創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第八十話:満月の時]

 

 都へ帰る道は、まず森を抜けて、隠している車に乗って帰る。

 車の運転はレオで、涙目の忍者二人と遺骨を持った大男のエド、それにウヅキが乗る。

 正直運転方法がうろ覚えのレオは、バックしたり車体を傷つけたりスピードを出し過ぎたりして、その度に車内では(低い声の)悲鳴が飛び交ったが。慣れてくるとなんとか順調に進む。

 普段冷静沈着な黒竜は車酔いで何度もダウン。皇子にみっともないところを見せたと危うく自害しそうになるほどであったが、朱音が宥めて二日が経つ。

 予定では二日目の夜に都へ着くつもりだったが、着いたのは三日目の昼。約束の満月の日には一応間に合った。

 

 

 玲菜を救出しにいく時間は夜。

 皇子一人で来いと言われたが、黒竜と朱音は条件を守るつもりはない。なんとか相手にバレずに、玲菜を助ける方法を考える。

 レオは誰も居ないショーンの家には帰らず、自分の屋敷に戻って玲菜の荷物も置く。連れてきたウヅキには苦笑いして話しかけた。

「お前は俺と一緒に住むか? それともオヤジの家に戻るか? お前が望むなら宮廷の猫にしてやるぞ。レイナも連れてくるし、いいだろ?」

 ウヅキは返事らしき鳴き声も上げずにレオのベッドに乗っかり、丸まって寝てしまった。

 なんていうか、自分よりもベッドの方が好かれている気がするのは気のせいか。

 レオはウヅキのことを使用人に任せて、外で待っているエドの許へ行く。

 

 彼には戦没者の墓地へ案内すると約束した。

 自分の馬車に乗り、宮廷の北に位置する広大な墓地へ向かった。

 戦没者は基本的に国の英雄とされるため、近くには皇族の墓地もある。

 皇帝はまた特別なので、ここに墓は無かったが、レオの母親の墓は皇族の墓地に在った。

 そういえば最近墓参りをしていなかったとレオは思ったが後回しにして。先に戦没者の墓地の方へ行く。

 シドゥリは『祈りも何も要らない、ただ彼の傍に埋めてください』と頼んだらしいので、聖職者も呼ばずに墓守だけを呼ぶ。

 恐らくは恋人だったのだろうか。名前と没日、年齢、戦の名前、所属の隊など……そして墓石には『アルテミス』と刻まれているのだという。

 一致する墓を墓守に探させて自分たちも探す。朱音や黒竜も手伝い、ついに見つけたらしく朱音が皆を呼んだ。

「こちらですかね? エドさん」

 そこには『ジョージ』と刻まれていて、男性の名から、やはり恋人なのだと悟れる。しかし年齢は二十七歳なので年の差はあるか。ちょうどシドゥリが預言者になったと言われる二十一年前に亡くなっている。

 家族が死んで、最愛の恋人(?)も死んで、一体どんな気持ちで彼女はアヌーの腕輪を受け継いだのか。寿命を縮める腕輪は、ひょっとすると彼女にとってはむしろ望む物だったかもしれない。

 今となってはもう分からないが。

 

 レオは墓守に、その隣の場所にシドゥリの遺骨を埋めるよう命令する。自分たちが分かるように墓石も置かせて『シドゥリ』と名を刻ませた。『アルテミス』はもう彼の方に名が刻まれているので必要ないだろう。

 ひっそりとが、彼女の願いだったらしいが花くらいはいいだろうと、花を置く。

「アルバート皇子、皆様、ありがとうございます。あとは私が一人でしますので」

「ああ、そうだな」

 きっと彼は一人になりたいだろう。そう思ったレオは朱音たちを連れて去る。離れる前に、一つだけ訊いた。

「お前は森へ戻るのか? もしかしたらまた訪ねることがある」

 エドはこちらを向かずに返事をする。

「はい。シドゥリ様の家を守っていきます」

「そうか。賊に気をつけろ」

 忠告は必要ないか。彼はあんなに強い。

 歩いていくレオたちに、エドは声をかけた。

「シドゥリ様から言われています。アルバート皇子、困った時はいつでもお越しください。できる限りの助けになりますから」

「ああ、分かった。ありがたい」

 そう言ってレオはエドから離れた。

 遠くなった所で朱音が横に並んで告げる。

「先ほどのジョージという者と同じ戦、同じ日にちで亡くなった、同じ所属隊の人物で……非常に気になる名前の墓がありました。ただ、亡くなったのが二十一年前。その時の年齢が十七歳となっており、私たちの知る人物とは年齢が合いませんが」

