創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第七十四話:死者の塔と地底遺跡]

 

剣は人々の呪いによって造られ、神になる。

 

神は天へ、人は地へ堕とされた。

それを繋ぐのは塔。

 

故郷を欲し、人は這い上がる。

闇と呪いは剣に入り、やがて地獄の門を開く。

 

竜が昇る導きにより、人に生り損ねたものが血の色に染まる時、光を辿り、死者の世界への扉が開かれる。

 

――死者の世界はヒトの世界。そこは、最愛の者を殺した女神が支配し、いつか神に赦《ゆる》されようと生贄を捧げ続けている。

 

 

 

 *

 

 

「――とまぁ、古い文献に記されているんだが。死者の塔は旧世界の遺跡といっても、前々世界――要するに『精霊の世界』の頃。或いは、更に昔の神の遺産の……」

 

 おじさんの説明に、全くついていけない人物が約二名。

 朝食後の茶を飲みながら呆然と止まる。

 少し時間を置いてからレオが遅い反応を示した。

「……え? なんだって?」

 予想通りすぎて苦笑いするショーン。

「うん。とりあえずな、“死者の塔”はレイナの時代よりも更にずーっと昔の物でさ。今言った、『伝承』があるんだけど」

 昨夜、“もう一つの鍵”を見つけるために『死者の塔の遺跡』という場所へ行くと聞いて翌日になったが。

 玲菜は申し訳なさそうに訊いた。

「ごめん、“伝承”? 何言ってるのか全然理解できなかった」

「ああ、いいよ。“そういう伝説”があるだけで、死者の塔はもう無いし」

 ショーンの言葉に、物申したのはレオだ。

「え! 遺跡無いのかよ? じゃあどこに行くんだ?」

 ショーンはニッコリと笑って答える。

 

「地獄」

 

 ……やはり理解不能だと、二人は思った。

「地獄に下見なんて必要無い。俺はまだ死んでないしな」

 立ち上がったレオに、ショーンは訊ねた。

「ん? お前、行かないのか?」

「行く。もちろんかかる日数にも依《よ》るけど、前に言ったろ? レイナの事は俺も手伝いたいって」

「あ! でもお前、忙しいだろ? 即位とかどうなる?」

 確かにレオは忙しいはず。

「ああ、一応な。すっげー忙しいけど、大丈夫だよ。即位式はまだ先だし」

 そう言って、レオは「先に風呂入る」と断りを入れて地下へ降りて行った。

 忙しそうだが、彼が手伝ってくれるのは嬉しいと思いつつ、玲菜はレオが風呂から出てくるのを待った。

 

 やがて、レオが風呂から出てくると、先ほど理解がほとんどできなかった話をもう一度ショーンに問う。

「で、なんだっけ? とりあえず“もう一つの鍵”を手に入れるために『地獄』へ行くんだろ? 場所はどこだ? 行き方は? まさか死ぬとか言うなよな」

 一方玲菜は、『地獄』が比喩だと思い、余程キツイ場所なのだと身震いした。

(どんな所? 怖い。私なんかが一緒に行ける場所なのかな?)

 昔、父が好きでよくテレビで再放送を観た冒険・探険系映画が思い浮かぶ。

(大丈夫かな? トロッコとか乗らないよね?)

