創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第三十七話:覚悟]

 

 城の祝賀パーティーでの、レオの婚約者発表事件から一夜が明けた。

 玲菜はショーンと一緒に帰ってきて、風呂の後にすぐ眠ろうとしたがいろいろなことを考えて中々眠ることができなかった。

 レオのこと。自分のこと。婚約者のこと。

 婚約者発表のあと、レオは皇帝に断るようなことを言っていたが。結局どうなったのか。

 眠い目をこすりながらバスルームに向かう。様々なことを考えながらようやく寝たのはいつだか分からないが寝不足だ。しかも、悪い方向もたくさん考えたので何回も泣いて多分、目が腫れている。

「はぁ……」

 溜め息をつきながらドアを開けると、風呂場の方からは湯の音が聞こえる。

(え?)

 朝風呂に入るのは彼の得意技だが。

(レオ、帰ってるの?)

 昨日は城に泊まるだろうと思っていたのでびっくりする。それに、いつ帰ってきたのか気付かなかった。

(それとも、実はショーン?)

 ショーンの可能性も無いわけではない。しかし、ショーンならば風呂に入る時は必ずバスルームの鍵も閉める。こんな風に開けっ放しにしているのはやはり……

「レイナか?」

 なんと、玲菜が話しかける前に風呂からレオの声が聞こえた。

「あ、あ、うん」

 微妙に気まずく返事をすると、彼は「そうか」と言って間を空けてからまた話しかけてきた。

「あとで話がある。いいか?」

 話とはなんなのか。悪い予感がして胃の辺りが痛くなる玲菜。しかし、首を振って自分の心に言い聞かせる。

(大丈夫。悪い話じゃないよ。婚約の話は断るって前に言ってくれたし、レオはちゃんと私を好きでいてくれる)

 しかし、わざわざあとで話すのも気になって仕方ない。良い話だったらすぐに言いそうなだけに。

「あ、あとで?」

 玲菜が訊くとレオは笑いながら答えた。

「今でもいいけど、お前も風呂に入るのか? だったら覚悟してからこいよ」

 なんだ、いつもの答えか。

 玲菜はレオの口調に少し安心して「遠慮しとく」と返事をした。

(考え過ぎだ。深刻な話じゃないよ)

 そう思い、急いで顔を洗って歯を磨いてバスルームを出る。階段を上り、一階の居間に行くとまたショーンもウヅキも居なかった。

(今日も居ない。また図書館かな?)

 置手紙はなかったが、そう判断する玲菜。

 じゃあ、またレオと二人きり。

 先日の絨毯での出来事を思い出して顔を赤くする。あの時も未遂だった。

(昨日も)

 昨日は皇帝陛下にレオが呼ばれて……。

(ああ……!)

 婚約者のことをまた思い出した。

(もう嫌なのに)

 考えたくない。

(なんで“レナ”がいるの? なんで“レナ”は私を苦しめるの?)

 自分の小説では、ずっと感情移入していたヒロイン。見た目は似ていないが性格は自分に似せていたので感情移入は当たり前だが。現実にああいう女性が現れるとは思わなかった。

 どうしてもシリウス……つまりレオとくっつくと思えて不安すぎる。

(ああ、もう駄目。不安を消したい!)

 強く思う玲菜。

 彼を信じて彼女のことは考えなければいいのに。そんなの無理だ。

 玲菜は不安にかられて思い切った行動に出ることを決意する。

 それは……自分でも信じられない大胆な行動。

 

 一方、体と髪を洗ったレオは、のんびりと湯船に浸かって玲菜のことを考える。

(アイツに婚約のことを話さないとな。ちゃんと自分の気持ちも言って、その後昨日の続きを……いや、オヤジが居るから無理か)

 そんなことを考えていると、またバスルームに誰か入ってきた音がして、ショーンだろうかと思う。

(オヤジが顔でも洗いに来たのか)

 玲菜は先ほど出ていったので、そう思い込んでいて。

 まさか、

 その人物が風呂場の扉を開けるとは思わなかった。

 急に扉が開く音と共に冷たい空気が入ってきて、レオは「何事か」とその方を見た。

「え? オヤジ、開けんなよ寒いか…」

 そこに居たのは“オヤジ”ではなく。

 目に映ったものが信じられなくて呆然とする。

 

 扉を開けたのは玲菜で、しかもタオルを体に巻いている姿。

 服は着ていない。タオルのみの着用。なぜか目をつむっている。

 レオが何も言えずに止まっていると、彼女は声を張り上げた。

 

「覚悟して来たから!!

