創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第六十話:湖族と交渉]

 

 龍宮の緑城は塩分を含む湖――海湖《かいこ》の真ん中にある島の上に在り、城に行くには通常、船を使って行く方法しかない。

 しかしかつて帝国の領土だった頃より秘密の地下通路が幾つかあり、そこを使って物資を運ぶこともある。

 現在はナトラ・テミス国に占領されている為、その通路がどうなっているのかは分からないが、潜入隊としては、一か八かその通路からの潜入を試みる。

 もしかすると罠があるかもしれなく、かなり危険な賭けなのだが。それでも、湖上の戦いで城を陥落させるよりは可能性がある。なぜなら、湖は河と繋がっているわけではないので、湖上の戦いで必要とする船を用意することがまず困難。数に限りが生じる。対して向こうには、たくさんの船と強力な兵器が配備されている。特に砲撃が得意で、城に近付く船を次々に沈没させる。難攻不落の名は伊達ではない。

 

 

 その、湖の畔に。

 アマテラス帝国にもナトラ・テミス国にも属さない民族がひっそりと暮らしていて、彼らは湖で暮らすために『湖族』と呼ばれていた。

 ショーンは密偵に湖族の集落の場所を調べさせていて、交渉をするために玲菜、マリーノエラ、護衛の兵士(イヴァンを含む)を引き連れてその方へ向かう。

 自国軍が陣を張っている場所からはそう遠くなく、林などをうまく利用して敵兵に見つからないようになんとか歩く。

 

 ちょうど昼頃、集落にたどり着いて。

 門番に「そちらの望む『一般女性』を連れて来たので族長との面会を」と、頼んだ。

 ちなみに、向こうは警戒心が非常に強く、本当にただの話し合いだけなのか疑っているようで、一般女性を希望した様子。

 玲菜とマリーノエラはショーンから何の交渉をするのか来る途中で綿密に聴かされた。

「とりあえず戦の邪魔をさせない事。これが大事だ」

 ショーンは念を押す。

「もちろん、湖族には危害を加えないようにする。向こうだって巻き込まれたくないはずだから。くれぐれも湖賊活動を民族にさせないでくれ、と」

「向こうから“代わりの物”を要求されたらどうするの?」

 マリーノエラの質問に、ショーンは頷いた。

「それは絶対にあるだろう。『緑城の金品を分ける』と言ってくれ。駄目ならなるべく彼らの欲しい物を。その場合、参謀長である俺が話を聞くけど、それで良ければ」

 ショーンは二人にコソッと話した。

「っていうか、取引したいことがあるから、なるべく俺と話をさせるような会話の流れに持っていってくれるとありがたい。向こうにとっても絶対に悪い話じゃないし」

 

 ――話し合っていると、漁師のような男が三人、こちらにやってきて、玲菜とマリーノエラの前に立った。

「族長と交渉をしたいという帝国の人間はお前らか?」

「そうよぉ? 連れてってくれるの?」

 マリーノエラが訊くと、突然二人に向かって槍を向ける。

「キャアアアアアア!!

 悲鳴を上げるマリーノエラと、呆然とする玲菜。

 ショーンたちが慌てて男たちに剣を向けると、男たちは槍を下ろしてニッと笑った。

「悪いな。この女性たちが本当に『一般女性』かどうか確かめさせてもらった。間違いないみたいだな」

 言いながら玲菜の方を見て首を捻る。

「特にお前、丸っきり反応が悪いな。隙だらけすぎるし、逆にびっくりする。どれだけ安全な所に住んでたんだと訊きたいくらいだ」

 平和な日本育ちだから仕方ない。

 玲菜は愛想笑いをして、「ついてこい」と言う男たちについていく。ショーンたちも一緒についていったが、途中で待たされて、玲菜とマリーノエラだけが族長の家に入らされた。

 

