創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第六十八話:帰らない皇子]

 

 レオは一先ず服を着て玲菜も服を着たのを確認すると、廊下で控えていた従騎士フルドを呼び、食事の用意と下の階に居るショーンを呼ぶように命令する。

 フルドは給仕に食事を持ってくるよう頼み、階段を下りてショーンを捜す。

 やがて食事とショーンがアルバート皇子専用の部屋に到着して、改めて朝食をとりながらレオ、玲菜、ショーンの三人で話をした。

「俺たちは自動車で帰るからな。俺は凱旋にも参加しねーし」

 ショーンの言葉に、レオは頷きながらも苦笑いした。

「ショーン参謀長の帰還を待っているファンもいっぱい居るはずだけどな」

「う〜〜〜。まぁ、そういうのは全部お前に任せるよ」

 レオは軽く笑って「そうだな」と一回頷いたが。何やら考え込んでショーンに話しかける。

「そのことだけどさ、オヤジ……」

 しかし、玲菜の顔を見て口をつぐんだ。

「あーいいや。なんでもない」

「どうした?」

 ショーンが訊き、玲菜も怪しそうに見ると誤魔化すように言った。

「いや、大した事じゃねーよ。あ、そう、都の凱旋な。俺は最後だし、いつ到着するかわかんねーから観に来なくていいよ、ってこと」

「え?」

 玲菜はなんだか腑に落ちなかったが、レオはすぐに料理に夢中になってしまい、話は流れる。

 そのまま他愛のない会話が続いたあと、食事をし終わったレオがもう一つだけショーンに訊ねた。

「でさ、帰ったらシドゥリの所に行くんだろ? いつ行く?」

「ん?」

 ショーンは考え込んで、二人に言った。

「ええとな。その前に、手に入れる物がもう一つあってな。俺はまずそれを調べるから。で、分かったら探しにいって。シドゥリの所はそれからだな」

「もう一つ……」

 顔を見合わせる玲菜とレオ。

(まだなんだ。まだ探す物があるから、私が帰る時はまだ先?)

 玲菜はなんとなくホッとした。

「うん。分かった。私も一緒に探すから」

「俺も行く」

 レオが参加表明すると慌ててショーンは止める。

「お前、行けるのか? 色々と忙しいだろ?」

 戦は終わったが、皇帝陛下や長男、次期皇帝の問題などレオが関係していることが山積みだ。

「まぁ、少しは忙しいかもしれねーけど。なんとかするから、頼むよ。俺だってレイナのこと一緒に手伝いたいし」

 素直な『手伝いたい宣言』に照れたのは玲菜だ。

(嬉しい……)

 けれど、ショーンは何か別の事で悩んでいるらしく、一人で考え込み、迷った挙句にあいまいな返事をした。

「うん。まぁ、じゃあ、その時にもう一回」

 とりあえず、食事が済んだら都への帰路へ就くため、その用意をしなくてはならない。

 レオとはもうここで、お別れで。玲菜はショーンと一緒に帰りの準備と世話になった者へ挨拶をする。そして自動車に乗り込む、と。

 考えた玲菜は俯いたが、ふと自動車のことで気になることを思い出す。

「車! 充電!」

「マリーノエラにさっき訊いたから。整備も充電も終わってるって言ってた」

『さすが天才技師』と尊敬する玲菜に、ショーンは付け足す。

「もちろん、無償じゃないぞ。こっちは金払ってんだから。高い出張代も」

 なるほど。

 車の事は納得したが、玲菜はもう一つの重要な物を思い出して椅子から立ち上がった。

「お守り!!

