創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第十八話:赤い砂漠]

 

 ショーンを呼びに行ったレオが一番に発したセリフはこれだ。

「俺が飲ませたんじゃないからな」

 彼はそう最初に念を押してから言った。

「レイナが酒でぶっ倒れたぞ」

 ショーンは飲んでいた酒を噴き出しそうになり、堪《こら》えて立ち上がった。

「ええ!?

「あいつ、なんか俺に言うことがあるとか言ってて」

「聞いたか!?

「いや」

 レオの答えに、頭を押さえるショーン。

「ああ、そうか。聞いてないか」

 玲菜が告白できなかったと、悟る。

「なんだよ、なんの話だよ」

 レオは食いついたが。

「ああ、うん。俺も内容は知らないよ」

 ショーンはうまく誤魔化した。

「それよりレイナは?」

「部屋で寝かせてる」

 二人は玲菜が寝ている部屋に行き、それからレオが抱きかかえて彼女を運び、馬車に乗って家に帰った。

 

 

 

 そして夜が明けて。

 頭痛で玲菜は目を覚ました。

「あったま痛っ……!」

 ここはショーンの家の自分の部屋。昨夜のことを思い出す。

(私……もしかして、レオに告白した?)

 言ったような気がしたが、よーく思い出すとまだしていないことに気付く。

(ああそうだ。する前に喉が渇いて間違ってお酒飲んで)

 自分の失態に恥ずかしくなる。

 しかし、結局告白出来なかったが、逆にホッとした。

(まだ早いよね)

 というか、本当に自分はレオのことが好きなのか?

(まぁ……ショーンに言った時は、その時の雰囲気とか勢いもあったと思うけど。でも……)

 レナが猫だった事実を思い出して嬉しくなった。

(うん。私、レオのことが好きみたい)

 自分で心に確認して妙にドキドキした。

(うわ〜久しぶりだな。こういう感じ)

 そうだ、これは恋だ。

 認識すると楽しくもなる。

(恋?)

 なんだかくすぐったいような。

(しかも片想いとか!)

 玲菜は可笑《おか》しくなって一人で笑ってしまった。

 レオを思い浮かべるとキラキラ輝く恋人という言葉よりも変人という言葉の方がしっくりくる。

「あはははは!」

 つい声に出して笑ったところに、変人が通りかかって部屋に顔を覘《のぞ》かせた。

「何一人で笑ってんだよ。怖いなお前」

「あ! おはようレオ!」

 玲菜はそのままのテンションで変人に挨拶をする。

「あ、ああ。おはよう。元気だな」

 そう言ってレオは通り過ぎて別のドアを開けた。そこは例のごとくバスルームだ。

 

 玲菜は起き上がって彼の入った部屋のドアを開ける。

「うおっ!」

 そこには服を脱ぎ掛けていたレオが驚いた顔で止まっていた。

「また朝からお風呂なの? お風呂は寝る前に入った方がいいんだよ」

「なんだようるさいな。俺は朝入る方が好きなんだよ」

 レオはふて腐れながら上半身の服を脱ぐ。

「ってか、出ていけよ! 俺の裸を見たいのか?」

「見たい!」

 冗談で即答する玲菜。

 レオはびっくりして顔を赤くする。

「ばか! 何言ってんだ。いいから早く出て行けよ」

「顔洗うの! 歯も磨きたいし」

 洗面台の前に立つ玲菜にレオは頭を押さえた。

「ああ、そうか。じゃあ早くしろよ」

 玲菜は顔を洗おうと桶を持った途端、ふと気づいて言った。

「あ! 私もお風呂入ってないんだ、昨日。やだ、今入らなきゃ」

「は?」

 レオは一回驚いたが、少し考えてニヤッと笑った。

「じゃあ、一緒に入るか」

 もちろん冗談で、玲菜を慌てさせようと思って言ったことだったが。

「うん、いーよ。そうしよっか」

 彼女があまりにも平然とこう返したので逆に慌ててしまった。

「お、 お前何言ってんだ! だったら覚悟しろよ? あと、二階にオヤジが居るからあまり声は……」

 玲菜はすでに呆《あき》れた顔をしていた。

「何言ってるの。冗談に決まってるでしょ」

 レオは少し間を空けてから焦ったように言う。

「わ、分かってるよ!」

 それから問答無用で玲菜の背中を押して追い出す。

「いいから、まず出てけ。少し経ったら顔洗いに来い。そん時俺は風呂場に入ってるから平気だし」

 ドアを開けて廊下に出た時、そこにはショーンが居て。

 その場で固まる玲菜と慌てて中に引っ込むレオ。ショーンは気まずそうに声を掛けた。

「あ、えーっと。おじさんも顔を洗おうと思って」

「う、うん。あ、私は部屋に戻るね」

 玲菜はそそくさと部屋に戻る。

 