 

 更に三秒くらい止まってからレオは反応する。

「うおおおおおお!?

 動揺しすぎて頭が回らない。

「お前……え?」

「さ、寒いから。中入りたいんだけど」

 目をつむりながら玲菜が言うと、一先ずレオは入ってくるのを待つ。

 玲菜が恐る恐る一歩を踏み出すので、ついつっこんでしまった。

「なんでずっと目をつむってんだよ」

「は、恥ずかしいから!」

 自分のタオルが落ちないように手で押さえながらちょっとずつ歩く玲菜にレオはハラハラした。

「お、おい。目を開けろよ。滑るぞ? それとも俺に支えてほしいのか?」

「来ないで!!

 玲菜は手に持っていたもう一枚のタオルを前に出す。

「これ、これ……」

 最初、体を洗うためのタオルだと思ったのだが。

「あの……使って……」

レオは察した。

「あ! 俺? もしかして俺用?」

 頷く玲菜からタオルを受け取ったレオは自分の腰にそれを巻く。つまり玲菜が目をつむっていた理由はそういうことで。恥ずかしくて見られないという意味か。

「巻いたから。もう平気だから」

 レオが言うと玲菜はようやく目を開けて寒かった扉を閉める。そしてなるべくレオの方(特に下)を見ないようにゆっくりと歩いて、タオルを巻いたまま恥ずかしそうに湯船に入った。

「お前……」

 状況が信じられなくて玲菜をじっと見ながらレオは訊く。

「覚悟してきたって、……そっ……」

 言いたいことがまとまらなくて口を押える。

「ちょっと待て。さすがに俺も動揺してるから」

 玲菜は何も返せない。

「熱いし」

 レオは今まで湯に入っていた熱さと今の興奮で、のぼせそうになった。

「ごめんね。出る?」

 申し訳なさそうに玲菜が訊くとレオは思い切り首を振った。

「いや、出ない。お前の覚悟を受け入れるから」

 念の為に気になったことも訊いてみる。

「オヤジ一階に居るか?」

「居ない!!

 居たら絶対にこんなことしない。玲菜は答える。

「ショーンは多分、図書館だから」

「あ、そうか」

 それならば、とレオは早速玲菜の肩を掴む。

「どういう心境の変化か知らんが、大胆なお前も、凄くいい」

 そう言ってすぐにキスをして。

タオルを支える玲菜の手を上から掴む。

 体を巻いているタオルが外されそうになると、玲菜は焦り出した。

「ちょっと待って。早いよ!」

「待てないっ!!

 レオはかなりギリギリ状態だった。

「俺はもう、限界なんだよ!」

 色んな意味で。

「う……うん」

 仕方なく、玲菜は観念して自分の手の力を緩める。

覚悟をして来たはずだ。

遅かれ早かれそのつもりだったのだから拒む理由はない。

後は彼に任せて……

玲菜が力を抜くとレオは優しくタオルを外そうする。恥ずかしくて堪《たま》らない玲菜がギュッと目をつむるともう一度キスをしながらそのままゆっくり――と、その時。

 

「ただいまーーー」

 またもや漫画のような絶妙なタイミングで邪魔……というか、ショーンが家に帰ってきた声が聞こえた。

 

