[第三章:八回逃げたら後は会心の一撃]

 

 

 俺はいつも兄貴達と比べられていた。

 いや、比べるというより、いくつになっても子供扱いされていた。

 時三郎にはまだ早い、時三郎はまだ子供だから、時三郎にはまだできないだろう。

 十五歳になって成人しても、常に「まだ」が付いた。

 分かっていない、兄貴達も両親も。

 歳が離れていても『兄弟』だから対等だと思っていた。

負けたくない、いつか俺が一番立派になって見返したい、俺だって一人前だと認められたい。

俺は、剣術だって兄貴達より上なんだぞ。それに、なんでも出来る。苦手なものなんか無かった。家を継ぐのは長男で、フラフラしている次男は異国に行った。

三男の俺はもっと、皆が羨むような人間にならなきゃ駄目だ。

家出したって行く当ても無い。

これじゃあ駄目だ。これじゃあ駄目なんだ。これじゃあ、まだ、駄目なんだ。

 

 

……………

 

――海賊船から海へ飛び込んで、必死に泳いで流されて、それからどのくらい経ったか分からなくなってから……

ようやく辿り着いた浜辺に、俺とポーラは倒れていた。

海から陸が見えた時は幻かと思った。

 

太陽の光と熱が容赦なく照り付けて、俺は痛みと暑さで目を開けた。

ここはどこだ? 夢の世界か黄泉の国か。……孤島? それとも大陸?

立とうとしたら立ち眩みがして立てなかった。とりあえずしゃがんでおく。

気持ち悪い。海の水を飲みすぎたか。もう、飲めない。着物もぐちゃぐちゃ、自慢の長い髪も結い紐まで取れてべちゃべちゃ。海の水を飲みすぎたのに喉が渇きすぎているし。もう最悪だ。

死ぬかと思った。むしろ死んだかと。でも――生きてる。

 

生きてるんだ〜〜〜〜〜〜〜俺!

なんて思いながら横を見ると、ポーラは死んだように横たわっていた。

……まじで?

「お、おい! ポーラ!!

 必死で呼びかける俺。

 呼吸、してない?

「ポーラ!」

 口の所に手を当てたけど……分からん。……いや、してないか?

「ポーラ!!

 そんな、ここまで来て。彼女が死んだら海に飛び込んだ意味が無いし。とにかく嫌だ。頼むから!

「大丈夫か? 目を開けろ」

 必死で呼びかけるよりも蘇生術か? どうやって?

 いつかもぐりの医者に教わった、人工呼吸とやらの存在を思い出す。

 あれかっ! どうやって?

 急げ! 迷うな、俺! とにかく息を吸い込んで口に……

 まじか!?

「ポーラ!」

 恥ずかしがっている場合ではなく、俺はポーラの口に標準を合わせて思い切り息を吸い込んだ。その時許嫁の春の顔が思い浮かんだけど心の中で謝った。

 けれど――口が付く寸前で、なんと! ポーラの目が開いた。

 生きていたんだ。

 良かった。

 俺は安心して息を吐いた。

 次の瞬間、

 

 ポーラが首に腕を回してそのまま引き寄せたので俺の口はポーラの唇にくっついてしまった。

 

 ……なんでだよ。

 

 なんでなんだ。

 だって、多分事故じゃないから。向こうは引き寄せてきたから。

 ってことは、ポーラは俺と口づけをしたかったということで。

 

 気付いた瞬間に俺は唇を離した。

何か言いたかったけど声が出ない。言葉が見つからない。

 しかも、彼女はありえない程、無表情。

 なんでだよ!? 俺のこと好きってこと? 会って間もないのに? 生死の境を共有したから? まさか一目惚れ? 感情が無さそうなのに? それとも頭ん中で色々思ってて顔に出ない人?

 なんかさ、照れたら負けって気がしてきた。だってさ、俺がもしも女に免疫が無いとか彼女居ない暦が生まれてからの年数、とかだったら絶対本気になってたぞ? って、何思ってんだ俺。なんか混乱してきた。混乱して頭が熱いっていうか、ボーッとするっていうか、顔も熱いっていうか……いや、照れではなくて。なんつーか意識が遠のくっていうか。

 ああそうか。俺も限界だったんだ。

 そう思ったのが最後で、俺はまた意識を失った。

 

 

 次に気が付いた時、布団の中だったから。

 ああ、俺は今まで長い悪夢を見ていたんだな〜。と思って目を開けた。

 良かった、全てが夢だったんだ。またいつもの退屈で楽な日々が始まるんだ。

 なんて……都合がいいはずもなく。

 最初に見えたのは知らない部屋と、金髪の女の子の顔。十三歳くらいの青い瞳の少女は、俺が目を開けた途端にパァッと明るい顔をして、後ろを向いて大声を出した。

「お母さ〜ん、お姉さ〜ん! この人、気が付いたよ〜!」

 俺のおでこの上には濡れた手ぬぐいが置いてあった。

 ここ、どこだ? そんでもって誰?

