創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第六十四話:青い宝石]
もう夜中だというのに、城内や湖の畔では兵たちが勝利の宴を続けている。
だが、緑城の一室では、小さな明かりを灯したベッドの上で男女が二人、静かにお喋りをしていた。
主に話すのは玲菜。レオは聞くばかり。しかし、ちゃんと聞いてくれるので玲菜は嬉しかった。
「――だからね、私はクリスティナさんのお茶会に呼ばれて。ほとんど毎日お城に行ってたんだよ」
レオと離れてからのことを教える。
「そうだったのかよ」
レオは頭を押さえる。
「練兵場に居るレオをずっと遠くから見てたんだ。ごめんね、ストーカーみたいなことして」
「ストーカー?」
「うん、えーと……。別れた恋人を未練がましく尾行したりする人のことかな」
それだけではないが、今回の意味合いとしてはそんな感じだ。
「ふーん。……まぁ、別にいいけど。オヤジが言ってたのはこの事だったんだな」
「え? ショーンが?」
「うん。『レイナはいつも俺の傍にいる』って」
彼の言ったショーンの言葉に、やや語弊を感じる。
「それって、私が死んだ人みたいじゃない?」
「俺もそうつっこんだ」
レオは笑って、「そういえば」と思い出すように言った。
「あれ? もしかして……じゃあ……」
「何?」
「金髪の女!」
いきなり金髪の女と言われても。
「クリスティナとお茶会をしていた、金髪の女! あれがお前だったのかよ?」
「金髪?」
一瞬、玲菜は何のことか分からなかったが、「ハッ」と思い出す。
「ああ、そうだよ! 私、練兵場を見る時はいつも変装のためにカツラも被ってたよ。レオにバレないように」
一度バレそうになった時があった。実は、その時のレオは金髪女性を玲菜に見間違えたわけであり。記憶を思い出して、彼女に話す。
「――やっぱり、あれ、お前だったのか」
それには玲菜も驚く。
「あの時私を疑って近付いてきたの? 凄いね、なんで分かったんだろ?」
「愛だよ」
今だからか、調子のいい事を彼は言う。
「お前への愛で、分かったんだよ、俺は」
しかし玲菜は流し目をかわして、哀しそうに伝えた。
「でもレオは、レナさんと食事したでしょ? 一週間くらい毎日」
「あ、あれは!」
レオは慌てて言い訳をする。
「あいつがしつこいから仕方なく。でも、別に二人きりじゃないし、茶を一杯だけとか、本当に短い時間だぞ。たとえば五分とか。しかもあいつ喋らないし、会話もほとんどしてないから居ないも同然だった」
そして思い出したように嫌な顔をした。
「しかもなんだっけ? あの従者! セイだっけな? 奴が俺のことをじっと睨んでいるし」
「セイさんが?」
「知ってるのかよ?」
不審そうにレオに見られて、逆に慌ててしまったのは玲菜だ。
「あ、うん。セイさんは知ってる。いい人だよ?」
「いい人〜?」
疑うような彼の言い方に、思わずどもりそうになる。
「あ、あ、うん。だ、だって! 親切にしてくれたし。レオのこと睨んでたのはきっと、レナさんのことが好きだったからで」
「あーなるほど」
彼は納得したようだ。
「それでか」
何か馬鹿にするように笑う。
「従者が主人に恋をねぇ」
「馬鹿にしないでよ!!」
彼の態度に納得がいかなくて注意したのは玲菜だ。
「恋をしたっていいじゃない! むしろ素敵だよ! 私は好きだよ、身分差みたいなのとか、主従恋とか、萌えるよ!」
つい、自分の趣向を宣言してしまった。
「主従コイ? 燃える? 熱いってことか?」
恐らく彼は漢字違いをしているが、意味的には近いか?
