創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第五十七話:お守り]

 

 昨日、雪が降ると思っていた。

 多分夜に少し降ったのだろう。しかし途中で雨になったのかあまり残っていない。

 今はもう晴れていて、日陰にほんの少し残った雪も昼までには溶けて無くなる。

 

 玲菜は城から家までの道のりをゆっくりと歩いていた。

 街では号外が配られて、いよいよ明日出立だと皆が戦の話をしながら慌ただしく歩く。前の戦で家族を亡くした者が泣きながら何かを訴えている姿も。

 たまに「シリウス」や「ショーン軍師」の名前もどこからか聞こえる。皆が心配をしたり、意気込んだり、時に酔っ払いがシリウスや皇帝を称えたり。

 商店街では特に騒がしく、明日、軍隊が通る大通りでは出立のための飾りつけを行っている所もある。

(そうか。今日ってもしかして……夜に出立前夜会があるのかな?)

 ふと気づき、もしかしたらショーンは家に帰ってこないかもしれないと思う。

(もしかしたら今日は一人?)

 少し寂しいが、ウヅキと一緒に過ごすか。

 前の戦の時の、出立前夜会の日の夜のことを思い出す。

 ――あの時は、彼が家に帰ってきてくれた。

 一緒に皿洗いもして、「一緒に過ごしたいから帰ってきた」と言っていた。

 まだ両想いだと判明していなかった頃だが、むしろあの頃の方が幸せだったような。

(だって、今日は帰ってくるはずがないよ)

 今この状態で可能性は非常に低い。……いや、無いか。

 本日も冷たい風が吹き付ける。

 

 

 ―――――

 

 一方、城で参謀の会議をしていたショーンは、忙しくもレオと玲菜のことがずっと気になっていた。

 玲菜がレオのことを看病したことがきっかけで、もしかすると元の鞘に戻るなんてことも。

(だったらいいな)

 二人が元に戻って、またあの子の心からの笑顔が見たい。それに、レオも……

(アイツはまさか、戦いの時は集中するだろうけど)

 心配だ。

 まさか、聖女が邪魔しに来たなど、思いもよらない。

 

 

 そうして夜になり。

 宮廷では、貴族や将校たちが続々と集まる。皇帝陛下は具合が悪いから出席できないということにして、明日出る長男を中心に出立前夜会が始まった。

 今回は簡単なものとしていたが、それでも豪華絢爛な飾りつけと、豪勢な料理や酒。貴族は着飾り、軍人は立派な服を着て時に演説も。あとはお約束のダンスパーティー。

 

「はあ」

 盛装したクリスティナは、折角の夜会も婚約者が居ないのでつまらなそうに溜め息をつく。

 そんな彼女を慰めるのは侍女で、なんとなく周りを見回した。

「そういえば、アルバート皇子のお姿がありませんね」

「アルバートお兄様は具合が悪いのよ。いつもそうだけど、今回は本当らしいから、仕方ないわ」

 クリスティナは答えた後に嫌な予感がして周りをキョロキョロと見始めた。

「ねぇ、レナ様は? まさかアルバートお兄様の所ではないわよね?」

「姫様、大丈夫ですわ。私、ちゃんと見張ってましたもの」

 侍女は得意げに広間の壁の方を指す。そこには、セイだけを連れたレナが居た。彼女もキョロキョロしていて、どうやらレオを捜している様子。

 クリスティナはどうせ婚約者も居なくて暇なので、レナがアルバートの部屋に行かないか遠目から監視をしていた。

 しかし、その心配は必要無かった。

 

 

 なぜなら――

 レオは、出立前夜会に出席しないどころか、宮廷の外に出て馬に乗っていた。

 服装も皇子の服ではなく、ショーンの家で着るような普段着。

 寒いので、コートだけは上質のコートを着て。青ではなく、茶色いマントを防寒用に羽織る。

 

 向かう先はショーンの家。

 

 本当は寝ていようと思った。具合は良くなっていたのだが、元々夜会が嫌いなので体調不良を口実にサボろうと。

 確か前回もそうだった。少しだけ出たが、食事と酒を思う存分飲んだら抜けて、ショーンの家に帰った。玲菜と一緒に過ごしたかったから。

 そのことを思い出したら急に、ショーンの家に帰りたくて仕方が無くなった。いや、いつも帰りたかったのだが、いつもの比ではない。

 

 帰ったら、彼女が居るのは分かっている。

 どんな顔をして会えばいいのか、初めになんて言おうか。

 悩んでも仕方ない。

(どうにかなる!)

