創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第四十二話:創世神]

 

『その物』を見た時に、“そんなわけない”という心と、“あれから三ヶ月しか経っていないのになぜこんなに古くなっているのか”という疑問が頭に浮かんだ。

 二つ目の疑問は生じた直後に頭の中で訂正されて、同時に今まであやふやだった事実が一気に証明された気がした。

 三ヶ月ではない。何百年……いや、下手すると数千年が経っている可能性もある、と。

 

『神話の原本だ』と言われて渡された原稿用紙の束は紛れもなく自分の小説で。それなのに面影が無いほど古くなっている。

 

「その箱を最初に発見したのは誰なのか定かではありませんが、私の先祖がずっと守ってきた物だと伝わっています」

 シドゥリは言う。

「恐らく私の先祖が巫女……つまり、預言者だったが為に、物語がいつの間にか神話とされていったのだろうと推測されます」

 呆然と話を聞いた玲菜は、震えながら質問をする。

「これがそうやって神話になったとして、どうして私が小説の作者だってシドゥリさんは分かったんですか?」

「……そうですね」

 少し考えるようにしてからシドゥリは答える。

「理由は幾つかあります。ただ、分かり易いのを言いますと……まず、貴女のオーラに違和感があること」

「オーラ?」

「はい。この世界の人間のものとは少し違います。凄く異質というか……死者に似ています」

(死者!?

 また、ショックな事を彼女に告げられてしまった。しかし、気にせずにシドゥリは続ける。

「ただ、“作者”ではないかと予想できたのは、私の先視の能力で貴女の未来の使命が“視えた”から、なのですが」

「未来の使命……?」

 恐る恐る訊く玲菜。

「ええ」

 シドゥリは玲菜の心を見透かすように言う。

「貴女は、今とても迷っていますね? 元の世界へ帰るかどうか」

「あっ……」

 そんなことまで分かってしまうのか。玲菜は怖く感じる。

「迷うというか……心は決まっているのに、皇子への気持ちがそれを邪魔するという方が近いですかね?」

 図星すぎて返事ができない玲菜にシドゥリは淡々と告げる。

「しかし、貴女の決断はもはや貴女や皇子だけの問題ではなく、この世界の未来をも左右します」

「え?」

 聞き捨てならない。

「貴女は必ず元の世界へ戻らなければなりません」

 それは、この世界の人間ではないからなのか……

 玲菜が愕然とする中、シドゥリは静かに伝える。

 

「なぜなら、貴女はこの世界にとっての創世神でもあるからです」

 

 

(え……?)

 まさか。頭が追いつかない。

 

「神話……要するに、貴女の書いた小説に影響されてこの世界は形成されていますので、もしも、小説になんらかの変化があった場合、この世界が消えてなくなるか。又は奇跡的に、似ていて非なる別の歴史が生まれるか」

 まさに預言者のような言葉で。

 まさか自分が“創世神”だなんて言われるとは思っていなかった玲菜は実感が全くわかずにただボーッとシドゥリの話を聞く。

 しかし、次に言われたのは最も信じられない話だ。

「貴女の使命は、“帰る”“帰らない”ではなく、“帰って小説を送る”ことにあります」

「え!?

 玲菜は大声で訊き返した。

「どういうことですか? それ!」

 

 元の世界に帰って、小説を送る――そう言ったのか。

 

(私が、自分の小説を……? 送るってどこに? この世界?)

 そもそも元の世界に帰っても、小説は盗まれて――

「……え?」

 最初、手許にある古ぼけた小説を送るのかと思った。

 しかしよくよく考えて……

「私……!!

 答えが解った時に悲鳴じみた声で叫んでしまった。

「私が……!?

 その先は怖くて口に出せない。

 

(もしかして、私の小説を盗んだのは私なの?)

 

 玲菜の脳裏に黒いローブを着た人物が浮かんだ。

「あれ!?

(あれ、私だったの!?

 暑くもないのに一気に汗が流れ出た。

 汗だけではない。激しい動悸と息が乱れる。

 

 その時、異変に気付いたショーンやレオがエドの制止を振り切って部屋に入ってきた。

「なんか叫び声が聞こえたけど、どうした?」

 レオは様子のおかしい玲菜を支える。

「どうした! レイナ。また嫌な事を言われたのか?」

「あっ……」

 玲菜は大きく息を吸って吐いて落ち着くようにした。

「……大丈夫。ちょっとびっくりして。でも大丈夫」

 頭の中を整理したい。

 

 シドゥリが言ったのは、予言という分類に入るのか? しかし、考えると事がすべて一致して怖い。

 彼女は玲菜のことを『創世神』と言った。

 この世界が神話に影響されてできた世界であり、その神話を書いたのが玲菜だから、と。

 彼女はもう一つ言った。

 玲菜の使命が『元の世界に帰って小説を送ること』だと。

 そしてそれはこの世界の未来を左右することだ、と。

 

 恐らく、小説を送らないとこの世界が消えてなくなるかどうか。

 そんなこと、小説を送るに決まっている。多分送り先は今居るこの世界の文明がまだ始まった頃だろうか。

 原稿用紙だからバラバラにならないように箱に入れて。自分に正体がバレないように黒いローブを着て……

(私だったんだ……!)