 レオは立ち止まった。

「……そうか」

「どうします?」

 朱音の問いに、レオは思い悩んだが……

 悪くなりそうな気分を抑えて決意する。

「確認する! 連れて行け」

「ハッ! 承知しました」

 或いは死者を冒涜することになったとしても墓を暴く決心をして。

 

 

 ―――――

 

 

 やがて日は暮れて。

 月は煌々とした丸い形を保つ。

 レナの聖地では、美しい聖女の石像が月明かりに照らされていたが。普段は静寂なその場所が今日に限っては異様な雰囲気を漂わせていた。

 

 いつも聖地を見張っている衛兵たちは皆捕まって、柱に縛られる。腕に覚えのある兵士が多かったのにも関わらず、見知った顔の人物に騙されて油断してしまった。

 賊と言うには多すぎる集団が聖地を囲み、主犯格の娘が“お目当て”の到着を待つ。

 次期皇帝のアルバート皇子とシリウスの剣。

 娘の近くには黒い長髪を後ろで結んだ男。

 そして、煙草をくわえた渋い男性と人質の若い娘。

 

 正直、黒竜と朱音は完璧だった。

 完璧に気配を消して人質に近付いていた。

 きっと自分らなら隙をついて彼女を助けられる。

 その自信があった。

 

 だが突然、煙草をくわえたショーンが立ち上がり、真っ暗な茂みにナイフを投げる。

 潜んでいた人物に声を掛けた。

「朱音さん、もう少し俺に分からないように隠れてくれ」

 バレた! と、すぐに逃げ出す朱音を追うユナの手下たち。

 しかしそれは囮で、賊に紛れていた黒竜が素早く玲菜に近付く。幸い彼女は縄で手足を縛られていただけなので、それを解いて混乱に乗じて逃げてしまえば……

「っていうのを、俺が読んでいないとでも?」

 ショーンは完全に変装していたはずの黒竜の前に出て、賊の男たちが捕まえた黒装束の女を連れてこさせる。

 まさか、あの朱音が捕まるはずがないと、黒竜が驚いた隙で彼は囲まれた。

 しまったと思ったらもう遅い。黒装束の女は朱音ではなく偽者だった。

 じわじわと追いつめられる黒竜。

 だが、ショーンは黒竜に見向きもせずに偽者の朱音に近付く。そして……偽者の朱音を掴まえている賊の一人の首に、袖に装着していた短剣を向けた。実はそれこそが本物の黒竜で。偽者の朱音及び周りの人間が一斉に彼を捕える。

「おい、俺を舐めるなよ、お二人さん」

 皆が黒竜に注目する中、ショーンは振り返って黒竜に扮していた別の人物に短剣を投げつける。その人物は慌てて短剣を避けたが、短剣が突き刺したのは玲菜の足元。

「セイ!」

 命令されたセイは地面に潜んでいた者に飛びついて正体を暴く。近くに居た賊も皆が逃げられないように周りを囲んだ。

 それは朱音で、捕えられたことにかなり動揺していた。

「なぜ……!」

 なぜ分かったのかなんて、訊くまでもない。

 それなりにショーンを警戒した作戦だったが甘かった。

 

 二人は捕えられて縄で縛られる。他、同じく扮していた仲間も。

 玲菜はあまりにもびっくりして二人の名を呼んだ。

「朱音さん!! 黒竜さん!!

 二人が捕まるなんて信じられない。

 

「さっすがショーンさんね。お見事だわ」

 あの皇子の側近をいとも容易く捕まえるなんて。ユナは驚き、むしろ疑った。

「これ、演技じゃないでしょうねー? 本当はこの二人と立てた作戦だったとか」

「馬鹿言え」

 ショーンはフゥッとタバコの煙を吐く。

「手の内を知っていただけだ。この二人をよく知っているから為《な》せることであって、他の忍びはどうか分からねぇ」

「ふ〜ん?」

 疑いの目で見るユナ。

「じゃあさ、どっちか殺してくれる? 仲間じゃないっていう証明で」

 聞いた玲菜は叫んだ。

「やめて!!

