創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第三十九話:CD]
遅かったレオの用意も終わり、いざ、小旅行! というわけで、ウヅキを連れて外へ向かう三人。
ちなみに絨毯を敷いた後から玲菜の命令により、皆は家では部屋用のサンダルを履くという決まりになっており、玄関のドアの近くで外用の靴に履き替える。
ドアを開けるといきなり冷たい風が入ってきて一同は一瞬怯《ひる》んだ。
しかし天気自体は快晴で風さえなければ中々暖かい。
「早く自動車運転したいな」
たくさんの荷物を持って歩き出しながら、レオは弾んだ声で言った。
「おじさんが先だぞ〜」
レオの横に並んだショーンはさりげなく自己主張した。
「わかってるよ」
ボソッと皇子は呟く。
「早く覚えろよ? オヤジ。俺の番が回ってこなかったら嫌だからな」
レオはそう言ったが、実際に苦戦したのは彼だと、あとで分かることになる。
自動車の隠している洞穴の近くまでは広場で馬車を拾ってやってきた。降りて運賃を払って、馬車が充分遠くに去るのを確認してから隠し場所に向かう一行。
目印である大きな木を横目に、自動車のある洞穴を捜す。目隠しのために置いといた小さな木や枝や草、葉っぱを退かして、盗まれていなかった車の姿を見て安心する。
玲菜は自分の斜め掛けのバッグの中に鍵を入れていて。車の施錠《せじょう》を解いてドアを開ける。まず洞穴から出すのは玲菜の仕事で、その後広い道に出たらショーンに代わるという寸法だ。
自動車が動くのを見てレオは興奮して声を上げた。
「おお、すげぇ。動いてる」
まず荷物をトランクに乗せて、ショーンは助手席、レオは後部座席に乗り込んだ。その皇子は、乗った途端に席に寝転んだので玲菜は注意をした。
「レオ! 寝る場合はそうじゃなくてシートを倒すの。ってか寝ないで。ちゃんとシートベルトしてよ」
シートベルトも何も知らない皇子は戸惑っていたので、玲菜は後ろのドアを開けて説明しながらシートベルトを締めてあげた。ちなみにショーンは分かっているので手伝う必要はない。
「これ、ホントに必要か? なんか窮屈じゃないか?」
レオの疑問に、玲菜は『確かに』と思う。「う〜ん」と考えて、不使用を許可した。
「うん、じゃあしなくてもいいよ。荒い運転はしないし。ただ、立ったり寝たりしないでね」
言われて外そうとしたレオは外し方が分からなくて文句を投げた。
「外せねぇ!! どーなってんだよ、これ」
結局彼に外し方を教えたのはショーンで、玲菜はゆっくりと出発する。動き出すだけで後ろのレオは興奮して外の景色を眺める。
「馬がいないのに走ってる! いいな、これ」
助手席のショーンは地図を広げて玲菜に進行方向を指示する。
ようやく舗装《ほそう》されていない道路に出て、近くを馬車などが走っていないかを確認して玲菜は車を停めた。点けなくてもいいのに、つい癖でハザードランプを点ける。
そして、いよいよ、というわけでショーンと席を替わった。
ショーンが運転席へ、玲菜が助手席へ、後ろのレオはショーンを羨ましそうに眺めるだけ。
運転席に着いたショーンが狭そうだったので、まず玲菜はシートの前後移動方法を教える。それから何を教えるか……玲菜は教習所での記憶を思い出して、しかし必要なさそうなことは省いて教える。
アクセル、ブレーキ、パーキングブレーキ、セレクトレバー、それにハンドル……と、まずは基本的な物から。
後ろで聴いていたレオは馴染みのない名前だけで混乱していたが、ショーンは大分知識があるらしく解《わか》っているように頷く。
この世界では標識もなければ信号もないし縦列駐車も無い。そもそも舗装されていない道路が多いし。
(動かせればいいんだ)
玲菜は思う。
多分、予備知識があるショーンならばいきなり運転できる。
そう予想した通り、ショーンは少し口添えしただけで簡単に運転ができるようになった。
ハンドルを巧みに操り、でこぼこの道をゆったりと走る。とりあえず向かう方は道沿いに南へまっすぐらしく、複雑な曲がり角があるわけでもない。
