創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第六十七話:鳳凰城塞への帰還と宴の夜]

 

 フレデリック皇子の死の噂は、すでに鳳凰城塞の方へ伝わっていた。都へはまだだったが、皇帝の城・サイ城の一部には伝わっていたし、身内の者が確認をしたことで正式に皆に伝えられる。

 まずは帝国西方門にたどり着いた軍隊と、緑城の方へも伝令が。そして改めて鳳凰城塞に。以後、凱旋までにはサイ城や都へも伝えられるはずで、新聞などで全国民にも報せが入る。

 兵の帰還の凱旋はフレデリック皇子という英雄を称えつつ行われるが、その後一週間ほど国民は喪に服す。という段取りが計画される中、更に重大な事を知っている一部の者は頭を痛めた。

 ――皇帝陛下崩御の訃報と次期皇帝の発表。

 この二つを、一体どういうタイミングで国民に報せるかが問題だ。

 

 

 ともあれ、レオが確認し終わると、警備隊詰所の砦に居る全兵士たちに皇帝陛下長男の訃報が伝えられて、城内は騒然とする。

 皆のんびりと休憩や鳳凰城塞に戻るための準備をしていたのに、すでに知っていた防衛組と合わせて場が一気に沈む。

 せっかく戦の勝利に酔いしれて帰ってきたのに、これからどうなるのか動揺する兵士も多数居た。

 もちろん、話はショーンと一緒に居た玲菜の耳にも入り。

 二人で顔を見合わせて呆然とする。

 緑城から戻って来る際、レオは普通だったようにも思えたが。本当は知っていたはずで、彼の胸の内が気になる。

(フレデリック皇子が……!? そんな……!!

 また彼の身内に不幸があったと、心配になる玲菜。

 しかも彼が“次期皇帝はフレデリックがなる”と宣言したばかり。

 フレデリック皇子が皇帝になって運命が変わるはずだったのに。“そうはいかない”と運命の女神に嘲笑われた気分だ。

 

 一先ず昼食をとり、少し休んだら全軍で鳳凰城塞に帰還する。レオはもう皇子の格好に戻って会えないので、玲菜はショーンと行動を共にして食事をする。砦だからか移動中よりはまともな料理で、鳳凰城塞からの手伝いの女性もちらほら。

 玲菜は心配事もあったが、とりあえず早く鳳凰城塞に戻りたい気分でいっぱいだった。ここからはさほど遠くはなく、昼食後に出発しても夕刻には到着する。

 フレデリック皇子の亡骸は火葬されてアンナ皇妃が密かに都まで運ぶのだと言う。都の凱旋時には中身の無い棺と遺影が先頭で進む。その次にヴィクター皇子が進み、本当は一番活躍したアルバート皇子が最後尾になる。

 また、鳳凰城塞に帰還する時は遺影とヴィクター皇子、アルバート皇子、……最後にフェリクス率いる鳳凰騎士団という順番だ。傭兵団は、鳳凰城塞帰還後に契約を終了する団もあれば、活躍した砂狼みたいな一団は都の凱旋にも参加する。

 

 

 玲菜は昼食後、準備が終わったらショーンの馬に乗り、傭兵団・砂狼と一緒に鳳凰城塞へ向かった。ショーンは本来シリウス直属蒼騎士聖剣部隊の一員であったが、若い娘と二人乗りだと目立ってしまうため、女性兵士も居る砂狼の方が目立たなくて済む。

 途中で小休憩も入る数時間の後、ようやく懐かしい鳳凰城塞が見えて近付いていった。

 

 

 

 やがて――夕日が城壁を照らす頃。

 訃報のせいもあり、しめやかに出迎えられた帝国軍は続々と城塞内に入り。しめやかといっても、さすがに大勝利もあったので、大人気のシリウス到着時にはやはり大歓声が城内に起こる。

 拍手が沸き起こる城内に、砂狼団と共に入った玲菜は皆に注目されているようで少し恥ずかしく、自分の知り合いの家政婦仲間がどこで見ているのか周りを見回す。大勢の人だったので見つからなかったが、ショーンとの二人乗りがミリアに見つかったら大変だと苦笑いをした。

 

