[第五章:ホモオヤジは仲間になりたそうにこちらを見ている]

 

「皆、今日から仲間に加わるトキだ。新しいメンバーを祝して乾杯!」

 モーガンは俺を海賊の仲間に紹介して杯をあげた。

 仲間との杯の交し合いはこの船のしきたりなんだと言われて、俺も杯を持たされたけど。

 なんか……仲間って海賊の仲間ってことじゃないよね? 手を組む的な意味合いだよね? 俺、騙されてないよね?

 あとついでに言うとトキじゃなくて時三郎なんだけど。まぁいいか。

 

 モーガンとの飲み勝負から一夜明けて、いつの間にか乗っていたこの海賊船は黒蛇号という。前回乗った赤鮫の船と同じく、飛ぶ。つまり飛高船だ。

 但し、空を飛ぶ為の燃料は異常に高いらしく、また減るのが早いので普段は航海が多いんだとか。もっともっと燃費が良くなって燃料が安くなれば空飛ぶ蛇になるのに。そういう技術はまだまだで、今現在は海の上。

 モーガンの仲間の情報によると、警官隊に捕まった海賊達は皆、尋問も無しに沿岸警備隊に引き渡されたのだという。こうなると監獄送りになるのが普通で、海の犯罪者専用の死の監獄島がアララテ南部にあり、そこに投獄される可能性が高い、と。

そこは通称首吊り島と呼ばれて、職業が海賊というだけでぶち込まれて生きて帰ってきた者が居ないとか。島には絞首台も設置されていて、連日、海賊という罪で処刑された沢山の死体が吊るされまくったまま放置だとか、とにかくヤバイ噂が付きまとう場所らしい。

 そんな場所にポーラは連れていかれてしまったのか。モーガン達と居た酒場は貸切状態だったみたいだから、あの場に居たということは仲間の海賊だと決め付けられてもおかしくない。ポーラは女だけど、女船長モーガンの仲間としてはありえるし。

 俺が焦っていると、モーガンは「そんなに早くは送られないだろう」と言ってきた。彼女の計算だと、飛高船で移送するにあたってもしばらくは海だろう、と。だから――

 

「飛高船が浮いてたら仕事だよ」

 モーガンは酒を飲む皆に促した。仕事というのはつまり海賊稼業である略奪だ。

 狙うは飛行する為の燃料。つまり通りかかった船を襲って燃料を奪い取り、それで飛んで監獄島に先回りという作戦だそうだ。

 誰も反対声明を出さない。

 いや、絶対野蛮だろ。海賊だから仕方ないのか。誰か反対しないの? モーガンが恐いから? じゃなくて全員賛成? 海賊だもんな。

 俺は勇気を出して挙手してみた。肘を押さえつつ。

「奪い取らない方法って無い?」

 皆が睨み付けたのでしたてに出た。

「……ですか?」

 するとおっさんの一人が俺に近付いてくる。

「例えばどんなのがあるんだよ」

 例え? えーっと。

 別のおっさんもじーっと俺を見て笑い出す。

「お前が交渉するか? たまに居るんだよな、黒髪の子供好きなホモが」

カンベンして下さい。いくら前髪下ろしてても俺はソッチ系ではありませんので。

「あ、ただ言ってみただけだから……」

 俺が自分の意見を引き下げようとするとモーガンが話に乗ってきた。

「面白いかもねぇ」

「え?」

「たまには交渉ってやり方も」

 俺を生贄にする気ですか?

「ちょっ待っ! 交渉って?」

 どんな交渉なのか恐る恐る訊くとモーガンはニィーッと笑って答えた。

「困った交易船のふり作戦」

 

 困った交易船のふり作戦というのは、その名の通り、交易船のふりをして燃料が無くなったから困った〜、と普通の船に燃料を分けてもらうという方法。それはそれで騙すわけだから悪いけども、血を流さずに済むならいいかな〜と俺は自分を納得させた。