 そこは、木造で古い感じの家。なんと、床は畳で少し日本の家を思わせる。畳だけでなく、障子やふすまもあり、靴を脱いで中に入れられた。

 玲菜は緊張したが、それよりもマリーノエラが掴まってきて怯えていたので怖がることができない。

 やがて、広い部屋に通されて。

 中でドン、と座っていたのは三十代くらいの褐色肌の女性。腰くらいまでの黒い長い髪で、前髪を上げて左耳にたくさんのピアスをしている。半纏のようなものを羽織って、中はなんとサラシを巻いている。あぐらをかき、態度は男のようでもあったが、顔は黒い瞳の美人系。長い睫と厚い唇が色っぽい。

 その彼女の近くには、同じく褐色肌で、右耳にピアスをたくさん付けて、黒髪を立てたモヒカンの屈強な男が槍を持ち、護衛の様に控えていた。彼は白いタンクトップ風の服を着ていて、見るからに強そうな筋肉をしている。筋肉好きのアヤメが喜びそうだ。よく見ると二人の顔は若干似ている風でもある。

 まず、女性の方が玲菜とマリーノエラを見て問い出した。

「アンタらかい? あたしと話をしたい帝国の人間とかいうのは」

「は、はい」

 玲菜が返事をすると、二人に促す。

「ま、座りなよ。そしてまず自己紹介をしてくれないかい?」

 玲菜たちは座って、先にマリーノエラが自己紹介をした。

「私の名前はマリーノエラよ。技師をしているの」

 続いて玲菜が言う。

「わ、私は玲菜です。……考古研究者です」

 女性は「ふぅん」と二人を見て、自分も名前を言ってきた。

「あたしは、ここの族長のダリア」

 モヒカンの男も指す。

「そっちはあたしの弟のロッサムだよ」

 顔つきが似ていると思ったが、姉弟だったらしい。

 それにしても、女性でこんなに若くて族長とは。てっきり老人が出てくるものと思っていたのでびっくりする。

「さて」と、族長・ダリアは二人を一瞥して本題に入った。

「アンタたち帝国の人間が、あたしたち湖族になんの用だい?」

 玲菜は単刀直入に言った。

「あの、これから緑城に攻めるので、邪魔をしないでほしいんです」

「邪魔ぁ〜?」

 ダリアは「ふふっ」と笑って返した。

「ただの漁師の集落に、よくもまぁそんな物騒なことが言えるじゃないか」

 すかさずマリーノエラがつっこんだ。

「ちょっと! 知ってるのよ、湖賊稼業もしてるって。略奪しようとしないでほしいって言ってるのよ」

「略奪?」

 途端に、ダリアの表情が怖くなり二人を睨み付けてきた。

「生きるために金や食料を奪って何が悪い。けど、軍隊はそこに村があっただけで略奪するじゃないか。どっちが賊かわかりゃしない」

「え? 軍隊が略奪?」

 玲菜にはなんのことか分からずに、訊き返したが、マリーノエラは俯いて何も言い返せなくなる。ダリアは驚いたように玲菜に近付いた。

「アンタ、軍隊の実態を知らないのかい?」

「実態?」

 分からないという風にする玲菜を見下すようにあざ笑う。

「アハハハハ! もしかして世間知らずのお嬢様か何かなの? じゃあ、教えてあげるけど。連中は、戦の近くで通りかかった村を略奪するんだよ。村人を皆殺しして、金品や食料をすべて奪って」

 映画か漫画で、そういうシーンを見たことがあり、しかしそれは悪者の軍隊が『どれだけ悪か』を表現するための脚色だと思っていたので、普通の軍隊がそんな非道なことをするとは信じられない玲菜。

 ダリアは顔を近付けた。

「そうやって連中は戦の資金や食料を調達するんだ。命がけで戦って敵兵を倒して給料を貰うよりもずっと簡単だし、村は戦に巻き込まれたことにすればいい。つまり、村人にとっては軍隊も賊も一緒で、皆殺ししないだけ賊の方が少しマシなんだよ」

「そ、そんな……」

「あたしたちは兵隊が嫌いでね。元々ここも、そういう軍隊に襲われてすべてを失った者たちが多く住んでいるし。アンタたちは兵士じゃないみたいだけど、連中の仲間なら話は別。アンタたちを人質にすることだってできる」

 彼女は脅してきた。

「いい? 話はこれでおしまい。あたしたちは兵隊の言うことなんて聞かないで好きにやるからね。放っておいて。アンタたちは人質にされたくなかったらもう帰るんだよ」

 

 マリーノエラは青い顔をして玲菜に耳打ちした。

「無理ね。こいつら話が通じない。このままだと私たちも人質にされかねないし、仕方ないから戻りましょう。交渉は失敗よ」

(失敗……?)

