創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第七十六話:布団の中の攻防]

 

 一行は、一先ず『目的の物』を見つけたとして地下室から出ると、比較的腰を下ろしやすい地面と壁のある場所で帰路の前の休憩をとった。

 同じ道を戻るとなるとかなり骨が折れるが、ショーンには別の道がいいとの考えがあるらしい。また本と資料を見て確認し始めた。

 一方玲菜は、月に属する力を吸い込んだ(?)と思われるシリウスの剣を所持するレオのことが心配になって不安を感じる。

 呪いとか闇とか不吉な言葉があったし、レオの右手首が痛くなったことや赤い光の女性の忠告。

 元はと言えば、玲菜が小説を盗む時空移動をする際に必要な条件・ブルームーンを再現するために“その力”を得なければならなかったのだが。

 まさかこんな危険そうなものだったなんて。

(レオ、大丈夫かな)

 こんなことなら、もう一つの鍵を探しに来なければよかったと後悔してしまう。

 しかしショーンは『タイムリミットがある』と言っていたし、致し方ないのかもしれないが。

 それでも。

 座りながら未だ剣を眺めているレオに言ってみる。

「ね、ねぇ、レオ」

「ん?」

「その剣さ、使わないでくれる?」

 

「……え?」

 反応が遅かった。

「なんで?」

 先ほどの怪しい状況を見てもなぜ平然と扱う気でいるのか、むしろこっちが訊きたい。

「なんで? って、さっきの見たでしょう? 変な幽霊みたいな女の人が言ってたじゃない。『危険だ』みたいなこと。嫌だよ私、レオが呪われたら……」

「呪……?」

 レオは吹き出すように笑い、玲菜の頭を軽く叩いた。

「大丈夫だよ! 確かに変なもんも見えたし、刃も黒くなったり手首も痛くなったけど。呪い如きに俺は負けねーから。この剣軽くなって、振りやすくなったから試してみたいのはある」

「だから、それがショーンの言ってた闇への誘い? じゃないの? 魔法っていうか、災いが入ったんだよ? 絶対良くないよ」

 玲菜は力説したがレオは動じない。

「っていうか、まず“闇”? ってやつが漠然としててよく分からねぇ。災いが魔術だって話もオヤジは言ってたけど、結局は一体何なのかって感じするし。闇は魔術?」

 彼の疑問にはショーンが答えた。

「大昔な、今よりももっと大きな戦があって。その時に造られた兵器があるんだよ。その兵器で、新しい人間を造って」

「は?」

 まるで漫画か映画のような話。

 近くで聞いていた朱音は眉をひそめた。

「新しい人間? 神への冒涜です」

 ショーンは「うん、うん」と苦笑いで頷き、続きを話す。

「その、造られた新しい人間には特殊な能力があってさ。何も無い場所から炎や風を作り出したり、操ったり」

「魔法使い?」

 玲菜が一番に思い浮かんだのはそれで、レオや朱音の口からは「魔女?」という言葉が出た。

「う〜ん。そうだな……彼らには人型じゃなくて獣みたいな連中も居るんだが。総じて『亜人(ア=ヒト)』って呼ばれている」

「アヒト?」

「ああ、うん。『“神”の力を与えられし者は“ヒト”ではない。それは“災い”であり、“神”と同類である。――すなわち、人を超えた呪われた存在』ってやつ。亜人《ア=ヒト》は戦で活躍した後に恐れられて迫害されて、更には亜人に対抗する、彼らを越える人間も造られた。それがウォール人」

 どこかで聞いたような名前。

 玲菜は考えてふと思い出した。

「あ! さっきの魔法円の……なんだっけ?」

「そうそう、さっきの魔法円はウォール人の秘印。というか、今居る遺跡は彼らの遺跡だから」

 なるほど、と玲菜たちは納得した。

 ショーンは続ける。

「それで、そのウォール人の持っていた力はあまりに強大で、『闇の力』や『魔術』と呼ばれて恐れられたんだよ。実際、諸刃の剣でもあって、強い力の反動は自分に戻ってくる」

