創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第四十三話:暴露]

 

 魔術師の家を出るとさっそくレオは忍びの護衛・黒竜に『アヌーの結晶石』について西の隣国で情報を得るように命令する。黒竜は情報収集に長けた部下に知らせてスパイを送り込む準備をする。

 そのことは彼らに任せて、玲菜は魔術師の家の中で自由に遊んでいたウヅキを呼んでペット用の籠の中に入れた。

 

 三人はエドの案内で森の出口へ向かう。

 びっくりすることに、エドは森の中を熟知しているらしく、全く迷わずにどんどん進む。行きの時には大分時間がかかったのに、昼頃には出口に着いて、エドに見送られながら三人は森を出て近くの村に向かった。

 本当は村で一泊する予定でいたが、村では昼食だけとってまた出発する。森の近くに隠していた自動車を出して、道を把握しているショーンが運転手になった。

 玲菜は最初助手席に座ろうと思ったが、ショーンはもう口添えなしで運転できるし、レオが呼ぶので彼の誘うまま後部座席に一緒に乗った。

 隣に座ったレオは車が少し動くと手を握ってくる。

 玲菜は何かいけないことをしているような気分になってその手をさりげなく離させた。

 前にショーンが居るというのもあったが、いずれ別れることになる彼とこれ以上親密になるのが怖くて。

 しかしレオは手を離されてもめげずにまた手を掴んでくる。

(ううっ……)

 今度は外せずに玲菜は下を向いた。

 頭では駄目だと分かっていても、気持ちとしてはこの手を離したくない。今だって手から伝わる温もりだけで体が熱い。

 レオは手を握っても何も喋らず外の景色を眺めている。

 三人は沈黙していて、車のCDだけが、たまに音が飛びそうになりながらも流れて時が経った。

 

 

 そうして、電気が無くなった頃、ちょうど夕方だったので車を停めて隠して近くの集落に行く。行きの時と同じように部屋は男女で分かれて宿に泊まった。

 夕食の後、一人の部屋で玲菜はウヅキを抱っこしながらボーッと考え事をしていた。

 これからどうすればよいのか。

(ショーンと一緒にアヌーの結晶石を見つけて。それを使って自分の時代に帰る? その時に自分の小説盗んで過去……っていうか未来に送ればいいんだよね?)

 もう三か月前になる“あの時”のことを思い出す。

 確かに、黒ローブの人物は一度小説だけを扉のような所に置いた。その時小説は吸い込まれるように扉に入っていき。

(っていうかあの扉……あれが、各時代に行くための扉なのかな?)

 ショーンは、時空移動の現象を大昔の高度な科学的な物の説で唱えていた。

(大昔の高度な科学力で造ったタイムマシーンみたいな……?)

 この辺りはもう一度ショーンと話し合わないと分からない。

(一度ショーンに相談しなきゃ)

 自分が神話の作者であり、同時に創世神的存在だったこと。そして、使命を果たすために元の世界へ帰ること。

 最初から、元の世界へ戻る気はあった。その為に今までショーンと必要な鍵を探していた。『小説を盗む』という使命が加わっただけで目的に変化はない。

 あとは、自分の気持ちの整理と、レオにすべて話すこと。

「ああ……」

 自分の気持ちの整理は多分無理だ。ただ、レオにすべてを話すことはあまり後回しにしない方がいい。

(泣かないようにしなくちゃ)

 泣いたら彼を困らせる。

(ああ、あと、ショーンの家を出ていく準備も)

 今回の旅行の前にそれは考えていたことだが、彼にすべてを話したらきっと必然になる。恐らく気まずくなるから。

(気まずくなるなんて嫌だけど)

「はぁ……」

 つらいことを考えて溜め息をついていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 

 ドアを開けると前に居たのは酒を持ったレオであり。ちょうど彼のことを考えていたために動揺する。

「あ……あっ! レオ?」

「外行って酒買ってきたんだよ。お前が飲めないの知ってるけど、付き合えよ」

 彼の手にはコップも二つある。

「ショーンは?」

「寝てる」

 レオは玲菜の部屋に入ってきて、小さな机に酒とコップを置いた。

 玲菜は寝ていたウヅキをベッドの隅に載せてドアを閉める。レオと向かい合って座ってドキドキした。

(なんか、このシチュエーションって思い出すなぁ)

