創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第十七話:聖皇]

 

 二年前に急な高熱で倒れた時、熱に浮かされながらもどこか幸せな感じがしていた。

 母が死んだ時の夢を見たのに。彼女が現れて「私がついている」と手を握ってくれたから。

 もしも、彼女がずっと傍にいてくれるならもう何も要らない気がした。

 

 朝起きて、別の女性が居て、彼女ではなかったことがショックで。

 けれど、後でそれは間違いだったと知った。

 本当は、自分の感じた通り“彼女”だったのだ。

 

 

 だから、今、手を握ってくれているのも彼女のはず。

 こんな幸せなことはない。

 熱が出るのも悪くないなという気にさえなってしまう。

 

 さすがにそれはまずいか。

 

 

 *

 

 

 高熱を出したレオを家で寝かせて一晩が過ぎた。一晩というか、昼から寝かせていたので丸一日……とまではいかないが、翌日の朝になった。

 玲菜は途中、ショーンやフルドと交代しながらもずっと看病をしていて、早朝にレオの部屋のソファで起きる。毛布を掛けてくれたのはショーンかフルドか。その二人はもう部屋に居ない。恐らくショーンは自分の部屋に戻り、フルドも一度緑龍城へ戻ったようだ。

 

 急いでベッドに駆け寄ってレオの顔を覗き込むと静かに眠っている。

 看病の甲斐があって熱も下がったようで、おでこを触っても熱くない。

 玲菜は安堵のため息をついた。

(良かった)

 一日で熱が下がるとは、やはりインフルエンザなどではなく、ただの疲労だったのか。

(まぁ、インフルエンザがこの時代にあるのかもよく分かんないけど)

 この時代の病気や薬についてもいろいろと知っておいた方が良いと思う。ずっとここで暮らすのだから。

(ショーンなら詳しそうだな。今度訊いてみよう)

 こちらの世界と現代を両方分かっている父の知識は本当にありがたいし安心するが、自分も勉強しないと駄目だ。

(あと、もし今度ホルクさんに会えたら訊いてみようかな)

 とりあえず自分が帝国四賢者全員と知り合いなのは幸運だった。四賢者というか、今は三賢者かもしれないが。

(シドゥ……じゃなかった。アルテミスさん)

 今は亡き一人を想う。

 預言者・シドゥリ。本名はアルテミスというそうだが、彼女には本当に世話になった。

 彼女の予言は実によく当たったし、『シリウスとレナの結婚』だってある意味当たっている。

 そうだ。彼女は何て言っていたか?

 レオとレナが結婚するとは言っていなくて、シリウスとレナが結婚する、と言っていなかったか?

(よく憶えていないけど)

 それならば、現在“シリウス”とレナが結婚している。偽者といえども。

 もう一つ、同時に何かを言われた気がする。

(なんだっけ? ……結婚できない?)

 思い出してハッとする玲菜。

(あ! 『皇帝の妻にはなれない』だっけ?)

 それは一体どういう意味だろうか。

 怖い考えが頭を過って震えそうになる。

(私とレオが結婚できない?)

 それとも、偽者の皇帝と結婚できないという意味なら問題ないが。まさか、とは思う。

(レオが皇帝の座を取り戻せないとかじゃないよね?)

 自分が彼と結婚できないのも、彼が皇帝に戻れないのも嫌だ。

 

 そこまで暗い思考だったが、ふと明るい考えが思い浮かんで気分が変わった。

(もしかして、レオは皇帝に戻れないんじゃなくて、戻らないとか?)

 たとえば自分の意思で戻らなくて代わりに大統領的な存在ができるとか?

(それ、いいかも!)

 レオにとっても、自分にとっても良い気がする。

 彼が『皇帝』という重荷を背負わなくて済んで、帝国が平和になって、自分と一緒に暮らしていけたら……

 どんなに幸せか!

 ――と、思いつつ自己嫌悪もする玲菜。

(って、自己中かな?)

