創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第八十一話:約束]

 

 正直、レオは腹が立っていて。

 明日からは宮廷に戻らなければならないので、当初の予定としてはショーンの家で寝ようと思っていたのだが。

 そんな気分にならないので自分の屋敷に戻る。

 ショーンはユナが持っていたアヌーの腕輪を回収。結晶石は自分が持っていたし、鞄も自分のだけシドゥリの家から持ってきていたので特に問題なく家に戻れる。

 一方玲菜は、荷物をレオが持って帰ってきていて、彼の屋敷にあると同時にウヅキも居ると言うので、まずレオの屋敷に向かうことにする。

 

 衛兵たちが賊の連行や後片付けに追われる中、レオの馬車でレナの聖地を後にして。しばらく走った後、都に入る。

 ちなみに馬車には玲菜、レオ、ショーンの三人で乗っていたのだが、レオがショーンに対して怒っていたので終始無言。気まずい雰囲気が馬車の中で漂う。

 

 坂を上がっていくと、やがてショーンの家の近くになり。ショーンだけ降ろして馬車は出発した。その際に一言だけショーンはレオと言葉を交わす。

「レオ、次帰ってこられるのはいつだ?」

「知らねーよ」

 代わりに玲菜がショーンに告げた。

「私が、訊いとくから!」

 

 馬車は進み、二人きりになるとようやくレオが口を開く。

「お前は怒っていないのかよ」

 しかもショーンのこと。

「あ、私は、実は……ショーンに人質にされた時、ショーンから本当のこと聞いていたから」

 詳しくは聞いていなく、ショーンがユナに朱音や黒竜を殺せと命じられた時は凄く焦ったが。

「ごめんね。私も間接的にレオを騙した」

 玲菜は謝る。

「ああ」

 レオはそっぽを向いていたが、手は隣に座る玲菜の肩を抱いた。

「いーよ。今夜は帰さねーから」

 ……なんてセリフだ。

 いろんな意味で玲菜は赤面した。

(レオって漫画みたいなセリフたまに言うよね)

 だがしかし、良い気分にはなる。

 残りあと一ヶ月。

 自分にとっては、間は無く二年後の彼と会える(はず)のだが、彼にとっては長い別れとなる。

 なるべく傍に居たいと、玲菜も感じる。それは今まで以上に気持ちは強い。どうなっているか、不安が一切無いわけではないから。

「……うん」

 馬車に揺られながら、玲菜はレオの肩に頭を乗せた。

 

 

「え? レオ、一人で車運転してきたの?」

 レオの屋敷の寝室にて。

 小さなテーブルに用意された紅茶を飲みながら彼の話を興味津々に聞く玲菜と、そわそわするレオ。

「クルマ?」

「あ、うん、自動車のこと」

「へー。なるほど、じゃあ寝るか、レイナ」

 不自然な会話の流れは彼の欲求を物語っている。

「まだ! 紅茶くらいゆっくり飲ませてよ」

 一方玲菜は、彼と会話をしたいのでベッドに入らないように気をつける。

 入ったら最後、絶対に会話どころではなくなるし、どうせ彼は「終わったら話を聞く」みたいなことを言うが、前にそれで騙されたことがあるので警戒してしまう。

「ウヅキ! おいで!」

 ウヅキと戯れたりして、なんとか紅茶を飲むのを遅らせる。

「で、自動車ちゃんと隠してくれた?」

 この質問には、レオは顔をそらした。

「ああ。なんつーの? お前がやっているように後ろから入れる? っつーのはできなかったからそのまま入れたけどな」

 つまり前向き駐車をしたのか。

「そうなんだ。まぁいいや」

「あと、結構ぶつけたけど」

「ええ!?