「お守り?」

「私が作った! レオへの!」

 そう、結局戦前には渡せなかったが、帰りに渡すと約束した。

「わ、私、今から持ってくる!」

 荷物は自分の部屋に置いてある。玲菜が皇子の部屋から出ようとすると、廊下に居た従者が「どうしたのですか?」と引き留めて、レオが荷物の話をする。

 玲菜の荷物は従者に持ってきてもらうことになり、また席に戻る。

 

 しばらくして、荷物を持った従者が部屋に戻り、受け取って玲菜は礼を言った。

「ありがとうございます」

 そして、荷物の中から恥ずかしそうにお守り袋を出して、ショーンの前でレオに手渡した。

「前にちょっと話したと思うけど、クリスティナさんの侍女の人に教わって、クリスティナさんと一緒に作ったんだ」

「クリスティナと?」

「うん。あ、クリスティナさんはもちろんフェリクスさんに」

「え? じゃあ、俺と同じ物をフェリクスが持っているってことか?」

 レオの素朴な疑問に、慌てて首を振る玲菜。

「もちろん、デザインとか色とか名前も刺繍が全部違うから! 宝石だって違うし」

「宝石?」

「うん。フェリクスさんがオレンジで、レオには青の入れたの」

 聞いたレオは宝石を見るために袋を開けて、同時に刺繍のハンカチに気付いた。

「これ、お前が?」

「あああああ〜〜!! 駄目、まだ見ないで!!

 ショーンの前で恥ずかしく、玲菜は顔を真っ赤にしながら彼からお守り袋とハンカチを奪い取る。

「後で! 一人の時に後でこっそり見てよ! もう!」

「返せよ」

 玲菜は急いでハンカチをお守り袋の中にしまい、急かす彼に渡す。

「お願いだから後でね! すっごく下手だし」

「分かったよ。今は開けないから」

 レオはもう一度袋を見て、玲菜に言った。

「でも、ありがとな。頑張って作ってくれたんだろ? なんつーか……嬉……から」

「うれ?」

 玲菜が訊くと彼は目をそらす。

「ああ、うん。……実は、他にもいっぱい貰ってんだけど」

 なんと、正直者というかなんというか、ここにきて自分はモテます発言。横で聞いていたショーンは頭を押さえる。

 玲菜はムッとしてつい口を滑らせた。

「いっぱいって……、その中にはレナさんのも?」

「ん? ああ。なんか、効き目が高そうなやつ」

 答えた直後に焦り出すレオ。

「って! なんでお前知ってるんだよ!」

「偶然見ちゃったの!」

 まず焦り出すことに腹が立つし、複数人の女性からお守りを貰っている事実も嫉妬してしまう。

「え? つーか、お前怒ってる?」

 この鈍感野郎。

 玲菜の代わりにショーンが教えてあげた。

「レオ。女性からのお守りっていうのは、深い想いが詰まっているから、本命以外からは貰わない方がいいぞ」

「え? そうなのか?」

「あくまで個人的意見だけどな。でも、女性はそういうの嫌らしいから。恋人が居たら他の女から貰うのは厳禁だろ」

 さすがはショーン、女性の心が分かる素敵おじさま。ただモテるだけの誰かとは違う。

「あ、そ、そうだったのか」

 レオは申し訳なさそうに玲菜の顔を見て、彼女のお守りを両手で握る。

「いや、これは特別だから。俺にとって。っていうか、オヤジに言われたからじゃなくて本当に……」

「いーよ、もう」

 本当は嫉妬もあるのだが、怒らずに玲菜は伝えた。

「じゃあさ、他の人から貰ったのは戦でのお守りで、これから帰る時のお守りは私のってことにしてくれる?」

 例えば『貰ったお守りにもその子の気持ちが入っているんだから大事にしなきゃ』とか、いい子ぶっても仕方ない。

「分かったよ。帰りは、お前のお守りだけを身に付けるから」

「うん」

 二人が納得したところで、ふと見るとショーンが何かに感動している。

「どうしたんだよ。なんでオヤジが?」

「いやさ、レイナが数日かけて一生懸命作ったんだろうな〜って想像したらおじさん感動して」

 その姿を見て、玲菜は思いついておじさんに言う。

「あ、じゃあ、ショーンにも今度作ってあげようか?」

「な! なんでだよ!」

 妬いたレオに、ショーンは目蓋を落としながら教えた。

「つまり、そういうこと。お前だって、レイナが他の男に作ったら怒るだろ? それと同じ。レイナだって、お前が他の女に貰ったら怒るわけだ」

 ちょうど良い例えになった。

 レオはなるほどと理解して玲菜に謝った。

「悪かったよ。今度からは受け取らないから」

「う、うん」

 実際の所は、“今度”が無いといいと思う。

(もう戦争は、終わってほしい)

