創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第六十三話:宣言]

 

「え? イヴァンが!?

「そうだよ。あの弓矢はイヴァン君が放ったの」

 

「信じらんねーな〜」

 まさにイヴァンが心配していたことをそのまま言うレオに、玲菜は注意した。

「ホントだよ! イヴァン君頑張ったんだから、それに命の恩人なんだから、レオは感謝して」

「んー」

 レオは半信半疑で頷き、「それよりも」と気付いたことを問う。

「お前、いつの間に“君付け”で呼んでる?」

 妙に気になる。

「え? 昨日からかなー? 私、イヴァン君と仲良くなったから!」

 それは……少し気に食わないと思いながら、レオは自分の目蓋の重さに耐えられなくて目を閉じた。

 気付いた玲菜は怒って彼を起こす。

「あーーー!! 寝た! ちょっと、まだ話してんだよ!」

「あ、後で聴くから。頼むから寝かせろよ。もう俺は限界なんだよ」

 レオは半分白目をむきながら話す。

 

 緑城の一室のベッドの上で。彼の腕を枕にしながら、玲菜はレオの口を頬ごとつまんだ。

「私だって眠かったんですけど。それなのに何度も求めてきたのは誰?」

 おかげで玲菜は目が冴えてしまった。

「そのせいで私は眠気が消えちゃったの! どうしてくれんの!」

 玲菜に責められて、レオは眠い目をこすって無理やり起きた。自分の口を掴む彼女の手も外させる。

「わ、悪かったよ。ただ俺は、だからこそ疲れて……」

 なんて欲求通りなのか。

「私はもっとレオと……」

 会話がしたいのに。今までのことを。

 隣で俯く玲菜を見て、レオは観念した。

「分かったよ。じゃあ、あと一回だけ」

「え?」

「しかし、お前も好きだよな〜」

 何か勘違いをして首筋にキスをしてくるレオの頭をぶっ叩く玲菜。

「そっちじゃない!! 私がしたいのは、お喋りなのー!!

「いてぇ……!」

 叩かれた頭を押さえながらレオはもう一度頼んできた。

「じゃあ、一時間だけ。頼むから寝かせろ。起きたら話聞くから。ホントに俺は、一晩中戦っていたから疲れているし」

 それならどうして先ほどは何回も……と、つっこむのはやめにして、玲菜は仕方なしに承認した。

「うん、分かった。じゃあ一時……」

 こっちが言い終わる前に眠ってしまうレオ。

 そんな彼を見て玲菜は呆れたが。寝顔が可愛かったので許す。

(レオ……)

 許すというか、愛しい。

 そう彼を眺めていたら、急に先ほどのコトを思い出して顔から火が出そうになった。

(ちょっと待って。……ちょっと待って!?

 あんなに激……いや、情熱的な。

(しかもここどこ!? 誰のベッド!?

 布団は上質で柔らかいが、知らない人のベッドでよくもまぁ。

(ってか……)

 離れた壁にある窓のカーテンは開いている。

(で、でも、外からここは見えないよね? 窓遠いし、三階だし)

 そして入り込む明るい陽射し。

(昼間っから)

 まさか、廊下で誰かに声などを聞かれなかっただろうか。

(誰か居たら聞こえたかも!)

 玲菜は両手で顔を覆った。

 あまりに恥ずかしすぎて気絶しそうだ。

(みんな、なんか忙しそうに色々してるのに。私たちってば……ナニやってんの)

 そもそも、アヌーの結晶石を探しにきたのに。

 今からまた、探す続きをしようかと、玲菜はベッドを降りようとしたが。

(ああ、でもなんか)

 微妙に気だるいというかなんていうか。

(もう少し、このまま眠っていたい)

 幸せな気分に浸っていたい。

 

 玲菜は彼の腕の中で幸せを感じながらまた眠りに就いた。ずっと辛い日が続いたから、せめて今くらいはこのままでいても罪にはならないだろう、と。

 

 

 そして……

 玲菜が心地好い気分で目を覚ました時。目の前には彼の顔があって、優しく微笑んでくれていた。

「レオ……」

 彼の手は自分の髪を撫でている。

 玲菜は嬉しくて、恥ずかしくて。照れながら話しかける。

「おはよう」

「朝じゃねーよ」

 彼に言われて、窓の方を見ると、夕日が部屋に入り込んできている。

(寝過ぎた!)

