創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第四十八話:女子会]

 

 ――まず初めに思ったのは、「彼の表情が大分変ってしまった」だった。

 あの、明るくて無邪気な笑顔を見せていた少年の眼はあんなに鋭く何も映さなかっただろうか、と。

 いや、違う。

 表情が変わったんじゃない。

 言うなれば、表情を失くしてしまった。

 たった三ヶ月、城に居ただけで。

 

 それが、皇子だと判明して宮廷に入った彼と久しぶりに再会して感じたことだった。

『賢者』の称号を皇帝から貰うために城に出向いたショーンが、約三ヶ月ぶりにレオを見た時、服も髪も整った美少年は別人に見えた。

 熱心に夢を語った少年は、あんな冷めた瞳をしていただろうか……

 自分のことを「おじさん」と呼んでいた彼は、「ショーンさん」と呼び方を変えた――。

 

 

 二階の研究室でうたた寝をしながら、昔のことを夢に見たショーンは、夢の中の少年の冷たい瞳にドキリとして目を覚ました。

 十年前の衝撃は今でも憶えている。

 あんなに明るかったレオが、城に入って心を失くしたように変わってしまった。母親とはずっと会えていないようで、やつれていたようにも記憶する。

 一番酷かったのがちょうど三ヶ月が経った頃で。その後は母親にも会ったり慣れたりしたおかげで少し回復していった。

 回復といっても、以前の明るい性格に戻ったわけではなく、なんというか……

 良く言えば皇子らしく、悪く言えば大分捻くれた様子。わがままで、横暴で、人を見下す性格になってしまった。(ちなみにこの頃の呼び名は「ショーン」に変わった)

 それでも、感情を失くすよりはずっといいと思っていた。

 

 彼の人格に大きな変化をもたらしたのは城に入って四年後の母親の死だ。

 ちょうど思春期真っ盛りのせいもあり、悪い方へ拍車をかけたというか、なんというか。

 突然、彼が自分の家にやってきた。

 出掛けから帰ってきたら、暗い家の玄関の前でうずくまって座っていたのでびっくりした。

 一先ず中に入れたら遠慮なく住みついて、部屋の一つを自分の部屋として占領してしまった。

 皇妃の訃報を聞いたのはレオが来た次の日だった。夜中に彼がひっそりと泣いていたのに気付いたが、声が掛けられなかった。

 それからしばらくの間、彼は引きこもって喋らなかった。

 このままでは病気になってしまうと心配した矢先に、食事だけするために姿を見せたが、それ以外で口を開かなかった。

 

 久しぶりに声を聞いたのはいつ頃だっただろうか。突然彼が食事中に「猫が居る」と言った。「どこに?」と訊いたが、この時は何も答えなかった。

 白い猫を見たのは数日後で、それからしょっちゅう見かけるようになった。

 その原因が、彼が餌付けをしていたと知ったのはずっと後だ。

 実は、最初は猫を飼うつもりなんて全く無かった。だが、彼が猫によって徐々に心を戻しているようだったし、白い猫は彼女を思い出させる。それに、もしもこの先、娘がこの家に来ることがあったらきっと喜ぶ。

 そんな思いがあって、白い猫を家で飼うことにした。名前は四月生まれの彼女から連想して旧世界での四月の意味『ウヅキ』と名付けた。

 そのことを発表すると、レオはすぐにウヅキを抱っこして自分の部屋に連れていった。

 彼が喋るようになったのはそれからだ。

 最初は「ウヅキ」と呼んだり「腹減った」みたいな欲求を表す言葉から。段々言葉数が増えて、いつの間にか普通に喋るようになった。

 そして、少しだけ笑顔を見せるようにも。

 

 そういう風に段々と元に戻って一年が過ぎた頃、十五歳になったばかりの彼は突然「戦場に出る」と宣言してきた。

 その頃の彼はもう普通に喋るし、感情も表に出すし、皇子っぽくもあり、庶民っぽくもあり。今のレオと同じような感じになっていた。ただ、まだ情緒不安定な所があって、そういう時は酒を飲んだり女と遊んだり。悪いコトも覚えてしまっていた。

