創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第七十三話:帰る家]

 

 玲菜はある程度家事を終わらせると外に出掛けてみようと考えた。仲の良い店員娘の居る服屋に、久しぶりに行こうかとか、それともミリアが働くパン屋か。

 商店街や広場を少し歩くのもいい。

(ウヅキを連れていこうかな)

 或いはショーンが居るはずの図書館か。

 本来、自分が元の世界に戻るために関係する事柄は自分で調べなければならないと思うのだが。

(私が行ったら逆に邪魔かも)

 服を着替えながらいろいろと考えて、結局商店街を歩くことに。服屋にも行けるし。

 店内ではペット用の籠の中に入れるとして、ウヅキを連れて家を出た。

 

 本日は風が強いが天気がいい。玲菜は砂除けにもなるスカーフを巻いて久しぶりの商店街へ向かって軽やかに歩いた。

 

 やがて、住宅街を抜けて葉の無い銀杏並木も抜けると、賑やかな通りになる。様々な店が立ち並ぶ商店街は歩くだけで楽しい。まずは昼食をとろうと、入り易そうな飲食店を探す。

 玲菜は軽食の食堂へ入って、ペットが居るために外のテーブル席へ自分で行って座った。今更だが、この世界では基本的に店員が席へ案内するということが無い。自由に座って、相席も自由にされる。よく考えると一人で、外で食事ということを滅多にしなかったので、少しドキドキしながら注文表を見た。

 注文表も基本的に写真など無いので、書いてある料理名で大体想像して注文することになる。

 玲菜が何を頼もうか考えていると、早速相席なのか男性の「ここ、いいですか」の声が聞こえた。

「は、はい、どうぞ」

 声の主に返事をするために顔を上げた玲菜は、その姿を見てびっくりする。

「え?」

 こんな所で会うなんて、あまり想像できない。

 いや、初めて会った時は市場だったからあり得るか。

 彼は、彼女の付き人なのだが……今は一人か?

「お久しぶりですね、レイナさん」

「セ、セイさん!?

 相変らずレオに少し似ている(但し大人しそうな)青年・セイだった。

 付き人の時とは違い、一般人のような格好をしていて、黒い長い髪は後ろで結んでいる。

「髪、切ったんですか? 似合いますね」

 声は似ているが、レオとは全く違う喋り方で褒められて、玲菜はなんだか照れた。

「あ、ありがとうございます」

(やっぱり、似てるけど似ていないな)

 一人なのか。まさかこんな所に聖女は居ないかとキョロキョロすると、向こうから言ってきた。

「今は一人ですよ。ちょっと、用事があって。ちょうど食事しようと思ったらレイナさんが居たので声を掛けてしまいました。迷惑ではなかったでしょうか?」

「迷惑なんて、そんな! 私も一人ですし」

「良かった。こんなところ、皇子に見つかったら殺されそうですからね」

 軽く笑いながら言ったセイの言葉に、玲菜は慌てて首を振る。

「そ、そんな! 殺されるだなんて!」

 彼は同じテーブルではない近くの席に座ってさりげなく訊いた。

「皇子と元に戻ったんですね」

「え?」

「前に『別れた』みたいなことを言っていたじゃないですか」

 そうだったかもしれない。

「けれど今朝、僕の所にアルバート皇子からの使者が来て。『もう見舞いに来なくて良い』と」

 つまり、実質レナに対しての訪問拒否通達であり。

 玲菜は汗が出そうになった。

(もしかして、私のために)

 嬉しくはあるが、自分が凄く嫉妬深い女のような気もする。

「多分、貴女のために皇子はそう伝えてきたのかなと思って。確信しました」

 セイの言葉に玲菜は俯く。

「良かったですね」

「は、はい」

 そう返事をしつつ、複雑な気分。

(セイさんはどういう心情? レナさんが哀しいから悲しい? それとも、本当は嬉しいの?)

 訊いたらきっと、彼は心優しいから、自分の感情は置いといて喜んでくれそうな気はする。

 ただ、本当は複雑であるだろう。

(セイさんの気持ちが届けばいいのに)

 レナが恋敵だから二人をくっつけようとかではなく、セイの一途な想いが少しでも報われてほしい。

 しかしセイはレナの付き人という立場に満足していて、それ以上を望むなんてことはないのかもしれない。……いや、無いか。

(多分、傍にいられるだけで幸せ、みたいな?)