 しばらくしてショーンがドア越しに声を掛けてきた。

「ああ、もう洗面台空いたぞ。レオも風呂場に入ったし」

「はーい」と返事をして玲菜はバスルームに入った。風呂に入るのはレオの後にするので洗顔と歯だけ磨いてすぐに部屋から出る。気まずく感じながらショーンの居る一階の居間に向かった。

 

 居間ではショーンが新聞を読んでお茶だけを飲んでいる。

 恥ずかしかったが、言い訳をしたかったので玲菜は話しかけた。

「ショ、ショーン、さっきの聞いてた?」

「ん?」

「バスルームでの私とレオの会話」

「うん」

 ショーンは新聞を畳んで一口お茶を飲む。

「一緒に風呂に入るみたいなやりとりが聞こえてびっくりした」

「違うの!」

 顔を赤くして否定する玲菜。

「会話の流れでそういう冗談を言っただけで……」

「分かってるよ。冗談だとか言い合っている声も聞こえたし」

 ショーンにはすべてお見通しのようだ。

「ただ、二人が好き合うのはいいけど、そういうのは結婚するまで大事にした方がいいぞ」

 そのセリフに、あっけにとられる玲菜を見て気付いたようにショーンは言った。

「って、すまない。父親みたいなこと言って」

「う、ううん」

 玲菜は首を振った。

「私、ショーンにはお父さんみたいに思ってるから逆にありがたいよ」

 言ったあとに過去のことを思い出して父に申し訳なく思った。

「なんか、私が昔、朝帰りした時にお父さんにもそういうこと言われて。でもその時はすっごく反抗しちゃったんだけど」

 確か娘なりに正論を言っているようで、実は後ろめたさもあったからよりムキになった。

「今思うと私子供っぽかったっていうか……。親は子供のこと心配して言ってくれてるのにね」

 玲菜が思い出して落ち込んでいるとショーンはまた新聞を広げて言った。

「違う違う」

「え?」

「親だって心の中はガキのまんまだよ。自分が子供の頃に感じた大人と、自分が実際大人になった時の温度差と同じで」

 自分にも身に覚えがあるのか、妙に恥ずかしそうに告げる。

「特に父親は、自分の娘の彼氏に嫉妬しただけなんだから」

「え?」

「それを、“親”という武器を持って然《さ》も正論のように子供を叱るのさ」

 言ったあとに苦笑いをした。

「ああ、なんか……見事に自分に返ってきたな」

 先ほど二人のことを注意した事。

 しかし……玲菜は一つだけ言っておいた。

「あと、ショーン、私とレオは付き合ってもいないから、結婚とかもありえないし」

 自分で言って虚しい。

 俯《うつむ》いている玲菜にショーンは言う。

「うんでも、レオはキミのことを気に入ってると思うし、俺が言うのはお節介だけど二人はうまくいくと思うけどなぁ」

 玲菜は前にレオに言われたことを思い出した。

「実はレオに『気に入ってる』的なことは言われたんだけど、同居人として、とも念を押されたんだ」

「ええ!?