 一団は馬に乗ったまま城の奥まで進み、ある程度の所で降りるとその後解散になる。祝賀会の準備は始まっていて、玲菜はどうすればいいのかショーンの横でキョロキョロした。

「わ、私、どうすればいいかなぁ? この後祝賀会だよね? 家政婦に戻る?」

 ショーンはニッと笑って、教えた。

「そうだな。まずは家政婦長に挨拶して。多分仕事はしなくていいと思うけど。とりあえずは友達の所に預けているウヅキを迎えにいってくれよ」

「あ!」

 そうだ、ウヅキだ。

「おじさんはレオの所に行くから。その後は誰かと飲んでるかもしれんし。レイナは自由にすればいいよ。っていうか、レオと会う? 待ち合わせるなら俺がレオに伝えてやろうか?」

「あっ……」

 レオと会いたいのは山々だが、玲菜には会っておく人物ややることがいっぱいあった。

「えっと……どうしようかな。ちょっと遅くなるかも」

 聞いたショーンは、前回の祝賀会の記憶を思い出して「やはり」と意見を変えた。

「ああ、じゃあいいや。おじさんも一緒に行動するよ。それで最後にレオの所に行こう。俺は長話しないから、あとは二人で自由にすればいい」

「う、うん。ありがとう」

 

 玲菜はまず家政婦長の所に行き、帰還報告をしてショーンも交渉のことなどを説明する。その後ミリアを探してウヅキを引き取りに。

 ウヅキはしばらく会っていなかったせいかツンとして中々こちらに来てくれなく、ミリアは玲菜を心配すると同時にショーンに近付いて嬉しそうにした。

「ショーンさん! 御無事で何よりです〜!」

「レイナちゃん、大丈夫だった!?

 ミリアの近くにはアヤメも居て一緒に心配をしてくる。

 それよりも玲菜はミリアに来てほしい所があったので、彼女を連れて、ウヅキを抱っこしたショーンとアヤメと共に歩いた。

 ちなみにアヤメはバシル将軍を見つけるとすぐにそちらに移動。

 

 三人で歩いて辿り着いたのは救護室で、中に居たのは包帯を取り替えにきていたイヴァン。

「あ! レイナちゃ……」

 イヴァンは玲菜の横にミリアが居るのを見て、顔を赤くして止まった。

「ミリアちゃん!!

「はあ? なんでアンタが怪我してるのよ」

 ミリアは文句口調で彼の姿を見たが、イヴァンの気持ちと玲菜の配慮を察したショーンはすぐに口添えをする。

「イヴァンはさ、アルバート皇子を助けて怪我したんだよ。要するに名誉の負傷ってやつ。ミリアちゃん、彼の看病してくれないか?」

 嫌がるかと思われたミリアは意外にもすんなり言う事を聞く。

「わかりました。ショーンさんがそう言うなら」

 彼には文句を言いながら。

「仕方なくよ! 勘違いしないでよね」

 その口調が漫画のキャラクターのようで玲菜は笑いそうになった。

(ミリア……ツンデレキャラみたい)

 

 二人を救護室に残して、またショーンと歩き出した玲菜は、今度はマリーノエラを探す。人に聞きながら色々と回ると、なんと向こうもこちらを探していた様子。

 聖堂の近くで彼女と会い、預けていた玲菜の荷物を彼女の(イケメンの)付き人から渡された。

「レイナ〜〜〜!! 無事だったのね〜〜〜! 良かった〜〜〜!」

 マリーノエラは玲菜の手を掴み、隣に居たショーンに謝る。

「ショーン、悪かったわね、戦場に戻らせちゃって」

「ああ、うん。でもま、無事だったからいいよ。イヴァンの奴は少し怪我したけど。シリウスも助かったし、ある意味良かった」

 褒められたからか逆に調子に乗るのが彼女の悪い癖だ。

「あらそう? じゃあ感謝してもらわなきゃだわねぇ! 間接的に私が戦を勝利に導いたのかしらん?」

「それはない」

 ショーンはきっぱりと言った。

 

 

