創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第六十二話:終結]

 

 ――夕刻。湖上の砦の湖周辺は静まり返っていた。

 やはり、緑城軍は手強い。

 元々少ない船であったが、帝国軍はかなり打撃を受けて、あとはもう残りの戦力で総攻撃をするしかない。それが恐らく最後。これで駄目なら撤退しかない。

 兵士の士気は次第に落ちていった。

 作戦上ではシリウス隊が現れてもいい頃をとっくに過ぎているのに。未だに現れないシリウス。

 まさか、潜入は失敗に終わっているのか。それこそ絶望で、兵士たちの心は沈むばかり。

 実際、負傷者及び戦死者はかなりの数が出ていて、敗け戦の流れになっている。

 兵たちの間では、密かにシリウスが捕まったという噂まで立つ始末。

 ここで相手の援軍が来て挟み撃ちに遭ったら一巻の終わりだ。

 ヴィクター皇子には、離脱の準備までされていた。

 

 

 そして、その、最悪な時はやってきた。

 

 

 夜の、皆が油断していた時に。なんと、敵国の援軍が到着。

 いきなり背後からの奇襲をされる。

 

「敵襲ーーーーーーーーーー!!

 

 アマテラス帝国軍の兵たちは混乱して、逃げ惑う者も。

 しかし背後から回られて、背中は湖。逃げ場はもちろん無い上に、更に沈黙を破って緑城からの攻撃が始まった。

 恐れていた挟み撃ちだ。

 司令長は慌てて指揮を執り、将軍や隊長が命令して兵たちに戦闘配備させる。決死の攻撃か全力の防衛か。一先ず防衛しかない。

 伝令によれば、鳳凰騎士団がこちらに向かっている様子なので、援軍の到着を待つのが良策。……というか、兵の士気も低く混乱している現状では総攻撃は無理だ。

 

 敵はまだこんなに砲弾を残していたのかと思わんばかりの砲撃が続き、残っていたこちらの船を撃沈していく。向こうの船からは弓隊による雨のような矢が降り注ぎ、次々に兵や馬が倒れる。

 こちらの大砲は届かなく、湖に落ちてばかりか、装填準備中に攻撃を受けて撃つことすら叶わない。

 更に、陸地は敵の援軍の騎兵隊による猛攻撃。

 

 このままでは鳳凰騎士団が到着する前に全滅してしまう――そう、皆が恐れた時だった。

 

 

 ――突然、緑城の内部で大混乱が起きた。

 まず現れたのは、巨漢である猛将軍バシル。人並み外れた力で、あり得ない大きさの剣を旋風の如く振り回して周りの兵を一掃。あまりの強さに、近くに居た兵たちは皆、怖気づいてしまう。帝国一強いと言われるのはただの噂ではない。

 彼が先陣を切り、次々に現れる帝国兵・潜入隊。

 すべての地下通路には封鎖や罠を張っていたはずだが、一体どこから……と、探す暇も無く、帝国兵たちがどんどん出てきて増えていく。

 それは、シリウス率いる帝国一の精鋭部隊・蒼騎士聖剣部隊とレッドガルム率いる傭兵団・砂狼。

 赤い髪のレッドガルムも、バシルと同じくらいの腕を持つ強者で、馬鹿でかい斧槍を持って敵兵を倒す。彼が進んだ先に居た兵士たちは突撃をする前に倒されて、気付くと周りの石壁や床は血の色で染まる。味方兵でさえ、巻き込まれるのを恐れて彼に近付けないほどだ。

 

 実は、潜入隊が出てきたのは、使われていない地下牢からで、ダリアの案内した秘密の通路。

 昔、囚人が密かに掘った抜け穴から遺跡の洞窟に繋がる道。そんな絶好の通路である洞窟は思ったよりも過酷で、来るまでに死者や負傷者が出てしまった。急いだのに、こんなに遅くなってしまった。

 だが、手遅れではなかった。

 

 銀の甲冑に青いマントを着けた男が、狙い撃ちされる危険な物見台の上に立って剣を掲げる。

 見張り用の松明に照らされたその姿を見て、湖戦の帝国兵たちは一瞬静まり返り、名を呼んだ。

「シリウス?」

「シリウス!」

 

 シリウスは味方の兵に向かって大声で言い放った。

「我はここに居る! 今から城を陥落させる! 皆も反撃を開始せよ!!

