創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第十二話:シリウスの石像]

 

妙な感じで始まった買い物だったが、流れはずっと順調で二人の雰囲気もかなりいいものだった。

会話はウヅキやショーンの話で盛り上がる。

ウヅキは最初、迷い込んだ野良猫で、レオがこっそりご飯を与えていたらいつの間にか居座っていた、とか。ウヅキという名を付けたのはショーンだとか。

ショーンは考古研究者の他に色々な分野で学者であり技術者であり、発明家でもあるとか。

「だからオヤジは『賢者』って呼ばれているんだ」

レオは言う。

ショーンは国の中でも名誉ある優秀な人物である、と。

「オヤジに初めて会ったのは十年くらい前かな。元々母親の知り合いだったらしいけど、外国や遺跡で得た技術とか知識で物を発明したりして、街では有名だった」

やはり、凄い人物だったと、納得する玲菜。

(やっぱそうだったんだ? 凄いっていうか偉人じゃん!!

なんだか妙に嬉しいし興奮する。

「その後、オヤジは陛下に呼ばれて。賢者の称号を得たんだ」

何故か自分の手柄のようにレオは得意げだ。陛下というのは恐らくレオの本当の父親のはずだが。妙に他人行儀。

(お母さんのことは“母親”って呼んでるのに、お父さんのことは“陛下”かぁ)

しかも他人であるはずのショーンをオヤジ呼ばわり。

(前にも、自分の父親はショーンだけって言ってたな)

玲菜は何かあるのではないかと気になったが“皇家”だけに色々あるのだろうと、一般庶民的に訊きづらい。

 

ショーンの話を聞き終わった頃、商店街に到着する二人。

「こっちだ」

レオは細い路地に入り、玲菜をつれていく。更にいくつかの道を曲がり、また広い通りに出たと思うと一軒の店に入った。

そこは異国情緒溢れる絨毯《じゅうたん》の店で様々の柄の絨毯がある。

玲菜はわくわくしながら絨毯を見て、気に入った柄とサイズをレオと話し合いながら決めた。注文した絨毯は後日届くのだという。

更に別の店に入り、今度はタペストリー的な物を買う。これは壁に掛けて壁のヒビを隠すのにちょうどいいはずだ。こちらも注文したので後日届く。

レオに「まだ買うものはないか」と訊かれて鏡のことを言ってみると、ちょうどいい鏡が屋根裏の物置にあるはずだと教えてもらった。だから鏡は買わずに今回の買い物は終わる。他にいくつか家具を見てから二人は商店街を後にした。

 

「腹減ったな」

ゆっくり歩きながらレオは言う。

昼はもう過ぎたが昼食なるものを二人は食べていない。朝食を遅くに食べたのであまりお腹が空いていなかったからだ。しかし時間が経った今、少しだけ小腹が空いてきた。

「広場に食べ物の美味い店がある。行くか?」

レオに誘われて頷く玲菜。

広場と言うのは先日行った下の広場ではなく、“上”の広場なのだという。少し歩くとその場所に着く。

 

大きな教会と広い石畳、それに綺麗な噴水と小さな水路が囲む広場に辿り着く二人。しかしまぁ、この町には至る所に大なり小なりの水路がたくさんある、と玲菜は気付いた。レオに訊くとそれだけ水が豊富なのだという。しかも地下水を汲み上げている為、綺麗だし冷たい。

広場は人々の憩いの場であるらしく、たくさんの人たちが遊んだり散歩したりしている。それに鳥もたくさんいる。

「あいつら人間のこぼした食べ物目当てでいっぱいいるんだ」

レオの案内した軽食屋のテラス席で食事をとる二人。近くに群がる鳥を見て呆れたように彼は言った。

「しかも楽してるからブクブク太ってる」

玲菜は笑いながら日本の駅などにいる鳩を思い出す。

(駅の鳩も同じだよな〜。たまにホームにいて怖いし)