 幸い交易船のふりっていうのは、以前交易船を襲った時に手に入れた旗とか色んな物があるらしく、誤魔化せそうだ。皆はさっそく船の模様替えを行っている。

 問題は相手の船に頼む役で、それは俺と若い船員が抜擢された。相手を油断させる為だという。

 まぁ、交渉役になってしまったけれど、「すみませ〜ん、急いでるのに燃料無くなって困ってるんです〜。助けて下さ〜い」とかなんとか言えば平気だろう。

 船や皆の準備が万端になったところで、船が通りやすい航路に出て燃料を蓄えた船が通るのを待った。

 だが、海賊船と気付かずに近くを通るけども、蒸気船か帆船ばかりで、飛行出来るほどの燃料を積んだ船に出会うことが中々無い。というか、そもそも一日の内にすれ違うことがあまり無いのでどんどん時間だけが過ぎてしまう。

 一応目的地には向かっているというのだけれど、やっぱ焦る。

 

 とりあえず船を発見するのは見張りやモーガンの係りで、俺はというと、掃除係をずっとやらされていた。皆口々に「しっかりやれよ、新入り」なんて一見親切風な声をかけてくれてついでに船室の説明までしてくれるけど。俺、新入りじゃないし。

まぁやること無いし、船に乗せてもらってるし、海賊のイメージと違って別にこき使われてなくて普通に休めるからいいんだけど。

 甲板を掃除していると、真っ熱い太陽の光がもろに直撃して意識を遠くに飛ばす。

 今、船に乗ってるけど、故郷は遠し。

 つーか暑ぇ〜。

「そんな服着てっから暑いんだよ」

 ふと、近くで掃除していた奴が俺に言った。それはおっさんばっかの中にたまに居る若い奴の一人で、よく見ると俺と一緒に交渉役になった奴だ。茶髪で目も茶色くて歳は俺よりちょい上くらいか。袖無しのシャツとズボンを穿いて布を頭に巻いている。

「それから、頭に何か被った方がいいぞ」

「嫌だ」

 俺は即回答した。頭になんか被ったら髪型が変になる。

「あと、これ暑そうに見えるけど夏用の着物だから。結構涼しいし」

 と言いつつ、上半身だけ脱ぐ俺。暑いからじゃないよ、今だけ。

「脱ぐんだ?」

「汚れたら嫌だから」

 自前の服はこれしか無いし。

「ふ〜〜〜〜〜ん」

 気のせいか奴は俺の体をじろじろ見てくる。

 なんだよ、なんか勝負したいの? 比べてんの? それともホモか?

「お前さ」

 そいつは妙に近付いてきて急にそわそわし始めた。

 なんなの? やっぱりホモ? なんか顔赤くない?

「お前……どうだった?」

 はい?

「昨夜の、船長と……」

 船長と? あ、モーガンと? ん? 俺、モーガンとなんかしたっけ?

 よく見るとそいつは不機嫌そうな顔までしてる。

「あ!」

 そうか。昨夜のって、一緒のベッドで寝た、アレね。

「いや、俺はなんもしてない」

 奴の言葉の意味を理解してとっさに否定する俺。っていうか、こいつ……

「え? あんたモーガンのこと好きなの?」

「船長を呼び捨てにするな。あとオレの名前はビリーだ」

ビリーは俺の肩を掴んでニヤッと笑った。

「この船に乗ってる奴は皆船長に惚れてるさ。何もしていないならいい」

 え? そういうこと? さすがモーガン。まぁ確かに綺麗だし。ただ、モーガン自体にはなんかそういう男居ないのかね。

「モ……船長には男は居ないんだ?」

 女海賊で船長だなんて、もしかすると近寄れないのかもしれない。強いし恐いし。そう思っていると、ビリーは空を見ながら言った。

「船長は、昔の恋人が忘れられねーんだよ」

 居たんだ!!

 しかも昔のって、空を見てるって……死んだの? まさか。

「あーー、無駄話した。悪かったな、トキ」

 そう言ってビリーは別の場所に行った。

 昔の恋人ねぇ……。

 俺も今の恋人に会いたいよ、春。俺がこーんな海賊船で掃除してるなんて夢にも思ってねーだろーな。しかも別の女を助ける為に。

 そのポーラは無事なんだろうか。というか、ポーラって何者なんだろう。モーガンなら何か知っているかもしれない。後で訊いてみるか。――と、俺がまた掃除に専念し始めて少し経った頃、ついに船長殿からお呼び出しをくらった。

 