 砂漠のオアシスだっただろうか。

 そう、前にもショーンが寝てしまって二人で酒を共にした。あの時はまだ恋人でもないし……というか、酒を飲んだ後にカジノに繰り出してしかもその後告白したのだ。

 思い出しているとレオも同じことを思い出したらしく、酒を注ぎながら言った。

「オアシスの夜を思い出すな」

 自分にはなみなみと、玲菜にはほんの少し。

「あの日はカジノに行って、俺が全負けして、お前がさらわれそうになって……あと、告白された」

 恥ずかしくなる玲菜。

「それで、レオに振られたんだよ、私」

「うん。思えばあれは惜しいことをした。本気の告白だったって気付かなかったから。気付いていたら絶対に振らない」

 レオは酒を一口飲んで続けた。

「それに、あの時俺はお前にキスしたかったんだよ」

「キス……?」

 そういえば、頬にされた憶えが。

「本当は口にしそうになって、ギリギリで頬にしたけどな。お前が俺のこと好きだと知っていたら口にしたのに」

 そうだったのか。

 初めて真相を知って、玲菜は顔を赤くして俯く。

「で、でも、頬にされたのも大切な思い出だよ。私は嬉しかったし。レオと初めてのキスで、今思い出してもドキドキする」

「あー」

 レオはコップの酒を飲み干して目をそらした。

「初めて、じゃない」

「え?」

 凄く気まずそうに告げる。

「実は、お前が寝ている時に一回おでこにキスしたことある」

「ええ!?

 まさかの初耳。

 もう一度コップに酒を注いでレオはボソボソと喋った。

「なんだっけ? お前がさ、ロザンナの酒場に来た時。確かお前、俺の酒を水と間違えて飲んだだろ? それで寝ちゃった時に……」

「え! ええ?」

 ぐいっと酒を飲み干すレオ。

「今だから言えるけど。あ、あれは、お前が俺のこと寝言で呼んだからつい」

 ロザンナの酒場と言われて忘れていた記憶を思い出す玲菜。

(ロザンナの酒場ってもしかして、レオが猫のレナと一緒に居た所?)

 ああ、あの時は……

「私、あの時、レオに告白しようとして……!」

 つい言ってしまって、自分の口を押える。

「ええ!?

 レオはもちろん初耳で。

「なんだよ、そうだったのかよ? だったら……」

 思い出して顔を真っ赤にして口を塞ぐ。

「あ! そういやお前、寝言で俺の事『好き』だって言った!!

「えええ!?

 なんてことだ。

「俺は、寝言だったから聞き間違いだと思ったけど」

 ちょっとした暴露大会になっていて、慌てる二人。

 レオはもう何杯も酒を飲んでいたし、玲菜は恥ずかしくて手で顔を覆う。

「なんだよ。じゃああの時、俺はもうお前にキスできたんじゃねーか」

 ついにレオは玲菜に注いだ酒も飲んでしまった。あまりに動揺しすぎて。

 玲菜はそのことに気付いたがどうせ飲まないのでどうでもいい。それよりも様々な事実が恥ずかしくもあり、嬉しくもあり、もったいなくもある。

 

 空になった酒瓶を机に置いたレオの顔は真っ赤で。酒のせいなのか照れているのか見分けがつかない。

「あとは? もう、無いか? 俺に暴露する事」

「あるよ」

 本当はこんなタイミングで言ってはいけない。

 けれど、玲菜は勢いで告げてしまった。

 

「私、遠い過去の世界から来たの」

 

 言った!

 恐らくこの一言では彼は信じない。

 どうするか。

 そう思ったが、レオは意外にも「ああ」と頷く。

「知ってる。というか、知ってた」

「え?」

「お前が遠い田舎の村から来たってことは」

 なんと、普段酒に強いはずの彼は動揺のせいなのかすでに酔っていた。

(せっかく言ったのに……! 酔ってる……!)

 ガックリする玲菜。

 これでは、言っても意味が無いか。

 レオは立ち上がり、落ち込む玲菜の肩を抱いた。

「どうしたんだよ?」

 そのまま彼女も立ち上がらせて、向かう先はベッド。

(え?)