鳩自体は恐くないが糞が怖すぎる。

「人間社会もそうだな。他人のおこぼれ目当てにすり寄ってくるブクブク太った貴族がいる」

レオのたとえはリアルでこわい。

「しかし、鳥が人間の食べ物にありつけるということは裕福な証拠だ。少なくともこの辺りはな」

急に考えるように腕組みをするレオ。

「お前が先日高い場所から見た街並みを綺麗と言ったが、それはその先が見えなかったから言えることだな」

「え?」

「城から見える全景はそうでもない」

レオの意味深長な言葉。

「まぁ、一見綺麗ではあるがな。それは高い場所も同じだが」

何やら考えさせられるセリフに玲菜は質問をした。

「レオは皇子様なんでしょ? どうしてショーンの家で暮らしているの?」

レオは何かに対してあざ笑うように答えた。

「俺は逃げたんだ。牢獄が嫌で。連中の管理下の屋敷も嫌だし」

恐らく自分に対してあざ笑っていたのだ。

「牢獄……」

多分それは比喩だが、玲菜にはレオが城を嫌っていることが伝わってきた。しかし……と考える。

「レオはそのうち王様……じゃなかった、皇帝になるんじゃないの?」

皇帝になるのに城が嫌いではやっていけない。

レオは苦笑いしながら言った。

「大丈夫だ。俺は帝位継承権が三番目だから。今の所」

「三番目?」

今の所という点にも気になったが、そこはあえて触れずに訊く。

「三男ってこと?」

「まぁそうだな。上に“兄上”が二人居る」

レオはまた考えるように言った。

「順当にいけば長男だからな。俺は別に皇帝には興味無いからそれでいいと思ってる」

途端に彼の目が鋭くなった。

「けれど何かの事故で次男が帝位に近付いたら少し考えるがな」

「事故って!」

ただならぬ雰囲気を感じ取った玲菜は少し怖くなった。

(兄弟で争うなんて……レオ、大丈夫かな)

しかし、レオは玲菜の様子に気付いて表情を戻した。

「ああ、悪かったな。つまらない話をして。それよりどんどん食えよ。ここの料理は美味いだろ?」

「う、うん」

確かに美味しいが、レオ程は食べられない。軽食なのにがっつりいきすぎている彼の皿を見ながら、玲菜は自分の注文した一品だけ食べて終わらせた。

 

食べ終わった二人は、散歩も兼ねて広場を少し歩く。すると、教会の近くに若い男の石像があり、玲菜はなんとなく気にかかった。

(誰かに似てる……)

玲菜の視線を見て説明するレオ。

「この石像はシリウスの石像だぞ」

「え!?

玲菜は驚いた。

(シリウスの石像ってことはレオの石像? 本人生きているのに?)

ニヤッと笑うレオ。

「俺に似てるか?」

それは本人だから当たり前だろうと思って頷く玲菜。

「う、うん」

「俺もそう思う」

少し笑いながら通りすぎるレオに「出来栄えに満足しているのだろう」と玲菜は判断する。でなければ自分の石像の前など恥ずかしくて歩けない。

(でもなんでレオの石像なんてあるんだろう?)

疑問に思う玲菜。

皇帝の石像ならまだしも、現存する皇子の石像なんて……。

(レオってなんか凄い人?)

自分の小説を思い出す。

小説でのシリウスは戦果を挙げた英雄。

ここに居るシリウスもすでにそうなのか。もしくは、皇帝や他の皇子の石像もあるのか。玲菜は訊いてみた。

「他の人の石像ってある?」

「他の人?」

考えてレオは言う。

「あー、あるぞ」

「え? どこに?」

「お前、それ訊くか?」

彼の言葉の意味は分からなかったが、玲菜は頷く。

「うん、だって、1体だけなんて変だよ。他のはどこにあるの?」

「お前、行っただろ?」

「え?」

全く理解していない玲菜にレオは頭を押さえた。

「お前ホントに分かってなくて入ったんだな。どんだけ田舎者なんだ」

「え? なんのこと? なんで田舎者の話が出てくるの?」

皇帝や他の兄弟の石像の話をしたのに、会話がかみ合わないことに疑問を感じる玲菜。

(お前行っただろ、っていつ? さっき見たっけ?)

「ね、ねぇ、じゃあもう一回行かない? もう一回見せてよ」

玲菜が言うとレオは疑いの目でこちらを見てきた。

「お前、それ罠じゃないだろうな? 分からないふりをして何か調べるとか」

「は?」

意味が分からない。

不思議そうな玲菜の顔を見て、レオは仕方なさそうに溜め息をついた。

「分かったよ。俺の許可で入らせてやる。ただ見るだけだからな」

レオの言葉に、玲菜はワクワクした。

(え? 何? レオの許可って……一般人は入れない所とか?)

まさか皇家御用達とかそういう所かと思い、彼についていく。

彼は広場の隅《すみ》で停まっている馬車に声をかけた。

「おい。ちょっと行ってほしい所がある。いいか?」

(馬車? 遠い所なの?)