道路に対しての車の幅やスピードの調節は感覚で覚えて、早くも普通免許取得な雰囲気。
(ショーン凄い)
改めて玲菜が感心していると、後ろに座っていたレオが待ちきれない声を上げた。
「オヤジ! もういいだろ? オヤジはもう運転できるようになったじゃねーか。次は俺が!」
ショーンは「仕方ない」と車を停めてレオと交代する。
レオは、おじさんにできるなら自分もすぐできると……むしろショーンよりも早く覚えて玲菜にいい所を見せようと意気込んでいたが、現実は甘くなく。
ようやく彼が運転を覚えた頃には、玲菜はクタクタだし下手な運転で本人さえも酔ってしまったが為に休憩を余儀なくされた。
そこは草原が広がり、小さな丘には畑が。さらに近そうで遠い所には幾つかの集落が見えるのどかな場所。
念の為に車を道路の端に寄せて停めて、気分転換にも外に出る。
「あ〜〜〜疲れた」
伸びをしたレオは冷たい風が吹いた寒さで体を震わせた。
「うわっ! 自動車の中は暑かったのに寒いな、外は」
ショーンはそれを予想して、トランクから荷物を取り出してレオにマントを投げた。
「当たり前だ。ほれっ! それ被れば少しはましだろ」
一方玲菜は、天才技師・マリーノエラに教えてもらった通り、車のボンネットからプラグを出して後部のコンセントに差し込んだ。これは充電する為であり、電気は走行した分だけ貯まっているはず……という、マリーノエラの改造の賜物《たまもの》であった。
(マリーノエラさん、ホントに天才。っていうか賢者って凄い)
ショーンのことも含めて、改めて感心しているとそのショーンは地図を眺めて現在地と向かう場所の確認をしている。
玲菜はふと車内を見て思った。
(ナビ無いって不便だな〜。お父さんはよく地図見て行こうとしてたけど、私には無理だよ)
目の前の車のかつてカーナビゲーションがあったと見られる場所には、今は形跡のみ。
(あれ? ちょっと待てよ?)
玲菜は思い当たるふしがあり、もう一度車のドアを開けて中を確認してみた。
そこは本来オーディオ機器がある場所で、壊れているのでカーナビ以外の物も無いと思われたが。
「あ!」
なんと、そこにはCDの差込口のような物が。更にいくつかスイッチも。
(うそ! CDの差込口ある! それにスイッチも。あれ? もしかして……)
玲菜は急いで車の電源を入れてみた。
CDが入っている場合、車を起動すると自動的に音楽が流れるものだが、今まで流れなかったのを見るとCDは入っていないか、もしくは壊れていると解釈される。しかし……
(もしかしたら、スイッチがOFFになってたとか、なんかの原因で止まっていただけかもしれない)
なんせ、相当の年月が経っている代物。それよりも、マリーノエラが分解した時にスイッチをオフにしていた可能性がまず高い。
(スイッチ……もしかしたらナビ無くてもCDは動いたりして?)
玲菜はスイッチを捜した。だが、全体的に壊れていてどれなのかが分からなくなっている。しかし、適当にいろいろと押してみると、なんと! オーディオが起動するような音が聞こえて、差込口から一枚のCDが出てきた。
「あった!!」
まさかの奇跡に玲菜は叫び、出てきたCDをそっと持って何のCDなのか見た。……だが、CDには何も書かれていなく、恐らく個人で使用していた物なのだと判る。
(もしかしたら動かないかも。音が飛んで聴けないかも)
玲菜はドキドキしながらCDを差込口に入れた。もし聴けて、それが自分の好きなアーティストだったらそれこそ奇跡だ。ちなみに好きなアーティストは、女性ボーカルのバンドであり。彼女の歌声を思い浮かべていたが。
聴こえてきたのは……
男性の声。
(聴こえた)
玲菜は聴こえてきた歌声に呆然として。聴こえた嬉しさ以上に懐かしさが溢れて。
同時に涙が出そうになる。
(これ……)
それは、よく知る有名なアーティスト。
このアーティストももちろん好きだ。好きというか、子供の頃から存在していたアーティストだったので、知らないわけはない。
歌詞自体は口ずさめないが、何かの主題歌だった憶えがあり、割と新しいような。新しいというか今やっているドラマか?