 視線はレオとシリウスの剣。

「つまりそういうことだ」

 分かったような、分からんようなという顔をしたレオはボソッと呟く。

「オヤジは説明が長ぇーんだよ」

「なんか言ったか?」

「いや、別に」

 それよりも、今の話を聞いてますます玲菜がレオに詰め寄った。

「分かった? レオ。諸刃の剣だって! やっぱり使っちゃ駄目!」

 レオは「う〜ん」と考える。

「でも、そうだったとしても、赤い光の女は『力を解放したら駄目』みたいなこと言ってただろ。ならさ、力を解放しなきゃ別に……」

 目の前には、強い瞳で訴える玲菜の顔があった。

「レオ、お願い」

 

 レオは渋々頷いた。

「分かったよ。使わないようにするから。まぁ、使い慣れた刀の方が戦い易いだろうから、いいんだけどさ」

 それを横で見ていたショーンはホッとした。

 とりあえず、普段使わないだけで大分違う。

 確認が終わると本と資料を鞄にしまい、立ち上がって皆にも促した。

「よし、大体分かった。帰るのに、さほど時間がかからなそうだ。行こうか」

 それが誤算だと知るのは後になる。

 

 

 

「なんだよこれ! 一体どこまで続いてるんだよ」

 ショーンの指示通りに進んで行き着いた階段で、疲れ切ったレオは嘆いた。

 それもそのはず。疲れているのは全員で、玲菜など声も出せない。

 長い上り階段をひたすら登ってきて、もうどのくらい経過しただろうか。

 とにかく、一時間以上は上り続けているのに全く終わりが見えない。しかも階段は螺旋状で、余計に疲れる。

 ショーン曰く、ここを上がれば地上にたどり着くのだという。

 最初は『エレベーター』の跡のような場所があった。玲菜がなんとか稼働しないかと試みたが、もう壊れていて無理だった。

 代わりに近くに在ったのがこの階段。

 ひたすら登り続けて上を目指す。

 とっくに疲れてしまった玲菜の手をレオは引っ張り、おじさんも息を切らして辛そうにしていた。

 中途半端な場所で何度も小休憩を取り。

 

 

 やがて、意識も朦朧としていた頃……

 

 ――ついに、

 先に出口らしき希望の光が見え始めて。

 そこからは最後の力を振り絞って上り。

 

 ようやく、真っ暗な空間から薄暗い場所へ抜け出すことができた。

 

 なんと、そこは……

 最初に地底都市遺跡への入口を開いた場所――死者の塔跡の洞窟のような所。

 そこの地面に穴を空けて、階段と“下の世界”が広がっていた。

 こんな所は無かったのにと疑問を感じていたのも束の間。

 全員、上へたどり着いた直後に下の空間と繋がる穴がみるみると閉じていく。

 そしてすべて閉じて何も無かったかのように消えた。いくら地面を探しても、或いは壁を探してももう何も見つからなくなってしまった。

 疲れだけが残り、呆然とする。

 あまりに疲れていて声が出なく、ここでボーッとしていても無駄なのでまた朱音を先頭に、今度は皇家の秘密の通路……そしてアルバート皇子の部屋へ向かって歩き出した。

 

 

 ―――――

 

 玲菜が目を覚ましたのは、部屋がもう真っ暗になっていた深夜だった。

 最初、死者の塔へ行くと家を出た日の深夜だと思ったが実は違い、次の日の深夜になっていた。厳密に言うと次の次の日か。

 地底遺跡に居たのがなんと約丸一日。その間休息は取ったがほとんど睡眠は取っていなかったので、出発して次の日の朝帰ってきた後、死んだように眠ってしまった。

 そして、午前0時を回った深夜の二時頃に起きた。

 ボーッとしながら周りを見回すと、段々目が慣れてきて自分が広いベッドの上に一人で寝ていたことに気付く。

 一瞬、頭が混乱しかけたが……多分、レオのベッド。

 そのレオはというと、近くにあるでかいソファで眠っている。

(ショーンや朱音さんは?)