 ショーンは仕方ないという風に煙草の火を消して立ち上がる。

「ショ、ショーン!! どうして? やめてよ!!

 青ざめる玲菜に朱音が声を掛けた。

「レイナ様。私たちは、敵に捕らえられた時点で死を覚悟しますので平気です」

「へ、平気じゃないですよ!」

 玲菜が二人を見ると、朱音も黒竜も目をつむって覚悟を決めてしまっている。

「ちょっと待って? お願い、ショーン冗談でしょ?」

 必死でショーンに訴えても、彼の目は冷たいまま。

「レイナ、悪いな」

 ショーンは剣を抜き、構える。

「ちょっと待って」

 だが止めたのはユナで。もっと面白いことを考えたとショーンに言う。

「よく考えるとこの二人、約束破ったのよね? 皇子一人で来いって言ったのに。ってことは、取引も消滅で、レイナを殺してもいいってことになる」

「やめなさい!」

 朱音は目を開けて、自分を殺すように命じてきた。

「殺すなら私を! ここへ来たのは私と黒竜の独断! 皇子は関係ありません。さぁ、ショーン様! 早く!!

 

 すると、そこに……

「来ました!! アルバート皇子です!!

 見張りの一人がユナに駆け寄って声を掛ける。

 

 現れたのは青ではなく茶色いマントを羽覆ったレオであり。剣と刀を携えてのんびりと歩いてくる。

 賊たちは彼のために道を空けていき、彼はゆっくりでも堂々と臆することなくユナたちの前までやってきた。

 捕まっている朱音と黒竜を見て眉をひそめた。

「お前ら、何してる」

 

「申し訳なく、存じます」

「どうか、我々のことは捨て置きください」

 起死回生を狙っているが、もしも足手まといになるならすぐに死を、と二人の目は訴えている。

 失敗した彼らが自害しないのは、もしかすると自分らの死が玲菜の死を防げるかもしれないという可能性に賭けているため。

 察したレオは目蓋を落とし、ユナに言った。

「来てやったぞ。シリウスの剣も持ってきた」

 睨みつける視線はショーンに。

 ショーンは苦笑いしてレオを見た。

「そんな怖い顔すんなよ。レイナを酷い目には遭わせていないぞ」

 玲菜を見ると酷く悲しそうな顔をしていたのでそれだけで十分だ。

 レオはこみ上げる怒りを抑えてユナに剣を差し出す。

「ホラ、どうすんだこれ」

「アナタがやるのよ」

「は?」

「ショーンさんが言ってた。月の力は闇の力だって。何かあったら嫌だから、アナタが掲げなさいよ」

 ユナの言葉にレオは首を傾げる。

「はあ? 俺が過去に行くのか?」

「違う!」

 ユナはショーンから受け取ったらしいアヌーの腕輪を手に持っている。

「行くのは私! アナタは剣を満月に掲げるだけ」

 結晶石ではなく、腕輪を持つには理由があった。

「知ってる? アヌーの腕輪なら、扉が消滅しないから入口へ戻れるって。私はここへ戻ってくるの」

 つまり、結晶石は二回しか入口を開けないが、腕輪なら自由自在らしい。しかし……

 シドゥリに聞いた話で、玲菜はユナに注意する。

「でも、それを填めたら危険だよ! 呪いがあって、眼だって失うし、命も……」

「わかってるわよ!」

 それでもいいと、ユナは言う。

「私は民族のために大義を果たすだけで十分なんだから」

 一体何が……彼女をそんな風に掻き立てるのか。

(まるで、洗脳みたい)

 玲菜は恐ろしくなった。

 それが絶対的に正しくて良い行いだと、自分の至高の喜びにさえなっているのか。

(なんでなの? 個人よりも民族が大事?)

 或いは、まるで教祖の存在する宗教。

 

 その、まさに、教祖と呼ぶのに相応しい人物がそこに現れた。

 

 格好は聖職者。しかも司教。

 いや、陰謀の共犯が判明して位階をはく奪されたからもう司教ではないか。

 灰鬚で、普段は気弱そうなのに、別人のように堂々とこちらに向かってきた彼。

「あ!!