 一時間だけ寝ようと思ったのに。

 慌てて玲菜は起きようとしたが、彼が腕を回して引き寄せてきたので起き上がれない。

「大丈夫だよ。のんびりしてたって。今夜はどうせ、ここで祝杯上げるだけだから」

「で、でも、シリウスは皆の前に出なくていいの?」

「いい」

 彼は笑いながら答える。

「シリウスだって、人間なんだから、疲れて寝てるんだよ」

 それもそうか。

 なんとなく、皆がシリウスを捜しているような気もしたが。玲菜は頷いて「それでも」と、上体を起こした。

「いつまでもこうやってダラダラしてても意味ないから起きよう?」

「うん、まぁ、そうだな」

 レオも起き上がり、だが、玲菜が布団で体を隠しながらベッドから降りようとすると後ろから抱きしめてきた。

「レイナ」

 まだ、何かしようというのだろうか。

「あ、あの、レオ。とりあえず服着てから」

「前に、オヤジに言われて気付いたんだ」

「え?」

「俺は、運命を信じないって」

『運命』とは、よくレナも言っていた言葉。

 預言者・シドゥリの予言にもあった。

『シリウスであるアルバート皇子が皇帝になり、その配偶者はレナになる』と。

 彼はもう一度言う。

「俺は運命を信じない。けど、お前のことは信じる」

 ずっと悩んで考えていたこと。

「お前が過去から来たということもすべて」

 レオなりに出した結論だ。

「でも、お前を帰す気は無い。未来の予言は信じないから」

 なんてまっすぐで、強い言葉だろうか。

 

「俺は“運命”を変えてやる」

 

 びっくりするようなレオの言葉に、玲菜は、彼ならば本当に“運命を変える”ことが出来るような気がした。

(運命を変える? ホントに?)

「俺はそうやって、今まで生きてきたんだ」

 抱きしめる腕に力を込めるレオ。

「だから、ずっと傍にいてくれ、レイナ。もう離さないから」

 そんなこと言われたら、泣いてしまう。

「レオ……」

「分かったな?」

 これはきっと、将来を決める選択で、軽い気持ちで返事をしてはいけない。『うん』と返事をするということは、もし可能なら、この世界に留まるということ。

 父や元の世界と決別するということ。

 それでいいのか。

(お父さん……)

 

 それでいいのか?

 

「ううう……」

 返事ができない玲菜。

 この期に及んで決断が出せない。

(レオと離れたくない)

 ただ、紛れも無くこれは確かで、玲菜は口に出した。

「レオとずっと一緒に居たい。ただ、お父さんも大事なの」

「お父さん?」

「うん」

「そうか」

 彼女が悩む理由にすべて『父』があると、悟るレオ。

(さすがに難しい、か)

 しかし、レオには妙な自信があった。

(でもまぁ、最終的には俺を選ばせてやる)

 とりあえずこの場は彼女を苦しめるので返事を強要しない方がいい。

「分かったよ。返事は今度でいいから」

 レオは玲菜から腕を解いて一先ずずっと感じていたことを口に出した。

「とりあえず、腹減ったから。服着てメシ食いにいくか」

「う、うん」

 彼ならそう言うだろうと、玲菜は分かっていた。

 床に落ちていた服を拾ってコソコソと着ていると、パンツ(トランクス風)姿のレオが何かを見つけてその方に歩いた。

「この部屋風呂があるな。入るか」

 ここは城主の部屋だと聞いた。裏付けるように豪勢な部屋の造りで、広い室内に立派なベッドや家具。バスルームまで完備とは。

「お風呂あるの? 私も入りたい!」

 玲菜まで食いつくと、レオは口元を緩ませて誘ってきた。

「一緒に入るか? 来いよ」

 だが、断る。

「やだ」

「なんで。恥ずかしがってんなよ、今更」

「恥ずかしがってなんか……」

 ないわけではないが『風呂は駄目だ』と、玲菜は昔友達に聞いた話を憶えていた。

『一緒に入っていると、その内、相手の体に見慣れてしまう』とのこと。

「じゃ、先に入るから。入りたくなったらいつでも来いよ」

 レオは『どーせ後から入ってくるだろう』と期待して風呂に行ったが、玲菜は一切入って来なく。

 