 ショーンの驚きように、むしろ玲菜の方がびっくりした。

「気に入ってるって、レオが? 言ったのか? あいつから?」

「だ、だから、同居人としてって……」

「いや、あいつがそんなことキミに言うなんて、俺はびっくりだよ」

 ショーンからすると、レオが玲菜のことを気に入っていると言うのはそれほどおかしいことなのか。

「ああ見えて、あいつ、結構冷めてるところあるから。特に女に対しては、ヤルことやるけど…あ!」

 慌てて口を押えてももう遅い。ショーンは玲菜の顔を伺《うかが》う。

「いいよ、続けて下さい。ヤルことやるけど、なに?」

 玲菜は半分ヤケで続きを訊いた。

「つまりレオが女を口説く時はそういう下心がある時だけで、それ以外でめったに“気に入ってる”とか、言ったことないんだ。ましてや、“同居人として”なんて、下心が無い宣言じゃないか」

 下心が無い宣言は負要素かと思ったが、実は違うらしい。

「要するに、本当に気に入ってるんだよ、キミのことは」

「え?」

 いまいち頭の中に入ってこない玲菜。

「俺は勘付いてたんだけど、レオは自分の気持ちに疎《うと》いから、まさか自分で告げるほど認識しているとは思わなかった。それに、あいつは素直じゃないから普通は言わないし。余程キミにそのことを言わないと、と思わせたんだな」

 ショーンの話す事に、玲菜はレオが自分に「気に入っている」と言った時のことを思い出す。

(あの時は確か……)

 確か、喧嘩ではないが……玲菜がレオに対して怒っていた時か。

(え? ホントに? ホントにその時?)

 どうもうろ覚え。

 

「おい、風呂空いたぞ」

 そして突然居間に入ってきたのは噂のレオで。

 玲菜は記憶を確認する間もなく、慌てて反応した。

「あ! そう? じゃ、じゃあ私次入る!」

 急いで地下に下りていく。

 その態度を不審に思うレオ。

「なんだあいつ。妙に慌ててないか?」

「そうか? 早く風呂に入りたかったんだろ」

 ショーンは新聞を置いて煙草を出して火を点けた。一方レオは台所に行って酒を持ってくる。それを見てショーンは言った。

「レオ、今日は砂漠に行くから酒は飲むなよ」

「なんで?」

「あぶねーだろ。砂漠だぞ」

「え?」

 レオは眉をひそめた。

「俺は行かねーぞ、砂漠なんて嫌だ」

「レイナは『行ってほしい』って言うぞ、きっと」

「はあ!? そんなわけねーだろ」

 念の為、レオは酒を飲まなかったが。

 

 

「レオも一緒に行こうよ、ね?」

 風呂から上がった玲菜が顔を赤くしながら上目遣《うわめづか》いでレオに訊いたので、レオは酒瓶を床に落としてしまった。

「ああっ!」

 見事に割れて床に酒が広がる。

「わ、悪い! 不注意だ」

 レオが戸惑っていると、玲菜はすぐに布を持ってきて床を拭き始めた。飛び散ったガラスも拾おうとする。

 それをレオが止めた。

「ガラスの破片触るな! 危ないぞ」

 つい手を握ってしまい、顔を赤くしている二人を見てショーンが恥ずかしくなった。

(ベタだなぁ……)

 当のレオは手を離して割れた瓶の破片を拾い始める。玲菜がチラチラと自分を見るのが気になった。

 その玲菜は床を拭きながらホッとしたように言った。

「絨毯《じゅうたん》敷く前で良かったね」

 絨毯敷いた後だったら、多分心に傷を負っていた。いや、もしかすると絨毯を敷いていたら割れなかったかもしれないが。ともあれ、レオが一口も飲んでいなかったことが珍しい。

「レオ、お酒もったいなかったね。飲まなかったんだ」

 破片を拾いながらレオは答えた。

「砂漠に行くからやめといた」

「え! 行くの?」

 嬉しそうにする玲菜と笑いそうになるショーン。そのショーンの反応を気にしながらレオは頷く。

「今日は予定無いし。お前ら二人じゃ色々と心配だから行ってやるよ」

「ありがとう! 嬉しい」

 照れながら微笑む玲菜から目が離せなくなるレオ。逆に直視されて玲菜は目をそらした。

(でた。またレオのガン見攻撃)

 直視が怖いと言えば怖いが、今はそれ以上に恥ずかしい。それに、さっき掴まれた手の温もり。

 レオの大きな手。身長が高いから手も足も大きい。しかも、なんていうか、思ったよりも武骨な感じがした。

 思い出すだけで顔が熱くなる。

(その時の流れで手を少し掴まれただけなのに、こんなにドキドキするとかなんなの私〜)