玲菜はますますワクワクした。それに、前にも馬車に乗ったが、あの時とは違って綺麗な馬車だったのでこちらもワクワクする。汚い馬車に乗ったのはレオのせいだが、もう根に持たなくていいか。今はこうして二人で一緒にいるのだから。

綺麗な馬車は二人を乗せて街道に出て、街の門を出てやがて人里離れた草原を越えて舗装されていない道を進んだ。

 

どのくらい進んだだろうか。景色にも飽きた玲菜が眠りかかった頃、レオは御者に「ここでいい」と言って運賃を払った。馬車は停まり、二人が降りると元の道を戻る。

そこは何もない荒地で、かろうじて道と近くに林がある場所。

(こ、こんな所に皇族の像が?)

玲菜は不安になったが、レオは林を指す。

「この林の向こうだから。林は広くないからすぐ抜けられるし。行くぞ」

二人は歩いて林に向かった。

 

そして、レオの言う通りあまり広くはない林を抜けた先には、見たことのある風景が……

「あ!!

そこは、玲菜が最初にこの世界へ来た時に倒れていた例の“レナの聖地”と呼ばれる場所だった。石像と木が幾つかだけあり、他は……よく見ると柵がある。最初に来た時は気付かなかった。

それに、こんな場所にしては多い衛兵が周りに立ち、衛兵が使っている馬車がある。

二人がその場所に近付くと衛兵が寄ってきてレオに剣を向けた。

「貴様ら、何者だ! ここは立ち入り禁止だぞ! もし迷ってきたなら早々に立ち去るがいい」

「ああ、こんな格好ですまない。俺だ」

レオが言うと衛兵の一人が剣を向けているやつに慌てて促した。

「馬鹿野郎! シリウス様だぞ!!

衛兵たちは「ハッ」として剣をしまい、ひざまずく。

「す、すみません、シリウス様!!

「いい。警備ご苦労。少し入るぞ」

「ハッ!」

道を空けた衛兵は玲菜の姿を見て首をかしげた。

「シリウス様、その娘は?」

恐らくどこかで見たことがあると思っている様子。先日似たような娘を捕まえたような……。

「お、俺の女だ。何か問題でもあるのか?」

とっさの機転でレオは玲菜の肩を抱いた。

「い、いえ、失礼しました!」

すぐに頭を下げる衛兵たち。

レオは衛兵から離れるまで玲菜の肩を抱いて歩いた。

そうして、彼らから少し離れて、会話が聞こえない所まで来ると、慌てて玲菜から離れる。

「悪かったな。お前がバレそうだったから……」

玲菜にもそれは分かる。

「う、うん。分かってる。別にいいよ」

分かっていたが正直少しドキドキした。バレやしないかの緊張もあったし。玲菜は落ち着くために小さく深呼吸する。

「そ、それより」

 レオは目の前の像を指した。

「ほら、これが他の像。天から降りてきた聖女・レナの像だぞ」

 そこには、美しい娘の白い像。まさに玲菜の小説のヒロインが石像になったような感じのものが在った。

「レナ!!

 妙に感激する玲菜。

 自分の小説のヒロインが石像になっている。いや、レナも現存しているはずだが、こうして石像になっているのは不思議だ。

 しかも、レオとの会話が食い違っていたことが今更分かった。

(レオの石像があったから、他の皇族の人たちの石像があるか訊いたのに、どうしてレナの石像って捉えちゃったの、レオは)

 玲菜は一応そのことを伝えることにした。

「レオ。ここに連れてきてくれてありがとう。でも、あの、さっき私が訊いたのは、皇帝とか他の皇族の石像が無いかってことで……」

「え? なんで皇族?」

「だって、さっきレオの石像があったでしょ? それの関連で訊いたんだ」

 気まずそうに玲菜は答えたが。レオは不審そうな顔をしている。

「は? 俺の石像? どこに?」

 まさかの返答。

「さっき広場の教会の所に建ってたじゃん!」

 玲菜がつっこむとレオは恥ずかしそうに言った。

「はあ? 教会のって、あれはシリウスの像だって言っただろ。俺の石像だと思ったのか?」

「だから、シリウスの、でしょ?」

 レオはシリウスと呼ばれているはず。顔もそっくりだったし。玲菜が疑問を呈するとレオは頭を抱えた。

「ばか! 俺はシリウスと呼ばれているけど、俺の石像が建つわけないだろ、教会に。あれは、神話の方の英雄・シリウスだ」

 

「神話……?」

 

 なんだかわからない。

「お前が“他の像”って言うから、俺は神話関連の像で考えて。レナの像の所へ連れてきたわけだが。違ったのか?」

 レオの説明は玲菜に理解できなかった。

「神話? 神話ってなんの話……?」

「神話は神話だろ。色々あるけど、伝説のけ……」

 ――その時、レオは言葉を止めて周りを見回した。

(伝説の毛?)