 嘘だろ!? と二人は顔を見合わせる。

 いや、呆然とする暇なんてない。

 玄関のドアが閉まる音や、足音が聞こえる。

 何も考えずにレオは湯船から出た。

 小声で玲菜に話す。

「俺が先に出るから、お前は俺の後に入ったことにしろ」

 玲菜が無言で頷くとレオは風呂場の扉を開ける。

 その音で、バスルームに誰かいると気付いたショーンは階段の上から声を掛けてきた。

「ん? バスルームに誰かいるか? レオ? 帰ってきてたのか?」

 ショーンも、朝バスルームで音がすると八割方レオだと認識しており、彼の帰宅を確かめに地下へ降りてきた。

 返事のない様子に、ショーンは首を傾《かし》げる。

「あ、もしかしてレイナだったか? すまないな。レオだと思って」

 レオは急いで体を拭きながら返事した。

「あ、ああ、いや、俺だよ、オヤジ」

 若干まだ体は濡れていたが、もう服を着てしまう。

 その、着ている途中でショーンはバスルームのドアを開けて入ってきた。

「悪い。俺ちょっと手を洗いたいから」

「あああ!!

 慌て出すレオの様子にビクッとするショーン。

「なんだよ。なんかまずかったか?」

「……いや。なんでもない!」

 明らかに動揺している風のレオを不思議に思いながら、ショーンは手を洗おうと水道のある(水を溜めた)浴槽に近付いた。そこは、風呂場の近く。

 水を桶に入れながら違和感を覚えたショーンは何度もレオの顔を見る。

「お前、やけに顔が赤いな」

「ああ……ちょっと……長く入ってて。のぼせたかもしれない」

 その答えに、ショーンは疑いの目で見る。

 何を疑っているのか、レオはますます焦った。

「な、なんだよオヤジ」

「んー?」

 蛇口を止めてショーンは言う。

「まさかお前、風呂場で酒なんて飲んでねーだろーな? と思ってな」

「飲まない!!

 レオは否定したが、実は以前そういうことがあったらしくショーンは「どうだかな」と口元を緩めた。

「程ほどにしとけよ」

「だから、風呂で酒飲むのはさすがに俺だって危ないって分かってるから……」

 ちょうどその時、風呂場から微かに湯の音が聞こえた気がして、ショーンは「あれ?」という風に訊いた。

「風呂場から音が……え?」

 風呂に誰かいるとしたら一人しかいない。

「レイナ、風呂に入ってるのか?」

「俺が!!

 すぐにレオが言う。

「俺が、出た後にアイツ入って!!

「え?」

 一瞬納得しそうになったショーンは矛盾に気付いて不審に思う。

「お前今着替えてたよな? それなのになんでもうレイナが風呂に入ってるんだよ」

 レオの話からすると、レオが風呂場から出て着替えている最中に玲菜が服を脱いで風呂場に入ったことになる。あるいは、レオが風呂から出る時に玲菜が風呂場に入ってきたか。

 いずれにしてもバスルームか風呂場のどちらかで、裸同士で遭遇していることに。

(それはまずいだろ)

 ショーンはレオが何かを誤魔化していることを悟る。同時に、それは想像したくないことであり。

「だ、だ、だから……それはつまり、俺は、ホントはもう着替え終わってて、一旦バスルーム出てたんだけど、忘れ物に気付いて……」

 レオの言い訳が痛々しくて逆に聴くのがつらいショーンはショックで手も洗わずにバスルームを出る。ドア越しに「そうか。わかったよ」と騙されたフリだけして階段を上る。

居間ではなく第一研究室に入り、机の上に置いてあった煙草に火を点けた。

「……ふぅ」

 とりあえず落ち着きたい。

「あぁ……」

 若い二人が付き合い始めのころに色々と盛り上がるのは仕方がないと分かっているのだが、正直気に食わず。昨日も玲菜の様子で気付いてしまったが。頭を抱えてボソッと嘆いた。

「頼むから、せめて俺が気付かないようにそういうことしてくれよ」

 二人の仲を認めてはいても、胸中は複雑。

 ショーンはしばらく煙草を吸ってボーッと考え事をしていた。

 

 一方。レオは「バレたかもしれない」と落ち込みながら階段を上り、気まずそうに居間に入る。そこにはショーンは居なく、代わりにウヅキが居たので、ウヅキに近付いてしゃがんで頭を撫でていた。

(“ウヅキ”ってなんだっけ……旧世界の四月のことだっけ?)