 切実に玲菜は祈り。

 

 ――それから、一緒に居られる時間がもう無いことに気付き、玲菜とショーンは皇子の部屋を後にした。ショーンが連れてきて部屋の中で自由にさせていたウヅキを抱っこして、レオにも一度抱っこをさせてから、手を振って廊下に出る。入れ替わりでマントなどを用意した従騎士やら従者が入っていく。

 また会えるはずの約一週間後を遠くに感じながら、玲菜はショーンと一緒に階段を下りた。

 城内では皆がそれぞれ帰る準備をしている。

 家政婦の女性たちも仲間や婦長に挨拶をして砦を出ていき、玲菜も一度婦長の許へ挨拶をしに向かった。

 昨夜の皇子と家政婦の妖しい関係事件は噂として広まっていたが、それが誰なのかは判明しておらず、玲菜は自分のことがバレていなくてホッとした。

 但し、挨拶をした婦長は少し怪しんでいる様子。元々彼女は玲菜が特別な者としてこちらに来ているのが分かっており。しかし、“そういうこと”は気にせずに接してくれる懐の広い人物であったために干渉はしない。普段通りに挨拶して、働いた分の給料を受け取り、玲菜は婦長の許を去る。

 

 問題は……

 同じ部屋のアヤメとミリアであり。

 他の者は皇子に引っ張られる玲菜の姿を見ても誰だか分からなかったようだが、偶然見たアヤメは分かった様子。

 ミリアはその場には居なかったが、噂と話を聞いたらしく。

 ショーンと歩いている玲菜を見つけるなり、二人で駆け寄ってきた。

 そして、人のあまり居ない方へ玲菜を連れていき、真相を訊く。

「見間違いだったらごめん。昨日、皇子に連れ去られたのって、レイナちゃん?」

 アヤメに単刀直入に訊かれて、玲菜はどうやって誤魔化そうか迷った。

 三人娘と少し離れて立っていたショーンの方を見ると、彼は「うん」と頷く。

 もう誤魔化せないか。

 玲菜は小さく頷いた。

 

「ええ〜〜〜〜〜〜〜!!