 トロッコよりも虫が大量に出てきたら死ぬ。

「大丈夫だよ。生きたまま行ける所だから」

 ショーンはニッと笑いながら言った。

「ただ、その場所はフツーの人間は足を踏み入れられない場所だけど」

 視線はレオを見ている。

「え? 何? 俺?」

 見られてレオは慌て出した。

「どこだよ?」

「かつて、死者の塔の遺跡があった場所の上には、今は別の物が建っている」

「え? まさか」

 レオが勘付いたタイミングでショーンは言う。

「その建物は、現サイ城。つまり皇帝の城だ」

「じゃあ、宮廷の下に……」

 言いながら、レオはハッと気付いた。

「ちょっと待て!? まさか、皇家専用の地下の隠し通路のことか?」

 その言葉に、聞き覚えのあった玲菜は「あ!」と反応する。

「もしかして、レオの部屋とかに繋がってる秘密の通路?」

 前に、レオに連れていかれたことがあるので分かる。

 レオは呆然と記憶を辿った。

「あそこは……大昔の遺跡だって聞いてたけど」

 そうだ。玲菜もその話を聞いた。

 皇家がいざという時に逃げる通路らしいが、洞窟になっていて、入り組んでいる。

 ショーンはレオに頼んだ。

「俺は隠し通路に詳しくないから、案内頼むぞ、レオ」

「……ああ」

 返事をしながらも、そもそもショーンが皇家しか知らない隠し通路のことをなぜ知っているのか気になったが、訊くのをやめるレオ。

 それよりも、玲菜が勘違いしてびっくりした。

「ちょっと待って!? お城の地下が地獄だったの?」

「いや、そうじゃなくてな」

 ショーンは頭を掻きながら説明した。

「死者の塔に地獄の入口があって。塔自体は崩れて年月が経ってもう残ってはいないけど、入口だけは残ってるっていう話だ」

「でも、入口があるってことはその奥に地獄の世界があるってことでしょ?」

 地獄の世界というと宗教的概念や昔話に登場するイメージがあるが。一体どういう場所なのか。

「地獄は比喩でさ、本当は地下遺せき……」

 言いかけて一旦口をつぐみ、ショーンは言い直した。

 

「本当は地底都市遺跡へ繋がる入口」

 

「え?」

 二人が訊き返すのも無理はない。

「ちなみに、レイナが時空移動した場所を造ったのと同じ科学力……同じ高度文明の時代の遺跡だと推測している」

 大昔の高度文明は玲菜にとって興味深い話。

「地底都市……!?

 夢が広がる。

「そんないいもんじゃないぞ、きっと」

 しかしショーンがあっさり打ち消した。

「多分、真っ暗な洞窟みたいな所だよ。夢のような都市の遺跡があって、財宝もある、って所だったら嬉しいけどな」

「そっか〜」

 残念に思いながらも、玲菜は問う。

「でも、“もう一つの鍵”はあるんでしょ?」

「おじさんの調べた限りではな」

 ショーンは真面目な顔になって、レオに訊いた。

「レオ! シリウスの剣どこだ?」

「え? シリウスの剣?」

 

 自分の部屋に戻り、黒い鞘の剣を持ってくるレオ。

「ほら、これ。昨日一応持って帰ってきた」

「うん。じゃあ、持っていってくれ。多分必要だから」

 ショーンの言葉に疑問を持つ。

「必要? え? 何か居るとか? 危険動物居るんだったら刀も持っていくから平気だぞ?」

「行けばわかるから」

 ショーンはそれだけ伝えて二人に探険の準備を促した。

 汚れてもいい動きやすい服や皮の手袋やマント。玲菜は何を用意すればいいのかあまり分からなかったのでショーンやレオに任せて、ショーンに言われた携帯用の食料を地下倉庫から持ってくる。砂漠の時ほどではないが水筒も用意して鞄に入れる。それにランプや、市場の怪しげな店で買った異国の虫除けの液体。

 虫除けの液体は妙な匂いがしたが、我慢して肌に付ける。準備をしながら通りかかったレオが顔をしかめた。

「なんだ? この妙な匂い。お前、香水でもつけたか?」

「うん。ちょっと。……嫌? 近付きたくない?」

「ん? 別にそこまで不快ではないぞ」

 レオはそう言ったが、こちらに向かっていたウヅキは途中で方向転換をしてどっか行ってしまった。猫には不快だったらしい。

「ウ、ウヅキ……!」

 玲菜はショックを受けたが気持ちを切り替えて準備の続きをする。

 どんな場所なのか分からない洞窟の探険なんて、本当は気を引き締めないといけないはずなのに、なんだかワクワクする。

(三人で出かけるなんて久しぶり!)

