創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第十四話:宮廷初体験]

 

 レオは先日と同じような格好に銀の鎧をつけた状態で青いマントを羽織った。

「ちくしょう。着苦しい。これなら会食の方が鎧をつけなくていい分ましだ」

 ブツブツ文句を言っていたが見た目はいい。

「大体シリウスだからって青なのも派手で嫌だし」

 数人の使用人に手伝われながら着替えていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「アルバート様、レイナ様のご用意が終わりました」

「ああ、入っていいぞ」

 自分も着替え終わった。短刀と刀を装備してレオは玲菜を出迎えた。

 部屋のドアが開いて入ってきた玲菜は濃い緑のメイドの服を着ている。

(なんでだよ)

 レオはまた玲菜を直視してしまった。

(なんでメイドの服なのに、可愛く見えるんだ?)

 白いエプロンとリボン、それに長いスカート。髪を後ろで束ねて白い布の帽子を被り、髪留めでとめている。

 一方玲菜はレオがずっと直視するのでいたたまれない。

(なんでガン見すんの。メイドの服なんてこっちは恥ずかしいのに)

 良かったことは、現代日本社会に置けるメイドコスプレとは違ったことだ。

(もっとフリルが凄くてヒラヒラのミニスカートにニーソとか着るのかと思った。良かった)

 それにしても……騎士風皇子なレオはやはりカッコイイので見惚れてしまう。

(やっぱりいいな。シリウスみたい。シリウスのイメージは青だし)

 

 やがて出発する時間になり、レオは数人の従者と玲菜を連れて屋敷を出た。さすがにウヅキは連れていけないので、使用人に世話を任せておいていく。朱音や黒竜は居なかったが、どこかで見守っているのだろうか。二人とは別の護衛も二人付き添って、さほど遠くはない宮廷に歩いて向かった。

 宮廷とはいわゆる城、そのもので。灰色の城壁に立派な門。門には門番が居て、でかい鉄の扉の管理もしている。石造りの少し反り返った高い壁に塔と円錐の屋根。近くからでは全体が見えないほどの大きさと面積。美しい彫刻もあるのに銃眼や見張り台も抜かりなくあり、警備兵が配備されている。

「ノイシュバンシュタイン城みたい!」

 ドイツ旅行をしたことがある玲菜は、観光地にあった世界遺産の城を思い出してその名を挙げた。童話の城のイメージそのもので、完成こそしていないが美しさも大きさも圧倒される城。自分の小説に出てくる城はその城をモデルにしていたので、もしかすると似ているのは偶然ではない。

 玲菜の言葉にレオは首をかしげたので、慌てて誤魔化す。

「あ、うん。遺跡の話なんだけど」

 とりあえずこれを言えば大抵はどうにかなる。

 そのまま一行は中に入り、廊下の壁の豪華絢爛な装飾や天井の画に玲菜は興奮して騒ぎそうになった。

(すごい! 凄い! スゴイ!)

 美しく飾ってあるのは壁だけでなく窓枠まで。

 レオの屋敷も凄いと思ったがさすが皇帝の城はそれ以上。贅沢を尽くした飾りや置物の数々に声を上げないようにするのが精一杯だ。

 

 ふと、レオを見ると彼は皇子の様に堂々と歩いている。“様に”というか、そういえば皇子様か。よく見ると城内で通行する兵士や使用人らは端を歩いている。玲菜はレオの皇子っぷりにも驚いた。

(凄い。いつもと違う。何この変わりよう)

 服装だけではない。態度がまるで違う。ショーンの家での彼を知っているのはきっと自分だけ。そう思うと優越感と笑いが込み上げた。

 その矢先、レオと同じように廊下の真ん中を堂々と歩き、数人の従者を連れた身分の高そうな男が正面から歩いてきた。

(誰?)

 黒髪でレオほどではないがやや美形。鎧は着けていないが、赤いマントを羽織っている。年齢的には二十五、六に見える。

「兄上」

 レオは軽く頭を下げた。

(兄上!?