「まぁ、そんな感じ」
玲菜は頷き、続きを話した。
「でもレナさんはレオに一途だから。私は……。私も、一途なつもりだけど」
どうしても負けそうになると言いそうになった口をつぐんで、玲菜はレオに抱きついた。
「レイナ?」
「つもりじゃなくて、レオ……好きだよ!」
年月や運命という言葉に負けたくないと思う玲菜。
「レオと出会って、レオを好きになって、長い年月経ったわけじゃないけど、凄く好き! シリウスに似ているからじゃないの」
「シリウス?」
初めて玲菜は、シリウスへの想いを告げた。
「うん。私、小説のシリウスのこと、自分で書きながら凄く好きだったから」
恥ずかしながら、しかし本当のこと。
「小説……」
レオは「そうか」と初めて理解する。
「お前、神話の作者だって言ってたな」
「うん。そうだよ」
にわかに信じがたいが、彼女のことを信じると決めた。
「そうだったんだな」
ようやく彼に納得されて、玲菜は涙が出そうになった。
(レオが、信じてくれている。こんな嘘みたいな話なのに)
涙を流す代わりに、背中に回した腕をギュッと締める。
「レオ……信じてくれてありがとう!」
「ああ……」
レオも玲菜の背中に腕を回した。
「お前さ、俺が倒れた時の夜に看病してくれただろ?」
彼がまさか気付いてくれるなんて思わなくて、玲菜はボーッとして返事を忘れる。
「なんとなく、気付いていたんだよ。朝、レナが居たから勘違いしそうになったけど、お前が俺の名前を『レオ』と呼んだのを思い出したから」
「でも、レオは……」
『レナの名を呼んだ』という言葉を呑み込む玲菜。辛くて口に出せない。
だが、彼の方から真相を告げる。
「俺があの時、『レイナ』って呼び返したのをお前は気付いたか?」
「え?」
「ちゃんと声が出ていたか分かんないけど」
『レイナ』だった。『レナ』ではなくて。その可能性も考えたが、そんな良い解釈は虚しいだけ、と否定した。
(『レイナ』だったんだ)
悪い方向に考えるのは自分の悪い癖だと、改めて反省して。
玲菜は嬉しくて今度こそ涙を流した。
「お前……」
レオの言葉の続きを予測して玲菜は先に口を開いた。
「どーせ、また泣いてるって言いたいんでしょ?」
「ああ。でも俺は無理されるよりも、俺の胸で泣いてもらった方がいいから」
彼はこんなに大人びていただろうか。
「存分に泣いていいぞ」
レオは優しく玲菜の頭を撫でて静かに言った。
「一ヶ月間、俺は多分お前を泣かせたけど、その時抱きしめてあげられなくて悪かったな」
彼と離れて辛かった約一ヶ月の記憶が甦る。確かに一人でよく泣いていたかもしれない。けれど……
「うん、もういいんだ」
前よりも気持ちが通じ合えている気がするから。
彼の温かさを感じながら玲菜はそう思い、幸せを噛みしめる。
それから玲菜はしばらく泣いて、今度は彼の話を聞く。
出立前夜にショーンの家に帰ったこと。砂上の砦ではイヴァンから話を聞いて玲菜を捜したこと。その際にお守りのことを質問してきたので、玲菜は鳳凰城塞に置いてきてしまったことを話した。なぜならショーンに、戦中はレオと会えないと言われたから。
レオは帰りでもいいからそのお守りが欲しいと言い、玲菜は渡す約束をする。
そして話し疲れた二人はそのまま一緒に眠る。
抱き合って、目をつむりながらもたまにキスをして。幸せな気分のまま眠りに就いた。
――次の日の静かな朝。
温かさと心地好さと幸せさで目を覚ました玲菜は。起きてまた隣にレオが居たことが嬉しくて、自然と笑顔になる。
(良かった。夢じゃない)
昨日はあまりにも幸せだったので、まさか夢だったらどうしようかと、少し思った。
彼の隣で寝ていることに喜びを感じる。