 アヤメとミリアは同時に驚く。

 少し止まって、深呼吸したアヤメが恐る恐る訊いた。

「レイナちゃん。……レオさんって、アルバート皇子?」

 無言で首を縦に振ると、ミリアが「キャアアアアア」と大声を上げる。

「ミリア!」

 アヤメが注意したが彼女の興奮は収まらず。

「ええ!? だって! じゃあ、あの時の……!」

「ミリア、声が大きい!」

「だって! 嘘でしょう? どこで知り合ったのよ。レイナ〜」

 自分の友達の彼氏が国の英雄である皇子と同一人物だったことが衝撃的過ぎて叫びたいらしい。

「似てると思ったのよ、わたし! っていうか、そっくりだと思ったの。昨日イヴァンがさ〜、意味深なこと話してたしね」

「ミリアちゃん!」

 見かねてショーンが彼女を止めた。

「頼むから。一応秘密のことだから」

「は、はい。すみません、ショーンさん」

 おじさんの一言で彼女は止まった。

 ショーンは溜め息をつき、話を聞きたがっている二人に説明した。

「俺は軍師だから、アルバート皇子とは知り合いで。城にも行くし。で、レイナは俺の考古研究者としての助手だから、一緒に城に行って。その時に……」

「わーーーー! 素敵!」

 今度歓声を上げたのはアヤメだった。

 彼女は自分の口を押さえて、でも興奮せずにいられないと目を輝かせる。

「そんなことってあるの? お、お、皇子様に……!」

 もちろん本当は違って同居も隠しているが。玲菜は話を合わせて二人に謝った。

「ごめんね。色々と、黙ってて」

 二人はキャアキャア喜んでミリアが素朴な疑問を呈した。

「でもなんで、レオって名乗ってたのかしら?」

「偽名に決まってんでしょ! 正体隠すために!」

 アヤメのつっこみが正解ということでいいか。

 

 二人は玲菜ともっと話をしたそうだったが今度話すことにして、秘密厳守の約束も交わし、また会う日まで別れの挨拶をする。

 その後、ミリアとアヤメと別れた二人は、歩いているとイヴァンと遭遇する。イヴァンも皇子の噂を聞いていて、彼は当然ながら相手が玲菜だと確信。その事は秘密だと知っているが、レオの失態を楽しそうに話す。昨夜はミリアを連れてきてくれてありがとうと玲菜に礼をして、しかしあまり発展しなかったと嘆きも。

 彼は傭兵団・砂狼として都に帰ると話し、また会おうとの約束も。ミリアにレオのことがバレたと聞くと調子に乗って四人で遊ぼうと提案する始末。しかしその件は保留ということにして、別れの挨拶を交わす。

 

 

 そうして、城塞を後にして車を隠している場所に行くと、近くにはマリーノエラが。

 彼女はイケメンと共に怖い顔で仁王立ちし、こちらに声をかけた。

「ショーン。支払まだ半分済んでないわよ〜。逃げようったって、そうはいかないから」

 ショーンは一瞬「バレた」という顔をしたが、何事も無かったかのように表情を戻してヘラヘラと彼女に近付いた。

「逃げるなんて考えてないさ。天才のキミはここに居るだろうと思ったから」

 さりげなく『天才』と付け加えて機嫌を取る。

「マリーノエラ……」

 急に、ショーンに熱い眼差しで顔を近付けられてマリーノエラは後ずさりした。

「何よ」

「相変わらず若くて美しいな、キミは」

 おじさんの口説き文句に驚いたのは玲菜だし、マリーノエラはご機嫌になる。

「分かってるわよぉ〜」

「ところで……若くて美人で天才のマリーノエラに頼みがあるんだが」

「なぁに〜? 支払いはまけないけど」

 その言葉を聞いた途端、ショーンが一瞬舌打ちをした気がするのは気のせいか。しかしめげずに彼は頼む。

「そんなこと言わずに。同じ帝国四賢者と呼ばれる仲間としてさ」

「ああ! そうそう、帝国四賢者といえば」

 マリーノエラは思い出したように手を打った。

「変態医師のホルク見なかった?」

 ホルクとは、天才医師で帝国四賢者の一人でもある人物。以前同じく鳳凰城塞でも会って、灰髪の六十歳くらいの男性だった。

 マリーノエラの言う通り、少し変人っぽく、前髪で目が隠れていて表情がよくわからないし、解剖が好きらしく別名『解剖師』とも呼ばれる。

「ホルク? 見ていないな。来てたのか」

 ショーンが首を傾げると、マリーノエラは目蓋を落として呆れた風にする。

「居たのよ。例の如く、怪我人の手当てで呼ばれたらしくて。アイツも私に借金してるから取り立ててやろうと思ったんだけど。居なくなっちゃったから」

「逃げたんだろ」

「も〜〜〜〜逃げ足だけは早いんだから。どいつもこいつも」

 ホルクのことで怒るマリーノエラにショーンは別れの挨拶をする。

「じゃあマリーノエラ! 俺たちは帰るから。またな!」

 玲菜の腕を引っ張り、逃げるように車の方へ向かった。

 ……しかし回り込まれた。

「逃がさないわよ〜、ショーン!」

 その彼女の世にも恐ろしい顔にショーンは驚き、すくみあがった。

「あ、厚化粧お化け……」

 