 レオの兄弟だ。長男か次男か。言われてみると確かにどことなくレオにも似ているような。瞳の色は黒なので違うが。

「ああ、アルバートか。久しいな。お前の活躍は城でもよく聞いていた」

 兄上はレオよりも偉そうな印象だ。

「お前がその格好で城に来ているということは、いよいよ戦か。私の兵も借りたければ貸してやる。ただし、城と陛下を守る分は譲れんがな」

「ありがとうございます。しかし、私も兄上の手を煩《わずら》わせることは無いように死力を尽くしますので」

「フン。いい心がけだ」

 見下すようにレオの兄は言う。

「あまり栄光に酔いしれて野心を抱くようにならぬよう気を付けることだ」

 レオは頭を下げたまま返した。

「ありえません。私が望む次期皇帝は兄上以外の何者でもございません」

「その言葉が真《まこと》なら何も言うまい」

 そう言って、レオの兄は偉そうに立ち去った。

 レオは彼が見えなくなってから何事も無かったようにまた歩き始めた。

 慌てて玲菜はレオに耳打ちする。

「ちょっとちょっと! 何あれ態度悪い。あれ誰? 長男? 次男?」

 その言葉にレオは小さく笑った。

「やめろ。笑わすな。あれは長男だよ。今日は態度がいい方だぞ」

「あれで!?

 どう見ても態度が悪かった。というか、偉そうで嫌味な感じ。玲菜は腹が立ったが、レオはそうでもないように言う。

「ああ。俺が奴を応援しているのは本当だぞ」

長男を“奴”ときたか。

「俺が気に入らないのは次男の方だからな」

 レオはほくそ笑んで玲菜を後ろに下がらせた。

 玲菜は考える。

(え? 長男あんなに性格悪そうなのにまさか次男はそれ以上!?

 逆に興味がわく。

 考えていると、レオは階段を上って、その途中で今度は金髪で青い瞳の美少女と侍女らしき女性たちが数人下りてきた。美少女は十五歳くらいで、見た目が白人なのに赤い日本風の着物姿だ。美少女はレオに気が付いて声を掛けてきた。

「あら、珍しい。アルバートお兄様」

(今度はお兄様!?

 玲菜はまたびっくりした。レオに妹が居た事実。しかも美少女。

「クリスティナ。今日も可愛いな。その服も似合っている」

 まさかレオが妹に口説き文句を言うとは思わなくて。玲菜は笑いそうになった。

(もしかしてシスコン?)

 しかも兄妹が多い。

 妹とは火花を散らすこともなく通り過ぎた。

 レオはまた妹が遠くに行ってから言った。

「今日は珍しいな。城で兄妹に二人も会った」

「皆お城に住んでるの?」

 玲菜が訊くと首を振る。

「いや、城に住んでる者もいるけど、それぞれ屋敷もあるし、別荘もあるし。だから中々会わないんだ」

 だから他人行儀なのか。皇家の事情は複雑そうで玲菜には理解できなそうだった。

 

 そうして、しばらく歩いた後、大きな扉の前でレオは止まる。

「ここからは俺と護衛の二人しか入れない。すまないがお前は他の者と一緒に俺の部屋へ行っていてくれないか」

 玲菜に言っている。

「え?」

 玲菜が訊き返すとレオは小さな声で耳打ちした。

「俺はこれから会議だ。その間、連れてきた連中は俺の部屋の掃除をすることになっているんだ。お前は……」

 ためらってから言う。

「その、お前は……俺の恋人だと、使用人たちには思われているから。きっと特別扱いしてくれるぞ」

「え!? こ、こい……」

 大声で訊き返しそうになった玲菜の口をレオは押さえた。

「そういうわけだから! とにかく、余計な部屋とかには行くなよ? 迷うからな」

 言われなくとも行かないが。

 レオは護衛二人を連れて大きな扉の部屋に入っていく。残された玲菜は一緒に来た残りの従者に誘導された。

「レイナ様。殿下の部屋はこちらです」

 殿下というのはレオのことか。それよりも玲菜は頭の中がパニックだ。

(私、レオがメイドに変装させてまで連れてきたかった恋人だと思われてんだ。この人たちには)

 少しだけいい気分は気のせいではない。

(特別扱いって、私なんか得してる?)

 一緒に来たのは成り行きだが、普通は入れなそうな城にまで入れた。皇帝の城だ。こんなことはもちろん初体験。

 

 玲菜がキョロキョロ周りを見ていると、レオの従者たちは止まって案内する。

「こちらがアルバート様のお部屋でございます」

 ドアを開けられて玲菜はお辞儀をする。

「ど、どうも」

 これまた豪勢な部屋で。先ほど行ったレオの屋敷のあの部屋に似ているか。部屋に全てが揃っている様子。

「レイナ様はこちらへ」

 従者の一人は若い女性でメイドのようだ。玲菜を椅子に座らせてさっそく部屋の掃除を始めた。

「私は食事の用意をしてきます」

 そう言ったのは中年の男性で、部屋から出て行った。

 それともう一人、見た目が執事(イメージ)らしき年配の男性もてきぱきと働き始めた。

 一人で休んでいるのは落ち着かなく、玲菜はメイドの女性に言う。

「あ、あの、私も何か手伝いましょうか?」

「いえ! とんでもないです」

 メイドは決して玲菜に手伝わせようとせず、男性も同じく。それどころかお茶まで淹《い》れてくれる。玲菜はとにかく落ち着かなくてそわそわした。

(レオ、早く来てくれないかな〜)