 しばらく一人になっても答えは出なかった。

 むしろ、彼女に会ったら答えが出そうな気がする。結果がどうあれ、この中途半端な今よりマシだ。

 とにかく二人でよく話し合わないと。

 そう心に決めたから今、馬に乗っている。

(ってか、二週間、アイツ何してたんだろうな)

 レオは改めて玲菜のことを考えた。

 日々の様子を想像しても掃除をやっている姿しか思い浮かばない。

 毎日ショーンに訊いていたのだが、「元気だよ」等、はぐらかし気味にしか答えてくれなかった。

 そして、「元気だよ」の答えが少しショックでもあった。

(俺は結構元気ではなかったけどな)

 皆の前ではどうにか普通にしていたが、本当はいつも気力が足りていなかった。溜め息ばかり出ていた。

 昨日も疲労で熱が出て倒れたし。

 ふと、看病してくれたレナのことが思い浮かぶ。

 彼女が自分を一途に想っていてくれていることは分かる。

 実際、そういう一途な行動には弱いし、見た目や聖女風なところにも。

(でも俺は、やっぱりアイツのことが……)

 玲菜のことを諦めきれない。

 彼女がいつ帰ってしまうのか分からないし、自分も戦場に行く。

 その前に、一目だけでも会えたら。

 そしてそれは、今しかないような気がした。自分は明日出立するわけではないが、きっとすぐに出ることになるので、もう待機していなければならない。

 今夜が多分、最後のチャンス。……か、どうかは分からないが、自分にとっては一種の賭けで。

 もし彼女が、前と変わらずに笑いかけてくれたら……

(連れ去るかもしれねーな、俺)

 もちろんその後のことは何も考えていないが。

 

 やがてショーンの家の前に着き、レオは馬を降りて庭の繋木に留める。

 少し緊張しながら玄関のカギを開けて中に入った。

 玲菜が驚きながらやってくるだろうか。いや、最初に来るのはウヅキか? そういえばショーンは帰ってきているのか?

 色々なことを思ったが、やけに静かなことに気付く。

(ん? レイナは風呂でオヤジは二階とか? それともオヤジは居ない?)

 ショーンが居ないなら、玲菜は地下の自分の部屋に居る可能性も。

(俺が帰ってきたこと、気付いていないのか)

「た……ただいま」

 普段言わないのだが、玲菜たちがよく使っている帰宅の挨拶を言ってみる。

 しかし反応は無く、居間の電気も点いていない。

(なんだよ、やっぱり風呂か)

 レオはそう思って居間の電気を点けた。

 すると、テーブルの上に置手紙が。

「え?」

 手紙にはこう書いてある。

『ショーンへ。今日はミリアの家に泊まります。ウヅキはサリィさんに預けたから』

「なんだこれ……」

 状況が掴めない。

「泊まる……? え?」

(ミリアってアイツの友達の?)

 ツインテールの娘を思い出す。

「泊まる? え!?

 

 *

 

 実は玲菜は、城から帰る途中の商店街でミリアと偶然に会った。ミリアは仕事が休みらしく一人で買い物をしていたのだという。ちょうど昼近くだったので一緒に食事をとり、今日は家に誰も帰ってこないかもしれないという話をすると、一人暮らしのミリアの家に泊まりにこないかという話を持ち出された。玲菜は迷ったが、その誘いを受けることにする。また夕方に広場で待ち合わせて、玲菜は一旦家に帰り、ウヅキを隣に預けて置手紙をして出ていった。

 まさか、レオが帰ってくるなんて、夢にも思わない。

 

 *

 

 レオは置手紙を何度も読み返して「はぁ」と溜め息をついた。

(そうか。友達の家に)

 なんてタイミングだ。

 最後のチャンスと賭けて来たのに。

(そうだ。俺、賭けには弱かったんだ)

 レオはガックリしてそのままソファに寝転がった。

 