 自分のことはレオがベッドに運んでくれたのか。漠然とそんなことを考えながら二人を捜すと、ショーンは書斎(?)の方にあるもう一つのベッドに。朱音の姿は無かった。

 ここは恐らく宮廷にあるレオの部屋で、死者の塔の遺跡から帰ってきた時の記憶が無い。疲れ果てていて、意識もほぼ無かったのだと解る。

 玲菜はこんな深夜に起きていても仕方ないのでもう一度眠ることにした。

 皇子の大きなベッドを一人で占領して悪いと思いながらも布団を掛けて目をつむる。最上質の毛布が心地好いと感じながら眠りに就いた。

 

 

 

 翌日の早朝。

 優しく頬に触れる手を感じて、玲菜は目を開ける。

 目の前には皇子様が居て、優しく微笑んでいた。もしかして、これは夢か?

 いや――

「あ、おはよう! レオ!」

 玲菜は飛び起きて状況を確認する。

 レオはシャツを着替えていて髪が濡れている。風呂にでも入ったのだろうか。

「ショーンは?」

 訊ねているのに、彼が顔を近付けてきたので慌てる間もなく目を閉じた。

 彼の唇が優しく触れる。

 だが、思ったよりも短かった。

 小声でレオは言う。

「起きるから」

 仕方なく軽くでやめた感じ。

 玲菜はハッとしてベッドから降りた。

「そ、そうだよ! あ、私、お風呂借りてもいい?」

「ああ。そう言うだろうと思って。タオルと着替え、持ってこさせてバスルームに置いといたから」

 珍しくも気が利く。

「ありがとう!」

 玲菜はお言葉に甘えて風呂に入る。

 

 浴室から出ると、用意されていたのはお姫様のドレスではなく、普通の町娘風のロングスカートとシャツ、それにベストだったので安心した。

 玲菜は着替えて髪を拭きながらバスルームから出て、ソファとテーブルのある部屋に向かう。既にショーンも起きて椅子に座り、給仕が食事の用意をする中、レオが我慢できなくて料理を口に入れていた。

 玲菜は急いで、自分に用意された椅子に座る。三人で食事をして、今後の話をした。

 

「次はシドゥリの所へ行くんだろ? また俺も一緒に行くから! 勝手に二人で行くなよ」

 そう、レオが念を押すとショーンも溜め息をつきながら頷く。

「分かってるよ。でも、お前は平気なのか?」

 レオはこの後一緒には帰らず、また忙しいのだという。

「だ……大丈夫。なんとか」

「森へ行くから、往復だけでも数日かかるぞ? 全部で一週間くらいかかると思った方がいい」

 ショーンの忠告に、レオは俯いて黙った。

 おじさんは更に続ける。

「国民の、フレデリック皇子の喪も明けるし。そしたらいよいよ皇帝陛下の逝去をバラしたり、新皇帝発表したり、大忙しじゃねーか」

「分かってるよ!!

 俯きながら、レオは怒鳴る。

「そういうの、全部計算に入ってるんだよ! それで、俺は大丈夫だって言ってんだから」

 本当だろうか。

 かなり無理をしている気がするのは気のせいか。

「レオ、無理しなくても別に」

 彼を気遣って言ったのに、逆に怒らせた。

「別に無理してねーけど。レイナは迷惑なのか? イチイチ俺の予定も考慮しなくちゃなんねーのが」

「迷惑なんてそんなこと! 私はレオの心配しているだけ」

「心配なんてしなくていいから。迷惑じゃなければ俺も行かせてくれよ。頼むから」

 切実に彼は言う。

「即位したら、今よりも自由が失われる。それは分かる」

 いくらレオでも、覚悟はしている。

 だからこそ今は行動を共にしたいという想いがあるらしい。

「分かった、分かったよ」

 ショーンは宥めるように言った。

「一緒に行こう。ただ、急いでいるからあんま待ってやらねぇぞ」

「ああ!」

 レオは嬉しそうに顔を上げて料理を平らげた。

 

 

 そうして、ショーンと玲菜の二人は預けていたウズキを返してもらい、レオと別れる。

 数日中になんとか時間を作れるようにするらしく、今夜からそれまでは帰れないとの事。玲菜は寂しかったが、預言者・シドゥリの許へは一緒に行けるようなので、我慢してその日を待つ。