 思えば久しぶりに会ってからまともな会話をしていない。レオが居なくなってから、ここ一週間の出来事を思い出す。

(まぁ大した事は無かったけど)

 家が綺麗になった話やショーンやウヅキの話か。

(聞いてもつまんないかな)

 それでも、レオの話は聞きたい。一週間何をしていたのか。いや、一週間だけでなく、彼の話は色々聞いてみたい気がする。よく考えるとあまり知らないから。子供の頃の話とか。小説のシリウスとは違う気がする。小説のシリウスは皇子ではなかった。

 ふと、玲菜は思った。

(この世界って本当に私の小説の世界なのかな?)

 シリウスもレナも居て、共通点が多い。世界観も似ている。だからそうだと思っていたが。所々に違う点もある。

 だからといって、別の世界の可能性も考えづらい。

(なんか、私の小説そのものの世界っていうより、ちょっと違う部分が入ったような……そんな感じ)

 そういえば、レナの石像の前でレオはひっかかる言葉を言っていたような。

(なんだっけ)

 あの後事件が起きて、しかももう一週間も経ってしまったので思い出せない。

 玲菜は部屋の窓から見える景色を見る。

 確か前にレオが城から見える街の話をしていたような。

(いや、普通に綺麗だけど?)

 城は高い位置にあるために街は遠くまで見渡せる。家々は小さく、本当に遠くまで並んでいるのがわかる。遠くの水路まで。

(この町って本当に大きい町なんだな)

 都だと聞いた。

(サイの都だっけ。……埼玉が首都になった気分)

 玲菜はしばらく首都埼玉のことを想像して自分で可笑しくなった。

 

 

 そうして、ようやくレオが部屋にやってきた頃には掃除も終わって食事の用意も終わって、玲菜が待ちくたびれていた頃だった。玲菜はお腹が空きすぎていたので、途中軽食を頂いていた。

 レオが部屋に入ってきた途端、窓の外を指して怒り出す。

「もうこんな時間じゃないの! もう! お茶を十回くらいおかわりした!」

 外はすっかり夕方になっている。

「俺が悪いんじゃない。でも腹減った。まずはメシ食う」

 言いながらマントを脱いで鎧も取り始めるレオ。鎧を取るのは従者たちが手伝った。

 レオは靴と靴下も脱いで裸足で絨毯を歩き、テーブルに着いた。

「脱ぎっぱなし!」

 玲菜が怒って拾おうとするとすでにメイドが拾っていた。更にレオは詰襟の上着を脱ぐ。そしてテーブルに並べてある料理を食べ始めた。

「皇子!」

 玲菜は呆れてテーブルを叩いた。

 びくっとなって食べるのを止めるレオ。

「いつでもメイドさんたちが拾ってくれると思ったら大間違いだからね!」

玲菜が叱ったことを唖然として見ていたが、急に笑い出した。

「お前、相変わらず母親気取りだな」

「は、母親ぁ?」

「だってそうだろ。俺の部屋勝手に掃除したり。最初の頃のオヤジがそうだった」

 まだ二十歳なのに。同じくらいの歳の男に言われたら腹が立つ。

「なんでよ! あんたがだらしないからでしょう? ちゃんとメイドさんたちにお礼言いなさいよ」

 逆にアタフタしたのはメイドたちだ。

「ああ、すまない。ありがとう」

 しかもレオが素直にメイドたちに礼を言ったので彼女らはますます慌てた。

「いえ、滅相もないです!!

「これでいいだろ」

 続きを食べ始めるレオ。その豪快な食べっぷりもなんだか懐かしい。給仕はそれを見越して大量の料理を用意しているし、レオは片っ端から料理を片づけていく。

(なんか、大食い選手権があったら優勝できそうだな、この人)