「トキ、ビリー、ハーマン、出番だよ」

 いよいよですな。

 ようやっと狙い目の船が捉まったらしい。信号を送ったら応じて今近付いているんだという。来たら俺達が出迎えてうまいこと燃料を分けてもらう交渉をする。

 俺と、さっきのビリーと、あとハーマンっていうおっちゃん。

 ハーマンはおっちゃんだけど海賊っていうより商人みたいな感じで、交易船を装った船の交渉人としてはかなり適任だ。

 俺達三人は甲板に出て相手の船員が顔を出すのを待った。その間に俺はハーマンからちょっと大きめのナイフを渡された。

「トキ、お前船乗った時から丸腰だけどよく平気だな。これ持っとけ」

「え? でもこれから交渉でしょ?」

「念の為だよ」

 受け取って、腰に差す俺。

 まぁ護身刀は確かに必要だわな。ナイフなんて、短いし攻撃力も弱そうだけど意外と切れ味良いかもしれないし。身軽さを重視するならうってつけだし。無いよりはある方がちょっと安心する。

 

 やがて向こうの連中が数人出てきて若干警戒しながらこっちに話しかけてきた。

「なんか、燃料無くなって困ってるんだって?」

するとハーマンがまるで商人のように「そうなんですよ」とヘコヘコと受け答えた。それがうますぎて、俺とビリーはハーマン達のやりとりに頷いたり相槌を打ったりすることで済んだ。

巧みな話術で交渉をするハーマン。相手の連中はすっかり騙されている様子。「海で困ったらお互い様だもんな〜」みたいなことをヘラヘラと同調している。ただ、一人のごつそうなオヤジが明らかに俺ばかりを見て薄気味悪く笑っていた。

思わず目をそらしてしまう。

 なんなんだよ。気持ち悪いなぁ。まだ見てるし。

 えー? なんなんだよ、その目つき。悪寒が走る。

 なんだこれ、殺気? これが噂の殺気ってやつかぁ? なんでだよ、こんな奴に恨まれる覚えなんてねーよ。

 勇気を出してもう一度奴を見た俺。目が合ったオヤジはニヤリと笑うと……ウィンクをしてきた。

 

 ソッチ!?

 とっさの判断でまた目をそらした俺。

 なんなんだよ〜〜〜。例の“黒髪の子供”好きホモ? これが? まじで!?

 まじで居たんだ、そんな奴。

 こえ〜〜〜〜〜〜〜。早くこの交渉終わらせてぇ。

 その俺の願いが届いたように、ハーマンは取引の段階に入った。

「じゃ、燃料と交換で、交易品とか何か欲しいものありやすか?」

 交易品は盗んだらしい物がいっぱいあって、その辺りも抜かりが無い。

 けれど、ホモオヤジがまっすぐに見つめているのは俺の姿だった。俺は立ち位置を少しずらしたけれどやっぱりこちらを見ている。

 なんでだよ。

 やっぱりモテ期かよ、オヤジからの。

 いや、まじでカンベンして下さい。厄年だったっけ? 俺ってば。もうなんつーか、あの夜、木箱に入ったのが全ての運の尽きか。

 なーんてバカなこと考えてないで。冷静に考えれば、こっちは交易品って言ってるんだからホモの意見が通るわけが無く。

「黒髪の若いお前」

 ホモオヤジはきっぱりと俺を指差した。

 ……笑えない。

 念の為にビリーとハーマンを見たけど、ビリーは茶髪。ハーマンも茶髪で若くないから。

 紛れも無く俺がご指名か。

 違う違う違う。違う違う違う。

 大丈夫、安心しろ。そもそもこんな気味の悪いこと、承諾するわけがねーんだ。相手も、ハーマンも。

「分かった」

 ハーマンさん? 今なんて言った?

「但し、給油が終わるまでだ」

 ハーマンさん?

 期間限定が逆にこわいし。

 なにその、燃料補給までの間はこいつを好きにしていい、みたいな取引は。

 いや、そういう意味か?

「ちょ、ちょっと待って?」

 ホモオヤジの顔を見ると嬉しそうにこちらを見ているのがおぞましい。

 ビリーは俺の肩を叩いた。

「しばらくの辛抱だ」

 ちょっと待って! 冗談だろ? 俺の意思は?

 ハーマンは連中と握手を交わして「交渉成立だな」なんて頷き合っている。相手もそれでいいのかよ!