 玲菜は続きが気になったが、それどころではなくなった。

 

「なんだお前たちはっ!!

 これは衛兵たちの声で。

 林からガラの悪そうな男たちが数人、いや、数十人現れた。

「貴様ら、ここをどこだと思ってる!」

 衛兵たちは集まり、剣を抜く。

 ガラの悪そうな男たちはニヤニヤ笑った。

「聖地には興味ない。俺たちが興味あるのはここに居る皇子さんだからな」

「なんだと!?

 連中はそれぞれ短剣や鎌を持って突入してきた。狙いはレオらしい。

(嘘でしょ!?

 玲菜は突然のことにどうしたら良いか分からず固まった。

 即座に衛兵たちは入ってくる輩を相手に剣を交える。

 レオはコートを脱ぎ、腰に差してあった短刀を抜いた。更に、衛兵の一人に命令する。

「お前の剣、一つを俺に貸せ」

 その衛兵は剣を二振り持っていて、すぐに一つをレオに渡した。そして侵入してきた賊に立ち向かう。

 レオは周りを確認してから玲菜をレナの像の後ろに隠す。

「お前、ここを動くなよ」

 そう言ってから衛兵の間をぬって侵入する賊に自ら向かった。

 玲菜はまるで夢か幻を見るかのようにその状況を見た。

 人が人を斬り、血を出させる。血まみれの人間が叫び声をあげる。そんな光景は映画でしか観たことがない。衛兵たちはためらいもなく賊を斬る。それは賊も同じで、斬られた人間はその場で崩れる。あるいは倒れても動く者がいて、その連中にトドメを刺す者も。衛兵は剣に腕のある者が多かったようで、恐れをなして武器を置いて降伏する賊も中には居た。慌てて林に逃げる者も。

 すると、林から黒装束姿の人間が出てきて連中を斬り裂いた。

(忍者!?

 玲菜の思った通りのようで。

黒装束の人間は二人居て、物凄い速さで一人がレオの横に、もう一人が玲菜を守るようにレナの石像の横についた。

まるでレオの護衛。いや、実際そうなのか。今までどこに隠れていたのかは分からないが、玲菜を分かっていて守る風だったので、そう感じる。

一方レオは短刀と普通の剣の双方を扱い、護衛が居なくても平気なくらい強い。衛兵が負けそうになっていると助けに入り、賊を斬って血を浴びる。信じられないくらい戦いに慣れていた。むしろ怖いと感じるほどだ。

 

奇襲してきた賊だったが、形勢はこちらの方が強く、しばらくすると辺りは静かになっていた。賊は皆血を流して倒れて、衛兵が数人捕まえている。衛兵側は幸いにも死者はいなかったが、負傷している者は多い。