寝顔が愛しすぎてそっと口づけをした。
すると、彼も目をつむっているのにキスを返してきた。
そして目を開ける。
「お、おはよう、レオ」
玲菜が挨拶をすると、レオは照れながら笑う。
「お、おはよう」
照れ笑いなんて反則過ぎて、玲菜は途端に顔を赤くする。
俯く彼女に、レオは照れた理由を述べた。
「その髪さ。……俺は前の髪型、結構好きだったんだけど、そ、その髪も中々いいな」
妙にしどろもどろ。
「あ、ありがとう」
「なんで切ったんだ?」
湖族との交渉の時に切られたことは言わない方がいいか。
「うん、と……。ちょっと、イメチェ…気分転換」
「気分転換……そうか」
彼は玲菜の髪を触り、その髪にキスをする。
そのまま唇を首筋に持ってくるので、玲菜はくすぐったくて目をつむった。声だって思わず漏れそうになる。
彼は首へのキスを続けて、ゾクゾクしている玲菜の耳元で囁いた。
「我慢しないで、声出せばいいだろ」
「あああああ!!」
玲菜は大声を上げた。
色っぽい声ではなく、恥ずかしさの怒鳴り声というか……。
「もう!! くすぐったい!! も〜〜〜〜」
微妙に涙目。
「今何時? こんなのんびりしてていいの? 今日帰るんじゃないの? 違う?」
思ったのと違う声を出されて唖然としたレオは少し止まってしまったが、我に返って渋々上体を起こす。
「ああ、そうだな。もう起きるか」
帰るための準備や、城の後片付けと今後の管理のための打ち合わせ、帰路の打ち合わせなど、やることがいっぱいだ。
打ち合わせは自分が居なくても部下たちがやってくれているが、確認や承認をしなくてはならない。
「まず、風呂、メシ、着替えだな」
レオは自分の予定を確認して、玲菜に訊く。
「これから従者を呼ぶけど、お前、荷物は? 持って来させようか?」
実は玲菜の荷物は戻ってくる時に持ってこなかったので、マリーノエラが持っているはずで。
玲菜は首を振る。
「ううん。荷物無いんだ。今頃、鳳凰城塞にあるかもしれないんだけど」
「じゃあ、この城にある女物の服を探して持ってこさせる。服は着替えたいだろ?」
「うん。ありがとう」
玲菜が返事すると、レオは廊下に出てまず黒竜を呼んだ。
その後、従者へ言伝を頼んで一旦部屋に戻ると、服を脱いでそのまま風呂に直行した。
風呂から出ると、ズボンを穿いてシャツの袖に腕を通す。ボタンは留めずに前は開けたままで、洗面台の前で髪を拭いた。
その姿を見て、玲菜は急に寂しさを感じる。
二人だけの時間はもう終わりか。
従者が来て服を着替えて食事をしたら、きっと離れなくてはいけない。
彼は軍と行動を共にして砂上の砦に戻る。そこできっとまた会えるが、その後都に戻るまではまた長い。
丸一日一緒に居て、今まで会えていなかった一ヶ月分仲良くした気もするが、やはり寂しい。
(なんか、私、欲張りになった)
距離を置いていた約一ヶ月間は、見つめたり声を聞いただけで幸せと思っていたはずだ。
再会して想いを確かめ合い、何度も愛を囁いてもらった。もう十分なはずなのに。
玲菜は風呂に行こうと思って持っていたタオルを置き、彼に後ろから抱きついた。
「ん?」
鏡に映る彼の顔が驚いている。
「なんだ?」
「なんでもない。なんとなく」
玲菜は頬を背中に付けて、腹に回した腕をギュッと締める。
(離れたくないよ)
彼の背中は広くて温かい。
レオは、自分を抱きしめる彼女の手を上から握った。
しばらく二人はそのままで居て、自分たちの世界に浸っていたが、部屋のドアがノックされる音で我に返り、玲菜はレオから慌てて離れた。
「従者さんかな? わ、私、お風呂に入るね」
「ああ。じゃあ着替え受け取ったらバスルームのタオルの上に置いとくから」