 恐らく彼は相当慣れているのか。玲菜が抵抗する間もなくベッドに押し倒す。

「ちょっちょっちょっ……!」

 慌てて、自分に重なり迫ってくる男を押さえる玲菜。

「ちょっと待って? レオ酔ってるでしょ」

「酔ってない」

 どうやら酔っているらしい。顔が赤いだけでなく目がすわっている。

「俺がたった一本で酔うかよ」と、本人は言っているが。むしろその言葉が怪しい。

「レイナ……」

 しかし、彼が耳元で囁く声はあり得ないほど色っぽい。

「お前が好きだ」

 ああ。これが素面《シラフ》の時のセリフだったらどんなに嬉しいか。

「レイナ」

 玲菜の手の甲にキスをしてくるレオ。それがまるで王子様のようで。玲菜はうっとりとしてしまった。

 だが、彼の手が服の中に入ってきて我に返る。

(酔った相手となんて……なんかやだ!)

 自分も酔っているならまだしも。

 酔った勢いみたいなのは微妙だ。

 玲菜は彼の手を押さえて体を横に移動した。

「レオ……! ねぇ、酔ってるんでしょ?」

 片方の手を押さえるともう片方が動くので両手を掴む。

「はい! おしまい! ね?」

 掴んでしばらくすると、レオはうつぶせ寝状態で大人しくなって動かなくなったので、もしや寝てしまったのかと玲菜は焦ったが。

 突然レオは掴んでいた手を力で外して、逆に玲菜の手を掴み返してきた。

(あれ?)

 気付くと玲菜は両手を押さえられながら仰向けにされて、その上に彼が体を重ねてくる。目の前にはレオの顔があって、眼は開いていた。

「なんでお前、拒むんだよ?」

 それは少し怖いくらいの真剣な眼差し。

「え?」

 てっきり彼が眠ったと思っていたので玲菜は戸惑う。

「だ、だって。レオ、酔っているでしょ?」

「酔ってないって! 言ってんだろ!」

 レオは玲菜の両手を強く押さえたままキスをしてきた。そしてそのまま唇を下げて胸にまで伝わせてくる。

「レ……レオ……!」

 抵抗できない玲菜が目をキュッとつむると、レオは顔を胸にうずめて動きを止めた。

「え? ちょっ…と……!」

 玲菜は慌てたが。

(あれ……?)

 彼の手にはもう力は無く。

(ま、まさか……)

 上に乗っかる奴の体が異常に重い。

 玲菜は、図々しくも自分の胸の上にある頭を叩いた。

 ……しかし、反応は無かった。

(寝てるし)

 やはり、酔っていたのだ。

(寝てるし〜〜〜〜)

 妙に悔しい。

 腹が立った玲菜は怒りのままに奴の耳を引っ張って起こした。

「いってぇえええええ!!

 皇子様は悲鳴と共にすぐに起きて、一気に酔いも醒ます。

「なんだよ! え?」

 未だ状況の掴めない皇子に、玲菜は笑顔で話しかけた。

「寝るなら、自分の部屋に戻ってくれる?」

「え?」

 レオは痛かった耳たぶを押さえて呆然としながら立ち上がった。

「え? 俺、寝てたのか?」

 酔っていた時の行動は憶えていないという最悪なタイプだと判明した。

「たった一本で?」

 玲菜は空の瓶とコップを渡して問答無用で追い出す。

「いいから、自分の部屋に帰って寝なさい」

 彼を廊下にまで出すとドアを閉めてわざとらしく鍵まで閉めた。

 追い出された皇子は訳が分からぬままトボトボと部屋に戻る。

 そして夜が明けた。

 

 

 ―――――

 

 次の日。朝から車で移動して、休憩も取り、また移動して。都のショーンの家に着いたのは夜だった。

 車を隠す洞穴に着いたのは日が暮れる頃で、そこから歩いて都の近くまで行って、ちょうど通りかかった馬車に乗って家の近くで降りるともうすっかり暗くなっていた。

 晩御飯の用意はもちろん無いので、三人は外で食事をとって家に帰る。やっと中に入るとレオとショーンはすぐに自分の部屋に入って眠り、玲菜だけは風呂に入ってから眠った。

 

 

 その次の日は旅行の疲れから遅くに起きて、のんびりと遅い朝食をとった。皇子はいつも通り朝から風呂に入って、出ても荷物の片づけなどはせずにダラダラと居間で過ごす。

 一方、玲菜は旅行に持っていった荷物をてきぱきと片づけ、終わったら掃除もした。

 そしてまた一日が過ぎる。

 