 もしかしたらもうこんなのは無いかもしれない。これから、レオが即位したらきっと今よりももっと出掛けるのが難しくなる。

(ああ〜、朝早く起きてサンドイッチ作れば良かったなぁ〜)

 最初は『地獄』という言葉に怯えてしまったが、段々とピクニック気分になった玲菜は、ウキウキしながら準備をする。

 そして、三人の用意が終わるとウヅキも連れて一行は家を後にした。

 

 

「ウヅキはクリスティナに預かってもらおうと思うんだが、いいか?」

 城に向かう馬車の中で、レオは二人に確認した。

 玲菜も危険な場所になぜウヅキを連れていくのかと思ったが、そういうわけかと納得する。

「うん。ウヅキはその方がいいかもね? クリスティナさんは猫好きなの?」

「分かんないけど、アイツは今回の事件で相当落ち込んでいるから。ウヅキと戯れたら元気になるかもしれないし」

 クリスティナは、ヴィクターやミシェルのことでかなりショックを受けて寝込んでしまっていた。婚約者がたまに見舞いに行くだけで、あとは侍女が様子を看ている。

 ウヅキは人見知りだが、可愛いし賢い。

 昔、心に傷を負った自分が回復したように、異母妹もウヅキで癒されればと、レオなりに考えたことだった。

「そうか。それがいいな」

 ショーンも賛成して、ウヅキの預け先が決定した。

 

 

 そうして城の庭園近くに着き、馬車を降りるとレオはまず後宮に向かい、宮内には入らずにクリスティナの侍女を呼ぶ。彼女にウヅキを任せる際、一緒に居た玲菜は挨拶をして。

 預けると三人は、今度はアルバート皇子の部屋に向かった。

 

 城に入るなり、護衛と荷物持ちがやってきて何も言っていなくても荷物を持って護衛をしてきたが、皇子の部屋に着くとレオは彼らを下がらせて荷物も自分の手に戻し、部屋に入る。

 三人で部屋の奥に行き、隠し通路のある本棚に向かうと、どこからともなく朱音がやってきてひざまずいた。

「アルバート様、何やら危険な場所に赴くご様子。どうか私も同行させてください」

 朱音は常にレオのことを守っていて、砂漠の時も森の時も密かについてきていたようだが、今回ばかりは姿を現して同行許可を願ってきた。

 レオは玲菜とショーンの顔を見たが、特に断る理由も無い。というより、むしろありがたいという表情をしていたので「ああ」と返事をする。

 人数は四人になって、改めて本棚を動かして壁を押した。

 ――すると、壁は回転して、先には薄暗い通路が。

 前回利用した時もそうだったが、真っ暗にはならずに薄暗いままの不思議な空間。

「へぇ! ここが」

 ショーンは皇家の隠し通路に感心して、さっそく指示をしてきた。

「とりあえずさ、奥へ行きたいんだ。皇家の通路じゃない道へ進んでくれ。分かれ道が有ったら印を付けるし」

「分かった」

 レオが進もうとすると、朱音も通路のことを知っているらしく、前に出る。

「私が先導します。皇子は後ろへ」

 彼女は警戒しながら歩き始め、その後ろをレオが。彼は玲菜が怖がっているのに気付いて彼女の手を掴む。そして最後尾をショーンが歩き、一行はゆっくりと薄暗い通路を進んだ。

 

 やがて、道は段々と人工的な壁ではなく洞窟風の岩壁になってくる。レオも「この先は知らない」と言い、恐がる玲菜のために小さな明かりを点ける。地面は歩きにくくなり、幸い危険動物の気配は無かったが警戒を怠らずに進む。玲菜の嫌いな虫は少ししかおらず、虫除けが効いているのか、あまり近付いてこなかったので一安心した。