(今……? もう“今”じゃない)
今居る現実では、もう大昔の話。
懐かしく色褪《いろあ》せない曲が今耳に入る。壊れているからか、少し音が飛びそうになりながら。
元の世界に戻ったら、また当たり前の様に聴ける曲がこんなにも愛しい。
そうだ。
このCDは誰かの物で、誰かがこの車で聴いていたのだ。
この車は売り物だったわけじゃない。誰かの所有物だった。
誰かが、運転していた。今流れている曲を聴きながら。
そう思うと切なさで胸が詰まる。
響く歌声のせいかもしれないけれど。
少なくとも、“あの日”から幾年もの月日が流れて、“あの時”生きていた者はもう誰も生きていない。
そう、今は遠い未来の世界であり、自分が現代だと思っていた世界は遠い過去。
“今過ごしている時”では、父は亡くなっている。友達も皆。
(お父さんは私が行方不明になった後、どう過ごして……)
どう死んだのか。
もしも、自分が“あの時”に戻れたら、その未来は変わるのか。
「何やってんだよ?」
曲を聴きながら感傷に浸っていると、車に入って戻ってこない玲菜を不審に思ってレオがドアを開けた。
どこからか流れる音楽にびっくりして止まる。
「え? なんだ? これ。どっから声が?」
玲菜はまた泣きそうになっている所をレオに見られてとっさに顔を伏せた。
(危ない。レオの顔見たらますます泣きたくなった)
「どうしたんだよ?」
レオは不思議そうに訊くが、大昔のCDを懐かしがっていたなんて言えない。父がもう亡くなっていることに気付いた、とも。それに、自分の居た世界の行く末が心配なことも。
玲菜は募《つの》る想いをすべて考えないようにして涙を堪《こら》えた。口を開いたら涙が出そうなので無言で首を振る。
「なんだよ言えよ」
レオは玲菜の顔を自分の方に向かせる。その彼女は口をキュッと閉じて目を潤ませている。
間を置いてからレオは言った。
「そんなに……つらいことなのか? お前の秘密は」
彼は、玲菜が泣きそうな理由に勘付いていた。
「最近お前が泣く時は、いつも同じ理由からだろ?」
「ま、まだ泣いてない!」
「いや、まだ泣いてないじゃなくて。泣きたければ泣けばいいって言ってんだろ? 何度だって抱きしめてやるって……」
言いながらレオは玲菜を引き寄せようとしたが、玲菜はそれをするりと避《よ》けた。
「だ、大丈夫だから」
そして車の電源を切る。
そうだ。車は充電中だったから電源は入れない方がいい。
CDの曲も止まって、玲菜が出ていこうとすると、レオは運転席に居た玲菜を助手席に押して、自分が運転席に座って出ていかせないようにドアを閉める。そして玲菜の肩を掴んだ。
「お前はもっと俺に甘えろよ」
なんて言ったのか。つい訊き返してしまう。
「あ、甘え?」
「俺はそんなに頼りないか?」
「そ、そんなことないよ」
玲菜が否定するとレオは肩から手を離して腕を下ろす。そして何かを待つようにこちらをじっと見た。
その意味が分からなくてキョトンとする玲菜。
レオは段々顔を赤くしていき、間がもたなくなったのかボソッと言った。
「ホラ。だから、俺の……は空いてるから。お前……に」
それが彼のひねり出した最大の声であったが、実際は小さすぎて肝心な所が聞こえなかった。
「え? 何? あいている? どこ?」
「あーーーーー〜もう! 出直す!」
照れたレオはなぜか怒り気味にそう言って車のドアを開けた。寒い外に出て。今度は欲求をぶつけてきた。
「腹減った! 昼飯にしようぜ。サンドイッチ食いたい」
彼の意見に反対は無く、その後昼食をとる一行。