 だから顔をそらしたのか。

「凹んだり、キズが付いたけど壊れたほどじゃねーから!」

 レオの言い訳に、まぁ仕方ないかと玲菜はため息をつく。

 以前だったら、車を傷付けたら相当ショックに感じただろうが、今は「走れればいいか」なんて思ってしまう。

(また、マリーノエラさんの所に行けば直してくれるかもしれないし)

 但し彼女の修理代は高くつく。

「じゃあさ、今度またマリー……」

 玲菜が話している途中で、レオはもう痺れを切らしてベッドに入った。

「俺もう寝るからな!」

「寝るの?」

「ああ」

「お休み」

 その返事に納得がいかなかったのはレオだ。

「おい、寝てもいいのかよ」

 責める様に言われて、玲菜は戸惑った。

「え? 嫌だけど。もっとお喋りしたいし。でも、レオ疲れてるから眠いなら仕方ない…」

「そーじゃねーよ!」

 こうなったらもう彼女を無理にでもベッドに引っ張って押し倒すか。

 そう思ったがレオは堪えて彼女の反応を試す。

「もう、本当に寝るからな、いいのか?」

「え?」

 ボソッと恥ずかしそうに言う。

「寝たら何もできないからな」

 なんてことを言うのか。玲菜は恥ずかしくなって怒る。

「何言ってんの? もう! レオの頭の中にはソレしか無いんだ!!

 レオからすると他に何かあるのか状態。

「え? だってお前、そのつもりあるんだろ?」

 無いことはないが、もう少し言い方に配慮をしていただきたい。それに、まだ十分にお喋りをしていないのに。

 玲菜は腹が立って怒鳴った。

「なんでそういうこと言うの? も〜〜〜〜」

 紅茶をぐいっと飲み干し、バスルームで歯を磨くとそのままベッドへ直進。レオの隣に入り、布団を被った。

「ん?」

 一瞬、何が起きたのか分からなかったレオは、やっと来たかと彼女の方を向く。

 しかし彼女は背を向けて怒っている様子。

「おい」

 レオは無理やり彼女を自分の方へ向かせようとした。

「レイナ! こっち向けよ」

「やだ」

「は?」

「もう寝るんだもん、お休み!」

 レオ的に、意味が分からない。

「寝る?」

「そうだよ。だってレオが私の話聞いてくれないし」

「はあ?」

 彼的には十分に聞いた。

「聞いただろ」

「聞いてない!」

「聞いた!」

 なんて言われようと、玲菜的にはまだほとんど喋っていない。

「でももう聞かなくていいから。寝るの!」

「寝るのかよっ!」

 思わず突っ込んだレオは、それでもくじけずにそういう雰囲気にもっていこうと髪に触れる。

「レイナ」

 髪にキスをして、彼女の弱い首筋にも。

「寝るなよ」

 ビクッと反応しながらも、彼女は首筋を手で守る。

「やだ!」

 おかげで腋がガラ空きなので、手を忍ばせて胸を揉む。

「やああああ!!

 反応が良すぎた彼女は暴れてレオの手を離させて、両手で自分の胸を防御した。腋も締めて手の侵入を拒む。

 ……そんなに嫌か。

 さすがにそこまで拒まれてはレオのプライドも傷つく。

「もう、いい! 何もしねーよ」

 彼も怒って背を向けた。

 

 二人が後悔したのはしばらく経ってから。

 お互いに背を向けて、やりすぎたと思いながらも謝れずに時が経つ。

 お互いに、相手が怒っていると思って中々声が掛けられない。もしくは、もう寝てしまったかと思う。

 どうしてこうなってしまったのか。

 

 やがて、疲れていたので本当に眠ってしまったが。

 

 

 

 朝起きて、やはり後悔だけが残った。

 

 二人とも目を覚ましても気まずい雰囲気。

 せっかくの、甘い夜になるはずが。

 妙に意地を張ってしまったせいで台無しになってしまった。

 しかも今日からレオは忙しくなるのでまた会えなくなる。

 ただでさえ、あと一ヶ月という制限があるのに。

「お、おはよう」

 玲菜が落ち込みながら挨拶をすると、レオも反省しながら挨拶をする。

「ああ、おはよう」

 もう朝か。

 上体を起こしながら玲菜は謝った。

「昨日はごめんね」

「俺も、悪かった」

 レオも上体を起こして謝り、抱きしめる。

 そのままベッドに倒れこんだ。

「ごめん」

 朝から忙しいので、仲直りの何かができるわけではないが。

「うん」

 二人はキスをした。

 

 ……激しくすると、欲情してしまうので抑え目に。けれど何回も。

 