「いや、駄目だろ!」

 やっぱり俺は生贄だったのかっ!

 ホモオヤジは仲間にきっぱりと言い放つ。

「あいつのモノはオレの物」

 どういう意味だ!!

「ちょっと待て! 勝手に決めるなよ!!

 俺はハーマンに抗議した。それなのに奴は全くの他人事。

「まぁまぁ、すぐに終わるから」

 なにが!?

 俺は抗議もままならない内に相手に引き渡される。

「いや、まじで待ってよ!!

 反論して船に乗せられる前にビリーが耳打ちをしてきた。

「大丈夫だ。とにかくなんとかかわしてればすぐに次の作戦が実行されるから」

 次の作戦?

 ハーマンを見るとハーマンも頷いている。

 あ、別に売られたわけじゃねーんだ? 何か作戦があるのか。

 それでも、船を乗り移らされて変態ホモオヤジの前に連れていかれると寒気がする。ホモオヤジの仲間は「しょーがねーなー」的な感じで「ったく、ボンズの趣味には呆れるぜ」みたいなこと言ってるし。更に「ボンズだけ得して割に合わないから、あとで交易品も頂こう」っていう相談までしてる。

 で、変態ホモオヤジ・ボンズはじーっと俺を見下ろしてニヤニヤ笑っている。

 早く次の作戦実行して下さい。

 切実に俺は祈った。

「さぁて、じゃあこっちに来てもらおうか」

 ついにボンズに連れていかれる俺。

 ホモオヤジの餌食になるなんて真剣に嫌だ。でも次の作戦って……俺は知らされてなかった。嵌められたのか? いや、待てよ。

 しばらく歩いてから、ひとけの無い場所でボンズは止まる。

「お前獅子の国の人間か?」

 人のことを全身見るのが気持ち悪い。

「そそるよなぁ、着物って」

 俺は一瞬着物を脱ぎ捨てたくなった。けど、脱いじゃ駄目だ。脱いじゃ駄目だ。

 もしかすると次の作戦ってのは皆が分かってると思ってあえて言わなかったんじゃないのか。海賊なら当然そう考える、と。海賊じゃない俺だけが分からなかった。

 交渉にしろなんにしろ“奪う”こと。

 全て貰って何もあげない。それが連中の当たり前。要するに結局略奪する気なんだ。いつもと違うやり方なだけで。

 そのことに俺は気付けなかった。交渉なんて初めから無い。きっと黒蛇の連中は乗り込んでくる。ハーマンが俺にナイフを渡してきたのはそういう意味だ。戦いになった時の為の護身として。

 だから、この場は我慢してうまくかわして……

「ただ一つ、残念なことは、お前が短髪じゃなくて長髪だってことだな」

 

 なん……だと!?

 ボンズが聞き捨てならないことを口走りながら俺の大事な髪を触ってきやがった。

「オレは髪が短い方が好きなんだよ」

 その瞬間、俺の頭の中で何かがブチ切れた音がした。

「この汚い手をどけろ豚《ホモ》野郎」

「ん?」

「俺の髪《宝》に触るなっ!!

 勢い余って俺は豚野郎を殴ってしまった。正確には拳で払いのけたからそれが顔面にぶつかった、みたいな。

 とにかくやっちゃったわけで。

 ボンズは殴られた頬を触りつつ息を乱した。

「……イイかも」

 みるみる顔が赤くなって嬉しそうな表情をする。

 え? 興奮?

「もっとお願いします」

 

 

 気付いたら、俺はボッコボコのボッコボコに奴を殴り倒していた。途中記憶が無い。怒りによって何かが目覚めたようだった。

 ボンズは懲りずに妙なことを口走る。

「こ、こんなに激しいのは初めてだぜ」

 あーそうかい、じゃあ最期にもしてやろうか? そう思った時、周りが妙に熱いことに気が付いた。

 なんだこの暑さ。いや、熱さ。

 絶対に異常。

「な、なんだ?」

 ボンズも気付いてうろたえ始めた。その時――

 

「トキ! 逃げるぞ!!

 突然目の前に現れたのはビリーで。俺は初めて周りが燃えていることに気付いた。いや、周りだけじゃない。この船全体が、だ。

「うわああああ〜〜〜! 船が燃えている!?

叫び出すボンズ。

 や……やっちまった、か?

