[第二章:神なんて居やしない、ただの偶像だ]

 

 どうして正面の闇の中にこんなに白い粒があるんだろう。星だったら、上にあるはずだ。

 星は天にあるのだから。

 それでも、なんていうか、他に言葉が思い浮かばない。

 綺麗だ。

 

 俺は現実を直視出来ずにいた。

 どうすればいいか分からない。途方に暮れる。だから――

 

「おい、お前!! 何者だ!?

 人の気配がしたけれど動かなかった。見つかって声をかけられた時少しホッとした。

「動くなよ? 一体どこから入った?」

 逃げようなんて思わなかった。

混乱し過ぎて思えなかった。

――俺は異国の男に見つかって捕まり、そのまま何も無い暗い牢に入れられた。

 

 

それからしばらく呆然と座っていてから、ようやく思考回路が繋がって考えることが出来た。

ああ、自分はとんでもない現状に陥っている、と気付く。

そうか。木箱に入って運ばれたのは飛高船だったんだ。しかももしかすると密航船とかそういうのだ。でなけりゃこんな夜中にこんな高度を上げて飛ぶわけがないし。

飛高船には乗ったことがないけれど、通常の飛高船はそんなに高く飛ばないんだと、昔兄貴に教わったことがある。二番目の兄貴・清兄《せいにい》はそういうのに詳しくて。異国文化っていうか……飛高船は元々西の大陸で発達した技術らしくて。要するに清兄が今居るはずの西の大陸で開発が盛んらしいけど。

とにかく、星が横に見えるなんて相当高く飛んでいるんだろう、と俺にだって分かるわけで。しかも船って夜に出港ってあんましないっていうか。

だから、最初から怪しかったけど『密航船』ってのが妥当な推理で。どこに行くのか分からんし、もしかしたら殺されるかもしれないし。俺は一応武士の息子で剣術を近所のガキに教えるくらいの腕はあるんだけど、急に家を出たから帯刀してなかったし。護身用に持ってた短刀はさっき取られたし。

……どうしてこうなっているんだろう?

どーしてこーなってるんだろう!?

今夜の満月の胸騒ぎってコレのこと!?

何か起こるかもしんねーって思ったけど。思ったけども!!

これは無いでしょ? 無い、ね。無いよね!

木箱に入ったら異国に行っちゃいました〜。みたいなの、どう考えてもおかしいよね?

夢?

今これ夢?

夢だと思う人?

文京君、どう思う?

反マゲ組の皆、どう思う? 今日いきなり解散だなんて言ってごめん。解散宣言撤回するよ。俺真面目に組長やるからさ、誰か助けてくれ。

春、これって夢だよな? 明日結婚しよう。今までなんとなくはぐらかしていてごめん。お前のことは好きなんだよ。多分言ったことないけど、凄く大事なんだ。

だから、だから……神様、異国行きたいとか軽々しく言ったのは嘘です。本当は自分の国が大好きで。甲斐性無しなんて言われたこともあるけれど、働く気はあるんです。もちろん自分の国で。色々と反省しています。

夢だと、誰か夢だと言って下さい。

リアルな夢なんだと。

俺がいつもダラダラ生活しているから神様が罰で見せた悪夢で、明日起きたら普通に自分の部屋の布団だったよ。っていうオチにして下さい。

お願いします、お願いします。奇跡をお願いします。奇跡が起きたら「神なんて居やしない、ただの偶像だ」なんてもう二度と言いません。「俺は無宗教派なんで〜、神なんて信じません」なんて言いません。「働いたら負け」とも言いません。

俺は夢中で祈った。

「お願いします、お願いします、お願いします……」

 お経のように唱えてもみた。

 その内段々と疲れていつの間にかすり替わったヒツジの数を千四百十二匹まで数えたところで記憶が途絶えた。今まで数えたヒツジの最高記録を更新したことだけは分かった。

 

 

 

 ――そして、目を覚ました俺は体中が痛いのと、その原因が自分の部屋の布団で寝ていなかった現実に愕然とした。

 

 夢じゃなかった。やっぱり変な牢屋にいる。目の前には格子がある。

 

 ああ、やっぱり……神なんて居やしないんだ。ただの偶像だよ。もう絶対に神なんか信じない。永久に無宗教派で通しますとも。反省なんてするか、働いたら負けだよ。

 ちっくしょうっ!! あ〜〜〜〜むしゃくしゃする。誰かを殴ってやらなきゃ気がすまねぇ!! ぜってぇ殴る。最初に目が合った奴ぶん殴る。最初に目が合った……やつ……

 

 格子の前には、例の、あの綺麗な娘が静かに突っ立っていた。

 

「うおっ!!