 若干のぼせつつ風呂から出てきた。

「熱い。あと、腹減った」

 髪を拭きながらパンツ姿で出てきて、ベッドに倒れこむ。

 その姿はシリウスの欠片も無い。

 戦場で英雄扱いされる凛々しいアルバート皇子の実態がこれか。

「も〜〜〜レオ! 服着なさい!」

 呆れ返って玲菜がレオのシャツを彼の体の上に乗せると、渋々被る。袖を通して、ズボンも穿いて、またベッドに寝転がった。

「腹減った。動けない」

 玲菜は彼の食欲発言を無視して風呂に入ることにしたが、ふと気になったことを訊いてみた。

「あ、あの。タオルある?」

「ある。バスルームん中に」

 レオの答えに、今更ながら心配をする。

「っていうかさ、ここの物、勝手に使っていいのかな?」

「いいんだよ。もう奪還したんだから。この城は帝国軍の物だぜ。っていうか、ヴィクターも居ないし、実質、俺に所有権があるな。今日から俺の城だよここは」

 なんと。

 皇子ゆえの大胆発言か。

「嘘でしょ?」

「うん?」

 レオは考えるようにして言った。

「まぁ……そうだな。しばらくはシリウス軍の管理下に置いて。その場合はバシルに任せるか。あとはその内、貴族に所有させるかもしれないけど。俺の手に戻してもいいし」

 本気か?

 唖然としている玲菜に、レオは促してきた。

「それより早く風呂入れよ。出てきたら一緒にメシ食いにいくから。ホントに俺は腹減って限界だし」

「は、はい。急ぐからちょっと待っててね」

 玲菜は急いで風呂に向かった。

 

 

 ―――――

 

 辺りはすっかり暗くなり、夜になった頃。

 緑城に有った食料と酒で兵たちが自ら御馳走を作って祝杯が始まった。それは城の内外、湖の畔でも行われ、活躍した湖族も加わる。

 軍の中には料理人も居るし、まさか、ショーン軍師が料理人顔負けの腕を披露してくれるとは思わなかった。対抗するのは湖族のモヒカンおネエ・ロッサムで、こちらも負けないくらいの料理の腕前。

 皆は乾杯をして、勝利の宴は盛り上がる。

 そういえば我らのシリウスが居ないと、兵たちはざわついたが。多分疲れて寝ているのだろうと判断される。

 しかし、「そうではない」と知っていた人物が一人、宴の席を外して城の片隅で酒を片手に煙草を吸う。

 それはショーンで、今朝、城の中で偶然に見た光景を思い出す。

(まさか、ここに戻ってきていたなんて。無茶をするな)

 アヌーの結晶石を探して城内の部屋を回っていた際に、金品を盗んでいた湖族から『シリウスがショーン参謀長を捜していた』と聞き、彼が向かったとされる部屋に自分も行った時。

 ――部屋の中でレオと玲菜が抱き合っていたのが一瞬見えた。

 すぐに、人の気配を察知したレオにドアを閉められたのだが。

『ああ、そうか』と、すべて悟った。

 多分、玲菜が砂上の砦に戻らずにここに戻ってきたこと。

 戦が終わって、きっとアヌーの結晶石を城で探していたこと。

 その時に、自分を捜していたレオと偶然会ったこと。

(抱き合ってたってことは、元の鞘に戻ったんだな。そりゃそうか)

 二人は離れてもお互い好き合っていたし、会いたがっていた。こんな所で偶然に再会したら気持ちが盛り上がる。

(アイツ、ドアを閉めた上に鍵まで掛けてたし)

 容易に今の状況が想像できる。

 途端に煙草の煙でむせるショーン。

「ああ……」

 火を消して、酒を飲むことにした。

(良かったな、二人とも)

 

 

 一方。

 レオはまたボサボサの頭に皇子とは思えない格好で宴会に参加する。玲菜は、ここに女性が居るのを珍しがられる(女兵士や湖族など多少は居るが)ので、マントを被って顔を隠し気味に彼の横に付く。服装も目立たないように、部屋に有った男物のズボンを穿いて来た。

 大食いはまだしも、あまりに彼が飲みすぎると止めて、「そういえば」と食料と酒を土産に湖畔の臨時テントの方へレオを連れていった。

 