 やっちまったのか? これ! だって、どう見ても火事じゃん。

 そうなんだ、予想した通り、黒蛇の連中の仕業なんだ。まんまと恩を仇で返してる。さすが海賊。

「トキ、こっちだ!」

 呼ばれて俺はビリーが誘導する方に走った。奴が逃げ道を確保していてくれている。そうか、助けにきてくれたんだ。なんか嬉しいじゃんよ。

 その時、

「た、助けてくれぇ〜」

 深手を負ったボンズがうまく歩けない様子でこっちに助けを求めてきた。

 一方ビリーは俺を手招きする。

「トキ、そんな奴はいいから早くこっちに来い」

 そんなこと言われても〜〜〜。

 ホモ野郎でむかつくけどさ、見捨てるなんて気分が悪い。どうすんだ? 俺。

 なんて考えている暇も無く、仕方無しに俺はボンズの元へ戻って奴を支えて歩かせた。

 ホントはこんな奴、海に捨てたいんだよ? でも死にそうだから、歩けないのは俺のせいだから。いや、元はこいつが悪いんだけども。変態といえども目の前で焼かれたら後味悪いじゃん。

 ビリーは当然ながら驚いた顔をしている。

「おっまえ、なんでそんなオヤジ……」

「知らないよ」

 俺はお前ら海賊とは違うんだよ。

「いいから、早く行こう」

 

俺達三人は炎をかいくぐって最終的に海に飛び込んだ。

その後黒蛇の連中に引き上げてもらって、ボンズもついでに助けられた。

 ボンズのことを知っていたハーマンはビリーと同じく不思議そうな顔をしてこっちを見ている。

 一方ボンズは、さっきまでの変態の視線ではなく、まるで勇者でも見るかのように、尊敬の眼差しで俺の方を見ている。奴の乗っていた船は燃え盛り、船員連中は救命ボートで逃げていったようだ。ボンズは一人取り残されてしまった。

 そして、こっちの船が十分に離れた頃に爆発を起こして沈没する。

 黒蛇の連中は「作戦成功」みたいな感じで皆喜んでいて、相手の船から盗んだ物を自慢げに見せびらかしている。もちろん目的の燃料も十分に頂いたようだ。

 俺は交渉の無意味さにしばらく呆然と皆を見て突っ立っていた。

 

「トキ、無事なようだね」

 後ろからモーガンがやってきて俺に声をかけた。隣に居るボンズに気付いて訊いてくる。

「なんだい? そいつは。向こうの船の人間かい?」

「あーーー」

 そうだけど、なんて答えよう。

 俺が困った顔をしていると、ビリーが代わりに口を出した。

「トキの奴、炎に囲まれたこいつを見捨てられなかったようです」

 モーガンは「は?」というような疑問顔をした。

 俺自身だって、なんでこんな奴を助けたのかよく分からないんだけど。どっちにしろ、こいつら海賊には理解できなそうな感じ。

 ハーマンは俺に近付いて耳打ちをしてきた。

「まさか、ホモオヤジとなにかあって情が移ったんじゃねーよな?」

「それは無い」

 その手の否定はきっぱりとしておく。俺の潔白の為に。

 ふと見ると、ホモオヤジは仲間になりたそうにこちらを見ている。

 てっきり「捨てろ」と命令してくると思われたモーガンは溜め息をついて俺に言った。

「あたしは知らないよ。あんたが責任持って面倒みるんだね」

 それ、一番言われたくなかった言葉です。

 ビリーは頭を押さえて、ハーマンも呆れた様子。

 ボンズは嬉しそうに俺の手を握った。

「一生ついていきます、兄貴!」

 それも、一番言われたくなかった言葉です。

 

 オヤジが俺の仲間に加わっ(てしまっ)た。

 

「よーし、それじゃあ! 首吊り島へ。行くよ、野郎ども!」

 モーガンが声を上げて皆がそれに返事する。

 同時に連中は持ち場に走っていく。

 そう、もう海は終わり。ついに飛高船として空を飛ぶらしい。皆はその為の準備に入ったんだ。

 何をすればいいのか分からなかった俺はビリーに連れられて船室に入った。

 いよいよなんだ。いよいよ、監獄に向かうと思ったらなんとも言えない緊張が走った。


つづく・・・


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