 玲菜が自分は関係無いのに彼のことをいろいろと思っていると、頼んでもいないスープが運ばれてきた。

「あ、私違います。まだ注文していないですし」

 玲菜はすぐに指摘したが店員は間違っていなく。

「あ、それは僕からです。レイナさんへ。温かくなりますよ」

 なんと、セイの気遣いだった。

「え? え?」

 戸惑う玲菜にセイは笑う。

「レイナさん、なんか元気なかったから。あ、苦手だったらすみません」

「い、いえ! いただきます」

 玲菜はゆっくりとスープを口にした。

(温かい……かぼちゃのスープかな?)

「ありがとうございます、セイさん。美味しいです」

 礼を言うとセイはホッとして、自分にも運ばれたスープを飲む。

「良かったです。レイナさん、もし悩み事があるなら、僕で良ければいつでも聴きます」

「は、はい」

 なんていうか、凄く思いやりのある人だと思う玲菜。

(セイさん優しいなぁ)

 

 それから玲菜は、昼食をとってセイにスープの礼をしてから店を出る。

 商店街の店を回り、服屋では仲の良い店員娘とお喋りをして夕刻には家に帰った。

 

 

 

 そして次の日。

 旧世界の暦では玲菜の誕生日。この時代では違うのに、知っていたショーンは朝からせっせと家事をこなしていた。

 掃除をして、起きてきた玲菜に声を掛ける。

「今日は家事いいから。友達とでも遊んできな。お祝いは三月にやるとして。でも、今日も少しくらいは特別な日ということで」

 なんとありがたい。

「夕食までに帰ってくればいいから。ケーキは用意できないけど、レイナの好きな物ばっかりの御馳走にするし」

「ショ、ショーン!」

 玲菜はおじさんの心遣いだけで嬉しくて泣きそうになった。

 そういえば父も、誕生日には御馳走を作ってくれた。それと、玲菜の好きなアップルパイを作ってくれて。プレゼントも、どうやって調べたのかその時に欲しい物を用意してくれた。

 その日だけは会社を休んでどこかへ連れてってくれたし、中学生くらいからは父とは出掛けなくなって友達と遊んだが、夜にはやはり御馳走とアップルパイを作ってくれた。

 彼氏ができて誕生日に帰らなかった時は次の日に。

「ありがとう」

 玲菜は礼を言って、但し一つのことだけは遠慮した。

「あ、あの。洗濯はしなくていいから」

 洗濯は下着もあるのでさすがに見られるのは恥ずかしい。

「ああ、うん。分かった」

 

 玲菜はショーンのお言葉に甘えて、朝食をとった後に着替えてまた外へ出た。今のカレンダーでは十一月だが、自分の中では誕生日なのでいつもよりオシャレして。

 まず思い浮かんだのがミリアの働いているパン屋。

 そこでパンを買って、彼女の休憩時間に一緒にお喋りをしようと思う。天気が好いので広場でランチとか。まずは何時に休憩か訊かなければ。

 

 玲菜はウキウキしながら歩いて、やがて広場の近くのパン屋にたどり着いた。

 時間的には店は開いている。

 店内を窺いながら店に入ると。

 ……ミリアの姿は無い。

(あれ? まだ出勤してない?)

 一先ずパンだけでも買おうと品を見ていると、店員に嘆いている客の声が聞こえた。

「え? ミリアちゃん休みですか?」

 若い男の声。

 てっきり、ミリアは可愛いから客の中に隠れファンでも居るのかと思って見ると。

 見覚えのあるこげ茶色のくせ毛に細い目。

「あ! イヴァン君!」

 お約束の如く、その人物はイヴァンで。安定のストーカー紛い。

「レイナちゃん!」

 イヴァンは玲菜の姿にびっくりして喜んで近付いてきた。

 まず初めに気になったのが、彼の足。前は杖をついていたが、もうついていない。

「イヴァン君、足!」

 玲菜が訊くと、彼はニッと笑って怪我をしていた足を触った。

「ああ、うん。まだ完治してないけどもう歩けるから」

「そうなんだ」

 玲菜はホッと一安心した。

 

 店内でお喋りしてもまずいので、とりあえず幾つかだけパンを買って店を出る二人。

 ミリアは居なかったが、代わりにイヴァンと会って、彼も暇らしいので二人で広場の石段に座りパンを食べながらお喋りをした。

「ミリアのお店、調べたの?」

 玲菜が訊くとイヴァンは苦笑いして答える。

「人聞き悪いな〜、レイナちゃん。お店はちゃんとミリアちゃんから教えてもらったんだよ」

 なんと、意外に進展していて驚く玲菜。

 彼はその表情を見て悟って言った。

「驚いてるね。まぁいいけど。お店教えてもらっただけで、まだつれないけどね〜、ミリアちゃんは」

 それでも大進歩だと思う玲菜。

 こう言っては失礼だが、ミリアはイヴァンのことを嫌がっているようにも見えたから。

(でも、イヴァン君いい人だし、ミリアも段々魅力に気付いたとか?)