 そして更に奥へ進んで行くと……

 また壁は人造石のようになり、少し広い空間に出る。

「行き止まりです」

 朱音は立ち止まり、明かりで前方を照らした。

 確かに前には壁があって、先に進めないのが分かる。壁の他には大きめの石が散らばっている。

「そっか。他の道かな」

 レオが引き返そうとすると、ショーンが「ちょっと待て」と引き留めて前に進んだ。

 そのまま石を調べ始めて気付いたように声を出す。

「これは……! 石碑が壊れた物?」

 まじまじと見て、思い立ったように、辺りにあった石をかき集めて並べた。

「この碑文は……」

 ショーンは碑文と言ったが、玲菜たちが覗きこんでもその文字はなんて書いてあるのか読めない。雰囲気的には古代文字風で、記号や絵の様に見えたりもする。

「天……地……? 闇……光……塔……扉……」

 ショーンは自分の荷物から本や資料集を取り出して確認した。

「やっぱり!! そうか、これが!!

「え? どうしたの? ショーン」

 玲菜が訊くと、「待ってくれ」と考え込み、資料や本を読み返して一人でブツブツと呟く。

 気を散らしてはいけないと、三人は黙り。

 しばらく経ってようやく考えがまとまったらしいショーンは皆に説明した。

「俺の調べて集めた文献にある『伝承』が記してあった石碑がここに建っていたみたいだ」

「え?」

「或いは、死者の塔の壁の残骸か」

 ショーンの目は、何か物凄い発見をしたかのように輝いていた。

「死者の塔は、天国と地獄、両方と繋がっている塔なんだ。『神は天へ、人は地へ堕とされた。それを繋ぐのは塔』って一節があって。但し、一方にとっては出口、一方にとっては入口」

 申し訳ないが、玲菜たちはすぐに理解できない。

 レオが首を捻りながら訊く。

「オヤジ、悪いんだけど結論から言ってくれ」

「えっと、調べたところによると。死者の塔の碑文のあった場所に地獄――つまり地底都市への入口があるらしくて」

 朱音が一番に察した。

「ではここに?」

「そう。全部解読はできてないけど、文章が一致する。そしてその碑文は入口を開く鍵にもなっている」

「鍵?」

 玲菜が訊くと、ショーンは本をめくり、資料に記した一つの文章を指した。

「ああ。ここに『竜が昇る導きにより、人に生《な》り損ねたものが血の色に染まる時、光を辿り、死者の世界への扉が開かれる』って書いてある」

 次に指すのは本にある絵の方。そこにはピラミッドみたいな四角錐の図形があった。

「『竜』は水竜のことでさ。かつて水竜の力を宿した四角錐の宝石があって、それを石碑に填めると入口の封印が解ける仕組みだったらしいが――」

「だったらしい?」

「そう。でも今は、石碑は壊れて封印は解けている状態のまま」

 ショーンはもう一度資料を眺めてレオの方を見た。

「だから、“人に生り損ねた物”が血の色に染まっているはずなんだ。入口前では」

「え? 人になり損ねた? 何が?」

 戸惑うレオに手を差し出す。

「シリウスの剣を貸してくれ」

「シリウスの剣? 今必要なのか?」

 彼がなんだか分からずにシリウスの剣を渡すと、ショーンは皆の顔を見て一息つき、黒い鞘から抜く。

「ああ!」

 様子を見ていた三人は剣の状態に声を出して驚いた。

「赤い!!

 確か刃は、ガラスの様な透明だったはずで。

 だが、なぜか赤く染まっている。

 

 しかも突然、光り出して。

 

 その光が目の前の壁に赤い扉を描き始めた。

 

「……え?」

 これにはショーンでさえも驚き、一同が呆然としたが。

 やがて赤い扉は音も無く開き、先に真っ暗な空間が現れた。

 

 

 まるで、玲菜が体験した不思議な空間のような暗闇。

 時空移動した時のことが甦る玲菜と、ありえない状況に頭がついていかないレオ。とにかく危険を感じて小太刀を抜く朱音。

 ショーンは驚きながらも、すぐに資料と本を鞄にしまって皆に促した。

「これが地底都市遺跡へ通じる入口だ! 早く入らないと閉まる! ボーッとしてないで行くぞ」

「行く? どこへ?」

 問い出すレオを問答無用で押すショーン。

「今、現れた扉の向こうの空間だよ。地底都市遺跡に繋がってるから。向こうとこっちは次元が違う。今の内に飛び込もう」

「ちょっ! 待て! 意味が……」

 止める間もなく自分が押されるので、レオは玲菜の手を掴んだ。引っ張られて玲菜も歩き、朱音も警戒しながら後を追う。

 四人共、“向こう側”へ入った途端――

 扉は音も無く閉まり、壁から消えてしまった。

 