 自分のことは父親のように感じているらしく「オヤジ」と呼ぶようになり、近所の人たちには「ジョン」という名で通して、誰もアルバート皇子だと気付く者は居なかった。

 レオは、一年間で急に成長してしまったような大人びた顔で「自分で陛下に志願した」と告げた。

 実際成長期で声変わりもしたし、身長も凄く伸びた。けれどまだ十五歳には変わりないのに。

 彼が次に言った言葉は「シリウスの名を貰う」だった。

 自分が心配していると、返ってきた言葉が「死ぬつもりはない。生き抜いてやる」で。更に、「アイツらの思う通りにはさせない」だった。

 その時初めて、母親の死で皇家の人間を恨んで……いや、憎んでいることを知った。彼は、“皇帝”という身分に興味は無かったが、いつか自分が皇家の中で一番偉く……権力をつけてやろうと企んでいたらしかった。それが彼にとっての復讐で、今の時世にもっとも簡単に権力を得る方法が戦果を挙げることだった。

 そして、彼はその野望を実現していく。

 

 

 あれから五年経った今も、レオはそう思っているのだろうか……

 ショーンは煙草に火を点けて考える。

 皮肉なことに、戦を通じて彼には大事な人が増えた。部下に信頼を覚えて、人を守る戦いも出来るようになった。

 女性に関してはだらしないままだったが、約三か月前に彼女に出会って、ようやく異性に本気で恋をすることを覚えた。

 愛しい人を大事にすることも。

「本気の恋……か」

 あの二人のことを思い浮かべる。

(ある意味、俺が引き合わせたようなもんだな)

 そういえば、レオと玲菜にはまだ秘密にしていることがある。

 今日は彼女に昔話をしたが。

 それはレオのことだけで、肝心の自分の過去は一切話していない。

(たとえば俺が何者で、なぜ帝国を一度離れてまた戻ってきたのかとか、さ)

 レオの母親・サーシャと自分の関係も。

(ま、昔馴染みには違いねぇけど)

 まだ再会できない娘のことを想う。

(いや、今ここに来られたらまずいか)

 元気だろうか。婚約者とはどうなったのか。

(幸せでいてくれてるよな?)

 ふかした煙草の煙が空気中に広がるのを見ながら、ショーンは物思いに耽っていた。――そして夜が明ける。

 

 

 

 次の日。

 夜中に少し雨が降ったようだが朝はやんでいて、また寒く晴れたいい天気の日だった。

 玲菜は寒い早朝から洗濯をして干しておき、しまうのはショーンに任せる。

 朝食を済ませてから昨夜の内に用意しておいた服に着替えた。

 そして、鏡で身だしなみを整えていると、あることに気付いた。

(私の髪、自分でやったゆるふわウェーブが取れてきてる?)

 ウェーブだけではない。甘めなピンク系ブラウンのヘアカラーも落ちて地毛の茶髪に戻ってきている。主に生え際が。

 この際、髪色は良いとしても、髪型はレオが気に入っているようなのでなんとか残したいのだが。

(ヘアーアイロンとかコテとかあるのかなぁ? 探してみよう)

 さて、そのレオは。待ち合わせ場所まで送ってくれると言ったので部屋を覗いてみると案の定に居なく。また風呂か。

 玲菜は地下に降りてバスルームのドアを叩く。だが、返事が無いので中に入って風呂場に向かって声を掛けた。

「レオ! もうすぐ行くんだけど。まだお風呂入ってるの? それとも一緒に行かない?」

「ああ、行くよ。もう出るから上で待ってろ」

 風呂場から響く声を確認して、玲菜は一階に上がった。居間でソファに座り、彼が出てくるのを待つ。

 

 しばらくしてレオは髪を拭きながら一階に上がってきて、居間を通過して自分の部屋に入った。通過する際にソファに向かって「すぐ着替える」と声を掛けて、急いでいる様子をアピールする。

 