 掃除をしたり準備をしたり、暇な時は創作のネタを考えたりして。

 買い物に行った時はついでに先日会えなかったミリアの働くパン屋にも寄って彼女とお喋りを楽しんだ。彼女は、相変わらずのショーンの話題の他に、レオのことも持ち出して、「またお会いしたい」などと皇子との秘密の繋がりを嬉しそうに話す。

 

 

 そうやって過ごしていると何も無い日常の一週間が経ち、そろそろシドゥリの許へ出発したい頃になる。

 ショーンはあと三日くらい待ってレオが帰って来なかったら「もう行く」との通告をアルバート皇子に突き付けようと思ったが……。

 

 

 

 

 その二日後の夜、ようやくレオは家に帰ってきて、森の預言者の家ツアーへの参加除外からなんとか免れた。

 

 帰ってきて早々酒を飲む彼と嬉しそうにする玲菜の二人に、ショーンは発表した。

「明日、行くから。レオもそのつもりで時間が取れたから帰ってきたんだろ? 朝から出るから、くれぐれも夜更かししないように! 解っているよな?」

 ショーンの言い方は少々トゲがあり、まるで二人にイチャイチャするなと念を押しているよう。

 久しぶりに会えたのに厳しい制限にも思えたが、二人には夜這い(未遂?)という前例があるので仕方ない……か。

 玲菜はガッカリしたが、レオの場合はふて腐れて注意に従いたくない様子。

 そんな彼に、ショーンはびしっと言った。

「特にレオ! お前は朝やることが多くて遅くなるから、今の内に準備しとけ! 風呂も今入っとけよ!」

「へいへい」

 促されて仕方なく地下に降りるレオ。風呂に入るらしく、玲菜はその間に片づけを、ショーンは二階に戻っていった。

 

 

 台所で皿洗いをしながら、玲菜は浮かれて車の中のCDの曲を口ずさんでいた。

 九日ぶりにレオに会えて、明日からは旅行。自分の準備は終わっているし、明日の朝はサンドイッチを作ろうと張り切る。いつ出発するかは分からなかったので食材だけはしっかり用意していた。

(色んな具材使おう! レオの好きなお肉系は多くして)

 なんとなくだが、この世界に来て自分は料理が上手くなった気がする。ショーンに作ってもらうことが多いけれども、手伝っている内にいろいろと覚えてきて作れるようになった。

 昔だったら買っていたものを、手間暇かけて作るようになった。

(といっても、まだまだだけど)

 さすがにショーンには敵わない。

 それに……

(お父さんも、結構料理上手だったよなぁ)

 改めて思う。

 妻が居なかったからではなく、きっと元々料理上手だったのだ。

(私の今の手料理、お父さんにも食べてもらいたかったな)

 きっと褒めてくれる。

 玲菜は自分の父がこの家に来て、皆で食事をする風景を思い浮かべた。

(なんか、ショーンとお父さんは意気投合しそう)

 歳は十歳違うが、娘を持つおじさん同士だし、何より気が合うはず。

(あ、でも、お父さん、ウヅキ怖がるかも?)

 父は猫が苦手だ。

 玲菜は足元にすり寄るウヅキを撫でた。

(こんなに可愛いのに。なんで猫が苦手なんだろ?)

 撫でていると、何かに気付いたウヅキはそちらに駆け寄った。

 それは、風呂から出て台所に入ってきたレオであり。

 いつも通り髪をタオルで拭きながら冷蔵庫を開けた。

「レオ! 何を探しているの?」

「喉渇いたから。酒だよ、もちろん」

 先ほど風呂の前に飲んでいたはずなのに。早速。

「レオ、お酒飲むよりも明日の用意した方がいいよ」

「え? 飲んでからだってできる」

 自信満々の言葉に不安。

「そう? レオ、そのまま寝ちゃうんじゃない?」

 彼は酒瓶を一つ取り、コップを探す。

「じゃあ、飲みながらやる」

「えー? それってはかどるの?」

「大丈夫だよ」

 コップを見つけたレオは玲菜を見てニッと笑った。

「心配なら、手伝ってくれよ」

 なんて奴だ。

 玲菜は最初断ろうと思ったが、久しぶりに会えてもっとお喋りしたい気持ちがあったので頷いた。

「うん。じゃあ、少しだけ」

 