 もちろん、真っ暗な空間に入った玲菜たちからも扉は消えて見えなくなり。

 辛うじてショーンの持っているシリウスの剣が仄かに赤く光っているのみ。ショーンは剣を鞘に戻して置いて荷物から何かを取り出してスイッチを押した。

「うわっ! なんだそれ?」

 レオが驚くのも無理はない。

 それは、一見普通のランプなのにやけに白く光っている。

 暗闇だったのに、一瞬目が眩むくらい明るい光を放つ“それ”は……

「え? 何それ? LED?」

 玲菜だけが普通に名前が出る。まさに、『LED』の電球のよう。

 いや、そうなのか。

「は? 何? エルイー……?」

 レオと朱音が首を傾げる中、ショーンはニッと笑って嬉しそうに言った。

「これはおじさんの宝物。前に砂漠の遺跡商人から買って、マリーノエラに使えるように修理してもらったんだ。明るいし長持ちするランプ」

 砂漠の遺跡商人ということは、発掘された物なのか。玲菜だけがなんとなく思い当たる物がある。

(もしかして、LEDのランプ)

 修理してもらった時に綺麗にしてもらったのか、あまり古い感じがしない。それとも保存状態が良いまま発掘されたのか。

 いずれにしても煌々《こうこう》と辺りを照らすランプを持ち、ショーンは皆に促した。

「さて、進もうか」

「どこに?」

 レオが目蓋を落とすのも無理はない。

 先ほどまで通路っぽかったのに、急に広い空間になってしまった。

「えーっとな……」

 方向が分からないながらもゆっくりと前に進む一行。

 ショーンは自分のメモ帳を見ながら「とにかく下へ行ければ」と呟いている。それを見て、「そういえば」と気付いたレオは彼に言った。

「っていうか、なんでオヤジがいつまでもシリウスの剣を持っているんだよ?」

「あ、ああ、悪い!」

 なんとなく、返すのをためらう様子。

「レオ、この剣、俺が持っていようか?」

「なんで? 俺の剣だぞ」

 不審に思いながらも取り返したレオは気になっていたことを訊いた。

「この剣、一体なんなんだ? オヤジは知っているのか?」

 

 その時、朱音が先の様子に気付いて教える。

「下りる階段があるようです!」

 

 一行はショーンの指示通り、狭い階段をゆっくりと下りていく。

 狭い故に一列になるしかなく、先頭は朱音でショーンの明るいランプを持つ。その後ろのレオは玲菜の手を掴み、彼女の足元も気遣い下りて、一番後ろのショーンも小さなランプを持つ。

 

「その剣は、伝説の剣だよ」

 

 下りていると、突然先ほどの続きとばかりにショーンが言った。

「え?」

 確かに神話の伝説の剣と言われているが。

「いや、神話はレイナの作った話だって」

 つまり空想の産物だとレオは言いたかったのだが。ショーンは首を振る。

「うん。神話はそうなんだけど。ただ、伝説の剣っていうのは本当なんだ。シリウスの話がごっちゃになっただけで」

「ん?」

「要するに、旧世界の伝説の剣ってやつは元々あって。それがその剣だったって話だ」

 ショーンは話す。

 

 ――この世界で初めに、“剣の持ち主”となったのは帝国の最初の皇帝だった、と。

 最初の皇帝はシリウスとされているが、実際はそう呼ばれた人物に過ぎず、彼が手に入れた剣を後にシリウスの剣と呼んだ。

 以後、神話のシリウスの剣として皇帝に代々受け継がれる。

 