 

 その、次の日になっても、まだ荷物がそのままでゴロゴロしているレオに、洗濯をしようとしていた玲菜は注意した。

「レオ! いつまで旅行の荷物出してるの? 片づけは? あと、洗濯する物があったら今の内に出して?」

「あー」

 言われて面倒くさそうに旅行の時に使った服を鞄から出すレオ。

「これ洗っといてくれ」

 その量の多さに呆れながら玲菜が洗濯桶に持っていって洗濯をし始めると、後から彼がタオルを持ってきた。

「忘れてた。これも」

 お約束過ぎて呆れ返る。

「も〜〜〜なんで後から出すの?」

 玲菜は文句を言って洗濯の続きをしたが、ふと、この家から自分が居なくなっても平気なのか心配になった。

(洗濯とか掃除とかどうなるんだろ?)

 また部屋が散らかるのは容易に予想できる。

 ショーンはまだしも、レオなんて何様のつもりなのか全く何もしない。……いや、彼は皇子様だから仕方ないのか。

(私がやんなくても、従者の人とかがやるんだろうな〜)

 なんだか玲菜は虚しくなった。

(私が居なくても全く問題ないよ。心配するなんて自惚れもいいとこだ。私が来る前もレオは六年間も住んでたんだし)

 今日は……言おうか。先日シドゥリに告げられた話を。

 いきなり二人に告白するのも不安なので、まずはショーンに相談するか。

 ショーンは二階の自室に閉じこもっている。そういえば研究室にはなるべく入るなと言われているので、特に二階のショーンの部屋はほとんど入ったことがない。

(後で二階に行ってみようかな〜)

 洗濯桶のハンドルを回しながら玲菜は考える。

 ショーンに相談する時、レオにはなるべく聞かれたくない。

 昼食の後、彼はたまにソファで寝ているのでその時にでも……。

 

 そう思っていたが、昼になるとショーンは出掛けると言ってさっさと一人で家を出ていってしまった。

(話があったのに……)

 仕方ない。

 さて、どうするか。と、玲菜が困っていると、自分の部屋に居たレオが出てきて居間にやってきた。

「腹減った〜。オヤジ〜、メシ〜」

「ショーンは今さっき出かけたよ」

 玲菜が教えるとレオは「なんだよ」とソファに寝転んだ。

「腹減った〜」

 このぐうたら皇子、どうしてやろうか。

 そういえば彼が家で働いている所をほとんど見たことがない。洗濯と掃除は玲菜、料理はショーン。食器の片づけや皿洗いは玲菜とショーンが分担するが。彼は寝ているか風呂入っているか食事しているかウヅキと遊んでいるか。たまにショーンに叱られて手伝うくらいだ。

(子供……?)

 玲菜は小さい頃から家の手伝い――というか、家事をしてきたので信じられない。

 皇子だから仕方ないのは分かっているが。

「レイナ〜。お前、作れるか?」

 この一言で玲菜はブチ切れた。

「作れない!」

 というか、作りたくない。

「なんだよ。じゃあ、一緒に外に食いにいくか」

「行かない!」

 玲菜は怒って、寝ているレオを引っ張り起こした。

「たまにはレオが作って! 私に食べさせてよ」

「え?」

「できないの?」

 玲菜の問いに皇子は答えなく、変な沈黙が流れた。

 しばらく経ってからようやく口を開く。

「うろ覚えだけど、母親に昔教わった料理なら……」

「できるの?」

 びっくりする玲菜に、レオは珍しくも不安そうな顔をした。

「多分できるけど。……後悔するなよ?」

 何の脅しだ。

 なんとなく、後悔しそうな予感がしたが、玲菜はせっかくなので彼の手料理を初体験してみようと思った。

「しないよ!」

 

 

 彼が『鶴の恩返し』のように「絶対に覗くな」と台所に籠ってからどのくらいが経っただろうか。

 途中「焦げた」だの「しまった」だの不吉な声が聞こえたが、黙って待っていた。

 お腹は空き過ぎて、もう“空腹”を通り越して平気になってしまった。

 ようやく彼が台所のドアを開けると、何やら焦げた臭いがして不安になる。だが、レオはもみ消すようにすぐに台所のドアを閉めて中が見えないようにした。

 居間に持ってきたのは水っぽいご飯と真っ黒に焦げた魚。

 ソファに座ってきた玲菜は、テーブルに置かれたソレを見て後悔した。

(どうやって食べたらいいの?)