 とりあえず玲菜の用はこれで終わりか。ショーンは砂狼のレッドガルム団長やらに挨拶があると言ったが、それは後回しにして先にレオに会いに行く。

 異母兄の訃報があって、彼はどうしていただろうか。歩いていると、例の如くたくさんの女性に囲まれているフェリクスが居て、レオもきっと同じようだと予想ができる。

 そう思った矢先に――

 やはり大勢の女性に囲まれた青マントの騎士が。

 明らかにアルバート皇子。皇子と言えばヴィクター皇子も居るはずだが、青マントは彼しかいない。

 ショーンは頭を押さえて苦笑いした。

「さーて、どうするか。この人混み」

 二人で立ち止まっていると、近くに居た女性がおずおずとショーンに話しかける。

「あ、あの……もしかして、ショーン軍師ですか?」

 おじさんもよく考えると有名人で、しかも今回の戦では参謀長。おまけに渋くてカッコイイ。ファンができるのは当然であり。

「え? まぁ、そうだけど」

 近くに居た女性たちが返事を聞いて振り向いた。

「え? ショーン様?」

 まさかの様呼ばわりと、あっという間にたくさんの女性が集まり、中にはシリウスやフェリクスのファンから寝返る女性も。

 しかもショーンの場合は彼を尊敬している兵士たちも集まる始末。大勢に囲まれてショーンは気まずそうに頭を掻いた。

「あ、えっと……俺は……」

 なんとか人払いをしようとしても質問やらが飛び交い始めて動けなくなる。

 隣に居た玲菜はショーンの大人気ぶりをただ唖然と眺めるだけ。

 レオも遠くで囲まれて近付けないし、ショーンも囲まれてしまって。

 人混みが嫌になった玲菜はショーンに「食堂へ行っている」と告げてその場から離れた。よく考えると腹も空いたしシャワー(的な物)を浴びて着替えもしたい。

(ご飯はあとにしよう)

 食堂と告げたが。玲菜は先に聖堂の部屋に戻り、荷物を置いてから着替え用の修道服を持って個別のシャワールームへ行った。ここでは水が貴重なのでシャワーの時間は限られる。急いで髪と体を洗って服を着替えて。もしかしたらショーンが待っているかもしれないと思いながら食堂へ向かう。

 

 しかし、食堂にショーンの姿は無く、しょんぼりしながら好きな料理を器にとって空いている席に座った。

 ふと、前回の祝賀会を思い出す。

 あの時、食堂でユナに会って。そのまま救護室に向かう途中で拉致された。

 多分ショーンも、それを思い出して怖かったから一緒に行動すると言ってくれたのに。

(結局一人になっちゃった)

 少々つまらない。

(皆、何してるんだろ)

 アヤメはバシル将軍と嬉しそうにお喋りをしているのだろう。イヴァンは頑張ってミリアとうまくいけばいい。マリーノエラはきっとイケメンたちと楽しく飲んでいる。

(私だけ一人で)

「つまんない」

 つい、口に出してしまい。

 それが聞こえてしまったのか、近くで飲んでいた兵士に声を掛けられた。

「どうしたの? 君、一人? 暇だったらオレと一緒に飲もうよ」

 顔は赤く、きっと酔っぱらっている様子。

「いえ、あの。結構です」

「え〜? つれないなぁ。君、暇なんだろ?」

 しかも馴れ馴れしく隣の席に座ってくる始末。

「あ、あの。私、ここで待ち合わせしているんで」

 玲菜はうまく断ろうとしたが、兵士は引き下がらない。

「待ち合わせ? 友達と? だったら友達も一緒に」

「あ、いえ、友達っていうか……」

 

「友達じゃない。俺の連れだが?」

 

 軟派な兵士と玲菜の間に割って入ってきたのは――

 ショーン……ではなく。

 黒い髪で青い瞳の男・レオであったが。

 いや、レオというか、レオではなくて。

 青いマントに銀色の鎧姿のアルバート皇子殿下そのままで。

 変装も無く、バレる格好でのご登場。

 玲菜は「レオ」と呼んでいいのか「アルバート」と呼んでいいのか分からずに口を開けたままで止まり、代わりに兵士が仰天してひっくり返りそうになった。

「シ……シリウス様!?

 皇子に睨まれて、兵士はすぐに玲菜から離れて頭を下げた。

「お、皇子殿下の付き人の方だとは露知らず。気安く声を掛けてしまい、申し訳ありませんでした!」

「まぁいい。去れ」

 レオが言うと兵士は頭を下げながら逃げるように去っていく。

 それよりも玲菜は、食堂に居た皆に注目されてしまい、混乱しそうになった。

「レ……」

 皆、静まり返ってこちらを見ているので、「レオ」と声を掛けてはまずいか。しかし「アルバート」と呼び捨てで声を掛けるのもまずい。

 戸惑っていると、彼が腕をぐいっと掴んで歩き出す。

「行くぞ」

 まさか、皇子だとバレている状態で、皆の前なのに腕を掴むなんて。

「あ、あの……」

 引っ張られて歩きながら、玲菜は軽いパニック状態。

(皆に見られてる!)