 玲菜は見たことあると驚愕したし、レオは嫌な顔をした。

「お前……」

 今この場に来たということは、恐らくユナよりも偉い存在の黒幕。

 

「なぜここに? ……オーラム!!

 

 そう、彼はオーラム元司教……のはず。

 

 だが、ユナは全く別の名で呼んだ。

「ウォルト様!」

「ウォルト?」

 どこかで聞いたような。

「ウォルトってまさか……」

 レオは思い出した。先に気付いたのは朱音だ。

「エニデール民の民族長の!!

 自分が調べに行ったのでよく分かる。というか、自分が捕まえた人物だ。

 ミシェルの陰謀を阻止する時に証人として捕えていた。しかし、何かを言いかけた時、まるで口封じのような何者かの襲撃により、彼は殺された……はず。

 その名を、ユナはなぜオーラムに対して呼ぶのか。

 

「ホルクの奴がやりやがったんだよ」

 

 ボソッとショーンが呟いた一言でレオは悟った。

「まさか……」

 天才医師ならやりかねない。いや、天才医師以外には不可能か。

 彼は自分の異母兄にも勧めていた。

「別人に……」

“顔を変えるか”と。

 

 レオはオーラムの顔をした人物に問う。

「まさか貴様がウォルトで、先日死んだウォルトが本当はオーラムだったと言うのか?」

 

「え……!?

 玲菜や、朱音、黒竜は驚いたが。

 

 オーラムはほくそ笑む。

「如何にも。ご名答でございます、アルバート皇子」

 いや、オーラムではなくウォルトか。

(え? まさか)

 玲菜の脳裏に、二人の人物が顔を交換する映画が思い浮かぶ。

 

「オーラム司教は、聖職者という立場に飽き飽きしていたので、私と意見が一致しまして。入れ替わったのでございます」

 そう言った直後、オーラム…いや、ウォルトの態度は急に変わった。

「変わったのはいいが、あの腰ぬけの真似をするのも、中々大変だったぞ」

 言葉遣いも、顔つきも、あの気弱そうな司教とは全く違う。

「お疲れ様です、ウォルト様」

 頭を下げるユナの肩を叩く。

「うむ。お前こそ、必ず大義を。頼んだぞ!」

 まさかそんなことだけで、ユナは涙を流した。

「はい。ありがたき、光栄に存じます」

 なんという教祖振りか。

 レオは吐き気がした。

「気味悪いな、お前ら。過去に行って歴史を変えて、神にでもなるつもりか」

「新しい世界では、アナタと私の立場が逆になっているかもしれないのよ?」

 ユナの言葉に、益々頭を痛める。

「だったら面白いな」

 

 レオは胡散臭そうに対応しているが、玲菜はゾッとした。

(もしかすると、本当に、どうなっちゃうの?)

 歴史が変わったら、レオたちは……自分は?

(私はこの世界に居る? 居ない?)

 そうなったら使命どころの騒ぎではない。

 自分が使命を失敗しなくても、世界を壊されて記憶がすり替わるのか?

(そんなの……怖い!)

 

 心配しても、最悪な状況は変わらず。

「さぁ皇子、レナの石像の前で伝説の剣を掲げて!」

 ユナはレオに命令した。

「私が戻ってきた時、どんな風に変わっているか楽しみねー!」

 不敵な笑みを浮かべながら、自分もアヌーの腕輪を腕に填める準備をする。

「一つ訊いていいか?」

 やれやれとため息をつきながら、レオはレナの石像の前に移動した。

「剣を掲げた後、俺はどうなる?」

「私が時空の渦に移動するまでよ。それまでじっとしていて? 動いたらレイナを殺すから」

 続きをウォルトが言った。

「ユナが無事に移動したら用済みだが、どうせ歴史が変わる。今まで命を狙って悪かったな。世界が変わるまでの時間は最愛の女と好きにするがいい」

 

「そりゃ良かった」

 レオは一度玲菜を見て、微笑んでから空を仰いだ。

「もし歴史が変わったら、今度は暗殺者に狙われたり帝位継承問題で煩わしい目に遭わない普通の町民になれたらいいな」

 恐らく彼は、ユナたちの言うことを半信半疑で聞いているのだが、今呟いているのは多分……本音なのか。

 

「でも、レイナと出会えなかったら嫌だぞ」

 

 切なそうな彼の言葉に、玲菜は思わず涙を流した。

 どうなるか分からない。

 けれど、自分も同じ気持ちだと。

「レオ……!」

 

 満月の光が優しく照らす中、レオはシリウスの剣を掲げた。

「もうすぐ終わるから。用が済んだらすぐにお前の許へ行くからな! レイナ」

 

 

「待て!! レオ!! 下ろせ!!