「今度いつ帰ってくるの?」

 やがて起き上がり、それでも口づけを交わしながら玲菜が訊く。

 昨夜ショーンが訊いたことで、レオがショーンの家に帰る日の予定。

「わっかんねーんだよ、ホントに」

 レオはベッドから降りて、服を脱ぎ始めた。

「やることがいっぱいありすぎて」

 玲菜も着替えを持ってバスルームに向かう。

 バスルームで着替えながら話しかける。

「そんなに大変なの?」

「崩御の報せと、俺が帝位を継ぐ発表。即位式までは皇后陛下が代行をやるんだけどさ。……っていうか、実際はもうやってるけど」

 いよいよか。レオは説明する。

「フレデリックは戦死だし、ヴィクターの不始末は伏せて病気って事になる。俺は帝位継承が決定で、即位までの短い間は“皇太子”ってなるからな」

 呼び名にそんな仕組みがあったなんて、玲菜はなるほどと理解した。

 着替え終わって顔も洗い終わると出て行って、今度はレオがバスルームに入る。

「俺が即位するのは多分、来年の一月一日。シリウスと俺の誕生日だし、新年だし、これ以上にうってつけの日は無い」

 言われて玲菜は考えた。

(それって、私が居なくなった後?)

 確か、年が明ける前の満月が過ぎるまでに使命を実行しなくてはならないと聞いたような。

 

 顔を洗ってバスルームから出てきたレオは残念そうに告げた。

「俺の即位式は、お前見られないな」

 

 彼の二十一歳の誕生日も一緒に過ごせない。

 俯く玲菜を誘導して、レオは食堂に向かう。

 

 食堂では給仕が既に二人分の食事の用意をしていて、料理人が料理を運ぶ。

 朝から豪勢で量の多い食事は彼にとっては普通。玲菜には一般的な朝食の量が運ばれて、二人は席に着き、料理を食べ始めた。

 レオはすぐに料理に夢中になったが、玲菜は微妙な気分になる。

(レオが皇帝になるところ、ちょっと見たかったな)

 以前は予言が怖くて、皇帝になってほしくなかったが。今となっては凛々しい姿を見たい。

(即位式なんて、絶対にカッコイイよ)

 皇子の格好とは違う正装。

 想像しただけでうっとりする。

 隣で、無我夢中に食事をする彼とは恐らく別人。

(まぁ、私はこっちの方が好きだけど)

 

 彼は食事が終わって落ち着くと玲菜の方を見てふと言った。

「お前のドレス姿、また見たかったけどな」

「え?」

「いろいろあって延びてた戦の祝賀パーティーさ、その、即位式の後にやるんだよ。お前はオヤジと一緒にまた呼ばれるはずだったから。俺が勲章を与えたはずだったのに」

「そうだったの!?

 そういえばこの前の戦の祝賀パーティーをまだやっていないと思い出す。

 ショーンと一緒に呼ばれるはずというのは、湖族への交渉の件か。

(お城の祝賀パーティーかぁ)

 今回も出られるなら出たかった。ドレスも着たかったし。

 前回はドレスを着て、レオの部屋に行ったりして……

 思い出すと赤面する。

 あの時、初めてレオの父親の姿を見て。シリウスの剣の事があり、レナも現れて。

(いろいろあったなぁ)