 更に少し経って、出てきたレオは服装こそ普段一緒に出掛ける時のような格好だったが、前髪を半分くらい上げていつもと違う髪型できめてきた。

 その大人っぽい雰囲気にドキッとする玲菜。

 目を丸くして見ていると、彼はニッと笑った。

「念の為。お前の友達にバレないように」

「ば、バレ……」

 それよりも見惚れてしまって、玲菜は動揺した。

 上げている具合と下ろしている具合の絶妙さ加減がたまらない。大人っぽくて色気があって、レオではないかのような。

「お前の友達ってあれだろ? ホラ、髪を結んでる……ああ、そう、イヴァンの奴がさ、夢中になってる」

 ボーッとしている玲菜にもう一度声を掛けるレオ。

「おい、聞いてるのか?」

「あ! ああ、うん」

 慌てて玲菜は答えた。

「えっと……そう、ミリアだよ。あ、そういえばイヴァンさん、ミリアのこと好きだったね」

「じゃあ、ジョンはやめとくか」

「え?」

「ん? ああ、俺の名前。ジョンにするとイヴァンと被るから」

 レオの言葉に、玲菜は色々な疑問を感じた。

「え? 何? 名前? 名前がどうかしたの?」

「いや、名前決めとかないと。お前の友達に挨拶する時、困るだろ?」

 

 玲菜は止まって。訊き返した。

「え? 挨拶って何? なんのこと?」

「だから、お前を送ってった時、お前の友達に挨拶しないといけないだろ?」

 皇子が平然と言うことではない。

「え!? レオ、何言ってるの? 挨拶? そんなことしたらバレるよ!!

「だから髪型変えてんだろ。わかんねーの?」

 分からないのはどっちだ。

「だって、あの二人、シリウス様を生で見てるんだよ? 私のこと皇子のファンだと思ってるし。その私が、皇子にそっくりな男連れてきたら怪しむって!」

「大、丈、夫だよ!! 皇子のファンが、実は皇子本人の恋人だなんて思わねーから心配するな!」

「でもでも、私、砦で何度も皇子から“使い”頼まれてたでしょ? もしかしたら知り合いじゃないかって思われてたかもしれないし」

 何を言ってもレオは動じず、意志が固い様子。その内疲れてきた玲菜に、彼は決め手の一言を告げてきた。

「俺はさ、お前とのことを本当は隠したくない。でもそういうわけにもいかないから。せめて、正体を隠したとしても恋人だということは隠したくないんだよ」

 

 

 結局レオの最後の一言に負けた玲菜は、待ち合わせ場所まで送ってもらった時にミリアたちが居たら“挨拶する”方向に押されてしまった。

 時間は近付き、お互いの用意も終わったので家を出る二人。

 待ち合わせ場所は“上”の広場の教会の前で、そこまでの道のりを並んで歩く。

 外の気温は寒かったが、レオが繋いだ手を自分のコートのポケットに入れたので玲菜は熱くなった。しかも、ポケットの中では指と指を絡ませて繋いだので更に熱さは増す。

 あまりに熱くなったので、玲菜は手汗が出ないかハラハラしながら会話をした。

「ねぇ、レオは今日買い物するんでしょ? 何買うの?」

「え!?

 途端に動揺した風なレオ。

「ああ、そうだな。ええと……まずは下見というか。まだ買わないけどな」

「え? 何? 何買うの?」

 気になった玲菜が興味津々に訊くと、誤魔化してくる。

「それより! お前何か欲しい物無いか? ついでに買っといてやるよ」

「ホントに?」

 何か無いかと考えると、先ほど家で必要だと思ったヘアアイロンとコテが頭に浮かんだ。玲菜はまずそういった物があるのか訊いてみることにした。

「あ、じゃあ、ヘアアイロンかコテって売ってる?」

「ヘアアイロン?」

 レオは考えて首を傾げた。

「ヘアアイロンとかいうのは知らないけど、籠手なら売ってるぞ」

「あるの?」

 残念ながらこて違いなことに二人は気付いていない。

「そりゃ、あるだろ。なんだよ、籠手が必要なのか?」

「う、うん」

 玲菜の返事に、疑問を持つレオ。

「なんでお前が」

「え! だって、私よく使ってたよ? 今は、持ってないから使ってないけど」

「そうなのか?」

 レオはびっくりしたが。彼女が必要としているのなら、と買うのを引き受ける。

「あ、じゃあ買っといてやるよ。丈夫で質のいいやつを」

「ありがとう!」

 二人は勘違いしていることも気付かずに仲良く歩いて、やがて広場に着く。

 広場では相変わらずたくさんの人たちが散歩したり休んだりしていて、水路や噴水、その近くには花壇など……綺麗な場所が点在している。

 また、大きな通りが交差していて、城へ向かう道の直前に古い大聖堂がある。立派な彫刻とステンドグラスと大きな鐘があり、鐘は小さな物と音色が合わさって壮美に時刻を知らせる。