 食堂を出て、皆が道を空ける中、廊下を通り。

 

「レイナちゃん!?

 廊下では、バシル将軍と話していたアヤメが驚いた顔でこちらを見ている。

 

(アヤメさんに見られた!)

 アルバート皇子に、腕を引っ張られて歩いている所を見た彼女はどう思うだろうか。多分、前に紹介した玲菜の恋人が皇子に似ていたことを思い出すはず。

(バレた……だろうな)

 なんて、考えている暇も無く、螺旋階段を上り、誰も居ない廊下に出る。

 ここは皇子の部屋しかないのでうろついている者は居ないが、階段の下ではざわついている声が聞こえる。

 レオはそんなことお構いなしに部屋の扉を開けて中に玲菜を入れた。

 ドアを閉めて鍵も掛けてようやく落ち着いたらしく、掴んでいた手を離す。

 二人で「ふぅ」と息をついて。

 玲菜が思いきりつっこんだ。

「どうして! 皇子の格好のままで! 皆の見ている前で!」

「着替えようと思ったんだよ! でも、オヤジに話を聞いて。お前が食堂に居るって言うから。覗いたら、変な男が言い寄っているからつい」

 そうだったのか。しかし……

「皆にバレたよ、絶対! アヤメさん……私の友達にも見られたし!」

「あ〜〜分かってる」

「もう! レオってば! どうして皇子の自覚無いの!」

「あ〜〜もう、うるさい」

 彼の言葉に、玲菜はムッとした。

「うるさいって言った? なんでよ! 人が注意しているの…」

 言っている途中で、体を掴まれてそのまま移動させられる。

「ちょっ……! レオ!」

 慌てても、彼はイライラしている様子で荒々しくベッドに倒してきた。

「ちょっと! いきなり? 待って」

 彼は鎧を着ているのにそのまま上に被さってきたので玲菜は悲鳴を上げた。

「お、重い! 重いよ! 苦しい」

「レイナ、黙れ」

 顔を近付けて彼は言う。

「お前、いい加減にしろよ」

 まさか怒っているのか。迫ってくる彼を少し怖く感じる玲菜。

「レオ……?」

「俺を、欲情させる気か」

「よ、よくじょう?」

 イライラではなくて?

「俺が……シスター服に弱い事知ってて、わざわざ着替えてきたんだろ?」

「え?」

「当然、誘ってるってことだよな?」

「ええ!? 誘ってる!? だってこれは仕事着」

 説明しているのにレオは聞く様子もなく体に触れてくる。

「あ! レ、レオ……! あの……」

「レイナ」

 彼は胸に顔をうずめる。

 もう駄目だ。玲菜は息を切らして泣きそうな声を上げた。

「レオ……!!

「レイナ……!!

 

「あ、お、重い〜〜〜〜!!

 

「え!?

 夢中になっていたレオは我に返って自分の体を持ち上げる。

「ああ、そうか。悪い」

 英雄シリウスを気取ったフル装備の鎧は重い。

 すぐにベッドから降りてマントや鎧を外し始めるレオ。

 玲菜は溜め息をつき、自分も起き上がって彼の手伝いをした。

 紐を解きながら、背中を向けている彼に静かに話す。

「お兄さんのこと、聞いた」

「……ああ」

 なんて言えばいいのか分からず、しばらく無言になる。

 

 訃報後すぐに、こんなことを訊くのは不謹慎かもしれないが。

「次の皇帝はどうするんだろ? 第二皇子のヴィクターさんがなるの?」

 この質問には、レオは答えずに黙々と鎧を外した。

 レオの鎧は、着けるのには時間がかかるが、外すのは改良してあって割と簡単に外せる。マントと鎧、籠手の次に鎖帷子も脱いで、ようやくシャツとズボンだけになり軽くなったレオは足の防具も外して鋼の靴も脱ぎ、裸足になってからベッドに飛び込んだ。

「ああ〜〜〜〜楽になった」

 もちろん、武器も忘れずに床に置いてから。

 そして仰向けになって寝転がり、座っている玲菜に両手を広げた。

「レイナ。おいで」

 玲菜は照れながら彼の上に寝そべる。

 胸を枕にすると、シャツが湿っていたので正直に言った。

「汗掻いてたの?」

「あー。鎧は暑いから」

 レオは玲菜の気持ちを察して仕方なさそうに起き上がった。

「分かったよ。汗流してくる」

 着替えを持ち、渋々と部屋のシャワールームに向かうレオに玲菜は注意した。

「裸で出てこないでね」

「へいへい」

 返事は「はい」で一回! とまでは注意しなかった。

 