 ふと、ショーンが付けた名前の由来を思い出す。ショーンは考古研究者でしかも旧世界の専門なのでよくそういう大昔の名前を出したりする。

(あれ? ウヅキが家に迷いこんできたのって、夏の四月頃だったか?)

 ちなみにこの時代、四月は夏にあたる。

(違うよな? 確かもっと春頃っていうか……俺の誕生日が近い十二月頃っていうか……)

 そこまで考えて思い出した。

(そうだ! 春は旧世界では『四月』頃だってオヤジが言ってたな。だから旧世界の四月の読み方で“ウヅキ”って付けたんだ)

 ウヅキの名前の由来を思い出したところで彼女を抱っこすると、居間に玲菜が入ってきて。恥ずかしそうにソファに座る。ショーンが居ないのを確認してから小さな声でレオに訊いてきた。

「ショーンにバレちゃったかなぁ?」

「バレた……かも、しれない」

 気まずそうなレオの答えを聞いて嘆き出す。

「ああ〜〜〜」

 恥ずかしくて穴があったら入りたい。

 大体、風呂に入ってレオを誘惑という事自体浅ましいというかなんというか。すべては婚約者であるレナの登場によっての不安解消からきていて、自分の考えや行動に段々羞恥してくる。

 その玲菜の心中《しんちゅう》に気付かずに、レオは玲菜の隣に座って腕を背もたれに載せた。

「お前、どうしたんだよ?」

 レオに顔を覗きこまれると途端に恥ずかしくなる玲菜。

「ま、待って!」

 慌てて少し離れる。

「え? 別に何もしねーけど。今は」

 レオは玲菜が自分に意識して構えているのかと思って呆れる。

「分かってるけど。分かってるけど!」

 何かされるという意識ではなく、単に風呂場でのことを思い出して恥ずかしい玲菜は首を振る。

「何かされるとかじゃなくて。ただ、私、自分の行動が恥ずかしくて。レオの顔がまともに見られない」

 逆に恥ずかしがっている姿にはそそられるのだが。それは言わずにレオは口を開く。

「あーそうそう。さっき言ってた話だけど……」

「さっき?」

「ああ。風呂場で。あ、俺が一人で入ってる時の風呂場で」

 言っている途中でショーンが居間に入ってきて、慌てて口をつぐむレオ。

 二人で風呂に入っていたのを悟らせる今のセリフを聞かれてしまったか。

 だが、ショーンは特に気にすることなく二人に袋を渡した。

「これ、サリィさんの新作のパン。さっきウヅキを迎えに行った時に貰った」

「あ!」

 玲菜は気付く。ショーンは図書館ではなく、ウヅキを迎えに隣の家へ行っていたのだ。

「サリィさんに城のパーティーのこと色々訊かれて遅くなったけどな」

 レオは袋を開けてすぐにパンを食べ始める。

「うまい。……隣はさ、店開けばいいのにな」

「そうだよね」

 笑いながら玲菜は席を立つ。

「飲み物持ってくる。ショーンはお茶でいい? レオは?」

「酒。なんでもいい」

 酒の種類がなんでもいいのか。それとも“酒”を“なんでもいい”に替えたのか。

 多分前者だが、玲菜はわざと後者に捉《とら》えて茶を用意する。

 レオは文句を言ったが仕方なく茶を飲み、三人で朝食をとる。

 風呂のことは誰も話題に出さず、食べ終わった頃、レオが改めて玲菜に話した。

「レイナ。俺の婚約者のことだがな」

 急に緊張が走る玲菜。だが、それは表に出さずに「うん」と頷いて話を聴く。

「分かってると思うけど、俺は知らされてなかったし」

「うん」

「とりあえずあの場ではシリウスの剣の返上と婚約者の再考要求したけど」

「そうだ! シリウスの剣!」

 ショーンが間に入ってきた。

「お前、どうすんだ? 皇帝になるのか?」

 言われて頭を抱えるレオ。

「知るか!」

 どうやら当人も全く予期していなかった発表であったらしく。戸惑うのも無理はない。

 戸惑いつつも、レオはボソッと呟く。

「一応剣だけは貰っといたけど」

「ええっ!?