そう言うとレオはバスルームから出て、部屋のドアに向かって返事をした。廊下から聞こえた声はやはり従者だったと分かり、彼から自分の荷物と玲菜用の女物の着替えを受け取る。
従者は食事の用意もすると言って廊下に出ていき、レオは今着ている服を脱いで新しい自分の服に着替えた。
玲菜が風呂から出ると、タオルの上に女物のドレスが置いてあって、ドキドキしながらその服を着た。ドレスといっても簡単な物で、紐を少し締めるだけで着ることができる厚手の赤い生地のワンピース。どうやらそれは帝国製の物だったらしく、ナトラ・テミスに占領される前の古い物だったようだが、綺麗なので問題なく着られた。
その、赤いドレスを着た玲菜がバスルームから顔を出すと、すでに食事の用意が部屋のテーブルにされていて、従者が給仕の如く茶を注いでいる。彼は茶を注ぎ終わるとこちらを見て、玲菜の姿に一瞬驚いた顔をしたが、ニコッと微笑んでくれた。
玲菜は会釈をして食事の席に近付く。
皇子はいつも通り先に食事をしていたが、玲菜が隣の席に着くと、食事の手を止めて直視状態になった。
「へ、変かな?」
恥ずかしそうに玲菜が訊いても返事が無い。
「では、殿下! 私はマントと上着と胸当てを持ってまいります」
従者が話しかけたことで意識を戻し、彼には「ああ」と返事を。玲菜には「似合っ……」とボソリと言って料理の続きを食べ始めた。
「にあっ? 似合っている? 似合っていない? どっち?」
玲菜のつっこみに、思わず笑いそうになったのは従者で、我慢して肩を震わせながらそそくさと部屋を出ていく。
その様子に、ショックを受けたのはレオだ。
慌てて言い訳しようとしたが、従者はもう居なく、玲菜の前で嘆く。
「俺が……恋人にはっきり物を言わなくていつも怒られてると、思われた……」
「思われてないよ! そんな風には思われてないから、大丈夫だよ、レオ」
玲菜は慰めたが、皇子なりの無意味な威厳は傷ついてしまった。
それでも食事は終わり。
戻ってきた従者に彼は言い訳しないで、水色の詰襟の上着を着て銀の胸当てを着けてもらい、マントを羽織る。
やはり格好一つで凛々しく変わってしまうのが彼の凄いところだが、玲菜はふと疑問に思ったことを訊いてみた。
「鎧とかって全部着ないの? なんか、砦に戻って来る時とか凱旋の時とか、フル装備でカッコよく登場するじゃない?」
「古装備?」
彼は一瞬違う意味で捉えたようだが、鎧を着用の意味には気付いて笑いながら答えた。
「あんなの着て移動するのはきついから、砦の直前で着るんだよ。帝国西方門の詰所辺りで一度ヴィクターと合流するし、そん時にかな。胸当てだけは念の為着けとくけど」
まだ国境改変の整備は出来ていないので、西方門まではいつ敵の残党と遭遇するか分からないと彼は言う。
「――でも、もし敵の残党居ても、さすがに襲ってはこないだろ。精々、陰から俺一人を狙って矢を放つとか」
「ちょっと! やめてよ」
怖い事を言う、と玲菜は思ったが。
「だから帰りはこっちのマント。これも西方門で取り替えるけど」
彼が着用しているのはシリウスの青ではなく茶色いマント。
「それに立派な軍馬に乗って先頭で、なんて行かねーよ」
つまり、英雄らしくなるのは鳳凰城塞の手前からで、それまでは地味な格好で行くらしい。
「ついでに言うと、砂上の砦に戻る時は敵前逃亡したヴィクター兄上が先頭になるしな」
「殿下!」
ヴィクターの身の安全のための苦渋の選択は、兵たちには秘密であり。アルバート皇子の危うい発言を従者はぴしゃりと注意した。
「どこで誰が聞いているか分かりませんので、そういった発言は御慎み下さい」
レオは苦笑いして、「それでも」と続ける。