 臨時テントには“彼”が居る。

「イヴァン君!」

 名を呼びながらテントを開けると、彼は慌てて「ち、違うんです! 安静にしてますから! 宴会に参加しようだなんて……」と言いながら座った。

「え?」

 どうやら別の人物と勘違いしていたらしく、二人の姿を見たイヴァンは訳を話した。

「な! びっくりした。レイナちゃんとレオだったのか。オレはてっきり看護師さんかと……」

 びっくりしたのはこっちだ。

「イヴァン君、もしかして、宴会に参加しようとしてた?」

 玲菜に図星を突かれて、焦るイヴァン。

「うっ……い、いや。まさか。看護師さんから止められてんだ。そんなことしないよ」

 眼は完全に泳いでいる。

 レオは「はぁ」と溜め息をついて彼の前に出た。

「イヴァン、レイナから話は聞いたぞ。名誉の負傷だってな」

「う、うん」

 いざ、本人を目の前にすると照れくさいのか、イヴァンは細い目をそらす。

「聞いたなら良かった」

「全部は聞いていない。なぜお前らが一緒に居たのかとか、レイナが戦場に居る理由だって。あとで聞くけど。でも……」

 レオまで照れくさそうにそっぽを向いた。

「あ、ありがとう。お前は命の恩人だ。後日、じきじきに礼と勲章があるから。楽しみにしとけ」

「勲章なんていらねーよ」

 ボソッと言うイヴァンに、レオは「はあ?」と訊き返した。

「なんだよ、その態度。人が折角感謝しているのに……」

「だって。お前を助けるのは勲章が欲しいとかカンケーねーもん。当たり前だろ」

 レオは何も言えなくなって、代わりに酒を前に出した。

「なら、勲章じゃなくてこれを」

 そちらの方は受け取って、イヴァンはニッと笑った。

「じゃあ、乾杯しようぜ! 勝利の」

 その後しばらく玲菜とレオはイヴァンのテントで祝杯を挙げた。テントには他にも怪我人が居て、彼らも仲間に入れる。

 あまりに盛り上がっていたら、怪我に障ると看護師に怒られたので少し静かにした。

 そして、初めてイヴァンから玲菜がこの場にいた理由の話を聞くレオ。

 まず、彼女は湖族との交渉役になって湖戦の陣を張る場所までマリーノエラと共に付いてきていたということ。

 それから、彼女が交渉を成功させたということ。

 自分は帝国まで送る役を引き受けたが、途中で鳳凰騎士団と遭遇した時に一緒に引き返してしまったこと。

 話を聞いて、頭を押さえるレオにイヴァンは謝る。

「ごめん。なんか、無事だったから良かったけど、戦場に女の子連れてくるなんて……軽率だった」

「ああ、まぁ、おかげで俺は助かったとも言えるが。うん……」

 イヴァンが来たから、レオは助かった。そして、玲菜が行くことになったからイヴァンが来た……とまぁ、考えれば、そうなるが。しかし、無事だったから良かったなんて、本当にその通りで、無事ではなかったことを想像してゾッとするレオ。

(まだ戦の最中に、レイナは居たのか)

 てっきり戦が終わってから来たのかと思っていた。まぁ、ほとんど終結する直前だったが、まだ敵兵も居たことだし、安心できない。現にイヴァンは敵兵と遭遇して負傷した。これも、倒したから良かったものの、もし倒せていなかったら……

「あと、ショーン軍師にも謝らないと」

 落ち込むイヴァンに、「ああ」と頷くと、レオは「そろそろ行く」と玲菜を連れてテントを出ていった。イヴァンにだけ挨拶をしつつ。

 