 

 その、大聖堂――いわゆる教会の前には、神話の英雄・シリウスの石像が。その近くで待ち合わせをする者は多く、玲菜がミリアたちと待ち合わせをしているのもそこであり。

 行ってみるとまだ二人は居なく、玲菜は「ここで待つから」と、レオと別れようとしたが彼は彼女らが来るまで一緒に待ってやると、若干上から目線ながらも断固として挨拶する気満々だった。

 まさか、彼がシリウスの石像の横に立つとは思わなくて。玲菜は異常に人目が気になった。

 道行く人が、こちらを見ている気がするのは気のせいか。

(レオ、どうして)

 いくら髪型が違うからといって、シリウスの石像の横に並ぶなんて、なんという神経の図太さ。確かにここまで堂々としていたら、誰も皇子だとは思わないだろうが。それでもヒヤヒヤする。

 玲菜は一先ず繋いでいた手を離して二人がやってこないか見回した。

(まだかなぁ?)

 こんな時、現代ならば携帯電話でメールするのに。

 本当に待ち合わせ場所はここでいいのか、時間は間違っていなかったのか、不安になってくる。

(広場ってここでいいんだよね? 別の広場じゃないよね? 時間も合ってるよね?)

 この世界でもう、携帯電話が無いことにも慣れたが、こんな時にはあるといいと思ってしまう。

(だってさ、もしはぐれたりしたら、やっぱケータイあった方がいいよ)

 そんなことを思っていると、こちらに近付く黒髪の女性が……

「あ、あの、もしかして、レイナちゃん?」

 ショートボブ風の髪型をした、コートとパンツスタイルの二十五歳くらいの女性は、紛れもなくアヤメで。久しぶりに聞いた声も変わらず若干低め。たとえるならアルト声。

「アヤメさん!?