「そんな、ここまで来て」

「気持ちは分かるけど、仕方ないのよ、レイナ」

 マリーノエラがそう言ったのに。

「嫌!」

 玲菜は立ち上がった。

「軍隊の中にはそういう悪い人がいるかもしれないけど、ショーンは違う! シリウス隊は違う!」

「シリウス?」

 近くに居た弟の顔つきが変わった。

「緑城を攻める帝国軍って、シリウス?」

「そうです! シリウス隊です!」

 きっぱりと、玲菜は言う。

「ショーンは、湖族に危害を加えないと言っています。あなた達が邪魔をしなければ集落は安全ですよ! もし望むなら、お城の金品だって分けるって言ってた。もしくはあなた達の望む物をなるべく、と。ショーンを信じてください! 何が望みですか?」

 自分でも信じられない見事な物言いに、一同は驚く。

 静まり返っている部屋で、誰かがボソリと呟いた。

「ワタシの望みはシリウス様だわ」

 聞き間違いか。野太い声だった。

 すぐに反応したのはダリアで、弟の頭を思いきりぶん殴る。

「ロッサム! アンタの意見は聞いていない。黙ってな!」

「痛いっ! 何するのよ、姉者〜」

 物凄くごつい弟の、まさかのオネエ言葉に放心状態になったのは玲菜とマリーノエラだ。

 しかも……

(しかも、シリウスのことが好き?)

 どういう反応をしたらいいのか分からない。

 二人が呆然としていると、気を取り直すようにダリアが訊いてきた。

「ショーンって誰? 偉い人?」

「偉いわよ! 帝国四賢者の一人だし、今回の戦の参謀長でもある。それに、シリウスと深い関係なのよ」

 マリーノエラの言葉に、別の意味で捉えるオネエが一人。

「深い関係ですって? ドコまでの関係よ!」

「ロッサム、黙りな」

 ダリアは弟に青筋を立てた。

 少し考えてから、二人に提案を出す。

「そのショーンとやらに、会ってもいいけど。あたしはやっぱり軍人を信用できないから。アンタたちがどれだけ『ショーン』を信頼しているか、何か覚悟を見せて証明してほしいね」

「覚悟?」

「たとえば、そいつの為なら顔を傷つけてもいい、とか。どうだい?」

「顔!? 嫌よ!!

 マリーノエラは即答だった。

(顔に傷?)

 玲菜はゾッとしたが、断ったらせっかくの交渉が決裂してしまう。

 痛いだろうとか、痕が残ったらどうするかとか……不安と怖さが襲いかかり、それでもそのくらいの覚悟もできないのかと、自分の心に鞭打つ。

(私は、ショーンのことを信頼している。その証明のために、傷くらい……! 多分、治るよ。元の世界に戻ったら治せる)

 現代日本の医学力を信じて、玲菜は覚悟を決めた。

「分かりました! いいです」

「えぇ!?

 慌てて止めたのはマリーノエラだ。

「やめなさい! 顔は大事よ! あんたの顔に傷なんか付けられたらショーンに恨まれるわ、私」

「大丈夫です! 私は日本の医療技術を信じてる!」

「ニホン?」

“日本”は通じなかったが、ダリアは玲菜の髪を引っ張って、懐に差した短刀を抜いて顔に近付けた。

「本当に? 後悔しない? 可愛い顔に傷が付くよ。どのくらいの深さかも言ってないし」

「やめてーーー!」

 マリーノエラは叫んだが。

 玲菜の意志は固く、目をギュッとつむって頷いた。

「後悔はします。でも私は……」

 声が震える。けれど、ショーンの為だったら。恩返しと思えば、そんな痛さなど。

「ショーンを信じているから!!