 

 

 その声は……

 

 一瞬、彼は今の状況を忘れた。

 あまりに訴える力が強かったので、ついいつも通り反射的に言う事を聞いてしまった。

 剣を下ろして振り向くと、信じられない光景が。

 いや、むしろ……信じたい光景がそこにあった。

 

 皆、レオが剣を掲げるところに見入っていたので、そうなっているとは誰も気付かなかった。

「俺は運命を信じているから。まだ“時”じゃねぇんだよ」

 そこには――

 ウォルトに剣を向けているショーンの姿があった。

 

「ウォルト様!!

 叫ぶユナと叫ぶショーン。

「レイナ!! レオの許へ走れ!!

「は、はい!!

 言われた通りに玲菜は走ろうとしたが、前にはセイが。

「セイ! 捕まえなさい!」

 ユナが命令するとショーンはウォルトの首に剣を近付ける。

「おい、これが見えねーのか!」

 本当は今の隙でセイは玲菜を捕まえられたはず。けれど……

 彼は玲菜に微笑むと捕まえない意思として両手を上げる。

「セイさん……」

 ショーンの剣がウォルトに向けられているからではない。彼はきっと自分の意思で玲菜を捕まえないのだと玲菜は感じる。

 その証拠に彼の目は穏やかでとても優しい。

 

「レイナ!!

 レオの声が玲菜の耳に届く。

 ユナや周りの賊たちは動けずにじっとその様子を見る。

 まさに形勢逆転で。

 

 玲菜はレオの許へ駆け寄った。

 即座に彼女を抱きしめるレオ。

 

 まさか、レオが剣を掲げた時に隙ができると思って、ずっと待っていたのか。

「なんて卑怯なの、アナタ」

 ユナは驚愕した。

 彼の考えをすべて悟って。

 

「顔を変えるほど用心深いウォルトが、姿と正体現すとしたら目的が達成される時しかないだろ。お前らの組織を一網打尽にするには首領から捕まえないといけねーし」

 ショーンはニヤッと笑う。

「ただ、卑怯は心外だよ。キミに言われたくないな」

 

「恐ろしい男だ、ショーン」

 ウォルトは剣を突き付けられていても落ち着いた様子で言う。

「だが、お前が我々の仲間になると近付いてきた時、確かに“何か”を感じたのだがな。それも演技だったのか。それともまだ何かあるのか……」

 ショーンは何も答えずに剣先を首に触れさせる。

「ウォルト様!!

 ウォルトの首から血が少し流れて、ユナの悲鳴が聞こえたその時――

 どこからかナイフが飛んできてショーンの剣を弾く。

 すぐに飛んできた方向を見ると、先に居たのはセイ。

(あいつ……!)

 一瞬視えたのはいつもの頼りない瞳ではなく、鋭い眼球。

(いい腕してんな〜)

 なんてショーンが感心している間は無く、ウォルトが解放されたら途端に賊たちがこちらに向かってきた。

 慌てて、落ちた剣を拾って賊に立ち向かうショーン。

 玲菜を守りながら戦うレオ。

 そして……縄を掛けられていたはずの朱音と黒竜はいつの間にか縄を解いて戦っていた。特にレオを守るように戦う。

 朱音や黒竜の部下もやってきて助っ人に入る。

 彼らは捕まっていた衛兵たちも解放させて、衛兵たちも応戦。

 一気にこちらが優勢になり、次々に賊を倒したり捕えたりする。逃げ出す輩は忍びが追いかけて始末した。

 