 そうかもしれない。けれど、もしも予言が悪い予感の方な意味だったら外れてほしい。

 

 そんなことを思っていたら、彼の目が開いた。

「ん……?」

「あ、起きた?」

 覗き込む彼女の顔を見て、一瞬状況が掴めなかったレオはボーッとする。

 

 少し間を空けてから記憶を戻して「ああ」と状況を掴んだ。

「そうか。俺は熱があったんだな」

「うん。平気?」

「……ああ」

 ゆっくりと上体を起こしたレオは玲菜の手を掴んできた。

「またお前、看病してくれたのか?」

「あっ……うん。途中、ショーンやフルドさんと交代もしたけど」

「そうか」

 彼は腕を引っ張って自分の顔に彼女の顔を近付けさせた。

 念の為に断りを入れる。

「別に風邪じゃないから、いいだろ?」

 意味が分かって、玲菜は顔を赤くした。

「う、うん」

 そっと目を閉じてドキドキしながら待つ。

 

 優しく触れる彼の唇はうっとりするほど心地いい。

 何度触れてももっと触れたい。

 

 レオは何度かキスを交わすと彼女を引き寄せてギュッと抱きしめた。

「ありがとう。いつも」

 珍しくも、恥ずかしがらずに素直な言葉が出た。

「心配かけて悪かったな」

 玲菜は礼を言われたことや強く抱きしめる腕が嬉しくて熱くなった。

「う、ううん。熱が下がって良かった」

「お前眠いだろ?」

「え?」

「寝ないで看病してた?」

「ううん、そんなことないよ。さっきまでそこのソファで寝てた……」

 玲菜が言っている途中で、彼は抱きしめたままベッドに横になる。

「え?」

 椅子に座っていた玲菜は、体がベッドで足は床という状態になり焦る。

「眠いだろ? 寝ていいぞ」

 そんなこと言われても。

「え、だって、足が」

「載せろよ。俺の脚の上」

 つまりそれは彼の上に乗っかって寝るということであり。

 急に言われても心の準備が。

 玲菜が返事も実行もしないでいると質問される。

「嫌か?」

「嫌じゃない!」

 嫌なわけは無い。ただ、恥ずかしさゆえに戸惑っていたわけであって。

 玲菜は照れを押し殺して足を彼の脚の上に載せる。

 寝そべる形になると、彼の胸の上に頭と手を置いた。

「眠れない」

 まぁ、当然ともいえる。

「そうだな。向きが悪いんだろ」

「え?」

 向きとは何だ?

「お前、普段寝ているのは仰向けだろ? いつも通りにしろよ」

「ええっ!?

 まぁ、当然の反応ではある。

 仰向けということはレオに背中を向けて……というか、レオを敷布団のようにするということだから。

 それよりも、自分が物凄く無防備になる気がする。

 仰向けになりかけていた玲菜は急に不安に感じて体勢を元に戻した。

「やっぱいい」

「なんで?」

「だって……」

 言っていいものか。

「レオ、触るでしょ?」

「さっ……」

 一瞬ギクリとなった気がするのは気のせいか。

「触んねーよ!」

「え、うそ!」

「いや、だから」

 レオは一回手を離して両腕を広げた。

「触らない。だ、抱きしめるだけ」

 なぜ、どもった。

「ホントに?」

「ホントだよ」

「絶対?」

「絶対」

 

 それなら、と玲菜は仰向けになった。

 彼の手がゆっくりと自分を包む。

(心地いい……)

 ――と、思ったのも束の間。

 やはり彼の手が玲菜の胸の方へ来たのでサッとその手を掴んだ。

「ホラやっぱり!」

 向きを変えて注意すると、彼はとぼけたように視線をそらした。

「違う。たまたま俺の手の位置がそこだったわけで」

 眼は完全に泳いでいる。

「そうじゃないでしょ、触る気満々だったでしょ!」

 彼女の物言いに、レオとしてはなぜそこまで拒むのかが分からない。

「別にいいだろ。減るほどないし」

 

 ……本当は、(触っても)“減るもんじゃないし”と言いたかった。

 しかし、うっかりの言い間違いは彼女にとって侮辱にさえ繋がった。

「減るほどない? え? 減るほど無い!? つまりこれ以上は減らないほど小さいってこと!?

 つっこまれるまで言い間違いに気付かなかった。

「え? いや」

 そして今、気付いた。彼女が怒っている理由も。

「別にそんなつもりで言ったんじゃねーよ」

「つもりだよ!!

 玲菜は怒って彼及びベッドから降りた。

「じゃあ、どんなつもりで言ったの? へ、“減るほどない”だよ!?