 

 次の瞬間、ダリアは短刀の向きを変えて腕を振り上げた。

 同時に何かが切れて、悲鳴を上げるマリーノエラ。

 畳に落ちたのは血ではなく。

「え……?」

 茶色い髪の毛だった。

 玲菜は目を開けて、痛くない頬を触り、次に自分の髪の毛を。

(あれ? 短い)

 ――切られたのは、顔ではなく、髪の毛だった。

「ちょいと、手が滑ったねぇ」

 ダリアは短刀を鞘に戻す。

「でも、アンタの覚悟は見させてもらったよ。ショーンさんをここに呼んできな」

「なっ……」

 畳に落ちた、玲菜の髪の毛を見て、マリーノエラはホッとして泣き出した。

「もう、なんなのよ〜〜〜!」

 玲菜を抱きしめて「髪で良かった。でも綺麗な髪が〜」と嘆き出す。

 一方、呆然としていた玲菜は短くされた髪と長いままの髪を比べて「十五センチくらい切られたかな」と妙に冷静に確認する。

(全体的に切って揃えなきゃ)

 多分、揃えて切ったら更にもう少し短くなって、顎のラインくらいになるか。なんて……考えている場合ではなく、ショーンをここに呼ぶのを見事に許されたことに喜ぶ。

(やった! これで交渉がうまくいく)

 玲菜は泣いているマリーノエラを慰めてから、二人でショーンたちが待たされている場所へ行くために族長の家を出ていった。

 

 

 そして……

 集落の隅で待っていた男たちの前に二人が姿を現すと、無事を安心すると共に玲菜の髪を見たショーンが震え声で彼女の髪を触る。

「ど、どうしたんだレイナ、この髪……」

 訳はマリーノエラが話し、「なるほど」と男たちは玲菜の勇気を褒め称える。ショーンだけは青ざめて「今回は髪で良かったけど、髪で良かったけど」とブツブツと未だに震えている様子。

 玲菜の肩を掴んで真剣な顔で伝えた。

「頼むから、自分を大事にしてくれよ。無茶しないで」

「うん。でも、ショーンが交渉できる! 良かったでしょ?」

 嬉しそうにこう言う彼女を見て、ショーンはなんとしてもすべての交渉をうまく進めようと心に決めた。

 

 

 ショーンと族長・ダリアの交渉は族長の家の一室で行われ、ロッサム含む三人だけで執り行われることになり、あとの者は別室で待機した。

 その間、客人として丁重に扱われた玲菜たちにはなんと茶や茶菓子などが出されて、喉がカラカラだった皆は喜んで待遇を受ける。

 イヴァンは器用らしく、玲菜の髪を切ってくれると申し出て、玲菜は彼に任せて切ってもらう。

 レオの好きなゆるふわウェーブの部分が無くなったことに少し残念な気持ちを覚えたが、髪を切り終わった玲菜の姿を見て、マリーノエラや護衛の兵士たちが「可愛い」と絶賛してくれたので。むしろ嬉しくて玲菜はイヴァンに礼を言った。

 

 

 しかも、交渉は夜まで続き、最終的にはショーンの大成功で終わるという快挙。

 戦時には邪魔をしない約束と、むしろ湖戦での応戦や壊れたら弁償が条件での船の貸し出し、それに、緑城潜入にあたっての重要な情報まで彼女らから貰う。それは――

「今回のアンタたちの作戦はね、向こうには半分バレているんだよ」

 なんと! 背筋が凍るような衝撃の事実。

「多分、アンタたちの所に密偵が居るんだろうね」

 ダリアの言葉に、ショーンは頭を押さえた。

「うん。だろうな。知ってたけど、他に作戦が無くてな」

「ええ!? ショーン、大丈夫なの?」

 青ざめたマリーノエラに「うん、うん」と頷く。

「だから、湖族への交渉は秘密だったんだよ。今ここにいるメンバーと、砂狼のレッドガルム団長のみ知っている作戦で、密偵の思う壺にはさせねぇ」

「ホント、すべて計算通りなんて、恐い男だねぇ」

 腕組みをするダリアに続き、ロッサムがなぜか顔を赤くしてショーンを見た。

「惚れたわ」

 あまりに怖い言葉だったので、玲菜たちは聞かなかったことにする。

 それよりも「計算通り」の方が気になった。

「え? ショーン、どういうこと?」

 玲菜が訊くと、ダリアが代わりに答える。

「この男は、あたしたち一族が、秘密の地下通路を知っていることを把握していたんだ」

「え!?