 やがて、シャワーを浴びたレオがシャツとズボン姿で出てくると、玲菜は布団を被って眠っていて。その姿が愛しかったのでレオは髪を撫でながら同じ布団の中に入り、横になった。

 後ろから優しく抱きしめると彼女はビクッとしてから起きてこちらを向く。

 その反応も、恥ずかしそうにこちらを見る仕草も可愛い。

「あ、レオ。……ごめん、ちょっと寝ちゃった」

「いーよ。今の内寝とけ」

「え?」

「……今夜は寝かせねーから」

 セリフが恥ずかしすぎて。思わず起き上がったのは玲菜だ。

「何言ってんの。それよりお腹空いた」

 食堂で満足に食べられなかった。

 レオも食べていなく、空腹だったが。修道女服の魔力のせいで欲情が勝って、渾身の決め台詞を言ったつもりだったのに。

 あり得ないほど不発で呆然とする。

 思わず自分の顔が赤くなってしまい、それを隠すために枕に顔をうずめた。

「レオ?」

 玲菜はその行動を『ふて腐れている』と解釈。

 実際、ふて腐れてもいて、ムスッとした様子で寝ている彼の肩を揺さぶる。

「レオ、怒っているの?」

「別に」

 確信。

 玲菜は少し甘い声で彼の機嫌を窺った。

「レオく〜ん。ねぇ? ご飯食べない?」

「腹減った」

 口ではそう言っても動こうとしないレオに、玲菜は仕方なく提案を出す。

「じゃあ、私が取ってきてあげようか? 何がいい? お酒も要る?」

 少し間を置いてから彼はこちらを向き、渋々起き上がった。

「一緒に行くよ」

 言いながら今度は髪をボサボサにする。

「ホラ。今度は皇子じゃなくなったから」

 ベッドを降りて、彼女に手を差し出した。

「行こうぜ。シスター」

「うん」

 玲菜はその手を受け取り、二人で部屋を後にした。

 

 祝賀会と言う名の宴会は砦の至る所で大騒ぎが見られ、城内でも寒空の外でも酒を交わし歌が聞こえる。

 帰還したのは夕方だったが外はもう真っ暗で、今度は正体がバレないとレオは“ただの兵士のレオ”になりきって料理を大量に食べる。もちろん酒も大量に飲み、皇子だと気付いていない男たちと飲み比べまで。

 先ほど「今夜は寝かさない」と言ったはずだが。

(これ、絶対寝るフラグだな)

 玲菜はこの後のことを予想して苦笑いした。

 彼との甘い夜も……望んでいないことはないから。

 明日になったら都への帰路に就く。約一週間会えなくなる。

(私はショーンと一緒に車で。レオは軍と一緒に帰るんだ)

 その後は、ようやくショーンの家で一緒に暮らせるはず。

(今度こそ、帰ってくるよね)

 彼は距離を置いていた期間に、全く家に帰ってこなかった。実は自分の居ない日に一度帰ってきたらしいが、とにかく、久しぶりの同居になる。

(でもまぁ、ショーンが居るからそういうコトはできないけど)

 今日このまま寝てしまうのが、なんとなく少しもったいないような。

(って、もったいないって何?)

 玲菜は自分の気持ちを恥ずかしく思い、誤魔化すためについ、勢いで近くにあった酒を飲んでしまった。

 その後の記憶は無い。

 

 

 ―――――

 

 温かいのに肌寒い。

「……ん?」

 そんな、なんか妙な気分で目を覚ました玲菜は、しばらくボーッとして頭が痛いことに気付いた。

(何?)

 頭を押さえながら目を開けると、目の前に男の顔が。

 一度止まって悲鳴を上げそうになり、それがレオだと分かっても状況が掴めなくて声を上げそうになった。

(え? なんで?)

 彼は上半身裸……というか、よく見ると自分も下着姿で、同じベッドで寝ている。

「あああ!」

 少し声を出してしまった。

(え? 昨日? うそ……)

 憶えていない。

 だが、普通に考えればそうなったものと解釈するのが自然であり。

 一気に顔が熱くなった。

(え? なんで? どうやってその流れに?)

 しかも記憶の無いままそんなコトをしてしまうだなんて。

(やだ私。エロ酔い?)