 疑問に感じていると、三十代くらいの優しそうな女性がやってきて、手に持つコップを渡してくる。

 その中には水が入っていたので、俺はすぐに上体を起こしてそいつを飲み干してしまった。喉がカラッカラに渇きに渇き切っていたから一秒で飲みきって更におかわりを貰ってガブ飲みした。

 水、美味過ぎる。

 生き返った俺に微笑む女性はまるで菩薩。その菩薩の後ろにポーラが居たので我に返って状況を確認しようとした。

 木の造りの部屋と木で出来た寝台。寝台は一つか。それに寝ていた俺。部屋はそんなに広くはない。小さな窓があって、その窓から射している陽は朱色っぽいからもう夕方か? それに、夕方だとしたら窓の方が西か。部屋に居るのは、少女と三十代くらいの女性。親子か? それとポーラ。

 ああ、もしかして孤島じゃなかったのかな。島だったとしても人が居たんだ。なんだか凄く安心する。本当に助かったって感じがして。

 もしかすると浜辺で倒れていた俺達はこの親子に発見されて助けられたのか。

 あ、俺、なんも言ってねぇ。

「どうもありがとうございます」

 そう言って一先ずコップを返す。

「大丈夫?」

 少女が顔を覗き込んできた。

「ああ、えっと……」

「私ね、サリィ。こっちはお母さん」

 サリィと名乗った少女は三十代の女性を指す。やっぱり親子だったんだ。サリィのお母さんは微笑んで彼女の横に並ぶ。

「ジェーンよ。浜辺でサリィと散歩していたら、突然ポーラさんがやってきてびっくりしたわ」

 そうか。ポーラが助けを呼んだのか。

「とにかく貴方を運んで休ませて、看病していたの。気が付いて良かった」

「どうもありがとうございます。俺の命の恩人です」

「そんな、大袈裟よ」

 ジェーンさんは顔を赤らめて言う。

「それでね、貴方びしょ濡れだったから、着替えさせてもらったんだけど」

 確かに、俺は着物ではなく乾いたでかいシャツを着ていた。

「合うサイズが無くて主人のなんだけど、大きかったかしら」

「ああ、いえ」

 まぁ少し大きいけど。それよりもジェーンさんに着替えさせてもらったってのがなんだか恥ずかしい。気まずくなってポーラの方を見るとポーラも違う服に着替えていた。ジェーンさんの服か? そんなことを考えているとサリィがしきりに話しかけてきた。

「ねぇねぇお兄さん何者? 獅子の国の人なの? 海賊? なんで浜辺で倒れてたの? ポーラさんとは恋人同士なんでしょ?」

 訊き過ぎだろ。順を追って答える俺。

「俺は時三郎って名前だ。獅子の国の人間だよ。でも海賊じゃないよ。ちょっとワケあって船から落ちて、泳いでここに辿り着いたんだ」

 これで全部答えたか? あ、違うか。ポーラとのこと……

「すっごーい!! 船から落ちて泳いでって! なにそれ?」

 俺もわけかわかんねぇ。

 サリィは興奮したが、ジェーンさんが娘を引っ張った。

「後にしなさい。具合が悪いんだから。今夜は休んでもらって、明日聞けばいいでしょう?」

 そう言って扉の前まで行って振り返る。

「二人共、今日はもう休んだ方がいいわ」

 寝台の近くにあった机の上にあるカゴを指して言った。

「もし食べられるようだったらカゴの中に食べ物を用意しておいたからご自由にどうぞ。飲み物もね」

 カゴの横にはコップが二つと茶瓶が置いてある。

 つまり自由に食べて飲んで寝ろ、と。

 何から何まで気が利くジェーンさんとサリィは扉を開けて出て行った。部屋というよりもここは小屋だったらしい。

 そして気になることが一つある。

 なんでポーラと二人っきりで残して行っちゃったんだろう。しかも寝台一つしかないのに。

 これ、完全に勘違いされてる。ポーラと恋人同士だって。そうだよ、絶対。さっき訊かれた時に否定しなかったしさ。

 当のポーラは床に座り始めちゃったし。

 いや、これ駄目だろ。俺が良識の無い男だったらどうすんの? その、女に飢えている男だったらどうすんの? 絶対に襲われちゃうよ、ポーラ。いくら生死をさまよって疲れていたってさ、こんな状況だよ? むしろ死線共有で妙な感情が間違って沸いたりしてそうなっちゃうよ? 普通だったら。