 

 

 結局、全額支払いをさせられたショーンは帰りの財布の中身を心配しつつも、玲菜と共に車に乗る。

 今度こそマリーノエラと別れの挨拶をして、ふと気になった人物を思う。

(ホルク……ねぇ)

 だが、そのことは胸に秘めて二人で車による快適な移動をした。

 

 

 ―――――

 

 

 一方。

 軍隊の最後に都凱旋をする予定であるシリウスことアルバート皇子は。青ではなく茶色いマントで身を包み、予定よりも早くに鳳凰城塞を出ていた。率いるはずの蒼騎士聖剣部隊の隊員はまだ出発してはおらず、実は皇子が後から合流すると聞かされている。

 アルバート皇子は極少数の部下だけを連れて秘密裏に、ある村に行く。それは、鳳凰城塞からはさほど離れてはいない小さな集落で。外から余所者があまり入ってはこなく、また情報源も少ない寂れた村。

 そんな所に、帝国のかなり有名な人物がこっそりと向かったと――黒竜からの情報を受けて。

 アルバート皇子は自らそこへ馬を走らせた。

 ある確信があり、その予想が正しければ“とある人物”がそこに居るはずだから。

 

 集落に着くと、黒竜以外を入口に待たせて村の中へ入る。村人たちはほとんど外に出ておらず、いかにも寂れたボロ屋ばかりの建物がまばらに並び、冷たい乾いた風が吹き抜ける。

 土地も荒れてその日暮らしがやっとのような場所に、似つかわしくない立派な馬車が一両停まっている。

「これはホルクのだな」

 レオは、ここへ向かったとされる帝国の有名な人物の名を挙げ、黒竜に確認する。

「そうだと思います」

 となると、“とある人物”がここに居る可能性がますます高い。

 レオは黒竜に案内されるまま、村の隅にある一軒の家の前に行き、溜め息をつきながら心の準備をした。

「行くぞ」

 そうして黒竜に玄関のドアを叩かせて中の住人が出てくるのを待つ。

 しばらくして出てきたのは、あまり村人ではない装いの男。彼はアルバート皇子の顔を見て、びっくりして声を上げる。

「あ、あなた様は……!」

「貴様、ここの住人ではないな。というか、知っているぞ、その顔」

 レオは彼が止めるのも聞かずに家の中へ入る。

 奥の部屋に居たのは、一人の女性と――天才医師のホルク。それに、ベッドで横になっている黒髪の男。

「ここに居たのか」

 部屋の前に着いたレオの声に気付いた女性は振り返る。

「あら、お客様ですか? もしかして、この人の知り合い?」

 まさか帝国の皇子だとは気付いていないらしい。それもそのはず、彼女はベッドで寝ている男の正体にも気づいていない。

「やっぱり……生きていたんだな」

 レオは、彼の名を呼んだ。

 

「フレデリック」

 

 重傷ではあったが、死んではいないその男が――そこに居た。

 帝国第一皇子・フレデリック。

 先日死んだとされて遺体の確認もした異母兄。

 彼は呼び声に気付き、目を開けてレオの顔をじっと見た。

「ああ、……アルバートか」

 先ほど玄関先に出てきた男は彼の従者で、身内をこの家に入れてしまったことをフレデリックに謝る。

「お、お許しください! フレデリック様」

 一方、女性は今の状況を見てフレデリックに言った。

「やっぱり、貴族か何かですよね? 貴方」

 貴族だと疑っていても物怖じしない様子。

 レオは彼女に無礼を謝った。

「貴女はこの家のご婦人か? 勝手に入って無礼をした。申し訳ない」

「いいんですよ。それより、フレデリックさんのお知り合いの方なんですね。でしたらごゆっくりしてください。私、お茶を持ってきますね」

 年齢でいうと二十代後半くらいか。美人で落ち着いていて、既婚者である風にも見えるのだがどうだろうか……?