 レオは玲菜を安全な場所に下がらせて、セイと立ち向かう。

「よくも、レイナを騙してくれたな」

「騙したつもりはありませんが、結果的にそうなってしまいました」

「結果?」

 見下した目でレオは刀と短刀を構える。

「何言ってんだ、最初からだろ」

 セイが構えているのは短剣とナイフ。

 レオは彼をけしかけた。

「さっきも訊いたが、お前はレナの付き人を辞めたんだな?」

 セイは答えないが、質問する。

「まさかとは思うが、レナはウォルトの仲間なのか?」

 返事は無い。

「答えないなら今度レナを尋問するしかないな」

「お待ちください」

 セイの眼が変わった。

「レナ様は関係ありません」

「でも、普通は疑うだろ」

 言った瞬間、セイが凄い速さでこちらに向かってきたのでレオは少し下がってその剣を受けた。

 見かけによらずと言ったら失礼か。

(速いっ!)

 まさかの打ち込みの速さに思わず苦戦するレオ。

 自分と同じ二刀流で、相手の刃は短いのにうまく反撃ができない。

 速さの他に間合いの詰めでこちらが打ち難いからか。それだけでなく、短剣さばきが妙に器用。

 レオはなんとか受けていたが、隙をついて刺されそうになり、避けたつもりが腕をかすられた。

(危ねぇ!!

 こちらが後ろに下がっても、どんどん詰めるので、間合いを取ることができない。

 下がったら駄目だ。

 レオは踏ん張って渾身の力で彼の短剣を弾き飛ばした。

 勝負あった! と思ったのだが。

 セイはナイフを投げてきて危うく顔に刺さりそうだったのを避ける。

 これで武器が無くなったはずだから今度こそ勝ったと思いきや、彼は袖からナイフを出して、心臓目がけて突き刺そうとしてきた。

 とっさにレオは刀でナイフを受け止めて。

 ――短刀を振り下ろす。

 

「あああ!!

 

 刃はセイの右目を斬りつけて出血と激痛が彼の動きを止める。

 だが――

「レナ様は……何も知らない」

 セイは倒れずに右目を押さえて、尚もレオに向かおうとしていた。

 

「セイさん、もうやめて!」

 止めに入ったのは陰に隠れて見ていた玲菜だ。

「レオも、勝負はついたから!」

「あ、危ねぇよお前、隠れてろ!」

 レオはすぐに彼女を元の場所に戻そうとしたが彼女が二人の間に入って動かない。

「レイナさん、どいてください」

 息を切らして、新たなナイフを出すセイの前にレイナは立つ。

「退きません! セイさんナイフをしまって! これ以上戦ったら死ん…」

「死ぬのは怖くありません。……分からない人だな、僕は貴女を騙したんですよ」

 そう言われても、玲菜は首を振った。

「そうかもしれないけど。でもやっぱり死のうとしないで! ……レナさんが悲しむ」

 目は涙ぐんでいる。

「私も、悲しいですから」

 

「どけよ、レイナ」

 レオは玲菜の肩を掴んで無理やり退かしてセイの前に立つ。

「レ、レオ!」

「安心しろ。レナは捕まえないから。お前のことも黙っててやる」

 その言葉を聞いたセイはようやくナイフを持つ手を下した。

 レオはムスッとして玲菜に言う。

「これでいいか? 悪いけど、こいつを見逃すのは無理だからな。牢に入ってもらう」

「レオ……!」

 自分に駆け寄り、泣く彼女の頭をレオが撫でていると、黒竜がやってきてセイを捕まえた。

 ちょうどその頃、賊との戦いも粗方終結していて。しかし、黒竜はひざまずいて頭を下げる。

「殿下。賊は大方捕まえましたが、首領のウォルトは逃してしまいました。部下が全力を尽くして捜しておりますが……申し訳なく存じます。それと、先ほどの私と朱音の失態、処分の程を申し付けください」

「いい。お前らを処分したら俺が困る」

 それよりもと、レオがある人物を捜して周りを見回すと、朱音の慌てる声がきこえた。

「やめなさい!! どこからそれを!! 待ちなさい!」

 直後聞こえたのは女性の叫び声。

「あああ!! あああああ!!