 でも、俺はそんな男ではありませんので。いくら口づけされたからといって……

 思い出してつい熱くなる俺。

 駄目です。惑わされてはいかんぜ。

 

 まぁとにかく、寝台から降りることにした。こういうのは女の子に譲るべきだし。

「ポーラ、あの……使っていいっすよ」

 なんか変な言葉遣いしちゃったしっ! なんでしたてなんだよ。意味分からん。

「あ、寝台、使っていいってこと」

 ポーラは無言で突っ立っていたので、寝台の所に連れていった。

「ね、ここ! ここで寝ていいから」

 そう言って座らせる。

「トキサブローは?」

 初めて名前言ったよこの子。

「俺は床で寝るから」

「駄目」

 駄目って……

 いや、駄目が駄目だろ。

「いいんだよ。俺は別に床でも平気だし。ポーラは女の子なんだから遠慮しないで寝台使えばいいからさ」

「ベッド大きいから、二人共寝られる」

 うん、そうだよ、ね。

 それは分かっていた。この寝台は少し大きめだと。少しきついかもしれないけど、二人寝ることは可能で。

 つまりポーラは一緒に寝ようと言いたいのか。

 ホントに。

 どこまで誘ってくるつもりなんだこの娘はぁ!

 無防備にも程があるというか。純粋過ぎるのか、よく分かっていないのか、それとも分かっていて計算しているのか。

 多分よく分かっていないってのが正解だろう。さっき口づけしてきたのだってよく分かってなくて、だろうし。

 なんだか妙に腹が立ってくる。

「俺はさ、畳に布団で寝る派だからね、床の方が寝やすいの。だからそっち使っていいから!」

 少し強く言って俺は床に寝転んだ。寝台の方に背中を向けて考え事をする。

なんなんだよポーラはよぉ〜。俺だって男だぞ。絶対的に信用してるってことなのか。それとも子供だろうとバカにしてんのか? もう十七歳だかんな。成人してるし。許嫁も居るし。……でもどーせそういうコトを全く知らないっていうんだろうな。もう、俺一人だけ恥ずかしがったりしてバカみたいじゃんか。こんなこと考えてるのもそもそも無駄っていうか。

 俺が色んなことを思っているとふと背後に気配がした。

 それはポーラで、ちゃっかり俺の横の床で寝始めて掛け布団を俺にも掛けてくる。

 ええええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぃ。

 床派なんだ、きっと。床じゃないと寝られない性質なんだ、多分。

まぁそれはどうでもいいけど、同じ布団の中にいるという事実に混乱しそうになった俺はとにかく冷静になろうと『春』のことを考えた。

春は可愛い。春は可愛い。春は怒ってる顔も可愛くて。春はいつも結婚のことばかり言っていたなぁ。なんか、結婚がゴール的な考えなのかなぁ。そういやなんで俺達結婚するんだろう? 幼い頃から仲良くて。そうか、いつの間にか親同士がそういうことを言い始めていて。俺も春は可愛いし仲良いからその気になって。でも春は俺で良かったのかなぁ? それとも結婚出来れば俺じゃなくても良いのかなぁ? 今頃何しているだろうか。皆俺のことを捜しているか? 文京は皆になんて説明した? 俺って要するに行方不明? 春は泣いているかな。いつまで捜索してくれるかな。

俺はここにいるのに。ここって一体どこなんだろう……

 

 

 