 しかしまぁ、こんなに食べても太っていないのは体質なのか。羨ましく感じる。

 玲菜は思い出したことを訊いてみた。

「ね、ねえ、あの後さぁ、皆大丈夫だったの? 怪我した衛兵さんたちとかさぁ」

「あの後?」

「一週間前の。私たちが別れた後だよ」

「あ? あー」

 レオは思い出すように言う。

「衛兵は大丈夫だ。彼らを巻き込んでしまって悪かったが、ちゃんと栄誉と報奨と休暇を与えたし。俺はよくあの場にオヤジと一緒に行っていたから、知らぬ連中ではないしな」

「へー」

 だから玲菜が来た日も偶然その場に居合わせたのか。

 よく食べるレオを見ながら玲菜はもう一つ質問した。

「そういえばさ、部屋でご飯食べるんだね」

 大広間にでかい食卓があり、そこで皇家の者が一緒に食事をするというイメージがあった。

「会食の日じゃないからな。食事は自由だ」

「なるほど」

 こんな調子で玲菜は他愛のない話を続けた。一週間のウヅキの様子とか、部屋の掃除の話、自分が少しだけ仲良くなった商店街の店員の娘の話。

 

 食べ終わっても話は続き、玲菜はレオの一週間を訊いてみた。

「ねぇ、そっちはどうだった? 一週間、何してたの?」

「大したことはしてない。色々用があって、ちょくちょく城に行ってたし。あと、剣の訓練とかな」

「剣! 凄いよね」

「何が?」

「あ、扱えるのが」

「そんなの普通だ」

 レオは当たり前のように言ったが。玲菜には凄く思える。ましてやレオは二刀流っぽい。

 

 

 やがて、食事の片づけも終わって、茶を飲み、くつろいだ後にレオはようやく従者の使用人たちを解放した。

「ご苦労だった。お前たちも今日はもう休んでいいぞ。何かあれば呼ぶが、基本的には明日の朝まで何もないはずだから」

 彼らは挨拶をして一人一人部屋を出ていく。

 全員出て行ってから、残った玲菜を見てレオは気付いたように慌てた。

「あ! そうか。お前はどうする?」

「あ!!

 玲菜も忘れていた。

 外はもう暗い。

「え? レオは? 帰るんじゃないの?」

 食べたら屋敷に帰るのかと思っていた。その時に自分もショーンの家に送ってもらおうかと。

「いや、俺は今日ここに泊まる予定で」

 レオは頭を押さえる。

「ああそうか、お前に言ってなかったな」

 窓の外を見て玲菜に訊く。

「どうする? 誰か呼ぶか? お前を送らせるよ」

「え! で、でも、今仕事終わったばっかで悪いよ」

 レオの使用人たちはずっと働いていた。今から休む所のはずなのでまた呼ぶのは申し訳ない。

「そういえばあの人たちってお屋敷に帰ったの?」

 玲菜が訊くとレオは首を振る。

「いや、あいつらは元々城の使用人だ。俺の専属になって屋敷にいるけど。だから彼らには自分の部屋があるんだ。この城に」

「そ、そうなの」

「お前の部屋だけが無いな。作らせようか?」

 レオのこの案も玲菜にとっては申し訳ない。

「いや、いいよ。私部外者だし。それに、今言ったでしょ? 仕事終わったばかりで悪いもん」

 部屋を作らせるということは、また掃除してもらったりするはずだ。

「じゃ、じゃあ……」

 レオは部屋を見回してあることに気付いて止まった。途端に顔を赤くして下を向く。

「あー。じゃあ、……仕方ないから……」

 凄く言いにくそうだ。

「ここに居るか?」

 顔を伺われて玲菜もその事実に気付いた。

「え?」

 やはり止まる。

(この部屋で一晩? レオと二人きりで?)

 レオも凄く気まずそうだ。玲菜が口を開く前に彼が言った。

「大丈夫だ! お前が思っているようなコトは何も無い……はずだ」

 疑いの目で見る玲菜にきっぱりと言う。

「モテないガキじゃあるまいし、色気の無い女が同じ部屋に一晩一緒に居たって全く平気だぞ、俺は」

「なっ!」

 色気が無いとか、文句まで言われた。

「なんでよ! 失礼じゃない」

「じゃあお前は俺に襲われたいのか?」

「そんなわけないでしょ!」

 言い合いになる二人。

「とにかく!」

 レオは半分ヤケな感じで宣言した。

「お前が誘ってこない限り、俺はお前に手を出さないから安心しろ!」

 まるで玲菜から誘うと言っているようにも聞こえて玲菜はブチきれた。

「誘うわけないでしょ! 馬鹿!」

 先ほどまでいい雰囲気だったのに、またこうなってしまった。

 

 玲菜はレオから離れた窓の近くの椅子に座って外を眺める。

「はぁ」

 溜め息が出る。

(ショーン心配してるかな)

 レオの屋敷に行くという置手紙だけで出てきた。ウヅキも屋敷においてきてしまって。

(あの子、人見知りだしなぁ)

 玲菜がぼんやり外を眺めていると、ガサガサと音が聞こえて、レオが部屋にあるバスルームのドアを開けた。

「風呂入る。入ってきてもいいけど、その時は覚悟を決めてから来いよ」

「入るわけないでしょ! 鍵掛けておきなさいよ!」

 その言葉に、レオはムスッとしながらドアを閉めた。

(なんでレオが怒ってんの?)