 毎度毎度のことで悪いんだけど、白い服を着ていたから幽霊のようで。ビビッて声を上げてしまった。俺は自分の頬を殴って落ち着くことにした。

 

 なんかさ、すっごい思考が暗くなっていたと思うのよ。なんでかしらね。俺らしくもねぇ。冷静になろうよ、自分さ。

 殺されるんだったら見つかった時に殺されるでしょ? どこに着くか分からないけど、そこから帰ることだって出来るかもしれないでしょ? 希望は捨てちゃいけねぇよ。

 なんだか、娘を見た途端に前向きな考えになっていく。

 そうなんだ。この子を見た時に少しだけドキドキした。いや、恋ではなくて。なんとなく。なんて説明したらいいか分からないけど、何かの予感がした。

 その娘が珍しくも声をかけてくる。

「アナタは誰? 何者?」

 え……っと……

 無表情で相変わらず人形のようにも見えるけど、質問してきたよ。俺に興味があるってこと? え〜〜〜〜なんか緊張するな。

「俺は時三郎。あ、名字もあるよ、武士の家だから。名字は藤原ね」

「ブシ?」

「獅子王に仕えている侍」

ってのは親父のことなんだけど。

「サムライ?」

 なんだかよく分かってなさそうな娘に今度は俺が質問してみた。

「君の名前は?」

「……」

 いきなり答えないし。お得意の無視ですね。もしかしたら前みたいに時間差で答えてくるかもしれない。俺は少し待つことにした。

 今日の彼女は白い洋服を着ている。自分の国ではあんま見かけないから新鮮なんだけど、白いシャツに白くて長いスカートってやつだ。彼女の白い肌に合っている。胸くらいまである長い茶色い髪を垂らした彼女は大きな茶色い瞳をしている。無表情で直視されているのでついついこっちが目をそらす。こういう所もやっぱり人形っぽい。年齢は多分……同じか少し上くらいだな。こんなこと思うのは悪いけど、許嫁の春より断然大人っぽい。

 

「ポーラ」

 

 あ! ……やった。今の名前だよな? 名前言ったよ! やっぱ時間差だった!

「ポーラっていうんだ?」

「そう、呼ばれている」

 彼女の次の言葉に衝撃が走った。

「本当の名前は知らない」

 

 それって、どういう意味? と疑問に思ったけれども、訊くことは出来なかった。

「何をしている!!

 突然数人の男達が俺達の前にやってきたから。

「ポーラ!? どうしてここにいるんだ?」

 言われながら連れていかれるポーラ。引き止めることも出来ずに俺は尋問された。

「こいつか。昨夜侵入していた不審人物は。まだ子供じゃないか」

 子供呼ばわりかよ。別にいいけど。目の前にやってきた男達は皆おっさんだし。

「お前何者だ? 何故この船に乗っている? 正直に答えないと痛い目に遭うぞ」

 遭うぞっていうか遭わせるぞ、なんだろうけど。いきなり脅しって嫌だなぁ。

「俺はたまたま偶然にこの船に乗っちゃっただけだ。事故っていうか」

「事故だと?」

 ううっ……信じてないな。

「あー、友達と遊んでいたら間違って……」

 一応文京のことは友達ってことにしたけれど。完全に信用していない目で見るおっさん達。

「夜中に?」

「家出して浜辺に居たから」

 俺の言葉に、少し話し合ってから恐い顔で訊いてくるおっさん。

「お前、ニンジャか?」

「まさか!」

 俺が忍者だったらこんなヘマしねぇ。

「ホントに間違ったんだって! 船が出るとも思わなかったし。とにかく帰ろうと思って扉んとこに行ったら空飛んでるって気付いて」

 呆然としていたら捕まった、と。必死に訴える俺を睨み付けるおっさん。

「もういいか。船から落とそう」

 かかか勘弁して下さい!!

「こんな空から!? 俺を殺す気!? ちょっと待って」

 冗談じゃない!! いくら下が海でも死ぬだろ。

「ちょっと待って! 冷静に。陸に着いたら放置していいから! 頼むよ」

 嫌だ、最悪の展開だけは避けたい。

「別に俺、この船ん中で怪しいもんとか見てないし、誰かに喋るとかそういうことしないし、忍者じゃないし」

 ロクに話を聞かないでおっさん達は牢屋の鍵を開けようとする。開けて入ってきて捕まえるつもりだ。一人のおっさんはニヤッと笑った。

「大丈夫だ。もう空じゃない、海の上だ」

 え? そうなの? 海なの?