「林の中に見ていた奴が居るはずだな」

 レオがそう言うと同時に忍者の一人が林に入る。それを見てから、レオは衛兵が捕まえた賊の前に行き、賊の一人の男の胸ぐらを掴んだ。

「お前らは何者だ。なぜ俺の命を狙った? 誰の命令だ。言え。言わないと腕を斬る」

 掴まれた賊は震えて泣きながら答えた。

「知らねぇ! オレたちはただ、顔も見せない訳わからん奴から金と皇子の似顔絵を渡されて『殺せ』と頼まれたんだ」

 そう言った男の腕に短刀を持っていくレオ。男は慌てて懐から金を出した。

「嘘じゃねぇ! これがその報酬の半分だ。残りは殺した後にくれると言われた」

「こんな端《はし》た金で俺を? 俺も安く見られたもんだな」

 レオは金を踏みつけて短刀を腰の鞘にしまった。

「処刑しろ。皇子への殺人未遂は極刑だ。本当は拷問に遭わせるが、俺の慈悲で楽に死なせてやる」

 平然と、恐ろしいことを命令するレオ。

「ただし、ここは神聖な場所だから別の場所へ連れていけ」

 レオが背を向けると、衛兵は賊を林に連れていく。連中の命乞いの叫び声が聞こえたが、レオは無視して玲菜の方へ向かってきた。

 玲菜を守っていた忍者が玲菜に話しかける。

「もう大丈夫よ」

 女性――要するにくノ一だったらしい。くノ一はレオが近付くと、頷いて自分も林へ入っていった。

 そして、レオは顔の血を服の袖で拭って先ほど脱いだコートを羽織る。

 これがあの、酒好きで女癖が悪くて猫好きでゴミ部屋に住んでいるレオか? 最初に会った時、確かに恐い面も見せていたが、実はそうではないと悟ったばかりだった。

 玲菜は賊が怖かったのか戦いが怖かったのかレオが怖かったのか分からずに震える。

 多分全部だ。見慣れない残酷な状況や血の臭いに恐怖を覚える。

それに、死への恐怖も。自分の死、レオの死、知らない者の死。

震えが止まらないで立てないし言葉も喋れない玲菜をレオは包み込んだ。何も言わずにただ優しく。

嫌ではなかった。ただ、彼から血の臭いがしたから玲菜は涙をこぼした。

哀しくて。

命を狙われたのも、正当防衛で人を斬ったのも彼のせいではない。

けれど、おかげで人を殺さなければならない。

彼はその状況に慣れていた。こういうことが今に始まった事ではないことがわかる。

それが悲しくて。

自分は人が死ぬところを初めて見た。しかも他人が。そんなことが起こるはずのない平和な日常が普通だった。自分にとっての普通は他の人にとって普通ではない事実。

分かっているつもりだったのに、ちゃんとわかっていなかったことがショックで。

林から僅かに聞こえる断末魔のような叫び声もレオが聞こえないようにしているのが分かったから。

 

 

 しばらく震えて泣いていた玲菜がようやく少し落ち着いてきた頃、くノ一が一人戻ってきてレオに話しかけた。

「林の中で見ていた連中は黒竜《こくりゅう》が追っております。林の中には他に人影は見当たらず、今なら連中に見つからずに町へ戻れましょう」

「ああ、わかった」

 レオは玲菜を立ち上がらせる。

「歩けるか?」

 喋れなく、頷くだけの玲菜。

「朱音《あかね》、こいつを頼む」

 レオは玲菜を支える役をくノ一に任せて、自分は衛兵に交渉し始めた。それは町まで馬車で送ってもらうという話。更に馬を一頭借りる。

「俺はこいつに乗って帰る。すまないが後日取りに来てくれ。俺の屋敷は分かるか?」

 衛兵たちにそう言っているレオの言葉を聞いて、ようやく玲菜は喋ることができた。

「一緒に帰らないの?」

 レオは少し黙ってから真面目な顔で言った。

「お前は、衛兵の馬車でオヤジの家まで送ってもらえ。護衛として朱音もつけるから。俺は自分の屋敷へ帰るよ」

「え!?

 突然のこと。

「どうして?」

「さっきの事で察しろよ。今回は衛兵が居たからなんとかなったが、オヤジの家で襲撃されたらどうにもならないぞ。俺がオヤジの家に帰らなければ襲撃もされないだろうし」

「で、でもレオの屋敷って? そこで襲撃されたらどうするの?」

「屋敷はとりあえず安全だよ。暗殺だけ気を付ければ」

 レオの言葉に朱音というくノ一が付け足した。

「私たちがアルバート様を守りますから」

 玲菜に言っているようだ。

 確かに、レオ一人でも強いし、頼りになる護衛も居れば安全か。しかし、納得のいかない玲菜。

「でも……」

「しばらくの間だけだ。原因を突き止めたら帰るし。もちろん警戒するけど」

 レオは玲菜の頭に手を置いた。

「なんだよお前、そんなに俺と一緒に住みたいのか? だったら俺の家政婦として雇ってやるよ」

「ならないよ!」

 玲菜は断ったが、レオは頭に置いた手を頬にもっていく。

「たまに会いにいくから」

「え?」

 ドキッとする玲菜。

「ウヅキに」

 次の言葉に頭にきて彼から離れた。

「あ、そう」

 背を向けた玲菜にレオは呼びかける。

「レイナ!」

 振り向くと、何やら照れた様子。

「あーなんだ……お前にも、会いたいし」

 いい言葉の後に余計なことを付け足すのは彼の悪い癖だ。

「お前と居ると飽きないからさ。変な奴で」

 変な奴と言われて玲菜はムスッとした。

「いいよ、来なくて! 自分の方が変人でしょ!」

 名前を呼ばれてせっかくときめいたのに、台無しだ。

 言い返せなくなっているレオに朱音がクスッと笑った。

「振られましたね」

「あ、朱音、お前何言ってんだ!」

 レオは怒ったが明らかに動揺していて、朱音は余裕げに玲菜を連れて馬車に向かった。大人な彼女にむしろ玲菜が惚れそうだ。

 

 そうして、衛兵の馬車に乗った玲菜は朱音と共に町へ帰る。レオは馬車が見えなくなるまで見送っていた。


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