 秘密の地下通路と言ったか。

「つまり、今までシリウスたちが潜入しようとしていた地下通路は、密偵のおかげで罠ばかりで、このまま使っていたら全滅だったかもしれないから。作戦を変更する。湖族しか知らない秘密の地下通路から緑城に侵入することにしたんだ」

「ええ!? こんなギリギリで作戦変更!?

 マリーノエラの叫び通り、兵士たちも皆が仰天したが、ショーンは平然と返す。

「ああ。しかも、これはシリウスとレッドガルムだけに伝えて、他は潜入ギリギリまで秘密だから。密偵にバレないようにさ。ここに居る皆も口を堅くしてくれよ」

 ふと、この作戦の危うさに気付いたイヴァンがショーンに問う。

「でもショーンさん、この作戦って、湖族の人たちが完全に味方にならないと実行できないですよね? 戦の邪魔をするなっていう交渉だけじゃ、秘密の地下通路は教えてもらえないし」

「そーだよ。俺にとっての交渉の真の目的はそこにあったんだよ。湖賊とかはあまり問題視していない。ただ、“交渉”にさえ持ち込めば味方にさせる自信はあった。だからレイナやマリーノエラには感謝しているよ」

 しかし、そうだとしても一体どんな魔法で警戒心の強い彼らを仲間に引き入れたのか。確かにショーンは口がうまいが。皆が思う疑問を玲菜が訊くと、ショーンはニッと笑って答えた。

「緑城の金品・食料と、領土奪還した後の湖の所有権、それと独立を保ったまま、帝国との自由な商売許可」

「すべてあたしたちが、喉から手が出るほど欲しかったものだ」

 ダリアとロッサムは二人で頷く。

 それよりも、玲菜たち一同はショーン参謀長による無謀な取引に怯えてすくみ上った。

「ちょっちょっちょ……! ショーン軍師!」

 イヴァンは皆の心を代表してつっこんだ。

「なんで、勝手に一人でそんなこと決めてんですかーーーーーー!?

 まさかの独断で。ありえない。せめて皇子に相談してほしい。

「だーいじょうぶだよ!」

 どこから自信がくるのか、きっぱりと胸を張るショーン。

「俺が皇后様に直談判するから!」

「頼んだよ、ショーン」

 ダリアとショーンとロッサムは和気あいあいと話し、その他帝国の人間は皆でブルブルと震えた。

 

 そうして湖族と意気投合した一行は、今夜はここで泊まることになり、久しぶりのまともな食事と水、簡単な風呂と室内の寝床に、玲菜とマリーノエラは物凄く感激して一晩を過ごした。

 少し離れた場所で陣を張り、出撃準備をしている兵士たちに悪い気もしたが、自分たちの仕事は終わった。早朝にはいよいよ攻城戦が始まり、レオたちに対する不安も心配も果てしない。

 床に就いても「どうかどうか無事に」と、強く願う。

 

 玲菜は部屋の窓から見える満天の星を眺めて、彼のことを想像する。

(レオ……)

 今頃どうしているだろうか。

 まさか自分が一緒に付いてきているとは思っていないだろう。髪が短くなったことだって。

 ショーンやイヴァンや、マリーノエラが知っていても彼だけは知らない。

 結局お守りも渡せなかったし。戦が終わるまでは会えない。

 明日、秘密の地下通路から彼は敵の城に潜入するのだ。

(そんな危険なこと、皇子自らしなくたって)

 いくら密偵の罠を回避しても、城に潜入した後の危険は変わりなく、どれだけの兵士と戦うのだろうか。

(朱音さんも居ないし)

 怖くて体が震える。

(レオ……死なないで! 怪我もしないで!)

 心配は彼だけでなく、ショーンやイヴァンにもある。

(皆、みんな……無事でいてよ! お願い!)

 アヤメの好きなバシル将軍や黒竜、西方門防衛にあたっているフェリクスも。

 

 玲菜はその晩眠れずに、星に向かって皆の無事をずっと祈り続けた。


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