 いや、でも駄目だろ! 海に落とされても駄目だろ!

「安心しろ。運が良ければ孤島に辿り着くかもしれないし、船に拾ってもらえるかもしれない」

 安心出来ません! 孤島でなんて暮らせませんし、船が通る確率ってどのくらいだよ!!

 そもそもずっと泳ぐとか無理だろ。いくら俺が泳ぎ得意でもさぁ。海は広いし大きいし恐いよ。

 なんて思っている内におっさん達が入ってきて、俺を捕まえようとしたから。条件反射というか、ついかわして連中の腕を取ってひねってしまった。これって基本的な護身術の一種なんですけど。

「いてててて! やめろ!」

「てめー何しやがる」

 やばいやばい、相手を怒らせた。

 図体がでかい野郎には足元を狙うのが有効でさ、足を引っ掛けてやれば面白いように転ぶっていうか……

「うわぁっ!」

 足を引っ掛けてやったら本当に面白いように転んだおっさん。

 いや、刀無くたって俺一応先生だったし、ある程度は戦えるっつーか。ほとんど護身程度だけど。それでもそれなりに効くから面白い。

 ただ、こいつらを一人や二人、ここで倒したからといってどうにもならない現状。どうするか。どうするか。

 考えながらも、向かってくるおっさん達を次々にかわす俺。こんなことしててもラチが明かないし。もたないよ。

「このガキ!」

 ついに捕まりそうになった時、奥の方に居たおっさんが急に声を上げた。

「やめろ!」

 途端に止まる他のおっさん達。多分後ろにいたのは偉い奴なんだろうな。

 そいつが他の奴らを退けて俺に近付いた。人一倍でかくて、肌の色が黒くて、坊主頭で髭が立派なおっさんでいかにもボスって感じの奴はしゃがれた低い声で言う。

「中々腕があるようだな。捨てるのは惜しい」

 なんか気に入られたみたい。

「どうだ? お前。今ここで死んだつもりでオレ達の仲間になるか?」

 

 ひ、ひぃ〜〜〜〜〜〜〜。

 なんだよこの突発的な展開。いきなり人生の選択かよ!?

 海に落ちるか仲間になるかみたいな? 究極の選択!?

 海に落ちるのはやだ。でもこんなわけわからん奴らの仲間なんてやだ。絶対犯罪者のニオイがするし。頼むから俺を国に帰してくれよ〜〜〜。っていうか港に放置でいいよ。なんとか船の切符手に入れて帰るからさ。平穏な日々に戻してくれ〜〜〜!

「ブロッサム船長、本気か?」

 ボスおっさんの仲間らしきおっさんが「信じられない」という風に問う。……ってか、ボスおっさんはブロッサムって名前なんだ。

 そのブロッサム船長はニィッと笑うと俺の方をじっと見る。

 今すぐ答えを出せ、と。そりゃそうだ。で、「ならない」と答えたら海に落とすつもりか。そんなん、完全に脅迫じゃんか。どっちにしろ落とされるかもしれなかったけど。でもこれって、生きるか死ぬかの選択くらいじゃねぇ? 強制的に「はい」って答えなきゃいけない雰囲気じゃんか。だって、落とされるなんて絶対嫌だ。もしかしたら仲間になったふりしてどこかで逃げられるかもしれないし。

 俺は決意して口を開いた。その時――

 

「船長! モーガンだ! モーガンのヤロウが待ち伏せしていやがる」

 

 突然慌てて入ってきた野郎の言葉で、おっさん達全員の顔が変わった。

 急に強張った表情になり、ブロッサムも振り返る。

「来たか」

 誰が来たの?

「全員持ち場に着け!!

 ブロッサムが怒鳴ったことで皆はバタバタと走り出した。

 更に誰かが叫んだ。

「船長、もう飛ぶ燃料は無ぇ」

「わかってらぁ。夜中に高度上げ過ぎた。獅子の国で撒けなかったのが悪い、気にするな」

 ブロッサムは舌打ちをすると俺を牢から出した。

「返事は後で訊く。海へ逃げるんならそれでもいい。その方が生き残る可能性が高いしな」

「は?」

 俺が訊くと背中を向けて答えた。

「これから海戦だ。自分の身は自分で守れ」

 えええええええええ!?

 海戦!?

 なに? 海賊と戦うの? それとも海軍と?

 身を守れって言われても刀無いし短刀も無いし。

 だから海に逃げてもいいって……死んで海に落ちるかもしれないから?

