創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第五話:海外旅行の時の(ちゃんとした)日本食って落ち着く]

 

 レオの姿を見た玲菜がなんて叫んだかは分からない。「キャー」ではないことは確か。「うわあああ」とか「ああああ」とかそういった類。向こうも同時に叫んでいて「うおおお」とかそんな感じ。しかも凄い剣幕でショーンに向かってきた。

「オヤジ!! どういうことだか説明しろ!!

 対してショーンは平然と返す。

「俺が一時匿《かくま》うことにしたから。お前には関係ない」

「ふざけるな! 犯罪者を匿ったら同罪だぞ」

「じゃあ俺も逮捕するか?」

「な……!」

 言い返せなくなったレオは、今度は矛先を玲菜に向けてきた。

「お前! どういうつもりだ」

 顔は怒っていて凄い睨みをきかせてきているが、いかんせん抱っこされている猫が可愛すぎる。しかも高貴さも何も無い灰色のシャツとハーフパンツをだらしなく着ていたので思わず笑いが込み上げる。

 そういえばレオは“皇子”だと聞いたような。しかし格好は一般庶民の駄目息子風。おまけに猫を抱っこしているなんて。

「あははははは!」

 今までの怒りよりも笑いが出る玲菜。

 つられてショーンまで笑った。

「なにがおかしい?」

 レオは不審そうに質問したが。

 ショーンは笑いを堪えながら言った。

「レオ、迫力無いから」

「はくりょく?」

 自分の格好を見て、気付いたらしいレオは顔を赤らめてから悔しそうに奥へ戻る。

 その様子にショーンが大笑いした。

「わははははは!!

 今のがあの恐そうなレオだなんて信じられない。玲菜が笑っているとショーンは彼女に笑いかけて言った。

「やっと笑ったな」

「あ!」

 確かにそうかもしれない、と気付く玲菜。

この世界へ来てから一回も笑ってなかったかもしれない。笑える状況なんてまずなかった。笑えたのはレオが面白かったから、というよりショーンのおかげのような気がする。安心できなかったら笑えなかったはずだ。見知らぬ世界で不安じゃないといえば嘘になるが、少なくとも今この場では少し落ち着けている。

「うん。どうもありがとう」

 玲菜が礼を言うとショーンは「その辺に掛けてくれ」と促して奥の部屋へ行った。玲菜は近くにあったソファに座る。あまり柔らかくはなかったが充分だ。

 ショーンは何か作業をしている様子。

「ちょっと待ってて。すぐできる」

「は、はい」

 なんだか分からなかったが、玲菜が待っていると猫のウヅキが警戒しながら近付いてきた。玲菜がチラッと見ると逃げるので、見てないフリをして様子を伺う。

(可愛いな〜猫)

 飼っていないが猫は大好きだ。

 一方、別の奥の部屋からはガタガタと何やら音がしていた。確かレオが引っ込んだ方の部屋。

(レオってショーンと一緒に住んでいるんだ。皇子なのに)

 まるで本当の親子。というか、皇子が護衛も無しにこんな所に住んでいていいのか? 自分の小説のシリウスにそんな設定は無い。そもそもショーンという登場人物は居ないし。シリウスの師匠的存在のおっさんは居るが。もっと武骨でしかも将軍という地位だ。ショーンとはタイプが違う。というか、むしろショーンの方が自分のシリウスに似ている。優しくて紳士的で。もしショーンが若かったらちょうどいいのに。

 そんなことを考えていたら顔だけシリウスのレオがやけにキメた黒いスーツ姿で登場した。いや、厳密にいうと現代のスーツとは見た目がやや違って、昔の貴族風な感じが少し入っているが。それでもカッコ良さが数段アップした。

 こちらの視線に気付いてギロッと睨んでくる。

「何見てんだよ」

 しかし、彼の先ほどのカッコ悪い姿を見た玲菜にはもう怖く感じなかった。

「別に」

 強く言い返して睨み返してやった。

「君ら、もっと仲良くしてくれよ」

 呆れた風にやってくるショーン。彼の手には湯呑が二つ。

(え? 湯呑?)