 恥ずかしいことこの上なし。

 

 呆然としていると、彼も目を覚まして。

 玲菜と目が合うなり「うわぁああ」と声を上げる。

「びっくりした。……え?」

 ひょっとすると彼も驚いているのか。

「ちょっと待て? 俺たち……」

 まさか。

「レオも記憶が無いの?」

「え?」

 彼は短時間で記憶を甦らせる。

「いや! ある! そうだ、お前が……」

「私が?」

 聞くのがこわい。

「お前が昨日、急に俺に甘えてきて」

「あ、甘え!?

 恥ずかしさで死んでしまいそうだ。

「なんかさ、俺が飲んでたら、急に抱きついてきたんだよ。“レオく〜〜ん”みたいな」

『ひぇえええ』と素で言いたい。

「それで……誘ってきた」

「嘘でしょ!?

 現実は酷だ。

「嘘じゃない。『部屋戻ろうよ〜』みたいに言った」

 誰か彼の記憶を消してください。

 玲菜は泣きそうになった。

「俺もまぁ、その気になって」

 彼は若干照れながら続けた。

「お前連れて部屋に直行して」

 それでコトをしてしまったのかと思ったが、続きがあった。

「でも、いっぱい飲んでたから。半分酔っていて……途中からの記憶が無い」

「え?」

 ということは。

「途中で寝ちゃったのか、最後までアレ……その、なのか。わからん」

 二人は全裸ではなく下着姿だ。

「え? 途中まで?」

「もしかしたら終わった後に着たのかも。どっちにしろ、憶えが無い」

 終わった後に着たのだったら下着だけなのはおかしいし、恐らく途中までで寝てしまったのだろうと玲菜は思ったが。

 それよりもレオは必死に訴えた。

「だからレイナ、続きするぞ」

「はあ?」

 玲菜は返事をしていないのに、レオはキスをしてくる。

 布団の中で腕や胸元、腹にも。

 そんなことされれば誰だって声を上げる。

 

「ちょっ……! っと! レオ!」

 くすぐったいし、気持ちも昂るのだが、今何時だ。

「もう朝でしょ? こんなこと……している暇は……!」

「大丈夫。俺をなんだと思っているんだ。皇子だぞ。少しくらい遅くなったって」

 確かに、余程の事が無い限り従者は邪魔をしない。

 だが、今回邪魔してきたのは従者ではなく年配の男性の声。

 

「おーい! シリウス! ここにいるのか? 起きてるかぁ〜?」

 

 声の主はショーンであり。彼に『皇子』は通じない。

 二人は止まり、顔を見合わせて。

「ん? ここには居ないのか?」

 ショーンが、鍵を回して開いていることに気付き、中に入ってきそうな雰囲気まで。

 昨夜は酔っぱらっていて鍵を掛けていなかったから。

「居るから! ショーン、開けるな!!

 とっさにレオは廊下に向かって返事した。

 邪魔されたのは悔しいが、中に入って来られることだけは避けたい。

「ああ……そうか」

 ショーンは何かに悟ったような返事をしてその後、「下で待っている」と言って階段を下りていく。

 

 二人は無言で服を着て。また顔を見合わせた。

「なんか、こういうの多いよな」

「うん」

 邪魔される確率が異常に高いのは気のせいか。

 いや、邪魔されそうな時に彼が仕掛けてくるというのもまた事実。

 呆れた顔で見る玲菜にレオは「なんだよ?」と気まずそうにする。

「別にー」

「な、なんだよ、その言い方」

 彼は玲菜に何か馬鹿にされたと思ったらしく、ムスッとしながら言う。

「お前って……昨夜酔っぱらった時はあんなに可愛かったのに」

 つまり今は可愛くないということか。いや、それよりも。

「え? 昨日の私、どんなこと言ったの?」

 非常に気になる。

「言ったっていうか、したっていうか」

「ええ!?

 ナニをしたんだ。

 真っ赤になって訊く彼女の反応が可愛くて、レオはニヤニヤしながら玲菜の耳元で囁いた。

「すっげー甘い声出した」

(あわわわわわ)

 玲菜はもう恥ずかしくて俯き、顔を上げられなくなる。

 しかしレオは無理やりにでも自分の方に向けさせて優しく口づけをした。

 

 少し長く、名残惜しく離す。

「またしばらくキスできなくなるから」

 何か切なさを感じたからか、玲菜は頷き、彼の手を掴む。

「うん。私、我慢するからね」

 その時玲菜は、今日離れても六日後には何事も無くまた会えると信じていた。彼の心の内は知らずに。


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