 玲菜は自分の考えに夢中で、レオやショーンが心配する声がよく聞こえない。

(私だったんだ。……でも、だとすると、どうなるの?)

 未来の自分が、小説を盗んだことによって、自分がこの世界に来たとしたら……

(そもそも私って、一体……)

 ……………

 駄目だ。考えると混乱する。

「大丈夫ですか?」

 混乱しているとエドが椅子を持ってきて座らせてくれた。

「あ、どうも」

 座って、もう一度考えると疑問が浮かぶ。

(あれ? ホントに私なのかなぁ?)

 今、分かったばかりなのにさっそく疑いの念が。

(なんだろ……この違和感)

 それとも、やはり自分ではないのか。

(でも……)

 いずれにしても元の世界に戻るしかないような気がする。

 シドゥリが告げた『死者に似ているオーラ』というのが胸に突き刺さる。

(私、やっぱりここでの存在自体が怪しいんだ)

 実をいうと、この世界に留まる選択肢がかなり強くなってきていた。

 だから今朝レオに「自分のファザコンを卒業させて」と伝えた。

 もしかしたら本気で彼と共にここで生きていこう、と。気持ちが少し傾いていた。

(でも駄目なんだ。私は小説を自分から盗まないと)

 そうしないとこの世界の存続が危うい。いや、それどころか過去も変わる。自分がこの世界に来なかったことになってしまう。

(そんなの嫌だ)

 ショーンやレオと会っていなかったことになるなんて。そんなこと考えられない。

 やはり、シドゥリの言う使命は実行しなくてはならない。

 その使命の後、きっと入れ替わりで自分は元の世界に戻るのだろう。そして、何事もなかったかのようにあの日の続きを暮らすのだ。

 予言者でもないのに、自分の未来が分かって玲菜は哀しくなった。

 

 哀しくなったが、なぜだろう……涙が出ない。

 

 ああ、そうだ。レオに真実を話して別れないと。

 それに、ショーンにもこれからのことを話さないと。

 

 そう思ったけれど。

「大丈夫か?」

 レオに顔を覗きこまれると口が開かない。

(私ってどんだけヘタレ)

 むしろヘタレなことが悔しくて泣きそうだ。

(こんなんじゃ駄目)

「あ、あの……」

 玲菜が意を決して真実を話そうと口を開けると、先にショーンがシドゥリに問いだした。

「ところで、俺たちの目的の物のことなんだが。シドゥリはもちろん分かっているんだろう?」

「分かりますよ」

 盲目の魔術師は頷く。

「まず、鍵ですが……鍵が何であるのかはショーン、貴方は分かっていますね?」

 鍵というのは、時空移動する時に必要と思われる物だとショーンは予想していた。シドゥリの言葉に、玲菜はショーンの方を見る。

「え? ショーンは分かっているの?」

 てっきり、分かっていなくてそれを魔術師に訊きにきたのかと思っていた。だが違ったらしい。

「ああ。伊達にしょっちゅう図書館に通っているわけじゃないよ。ただまぁ、確信は無かったけど。それよりも、鍵の在りかが知りたいんだ。つまりアヌーの結晶石の」

「アヌー?」

 つい最近どこかで聞いたような、と思った玲菜はシドゥリの方を見て思い出す。

(あ! 腕輪!)

 彼女が付けていた石の腕輪は『アヌーの腕輪』と言わなかったか。

(アヌーって要するに何?)