 そうだったら他人事ながら嬉しい。

「レイナちゃんは一人なんだね。レオは?」

「あ、えっとレオは……」

 なんて答えようか。もうすぐ皇帝になるから忙しいなんて言えない。

「なんかね、ちょっと忙しいみたい」

「ふーん」

 イヴァンはパンを食べながらふと疑問に思ったことを訊いてきた。

「そういえばさ、レイナちゃんってなんでアイツと知り合ったの? 聞いたことあったっけ?」

 レオは皇子だから。どう見ても一般人の玲菜が出会うのはおかしい。

「えっとね……」

 玲菜がショーンの助手だと答える前にイヴァンが何かを思い出す。

「あ! そうだ! レオが前に『家族みたい』って言ってた」

「え?」

 まさか、そんなことを言っているなんて。

 玲菜は短い時間でいろいろと考えた末にショーンのことを話した。

「私ね、実は考古研究者で。ショーンの助手なの。それで、ショーンの家に住み込みで……働いていて」

「えええええ!?

 さすがにびっくりするか。

「ショーンはお城に呼ばれたりもするのね。その時、私がついていくこともあって」

 ここはミリアたちに説明したことと合わせる。

「ああ、じゃあ宮廷で!?

「うん」

 頷く玲菜をまじまじと見て、イヴァンは納得した顔をした。

「そっかー。おじさんと一緒に居たレイナちゃんに、アイツが口説いてきたってことか」

「く、口説いたって……」

「だってレイナちゃん可愛いし」

「え! ええ!?

 恐らく彼はお世辞を言っていると思いながらも慌て出す玲菜に、イヴァンは口元を緩めながら訊いた。

「でも、家族みたいって、どういうことかな? それだけ安心できる存在ってこと? そういうのいいね」

 本当は家族の意味は『同居』だと思うが、玲菜は、それは言わずに頷いた。

「う、うん。そうなのかな? そうだといいけど」

“同居”も、もう終わってしまったし。

 これからはレオの居ない生活に慣れなくてはいけない。

(っていうか、レオは元々家に居ないことも多かったし)

 ただ、距離を置いていた期間を抜かしたら、どんなに遅くなっても夜はほとんど帰ってきたのだが。

 家に居なくても彼には会える。辛ければ城に行けばいい。

(そうだよ。今までが贅沢だったんだよ。好きな人と同居なんて)

「レイナちゃん?」

 落ち込んで俯いていると、イヴァンに不思議そうに声を掛けられてとっさに顔を上げる。

「どうしたの? 元気ないね」

 昨日も言われた。

「べ、別にそんなことないよ」

 玲菜は笑って誤魔化してパンを食べる。

 

 

 そうしてパンを食べ終わった二人は他愛のない話を少しして別れる。

 

 時間が余ってしまった玲菜は、なんとなく広場を歩いて、教会近くのシリウスの石像の前に着いた。

 石像を見上げると彼を想う。

(レオ、いつになったら帰ってくるんだろう?)

 そうだ。最後に彼が帰ってきたのはあの日。

 自分はミリアたちと遊ぶ日で、彼は待ち合わせのこの場所まで送ってくれた日。

 彼がシリウスの石像の横に立っているのがおかしくて。見た目は髪を上げていたので妙に新鮮でカッコよく見えて。

 帰りも彼とキスをしながら帰った。

 そして夜……

(あ、そうだ。私の部屋にレオが忍び込んだんだ)

 思い出すと今でも赤面する。

 だが、あの時はいわゆる“未遂”で、皇帝崩御の報せが届いた。

(あれ以来か)

 思えばあの時から何かがいろいろと崩れていったような。玲菜は石像を尻目に歩き出す。

 

(朱音さんが捕まって、レオも疑われて)

 確か、皇妃たちにレオが陥れられたような感じだったが、本当はあの時既にレオによる罠が……

 そうだ。確かに、あんな目に遭っても部屋に戻ったレオは平然と食事をしていた。

 朱音のことを玲菜が心配しても、彼は「平気だ」と。

 というか、そもそも、朱音が皇帝暗殺犯人に仕立て上げられるようにわざと小太刀を真犯人に盗ませたというが。

(じゃあ、レオは、お父さんが殺されることを知っていたの?)