 誰かが呼ぶ声がして俺は起きた。

「トキサブロー」

 それはポーラだった。

 めちゃくちゃ近くに彼女の顔があったので軽ーく退いてもらって上体を起こした。

昨日の小屋だ。床で寝たから体が痛い。それだけじゃなくて、よく見ると腕に包帯が巻かれていたり、包帯を巻く程ではない傷があったりした。

こんなもんいつ出来たんだ? なんて思い出してみると女海賊との船での戦いが浮かぶ。多分あの時に結構斬られていたんだ。必死過ぎて気付かなかったけど。

手当てをしてくれたのは誰かな〜なんて思ったけど、もしかしたら昨日の時点で手当てをされていたのかもしれない。ジェーンさんによって。

色んなことに気付いて立ち上がったら急に腹が減って食欲が沸いてきた。そういえばずっと食べていない。

ポーラが何も言わずに、昨日置かれたカゴの中から乾いたパンを取り出して俺にくれた。俺、朝食はご飯派なんだけど。乾ききったパンが無性に美味くて生きている実感がした。

それから、いつも当たり前のように飯を作ってくれていた母親のありがたさが分かった。だって、俺は何もやっていないのに飯が食えてた。飯だけじゃない。

 

「おはよう! 昨日は眠れました?」

 扉を叩く音と共にジェーンさんとサリィが軽快に小屋に入ってきた。

 俺達がパンを食っているのを見て慌てたように言う。

「それは昨夜の内に食べてほしかったのよ。今朝の分は用意したのだけれど」

 まじですか? ここは宿か?

 サリィは俺とポーラの手を引っ張って小屋の外に出した。

「こっち、こっち」

 外に出ると太陽の光が目を眩ます。信じられないくらいの青い空はずっと先まで続いている。足元は砂利だ。草履が無くなっていた俺にはサンダルが用意されていた。

「ここは離れなの。主人が仕事でたまに使っていたんだけど」

 小屋の説明をしてからジェーンさんは母屋へ案内してくれた。

 

 母屋は四角くて黄色い壁の家だった。

 家の中へは靴を脱がずに入って俺達は食卓に通された。開けた窓から涼しい風が入る部屋で、パンや飲み物、玉子といった食事を出されて感激した俺にジェーンさんが改めて訊く。

「で、貴方達は一体どうして浜辺に倒れていたの?」

 俺は自分が獅子の国の人間で間違って海賊船に乗ってしまったことと海に飛び込んで逃げたことを簡単に説明した。ポーラとは船で出会って一緒に逃げてきたのだということも。

 

 ―――――

 

「海賊……」

 あまりの話にポカーンとするジェーンさんとサリィ。

「じゃあお兄さんとお姉さんは別に恋人同士じゃないの?」

 その質問に俺が頷くとジェーンさんの疑問はポーラに向いた。

「では、ポーラさんは一体……」

 それは俺も訊きたかったことだ。

 ポーラはしばらく俯いてから口を開く。

「私は、気付いたら船に乗っていた」

 ポーラには過去の記憶が無いのか? と思ったのはジェーンさんも同じらしい。

「貴女、記憶喪失?」

 記憶喪失って。初めて見たよ。ホントにそんな人居るんだ。

「船では危害は受けなかった。モーガンは私のことをポーラと名付けた。彼女のことは嫌いじゃない。けれど私は……」

 ポーラは言う。

「帰りたい」

 

 俺と一緒だよ。

 

「帰りたいってどこに?」

 サリィが訊くと首を振るポーラ。

「分からない」

 分からないけれど何かあるんだ。それで俺についてきたってことか。なんとなく理解する。

「俺も獅子の国へ帰りたい。ところでここはどこなんですか?」

「アララテ大陸よ」

 ジェーンさんの答えに考える俺。

 アララテ? アララテってどこだ? アララテ……

 って、東の大陸じゃん!!

 獅子の国の東にはアララテというでっかい大陸があった。確か北部と南部に分かれていて、北部は寒く南部は暑いイメージがある。それだけじゃなくて、戦争とかやってて危険なイメージもある。