 まさか湯呑があるとは、玲菜はびっくりしたが。ショーンは湯呑を近くの机の上に置きながらレオに訊く。

「また女の所か〜?」

「いいだろ別に」

 ふてくされるレオとそれどころではない玲菜。

(え? 女? 女って彼女? 彼女って……)

「まさか、レナの所?」

 もしかしたらレナが居て、二人が逢引をしているのかもしれないと期待して玲菜は訊く。

 レオは一瞬止まったが。

「ああ、レナの所かもしれないし、ジュリアの所かもしれないし、ソフィの所かもしれないな」

 なんと、レナの他に二人の名前も出してきた。

「ちょっと! 浮気は駄目! シリウスはレナに一筋なんだから!」

 慌てて玲菜が注意をするとレオは玲菜に近付いて見下し目線で言った。

「俺が誰と会おうと勝手だろ。お前は俺の母親か? 余計な口出しはするな」

 負けじと玲菜は返す。

「口出しする! 駄目っつってんでしょ! レナ以外の女と会ったら許さないんだから」

「なんだと!」

「何よ! レナ以外の女と遊ぶつもりなら行っちゃ駄目だかんね!」

 レオは一旦「ふぅ」と息をついてから玲菜の頬に手を添えて顔を近づけた。

「じゃあ、お前が俺の相手をしてくれるというのか?」

「え?」

 急に怖くなる玲菜。鼓動が早くなり固まって何も言い返せなくなる。そこを解放してくれたのはショーンだ。

「レオ!!

 途端にレオは玲菜を放して目を逸《そ》らした。

「冗談だ。お前みたいな貧弱なガキに興味無い」

(ガキはどっちだっての!)

 玲菜は腹を立てたがそれよりも気になったことを訊いてみた。

「じゃあ興味あるのは年上? レオはもしかして熟女好き?」

「ばっ……!」

 レオに痛恨の一撃。

「違う! それと、なんでお前が俺の名前知ってるんだ」

 ショーンの方を見て気付いたように言う。

「ああ、オヤジが言ったのを聞いたのか。ちくしょう」

 先ほどまでの迫力はどこいった。

「お前! 俺の名前を気安く呼ぶな! どうしても呼びたかったらシリウスと呼べ」

 動揺している風に見えるのは気のせいか。レオは顔を赤くしながら玲菜に命令をして玄関に向かう。

「とにかく、こんな所に居られない。今日は帰らないからな」

「あ、そう。じゃあもう帰ってこなくていいからな。自分の屋敷があるだろう? そこで女と一緒に住めよ」

 冷たくそう返すショーン。

 レオは靴ひもを何度も結び直してようやく下手くそに結ぶと出て行きざまにこう言い放つ。

「朝には帰る! ウヅキが寂しがるからなっ!」

 そして家が揺れるほど強くドアを閉めて外へ出て行った。

 

「あーあ」

 呆れ返るショーン。

 一方玲菜はショックで呆然とした。

(な、なんて……なんて残念な奴なの? ここのシリウス)

 イケメンで性格悪いだけならまだましか。イケメンで性格悪いのに残念というのはなんという負要素。おまけにレナに一途じゃないなんて。悪夢だ。

(更生させなきゃ)

 玲菜は決意した。

(私がレオを更生させてちゃんとしたシリウスにさせなきゃ)

 これは生みの親としての義務かもしれない。玲菜が心の中で意気込んでいるとショーンが机の上の湯呑を玲菜の方に近付ける。

「一先ず茶を飲んで。落ち着いてくれ」

 中に入っていたのは緑茶だったので、ますますびっくりする玲菜。

「お茶あるの? 湯呑も!」

「そ……そりゃ、お茶くらい俺の家にもあるが」

 不思議そうにするショーンを見てから、玲菜はお茶を飲む。

 若干苦いか? いや、しかしよく知っているお茶の味だ。自分の小説で緑茶を出した覚えはないが、この世界では存在しているらしい。熱すぎず、ちょうどいい温かさ。

(お茶ってなんでこんなに落ち着くんだろう?)

 まるで海外旅行の時の日本食みたいだ。

「おお、ウヅキ、お前も欲しいか」

 ショーンの言葉に、ウヅキを見るとウヅキはショーンの足元にすり寄っている。その姿がたまらなく可愛い。

「お前にはお茶は熱すぎるだろ。待ってろ、別のやるから」

 そう言ってショーンが持ってきたのは皿に入れたミルク。

(牛乳もあるんだ!)

 ウヅキが舐めている姿を見て可愛いやら感動するやら。

 しかし、感動ばかりでなく、こちらもお腹が空いてくる。空いてくるというか、実はずっと空いていた。正直、餓死も頭をよぎった程だ。

 勘付いてショーンが言う。

「そうだ。腹減ってるだろ?」

 玲菜が頷くと慌てて奥の部屋へ行き、ガサガサと何かを探し始めた。

 そしてしばらく経ってから皿に白い物を入れて戻ってくる。しかも、一緒に持ってきたのは細長い木の……箸。

「箸!? え!?