 

 次の瞬間には大歓声が上がった。

「シリウス!!

「シリウスーー!!

「うおおおおお!!」という雄叫びと共に、兵たちは同じように剣を掲げ、熱狂する。一気に士気が高まり、攻撃が勢いづいた。

 逆に、呆然としたのは敵側で、当然、ナトラ・テミス軍が混乱に陥る。

 あんな危険な場所に大将自ら立つことにも驚き、弓兵は矢を放ったが、心配には及ばず。

 シリウスの身を、優秀な忍者たちが一斉に守る。

 

 そして――

 帝国側の総攻撃が始まった。

 これは最後の攻撃で、ここで駄目なら撤退か全滅か。決死の選択だったが、不思議と兵たちは恐れておらず。覚悟を決めて突撃する。

 シリウス隊のために余力を残しておいた緑城軍だが、敵兵の想定以上の強さに恐れをなして逃げ出す者が多数出た。蒼騎士聖剣部隊はただの騎士団ではない。普通、騎士は馬を降りての戦いになると途端に弱くなるが、彼らは剣士としても相当腕を磨いているので、白兵戦に臆さない。砂狼団の兵士も同じく。むしろ彼らは攻城や潜入に非常に慣れている。どさくさ紛れに金品まで奪っているのは砂賊の頃の名残か。

 聖剣部隊の兵士は野蛮さに驚いたが、戦闘においては助けになるので目をつむる。

 更に、助っ人としてきた湖族の兵。族長のダリアは女ながらに秀でた格闘技を持っており、鉤《かぎ》の武器を使って敵を切り刻む。

 その弟・ロッサムの剛腕は半端なく、重量のある巨大な鎚《つち》を振り回して敵を倒す……というか、むしろ潰す。下手すると、素手でも鎧姿の兵士を倒すことができている。

 他、族長に付いてきた湖族の兵も言うに及ばず、槍や銛《もり》を使って敵を倒していく。

 形勢は明らかに逆転した。

 シリウスの首はたくさんの兵が狙っていて、突撃してきたが、逆に分かり易いので敵を倒しやすい。レオは自ら囮になって戦う。両刃を使って敵を斬り、傍にはショーンも。

「オヤジ、無理すんなよ」

 レオは籠手を外して刀と短刀の二刀を構えた。

「何やってんだよ、籠手外すなんて」

 ショーンは注意したが、レオは、外せるものは外していく。

「邪魔だし重いだけだ。斬られなきゃいいんだろ?」

 言った途端に彼は敵兵の中に突っ込み、数人を斬り刻んだ。補佐をするのは黒竜で、皇子には指一本触れさせない。疾風の如く、敵の急所を突いていく。

 たまに自分まで守られて、ショーンは「畏れ入る」と感謝した。

 レオが多少無茶な戦い方が出来るのもすべて彼らのおかげだ。

 

 

 帝国軍の勝利は目前で、追い打ちをかけるように援軍として鳳凰騎士団が到着した時には、陸の方は大分落ち着いてきていた。

 ナトラ・テミスの援軍を逆に挟み撃ちにする形で、フェリクス率いる鳳凰騎士団は突撃する。

 敵にとっては堪ったものではなく、逃亡したり投降する敵が多く出てきた。

 