 婚約発表など、辛い想いもしたはずなのになんだか懐かしい。

「お前さ、ああいう服着るの好きなのか?」

 急に訊かれてハッとなる玲菜。

「ああいう服?」

「ピンクのドレスみたいなの」

「あ、えーっと」

 ピンクは可愛いと思う。ただ、そうではなくて。

「ドレス着るのは、憧れではあるよ。私、小さい時お姫様になるのが夢だったし」

「お姫様になるのが夢?」

 訊き返されると恥ずかしくなる。彼は皇子なわけだし。

「うん。子供の頃に読んだ絵本に出てくるようなお姫様が可愛くてね」

「へぇ?」

 彼は不思議そうな顔をしたが、『姫』という単語で思い出す。

「ああ、そうだ。お前またさ、クリスティナと遊んでやってくれよ」

「クリスティナさん?」

「やっと元気になってきたみたいだから。この前ウヅキを預けただろ? そしたらウヅキのことを気に入ったらしくてな、ウヅキも連れてきてほしいって」

 それならお安い御用だ。

「うん、もちろん! 誘ってくれればいつでも行きますって言っといて!」

 クリスティナのことは心配していた。ミシェルや異母兄のことでずっと臥せていたようなので、元気になったのなら嬉しい。

「ああ、じゃあ伝えとく」

 レオはそう言って、照れたようにこちらを見る。

「お前がクリスティナに会いにきたら、もしかしたら俺も会えるかもしれないだろ?」

 言われてみればそうだ。

「う、うん! そうだね」

 レオは玲菜の頭に手を置く。

「……もう、変装しなくていいからな」

 以前、クリスティナのお茶会の時にレオを密かに見ていた頃は変装をしていた。

「しっ……! しないよ!」

 顔を赤らめて手を払い除ける玲菜を、レオは愛しそうに眺めた。

 

 

 それから食事が終わると玲菜は荷物とウヅキを連れてレオと別れる。名残惜しいけれど仕方ない。使用人の前でも軽くキスをして、彼の御者に馬車で送ってもらった。

 

 家に帰るとショーンが出迎えてレオの様子を訊いてくる。心配していたので「平気」だと伝えて部屋に戻った。

 あと一ヶ月……は、無い。父に手紙を書かないといけない。

 早速掃除をしながら、これからのことを考えた。

 レオに会えない時は、会える知り合いに会っておこうか。自分は二年間居なくなるから、田舎に戻るということにして。世話になった人に挨拶をしよう、と。

 それから、この部屋はどうなる?

 残しておいてくれるだろうか?

 二年後に戻ってきた時のことも考えなくてはならない。

 掃除の途中でショーンに相談すると、ショーンは、部屋はそのままにして残しておいてくれると言った。つまり、帰ってきたらまたここに住んでいいということ。

 嬉しくて涙が出そうになる。

 その日は掃除や洗濯だけして一日が過ぎた。

 

 

 

 皇帝陛下の危篤の報せが国民に届いたのは次の日。街中は不穏な空気が広がり、人々は心配していろんな噂が広まる。

 そして、レオの言った通り、数日後に崩御の鐘が国に響き渡る。

 同時に第三皇子のアルバートが次期皇帝だと正式に発表され、彼はアルバート皇太子殿下に。即位するまでは皇后陛下が代行者となった。

 国の英雄的存在の皇子の帝位継承に、皇帝陛下の訃報の直後なのに国民は密かに喜び合う。支持率が圧倒的に高く、誰もが望んだ結果になったと言っても過言ではない。

 ただ、問題はまだ独身であることだったが。すぐに結婚をするだろうという噂も流れていた。

 即位式は新年が明けた日。それまでは喪に服し、皆は新皇帝の誕生を待ち望む。

 

 

 噂を聞いたミリアは、玲菜がパンを買いに店に来ると興奮して駆け寄って話しかけてきた。

「レイナ!! シリウスさま、こここ皇帝になるのよ!?

 彼女は玲菜とレオのことを知っている数少ない人物の一人。

 あまりに興奮しすぎて、皆の居る前でバラすのではないかと玲菜は焦り、お昼休みに改めて会うことにする。

 昼に昼食を共にしながら玲菜は「年末に田舎に帰る」と彼女に告げた。

 彼女はもちろんびっくりして悲しんで、それよりもまさかレオと別れるのではないかと心配したが、そうではないと説明する。二年後に戻ってくることも。

 すると、逆に二人の関係にうっとりして「二年後に結婚するのね!」と話を飛躍させる。

 もしかすると玲菜が皇后陛下になるのではないかと興奮して話は終わった。

 

 ただ、ミリアは玲菜の送別会を開くと言ってくれて、近い日にアヤメも呼んでくれるのだという。それを楽しみにして玲菜は家に帰る。

 

 