 知っていて、止めることをせずに実行させたのか。自らの計画のために。

(でも、訃報があった時のレオの驚きようとか落ち込みようは、演技っぽくは無かったけど)

 ふと、ある可能性が思い浮かんでハッとする。

 ――もしかすると、皇帝が亡くなったのは、本当は病気の悪化による寿命で。“暗殺”自体が嘘偽だったとか。

(皇帝陛下の死をミシェル皇妃が利用することをレオは知っていたってことかな?)

 わざわざ暗殺しなくても、皇帝の死期は近かった。レオは、皇帝の死をミシェルが利用して暗殺事件にしようとしていることに気付いて罠を張ったのかもしれない。

 父親の死には驚いたが、きっと“そろそろ”だと予想もしていて。同時に復讐の時が来たと覚悟も。

 ――とまぁ、いろいろと考えても結局は予想に過ぎず。彼に真相を教えてもらうことも可能だが、訊かない方がいいような気がする。

 どんな形であれ、父親の死はショックだったはずだ。

 たとえ憎んでいても。

 せめて今の予想通り、毒殺ではなかったと思いたい。

 

 玲菜はいろいろなことを考えながら歩き、自分がいつの間にか城へ向かっていることに気付いた。

(あれ? 私、もしかしてお城に?)

 今から行っても、歩きでは着くのは夕方になってしまう。馬車なら……とも思ったが、似たようなものか。忙しい彼に会えるかどうか分からない。会えたとしても夕食を一緒にするくらい。

(ううん。駄目だ。ショーンが美味しい料理作ってくれてる)

 レオに会いたいけれど会えない。ミリアも居なかった。商店街は昨日回ったし。他の場所へ行くには時間が足りない。

「はぁ」

 何か時間を無駄に過ごしてしまった感じがある。

(久しぶりだな、こういう風に感じるのって)

 昔はもっと……というか、元の世界ではもっと、時間を常に気にしていた感じがあった。アルバイトや家事をしている時に「もっと時間があれば小説が書けるのに」といつも思っていた。そのくせ、休みの時で友達と遊ばない日にはインターネットで時間を潰してしまい、後悔する。

 連続してアルバイトがあると疲れてしまって、早く寝ると次の日落ち込む。

 母親が居れば家事も少なくて済むのにと泣いたり、せっかくのバイト代も飲み会や外食で減るばかり。

『伝説の剣と聖戦』も実は高校の頃からちまちまと書いていて、ようやく終盤に至るまで挫折の連続だった。

 もっと時間があればバイトして遊んで小説も書いて創作の勉強もして。

 そんなことばかり考えていたが、実際は時間を有効利用できていないだけだった。努力不足と甘い考えに嘆いては言い訳をしていた。

(そうだ、私、夢は小説家だ)

 今になって思い出す。

 自分の小説が神話になっていたことで忘れていたが、他にももっと話を書きたいと思っていた。愛着がわき過ぎて『伝説の剣と聖戦』の続編ばかり考えていたが、別の物語だって昔考えたはずだ。

(私やっぱり、物語も書いてみたいかも? この世界でも)

 戦があったりして、命の危機が何度もあり、空想に浸るという余裕が無かった。もちろんこれからもそういう事があるかもしれない。けれど……

(少しずつでいいから書いてみようかな?)

 なんだか急にワクワクし始めた。

 この世界でまさか、前と同じ夢を持てるとは思えなかったから。

 玲菜は沈んでいた心が少し元気になって、商店街へ向かった。小説を書くための用紙とペンが欲しい。それと、設定案をメモするためのノートみたいなもの。多分、日記帳で代用できる。

 そして買ったら家に帰ろう。

 

 玲菜は逸る気持ちを抑えて店で日記帳などを買い、ウキウキしながら家路を歩いた。

 選ぶのに時間がかかったからか、その頃には夕方で、朱色の街並みが綺麗に見える。

 物語を書いたらショーンやレオに読んでもらいたい。

 どんな物語を書こうか。

 考えていると教会の鐘の音が聞こえて町に響いた。幾つかの鐘が合わさって音楽みたいに聴こえる。

(綺麗……)

 何かが思い浮かびそうだ。

 

 