 玲菜の心の疑問に答えるようにショーンは説明する。

「アヌーは大昔……旧世界……っていうか、前世界の更に前の世界・『精霊の世界』に存在したと予想される神だよ」

「え? 存在? 神様が?」

 申し訳ないが、無宗教な日本人的に神様の存在を全肯定するのは難しい。

「神というか、“神と呼ばれる”何かだよ。アヌー又はアヌ。前世界では空の神・アーヌーっていう記述もあるけどな」

 おじさんの知識のお披露目が始まった。

「遥か昔、物凄く高度な文明があった頃に、五人の賢者が、当時の科学の結晶である一つの石を造ったんだ。それは『神の石』と呼ばれていた代物なんだけど。まぁ石といっても……一つの小さな島くらいの大きさはあって」

「でかすぎだろ」

 意味も分からずに聞いていたレオがつっこんだ。

 だが気にせずにショーンは続ける。

「その『神の石』がある時分解されて、世界中に飛び散るんだ。そうしてできた世界が『精霊の世界』と呼ばれる前々世界なんだけど。そこから何万年も経ってる今でも分解された神の石の結晶が残っていてな」

「神の石? 結晶?」

 玲菜も危うくついていけない。

 ショーンは苦笑いしてゆっくりと話した。

「そう。要するに、大昔の高度な科学力で造った石の結晶が今でも残ってて。その結晶を集めてできた結晶石ってやつがこの世界のどこかに存在する」

 付け足すようにシドゥリが言う。

「更に、結晶石には種類があります。大昔の『神』の力が含まれているので、たとえば“アヌー”の力が強い結晶石は『アヌーの結晶石』と呼びます」

(なんかゲームみたい……)

 玲菜はそう思ったが口には出さなかった。

 頷きながらショーンは続ける。

「俺たちの目的のために必要な結晶石はその『アヌーの結晶石』で。まぁ、“アヌー”ってのは当時の神の名前の一つな」

 このセリフから察するに、神は複数居たと想像できるが。

「アヌーの力って……一体何の力だ?」

 突然、よく聞いてなさそうだったレオが質問したのでショーンは焦る。

「え?」

 おじさんが自分の方を見たので玲菜は悟った。

(もしかして、それを言ったらレオにバレるとか?)

 もうバレてもいい。そう思って玲菜はショーンにアイコンタクトした。

 おじさんは「ふぅ」と息をついて口を開く。

「時空と空間を操る力だよ」

 まさにタイムトラベルに必要そうな力。完全にはバレなくても、何かを察するはずだ。と、玲菜が覚悟するとレオはまさかの「ふ〜ん」だけの返事をした。

 ……これは、察しなかったのでセーフというやつか。

 ショーンはレオの鈍感さに呆れて目蓋を落とした。

「……えっとまぁ……。そういうわけで、俺が調べてそこまでは分かったけども。そのアヌーの結晶石の在りかが分からんからこうして預言者様に教えてもらおうと思って、だな」

「っていうかさ〜」

 鈍感な皇子は変に鋭いつっこみをする。

「魔術師なんでも知ってんじゃん。オヤジが色々調べなくても、最初から全部魔術師に訊けば良かったんじゃねーの?」

 一瞬ショーンは止まって。何か誤魔化すように笑いながら言った。

「あ、ああ、そうだったな。俺も忘れてたから。この前ホルクに言われて思い出したけど」

「白々しいですね、ショーン」

 ボソリと、シドゥリは言う。

「貴方は最初から気付いていたはず」

 おじさんの笑顔が少しひきつったように見える。

「けれど私の力を借りずに自分でなんとかしようとしたのは、私に後ろめたい気持ちがあるからですか?」

「え?」

 疑問の声を上げたのは玲菜だ。すぐにショーンは言い訳した。

「後ろめたいっていうか、力を使わせたら悪いなっていうのはあったさ。だから……そう、だから、自分でなんとかしようと思って。……結局頼ってるけど」

 玲菜は何か違和感を覚えたが「まぁいいか」と納得して、シドゥリは「フフッ」と意味ありげに笑った。

「まぁ、いずれは分かることですしね」

 一方、レオは一人でショーンとシドゥリの深い関係(恋愛的な意味で)を確信していた。

「それより!」

 ショーンは諸々を誤魔化すようにもう一度訊く。

「要するに、アヌーの結晶石はどこにあるのか教えてほしいんだが」

 しかしシドゥリは答えなく、沈黙が流れた。

「あー」

 ショーンは予想していた通りだと頭を押さえる。

「ど、どうしたんだよ?」

 レオが訊くとコソッと耳打ちする。

「彼女は気難しいから、そう簡単には答えてくれない」

「へー?」

 聞いたレオは「それならば」と思いつき、まず先に玲菜に断りを入れた。

「魔術師から聞き出す為だから、勘違いするなよ」

「え?」

 何を勘違いなのか。玲菜が疑問に思った矢先に、レオが物凄く凛々しい顔でシドゥリに近付き、彼女の耳元で素敵ヴォイスを出した。

「美しいシドゥリ。皇子の頼みなら聞いてくれるだろ?」

 そう言って右手を掴んで甲にキスをする。

「なっ!!