「――だから、本当は神話の伝説の剣じゃなくて、旧世界の伝説の剣なんだ。本来の名は『パンドーリアの剣』と言う」

 ショーンの話を聞き終わった頃、階段も下り終わって、辺りはなんだか淀《よど》んだ空気になった。

「水の音がしますね?」

 朱音の言う通り、耳を澄ますとどこからか水が流れる音が聞こえる。

「そうだな。そっち行ってみようか」

 水路か何かがあるのだろう、と判断して一行はそちらに向かう。

 レオとショーンの話を聞いていた玲菜が、歩きながらふと思い出して訊いた。

「さっきなんの剣って言った? パンド? パンド…ラー?」

「そうだな。前世界ではそうとも呼ばれている。パンドーラ―とかパンドラとか」

「パンドラって、パンドラの箱……!?

 すぐにその名が思い浮かんだ。

 ギリシア神話だっただろうか。有名な伝説がある。

(確かパンドラって女の人が、“絶対開けてはいけない”箱だか壺だかを貰って。でも誘惑に負けて開けちゃって……中から災いとかが出てきたっていう)

 よくある誘惑に負けた系ではあるが、希望が最後に残ったとの説もあり、解釈によっては一応救いがある。

(でも、パンドラの箱と名前が近いだけで。別に箱でも壺でもなくて剣だし。ギリシア神話とは関係無いかな)

 玲菜はそう思ったが、ショーンはその考えを覆《くつがえ》すような話をしてきた。

「パンドーリアの剣は『災いの入れ物』とも言われている。“災い”っていうのは……大昔に生み出された力でさ。えーっと、なんて言ったらいいかな」

「災い?」

 災いなんて言ったら、まるでパンドラの箱みたいだったが。少し違うらしい。

「ああ、そう。“魔術”って言おうかな」

「魔術〜?」

 今度はレオが不信そうな顔をした。彼はそういうものを基本信じない。

 だがショーンは、それを分かっているので特に気にせずに続ける。

「パンドーリアの剣は、一説によると『“神”という名の人造人間を作ろうとして失敗したもの』らしいから。“人に生り損ねたもの”であって。俺の調べた伝承と見事に一致してるし」

「え?」

 これには、三人が訊き返してしまった。

「は? 何? ジンゾー? なんだって?」

 全く理解できないのはレオ。

「神という名……異端思想ですね。人間を作るという発想も危険ですし」

 冷静にこの時代の常識に当てはめるのは朱音。

「な、なんで人造人間を作ろうとして失敗したら剣になるの?」

 言葉がなんとなく理解できても混乱しているのは玲菜。

「大昔だから、生贄とか使って魔術の儀式で作った剣なんだろうなぁ〜」

 ショーンは自分なりの解釈をする。

 

 気付くと、水流の音がかなり近くなっていて、目の前に水路があった。

「ありましたね、水路」

 深さは暗くて分からないが、幅は三メートル(予想)くらいで、助走をつければ向こう側へ飛び越えられそうではある。いや、どうだろうか。

「向こう側に渡りますか?」

 渡った先には通路が見える。

「どうする? オヤジ」

「う〜ん、行ってみるか」

 ショーンが返事したことで、朱音は軽々と向こう側に跳び渡り、ランプを照らす。

「どうぞ。まず荷物を!」

 レオとショーンは先に鞄を朱音に投げ渡して玲菜の持つ小さな鞄も向こうに渡す。

「どうする? レイナ、先に行けるか?」

 ショーンに訊かれて、玲菜は妙な緊張が走った。

(どうしよう? 跳べるかな? 水路に落ちたらどうしよう!)