 自分で言いたくなかった。

 大きくはないが、というか、小さい方ではあるが、辛うじてアルファベットの上から二番目のカップではあるのに。

(でもレオにとっては小さいんだ。巨乳好きだから、いつも物足りないんだ)

 

 ちょうど玲菜の被害妄想が大きくなっていた頃に、部屋のドアをノックする音が聞こえて。

 それが様子見と報告をしにきたフルドだと分かると、玲菜は看病をフルドに頼んで部屋を出て行った。

「お、おい!」

 レオが止めても無視して自分の部屋に入る。

 

 フルドはレオの熱が下がった様子に安心したが、恋人と喧嘩したらしい様に心配する。

「で、出直します」

 自分はその場に居てはいけないと思ったらしく、出て行こうとしたがレオが引き留めた。

「いい。今話せ」

 ベッドで上体を起こしたレオに近付くフルド。

「はい。陛下のお体のご様子はいかがですか?」

「熱が下がった。問題ない」

「それなら安心しました。ですが、今日一日は安静にしてください。バシル将軍にも報せました。また緑龍城に向かうので、会議は明日と伝えます」

 本当は今日でも平気な気がしたが、レオは「まぁいいか」と頷いた。

「分かった。それでいい」

 他に報告は無かったらしく、フルドはレオが心配で見に来ただけの様で。主の状態を確認した彼は、今度は緑龍城に出向くためにレオの部屋を後にする。

 挨拶をして去る彼に、レオはポツリと呟いた。

「いつも悪いな」

 

 慌ててレオの許へ戻り、「失礼します」と言っておでこを触るフルド。

「なんだよ! 熱は下がったよ!」

 レオが振り払っても、彼は皇帝陛下に眠るよう促す。

「どうか、横になっていてください、陛下」

「いや、平気だからやめろ。そんなに珍しいか! 俺がお前を気遣ったのが!!

 

 その言葉にハッとしたフルドは一歩下がって頭を下げて謝ってきた。

「いえ! 滅相もございません!! 陛下のお気遣い、ありがたき幸せに存じます!!

 

「おう」

 レオはなんだか妙に照れてしまい、横になって背中を向ける。

 本当は、彼には凄く感謝をしているのにうまく言えない。

 自分の現状が危うくて辞めさせた従者もいたが、彼を辞めさせることはできなかった。

 こんな風になった自分に、今でもついてきてくれて申し訳ない気持ちもある。

 本来、名家の出なのに。皇子の従者ならまだしも、身分を乗っ取られた自分に、変わらずついてきてくれるなんて。

「フルド」

 レオは決心して、あることを告げようと声を掛けた。

「はい」

「お前さ、そろそろ……」

 しかし――やはりまだ、言えなかった。

「いや、もう少し待ってくれ。考えていることがあるんだ」

「は、はい」

 フルドは疑問に思ったが、とりあえずは「まだ」らしいので、改めて出ていくことにする。

 もう一度挨拶をした彼に、レオは背中を向けたまま告げた。

「ああそうだ。そろそろ髪を切ろうかと思ってんだけど、頼むな」

「はい! いつでも!」

 快く引き受けたフルドは今度こそ出て行って、ショーンたちの家を後にする。

 台所に居たショーンは朝食を一緒に食べないかと誘ったが、彼は遠慮をして静かに去った。

 

 一方玲菜は、怒って部屋に戻った後に着替えて、顔を洗いに一階の洗面所へ行く。その後台所に顔を出すと、レオの熱が下がったことをショーンに伝えた。

「へぇ? じゃあアイツもう普通に飯食えるのかな? 一階《した》に降りられそうか?」

「わかんない。……元気そうだけど」

 なぜかムスッとしながら玲菜が答えたので、父はすぐに悟ってしまった。

(また喧嘩っぽくなったのか?)

 もしかすると娘が一方的に怒って?

(どーせ大した理由じゃないだろ)

 喧嘩という程では無い気がする。ただ、二人が気まずくなるのは面倒なので提案した。

「じゃあ玲菜、アイツの分の朝食を部屋に運んでやってくれ。念の為に、今日一日は安静にさせた方がいいから。ついでにお前も向こうで一緒に食っていいぞ」

「え!」

 一瞬玲菜は気が進まなそうな顔をしたが。

「嫌か?」

 訊ねると渋々頷く。

「いいよ」

 多分彼女なりに葛藤があるのだろう。

 

 ショーンはパンにスープにハムエッグを二人分、盆に載せて玲菜に持たせた。

「持てるか?」

「う、うん」

 意外と重い。

 飲み物だけはもう一つの盆でショーンが持ち、二人で階段を上がる。

 

 ノックして声を掛けたのはショーンで、レオは返事をしたが、開いたドアから姿を現したのは朝食を持った玲菜であり。ショーンは机をベッドの横に移動させて飲み物だけ置き、さっさと出て行ってしまった。

「ええ!?

