき会ったレナは『伝説の剣と聖戦』のレナにそっくりだったな)

 もしも玲菜と出会う前だったら見た目だけで気に入って婚約を承諾していたかもしれない。玲菜と出会う前はまさか自分が女に本気で恋なんてするとは思わなかったから。

(まるで運命の出会いだよな。そういうの、基本的には信じないけど)

 レオにとってはそれが真実で。この時は玲菜の秘密も知らずに、呑気にそんなことを考えていた。


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