 玲菜を乗せて最後に来たイヴァンは、帝国軍の優勢状態の戦場にびっくりした。玲菜も同じく。凄く緊張していたのに戦が治まってきている。

 しかし油断はできず、城の内部ではまだ戦っているようだ。

 イヴァンは馬を降りて、玲菜も降ろして、伏せながら味方兵の合間をぬう。

 ちょうど木の陰の安全風な場所に着き、緑城の方を見ると、目立つ危険な場所でなんと、レオが敵に囲まれていた。

 敵側はとにかくシリウスの首をと、決死の作戦に変えてきて、黒竜やショーンたちだけでは苦戦している様子。

 それが見えたイヴァンは、悲鳴を上げそうになっている玲菜を静まらせて、今、彼を助けられる方法を考える。

 近くで倒れて死んでいる射撃手の、大型の機械仕掛けの弩《おおゆみ》と太矢を持った。

「貸して下さい」

 死者に一言断りを入れてから弩を眺める。

「これならなんとか……飛距離もあるやつだし」

 今居る場所から湖を越えて果たして届くだろうか。予想だとギリギリ。ここに射撃手が居たということは恐らく可能か。ただ、城壁が邪魔だが、なんとか隙間を狙えば……。

「レイナちゃん、周りを見張ってて」

 イヴァンは弩の巻き上げ機を回して弦を引く。

「え? イヴァン君、何を?」

「見て分かるでしょ?」

 まさか、こんな場所からレオの周りに居る敵兵を狙い撃つというのか。

「あ、あんな遠くだよ! もし届いても、間違ってレオに中ったりしない?」

 怯える玲菜と、弩を構えるイヴァン。

「オレはさ、鍛冶屋だったから矢とかも作ってたんだけど、その矢で、結構練習したから。実は射撃が得意なんだよ」

 言っていることは頼もしいのだが、声が震えているし、体も震えている。

「イヴァン君、大丈夫!?

 玲菜は心配になった。

「大丈夫だよ、オレは。アイツを助けるんだ」

 そうイヴァンが意を決した時、一度倒れた敵兵がレオのすぐ後ろで立ち上がったのが見えて。

 イヴァンは迷わずに太矢を発射させる。

 

 その矢は風を切り、湖上を一直線に飛んで城壁の隙間を抜けて――見事、敵兵に命中した。

 

「やった……!」

 まさか本当に、命中するとは思わなくて、イヴァンは震える声で喜ぶ。

「イヴァン君!」

 玲菜も信じられない。

 

 レオを後ろから狙った敵兵は貫いた太矢で倒れて、気付いたレオたちが「危ないところだった」とびっくりする。同時に、どこから撃ったのかと、助けてくれた射撃手を捜したが見つからない。

 まさか湖を越えた岸から撃ったとは……しかも、イヴァンだったとは思いもよらない。

「どこの誰だか知らないが、助かったな」

 レオは後で礼を言おうと心に決めて、また兵と戦う。もう、相手が白旗を挙げるのは時間の問題だ。

 

 一方、イヴァンは嬉しさの余り、玲菜に抱きついて喜ぶ。

「レイナちゃ〜ん! オレ、やったよー!」

「あ、あの、イヴァンく……」

 さすがに抱きしめられるのは焦るので。玲菜が彼を落ち着かそうとした瞬間――

 目に映ったのは。逃亡しようと走っていた敵兵三人。

 彼らは必死で逃げようとしていて、帝国側のイヴァンの格好を見るなり、「うわぁああ」と叫びながら襲いかかってきた。もしかしたら捕まるんじゃないかと思ったらしく。

「イヴァン君!」

 玲菜の声で、それに気付いたイヴァンは弩を置き、自分が装備していた剣を抜いて彼らに向かった。

 あまりの恐怖に、叫んだのは玲菜だ。

「イヴァン君……!!

 

 

 *

 

 

 間もなくして、相手が白旗を挙げて、戦は終結した。

 帝国軍は勝鬨《かちどき》を上げて皆が大歓声を上げる。

 ――龍宮の緑城は制圧。

 ナトラ・テミス軍は撤退して、投降した兵士は捕虜にした。

 多大な犠牲をもって、領土を奪還。

 明けてきた朝日で湖は美しいエメラルドグリーン色に染まり、反射して白い壁の城が緑色に見える。龍宮の“緑城”とはよく言ったものだ。

 湖の色はかつてそこが海だった証。“龍宮”という名にも、大昔の言い伝えと関連していると言われている。

 