 食べたらすぐに病気になりそうな見た目。

 玲菜の表情を見て、慌てたようにレオは言う。

「こっちは失敗したけど、メインはもう一つの方だよ。待ってろ! 持ってくるから」

 彼は一旦台所に戻ってもう一品おかずを持ってくる。それが、要するに“昔、母に教わった”らしい料理か。

 レオが自信ありげに置いたその料理を見て、玲菜は目を丸くした。

「え?」

「なんだよ。信じられないか?」

 彼は少し照れている様子。

「た、多分、美味いと思うんだけど」

 いつもの自信ありげな彼から発せられた言葉とは思えない。

 しかし玲菜はまずその見た目にびっくりした。

(肉じゃがっぽい……)

 独身女性に得意な料理を訊くと見栄を張って皆が答えるあの『肉じゃが』によく似ている。

 あの、女性に聞いた「あざとい女の得意料理第一位」に選ばれる……そして、男が「母親の作った肉じゃがが食べたい」と言うとマザコン認定される……

(肉じゃがに似てる!)

 似ているというかむしろそのものか。

(レオのお母さんの得意料理)

 この時代ではどうなのか分からないが、やけに庶民っぽい。

(多分、庶民っぽいっていうのは私の感覚で、この世界では実は宮廷料理だったりして)

 もしくは、レオの昔というと、下町時代のことか。

(そうかも)

 その方がしっくりくる。

 ともあれ、玲菜は肉じゃがを一口食べてみる。

 隣に座った彼がまじまじと顔を覗きこむのは気になったが、味は美味しい。

「美味しい!」

(っていうか、肉じゃが!)

「だろ?」

 彼は嬉しそうに自分も食べ始めた。

「美味いだろ?」

 自分でも満足している様子。

「良かった。まだ作れた」

 その、子供が褒められて嬉しそうにするのと同様な表情が、玲菜にはたまらない。

(レオ……喜んでる顔が可愛い)

 恐らく失敗したであろうご飯と焼き魚は食べずに、二人で肉じゃがだけを楽しく食べた。

 

「ごちそう様ー!」

 食べ終わって満足した玲菜と、全く足りなかったレオ。玲菜自身も満腹になったわけではないが、彼が作ってくれただけで嬉しい。しかも(肉じゃがは)美味しかった。

「足りない」と嘆いている皇子に玲菜は声を掛ける。

「レオ、美味しかったよ! 凄いじゃん。レオも料理上手なんじゃないの? ホントは」

「そうかもしれないな」

 その気になっている彼に提案を出す。

「そうだ! これからはレオも料理作ったら? いつもショーンに任せないで」

 彼は得意げな顔で嬉しそうに答えた。

「嫌だ。面倒くさい」

 そこは譲らず。

 けれど玲菜もめげずに彼のやる気スイッチを探す。

「他には作れないの?」

「無理だな。憶えていない」

 レオは苦笑いしながら俯く。

「もう教わることもできないし」

 その言葉に、玲菜の心は痛んだ。

(レオのお母さんって、もしかして……)

 玲菜の表情で彼女の心を悟ったレオは軽い口調で告げた。

「もう分かってるかもしれねーけど、俺の母親は死んでるから」

 やはりそうだった。

 堪えられずに玲菜は言う。

「私も。私のお母さんもいないんだ。小さい時に亡くなってるから。病気で」

「え……?」

「私たち、同じだね」

 どこか寂しげに微笑む玲菜をレオは座ったまま抱きしめた。

「悪かったな。そんなこと全然知らないで。お前に悲しいこと思い出させた」

「ああ、大丈夫だよ、私は。ホントに小さかったから、残念なことにあんま記憶が無いし」

 突然抱きしめられて戸惑ったが、彼の温もりに優しさを覚えながら玲菜は話す。

「レオのお母さんは素敵だね。ちゃんと自分の息子に料理教えて。皇妃様ってあんまそういうことしないイメージだけど……」

「ああ……」

「凄く不思議」

「レイナ……」

「っていうのは私の勝手な想像――」

「レイナ!!