「あ、やっぱり! レイナちゃん! 久しぶり〜!」

 アヤメとは本当に久しぶりで砦で別れた以来か。

 懐かしんでいると、そこにアニメ声の娘・金髪ツインテールのミリアが駆け寄り。

「あ! 二人とももう来てたのね。わたしが最後かぁ〜」と、二人に声を掛ける。

 三人は懐かしんではしゃいで、それぞれ声を掛けて、再会の喜びが済んだ頃にアヤメが気になっていた男性の方を見た。

「で、そちらは? もしかして、レイナちゃんの恋人さん?」

 続けてミリアも食いつく。

「わ、わたしも気になってた! ど、どちら様? え? レイナの?」

 レオは爽やかな笑顔で二人に挨拶をした。

「初めまして。レオといいます。レイナから二人の話を聴いています」

「レ、レオ?」

 彼が自分のことをレオと名乗ったので、驚く玲菜。彼はレオという名を他人には明かさない気がしたから。

「は、初めまして。アヤメです」

「わたしはミリアです。よろしくね!」

 しかもなんと、二人は顔を赤くしてうっとりしている様子。アヤメは筋肉、ミリアはおじさん好きなはずなのに。

 ミリアは彼をじっと見て、それから横にあるシリウスの石像に目をやった。

 慌てたのは玲菜だ。

「あああ〜! レオ、買い物に行くんでしょ? 時間大丈夫?」

 しかしアヤメはレオと玲菜を見て、気付いたように言った。

「あ、良かったらレオさんも一緒に食事します? 二人はひょっとして一緒に居たいんじゃ」

「いいえ。俺はレイナを送りにきただけですから。ではこれで」

 レオは挨拶したら気が済んだらしく、紳士的に去っていく。

 一方、遠くに去った彼を見送ってから、ミリアとアヤメは凄い勢いで玲菜に迫った。

「ちょっと! 凄い美形! しかもシリウスさま似! やだやだ、てっきり皇子のファンなのかと思ったら、あんなカッコイイ恋人が居たんじゃない、レイナ!」

 これはミリアで。アヤメも頷く。

「ホント、びっくりした。誰かに似ていると思ったら、そう、アルバート皇子じゃないの。っていうか、もしかして皇子よりカッコよくない?」

 本当は同一人物なのに、褒められているレオに玲菜は笑いそうになった。

「そうよねー! 素敵だったわ!」

「うん、かなり素敵だった」

 うっとりとしている二人につっこむ玲菜。

「ミリアはショーンが好きなんでしょ? アヤメさんも、バシル将軍一筋じゃない!」

「もちろんよ!」

 二人は声を揃える。

「でも、美形はいいわよ。言うなれば目の保養になるし。あの人も齢を取ればきっと素敵なおじ様に」

 ミリアの謎の主張に同調するアヤメ。

「そうね、それにレオさんも中々いい筋肉をしていた。バシル様には負けるけど」

 やはり目の付け所が違う。

 相変らずの二人に呆れるやら懐かしいやら。玲菜は笑って、二人に促した。

「ここで話しててもなんだから、どこか行こうよ」

 もちろん二人とも賛成で、ミリアの案内でオシャレという噂の食堂に向かった。

 

 

 確かに外内装が可愛らしい感じの食堂にて。

 玲菜たち三人は改めて再会を祝して食事をし始めた。

 まずは今まで何をしていたかという話で盛り上がる。ミリアは近くのパン屋で退屈に働いていたと話し、一度玲菜が店に来たことも。アヤメはどこかの町の洗濯屋……要するにクリーニング店的な所で働いているらしく、砦での家政婦の仕事と変わらないと愚痴を。それぞれ話して今度は玲菜の番になった。

「わ、私は考古研究者の助手だから……」

 仕事は毎日家事手伝いとは言えない。

 ミリアは羨ましそうに言った。

「いいわよね〜。ショーン様の助手なんて」

「ああ、うん。でもいつもショーンと一緒にいるわけじゃないよ」

 アヤメは興味津々に訊いてきた。

「考古研究って何研究してるの? 大昔? どっか行ったりするの?」

「えっと……」

 考古研究が目的ではないが、玲菜は前に行った所のことを話した。

「遺跡に行ったこともあるよ。発掘してるとことか。私が研究しているのは、旧世界なんだけど。普段は図書館で調べたり」

「へぇ〜〜。凄い」

 二人は身を乗り出した。

 玲菜は、本当は考古研究者ではないことを後ろめたく思いながらも、ふと思い出す。

「あ! この前お城に行った! ショーンが呼ばれて。私は付き添いで」

「ええ!?

 アヤメの顔を見て、訓練場のことも思い出した。

「お城にバシル将軍も居たよ! 剣の訓練してた!」

「ええええ!!

 さすがアヤメは凄い食いつき。

「ずるい! 見たかった! どうだった? 筋肉」

 正直筋肉のことはよく見ていないのだが。

「えっとね、……レ…アルバート皇子に剣で勝ってたよ」

 レオが負けたのは自分のせいだ。

「うっそ! バシル将軍、やっぱり素敵〜〜!!

 アヤメは大喜びして立ち上がりそうになった。

 一方、筋肉には興味が無さそうなミリアは黙々と食べて、「そういえば」と話題を出す。

「ねぇねぇ、また戦が始まりそうって噂あるわよね」

「え!? もう!?

 驚いたのはアヤメだけで、玲菜は知っている。

「そうだね」

「今度は総力戦になるかもしれないって、新聞に書いてあったわよ」

 ミリアの言葉に、アヤメは溜め息をついた。

「もう、うんざり。いい加減ケリをつけて、しばらく戦なんて無い世の中になればいいのに」

 その意見には皆が同意だ。

 ミリアは二人に訊いてきた。

「でもさ、戦が始まったらまた家政婦の仕事あるかもしれないわよ。そしたら行く?」

 即座に頷いたのはアヤメだ。

「もちろん! シリウス軍の手伝いしなきゃ」

 彼女の心は決まっている。

 玲菜は考えて自分も頷いた。

(私も、シリウス軍の手伝いがしたい。っていうかレオの傍に居たい)

 たとえ居なくなることが分かっていても、彼の許す限り近くに居たい。

「ねぇ! シリウスっていえば!!