 

 思えば、安っぽい誘惑だったのかもしれない。

 部屋に入った途端、玲菜はベッドに押し倒されたので何事かと慌てた。

「ちょっと! レ……」

 彼は玲菜の口を塞ぎ、二人とも隠れるように布団を被って小声で話した。

「静かにしろよ。オヤジに聞こえる」

 言った後に唇を重ねてきたので玲菜は高揚しそうになったが、惑わされないで注意する。

「いや、駄目だから。静かにしたって駄目だから」

 ショーンに見つかっても駄目だし、明日のことを考えるとこんなコトをしていないで、用意して寝なくては。

「なんで? お前はそういう気分にならねーの?」

 しかも彼は若干酔っぱらっている。

「そういう気分って……」

「もうずっと我慢しているから、俺は結構限界なんだけど」

「限界?」

 確かに久しぶりではある。久しぶりに会って気分が昂っているのもある。けれど……

「で、でも、ショーンが二階に居るし。寝てるかどうかも分かんない」

 レオは玲菜の耳元でボソッと言った。

「スリルがあって、逆に興奮するけどな」

 そんなことを耳元で言われては、玲菜も緊張が高まる。

 彼の唇が首筋に触れると一気にゾクゾクして震える。自然と目は閉じてしまうし、うっかり声が出そうになる。

「レイナ。会いたかった」

 しかも囁くのは殺し文句。

「わ、私も」

 九日間、ずっと彼に会いたかった。戦で離れているとかではないけれど、心配はあったし想いが募った。

 何度も城に行こうかと迷ったが、邪魔してはいけないと思い留まった。

「会いたかったよ、レオ」

 小声でそう言い、彼の背中に腕を回した。

 気付くと彼の手は、服の上から体に触れてきていて、やがて服の中にも入れてくる。

 思わず声を上げそうになったが。それよりも……

(暑い……)

 布団の中で重なり合っているなんてさすがに暑いし息苦しい。

「あっ……暑っ……」

「熱い? じゃあ脱がそうか?」

 言っている間にも彼はすでに脱がそうとしていたので慌てて止める。

「ま、待って!」

 彼の手を掴むが中々止められない。

「やっぱ駄目だよ……!」

「なんで?」

 答えようとしたが、暑さで頭がボーッとしてくる。

「暑い……」

 毛布がやたら暑い。

 拒む言葉を言わせないためか、彼は口を塞ぐようにキスをしてきた。

 駄目だ。

 止められない。

 彼はスリルが興奮すると言ったが、確かにその気持ちも分かる。

 いつショーンが来るかも分からないハラハラした緊張と布団の中で密着したドキドキ感が合わさってとんでもなく鼓動は激しく打っているし、空間の暑さで余計に体が熱くなる。

 本気で拒むなら、むしろ背中に回した手を離さないといけない。

「レオ……!」

 

 ――その時、ドアをノックする音が聞こえて、玲菜は我に返った。

(ショーン!?

 こういう時、邪魔が入るのは慣れていたはずなのに忘れるなんて。

 とっさに彼を突き飛ばし、自分は布団にくるまって、脱がされかけた服を整える。我ながら感心するような素早い反応に、ふと彼を見るとベッドから落ちそうになっていた。

 一体何が起きたのか把握していないはず。

 それもそのはずで、ドアをノックする音もよく聴くと僅かに「カリカリ」といっているだけ。

(あれ? ノックじゃない?)

 そうだ、この音は……!

「ウヅキ!?

 ウズキが爪を研ぐ時の音によく似ている。いや、そうなのか。

(ショーンが来たわけじゃなかった!)