 話している途中で、レオが大きな声で自分の名前を呼んだので玲菜はびっくりして止まった。

「え? 何?」

「ああ、すまん」

 玲菜を抱きしめるレオの手に少し力が入る。

「……つまり……」

 レオはためらったようにしてからゆっくりと言った。

「前に言っただろ。俺のことを話すって。お前には秘密を作りたくないからって」

「え?」

「今から言うから」

 少し間を空けてからレオは静かに話す。

「俺が母親から料理を教わったのは、その時必要だったからだ。俺が、働いている母を助けたくて」

「え……?」

“働いている母”と、彼は言ったのか。

(皇妃様が働く?)

 玲菜は疑問に思ったが、レオの話は続く。

「前にイヴァンが言ったから知っているだろ? 俺が都の下町に住んでいたのは」

「うん。イヴァンさんはレオが皇子だってこと知らなかったって……。レオは命を狙われていたから下町に身を隠していたんでしょう?」

「俺は……」

 レオは玲菜の髪を撫でてから顔をうずめるように触れる。

「俺も知らなかったんだ。皇子だってこと」

「え?」

 彼が告げたのは信じられない言葉。

 

「俺は、本当は皇帝の落胤《らくいん》――要するに、陛下に認知されていなかった子供で。母親も最初、側室ではなかったし」

 

 衝撃的な事実に、玲菜は止まる。

(え……?)

 頭がすぐに回らない。

「命が狙われていたから下町に隠れ住んでいたってのは、後でイヴァンたちに伝えられた都合を合わせる話だ。本当は隠していたんじゃなくて、俺自身も知らなかった」

 レオ自身も自分が皇子だと知らなかったらしい。

「知ってたのは母親だけだ。母は、俺が陛下との間の子だと知っていたが名乗り出ないで隠していた。多分、皇族の争いに俺を巻き込みたくなかったんだと思う。一般人として一人で育てていたんだ」

 レオが皇子っぽくないのは、無理もない。

「俺がオヤジと出会ったのは、皇子だと知る前で、オヤジが母の知り合いだったから」

 玲菜はてっきり、レオとショーンが知り合ったのはショーンが賢者の称号を得る時に城に出向いたからだと思っていた。

 そうではなかった。

(レオがお城に行く前で、ショーンが賢者になる前に二人は出会ってたんだ?)

 それはいつだろうか。

(ショーンが賢者の称号を得たのが十年前って言ってたっけ?)

 確か。

 玲菜が色々と考えていると、レオは腕をそっと離して肩を掴む。

「まぁそんなわけで、今日の暴露はここまでにするか」

「え?」

 先ほどまでの雰囲気とは違って、口調は明るい。

「あんまたくさん話すと、お前が混乱するだろ?」

 もう混乱している。そう思う玲菜にレオは耳打ちした。

「ちなみに、今の俺の秘密は国家機密レベルだからな。兄妹も知らない話だ」

「ええ!?

 そんなこと言われると焦ってしまう。

「そ、そんな重要なこと……!」

「お前は特別だから」

 レオは手を肩から下ろして玲菜の手を掴んだ。

 その時、彼の心が伝わってきて哀しくなる玲菜。

(レオ、平然と話してるけど、きっと辛かったんだ)

 先日、街で偶然会ったイヴァンと会話した時のことを思い出す。

『レオは何か孤独になってしまった』と。

 なぜ、レオの母親が皇帝の息子であることを隠したのか。考えれば、答えは解る。

 皇子だと判明する前は、幼馴染と遊びながら神話の英雄に憧れる無邪気な少年だったのかもしれない。少なくとも兄妹と争ったり、命が狙われたりすることは無かったはずだ。

 彼が城を牢獄にたとえていた本当の理由が今なら分かる気がする。

 いきなり皇子だと言われて城に連れていかれたのか。

 玲菜はレオのことを色々と想像して切なくなり、それでも自分に告げてくれた嬉しさで胸がいっぱいになる。

「ありがとうレオ、話してくれて」

 レオは軽く微笑む。

「お前には話したいんだ。俺のこと」

 そう言って、また玲菜を抱き寄せた。

 玲菜は幸せを感じながらこれからの悲しみも襲ってきて、複雑な気分でじっと俯き、目をつむった。


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