 レオに引っ張られながら歩く玲菜は、彼の力が妙に強いことに不安を感じて声を掛けた。

「あ、あの、レオ。次はどこ行くの? ショーンの所?」

「そう思ったけど、オヤジ居ないし。あと、ダリアたち…湖族にも会おうかと思ったけど、気分が乗らなくなったからやめた」

「えぇ? どうしたの?」

 どうも、彼が不機嫌なのは気のせいではない。

「別に。疲れただけだ。酒もメシも充分食ったし、もう寝る」

「え? もう寝るの?」

「ああ」

 レオはまた玲菜を強く引っ張ってどんどん歩いた。湖を渡る船に乗った時は無言でムスッとしていたし、城に着いても人混みを早歩きで進むので、玲菜は転びそうになった。

「レオ! お願い、もっとゆっくり歩いて」

 けれど、彼は聞かず。

 先ほど使っていた部屋に戻るとドアを閉めて鍵を掛けた。

「レオ、なんか怒ってる? 私に?」

「お前なぁ」

 彼はやっと口を開いた。

「なんで戦中に戻ってきたんだよ」

「え?」

 彼は肩を掴んで顔を近付ける。その表情は怒っているようだ。

「戦場に女が居たら、どうなるか分かってんのかよ」

「で、でも、砂狼団には女の人の兵士も居たよ」

「彼女らは戦士だから、もし自分の危機になったら死ぬ覚悟ができてんだよ」

 迫ってくるレオが怖くて、玲菜はビクビクしながら答えた。

「ご、ごめん。私も、死ぬかもしれなかったね。心配かけてごめん」

「殺されるだけじゃねーよ。捕虜になったり、最悪の場合……」

 レオは荒々しく玲菜を連れていき、ベッドに倒して押し付けるように乗っかった。

「どうなるか、教えてやろーか」

 彼の重さと力は、玲菜の身動きを封じる。

「レ、レオ……」

 彼が何を言いたいのか分かった。

 もしもシドゥリの予言通り、自分は死なない人間だったとしても、“死”以外の酷い目に遭う可能性は十分にあった。今回は運が良かっただけだ。

「ごめん。ごめんね! もっと気を付けるから」

 深く反省して玲菜が謝ると、レオは彼女を放して横に寝転がった。

「ああ、頼む。お前に何かあったら俺は……」

「ごめん。戦場で捕まった女の子がどんな目に遭わされるか予想つくし、自分でも気を付けてたつもりだけど、たまに夢中になりすぎちゃって、忘れちゃうっていうか……」

「ああ、そうだな」

 レオは、今度は優しく重なってきた。

「お前ってそういうとこあるよな」

 言いながら、頬や首筋にキスをしてくる。

「あ、あの……レオ?」

「俺は結構、お前のそういうとこは好きなんだけど」

 まさかまた始まるのか。

「レ、レオ!」

 玲菜は目をつむって彼に訴えた。

「私、さっき言ったでしょう? お喋りしたいって!」

 訴えている間も彼が色々と触ってくるので落ち着かない。

「レオ……!」

「じゃあ、後で聞くから」

 今すでに聞く気が無い風に夢中になっているのに、信じられるか。

「ホントに?」

 彼は玲菜の服を脱がしながら返事した。

「ホントだよ。後でいっぱい話をしよう。なんなら一晩中話したっていい」

 本当だろうか。

 玲菜は疑ったが、それよりも、自分まで高揚してきたのでもう、どうでもよくなってしまった。

 駄目だ。

 抵抗する力が無くなる。

 彼に身を委ねてしまう。

 

 

 ―――――

 

 そして――まんまと騙された。

 

 横で満足そうにぐっすり眠る奴を見て、玲菜は悔しくなった。

(まんまと寝てるし!)

 なにが後で話だ。

 こうなることはなんとなく分かっていたのに、誘惑に勝てなかった自分も悪い。

(もう絶対、しないんだから!)

 彼にとって死活問題になりそうな事を平気で心に誓い、布団の中に埋もれた服を見つけて着る玲菜。

「はぁ」

 顔が火照る。

 久しぶりに会って、抑えられない衝動は確かにある。

 自分だって彼を求める。

 もうどうにもならないくらい好きで……今日、余計に好きになった気がする。

(どうしよう……)

 今後の不安が一気に襲い掛かる。

 これからどうすればいいのか。

 折角別れを決心していたのに、もう離れるのは嫌になってしまった。

 

 ここに戻ってきたのは、アヌーの結晶石を見つける為。

(見つけたら、本当に、私……)

 いっそのこと、探すのをやめて……どうなるのか、流れに身を任せてみる、とか。

 彼は根拠も無しに“運命を変える”と自信満々に宣言していたが、そんなこと可能なのか。

(そういえばショーンはどうしたかな? 今、どこに居るの?)

 もしかしたらショーンが既にアヌーの結晶石を見つけた、なんてことはないだろうか。

(ショーンに会いにいってみようかな〜)

 そう思ったが。

 なんていうか……変な罪悪感。

(なんだろ、これ)

 彼氏とそういう行為をした次の日に父と会うような妙な気まずさ感。

(やっぱり私、ショーンのことはお父さんと同じように見てる)