 ショーンは早馬で伝えられた報せを聞いてホッと胸を撫で下ろしながら空を見上げた。

 緑城への攻城を湖から開始した時点で、帝国西方門からも大軍が引いていったのだという。

 但し、こちらも一時占拠されそうになって、被害は計り知れない。

 一応、すべて自分の計算通りに勝ったが。

(手放しでは喜べねーな)

 戦が終わった時にと、取っておいた煙草を一服する。

 思ったよりも苦戦した。

 果たして向こうが休戦を持ち込んでくるかどうか……微妙な所。

(こんな犠牲を払って、戦が終わらなきゃ報われねーな)

 持ち込んできてくれることを願う。

(後始末もたくさんあるし)

 しかしまぁ、今は一時の勝利に酔いしれるか。

 せっかくの取り返した砦で、本日は存分に休む。

 まずは城内を調べて、晩には軽い宴会。緑城は一団に任せて、他の者は明朝から帰る。まずは鳳凰城塞に戻らないと。その後は都で凱旋だ。

(って、こんなこと考えている暇は無ぇ!!

 ショーンは砦に帰りついて待っているはずの玲菜を思い出した。

(アヌーの結晶石探さんと!!

 彼女のために大事な物を城の中から探さなくてはいけない。

 既に傭兵たちが金品を漁っているし、どさくさに紛れて湖族たちも。

 見つかったら彼らに盗まれかねない。

 ショーンは急いで城内を端から捜し始めた。

 

 一方、レオは……というと。

 兵たちに称えられながら、密かに聞いた報せに怒りが込み上げる。

(あ、あの野郎〜〜〜〜〜)

 実は、ヴィクター皇子は昨夜の内に離脱してしまったとの事。

 いくら一時全滅の恐れがあったとはいえ、ある意味期待を裏切らない。

(兵たちを置いて自分だけ逃げるとは、さすがだな)

 それよりも、自分を助けてくれた射撃手を捜すか、と思う。

 あと、友人の安否も確かめたい。

(イヴァンの奴、結局どこで戦っていたんだ?)

 砂狼団は、一緒に城の潜入隊だったはずだが、地下通路時も戦闘時も、全く姿を見なかった。

(まさか、無事だよな)

 幸い、自分の部下たちに死者は出なかった。負傷こそあるが、重傷な者も居ないし。砂狼のレッドガルムや、湖族の連中も無事だ。自分やショーンも軽い怪我だけで済んでいる。

 あとはイヴァンの無事確認のみ。

 レオはとりあえず城の片っ端からイヴァンを捜し始めた。

(あと、オヤジも)

 ショーンにも訊きたいことがある。

 それと、ついでにどこかで汗も流したい。

 

 

 その頃。

 湖の周りの岸に、臨時的に設けられたテントにて。玲菜は横たわる一人の男の前で泣きじゃくっていた。

 こげ茶色のくせ毛の男は、優しく笑いながら彼女に話しかける。

「レイナちゃん、泣かないで」

「だって……! だって、イヴァン君……」

「オレ、結構強かっただろ? 三人相手に」

「……うん」

 彼は、三人と同時に戦って勝った。

「でも……足が……!」

 だが、その際に脚を斬られて倒れた。

 運よく切断や骨折、多量出血は免れたが。しばらくの間、不自由な歩行を強いられる。

「大丈夫だよ〜。大したことないから」

 彼は平然と言うが、玲菜としては……

「恐かった。イヴァン君が斬られるんじゃないかと思って、私」

「うん。ま、斬られたけど」

「ごめん。ごめんね、イヴァン君」

 もしかして自分が無理にここに戻ってきたから、と責任を感じる玲菜。

「なんでレイナちゃんが謝るの」

「だって、私が、ここに戻りたいって言ったから」

「むしろ感謝しているんだよ、オレは」

 イヴァンは照れながら言った。

「オレも戻ってきたかったんだよ。戦いたくてさ。結局あんま役に立てなかったけど、でも……」

 ずっと望んでいたこと。

「偶然、アイツを助けることができて良かったよ。あの時必死で混乱してたけど、満足してる」

 そうだ。彼は、レオの命を助けた。

 レオはきっとそのことを知らない。

「ありがとう、イヴァン君」

 感謝する玲菜に、イヴァンは恥ずかしそうに笑う。

「あはは。あとでレオに言っとかなきゃ。アイツ、信用しないかもしれないから、レイナちゃんからも言っといてね!」

 言われてふと、レオのことを思い出す。

 彼はあの後、無事だっただろうか。

 皆が歓喜して、訃報を聞いていないので多分平気だろう。

 ショーンのことも。

(あ! ショーン!)