 だったら最初から海に飛び込んだ方が生き残る可能性が高いってことか。

 いや、でも海原のど真ん中だろ? さっきの選択肢で選びたくなかった方じゃんよ。

 どうすんだよ、どーすんだよ、俺。次から次へと、なんでこうなっているんだよ!

 おっさん達は俺を無視して慌ただしく何かの準備に追われている。

 あ〜〜〜〜〜〜〜〜もうっ!!

 

 覚悟を決めるってこんな感じ? 俺の心は妙に落ち着き始めていた。

 こんな所に居たら身がもたない。けれど一人では逃げない。

 感情の無さそうなあの子……ポーラを連れて逃げよう。

 それが一番良い気がした。これから起こる海戦とやらであの子が命を落とすなんてくだらないじゃないか。

 連中が走り回る中、俺はポーラを探して船内を見回った。

 今居た船室から甲板に出て気付く。上に広がるでっかい青い空と永遠に続く青い海。確かに空の上じゃなかった。潮風と波の揺れが半端じゃない。

 いや、今更だけど本当に船の中だったんだ。普通の帆船みたいな。ただ、でっかいプロペラが横と上についていて、今は動いてないけど迫力がある。それから、後方がやけに長い。まるでトンボのようだ。――これが、空飛ぶ船、飛高船なんだ。多分定期船とかとは違って色々改造されてんだろうけど。

 

 そして、前方には真っ黒いでかい船が進路を妨害するように浮かんでいた。

 掲げてある黒い旗には海賊とは違う白い十字があり、黒い蛇が巻きついている。

 ふと、こちらの旗を見ると真っ赤な鮫の絵と海賊らしい斜め十字のマークが入っている。

 ……やっぱ、海賊だったんだ。途中からそうじゃないかと思ったんだけど。黒蛇と赤鮫か。なんだかなぁ。

 おっと、こうしちゃいられない。まだ大砲とか撃ってこないし、今の内にポーラを探さんと……。

 

 そう思った矢先に、どこかで爆発音がして船が大きく揺れた。

 なんだぁ? 大砲で撃たれたか? と思ったけれど、破壊されたような音は無かったし。恐らく威嚇砲撃されたらしい。

 やばいやばい、危険危険。

 慌ててポーラを探す俺。

 昨日の部屋に居るかと思ったら居ないし。どこだ、どこだ〜〜〜。

 って、ふと、避難場所っていうか、隠れ場所になりそうな所を思い出す。

 あそこかもしれない。昨日の物置部屋!

 

 昨日の物置前に行ってみると、扉は閉まっていたけれど鍵は掛かっていなくて、隙間から中の様子が見られた。案の定、中にはポーラと見張りらしきおっさんが居る。おっさんは銃を持っていたからうかつに近付けないし。どうするか〜〜〜。

 なんて迷っていると、また爆発音がして船が大きく傾いた。

 今だ!!

 俺は夢中で物置に駆け込んだ。

「な!? お前どうして……」

 慌てて銃を構えようとするおっさんに体当たりして落ちた銃を蹴っ飛ばして遠くにやった。

 物置を見回すと、壁に細身の剣が飾られている。刀とは違うけどなんとかなるか?

 おっさんが銃を拾いに行っている間に細身の剣を取りに行く俺。

 幸い剣は壁からすぐに外れたけど。振り返った時にはおっさんがこちらに銃を構えていた。

「どういうつもりだ。どうやって牢を出た?」

「船長が出してくれたんだ」

 嘘は無い。

「俺はポーラを連れて行く」

 俺がきっぱりと言うとおっさんは不審そうな顔をしながらも勘違いをした。

「成る程、お前、オレらの仲間になったんだな? だから船長は……」

 なってないけど。なんかせっかく勘違いしてくれてるからそれで通すか。

 頷く俺に更に訊いてくるおっさん。

「でもなんでポーラを連れていくんだ? まさか交渉?」

 なんだか分からないけどもう一度頷いておく。

「そうか。一旦返すんだな」

 何故だか納得して銃を下ろしたので、俺はポーラの手を引っ張ってすんなり物置から出ることが出来た。

 ……返すってどういうことだ?

 ポーラは特に嫌がらずに俺についてくる。念の為に言っておいた。

「交渉じゃないよ。仲間にもなってないし。たださ、なんかここは危険だから逃げようと思って。君も来る?」

「行く」

 まさかの即答!