 ショーンが帰ってきたのはそれから少ししてからで、玲菜が一人になってはかわいそうだと、夜会を抜けて急いで帰ってきた様子。

 部屋に居たのが玲菜ではなくレオだったことに、とにかく驚いた。

「うぉぉおおおおおお前帰ってきたのか」

「オヤジ、メシくれ」

 安定の第一声すぎる。

「レイナは?」

 レオは玲菜の置手紙を見せてもう一度言った。

「オヤジ、メシ」

「ミリアちゃんの家かぁ〜。そうかそうか、レイナはもしかしたら俺が帰ってこないんじゃないかと思ったんだな、きっと」

「オヤジ……」

「無い!」

 きっぱりと笑顔で答えるショーン。

「メシなんてあるわけねーだろ。お前が帰ってくるって知らなかったんだから」

「オヤジは食わねーのか?」

「俺は夜会で食ってきたよ」

 ショーンは溜め息をつき、上着を脱いで一度玄関に戻ってから袋を持ってきた。

 中には酒やパンなど色々入っていたので、飛び起きるレオ。

「なんだよ! あるじゃねーか!」

「夜会の土産。レイナにな」

 本当は自分と彼女のための物だったが仕方ないと、ショーンは戦利品《みやげ》をテーブルに広げた。

 すぐに食べ始めるレオに呆れつつ、もう一度置手紙を見る。食事に夢中になっている皇子に気になっていたことを訊いてみた。

「レオ、お前、今朝会ったのか?」

 玲菜のことを訊いたつもりだったが、彼が答えたのは意外な人物の名。

「ん? ああ、レナか? 朝会ったぞ。なんか、俺の看病してくれてたみたいで」

「レナ? レナって聖女? 看病って……」

「ああ。夜、誰かが看病してくれてたのはなんとなく憶えているんだ。朝、レナが居たから」

 レオの話を聞いてショーンは色々と悟った。

 夜中看病していたのは恐らく玲菜のはずで、しかし朝レナが来たのか。

(それで、引き下がっちゃったんだな〜あの子)

 しかもレオは勘違いしている様子。

 ショーンは頭を押さえた。

「レオ、お前なぁ……」

「でも俺は、やっぱりアイツが好きだから。帰ってきたんだけど」

 食事の手を止めて、切なそうな目でレオは言う。

「居なかったな」

「レオ……」

 テーブルを見て、ショーンはニッコリと微笑んだ。

「お前、全部食ったな?」

 微笑みの中は怒りで充満している。

「え?」

 レオが次に手を付けていたのは酒の方であり、さすがにショーンはそれを止めた。

「お前なぁ! 酒は俺のために持って帰ってきたんだよ。返せ!」

「ちょっ! 待っ! 俺にも少し飲ませてくれよ」

「嫌だ」

 ショーンは酒瓶の蓋を開けると、そのまま口を付けてレオの目の前でわざとらしく飲み干してやった。

「ああ! あああああ!」

 レオは嘆くことしかできない。酒が飲み干されるのを止めることができなかった己の無力さを呪った。

 

 

 一方、玲菜は都を二分する壁――大壁《だいへき》の近くで一人暮らしをするミリアの家に泊まり、彼女に、レオと今ギクシャクしていることを相談してみた。途中泣きそうになったが、ミリアに慰められて、なんとかまだ頑張ってみようと決める。やはり、せっかく作ったお守りは渡したい。そう思い、色々なお喋りをして一晩過ごす。

 おかげでレナのことは少しふっきれて。朝、ショーンの家に帰る。

 帰るともうレオは居なく、ショーンは彼女がショックを受けるとかわいそうなので帰ってきたことを話さなかった。

 

 

 その日、第一皇子のフレデリック率いる大軍は都を出立する。

 更に一日経って、今度はヴィクター皇子とアルバート皇子の出立の日が決まった。

 ヴィクターは二日後、アルバートは三日後で、出陣はまだ分からないが、少し早めに戦地に向かうことになる。

 玲菜とクリスティナのお守りは順調に仕上がり、レオの出立の朝にはなんとか渡せる模様。また、同じ日に玲菜とショーンも出発することにしたので、旅の準備を急ぐ。

 

 

 

 そして……いよいよ、アルバート皇子が出立の日の朝を迎えた。

 

 ―――――

 

「レイナ様! 早く、早く!」

 皇女の配慮で早朝から迎えに来た馬車に乗った玲菜は、後宮に入るなり、クリスティナが出迎えて完成したお守りを渡してきた。

「こちらがレイナ様のですわ! アルバートお兄様は今、礼拝堂の前に居るとの情報が! 渡すならチャンスです!」

「礼拝堂……」

 レオに渡すためのお守りを受け取った玲菜は、礼拝堂の場所が分からなく戸惑ったが、クリスティナの侍女が一人案内してきた。

「こちらです!」

 彼女に付いていき、走る玲菜。

 お守りをしっかり持ち、心の準備をする。

 もうすぐ渡すと思うと胸が高鳴る。

 