 また別の日にはイヴァンとも会って、彼にも田舎へ帰る話をすると、彼もミリア同様悲しんでレオとのことを心配した。そして、彼にも二年後戻ってくる話をする。

 彼はとても嘆き、二年後には自分もミリアと付き合っているので、四人で旅行でもしようと叶いそうもない約束をしてくる。だがしかし、もしも叶ったら楽しそうだと玲菜は思った。その前にはまず彼がミリアとうまくいかなくてはならないという難題があったが。

 

 

 

 また、数日が過ぎて。

 今度は隣国『ナトラ・テミス』からの休戦の申し出があったという朗報が町を騒がせた。

 これには、皇帝陛下の喪に服しているとはいえ、国民は大騒ぎの大喜び。

 都もお祭り騒ぎになり、むしろ小さな祭りが開催される。

 玲菜はその祭りをショーンと一緒に観に行き、美味しい屋台の食べ物や大道芸を楽しんだ。

 レオは相変わらず帰ってこないまま、約一週間が過ぎる。

 

 

 

 ―――――

 

 その後、朱音から伝えられた話は、レオの話ではなく、セイが国外追放に密かになった事。

 もちろんそれはレナには伝えられない。

 聖女は何も知らずにただ、長年仕えてくれた付き人が一人辞めたのを悲しんだ。

 セイはもう帝国には戻れなく、別の人生を歩むのだと……玲菜は感じた。

 結局彼は、好きな女性に想いを伝えることは叶わなかったか。いや、レナは知っていたに違いない。知っていても彼女は応えられなかった。

 

 

 そしてまた何日か経って、玲菜は久しぶりにクリスティナのお茶会に呼ばれて後宮へ向かった。

 以前、お茶会に呼ばれて行った時に事件が起こったために少し緊張したが、今回は特に何事も起こらずホッと安心する。

 レオに言われた通り、ウヅキも連れていくと、クリスティナは大喜びで玲菜とウヅキを迎えた。

 彼女は以前のように元気を取り戻していて、いろいろなお喋りをする。

 新たに聞けたのは婚約者のフェリクスとの恋の話の発展版。……いや、発展といっても大した発展はしていないのだが、何というか……前よりも明らかに好きな気持ちが大きくなっている様子。

 美少女の初々しい恋の話は、玲菜の胸も高鳴る。

 あ〜もう、お前ら早く結婚しろよ、とばかりの恋話に、時間が経つのも忘れて夢中になる。

 クリスティナは度々レオの様子を侍女に確かめさせていて、時間があれば二人を会わせてあげようと計画していたが、その日は時間が合わなくて無理だったので、玲菜は大人しく帰った。

 

 

 そうして、数日間お茶会に呼ばれて、玲菜は彼女にも田舎に帰る話をした。

 クリスティナは玲菜のことが大好きだったので大泣きしてしまい、玲菜も貰い泣きをする。

 けれどどうにもならない。

 なんとか落ち着いた彼女は、二年後には自分と義姉妹になってくれと玲菜に頼んできた。異母兄と結婚すれば必然的にそうなる、と。

 確かに、自分とレオが結婚したらそうなる。

 だが……結婚のことは一度断っていて、微妙に漠然としている状態。

 玲菜は少し沈んでその日は帰ることにした。

 クリスティナとはまたお茶会の約束をして。

 

 

 レオとは、満月の夜に彼の屋敷に泊まって以来全く会っていない。

 忙しいのは知っていた。けれど、少しくらいは会えると思ったのに。クリスティナのお茶会で宮廷に行っても会えない。

(こんなはずじゃなかった)

 使命までの残りの日数は刻々と減り、なるべく彼と会っていたいと思ったのに。

 気ばかりが焦って今日も会えなかった。

 そういえば、街は年末が近付いているからか妙に慌ただしくなっている。まるで師走のようだ。

 ただ、季節としては冬ではなく春。花も咲いて段々暖かくなってきている。

 時折、強い風を吹かせて。

 梅の花びらは落ちて、今度は桜の蕾が目立つ。

(桜の咲く季節に新年なんて、素敵)

 夕日に照らされる庭路の桜を見ながら、玲菜は物思いに浸っていると。そこに――

 

 

 従騎士フルドやたくさんの護衛を引きつれたアルバート皇太子が歩いてきた。

 

 一瞬、玲菜は呆然として。彼に見惚れる。

 まるでシリウスのようだったから。

 いや、まるでではなくて、彼はシリウスなのだ。

 シリウスは英雄になった後、皇帝になる。

 

 そうだ、何かを思い出せそうだ。

 玲菜の目からは知らずに涙が出ていた。

 

 その姿に気付いたレオは、立ち止まって。護衛の存在も、何もかも忘れて走り出した。

「あ、アルバート様!!