「ここは中部の群島」

 中部の群島か。

「港もあるけれど、獅子の国への船は無いでしょうね」

 ジェーンさんの冷静な判断。

 えっとじゃあ、どうすればいいんだ? そもそも金も持ってないし。

 俺が考え込んでいると、ジェーンさんが思いついたように提案を出す。

「北部のファーストシティの港なら獅子の国への船が出ているかもしれないわ」

 どこなんですか、そのいかにも都会っぽい名前の町は。

「ファーストシティには大きな港があって、飛高船も飛んでいるみたいだから。獅子の国への便が無くても獅子の国への便がある国に行く船があると思うもの」

 成る程。そこへ行けば確実か。

「ただ、ここは島だから北部へ行くには船でしか行けなくて」

「しまった。船代が無い」

 俺の言葉にジェーンさんは首を振る。

「問題はそこじゃなくて、船着場には最近海賊がうろついているっていうのと、南部の難民がいっぱい居るから」

 うぇーーーーーーい。

 なんか嫌なことを聞いた。

 海賊かよ。連中が居たら嫌だよ。しかも南部の難民って……俺もある意味難民っぽいけど。

 でもなぁ。

 どれだけ考えても俺は北部へ行く道しかなかった。ずっとここでお世話になるわけにもいかないし。

「お兄ちゃん達うちで住んじゃいなよ」

 突然サリィがありえないことを言った。

 ありがたいけどそれは無理だ。何から何までしてもらった上に居候なんて。ジェーンさんだって困る。それに俺は……

「いや、迷惑だし。俺は自分の国に帰るから」

 残念そうにしたサリィを慰めてからジェーンさんは席を立って何か服を持ってきた。それは俺の着物で。

「これ、乾いているからどうぞ」

 俺は感動して危うくジェーンさんを好きになりかけた。

 いや、なりかけただけでなってないから。違うんだけど。

 ただ、理想の奥さんというかお母さんというか。そういう感じで。やっぱ、気が利く女性っていいよ。

 

 

 食事の後、礼を言って俺は元の自分の着物に着替えた。それと、紐を借りて髪を結ぶ。後頭部の高い位置に結んだ自慢の髪は少しボサボサになっていたけれどまぁいいか。こだわりである前髪も下ろしてきめて。あと刀が無いけど。刀はどうせいつも飾りだった。脇差でもいいからこんな時にこそ必要だったのに。それも仕方ない。

 

 身なりを整えて俺が出て行くとサリィが両手を合わせて声を上げた。

「サムライだ〜〜〜〜!!

 持ち物は無い。履物だけは流されてしまった草履の代わりにサンダルを借りたけど。船着場の場所を聞いて俺とポーラは出て行くことにした。

「助けて下さってどうもありがとうございます。このご恩は忘れません。何から何までして頂けて感謝しています」

 手を合わせて深々とお辞儀をした俺を掴んでくるサリィ。

「えーーー! 二人共もう行っちゃうの? また会える?」

 それを見て微笑みながらジェーンさんは言う。

「サリィは寂しいんですよ。今主人は南部で働いていて中々帰ってこられないので、それもあって」

 そうか。どうも旦那さんの姿を見ないと思ったら。

「大丈夫、また会える」

 俺の代わりにポーラが答えた。

 そうだよな。いつかこの恩を返したいよな。

 そう思いながら俺達はジェーンさんの家を後にした。

 見送るサリィの声は遠く離れるまでしばらく聞こえていた。

 

 青い空と暑い太陽の下を歩いているとやがて海が見えてくる。青というより緑に近いか。先を見ると青と緑が重なっている所があって思わず声が出る。

「うわぁ〜!」

 綺麗だっていうかすげぇ。

 俺は海が好きなんだけど。いつも家の近くの浜辺で見ていた海の色とは違っていて。

 本当に、本当に異国にいるんだ。と改めて実感した。

 海は全部繋がっているというけれど、どうしてこんなに違うんだ。砂浜だって白いし。妙に興奮する。

 ただ、その綺麗な景色とは裏腹に、浜辺は荒んでいることが近付くにつれて分かった。

 そこは、波の音が聞こえないほど人が溢れていてうるさいし、荒くれ者や難民っぽい連中が、行く当ても無いのかウロウロしている。海賊っぽい輩ももちろん居る。酒臭さとか色んな異臭がして海まで汚れそうだ。所々で争いも起きているし、空気が悪い。

めっちゃくちゃ負の空気で覆われているんだけど。景色と合わな過ぎて気持ち悪くなりそうだ。

「うわぁ……」

 さっきとは別の意味で声が出た。

 

 更に、船着場を探して歩く俺達の前に……あの女が現れて、俺はまた「うわぁーーーー!」と叫んでしまった。

「また会ったね、坊や」

 そう、それは女海賊・モーガンだった。

 

いきなりだった。

いきなり、女海賊モーガンが現れた。

すぐに俺はポーラを連れて逃げ出した。

しかし回り込まれた。

それでも俺はまた逃げ出した。

そして回り込まれること計八回。

ここでようやく、逃げられない相手なんだと、俺は悟った。

こうなったら戦うか? 根拠は無いけれど、八回も逃げたらここからはずっと会心の一撃が出るかもしれないし。

なんて混乱しつつ、とにかくこうげきしようとした俺は武器を装備していないことに気付いた。

一方相手は銃と剣を装備。

……ごめんなさい。敵うわけがありません。

 

 だから、ついに俺達は捕まってしまった。


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