風が吹くと寒いが、それ以外は快晴ゆえに結構暖かく、持ってきた敷物を草の上に敷いてその上で玲菜の作ったサンドイッチを食べる三人。
レオは前に食べた物と違ったことに首をひねったが、口に入れると美味しかったらしく勢いよく頬張る。彼はそういう時……いわゆる皇子の欠片もなくむしろ野性的なので、初見で心臓の弱い人は注意してほしい。というのは大袈裟かもしれないが、とにかく凄い食べっぷりであっという間に五人分を食べきった。
一人分をまだ食べ終わっていなかった玲菜は唖然としながら、五人分を作っておいて正解だったと思う。
「あーーーうまかった!」
皇子は満足げに感想を述べた。
「これであと酒があれば最高だな」
その発言に玲菜は慌てる。
「駄目だよ、飲酒運転は!」
「インシュ?」
「酔っぱらって、運転したら事故を起こすってこと!」
「事故? どういう? 自動車で街は走らないだろ?」
なんていうか、レオの返しは答えるのに困る。
(確かに。この世界みたいな何も無いまっすぐな道だったら、少しくらいお酒飲んでも平気?)
考えても結局お酒は無いので玲菜は注意した。
「いいから。とにかくお酒は我慢してね。っていうか、持ってきてないし」
一方、のんびりと味わいながら食べて終わったショーンは玲菜に礼を言う。
「ありがとうレイナ、御馳走さん! 凄くうまくておじさんは感動した!」
「ホントに? 感動しただなんて……大袈裟だよ」
照れる玲菜の肩を掴むおじさん。
「大袈裟じゃないよ。具が色んな種類あったし、味も絶妙だった。また食べたい。今度は恋人じゃなくておじさんのためだけに作ってくれよ」
「え?」
今のはある意味口説き文句にも取れる。
普段何気なく女性を惚れさせるようなセリフを使うショーンだったが、こんな露骨なのは初めてで、恐らく冗談だとはいえ玲菜はドキリとした。
もちろん慌てたのは恋人のレオで。二人の間に割り込んで、肩を掴むショーンの手を離させた。
「オヤジ! 何やってんだよ! まさかレイナのこと……」
「あのな」
ショーンは呆れた顔でレオを見た。
「お前はどうしてそうやってすぐ恋愛に結び付けるんだよ。言ってんだろ、レイナは俺にとっての娘みたいなもんだって。心配だったらもっと彼女の心を掴む行動に出ろ。でなけりゃ、彼女の父親に認めてもらえねーぞ」
「認めて? え?」
言葉の意味を考えて、レオは顔を赤くする。
一方、玲菜は複雑な気持ちになった。
(お父さんに……レオを会わせるなんて事、無い)
自分が父に会う時はレオとの別れがあり、レオともしも結婚なんて形になった場合、父の許《もと》へ帰る道を絶つ。
ショーンは分かっているはずなのに、なぜ? と思った矢先、ショーンはコソッと玲菜に耳打ちした。
「悪い。つい言っちまった」
申し訳なさそうに。
「気にしていない」と言う風に玲菜は首を小さく振る。
一瞬、『元の世界へレオも一緒に行く』という考えも過《よぎ》ったが、すぐに振り払う。
もしかしたら、これから会う魔術師は予言者でもあるらしいので、そういう今後のことも予言してもらえるかもしれないと、少し思いながらまた出発した。
―――――
そうして、一日が過ぎ、更にまた一日が過ぎて三日目の朝、ついに目的である大きな森の前にたどり着いた。
実は、森の入口に着いたのは前の日の夕方だったのだが、夕方から森に入るのは危険なので、一旦車を停めて隠してから近くの村で一泊する。その後そこから歩いて改めて来た。
目の前の森は広大で、入り組んでいるらしく、入ったら出られなくなる恐れがあるので近くの住民でさえ奥までは滅多に入らないという所らしい。
確かに見た感じ不気味というか……樹海というか、魔女が住んでいそうというか。