 ショーンは身を乗り出して訊いた。

「どこに!? 今、どこに置いてる!?

「あー。俺の部屋」

 皇子の答えを聞いてすぐに部屋に行き、大声を上げた。

「あああああ!! 伝説の剣が床に……!!

 

 しばらくして凄い剣幕で戻ってきたショーンの手には立派な鞘《さや》に収められた伝説の剣があった。

「お前なぁ! もっと大事に置いとけよ! 俺踏んづけたじゃねーか。シリウスの剣だぞ? 伝説の! これは、神話関係無く本当に価値のある物なんだよ。神の遺産だぞ!?

「神の……? ん? なんだって?」

 眉をひそめるレオ。それに玲菜も興味深くなる。

 ショーンは二人の顔を見て溜め息をついた。

「まぁ、いいや。まだはっきりしてないけど、この剣は今後もしかしたら……だし、大事にしとけよ」

 途中聞こえなかった。

「え? 何? 今後?」

 レオは訊いたがショーンは答えなく、またレオの部屋に置きに行く。戻ってきてから椅子に座って、冷めた茶を一口飲んだ。

「で、皇帝の話なんだけど。何? 剣だけ貰って帝位は継がなくていいって?」

「ああ……」

 レオは思い出しながら話す。

「昨日あの後、陛下と話したんだけど。皇帝にはならなくてもいい、みたいな。ただ、剣は受け取れっていうからありがたく貰っておいた。俺も剣だけは欲しかったし」

 聴いて気難しい顔をするショーン。

「お前、これから面倒だな」

「分かってるよ。今まで以上に、身辺に気を付けないと。まぁ、俺もそろそろ防御だけじゃないけど」

 その言葉に、ショーンは顔色を変えて机を叩く。

「レオ!!

 大きな音が響いて、玲菜はビクッとした。二人の顔を見るとレオは悪巧《わるだく》みを考えているような顔をしていた。

「攻撃は最大の防御なんだぜ、オヤジ」

「何を企んでいる。レオ」

 一方ショーンも怖い表情でレオを睨む。レオがほくそ笑むと悟ったように言った。

「お前、復讐とか言うなよ?」

(復讐……?)

 聴いていた玲菜は恐くなった。

(何? 復讐って。レオ……?)

 

「最初びっくりしたけど、シリウスの剣を手に入れたのは俺にとって好機だよ」

 不敵に笑いながらレオは言う。

「もしかすると、獲物が自分から釣られにくるかもしれない」

 口は笑っているが、眼は鋭く怖い。

 何かいつもと様子が違う。

 玲菜がそう思うとショーンは「ハッ!」として呟いた。

「剣に誘惑されているのか?」

 小さい声だったが、聞こえていた玲菜は小声でショーンに問う。

「何? 誘惑って」

 ショーンは玲菜だけに聞こえるように言った。

「俺の研究が正しければ、シリウスの剣は大昔の呪いの剣だ」

「え!?

 つい大声で反応してしまった。それに対してレオは首を傾げる。

「なんだよ。また二人だけの会話か?」

 心配そうな顔をする玲菜に首を振るショーン。

「大丈夫。まだ使ってないし」

 玲菜にはコソッと耳打ちしてレオには普通に話す。

「別に秘密の会話じゃねーよ。妬くな。それより、話を婚約者に戻せよ。ちゃんとレイナに説明しろ」

 話は変わったが、先ほどのショーンの言葉で玲菜は不安になった。

(え? 大昔の呪いの剣って何? そんなのあるの?)

 考えていると、レオは俯《うつむ》く玲菜を覗きこむ。

「だから、そんなに落ち込むなよ。さっき言ったけど、俺はあの場で承諾してないし、むしろ断ったっていうか……」

 玲菜の頭は自分の恋のことに切り替わった。

「断ったの?」

「一応。通じてれば」

「一応って……!」

 こちらも不安になる。

「大丈夫。俺の意思を完全に無視するはずがない。というか、俺こそ無視してやるから。俺にはお前という恋人がいるんだしな」

 そんな簡単な問題か?