 玲菜がびっくりしたのは箸だけではない。皿の上に乗っていた白い物はなんとご飯だった。

「冷蔵庫に入れてたから冷たいんだ。すまないな。でも昼のだから大丈夫だと思うし」

「冷蔵庫〜〜〜!?

 やけに現代的。

「こういう時、すぐに温められるやつがあるといいな」

 さすがに電子レンジまでは無かったか。けれどびっくりだ。

(こんな昔風の時代に冷蔵庫あるの? あれ? 冷蔵庫って何時代からあったの? 昭和?)

 それに箸やご飯、緑茶。ずいぶんと日本的だ。

(日本かもしくは中国? あれ? 中国のお茶って烏龍茶だっけ?)

 箸は持つ所と先の太さが同じなので少々使いづらい。あと、申し訳ないがご飯も冷たくて美味しいとはいえない。けれど充分だ。

「他に何かあったかな? レオの奴が勝手に食べるからいつも空になる。しかもあいつよく食うからな〜」

 また探しにいこうとするショーンを玲菜は止めた。

「あ、もういいです。美味しい。どうもありがとう」

 物凄くお腹が空いていたので今は何を食べても美味しく感じる。

「えーとじゃあ……」

 ショーンは大きなあくびをした。

「失礼」

 よく見るとフラフラしていて眠そうだ。それをショーンは自分で打ち明ける。

「すまない。おじさんはもう眠くて。先にうちの説明していいかな? 自由に使っていいから」

「あ、はい」

 玲菜は箸を置いた。先ほどの奥の部屋を指してショーンが説明する。

「そっちは台所ね」

 そしてレオが居た部屋も指す。

「で、こっちが、レオが使ってる部屋。勝手に入ると物凄く怒るから気を付けるように」

 続けて最初に入った部屋も。

「向こうは第一研究室」

 第一というと第二もあるのか。その答えを次に言った。

「二階に、俺の部屋と研究室。研究室はなるべく入らないでくれ」

 更に下を指す。

「地下にさ、空いてる部屋があるんだ。そこ、ベッドもあるしレイナ使っていいから。ただ、ちょっとホコリっぽいけど。あと他に、地下にはトイレとかもあるから。勝手に使っていい」

 玲菜は単純計算して自分の家よりも部屋が多いことに微妙な気分になった。

(っていうか、ショーンって科学者?)

 てっきりレオの護衛とか、そういうのかと思っていた。玲菜の父親もエンジニアだったので妙に親近感。

「それだけかな? じゃあおじさんはもう寝る」

「あ、うん。おやすみなさい」

「おやすみ」

 ショーンはフラフラと立ち上がって部屋から出て行き、階段を上る音が聞こえた。

 一人になった玲菜は「はぁ」と溜め息をついてから残りのご飯を食べる。

(シャワー浴びたいけど、さすがに無いよね?)

 周りを見回すと男だけだからなのか散らかり放題散らかっている。

(お礼も兼ねて明日片づけてあげようかな)

 なんだか玲菜も眠くなってきた。色々あって精神的にも体力的にも物凄く疲れた気がする。

 この世界で目を開けて最初に見たのはショーンだった。

(ショーンがシリウスだったら良かったな)

 そしたら自分はレナとして恋をする。

(あ、でもレナはレナで居るんだっけ?)

 そうだ。レオはちゃんとレナに会いにいったのか?

(どうでもいいけどレオとレナって名前被ってて紛らわしいな)

 ショーンから借りたマントを掛けてソファでうずくまっていた玲菜は、暖かくなってそのまま眠ってしまった。次に目を覚ましたら今度こそ自分の部屋に戻っているようにと願いを掛けながら。

 

 

 しかし、そんな願いも空しく、朝っぱらから男の怒鳴り声で玲菜は起こされることになる。

「なんで朝っぱらから電気がついたままで、しかもお前がここで寝てるんだ!」

 ――目を覚ますと、目の前にレオの顔があったので、また悲鳴を上げそうになった。

(あ、そっか。ここ……ショーンの家で、レオも住んでて、私……)