 とにかく女性が部屋を去ると、レオは改めて質問する。

「これは一体、どういうことですか、兄上」

 

 フレデリックは「フッ」と何かをあざ笑い、従者に支えられながら上体を起こす。

「見て分からないか、アルバート」

 彼の体には包帯が巻かれており、そして――

 

 レオは目を伏せる。

 彼の利き手である右腕が失くなっていたから。

 彼が笑ったのは自分に対してだ。

 

「笑うがいい、アルバート。私はもう戦えない。こんな有様では威厳も保てず、皇帝として君臨できるはずがない」

 これは絶望なのか、それとも……

「だから……」

 あのプライドの高い男が、まさか

 

「頼む。お前が皇帝になってくれ、アルバート」

 

 自分に『頼み事』をするなんて思わなくて。

 レオは、心の内を悟ってしまった。

 そうだ。恐らくは、今台所にいる女性が関係している。

「兄上らしくもない発言ですね」

 レオは黙っていることができずに口を開いた。

「たとえば義手とか。或いは、片腕だって都に帰れます。そして、帰れば英雄になり皇帝にだってなれる。なぜ、別人の死体を自分に似せてまで……“死んだ事”にしたかったのですか」

 そう――レオには分かっていた。遺体安置所に在った死体がフレデリックのものではないことを。「息子ではない」と叫んでいたアンナ皇妃は、錯乱していたが間違ってはいなかった。

 そしてレオは、誰かがフレデリック皇子を“死んだ事”にしたいのだとすぐに勘付いた。その“誰か”というのが本人であるということも薄々。

 だから真相を確かめるために部下に調べさせてここに来た。天才医師のホルクがここに居ることも、偽物の死体に解剖師が関わっていたことを裏付ける。

 

 彼は自ら皇帝になりたがっていたはず。

 片腕を失くして意気消沈したというのも納得いくが……自分たちの父親のことを思い出せば、なんとなくこうなった理由が分かる。

(レイナのことを好きになった俺だって同じかもしれない)

 レオは敢えて告げた。

「兄上。兄上には愛する妻子が居るじゃないですか。こんな所でこうして寝ていて、二人の許へは帰らないのですか?」

 フレデリックは俯き、ボソッと呟く。

「あいするってなんだ?」

 彼も紛れもなく政略結婚であり、皇妃と同じく訃報を密かに聞いたはずの彼の妻は後宮から離れなかった。

「私は、砲撃を受けて死んだ」

 フレデリックは力無く言う。

「そういうことにしてくれ」

 

 するとそこに、茶を淹れ終わった女性がやってきてレオたちをテーブルに促す。

「お茶をどうぞ。大したものではありませんけど」

 レオはお言葉に甘えて椅子に座り、黒竜にも座らせた。近くに居たホルクも一緒になって座って、フレデリックの従者だけは立ったままベッドの近くに控える。

「フレデリックさん、無理しないでくださいね」

 女性はそう言うと自分もテーブルに着き、レオたちに問う。

「初めまして。私、この家で一人暮らしをしているキクと申します」

 漆黒の髪を後ろに結ったキクは、淑やかでしっかりしている風に見える。

「皆さんはフレデリックさんの身内の方という認識でよろしいですよね?」

「ああ、私は弟のアルバートです」

 キクはもう一度レオを見て、悟ったように頷く。

「もしかすると、貴族のようにも見受けられますけど、詮索しない方が良いですか?」

「そうですね。ありがとうございます」

 レオは礼を言い、彼女に問う。

「ところで。もしかして、キクさんが兄を助けてくれたと……いうことですかね? こちらで介抱されているということは」

「ええ。フレデリックさんは大怪我で、従者さんが助けを求めていたのを、私が偶然見つけまして。村人とここに運びました。この集落には病院や教会が無いですから」

 彼女の説明に、従者が付け足す。

「砂漠で砲撃され、本陣に戻ろうとしたのですが、方角が分からなくなってしまい、迷ってこの集落にたどり着いたのです。他の従者や従騎士は皆即死や失血死でした。自分だけが奇跡的に軽傷で」