 ついでに自分の使命……というか、アヌーの結晶石を見つけることを思い出す。

 ちょうどイヴァンも思い出したみたいで、促してきた。

「あ、そうそう、レイナちゃん、どうしてもしなきゃいけないことがあって、ここに戻ってきたんじゃないの?」

 そうだ。

 イヴァンの顔を見ると、彼は頷く。

「オレは平気だから、行ってきなよ」

「う、うん」

 玲菜は立ち上がる。

「イヴァン君、色々とありがとう。またあとで来るから」

「はーい。行ってらっしゃい」

 手を振り、何度か振り向きながらテントを出ていく玲菜。

 彼女が居なくなってから、イヴァンは「はぁ」と溜め息をついてボソッと呟いた。

「危ねぇ。レイナちゃんも可愛い」

 危うく生じかけそうになった気持ちを振り払って、ミリアのことを想った。

 

 

 玲菜は外に出ると、湖を渡って緑城に行こうとする湖族の船に乗せてもらうことにした。

 兵士たちは沈没した船を回収したり、死体を引き上げたり忙しい。単純に喜んでいる者もいたが、戦死者は多く、悲しんでいる者も多い。

 負傷した者で、一足早く鳳凰城塞に戻る集団も。

 そして、ほとんどの者は疲れて眠っている。

 つい数時間前、あんなに血生臭く激しい戦闘が起きていたのが嘘のようだ。

 

 

 やがて緑城に着き、玲菜は船を降りて城内に入った。

 アヌーの結晶石がどこにあるのか見当もつかないし、そもそもどんな見た目なのかが分からない。

(とりあえず、宝石っぽいの探せばいい?)

 イメージだとそういう感じだ。

 玲菜の頭に浮かんだのは、預言者・シドゥリが腕に填めていた石の腕輪で、あれは確か『アヌーの腕輪』という名前だった気がする。その、腕輪には青い丸型の宝石が埋め込まれていた。

(なんか、分かんないけどあれに似ているのかな?)

 なんとなく、青い宝石な気がする。

 玲菜はショーンも捜しつつ、宝石がありそうな部屋に入って、青い石を集めて回った。

 既に荒らされている部屋も多く、金品を盗んでいる湖族や傭兵を見ると念の為に訊いてみる。ついでにショーンを見かけていないかも訊き、何人かに訊いた後、ようやくショーン情報を得たのでその方へ向かった。

 

 そこは、城主の部屋で、確かに重要な宝がありそうな気がする。というか、そんな場所、既に盗まれていやしないかも心配だ。

 けれど、一先ずショーンが居たということなので、その部屋に行ってみる。

 すると……

 残念ながら、ショーンは居なく。しかも荒らされた形跡があり。

 少し探してみたが、貴金属は無い。

(居ないし。宝石も無いし)

 玲菜はガッカリして別の部屋に行こうとドアを開けた。

 その時、ちょうど誰かが入ってきて。

 

「オヤジ? ここに居たのか?」

 

 

 多分、目の前の人物は同じようにショーンを捜してこの部屋にたどり着いたと思われる。一度、城内の浴場で軽く汗を流して、甲冑や鎖帷子や青マントは脱いだ。シャツとズボンだけの、皇子だと分からない格好で歩いていた。

 そして、人影があったから、ショーンと呼んだのだと。

 

 まさか。代わりに彼女が居るなんて思いもよらない。

 この場に、居るわけが、無いから。

 

 彼女がこの場に居る訳が……

 