 足元が暗いので、助走をつけて踏むタイミングがなんだか怖い。かといって、自分にとっては助走無しでは跳べる距離ではない。

 不安そうにしているとレオが肩を掴んだ。

「心配なら俺が先に向こう行って受け止めるから。俺に向かって跳べよ。もしお前が落ちそうになっても助けてやるし」

 そう言うとレオはサッと跳んで向こう側へ渡った。

「ほら、来い! レイナ」

 彼は両手を広げて受け止める体勢に入っている。

「う、うん」

 覚悟を決めた玲菜は、後ろに下がり、そこから助走をつけて思いきり踏み跳んだ。

 案の定暗くてよく見えなくて跳ぶ位置が悪かったのか、危うく届かなく水路に落ちそうになったが、そこはレオが腕を伸ばして体を掴んでくれたため、なんとか落ちずに渡れる。

 但し、綺麗な着地はできずに彼を巻き込んで地面に倒れてしまい、格好悪いというかなんというか。

 その後ショーンも軽く助走をつけて跳び移り、玲菜は益々落ち込んだ。

(なんか、私だけ身体能力劣ってて足引っ張ってる気がする)

 決して運動が苦手というわけではない……はず、なのに。

 彼らとは全くレベルが違う。

 ――と、落ち込んでいる暇はなく。

「ほら、レイナ。行くぞ」

 レオに手を差し出されて、玲菜はその手をとった。

「うん」

 この場所の雰囲気はあまり長く居たくないので、早く目的の物を見つけて出るに限る。

 一行は通路に入りまた前に進んだ。

 

 地面は少し人造石っぽくなり、まっすぐ続く。

 玲菜は怖かったが、レオが手を繋いでいてくれるのでなんとか平気で。怖さを紛らわすためにもショーンに話しかける。

「そういえばさ、もう一つの鍵って結局なんなんだっけ?」

 朱音は玲菜の事情を知らないのだが、別に聞かれてもいい。

「あ、そうか」

 ショーンは肝心なことを話していなかったと……しかしためらいがちに話した。

「えっとな……魔力だよ」

「え?」

 漫画のような答えが返ってきた。

 ついもう一度問う。

「え? 何? 魔力? まりょくって、魔の力?」

 即座に思い浮かぶのは魔法。

「うんとな、魔力にもいろいろあるんだけど。言うなれば月に属した力というかな」

「月?」

 月という言葉で玲菜はブルームーンのことを思い浮かべたが、“魔力”にはあまりピンとこなく、レオは例の如く信じられない様子。

 ショーンは苦笑いして頭を押さえた。

「まぁ、信じられないのも無理ないよな。今あるうさんくさい魔術とも違うし、とっくに失われた力だからな」

「失われた力……」

 不思議系が好きな玲菜はワクワクした。

(もしかして、魔法とかが本当に存在したとか? それっていつ? この時代の古代? ……じゃなくて、私の時代よりももっと大昔の超古代とか?)

 実に興味深い。

 そもそもこの遺跡だって、赤い扉がいきなり現れたりレオの剣が光ったり……すでに不思議なことがいろいろと起きているわけだし。

「あ!」

 珍しくも勘が冴えて、玲菜は声を上げた。

「レオの剣! なんだっけ? パンドリラ―の剣? 災いの入れ物って言った? 災いって、魔術だって言わなかった?」

 少し違ったが、彼女の言いたい意味は合っていたのでショーンは頷く。

「そう! パンドーリアの剣は魔術を入れることができる。即ち……」

「つ…」

「月の力が入るってことですか?」

 玲菜が答えようとしたのに、朱音が先に答えてしまった。

「正解!」

 厳密に言うと月の力ではなく、“月に属した力”であるのだが。ショーンは“そういうこと”にしておいた。

 先に答えられて少し悔しかったが、玲菜は考える。

(月の力? 満月の力? ブルームーンと同じ状態にする……みたいな?)

 恐らくそうだ。

 月の力を手に入れて、満月の日にブルームーンと同じ状態にする、と。

(そっか! それで。アヌーの結晶石を使えばタイムマシンの入口が開く?)

 必要な条件の日に特定の場所で鍵を使えば、時空移動する扉がある所へ入れる。

(そうなんだ!)

 玲菜は月に属する力がどんなものかも深く考えもせず、ようやく謎が解けたような気分で先へ進んだ。

 ショーンの複雑な表情には気付かずに。


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