 もう二十歳で彼氏が居たこともあるのに、今更。

 そうして、三人で片づけをして一息ついた頃にショーンが二人に促《うなが》した。

「じゃ、まぁ、これから砂漠の遺跡商人の所に行こうかと思うんだが。飯は家出て外で食おうか。とりあえずキミらは着替えて。用意が終わったらすぐ行くぞ!」

 

 

 

 玲菜は砂漠に行く格好というのがあまり想像つかなくて。とりあえずロングスカートと長袖、と日焼け対策的な格好をした。多分帽子も必要だが、良い帽子が無い。どこかで買うか。

 対してレオとショーンは茶色い長マントを着けて、更になんだか色々と装着している。

「暑くて体力奪われるからあんま重くできないし。かといって太陽やら生き物に気を付けなきゃいけないし。砂嵐とかもあるし。砂漠ってホント憂鬱《ゆううつ》なんだよな」

 レオはすでに文句を言っている。

 ショーンは黙々と荷物も用意していた。

「何があるか分からんから、最低限の物、持っていかなきゃな」

 面倒くさいと言いながらレオも屋根裏から数枚の地図を持ってきた。懐中時計くらいの大きさの方位磁針らしきものも。

(砂漠に地図って必要あるの? ってか、そんな奥まで行くの?)

 玲菜は色々と疑問に思ったが、地図には色々な印が書き込まれていた。

「あー腹減った」

 ブツブツと言いながらレオはショーンに訊く。

「オヤジ、今日中に帰ってこられるか?」

 ショーンは考え込んで答える。

「……多分。無理そうだったらオアシスに泊まるさ」

「オアシス!」

 玲菜とレオは同時に言ったが、反応は違って、レオは妙に嬉しそうだった。その顔を見て、ショーンは注意する。

「お前な、賭博《とばく》や女は禁止だからな。昼間の酒も」

「分かってるよ、夜飲むのはいいだろ」

 一方玲菜は気になる単語にそわそわした。

(賭博って何? カジノのこと? それに女って……)

 レオの方を見る。

 ショーンは禁止令を出したが、もしもレオが女と遊ぶなんてことになったら耐えられない。

(絶対やだ。絶対泣く)

 不安そうな表情をする玲菜にショーンがこっそりと言った。

「大丈夫だよ、心配しなくても。そもそもオアシスに行くか分からんし、行ってもどこのオアシスに行くかわからんし」

 オアシスは複数あるようだ。しかも場所によって色々違うらしい。

 ふとレオを見ると、彼は刀を腰に差していた。

「刀も持っていくの?」

 訊くと当たり前という風に返される。

「何が出るか分からん。砂漠だぞ」

 レオは玲菜の足元を見て気付いたようにしゃがんだ。

「お前、この靴じゃ危険だな」

 言いながら自分の靴に巻いてある鎖を取って玲菜の靴に巻いた。

「え? 何それ」

「念の為だよ。咬《か》まれたり刺されたりしないように。軽いから普通に歩けるし」

「咬まれる!? 刺される!?

 物騒な言葉が出てきた。

「ってか、私の靴にそれ巻いたら、レオはどうするの?」

「俺は平気だよ。刺されたりとかそんなヘマはしない」

 レオは立ち上がり、ショーンに促した。

「オヤジ! 大体用意は終わったから、早く出よう。とにかく俺はメシが食いたい」

 

 

 家を出て、外での食事も済んで、馬車に乗る三人。向かうのは砂漠の近くの町で、ちょうどそこに着いた頃には昼になっているだろうから昼食をとり、買い物と情報収集をしてから砂漠に出ようという計画だ。

 

 その計画通り、まずは昼頃に砂漠近くの町に着いた。

 馬車を降りると、真っ青の空のてっぺんから照りつける太陽の日差しと暑さに驚く。都《みやこ》は寒いので、その温度差に衝撃だ。今まで秋だったのに夏に戻ったような感覚。まぁ、都も銀杏《いちょう》が紅葉する時期にしては暖かい気はするが。

「馬車で数時間しか走ってないのにこんなに変わるんだね〜!」

 玲菜は驚いて見回す。

 都を離れると乾いた土地が多いのだが、ここは更に砂が多い。しかも赤い砂。なんとなく色としてはベージュっぽい砂を想像していたのでイメージと違った。西部劇の荒野とも少し違うか。