 しかし、玲菜にとっては、彼がこの場にいる可能性を知っていたわけであり。

 先ほども遠くから姿を見ている。

 いや――

 ずっと……

 

 ずっと、遠くから、彼の姿を見ていた。――いつも……

 

「レオ……?」

 

 つい、名前を呼んだが、信じられなくて放心状態になる玲菜。

 こんな所で偶然会うなんて、思っていなかったから。

 心の準備なんてまるで無い。

 

 頭の中が真っ白で。

 体が震えて。

 本当に彼なのか。もしや夢か幻か。

 だって、彼の瞳が自分を映しているなんて、信じられなくて。

 

 その彼が、同じように「信じられない」という眼で、訊いてきた。

「なんでお前……」

 聞きたかった彼の声だ。

「髪が……短い……」

 若干震えているような。

 

 

「……レイナ?」

 

 

 ずっと聞きたかった、彼が自分の名を呼ぶ声。

 

 聞いた途端に玲菜は力を無くして床に崩れるように座った。

 するとレオも膝をつき、同じ目線でまっすぐ見つめる。

「お前……髪が短い」

 そう言って、レオは玲菜の髪に触れた。

 その手が前と変わらずに優しくて、玲菜は涙を零す。

 目を開けていられなくて目を閉じて、彼の名を呼んだ。

「レオ……」

 胸がいっぱいでもう駄目だ。

 気持ちが抑えられない。

「レオ……レオ……」

 伝えたい言葉が多すぎる。

 しかし、一番に伝えたい言葉がある。

 

「会いたかった」

 

 彼が嫌だと言っても、自分は会いたくて仕方なかった。

 遠くから見るだけでなく、喋りたかった。

 もう我慢できない。

「ふ、触れても……いい?」

 ずっと触れたかった。

 玲菜は震える手で彼の服の袖を掴む。

 

「お前、馬鹿だろ」

 レオは玲菜の髪と背中に手を回してギュッと抱きしめた。

「いいに決まってる」

 それは力が強くて、玲菜は少し痛かったが、むしろ心地好くて幸せを感じられた。

「レイナ……!」

 彼に名前を呼ばれる度に涙が溢れる。

「俺だってずっと会いたかったんだよ」

 自分と同じく、彼も体を震わせているから。余計に。

「一人になりたいと言ったこと、後悔しているんだ」

 

 その時、廊下で人の気配がして、レオはとっさに部屋のドアを閉めて鍵を掛けた。

 これでもう、邪魔は入らない。

 レオは一旦離れて、玲菜の頬に手を添えた。

「キスしてもいいか?」

 

「レオ、馬鹿でしょ」

 玲菜は顔を上げてそっと目を閉じた。

「いいに決まってるのに」

 

 そして二人はキスをした。

 

 何度も何度も口づけを交わして、レオはゆっくりと立ち上がり、玲菜も立たせた。

 腰に差していた刀や短刀は床に置く。

「俺はもう訊かない。お前も俺と同じこと思っているだろうから」

 彼はこの部屋にあるベッドに玲菜を連れていって寝かせる。

 そして自分は彼女の上に重なった。

「ただ、これだけは言わせろよ」

 彼女の髪に触り、頬にも優しく触れた。

「レイナ……」

 言いながら優しくキスをする。

「お前が好きだ」

 短くなった髪にも、何度も唇を触れさせた。

 そのまま耳元で囁く。

「愛している。レイナ」

 

 玲菜もまた、彼に伝えられなかった言葉を、初めて言った。

 

「私も愛しているよ、レオ」

 

 初めて異性に本気で伝えた言葉。

 不思議と恥ずかしくはなく、自然と口から出た。

 

 

 ずっと泣いていたのに、また涙が出る。

 彼に触れて、愛しいと思う度に。

 

 二人はギュッと抱きしめ合って、想いを伝い合うように手を握る。

 そしてレオは、その手の温もりと感触が、あの時、自分が倒れた夜に握ってくれた手と同じだったと確信した。

 できることならこの幸せな状態のまま、時が永遠に止まればいいと願いながら。


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