 腹が立つ玲菜。自分の方が本来怒る側ではないのか。失礼なことまで言われて。

 ふと見ると、テーブルの上に氷で冷やされた酒瓶。多分レオのために用意されたもの。しかし食事の時に彼は飲まなかった。

(今日は飲まないのかな)

 あの酒好き男が。珍しい。

 玲菜はむしゃくしゃしていたのと、誘惑にかられてつい蓋を開けてしまった。自分は酒があまり強い方ではないが。飲みたい気分。

(いいや、飲んじゃおう)

 少しなら、と玲菜は酒を口にした。

 それが、今まで飲んだことないほど軽くて美味しい。

「やっばい。何これ」

 レオが酒好きなのも分かる気がする。

(こんな美味しいお酒なら)

 玲菜はついつい「少しだけ」と飲んでだんだん気分が良くなった。なんかもう色々どうでもよくなる。それが酔ったせいだというのは明白だったが、本人は上機嫌であまり気付かなかった。

 レオが叫ぶのは風呂から出てきてからだ。

 

「うおおおおおおおお!!

 風呂から出てきたレオは悲鳴を上げた。

「お前何やってんだーーー!!

 風呂の後の楽しみに取っておいた上等の酒が玲菜によって飲まれている。確認すると空のようで。

「冗談だろ!?

 何度ひっくり返しても一滴も出ない。

「俺の酒……」

 レオは涙目になった。玲菜の手にあるコップも空だ。

 その彼女は気分良さそうに寝そうになっている。

「お前なんの嫌がらせだよ!!

 レオが怒鳴ると玲菜は目を開けて赤い顔で彼に抱きついてきた。

「シリウス〜〜〜会いたかった〜〜〜」

「は?」

 呆然としている場合ではない。

「なんだよ、酔ってるのかよお前」

「お前じゃなくて名前で呼んでよ」

 甘い声の玲菜にレオは悪くない気分になった。

「レイナ。……これでいいか?」

「違う違う!」

 玲菜は口をとがらせる。

「私はレナ」

「なんだ? 神話の真似事をしたいのか?」

「神話じゃなくて私の小説だよー」

 玲菜はレオの胸に顔をすり寄せた。目をつむり、気持ちよさそうにして呟く。

「……会いたかっ……レオ……」

 おかげでレオの体温は一気に上昇。気分も上昇して玲菜を抱きしめた。

「お前、誘っているのか? 誘っているだろ」

 返事はない。

 レオは我慢できなくなって玲菜を抱きしめたままベッドに倒れこんだ。その拍子で、少し酔いが醒める玲菜。

 横になったまま、レオは言う。

「お前が素直になれば、俺だってもっと……」

 手は玲菜の頭を撫でていて、更に優しく髪に触れる。

(ん? レオ?)

 玲菜は自分がレオとベッドで向かい合っている状況に気付いて我に返った。

「お前を……」

「なにこれ!!

 飛び起きる玲菜。

「なんで、私とレオがベッドで一緒に寝てるの!?

「そ、それはお前が……」

 レオは言い訳しようとしたが、ベッドに倒れこんだのは紛れも無く自分で、何も言えなくなった。

「わ、私お酒飲んで……!」

 自分の失態に気付く玲菜。詳しくは憶えていないが、そもそも憶えていないことが問題だ。混乱した玲菜は、今度は気分が悪くなった。

(何これ気持ち悪い……)

 恐らく酒のせいで。

「大丈夫かよ、お前」

 玲菜の様子に気付いたレオは急いで水を持ってくる。

「あ、ありがとう」

 ゆっくりと水を飲んで、少し落ち着く玲菜。しかし起きていると目が回る。

「ごめん、寝ていい?」

 言った時にはもう目をつむっていた。

 レオは心配でしばらく様子をみたが、玲菜は静かに眠ったので一先ず安心して布団を掛けた。そして自分は仕方なく毛布だけ持ってソファで横になる。

「あ〜〜どうしてくれんだ」

 恐らく今夜は眠れそうにない。酒も無いし。レオはとにかく目をつむって寝ようと試みた。無理なのは分かっていたが。


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