「火星!」

 玲菜は声を上げた。

「火星っぽい!」

 そうだ。ネットで見た、NASAの火星探査機からの映像だか、CGだかの火星の大地の色に似ている気がする。

「カセイ?」

 レオに訊かれて玲菜は首を振った。

「ううん。なんでもない。ただの想像だし」

 誤魔化した後、改めて町を見ると、砂の混じった石造りの低い建物が並ぶ。舗装《ほそう》された道路は無く、赤い大地のままだ。

 人はあまり外を歩いてはいなく、街の活気が無い寂《さび》れた所だった。

(こ、ここでお昼ご飯食べるの……)

 なんだか不安になる玲菜。しかし仕方ないか。おまけに風が吹くと砂埃《すなぼこり》が舞う。

 ショーンは自分のマントを脱いで玲菜に頭から被せた。

「とりあえずそれで日除けと砂除けして。まずレイナの砂漠用のフードかベール買わなきゃな」

「あ、ありがとう、ショーン」

 

 一方、レオは脱ぎ掛けていたマントを元に戻して、手で眼を隠し気味に言った。

「俺は眼がもう痛い。遮光眼鏡掛ける」

 そう言って荷物から取り出したのは黒いレンズのゴーグルで。

(あれ? なんかちょっと……)

 ゴーグルを装着したレオを妙にカッコよく感じる玲菜。じっと見ていると向こうが気付いて嫌な顔をした。

「な、なんだよ」

「あ、ううん。なんでもない」

 慌てて目をそらす玲菜。自分が直視して向こうが困るなんていつもと逆だ。

(だって、レオがなんかカッコイイからつい見ちゃって)

 心に言い訳をして二人についていく。

 

 そして……

 一軒の寂れた店にて、買い物をする一行。

 寂れているが、品質は悪くないとショーンは言う。

「もっとな、どこで仕入れたか怪しい物をありえない金額でふっかけてくる店もあるからな」

 コソッと玲菜に耳打ちして、彼女に良さそうな黒いフード付きマントを羽織らせる。

「これなんかどうだ?」

「う、うん……」

 フード付きマントも良いが。玲菜は黒くてレースで縁取られたベールが気になった。

(か、可愛い)

 砂除けのスカーフもセットになっている。

 しかし、買ってもらう分際で選べるような立場じゃない気がして。

(私も自分のお金必要だよな〜。今の状態ってニートじゃん)

 諦めようとした時に、視線に気づいたショーンが玲菜の見ていたベールとスカーフを取った。

「やっぱこっちにするか?」

「え! いいの?」

 玲菜の発言に、彼女の考えがわかってショーンは言った。

「別に遠慮しなくていいから。欲しいものを言ってくれよ」

「う、うん」

 ショーンは黒いベールとスカーフを買い、玲菜は店員に被り方と巻き方を教わってその場で装着する。

「うん、可愛い。似合ってるよ」

 言われて照れる玲菜を、ショーンは外の日陰で座って待っているレオの許《もと》へ連れていった。

「あー腹減った。買い物やっと終わっ……」

 文句口調で見上げたレオだったが、玲菜の姿を見て止まる。

 例のごとく直視してきたので玲菜は恥ずかしくなった。

「遅くなってごめんね。私が迷っちゃって。ご飯食べに行こうよ」

 反応の無いレオにショーンが呼びかける。

「レオ!」

「あ! ああ、うん。わかった」

 慌てたように立ち上がり。今度は玲菜を見ずに先に歩いた。

 その態度に俯《うつむ》く玲菜。

 別に何かを期待していたわけではないが、お世辞でもショーンは褒めてくれるのに、レオは素っ気ない。

(可愛いベール買ったのに)

 レオに見せるためではないが、虚しい。

 

 

 それから、寂れてはいるが味はまぁ普通の食堂で食事をとって、いよいよ砂漠に向かう。

レオとショーンはマントにフードを付けて被り、スカーフも口元に巻く。完全防備で地図を開いて方位磁針も出した。

「今、ここだろ?」

 地図を指してショーンとやりとりをするレオ。

 砂漠の遺跡商人の所に行く、と家を出発してきたが。

 そういえば商人なのに町に居なく、一体どこにいるのか、と玲菜は疑問に思った。

(買い物客居るのかなぁ?)