 玲菜はショーンに会いにいくのは一先ずやめにして、もう一度この部屋を念入りに調べてみることにした。

 すでに荒らされていたので朝はよく探さなかったが、何も宝石箱だけでなく、探すところは他にもある。

 なんせ、ここは城主の部屋らしい。可能性は一番高い気がするし、もしかしたらヒントがあるかもしれない。

 それでも無かったら明日ショーンに訊くとして。

 玲菜は宝探し気分で部屋の中を捜し始めた。

 開けていなかった引き出しやタンス、戸棚、本棚まで。

 後で片づけようと思い、片っ端から物を出して床に落としていく。

 

 

 しかし――それらしい物は何も無く。

(やっぱ無いよね)

 内心ホッとしている自分が居る。

(捜したんだけど見つからなかったんだから仕方ないよ)

 なぜか自分自身に言い訳をして片づけ始める。

 このまま見つからなければ“仕方ない”ということにしてレオの傍に居られる。

 ただ、一つ引っかかるのは、『世界が壊れる』可能性。

(私が元の世界に戻って小説を送らないと、この世界は壊れるんだよね?)

 それに、歴史が変わってしまう。自分がここの世界に来ないことに。

(やっぱ駄目!!

 玲菜は今、自分がボーッとしながら考えたことを急いで否定した。

 恐ろしいことを考えたと背筋が凍る。

(やっぱり絶対に元の世界に戻らないといけないんだ!! 小説を盗まないといけないんだ!!

 預言者・シドゥリは小説を送らなくて歴史(神話の存在)が変わっても『似ていて非なる世界ができあがる可能性』……つまり、世界が壊れない可能性も言っていた。

 けれど、これだけは確かなのが玲菜自身の問題で、『自分がこの世界に来ない』風に過去が変わってしまうこと。『レオやショーンと出会っていなかったこと』になってしまう可能性がある。

 どういう風にそうなるのかは分からない。しかし“その時”に、過去に時間が戻って記憶も無くなって……何も知らずに続きの日常を過ごすのかと。想像するだけで悲しくなる。

(嫌だよ、忘れたくない!)

 やはり元の世界に戻るしか選択は無いのだが、玲菜は考える。

(それっていつまで? タイムリミットとかあるの?)

 どうだろうか。

 アヌーの結晶石を見つけて、もう一度シドゥリの許へ行くのが得策な気がする。

 まさか行ったら「今から戻れ」と言われないだろうか。

 しかし玲菜は、元の世界に戻るためにもう一つ“鍵”が必要なことを思い出した。

「そうだよ! ショーンが言ってた」

 思わず声を出す。

 記憶が正しければ、『移動』は“ブルームーン”の日に限る。しかし次のブルームーンは二、三年後になるはず。

(もう一つ鍵が……)

 そう思った矢先――

 片づけていた本の中から何かが出て床に落ちた。

(え?)

 薄暗い中、それを拾い上げると……どうやらどこかの鍵のようで。

 玲菜はドキリとする。

(え? なんだろ? どこの鍵だろ、これ)

 城主の部屋の、こんな場所に隠されていた鍵は、余程大事な宝か扉の鍵な気がする。

 なぜだろうか、妙に鼓動が速い。

(まさかこれって……)

 アヌーの結晶石に関係あるかもしれないし、違うかもしれない。……分からない。

 

「ん? なんだこれ?」

 

 ――その時、眠っていたレオが起きたらしく、部屋の様子に驚いて声を上げた。

 ビクッとした玲菜はとっさに服のポケットに鍵をしまう。

「レイナ? どうしたんだよ、これ。泥棒でも入ったのか?」

「わ、私が……」

 彼に声を掛けられて、ベッドまで戻る玲菜。

「探し物をしてて」

「探し物?」

 隠さない方がいいか。

「あ、アヌーの結晶石……なんだけど」

「ああ! ……」

 レオは思い出して恐る恐る訊いてきた。

「で? 見つかった?」

 見つかってはいない。但し、怪しい鍵は見つけたが。

 そのことは言えずに玲菜は首を振る。

「そうか」

 レオはホッとして、服を着てから彼女をベッドに引き入れた。

「明日探せばいいじゃないか。今は夜中だし、暗くて見つからないだろ。もう一緒に寝……」

 言いかけて、思い出したように言い直す。

「眠くないなら、一緒に話をするか」

 彼はちゃんと約束を憶えていた。

「う、うん」

 少し嬉しく思い、玲菜は一先ず鍵のことは忘れてレオと話をすることにした。


NEXT ([第六十四話:青い宝石]へ進む)
BACK ([第六十二話]へ戻る)

目次へ戻る
小説置き場へ

トップページへ
inserted by FC2 system