「皇太子殿下!!

 追いかけようとした護衛をフルドが止める。

「大丈夫です! 今は殿下を自由に!!

 

 気付いたら玲菜の手を引っ張って走っていたし、玲菜も驚く。

「れ、レオ! どうしたの?」

「わっかんねーよ! お前が居るから、お前が泣いているから!」

 レオ自身も混乱して、しかし、そういえば連れて行きたい所が。

 とにかく走って、近くにある塔の中へ入った。

「え? 何? ここ、どこ?」

 そこは、見晴らしのいい塔。

 螺旋階段を上り、息を切らしててっぺんに行って屋上に出た。

 見張りの兵が驚いたが、少しの間遠くに行かせて。

 

 辿り着いた先から見える景色に、玲菜は息を呑む。

 朱い夕陽が自分たちと街を照らす。

 遠くに建ち並ぶ家々がなんて美しいのか。

 そこに、たくさんの人々が住んでいると思うと涙が出そうだ。

 そうだ、ここに自分も住んでいる。美しい都に。

 

 優しく切ない風が吹き抜ける中……黒い髪の彼は、青い瞳でまっすぐ見つめながら言った。

 

 

「必ず戻ってきてくれ。俺はずっと待っているから。お前の帰る場所はここなのだから」

 

 

 ――遠くで鐘の音が聴こえて、玲菜は涙を流した。

 あのとき、夢で見たことを思い出したから。

 誓いの鐘が、同じように響いたから。

 

 これだったんだと、知って。

 

「なんて、シリウスの真似してみたり……な」

 彼はそう言ったが、そうではない。

(私は、これを思い出してあのシーンを書いたんだ)

 なぜだかそれが分かる。

(どうして……?)

 玲菜の涙に、彼の唇が触れた。伝うのは頬で、ちょうどあの時と同じ。

 玲菜が目を閉じると、今度は唇に触れさせてきた。

 小説のシリウスとレナも、ここでキスをする。

 書いていなかった。書く前に移動してしまったから。

 

 玲菜の涙は止まらずにずっと流れた。

 哀しいのか嬉しいのか懐かしいのか分からなくて。

 どうして、自分に未来の記憶があったのかわからなくて。

 ただ、彼が優しくキスをして、涙を拭いてくれる。

 それが愛しくて、また涙が出る。

 

 

 

 その夜、玲菜はショーンの家には帰らずに宮廷のレオの部屋に泊まった。

「もう帰るな」と彼は言った。

 次の満月までずっと傍に居てほしいと。

 しかしそれは実際無理な話で。

 彼もそれは分かっていて。

 今夜だけは夢中で彼女を愛す。

 

 本当は……本当は、二年も待つなんて嫌だ。行かせたくない。

 行かせたくない。

 

「レイナ……!!

 

 何度も何度も、彼女の名を呼ぶ。

 何度も何度も。

 

「行くなよ!」

 

 無理なのに。困らせるのに、彼は自分の気持ちをぶつける。

 

「レイナ!!

 

 

 今だって、およそ半月会っていなかっただけでこんなに想いが募る。こんなに激しく彼女を求める。

 そしてそれは、彼女も同じようだから余計に離れたくない気持ちが高くなる。

 

 

 きっと彼女には自分の気持ちが届いていて。抱きしめると彼女が代わりに涙を流す。

 だから自分はその涙にキスをする。

 何度唇を触れさせても足りない。

 何度耳元で想いを囁いても足りない。

 このまま夜が明けなければいいと本気で思う。

 ずっとこのままで、彼女を抱いて眠っていられたらいい。

 夢の中でもずっと……

 

 

 玲菜は彼の優しくて温かい腕の中で眠りに就いた。

 どこか切なさを感じながら。


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