「まぁ、腰抜けのヴィクターは置いといて、フレデリックは意外にも頑張ったみたいだから、今回の防衛戦を理由に、アイツを皇帝にしてやればいいさ」
「え? ……アルバート」
従者の手前、皇子殿下の名前の方で訊ねる玲菜。
「皇帝のこと……」
「ん? ああ」
彼は平然と答えた。
「俺は最初から、帝位に興味は無いし、フレデリックがなればいいと思ってんだよ。シリウスの剣は欲しかったけど、実際重くて実戦向きじゃなかったし。アイツに譲ったっていい」
ある人物を思い出して苦笑いする。
「ただ、アンナ皇妃が喜ぶのは不快だけどな」
「アルバート……」
レオは着替え終わった皇子の姿で、自分の名を呼ぶ玲菜の肩を掴んだ。
「戦が終結したから、都に帰ったらすぐに陛下の訃報を国民に発表すると思うんだ。そして次期皇帝は第一皇子のフレデリックがなる。……この意味分かるか?」
「え?」
「俺は、皇帝にならない。シドゥリの予言は外れるってことだ」
自分を見つめる彼の青い瞳は自信満々で、揺るぎがない。
「言っただろ? 運命を変えてやるって」
昨夜宣言した夢のような言葉が、急に現実を帯び始める。
「ホ、ホントに……?」
「俺を信じろよ」
まさに、ヒーローみたいなセリフを言ったので、玲菜は笑ってしまった。
「レ……アルバート! 漫画のヒーローのセリフみたい!!」
「え? マンガのヒーロー?」
「うん、漫画! 日本を代表する文化!」
さっぱり意味が分からないという顔をしていたのは近くに居た従者で、レオは少しだけ理解ができるようになってきたので耳打ちする。
「ニホン、だっけ? この国の昔の呼び名」
「うん、多分、帝国全部がそうとは限らないんだけど」
小さな声で教えてあげると、彼は興味津々に訊いてきた。
「とにかく、お前の居た時代なんだろ?」
頷くと、声を元の大きさに戻す。
「色々教えてくれよ。興味深い。旧世界は高度文明だったってショーンに聞いたし。知りたいことがいっぱいある」
「うん! ……うん!」
玲菜は嬉しくて二度返事をした。
「いっぱいお話してあげる! っていうか、喋りたいの、アルバートに」
彼は驚くだろうか、自分の居た時代の話は。玲菜は喋りたくてウズウズしていたが、従者が気まずそうに声を掛けてきた。
「アルバート様、そろそろ……」
「あ、ああ。そうだな」
そうだ。彼はこれから打ち合わせなり色々あって、しかも帰るために軍を率いて出発しなくてはならない。
(もうお別れか)
自分はどうしようか、ショーンの所にでも行こうかと、玲菜が沈んでいると。レオが頭を撫でて肩を引き寄せてきた。
「お前はどうする? ショーンの所に居る?」
「うん」
「じゃあ、出発する時に迎えにいくから」
「え?」
今、何と言ったのか。
「俺の馬に乗せてやるから、一緒に乗って帰ろう。もちろん、西方門までだけど」
「え? 一緒に?」
もちろん耳を疑う玲菜にレオはコソッと言う。
「俺は、シリウスを伏せていくから。と言っても周りは密かに護衛で固めるから、見えないし」
まさか、レオと馬に二人乗りで帰れるとは思わなくて呆然とする玲菜。
レオは更にそっぽを向きながらボソッと告げた。
「イヴァンの奴に馬の二人乗りを先越されてちょっと悔しいんだよ」
そして手を離して軽く振ってから従者と一緒に出ていく。
玲菜はまたすぐに会えることと、一緒に馬に乗って帰れることを想像して嬉しくなった。イヴァンとのことを悔しいと言ったのも要するに嫉妬だし。
(嫉妬しなくたっていいのに)
玲菜は少しウキウキしながら帰る荷物の用意をする。レオの従者は女性が使うような鞄まで持ってきてくれたので、それを借りて今まで着ていた服を入れる。昨日の朝に見つけた青い宝石類も中に入れて、用意が整ったら部屋を出ていき、ショーンを捜すことにする。