しかも最近降った雪がまだ残っているらしく、寒いので防寒を十分にしなくてはいけないし、滑らないように気を付けなければいけない。
「こん中入るのか」
さすがのレオも嫌そうに前方を見て佇《たたず》んでいたし、玲菜は言うに及ばず。すでに怖くてレオの服を掴む。まず、昼間なのに森の中は薄暗いのが嫌だ。
ショーンは持ってきた地図を広げて、一人で色々と確認をしていた。
「ここだよな〜。魔術師の家」
「ショーンは行ったことあるの?」
「ああ」
さすがは同じ帝国四賢者であるからか。しかし、ショーンはそうではなく、別の理由を話す。
「前に一度行ったのは確か……十七の頃だな。あの頃はまだ俺も傭兵やってて。戦場がこの辺りでさ、敵兵と戦ってたら迷い込んで。気付いたら一人で彷徨《さまよ》ってて」
「ええ!?」
玲菜は計算する。
「十七歳っていったら、ショーン、三十年以上前でしょ? そんな前に来た記憶でまた行けるの?」
「ああ、大丈夫」
ショーンは地図を指す。
「森から出て、すぐに森の地図買って、憶えているうちに印書いたから」
確かに地図には印が書き加えられている。約三十年前に買った地図にしては物持ちがよいのか綺麗で見やすい。
それにしても……
(十七歳のショーンかぁ〜)
恐らく美形であるのは優に想像できる。ひょっとしたらレオより美形の可能性も。
(しかも傭兵だったのか)
ふと、自分を拉致したユナの言葉が甦った。
彼女も、ショーンは傭兵だったと言った。そして戦死した、と。しかしそれは二十年前の話でなにより真実味に欠ける。
(っていうか戦死してないし。ショーンはこうして生きてるし。……そもそも、戦死したショーンさんっていうのはここにいるショーンとは別人なんじゃないの?)
一瞬、彼女が告げた『“ショーン”になりすました別人の工作員』という言葉が思い浮かんだがすぐにかき消す。
(違う違う! ショーンはショーンだよ。ユナの情報が間違ってるんだよ。それか私に嘘をついたんだよ)
彼女は最初から自分に嘘をついていた。
「レイナ?」
考え事をしていた玲菜はレオに顔を覗きこまれて我に返った。
「あっ……」
言葉が出ない。
「どうしたんだよ?」
彼に訊かれてから、ようやく口を開くことができた。
「あ、えっと……森が怖そうだなって思って」
本当に悩んでいたことは言えないので誤魔化す。
レオは玲菜の頭を撫でるように触った。
「俺がついてるから。安心しろ。なんなら、抱きかかえてやろうか?」
抱きかかえるというのはつまりお姫様抱っこにあたるのか。
玲菜は恥ずかしさよりもお姫様抱っこへの欲望が勝って、つい頷いてしまった。
「うん! お願いします」
「えぇ!?」
予想外の返事だったらしく、慌て出すレオ。
「お、お前本気で言ってんのか?」
やはり冗談だったのか。と分かって玲菜は膨れた。
「え? 冗談だったの?」
「いや、冗談っていうか……やろうと思えばできるけどさ。でも、オヤジも居るわけだし」
その時玲菜は思いつく。
(あ! 甘えるタイミングって今?)
ある意味無茶ぶりだが。
玲菜は“甘え”を実行してみることにした。
「お願い」
まるでミリアのような、なるべく可愛い声を使って玲菜はレオを見つめる。
(何今の声。私の声? ちょっとキモかったかも)
この際、自分でつっこむのは無しにするか。
玲菜は恥ずかしさと戦い、勇気を出してレオの腕をギュッと掴んで自分に引き寄せた。
なんだこの見え見えの作戦は。とは思わないように気を付けて。
「お前、何やってんだ?」
レオのこのつっこみに、我に返る玲菜。
(作戦失敗!!)