 これは、もしかするといつも邪魔されるトラウマ的な過剰反応。

 一方、なぜ突き飛ばされたのか分からないレオは呆然として汗をびっしょりかいている。

 やはりレオも暑かったらしいが、それよりも全く納得がいっていない表情。

 しばらくボーッとして、レオは恐る恐る訊いてきた。

「そんなに、嫌だったのか?」

「あ、い、嫌っていうか……駄目っていうか……」

 まさかウヅキの爪とぎの音をショーンが来た音と間違えたとは言いづらい。

 俯く玲菜を見てレオも気まずそうに話す。

「まぁ……駄目、だよな。そうだよな」

 熱さなのか恥ずかしさなのか顔は赤いし表情は曇っている。

「悪かったよ。お前、口では拒むようなこと言っても割といつも受け入れてくれるから。なんか、つい」

 テーブルに置いていた酒を開けてコップに注ぎ、ぐいっと一気に飲む。

「お前さ……」

 レオは何か言おうとしてためらって、少し間を空けてから口を開いた。

「お前さ、俺が……会う度に、その……襲うから。もしかして、体ばかり求めてくる奴って呆れてる?」

「……え?」

 思わぬことをレオが訊くから、玲菜は戸惑った。

「え? 思ってないよ。呆れてもいないし」

「そうか……良かった」

 レオはホッとして、タンスから荷物を入れる鞄を取り出した。

 引き出しにある服を無言で引っ張り上げて次々に鞄に放り込む。

「あ、私手伝うよ」

 玲菜は彼が放り込む服を畳んで入れ直した。

 

「森まで自動車で、ニ、三日くらいだっけ?」

 レオの質問に、考えてから答える玲菜。

「うん。確か」

「じゃあ、一週間分くらい服が有れば平気か?」

「うん」

 会話は普通だが、妙な雰囲気になってしまった。

 またしばらく無言で服を出し終わってからレオは小さな声で告げる。

「これでも、一応我慢しているつもりなんだけどな」

 まさかの言い訳。

 駄目だと強く拒まれたのがそんなにショックだったのか。

「ただ、お前のことが好きだから、欲求が抑えられなくて。ホラ、旅行中も多分無理だろ? そう思ったらさ……」

 彼の素直な気持ちにハッとする玲菜。

「わ、私も! レオが好きだから、そういう……よっ…」

“欲求”なんて、恥ずかしくて言えない。

「そういう、気持ちはあるよ?」

「気持ち?」

 レオは訊き返す。

「好きっていう気持ちってことか?」

「あ、えっと……」

 答えづらそうにしていると、察して反応するレオ。

「ああ! 欲求ってことか」

 無言で頷く玲菜。

 

 妙に気まずい雰囲気。

 荷物を用意しながら沈黙が続く。

 なんとなく、お互いの顔を見られないまま明日の準備をして、荷物を入れ終わったレオは思い余ったように玲菜を抱きしめてきた。

「レオ……?」

 少しの間ギュッとして。

 告げる。

「これからもお前を襲うから、覚悟しとけ」

 なんて宣言だ。

 玲菜は恥ずかしくなったが、自分の顔に当たる彼の胸が心地よかったので瞳を閉じる。

「……うん」

 二人はしばらくそのままでいて、幸せな気分になっていたが。

 階段を下りる足音が聞こえて慌てて離れた。

「じゃ、じゃあ、私自分の部屋に戻るから。レオも早く寝なよ?」

「ああ」

 お休みの挨拶もしないで玲菜は部屋を出ていき、一息しようと居間のソファに腰掛けるショーンとばったり会う。

「ん?」

 ショーンは、玲菜がレオの部屋から出てきたので声をかけた。

「レイナ、今、レオの部屋から出てきた? まさか……」

 疑いの目で見てくるショーンに、自分たちがイチャイチャしていたことが彼にバレたのかと玲菜は焦ったが、おじさんはため息をついて呆れた顔をする。

「レオの奴、レイナに準備を手伝わせていたな?」

 それはそれで正解。

「あ、でも、レオはほとんど自分でやっていたよ? おかげですぐに終わったし。もう寝てるかも」

 一応彼のフォローを入れて、玲菜はショーンに「お休み」と言って自分の部屋に戻った。

「ああ、お休み。レイナ、皿洗いありがとな」

 ショーンは彼女に礼を言い、居間で一服しながら明日……ひいては預言者の家に行った時のことを考えて物思いに浸った。

「いよいよかな……アルテミス」


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