そういえば昨夜は、あまり捜していないというのもあったが、見つからなかった。ショーンはそもそも、自分がここに居ることを知らないはず。まずは勝手に戻ってきたことを謝らないといけない。
そんなことを思って城内を歩き回っていると、中庭で何やら人が集まっている所に出くわす。
(なんだろう? あそこ)
何気なく覗いてみると、中心に居たのはショーンだったので、玲菜は慌ててその方へと向かった。
「ショーン!」
中庭に出て、人だかりをかき分けてショーンの前へ姿を現す。
ショーンは玲菜の姿を見てもあまり驚かないで彼女の名を呼んだ。
「ああ、レイナ。居たか」
むしろ驚いたのはこちらの方だ。
「え? ショーン、驚かないの? あれ? もしかしてイヴァン君から聞いた?」
その可能性もある。
一瞬止まり、ショーンは考えるようにして言った。
「うん? いや、イヴァンからは何も聞いていないけど。ってことは彼と一緒に戻ってきた?」
バレている。
「あ、うん。そうなんだけど、イヴァン君は名誉の負傷してるから怒らないでね。っていうか、私が無理やり戻るよう頼んだわけだから」
「ふーん。なるほど。その話はあとで聞くよ。とりあえずレイナ、見つかって良かった」
おじさんは『どこに居た』とも、『今まで何をしていた』とも訊かない。
それが逆に不審で、玲菜は恐る恐る訊いた。
「ショーン、私が居たこと知ってたの?」
「あー」
ショーンはどことなく気まずそうに答えた。
「昨日見たから」
「昨日?」
昨日というと、もしかして夜の宴の時に見かけたのか……? と、玲菜なりに解釈して、それならば一緒に居たのがレオだと気付いたはずだと思い、きっと関係が元に戻ったことも悟られただろうと、ショーンの顔を窺う。
訊かずとも、彼の方から優しく笑いかけてきた。
「元に戻ったんだろ? 良かったな」
「う、うん」
つい照れて俯いてしまう。
「ショーン、色々とありがとう。私……」
礼を言っている途中で、近くに居た誰かがショーンを急かすように割り込んできた。
「それでショーン軍師! 隠し部屋の扉は開きそうか?」
「隠し部屋?」
そういえば周りに集まっている者たちは湖族らしき人間が多く。確かに兵士たちは帰還の準備をしているので、一体何をしているのだろうと疑問に感じる。
その答えをショーンが説明した。
「今さ、彼らと城内の宝を探している途中で」
彼は宝と言ったが、本当に捜しているのはきっと“アヌーの結晶石”のはず。
「たまたまここに扉を見つけたんだけど」
ショーンが指したのは壁と同化した隠された風な扉。
「多分、隠し部屋でもありそうな雰囲気なんだがな、肝心の鍵が見つからなくて」
近くに居た湖族の男がもどかしそうに付け足した。
「こんな所に隠された部屋なんて、絶対お宝がザクザクありそうなのに。もういっそのこと、扉の鍵を壊しちまえばって思うんだけどな〜」
別の男が待ちきれないとばかりに急かす。
「軍師、どうします? オレたちが壊そうか?」
「う〜ん。どっかに鍵があると思うんだが、誰か見つけてないか?」
悩むショーンと「壊した方が早い」と壊す準備をする男たち。
むしろ玲菜は心当たりがあって。
昨日見つけた物を、鞄の中にある服のポケットから取り出してショーンに見せる。
「あ、あの……」
一瞬ためらった。なぜか確信したから。
「これ……昨日、城主さんの部屋っぽい所で見つけたんだけど」
けれど、隠したら後悔する。
「え? 城主の部屋?」
それは、どこかの扉の鍵なのか、大事な物の箱の鍵なのか。
ショーンが受け取ると周りの男たちも覗きこんで、壁にある扉の方に顔を向ける。