 一人呑気に茶を飲んでいたホルクも加わる。

「オレはここの村人に密かに呼ばれてさ。来てみたらフレデリック殿だったから驚いたよ〜」

 彼はレオにもそうだったが、フレデリックにも馴れ馴れしく接する。

「フレデリック殿、いい義手あるからいつでも言ってくれよ。それとも顔を変えるかい?」

 天才だが、変人なのが玉にきずだ。

「では、ここの村人とキクさんが兄の命の恩人なのですね」

 レオは失礼と思いながらも一番気になっていたことを訊く。

「失礼ですが、キクさんは未婚ですか?」

「あ、私は……数年前に夫に先立たれまして」

 未亡人だ。美人で優しい未亡人に愛を知らない男が助けられたらどうなるか。

(絶対惚れたな、フレデリック)

 レオは確信した。

 意気消沈だけでなく、彼女に(恐らく生まれて初めて)恋をしてしまったがゆえにここを離れられない。

(だからって、自分が死んだ事にするなんて、盲目過ぎるぞ馬鹿野郎が)

 頭を押さえたレオは、呆れ返りながらもどこか他人事ではない気がしていた。

(絶対血筋だ。こいつも、俺も、あの男の血を受け継いでいるんだ)

 認めたくはないが。

 一般女性に恋をして夢中になってしまうなんて。本当に。

 しかし気持ちが分かるので彼を無理やり説得できる気がしない。というか、もうすでに死んだことになってしまっている。

 そして、もう一つ気になることが。

(いくら戦慣れしていなくて前線に出たからと言って、皇子が簡単に敵の砲撃を食らうか?)

 もしも、思わぬ方向から砲撃されていたとしたら……或いは。

 レオは吐き気がして口を押さえた。

(もしかすると……裏切られたな)

 ただの寝返りではなく、元からスパイが忍び込んでいた可能性が高い。

(なんたって、この俺も嵌められるところだった)

 ショーンに聞いたが。緑城に侵入する際、元々のルートであった地下通路はすべて敵軍に罠を仕掛けられていて、湖族の秘密の地下通路を使わなければ潜入隊は全滅していたかもしれない。

 これがすべて陰謀だったらどうなる。

「はっ!」として、レオは立ち上がった。

 もしや、自分が長男の所に行くのも計算されている。

 ――いや、計算されているのはこちらも読んでいるが、問題はそこではない。

(俺の、一番弱い所を突くとしたら、絶対に……)

 ショーンが一緒に居るから平気とは、限らない。こんな時の護衛の朱音は居ないし。

 いや、そもそも……

(って、今は、こんなこと考えている場合じゃないだろ)

「黒竜!」

「ハッ!」

 レオは部下の黒竜に言い放つ。

「時間が無い。行くぞ」

「え? アルバートさん、もう行くんですか? フレデリックさんを迎えに来たのではないの?」

 そう思っていたらしく、混乱するキクと、ベッドで横になっているフレデリックに聞こえるようにレオは宣言した。

 

「兄は戦死した! 帝位は俺が継ぐ!」

 

「え? テイイ?」

 戸惑うキクに説明せずに礼だけして、レオは黒竜を連れてこの家を後にした。

 従者も戸惑い、ホルクは「へぇ〜」と感心して。

 聞いていたフレデリックは窓に向かって小さく呟く。

「すまない。アルバート」

 

 今まで皇帝になる気は無かった。玲菜のことがあってますます継承したくはなかったのに。

 レオは皇帝になることをここで誓ってしまった。

 これはその場しのぎではなく、彼が初めて覚悟した時でもあった。


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