 レオが驚きの声を上げても残ったのは玲菜だけ。その玲菜は持ってきた料理をゆっくりと机に並べていく。

 終わると椅子も運んで置いて座り、ボソッと一言告げた。

「ショーンが持って行けって言うから」

「ん? ああ」

 若干戸惑うレオ。

 

「届く?」

 訊ねられて慌てて上体を起こした。

「うん。あー」

 残念ながら少し遠い。

「届かない」

 けれど届かないほどではない。レオはあることを期待してそう答えた。

「そうなの? じゃあ……」

 玲菜はレオのスープの皿とスプーンを手に持った。

「はい」

「あ? え?」

 両方とも自分に差し出されたので唖然とするレオ。

「お皿を手で持てば食べられるでしょ? 取ってほしいもの言ってくれる?」

 

 てっきり彼女がスプーンにすくって食べさせてくれるのかと思った。

 ……とは言えない。

 

 レオは期待が外れた恥ずかしさで顔を赤くしながらスープを飲んで、先ほどのことを言い訳した。

「さっきのは違うから。言い間違えただけだから。お前、ああいうこと気にしてるようだけど、俺は全然問題ないっていうか、お前の……」

「も〜〜〜〜〜!!

 玲菜は恥ずかしそうに嘆く。

「もういいよ、分かったから。べ、別に気にしてないもん」

 気にしていないというのはさすがに強がりだが。

 現状どうしようもないので気にしても仕方ない。

 

 

 二人はその後、一緒に食事をしていたらなんとか良い状態に戻り、玲菜は機嫌を直してお喋りをする。

 レオは一日安静にするということなのでベッドで横になってたまに眠り、玲菜とショーンは掃除等をした。

 ゆっくりと穏やかな時間が流れて、ウヅキも珍しく外には行かずにレオの部屋で丸くなっていた。

 そして一日が過ぎる。

 

 

 ―――――

 

 次の日。

 問題なく元気だったレオは、フルドとあと数人の従者が迎えにきて、ショーンと共に朝から出て行った。緑龍城へ行くのだという。

 玲菜は留守番になり、昨日の続きの掃除と洗濯、それに食料の買い物を頼まれた。ちょうど近くに湖族の市場があり、魚が凄く安いらしいので行ってみようかと思っていたが。まさかそこで“彼”と会うとは予想すらしていない。

 その話は後程として――。

 

 

 

 緑龍城の秘密の会議室にて。

 狭い部屋で僅かな人数で行う密会儀では、情報収集が得意な間諜による報告で驚きの声を上げるおじさんが居た。

「カルロス・アスールス=サン・ラーデ!?

「ん?」

 皇帝陛下は聞き取れず、従騎士が代わりに反応した。

「やはり! カルロス・アスールス=サン・ラーデでしたか」

「カルロス・アスールス・サンラーデ?」

 聞き取れただけで理解していないレオに、詳しく説明をするショーン。

「カルロスが名前で、アスールスもサン・ラーデも伯名。つまり彼はアスールス伯でもあり、サン・ラーデ伯でもあり」

「ああ!? 町、二つも持ってんのか?」

「そうだな。アスールスは港町で、元々はただの港だったけど、今急速に発展している。サン・ラーデは知っているだろ?」

 ショーンに言われて思い出すレオ。

「知ってる。サン・ラーデ市。まぁもっとも、市というには人口が少なかったがな。この前立ち寄った感じだと」

 サン・ラーデ市は実は、車での移動中に立ち寄った町で、古くからある町でもある。近くに河があって水道技術に優れて、移動旅行の初日に宿泊した町だ。

 情報源である黒竜が付け加えた。

「つまり、その貴族は名を二つ持っており、一つはカルロス・アスールス。もう一つはカルロス・サン=ラーデとなります。皇族の流れは組んでおらず、家名は無い、と」

「ふぅん。じゃあ、中流伯爵か。フルドの家より下位だろ」

 レオは見下すように言ったが名が挙がったフルドは「いえ!」と意見を述べた。

「か、階級はそうかもしれませんが、恐らく……」

 続きをショーンが言う。

「やべぇな。超金持ちだぞ、きっと」

 