気付いた途端に激しい恥ずかしさが襲ってきてショック死しそうになった。
すぐに掴んでいた腕を放す。
「うっ」
駄目だ。泣きたい。というか、すでに涙目で。
そんな玲菜の方を見ずにレオは恥ずかしそうに言った。
「仕方ねぇなぁ〜。疲れたら言えよ。そん時だけだからな」
なんと、成功だったらしい。
……いや、微妙か。
(疲れたら言えって。じゃあ後でまたさっきみたいに甘えなきゃいけないの?)
できるか?
(無理っ!)
今のが精一杯だった。精一杯のはじめての甘え。
もう一回なんて無理だ。
(ううっ……お姫様抱っこ)
お姫様抱っこの欲求はあるが仕方ない。
玲菜がそう落ち込んでいると、地図を持ったおじさんが二人の様子を伺いながら気まずそうに声を掛けてきた。
「キミたち。もういいか? 森へ入っても」
普通にやりとりを見られていた。
「あ、うん。いいよ!」
慌てて返事をした玲菜はまた恥ずかしくなって居た堪《たま》れなくなった。
(ショーンに見られた)
このショックが大きい。
(なんか、実は呆れられているかな、私。レオに対して見え透いた行動するから、呆れ返ってるかもしれない。ショーンは)
玲菜は森へ入ったショーンの後をトボトボとついていく。
薄暗い森の中、まだ雪の残る道をゆっくりと歩く一行。先頭がショーンで、殿《しんがり》がレオ。二人(特にレオ)は獣の気配などに気を付けて歩き、ショーンは地図を片手に進む。足には鈴か何かが付いていて、歩くごとに「シャリシャリ」鳴るのだが、これは森に居る危険な動物対策になるのだという。
「獣たちも結局人間が怖いからさ。音を鳴らしてると警戒して寄ってこないんだよ」
ショーンは説明する。
「まぁ、それでも来る時は来るけど。そん時は強い皇子が居るから」
言われてレオは腰に差した刀に手を置いた。
「場合によっては食料にしてやるからな」
冗談か。本気か。
玲菜は色んな意味で身震いをした。
一行は「シャリシャリ」と音を立てながら森道を歩く。
森の中は静かで、たまに鳥の鳴き声や動物の鳴き声、木のざわめきなどが聞こえた。
何か出そうだと怖がっているのは玲菜だけらしく、レオは獣の気配を捜すように周りを確認して歩いていたし、ショーンなんか鼻歌を歌っている。
(ショーン、なんでご機嫌?)
玲菜は疑問に思ったが、その鼻歌の曲が車の中で聴いていたCDの曲だったので「ハッ!」となった。
(ショーンがCDの曲を!)
なんとも不思議な感覚。
そう、CDを見つけた後、車の中でずっと流していたので覚えてしまったか。きっと『ご機嫌』ではなく、無意識だ。何度も繰り返し聞いたので頭の中に残ってしまったようだ。
(おじさんが洗脳されてる)
日本であんなに有名だったアーティストの曲は、この世界では自分たち三人しか知らない不思議。いや、むしろ三人も知っていることが逆に凄い。
CDはアルバムらしく、曲が十一曲ほど収録されている。知らない曲がいっぱいあったのでもしかすると自分がこの世界に来たよりも後に発売されたCDだ。
その事実が何とも言えない。
普通に日常が続いていた。その中でどうして自分だけ軸から外れてしまったのか。
玲菜が色々な想いを巡らせている間、一行はたまに休み、また歩いて森の奥へと進んだ。途中霧が出た時は晴れるまで休んで、小川も渡る。
やがて、大分歩いて、カラスがやけに多くなって怪しさが増した頃、大きな木とそれに半分同化したような一軒の家が現れた。
玲菜とレオはその不思議な光景に立ち止まる。
(魔女の家)
二人で全く同じことを思った。
「いかにもだろ? ここが魔術師の家だよ」
ショーンに言われなくとも一目瞭然で。まるでおとぎの国に迷い込んだようであった。