 砂漠なんて誰も行きたがらない所で物を売っているなんて。

「一番近いのはここか。じゃあまずここにするか」

 まさか、商人の居場所が地図に記されているのかと思ったが、違うらしく。ショーンの指している場所は発掘がされていない遺跡の場所だった。彼らは遺跡から出てきた物を近くで売っているらしい。

 それを聞いた玲菜はよく考えて、つっこんでしまった。

「え!? 遺跡のお宝を売ってるの? それっていいの!?

 学者たちが手をつけていない遺跡に埋蔵された宝を勝手に発掘して売っていることになる。

「遺跡の出土品は一応、国の物ってことになるから、盗品といえば盗品か。まぁ堅いことはいいよ」

 考古研究者の発言とは思えない。

「学者よりもトレジャーハンターの方が優秀だからな」

 こちらも皇子の発言とは思えない。

 つまり暗黙の容認ってことか。遺跡泥棒が見つけてきた宝を遺跡商人が売る、という仕組みらしい。だから彼らが出没するのはその遺跡の近く。人里離れた砂漠の中だ。もちろん無許可。

「それに彼らは仲間内で情報交換してるから、どこかに掘り出し物があれば教えてくれる」

 歩きにくい砂道を歩きながら、ショーンは言う。

 歩き始めて少ししか経っていないのにレオはもう音《ね》を上げた。

「喉渇いた」

「飲んでもいいけど、お前の分はお前の分しか飲めないからな」

 自分が飲む水は自分が荷物として持っている。水筒に入れて掛けている分と、背負っているバッグの中に入れた分。

「まだいいよ」

 砂漠は万が一があるので、レオは我慢したが。実は玲菜も喉が渇いていた。

(何この尋常じゃない乾燥)

 暑いというか熱い。いや、痛い。それなのに汗が出ない。

 先ほどの町はまだ見えるが、向かう先にある砂丘を越えたら多分見えなくなる。そして一面の赤い砂。

「なんでラクダ居ないんだよ」

 またレオが文句を言った。

(ラクダ居るの!?

 むしろ玲菜は興味を持ったが。

 ショーンは町の方を見て答える。

「あいにく今日はすべて借りられたそうだ」

「くそっ! いつも余ってるのに」

 レオはブツブツと言う。

「見つけたら奪い取ってやる」

 少々言葉が過激だ。ショーンはつっこんだ。

「お前、それ盗賊だからね」

「皇子の権限で」

「身分乱用だぞ」

「だから来たくなかったんだ」

「今更それ言うか? レイナの上目遣いに負けて来たくせに」

「違う!」

 

「うるさーーーい!!

 二人のやり取りに、玲菜はイライラして怒鳴った。

「二人とも、子供じゃないんだから!! 暑くてイライラするのは分かるけど、こんなところでやめてよ!」

 怒鳴ったら急激に喉が渇く。

「ごめん」

「すまん」

 二人は謝って静かになった。

 ともあれ、玲菜は喉がカラカラだったので少しだけ、と思って水筒の水を飲んだ。それを見て羨ましくなったのかレオも飲んだし、ショーンまで飲む。

 飲んだ瞬間にじわりと汗の感触がしたが、すぐに乾いて流れ出なかったのが怖かった。

「やっぱ、夜の方が良かったんじゃねーの?」

 レオがショーンに訊く。実は砂漠は夜の方が歩きやすいのだという。

「でも、時間が無いし」

 ショーンの答えに、レオは言う。

「それは、俺の時間だろ? 別に俺に気にしないで……」

「俺も行こうかと迷ってるんだが」

「え?」

 驚くレオに軽く笑いかけるショーン。レオは戸惑ったように言った。

「いや、それは確かにありがたいけど。でも……」

「もちろん、無理はしないさ。俺も齢《とし》だしな」

「そうじゃなくて」

 レオの視線の先は玲菜。

 玲菜は会話の内容も分からないし、不思議そうな顔をした。だが、ショーンには通じていて、苦笑いで返す。

「うん。そう、そうだな」

 ショーンは自分で頷いて、また歩き出した。


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