 そうして、いろいろな空想をしながらショーンの家に帰った玲菜は、「ただいまー!」と元気に挨拶して入ったところに、信じられない出迎えがあったので、立ち止まって「夢ではないか」と呆然とした。

「あー。お、おかえり」

 ウヅキを抱っこしながら待っていたのは……

 紛れもなくレオで。

 そもそも出迎えなどしたことの無かった彼だからか、凄く照れてそっぽを向いている。

 彼が居るなんて。しかも出迎えてくれるなんて。

 全く予想をしていなかった玲菜はびっくりして心臓が止まりそうになって思わず、買った日記帳と用紙とペンを床に落とす。

「あ!」

 慌てて、拾うためにしゃがむと手が微妙に震えそうになる。

 彼も一緒にしゃがんで、落とした物を拾ってくれたことに礼を言おうとしたらうっかり涙がこぼれてしまった。

「あ、あり……」

 ちゃんと言えないし、彼が驚く。

「え? なんだよ、どうした? 割れるような物じゃないから平気だぞ?」

「う、うん」

 これはきっと、ショーンからの誕生日プレゼントだから。

 嬉しくてつい。

「ありがとう」

 玲菜は心の中でショーンに対しても礼を言う。

 そして、どうしても言いたかった言葉を彼に伝えた。

「おかえり、レオ!」

「ん? 帰ってきたのはお前だろ」

「うん」

 玲菜はレオの手を掴んだ。

「レオ、今日はここで寝るの? お城には帰らない?」

「ん? ああ。昨日泊まって、やっぱり寝心地悪かったから。オヤジも美味いメシ作るって言うし、無理やり帰ってきた。今夜はうちで寝るよ」

(レオ……!)

 彼が、城の方を家と認識したと思っていたのは誤解だったか。

“うち”で、と彼は言った。

 つまり、彼にとっての帰る家は“ここ”だと。

「レオ」

 泣きそうだ。

 いや、もう泣いていたが、更に。

「なんでお前泣いてるんだ」

 困っている彼に、正直に告げる玲菜。

「嬉しいから。レオが帰ってきて」

 言われた途端に彼は顔を赤くして止まり、ウヅキを床に下ろす。

 後ろを見て、ショーンはまだ台所に居るか確認してから素早く玲菜にキスをした。

 

 そっと引き寄せて抱きしめて頭を撫でる。

「ただいま、レイナ」

 

「おかえり」

 玲菜も彼の背中に腕を回してギュッと締める。泣いていた顔は彼の胸にうずめる。

 二人がじっと抱きしめ合っていると、台所からショーンの声が聞こえた。

「おーいレイナ! 帰ってきたか。ちょうどおじさんも用意終わったぞ」

 二人は慌てて離れて台所に向かい、テーブルに置かれた豪華な食事に目を見張る。しかも自分の好きな物ばかりで、玲菜は感激した。

 レオも驚いて嬉しそうに声を上げる。

「え! なんだよ今日は。俺の帰還祝い?」

 そういえば、軍の凱旋で戻ってこなかったから帰還祝いが流れてしまった。

 玲菜とショーンは顔を見合わせて、玲菜が言った。

「うん。そうだよ! レオが帰ってきたからお祝い!」

 本当は旧世界の暦の自分の誕生日祝いだったが、この世界ではまた誕生日が来るので玲菜は『そういうこと』にした。

 ショーンも彼女がそう言うならまぁいいかと、二人を席に着かせる。

 そうして、玲菜の好物ばかりの豪華な食事を平らげて、レオには前に用意した酒を与えて。

 次に出てきたのはなんと、玲菜の大好きなアップルパイだった。

(え? うそ?)

 なんていう偶然か。父の作ったアップルパイが重なる。

「ショーン、どうして私の好きな……」

「おお! オヤジの得意なリンゴの包みケーキじゃん!」

 レオの言葉に、成る程と納得する玲菜。

(ショーンの得意料理。そうか、別に私の好きな物を知っていたわけじゃないんだ)

 もしかしたら前に話していて、それを憶えていてくれたのかと思ったが。単なる偶然らしい。

 ともあれ作ってくれたことが凄く嬉しいし、ショーンの作ったアップルパイもかなり美味しくて父のことを思い出す。

 玲菜はアップルパイを食べて幸せな気分に浸り、レオは安定の大食いで、久しぶりの三人の食卓はとても楽しく時が過ぎた。

 

 

 