 また、ミリアが次の話題を出した。

「シリウスさまが……要するにアルバート皇子が、次の皇帝になるかもしれないって噂なのよ!」

 なんと、こんなことまで庶民の耳に届いているとは。噂は恐いと思う玲菜。

 だが、アヤメは不信そうに眉をひそめた。

「ええ? アルバート皇子は三番目じゃない。しかも結婚していないし。第一皇子で結婚もしているフレデリック皇子が普通に帝位継ぐんじゃないの?」

「それが!」

 ミリアは得意げに言った。

「違うのよ。アルバート皇子には婚約者ができたんですって! ね? レイナ」

 しかも玲菜に彼氏が居ると判ったので遠慮なく同意を求めてくる。

「あ、え、えっと」

 答えづらそうにしている玲菜よりも先にアヤメが否定した。

「え! そんな話、うちの町には伝わってないけど。婚約者だったら、正式発表があってもおかしくないんじゃない?」

 恐らくレオが同意しなかったおかげで正式発表が無かったと思われるが。とてもじゃないが皆には言えなくて玲菜は黙った。

「あ、そっか〜。確かに正式発表は無いわね。じゃあデマかしら〜?」

 ミリアは飲み物を飲んで頬杖をつく。

「でも個人的にはアルバート皇子が皇帝になってほしいわ」

「わかる!」

「でしょ?」

 二人の意見が一致して、玲菜はあっけにとられた。

「レイナは誰がいい?」

 しかも自分に振られて戸惑う。

「私は……」

 レオが皇帝になるのは嫌だ。

「フレデリック皇子かな」

 なんとなく、長男の名を挙げた。

 驚いたのはミリアだ。

「えー! レイナは絶対にアルバート皇子って答えると思ったのに。どうして〜?」

「ど、どうしてって……」

 理由なんか無い。レオになってほしくないだけで、無難に。

「アルバート皇子は絶対一番人気よね」

 アヤメが言った。

「この国の女の子はほとんど彼のファンだし。フレデリック皇子もヴィクター皇子もまぁまぁカッコイイけど、アルバート皇子には敵わないでしょ。ましてや彼は勝利の皇子なんだから」

 思い切り頷くのはミリアで、気になる話を出した。

「アルバート皇子が美形なのは、やっぱりご病気で亡くなられたサーシャ皇妃に似ているからよね。サーシャ様は皇妃の中でも群を抜いて綺麗だったわ」

 レオの母親の話だ。

 つい昨日、六年前に亡くなった話を聴いたばかりだ。

「サーシャ様かぁ〜。確かにね」

 アヤメも納得して「でも」と別意見を言う。

「ずっとご病気で姿を見かけないけれど、カタリナ皇妃も結構綺麗じゃない?」

(カタリナ皇妃?)

 玲菜は初めて聞く名に疑問を抱き、ためらいながらも訊いてみる。

「カタリナ皇妃って……えっと、だ、どなただっけ?」

 訊き方がまずかったか? 心の中でビクビクしたが。アヤメが笑いながら答えた。

「レイナ、忘れちゃったの? カタリナ皇妃は第四皇妃じゃない。金髪で青い瞳の。……あ、クリスティナ皇女の母だから、クリスティナ皇女に似てるって言えばどのくらい美人か分かるでしょ?」

「あ!!

(クリスティナさんのお母さん!?

 レオの可愛い妹で。金髪美形貴族のフェリクスが婚約者だったと思い出す玲菜。

「ご病気?」

「病気というか、長男を亡くされてからずっと臥せってらっしゃるからね〜。まぁ、相当ショックだってのは解るけど」

 なんだか気になる話。

(え? クリスティナさんにお兄さんか弟が居たってこと?)

 しかも亡くなったとの不吉な話。

(レオも命を狙われているけど、そういうのじゃないよね? まさか)

 レオは帝位継承権を持っているために何度も暗殺されかけている。まさか。

 玲菜は首を振って自分の考えを消した。

(違うよ。考え過ぎだ。きっと病気かなんかだよ)

 だがしかし、クリスティナの母・カタリナ皇妃やその亡くなった皇子のことが妙に気になる。

 この感じは何かの予感か。胸騒ぎがする。

 皇子の死が暗殺じゃなければいい。

 玲菜は強く心に祈り、その後は話題が他愛のない物に変わったのでホッとして、忘れるように三人での会話を楽しんだ。


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