 侍女は立派な扉の礼拝堂の近くまで来て、青マントの皇子の姿を見つけると立ち止まって玲菜の手を掴んだ。

「アルバート様が居ました! レイナ様、どうか頑張って! 私は姫の許へ戻りますけど、成功を祈ってます。終わったら戻ってきて下さいね。姫も待っていますし」

 そう言うと彼女は去っていき、玲菜はついに一人になる。

(どうしよう……どうしよう……)

 玲菜は柱の陰に隠れて深呼吸した。

 ちょうど今、レオは従者と護衛を従えているだけ。彼らには見られてもいい。

 完成したらずっと渡そうと心に決めていたのに、いざとなるととにかく緊張する。

 彼はきっとびっくりするだろう。

『なぜここに?』と訊くかもしれない。

 詳しくは答えられないが、お守りを渡すしかない。クリスティナは、これをきっかけに復縁と言っていたが、そんなことを考える余裕もない。

 玲菜が渡そうと決心すると、そこに兵士がやってきてアルバート皇子を呼ぶ。

「殿下! お時間です。こちらへ」

 今しかない。急がないとレオが行ってしまう!

 玲菜は柱から出て、一歩を踏み出した。――その時、

 

「シリウス様!」

 

 なんと、銀色の髪の聖女が彼に駆け寄った。

 とっさにまた柱の陰に隠れる玲菜。

 聖女は言うまでもなくレナで、走ってきたのだろうか息を切らしている。

「レナ。なんだか久しぶりだな。なんか用か?」

 レオが俯く彼女に話しかけると、レナは何かを彼に差し出す。

「あの、これ……わたくしが作ったお守りです。祈りを込めましたので効き目があるはず。どうか受け取ってください!」

 

(レナさんも……お守りを……)

 玲菜は少なからずショックで足が震える。

 

「ああ、ありがとう」

 しかも、彼が優しく受け取ったので胸が苦しい。

 勇気がどこかへ行ってしまった。

 

 レナは涙を流しながら想いを伝える。

「シリウス様……毎日祈っておりますから、どうか……どうか、御無事で」

「レナ……」

 二人が見つめ合う様は見ていられない。

「心配ないから」

 レオは従者たちと共に歩き出し、その彼を祈りながら見つめるレナ。

 まるで映画に出てくる恋人同士のシーンのようで、観客の玲菜の足は動かなかった。

 彼が遠くに行き、レナも去ってからその場に座り込んで泣くしかできない。

 ……いや、

(泣くだけじゃ駄目だ)

 玲菜は涙を拭いて立ち上がった。

(負けるな! 私もお守り渡さなきゃ!)

 気持ちを切り替えて走り出す。

 そうだ、何日もかけて一生懸命作ったお守りを無駄には出来ない。レナが渡して受け取ったからってなんだ。自分だって心を込めた。きっと彼は受け取ってくれる。

 渡せないお守りをずっと握りしめていたって始まらない。

 

 玲菜はレオを追いかけたのだが、すぐに見失ってしまい慌てた。

 どこに居るのか捜すと、段々兵士が増えてきて、いつの間にか自分も兵士たちの間に。

 ようやく遠くに青マントを見つけた時は、兵士や騎士が多すぎてまるで近づけなくなり、知らない兵士に声を掛けられた。

「君、どうしたの? なんで普通の女の子がここに? 危ないから離れた方が……あれ?」

 兜を被った兵士は玲菜の顔を覗きこむ。

「君ってレイナちゃん? どうしたの?」

「え?」

 なぜ自分の名前を知っているのか。いや、この声は聞いたことがある。

 玲菜が顔を上げて兵士を見ると、彼は兜を取って顔を見せた。

 こげ茶色のくせ毛の、細い目をした同い年くらいの青年。

 玲菜は彼の名がすぐに分かった。

「イヴァンさん!?

 ――そう、レオの幼馴染のイヴァンだった。

「イヴァンさん、どうして?」

 彼はそもそも鍛冶屋だったはずだが、この格好でこの場に居るということは……

「結局傭兵志願したんだよ、オレ。傭兵団・砂狼に入った!」

 軽いノリで彼は答える。前に市場で傭兵のチラシを貰っているのを見たが、本当になってしまった。

「えええ!?