「……まじかよ」

 朗報なのに不快な気分になるレオ。やはり個人的感情が先に立つ。

 そこまで財力が無ければ断ってやったのに。悔しい。

 

 レオの気持ちはさておき、ショーンは計算する。

「港か。あわよくば、諸外国との取引も夢じゃないな。よし、仲間にしよう」

「ちょっと待てオヤジ!」

 慌てて止めるのはレオ。

「勝手に決めるな!」

「決めねーよ。ただ、もし今グリーン町に来ている貴族がアスールス伯で間違いないなら、会う価値はあるってことだ」

「裏切りは嘘で、罠かもしれねーだろ」

 もちろんそれはある、とショーンは頷く。

「当然だ。反乱軍の首領をおびき寄せるために仲間になりたいフリをしている場合もある。警戒は必要だ」

 その意見にはこの場に居る全員が頷く。

 

「まずはアスールス伯であるかの確認だな。別の貴族かもしれんし、貴族を装っているだけの奴かも」

「それは私が!」

 フルドがまた名乗りを挙げた。

「実は彼とは少し面識がありますので、顔を見れば分かります。グリーン町の滞在場所を調べて確認してまいります」

「ああ、頼んだよ」

 ショーンは頷き、眉をひそめたままのレオをたしなめた。

「なんて顔してんだよ! あの時会った男がカルロス・アスールス=サン・ラーデとは限らんじゃないか。カルロスはよくある名前なんだし」

「……ああ」

 嫌な予感は拭えなかったが、レオは気を取り直して黒竜に訊ねる。

「まぁいいか。早速の情報調達ご苦労だった。後は一昨日の続きだが、何があった?」

「はい。サイ城に潜入している者からの情報でございます」

 サイ城とは、サイの都にある皇帝の城。当然黒竜の部下が抜かりなく潜入。密かに情報を集めている。

 

「オーラム司教……つまり、ウォルトのことですが。奴が枢機卿《すうききょう》になるとの事」

 

「え?」

 びっくりしたバシルは思わず声を上げる。

 

 だが、ショーンは頭を押さえてレオは不敵な笑みを浮かべた。

「だろうな」

 エニデール民の民族長であり、すべての黒幕であったウォルトは顔を変えてオーラム司教という人物に成りすましている。

 そのウォルト扮するオーラムは、正体と野望がバレた後に姿を消して指名手配になっていたのだが、現皇帝・アルバート……レオの偽者が、彼を冤罪だったとして指名手配を解除。そして国民には知らされていない『前皇帝暗殺事件』の際にあった首謀者ミシェルとの共犯も赦してあまつさえ剥奪された身分も戻して側近にしていた。

 その、赦した理由に、襲撃事件の時に自分の命を助けたと手柄をねつ造。自らが犯した罪で嘘の功績を残すというとんでもないやり方であった。

 

 レオはあざ笑うように言う。

「前科者の司教が枢機卿だと? とんだ笑い話じゃねーか」

 全く眼は笑っていない。

 ショーンはため息をついた。

「これが奴の真の目的だったのか」

 枢機卿というのは、聖職者にとって、ある身分になる可能性がある唯一の役職。

「ま、まさか……」

 ウォルトのとてつもない野心に気付いたバシルは言葉を呑む。

 代わりにレオが言い放った。

「そうだ。聖皇《せいおう》だ。奴は、帝国を乗っ取るだけじゃ飽き足らず、聖皇の地位を狙っているんだろ」

 

 聖皇《せいおう》――それは聖職者の中での頂点の地位であり、一番の権力を持つ唯一無二の存在である。

 発言力は大きく、同じ宗教を信仰するすべての国に影響を及ぼす。

 宗教というのは、神話『伝説の剣と聖戦』に影響されたものであり、元は玲菜が書いた小説。

 