 その日の夜中。

 食事が終わるとショーンはてきぱきと片づけて皿洗いを終わらせて二階にこもる。

 玲菜は家事を免除されていたのでその間、のんびりとウヅキの相手をする。

 風呂に入って、髪を拭きながら居間に戻ると、レオがソファで眠っていた。

 帰ってきた途端にいつも通りのダラダラぶりに、呆れるやら懐かしいやらで、玲菜は彼を優しく揺すって起こした。

「レオ。こんな所で寝ないで、自分の部屋に戻りなよ」

「んー?」

 彼は目を開けてぼんやりとして、玲菜の腕を引っ張った。

「レイナ」

「わぁああ!」

  彼の上に寝ることになり、玲菜が慌てると、濡れている髪に触れる。

 ショーンが二階に居るのに、居間のソファでこんなこと。玲菜は上体を起こして彼の手を離させた。

「ちょっと! 何してんの、こんな所で」

 レオは半分目蓋を落としながら、自分の上で座る玲菜にからかうように言った。

「いや、この体勢だとどう見てもお前が俺を襲ってるみたいだろ」

「ち、違う!」

 慌て出す彼女をもう一度引っ張って自分の上に寝かせると、今度は両腕ごと抱きしめて動けないようにする。

「ちょ、ちょっと! ……レオ……!」

 玲菜は小声になって、いつショーンが降りてくるやらハラハラしながら彼に注意した。

「動けない!」

「おう。がっちり固めてるから。そりゃそうだろ」

 なんて奴だ。

「レオってば」

「嫌か?」

「え?」

 彼は真剣な眼で玲菜に問う。

「嫌か? こうしているの」

「い、嫌じゃないけど……」

 ショーンに見つかったら恥ずかしい。

「『いい』か『イヤ』かどっちかで答えろよ」

「えっ……?」

 なんという強要。

 玲菜は恥ずかしさで死にそうになりながらボソッと答えた。

「いい、よ」

 次の瞬間、レオは「うおおおお」と叫びながら玲菜ごと上体を起こした。彼女を解放してソファに座らせて自分も隣に座る。

 汗をかいて息を整えて俯きながら呟いた。

「まずい。言わせるんじゃなかった」

「え?」

 自分で言わせておいてあまりにも失礼だ。

「なんでよ! 自分で……!」

「我慢できなくなるから!」

 彼は頭を抱えて「ああああ」と自分を抑える。

「我慢?」

「うううううううう」

 レオは唸った後に大きな溜め息をついて、吹っ切れたように立ち上がった。

「お前を襲う前に、俺はもう寝る!」

「え? おそ?」

 玲菜があっけに取られている内に、こちらを見ずにウヅキを連れて自分の部屋へ入る。

 ドアを閉める前に小さな声で「お休み」とだけ言って。

 ソファに取り残された玲菜は呆然とした。

(な、なんなの?)

 とりあえず、ソファで今したことを思い出すと顔が赤くなる。

(ショーンが居ないからって、こんな所で)

 そう思った矢先に、後ろに気配がして、「何事か」とおじさんの声が聞こえた。

「なんだ? 今怒鳴り声が聞えたけど。まさか喧嘩じゃないよな? レオは?」

 振り向くと、いつから居たのかおじさんが立っていて。

「わあああ! ショーン!」

 うっかり動揺しすぎた。

「ど、どうした?」

「ううん。なんでもない、ちょっとびっくりしただけ!」

 先ほどのソファでの出来事がまさかショーンに見られていないかと、玲菜はビクビクしながらも訊ねた。

「ショ、ショーン、今日はどうもありがとう。一息つきに来たの? お茶でも飲む?」

「ん? ああ。いいや。おじさんはなんか大きな声が聞こえたから来ただけだし」

「ああ、そうなの」

 犯人はレオだが。彼はもう自分の部屋に行って寝てしまっている。

 ショーンは「まぁいいか」と首を傾げて二階に戻ろうとしたが、ふと重要な事を思い出して彼女に告げた。

「あ、そうだ。明日さ、もう一つの鍵を探しにいくから」

「え?」

 唐突すぎる。

「用無いだろ? おじさんだけじゃキツイから、三人で行こう」

 三人とは、レオもメンバーに入っているらしい。

「じゃあ、朝から行くから夜更かししないで早く寝て、な」

「え? ちょっとショーン、どこに行くって?」

 いきなりいろいろと言われても、把握できない。

「うん。“もう一つの鍵”を探しにいくんだ。『死者の塔の遺跡』へ」

 何やら怪しげな遺跡の名前がそこにあった。


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