「レオには秘密ね。あとで驚かせてやるんだから」

「そ、そんな」

「ミリアちゃんにも内緒!」

 平然と言うイヴァンに玲菜は戸惑って、しかしそれどころではなく、レオをもう一度捜す。

 そんな玲菜を見て、イヴァンは不思議そうにした。

「レイナちゃん、どうしたの? さっき言ったようにここに居たら危ないよ。もしかして誰か捜してる? っていうか、レオ?」

 言いながら、眼は玲菜の手許を見ていて、お守り袋に気付く。

「あれ? もしかしてそれってお守り?」

 言った途端にすぐに勘付いた。

「あ! レオに渡すのか」

 彼は勘が鋭いというか、観察力があるというか。

「そ、そうなんだけど」

 会話している間も、どんどん人が集まってきて、このままでは身動きが取れなくなってしまう。

「レイナちゃん、一旦ここから離れて、ホントに。今からレオに渡すのは無理だよ」

「そんな……!」

 あの時レナに先を越されてまごまごしていた自分が悪いのだが、泣きそうになる玲菜にイヴァンは手を出した。

「じゃあさ、オレが渡しといてやろーか? レオに」

 そうか、彼に頼めばちゃんと届きそうな気が。

 しかし、レナは当初の目的を思い出して首を振った。

「あ、ううん。自分で渡す」

 今はもう無理か。だったら、砦で渡すという手も。

(そうだ、そうしよう)

 玲菜はこの場で渡すのは諦めて、砦で渡すという方法を考えた。

「イヴァンさん、ありがとう。私、砦に行くから、そこで渡す」

 そして、この場からなんとか抜け出して、後宮に戻ることにした。

 応援してもらったのに残念だが、仕方ない。望みは一先ず砦に持ち越すとして。

 後宮の皇女の部屋に行った玲菜は皇女に、渡せなかった事と砦で渡す事を伝える。クリスティナも残念がったが、砦で渡すということに納得して、とりあえずお茶の休憩をとることにした。

 

 

 一方、その頃……

 レオはショーンと会って、今後の確認をした際に自分の胸の内を話す。

「なぁ、オヤジ」

「なんだ? まだなんかあったか? もう出る時間だろ。俺は軍と一緒には行かないから、何かあるんだったら今の内に言えよ」

 周りに人は居なく、今なら訊ける。

「うん。……戦と関係ないんだけど。俺さ、いつまでもアイツに……レイナに、未練持っているべきではないのか? って、ちょっと思って」

「はあ?」

 怒られそうで、レオは気まずそうに言う。

「いや、もう気持ち切り替えるから。出立したら戦に専念するし。ただちょっと、そう思ってさ」

 彼は俯きながら続けた。

「なんていうか、どんなに好きでも、結局は別れる運命なのかって……」

 レナから貰ったお守りを見て溜め息をつく。

「それならいっそ……」

 

「“運命”を信じないお前が、そんなこと言うとは思わなかったよ」

 ショーンは先日言おうとして言えなかったことを告げた。

「よく思い出せ、レオ。あの日、お前を看病していた女を」

 レオが倒れた日のことを。

「え? 思い出す? あの日は……俺は最初、アイツだと思ったんだ。でも、アイツが城に居るわけないし。だから、レナだったと……」

「じゃあ、彼女が呼んだ名前はなんだった?」

 ショーンの質問に、レオは自分の耳に微かに聞こえた名前を思い出す。

 

『レオ』……と。

 

 そしてそれは、レナが知っているはずがない。というか、知っている人間は限られている。

「え? あれは……夢だろ? 俺が、俺の願望が、そう呼ばれた気分になって……」

「本当に夢だった?」

 ショーンの何か知っている風な顔で、レオは慌てて問う。

「オヤジ!! 教えてくれ! アイツは城に居たのか!?

「……彼女はいつもお前の傍にいるよ」

 ショーンの答えは何か……

「そんな……死んだみたいに言うなよ」

 レオのつっこみに、それもそうだと思うショーン。

「ハハハッ! 俺の言った意味、よく考えろよ」

「え?」

「じゃあ、また砦で!」

 まだレオはちゃんと理解していないのに、ショーンは手を振って去って行った。

 呆然と立ち尽くす彼を尻目に、おじさんは少し反省する。

(ちょっとわかりづらかったかなー)

 まぁいいか。

(本当はあんま俺が口出すべきではないんだよな、きっと)

 歩きながら、彼に言った言葉を思い出す。

(『運命を信じない』か……)

 ついつい煙草に手が伸びる。

「俺は信じているけどな」

 独り言を呟いて、胸ポケットから取り出した煙草をくわえて火を点けた。

(もしかしたら、いつかお前を裏切るのかもしれないよ、レオ)

 そうなりたくはないが、このままだと、もしかして。

(その時お前は……)

 ショーンは煙を吐きながらボソッと言った。

「俺を殺すか?」

 或いは、それも仕方がない、と。白い息に混じる煙を眺めた。


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