 バシルは口を開いた。

「しかし、枢機卿は複数人いますので、なったからといって聖皇になれるかは……」

「奴のことだ。もう手を回しているだろうな〜」

 これはショーンの予想だが、恐らく。

「アマテラス帝国に属した枢機卿というだけで、結構権力あるし」

 帝国の力がここにきて有利に働く。

 まだ納得がいかないのはバシルだ。

「そもそもどうやって奴は枢機卿になるつもりでしょうか? 確か現聖皇から任命されないと無理なはず」

 それは絶対であり、変えられぬ事。

「うん。でも、例外があってな」

 ショーンは頭を掻き、気まずそうに説明した。

「国に属した司教には、その国の君主が聖皇に推薦することができる。しかも、強大な国の君主の意見はほぼ通る」

 帝国の力は強大であり、君主の推薦はたとえ聖皇といえども無視できない。

「もしかすると」

 恐らく正義感の強いバシルはショックを受けると思ったが、ショーンは告げた。

「ウォルトは、帝国を乗っ取りたかったんじゃなくて、聖皇の地位を得たいが為に『帝国の皇帝の力』を狙ったのかもなぁ」

 必要以上に、帝国の皇家に執着したのはそういう訳かもしれない。

「そんなことで!!

 案の定に、怒ったバシルは机を叩いた。

「そんなことのために、兵や民が……」

 戦は、野望関係無しにあったかもしれない。けれど、少なからず影響はあったわけで。その野望がもしも民族の為ではなく一人の男の野心の為だとすると犠牲が大きすぎる。

 拳を握るバシルを見て、ショーンは念の為に付け足した。

「もちろん、大前提に民族の野望もあったと思うけどな。帝国乗っ取り計画はずっと昔から立てていただろうし。ウォルトに始まったわけじゃなくて」

 ただ、族長が聖皇になることは民族にとっても喜ばしいことであり、民族は彼を応援しているのだとショーンは言う。

「多分、奴がそういう地位を得ることで、自分たち民族が世界で優位に立てると思っているんだろ」

 現に今、帝国内ではエニデール民が幅を利かせている。入国も新皇帝即位後に許可された。

 

「身の程知らずが、やりたい放題だな」

 確かに悪政には違いなく、レオは他人事のように笑った。

「俺の評判をどこまで落とすんだ」

 

 評判といえば……

 黒竜はレオが不快になるのを承知で報告する。

「また、陛下の偽者がオーラムを赦《ゆる》したおかげで、民衆の間にある疑惑が出ております。実はオーラムとミシェル、そして陛下が繋がっているのではないか、と」

「なっ!!

 声を上げたのはバシルとフルド。

 黒竜は続ける。

「前皇帝陛下暗殺事件は宮廷内の秘密の事でしたが、やはりどこからか漏れるもの。民衆には密かに噂になっており、犯人の噂も広まっていました。その上で、只今申しました不本意な疑惑が生じたと思われます」

 意外にもレオは怒らずに返した。

「なるほどな。民衆がそう思うのは自然だろ。俺が、実の父親殺しに加担しているんじゃないかってな」

 バシルは肩を落として辛そうにする。

「なんという……!!

「ホントに、何から何まで頭にくるな」

 レオの言葉に、ショーンは念を押す。

「レオ、気持ちは解る。俺も悔しさでいっぱいだよ。でもな、これはひょっとすると罠だから。お前を怒らせて誘き寄せる……」

「分かっているよ!」

 本人は割と冷静で。

「俺は国民の悪評なんて気にしねーよ。ただの噂だろうし。それに、父親殺しは疑われても仕方無い。実際葬ってやりたかったし」

「レオ!!

 彼の行き過ぎた発言に注意したのはショーンだけで、他の三人は気まずい顔をした。

「ああ、悪い」

 レオは謝り、「それでも」と不愉快な顔をする。

「悪い噂はいいけど、よりにもよって『あの二人と繋がっている』だなんて心外どころか吐き気がするな」

 そう言うと真剣な眼に変わった。

 

「オヤジ、そろそろ反撃するだろ? もう二年も我慢した」

 

 先ほどまでのふざけた調子ではなく、真面目な顔で。

 

 ショーンは一度目をつむり、ニッと笑った。

「そうだな。近いうちに決起するか。反乱組織改め“解放軍”を」

 後はレッドガルムの到着を待って、いよいよ戦を仕掛けるための作戦を決める。

 それよりもリーダーは名前が気に入ったらしく、ほくそ笑んだ。

「解放軍か。悪くねーな」

 


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