 もちろん怒ったのは玲菜で。この為にあらかじめ断りを入れてきたのだろうが、キスは許せない。

 しかしシドゥリは無反応でレオは妬かれ損をした。

 ショーンは頭を抱える。

「シドゥリは盲目だよ。お前馬鹿だろ」

 おじさんも皇子も駄目だとすると……玲菜は二人の期待の目が自分に向けられていることに気付く。

(あ、私?)

 今度は玲菜が訊いてみた。

「あ、あの、シドゥリさん。えっと……」

 普通に頼んでも無理か?

「私の……“使命”のためにも教えて下さい」

 またシドゥリは無言で。玲菜の頼みでも駄目かと思ったのだが。

「この世界の未来のためでは仕方ありませんね」

 なんと、あっさり承諾。

 おじさんと皇子は驚き、更にレオが疑問を呈した。

「なんだよ使命って。世界の未来って?」

 今、言うべき時なのか。

(今、レオにすべて話す?)

 なんて?

 考えると言えなくなりそうなので玲菜は何も考えずにレオに告げた。

「レオ! 私、さっきシドゥリさんに言われたんだ。私には……使命が……」

 しかしレオは眉をひそめた。

「なんだよ、また占いか? 悪いけど、俺は信じないから」

 元々レオはそういうものを信じないタイプであったが、昨日嫌な事を言われたのでますます信用していない。

 玲菜は続きが言えなくなって口をつぐんだ。

 そんな玲菜にシドゥリが声を掛けた。

「焦らなくても大丈夫ですよ。“その時”は必ずやってきますから」

「その時?」

 レオの質問には答えずに預言者は目的の物について話し始めた。

「それより、先ほどのレイナさんの質問の答えですが。『アヌーの結晶石』の在りかは……私にもよくわかりません」

「なんだよ!」

 レオは肩を落としたが。シドゥリの話にはまだ続きがあった。

「私もすべてが視えるわけではないので。しかし、西の方……恐らく国境を越えた先にアヌーの気配が固まる場所があるので、そこに結晶石があるのではないかと思われます」

「西の方の国境を越えた先……?」

 ショーンとレオは顔を見合わせた。

「まさか、『ナトラ・テミス』に?」

 ナトラ・テミスは先日戦を行った西の大国だ。向こうが攻めてきて帝国が追い払ったのだが、国交は正常化しておらず、今も緊迫が続いたままだ。

「厄介だな」

 頭を押さえるショーンにレオが提案を出す。

「俺が間謀を送ろうか? どっちにしろ、次の戦のために情報収集しているところだし、ついでにアヌーの結晶石? とやらの情報も集めさせるよ」

「あ、ありがたい。頼むよ」

 さすがにここはレオの提案に乗ることにするショーン。

「情報さえ分かれば、あとは自分らでなんとかするから」

 鍵の在りかは半分判った。

「ありがとうございます、シドゥリさん」

 玲菜が礼を言うとショーンがシドゥリに近付き、何やら深刻な面持ちで彼女に訊ねる。

「もう一つだけ訊かせてくれ。答えなくてもいいから」

 ショーンは声を潜める。

「恋人殺しの女神を起こすのに必要なのは、ウォールの禁術?」

 シドゥリは間を空けて、静かに言った。

「彼が災いの容れ物を手に入れた時点で運命は動き出していますから。貴方の知識の裏付けは必要ないですね」

「……そうか」

 一人で納得して「はぁ」と溜め息をつくショーン。玲菜が「どうしたの?」と訊くと「なんでもない」と首を振って二人に帰宅を促した。

「目的の物についてはなんとなく分かったから、一旦家に帰ろうか、二人とも。今から出れば夕方には森を出て近くの村に行けると思うから。暗くなる前に着くように行こう」

 そう言ってシドゥリにも挨拶する。

「シドゥリ、どうもありがとう。色々と分かったよ。俺たちはもう帰るから、キミも体に気を付けて」

「ええ。途中までエドに送らせます」

 その言葉を聞いてエドがドアの方へ向かう。つられるように玲菜、レオ、ショーンがドアに向かうと、シドゥリは歩いているレオに声を掛けた。

「アルバート皇子。貴方はとても強いオーラを持つ方。まるで夜空に光り輝くシリウスのよう。そして貴方は“運命”とも戦える炎を持っている方。願わくは…」

 言っている途中でレオは振り向いて言葉を打ち消すように言い放った。

「いい。俺には占いは必要ない。結晶石の在りかの占いは信じてやるけど、運命とかそういうのは信じないから。言わなくていい」

 シドゥリは「フフッ」と笑ってレオたち三人とエドが部屋を出ていく足音を聞いた。足音が聞こえなくなってから小さく呟く。

 

「願わくは、貴方自身が焼かれて崩壊しないように……」


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