 皇子でしかも次期皇帝の有力候補になったレオの相手が、自分みたいな普通の娘でいいのか。

 玲菜の不安は拭《ぬぐ》えなかったが、一応その場は「うん」と返事をして過ぎた。

 

 ショーンは湯呑を片づけて二人に向かって発表した。

「じゃあ、おじさんはこれから魔術師の所に行くけど、一緒に行く人ー?」

「え? ……は、はい!」

 玲菜は手を上げた。

「魔術師?」

 自分の部屋に戻ろうとしていたレオは止まる。

 ショーンは二人に説明した。

「帝国四賢者の一人である預言者シドゥリ。彼女は未来の予言もして、それは外れたことがない。又の名を盲目の魔術師」

 なんだか凄そうな人。しかし、元の世界へ戻るための方法を知る(と思われる)人物ならばそういう人が出てきてもおかしくないかと思う玲菜。それにしても……

(ショーン、レオの前で訊くの?)

 レオの前で魔術師の許《もと》への同行を訊くということは、レオが「一緒に行く」と言ったら行くわけであり。そうしたら魔術師の所で自分の秘密がバレてしまうかもしれない。

 そう、案じているとまんまとレオが話に乗り出す。

「予言? 面白そうだな。そういうの信じねーけど、何を言うかは興味ある。砂漠じゃなければ行ってもいい」

 ショーンは笑いながら答えた。

「残念だな。森だよ」

 決まりだ。

 慌てて玲菜はレオに訊ねた。

「レオは忙しくないの? お城のこととか……」

「え? しばらくは忙しくねーけど?」

「そ、そうなんだ」

 微妙な顔つきをする彼女にレオは不満そうな顔をする。

「なんだよ。俺が一緒に行くの、嬉しくねーのか?」

「そんなことないよ!」

 一緒に色々と行けるのは嬉しい。ただ、今回は場所が場所だ。

(魔術師に会って、私のこと訊いたらレオにバレるよね? それとも、もういいかな?)

 もう、本当のことを知ってもらってもいいか。

 ショーンはもしかしてそう思って、今回の話をレオの前でしたのかもしれない。

「一緒に行けて嬉しいよ!」

 玲菜がそう言うと、レオは照れてそっぽを向いた。

「だろ?」

「じゃあ、三人で。あと、ウヅキも連れて魔術師の所に行こうか」

 ウヅキを連れていくという事は。

「遠いけど、自動車で行けば森の入口まで二、三日で着くだろうし。まぁ、また小旅行だな。今日は準備して明日発とう」

 レオはショーンのセリフにあった言葉に敏感に反応した。

「ジドーシャ!? あ、自動……車、だっけ? それに乗るのか?」

 妙に目を輝かせている。

「ん? ああ。そうだけど。嫌なのか?」

「嫌じゃない!」

 レオは思い切り首を振った。

「それより、アレ、俺に運転させろ!!

 どうやら凄く興味を持っていたらしく、玲菜に迫ってくる。そこに割り込んだのはおじさんだ。

「駄目だ! まず俺がレイナに教わる。レオはその後だからな」

「なっ……! ずるいぞ、オヤジ!! 俺が先だよ。割り込みするな」

「割り込みじゃねーよ。俺はとっくにレイナと約束してたんだから。残念だったな、レオ」

「はあ!? 卑怯だろ、それは! オヤジの方がいつもレイナと一緒にいる時間長いんだから。そんなの公平じゃない」

「世の中は公平じゃないのだよ、皇子殿下君」

 二人は言い合いを続けて口論になり、最終的にはレオが負けてショーンが先に教わることになる。

 その争いを傍観《ぼうかん》していた玲菜は呆れて溜め息をついた。こういう時、レオはもちろんの事ショーンまで子供っぽくなる。

(どっちが先だっていいのに)

 もっともなことを思い、先が思いやられると感じていた。


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