 

 泣いていた玲菜も気付き、レオと顔を見合わせる。

 確認するのが怖いが、まさか。

 

 急いで朱音の許へ行くと、そこには……

 倒れたユナと手元には瓶が。

 呆然とする朱音。

 

 レオは気付いてその瓶を確かめた。

「これは、最期の慈悲」

 幼い頃のトラウマが甦る。

 皇帝陛下の暗殺事件の時にも関与していたそれは、自分の母親が飲まされた毒。

 恐らく飲んだらしいユナは息絶えていて、自殺したと見られる。

 朱音は落ち込んで報告した。

「すみません、捕まえたのですが。持っていたことに気付かず。私が目を離した隙にやられました」

 ユナの無残な姿に、玲菜は口を押さえてその場に座り込んだ。ショックで立てないし体が震える。

「ユナ……!」

 彼女にとっての大義を行おうとして、けれど失敗してしまい。しかも捕まって……彼女は絶望で死んだのか。それとも、尋問で秘密を言わない為の自己的な口封じだったのか。

 もしもそうだとして、果たして自分の意思なのか、自分の意思だと思い込んでいる洗脳なのか。

 考えるだけでやるせない。

 アヌーの腕輪を填める恐ろしさを知っていても、ウォルトや民族のために自ら望んで填めようとしていた。或いは、自ら望んでいると思い込んで。

 だから躊躇なく自殺だってする。

 ……なんて虚しいのか。

 

 

 そうして、セイや捕まった賊は連行されて。

 事が片付いた頃――

 

 未だに心の傷が癒えない者の前にその精神的苦痛を与えた張本人がヘラヘラとしながら、けれどどことなく気まずそうにやってきた。

「……わ、悪かった、な。……レオ」

 それはショーンであり。

 レオは皆に言い放つ。

 

「みんなして、俺を騙していたのかっ!!

 

 まさかの涙目で。しかし今回ばかりは仕方ない。

 

「ちちち違います、皇子!!

 慌てて朱音が言った。

 

「ショーン様が! 敵も、私たちも……全員を、一人で騙していたのです!!

 

 皆に見られて目をそらすおじさん。

 いくらなんでも酷いというか恐ろしいというか。

「しょーがねーだろ」

 言い訳がこれまたなんとも。

「敵を欺くにはまず味方からって言うじゃねーか」

「なんだよそれ!?

 レオは激怒した。

「意味が分かんねーよ!! なんだよそれ!!

 怒りが治まらない。

「だからな、つまり。何度もレオが命を狙われて面倒だから。連中を一網打尽にする作戦を考えた時、やっぱり潜入して首領を引きずり出さねーとって思ったんだけど」

 ショーンは説明する。

「これが中々難しくて、だな。まずこっちを信用させなくちゃならないし」

 つまりスパイ的なものか。

「並大抵のことじゃ信じねーから。仕方なく賭けに出たんだ。目的の物をそっくりそのまま渡すとか、レオをこっぴどく裏切ってやるとか」

 まさかそれで。

「まんまと俺を仲間だと信じてくれたよ、連中は。ウォルトには結局逃げられたけど、でも正体も分かったし、良かっただろ?」

 終わり良ければすべて良し的な説得が納得いかない。

「良くねーよ!!

 さすがにレオは怒鳴る。

「なんだよそれ、俺をこっぴどく!?

 やはりそれが引っ掛かる。

「おかげで俺は本当に……」

「だから、悪かった、レオ……」

 その時、レオの拳が齢五十一のおじさんの頬を捉えた。

 

 殴られて倒されたおじさんが頬を触って見上げると、怒ったレオが言い放った。

「絶対許さねーからなっ! オヤジ!!

 

「レオ!」

 心配して駆け寄る玲菜に慰められながら去る彼を見て、ショーンは「ふぅ」と息をついた。

「いってぇなぁ」

 まぁ、殴られるほどのことをしたから仕方ない。

 

 一方、ムスッとしながら歩くレオに、朱音は近付いてさりげなく訊いた。

「どうします? 調べるのは一旦保留にしますか?」

 例の、ショーンについて。敵を欺くために演技をしていたと思えば、裏切りは不本意ということになるが。

 昼間に発見した墓のことが気になる。

 レオはたとえ自分自身を苦しめることになろうとも。もう逃げるのはやめにした。

「いや、そのまま続けろ」

 彼はもしかすると……

 いや、今はいいか。断定するまではこのままで日々を過ごす。そう心に決めて月の照らす下の帰路を歩いた。

 次の満月が恐らく彼女との別れになると、感じながら。


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