 それでも一緒に逃げることが決定したので急いで飛び込める所へ行こうと彼女を引っ張った。まだ本格的な戦いは始まっていない。今の内だ。

 そう思って船室から外に出ると沢山の野郎共が甲板に集まって一点を見つめていた。皆息を呑んで何かを見守っている。

 その先に居たのがブロッサム船長と見たことのない女だった。

 二人は一定の距離を取って話していて、女の横と後ろには護衛のように数人の男が付き添っている。もちろん船長の横にもおっさん達が戦闘態勢で付いている。

 女は黒い服を着た三十代くらいの美人で、金髪でやけに色っぽい感じがする。それでも隙がなくてブロッサム船長との間に緊張が走っている。多分黒蛇の船の連中で何かの交渉でもしているのか、そんな雰囲気だ。

 船長が黒服の女に向かって言った。

「女海賊モーガン。わざわざ黒蛇の船長自ら乗り込んでくるとは、一体どういう了見だ?」

 女海賊……! しかも船長!? なんかすげぇ!!

 モーガンと呼ばれた女は「フフッ」と笑うと顎をしゃくりながら言う。

「分かるだろう? しらばっくれんじゃないよ。返してもらうよ、うちから盗んだ娘を」

 

 俺は一瞬で、それがポーラだと悟ってしまった。

 モーガンから、ブロッサムが盗んだ? …“盗んだ”って、物じゃあるまいし。

 なんだか無性に腹が立つ。それでも一応訊いてみる。

「モーガンの元へ戻る?」

 ポーラはすぐに首を振った。

 決まりだ。

 俺は人混みに紛れてポーラの手を引っ張り、静かに歩いた。見つかっちゃいけない。飛び込める場所まで行ったらそこで隠れて機会を窺おう。なるべく連中から離れて、大砲とか撃ってきたらどさくさに紛れて飛び込むんだ。ポーラと一緒に。

 あとは、なるようになれ、だ。

 

 まさか、モーガンにバレていたなんて思わなかった。

 鋭すぎる恐ろしい女だ。

 

「坊や、どこに行くんだい?」

 モーガンはそう言うと俺の方へ一直線に向かってきた。

 とんでもない速さで。

 俺は人混みに隠れていたのに、近くに居た連中は斬られて撃たれて一気に道が出来た。一瞬の出来事だった。

 ブロッサムが反応した時にはもう既に俺の目の前に彼女が居た。

 だから俺は、細い剣なんて使ったことなかったけど、モーガンの振る剣を夢中で受けて走った。

「モーガン!!

 ブロッサムが叫んだことで海賊のおっさん達はモーガンを斬ろうとしたけど、護衛の連中がそれを防いだ。

 途端に乱戦になって、更に向こうの船から大砲が撃たれた。それが攻撃の合図で海戦が勃発した。叫び声とか唸り声とか怒涛の如き声が聞こえて凶器の絡む音が響く。煙と火薬臭さが一気に広がって足元がグラグラと揺れた。黒い船がぶつかるように近付いて次々に黒い服の海賊が乗り込んでくる。その度に銃声が鳴って人がどんどん倒れた。

 海に落ちる人間も沢山居る。今を逃していつ飛び込むんだ!? と俺は思ったけど、モーガンの猛攻に防御するのが精一杯でそんな暇が無い。

 俺だってそれなりに剣の腕に自信があるんだ、ホントは。結構皆にちやほやされてきた。才能がある、と。だから調子に乗って子供達に教えたりして。

 ――これは、そんな甘いものじゃない。

 気を抜いたら即殺されそうだし、足場も悪いし稽古とは全然違うんだ。

 全然違う。

 俺はもう、なんだか分からない恐怖に無我夢中で対抗していた。必死で剣を受けて、構えとか滅茶苦茶だったし。油断したら絶対に刺されると思った。気持ちに余裕は無かった。

 こんな所で死んでたまるかっ! 冗談じゃない。

 何やってんだ、俺、こんな所で。

 こんな所で……

 

 次の瞬間、俺とモーガンの間にブロッサムが入ってきた。

「モーガン! 船長同士、オレと闘え」

 

「あんた、どういうつもりだい?」

 当然モーガンは怒ったが、ブロッサムがくれた最初で最後のチャンスだった。

 別に仲間にならなかったのに。

仲間にならなかったのに、ただの侵入者なのに、ポーラを連れていっちゃうのに。ブロッサムは俺を助けてくれた。

 ――なんでだ。

 疑問に思う暇も無く俺はポーラを連れて海に飛び込んだ。

 壊れた船の板がちょうどよく流れてきたので彼女をそれに掴まらせた。

 

 その後、記憶がぶっ飛ぶくらい必死に泳いで俺達は流された……。


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