 自分がソファで寝てしまっていたのに気付いて、慌てて飛び起きる玲菜。

「うそ! やだ私、ソファで寝てた?」

「うそ、じゃない。本当にいいご身分だな、お前」

 一晩経っても変わらずレオは喧嘩ごし。スーツをだらしなく着て、朝帰りのホストかとつっこみたくなる。しかも……

「酒くさっ! あんた酒飲んでたの?」

 相変わらず駄目っぷりが激しい酒臭いレオ。シリウス度がまるで無い。

「うるさい。姑か、お前」

 レオが頭を押さえて自分の(?)部屋に入ろうとしたので、その前に気になったことを訊いてみる玲菜。

「ちょっと待って、レオ!」

「レオって呼ぶな」

「いいから、昨日はちゃんとレナの所に行ったの?」

 心配していたこと。

 レオは不機嫌そうに答えた。

「お前があんまりうるさいから行ってやったぞ、レナの所へ」

 そこで耳を押さえながらショーンがやってきた。

「諸君ら、うるさい。朝なんだからもう少し静かにしてくれないかな」

 ショーンのオヤジシャツ姿。玲菜は妙に恥ずかしくなって一度退散することにする。

「あ、おはよう、ショーン。ごめん、私電気つけっぱなしでここで寝ちゃって。あと、お皿も片づけてなくて。ちょっと部屋に行くね。お皿はあとで片づけるから」

 そそくさと地下に行く玲菜の後姿を見てレオは呟く。

「俺には挨拶も無しか」

 ショーンは大あくびをしてから、部屋に戻ろうとしているレオを引き留めた。

「おい、レナだと? また新しい女か」

 面倒くさそうに答えるレオ。

「新しい女じゃない。ロザンナの酒場のレナだ」

「ロザンナの酒場の?」

 気付いて、「あー」と頷くショーン。

「ああ、レナか。あのべっぴんさん」

「上玉だろ?」

「上玉だな」

 ショーンはレオを見て笑いながら言った。

「お前じゃレナは無理だよ。やめとけ。あのコは高嶺の花だ。皆惨敗してる」

「そう言われるとやる気が出てくるな」

 ほくそ笑むレオの肩を呆れたように叩くショーン。

「ほどほどにしとけ。あんま貢ぐなよ」

「じゃあ、俺は寝るから」

 そう言って、また部屋に戻ろうとしたレオをショーンはもう一度引き留めた。

「ああ、そうだ、レオ!」

「なんだよ何回も! 説教だったら聞かない。酒を飲むのは俺の自由だ! あの姑《しゅうとめ》女にも俺に口出しするなと……」

「姑女?」

「レイナとかいう女のことだよ」

「ああ、そのレイナのことなんだがな」

 ショーンがためらっていたのでレオが先に言った。

「なんだ? 優しくしろとでも? 向こうが先に態度を改めてからの話だぞ。大体、俺は皇子だぞ? なんであんな生意気なんだあの女」

「ずいぶん気になってるようだな」

 ショーンの言葉に、「はあ?」と思い切り反論するレオ。

「気になってる? 俺が? 失礼な奴だから腹が立ってるだけだ」

 ショーンは「まぁいいか」と話を切り出した。

「レオ、お前は手が早いから言っとく。レイナに手を出すな」

 

 一瞬止まってからレオはびっくりしたように訊き返した。

「まさか! オヤジ、本当にあの女のこと好きになったのか?」

「え?」

「早まるな! 三十くらい歳離れてるぞ。犯罪だろ」

「ち、ちがっ……!」

 動揺したように首を振るショーン。

「そうじゃなくて! そうじゃなくてだな。お前も息子みたいなもんだし、あの娘も自分の娘みたいな感覚で。……親心みたいな感じで言ってるだけだからな」

 年甲斐もなく顔を赤くしているショーンを見て面白くなるレオ。

(あのオヤジが!)

「とにかく!」ショーンはもう一度言う。

「もし、手を出すとしても、本当に大事だと思ってから、だな……」

「あーわかったよ」

 レオは軽くあしらう。

「安心しろ、手は出さないから。俺にも好みがあるしな」

 確かに玲菜は可愛い…というか、あまり見たことのない髪型や格好をしていて珍しい感じではあるが、自分の好みとは違うと思ったレオはふと考える。

「でも、俺が好きにならなくてもあいつが俺を好きになる可能性はあるよな」

「え?」

 ショーンはやな予感がした。

「ああ、まぁ、そうだな」

「そしたら仕方ないよな」

 ブツブツ言いながら暗い部屋へ戻るレオを見てショーンは頭を押さえた。

(しまった!)

 レオは「無理」や「駄目」だと言われるほどやる気の出る男だ。

 そこが欠点だと、今思い出した。

「あーーー」

 言わなきゃ良かったか。

 ショーンは後悔して溜め息をついた。


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