皆が期待の目で見る中、ショーンはゆっくりとその鍵を扉の鍵穴に差し込んで回した。
すると――錠の外れる音が鳴り。
扉を開けると先には、真っ暗な小さな部屋があった。
「隠し部屋だ〜〜〜〜〜!!」
湖族たちが喜んだのも束の間。
その部屋に明かりを持って入っても、財宝が見つかるわけではなく。石の欠片やススが落ちているのみ。
「なんだよ、何も無いじゃんかよ」
湖族たちはガッカリして、「きっと盗まれた後だ」と嘆きながらその場から散らばる。
てっきり宝箱があるのではないかと思っていた玲菜も少しガッカリして、ショーンと一緒にその場を去ろうと思ったのだが。
部屋の中から出てきたショーンが玲菜だけに見えるようにコソッと拾った石の欠片を見せてきた。
いや、欠片というにはやけに整った球型。大きさは小さく、直径一センチくらいの真珠のようにも見える。
「なぁ、これ、なんだと思う?」
但し、色は青。まるで透き通った空のような色をしている。
前に、シドゥリに見せてもらった、アヌーの腕輪にはめ込まれた宝石にどことなく似ているような……。似ているというか、その宝石を小さくしたような。
「おじさんはアヌーの結晶石じゃないかと思ったんだが」
最初、汚れていたので分かりづらかったが、おじさんが拭くと確かに、妙な輝きを放ち始めて怪しい。
「おじさんが調べたアヌーの結晶石に特徴がよく似ているし、何よりアヌーの宝石と色が一緒だ」
「アヌーの宝石?」
「シドゥリの腕に填めている腕輪の宝石のこと」
ショーンのまさかの発言に玲菜は止まる。
「なんで知ってるの?」
シドゥリは普段腕を隠しているので、腕輪のことを知っているのは特別に見せてもらった自分だけかと思っていた。
「前に見せてもらったことがある」
おじさんのその答えは納得がいき、玲菜は今まで探して集めた他の青い宝石も鞄から出した。
「一応、それっぽいの色々と見つけてみたんだけど。今、ここで見つけたのが一番アヌーの結晶石っぽいね」
「そうだな」
おじさんは頷き、「それでも」と玲菜の肩を叩いた。
「ま、おじさんも確信できないから、一度シドゥリの所へ行こうか。確認してもらって、他にも訊きたいことあるし」
「う、うん」
返事をしながら玲菜は……ついに鍵を見つけたかもしれないと、心臓の鼓動が速くなった。
シドゥリに確認してもらうまでまだ分からないが。
(私……元の世界に帰るための鍵を見つけたのかもしれない)
本当に。
本当に、見つけたのだろうか。
(本当に?)
レオの顔が頭を過り、体が震える。
(本当……に?)
帰る覚悟をしなくてはならない。
(レオ……!)
彼は、変えてやる、と。
『運命を変えてやる』と、そう言った。先ほど『皇帝にならない』とも。
(帝位はフレデリック皇子が継承するんだ。そうしたら、シドゥリさんの予言は外れて、運命が変わる?)
変わったら変わったで、一体どうなるのか。
玲菜は様々な不安を感じながらも、もう一度シドゥリの許へ行かなければならないと、自らも考えていた。
そこに何が待っているのかは知らずに。
一方。
その頃レオも、極秘に報せを受けて。
耳を疑うばかりか、半分放心状態に陥っていた。
誤報では済まされない。しかし、忠実な部下・黒竜からの情報で、偽情報だとも思い難い。
「確かなのか?」
もう一度訊くと、黒竜は頭を下げて目をつむりながら答える。
「ハッ! 只今入ってきた情報ですが、伝達違いはほぼ無いと考えられます。そして、身内である殿下にもご遺体の確認を、と。都まではもたないので」
「死んだのか? あいつが?」
信じられないという顔をするレオに、黒竜は静かに伝える。
「殿下の兄上――フレデリック皇子は、立派な戦死を遂げました」
まさかの訃報がそこにあった……。