創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第二話:ショーンの過去]

 

 確かにショーンのことは最初に父と間違えた。

 声も見た目も雰囲気も似ていたから。

 自分を呼ぶ声に「お父さん」と反応してしまった。

 けれど、顎鬚やシワの多さや、あるはずのない無数の傷で別人だと思った。年齢が全く違うし、そもそもこんな場所に父が居るはずがない、と。

 

 確かに、父とショーンには共通点が多すぎる。性格にしろ、料理が得意なことにしろ、喋り方にしろ。初めの頃は何度も父と間違えたし、……というか、何度も「お父さん」と呼びたかった。

 

 

 だが……

 やはり。

 再会して早々、いきなり「実はお父さんなんだよ」と言われても。全く頭が追いつかないし、信じられない。

「え……?」

 玲菜はショーンの衝撃の告白を信じることができなく、呆然とした。

 

(お父さん?)

 改めて彼をじっくり見る。

 父が歳をとった姿だと言われれば、そんな気がしないでもない。

 つい直前だって、『父』だと認識してしまった。

 いや、しかし。

「なに……言って…るの? ショーン」

 駄目だ。混乱する。

 玲菜の反応が当然だと、ショーンは頭を抱えた。

「うん。そう、だよな」

 申し訳なさそうに。

「ずっと隠していて……あと、騙していてごめん」

 ショーンはそう言った後、まだ玲菜が全く理解していないのに周りを気にして立たせた。

「とりあえず、ずっとここには居られないから、行こうか」

「え?」

 

 周りは暗い。というか、夜だ。何時かは分からないが満月が出ている。

 近くには聖女の石像が。他は殺風景で木や少しの像がある。恐らくここはレナの聖地だと分かる。

 まるであの夜の続き。

 自分が時空の渦に行くと言って皆と別れたあの続きのようで。

 玲菜は手に持つアヌーの結晶石を見た。

(あれ?)

 しかし、アヌーの結晶石は力を使い切ったのか、青い輝きを失い、ただの石になっていた。

(違う! あの時の続きじゃないんだ。ここってもしかして二年後?)

 ショーンは明かりを持ち、茶色いマントを頭から被って玲菜に促す。

「さぁ、行くぞ! 玲菜」

 そそくさと歩き出す彼の後を追い、玲菜は疑問を感じた。

「ちょっと待って? 今は二年後なの?」

 凄く大事な質問がある。

「レオは?」

 彼も、ショーンと一緒に迎えにきてくれるという約束だったはず。

 しかしショーンは「静かに」という風にしてどんどん先を急いだ。

 なぜ、そんなに急ぐのか。

 なぜ、どことなくコソコソとしているのか。

 そういえば、聖地を警備する衛兵は? と思うと、衛兵は周りを警戒して立ち、緊迫している。

(何この雰囲気?)

 

 ショーンは聖地を離れる際に、近くに居た衛兵にコソッと話した。

「ありがとう。恩に着る!」

 衛兵まで小声で話しかけた。

「いえ。貴方が生きていたので嬉しいです。どうかお気をつけて!」

 

 玲菜は謎が多かったがとりあえず彼らに会釈をして、急いで歩くショーンの後をついていった。彼は無言で周りを警戒している風。玲菜はいろんな疑問があるのに話しかけられず、ただついていって。

 やがて林の中に入るとようやくショーンが小声で話し始めた。

「ここは、お前が時空の渦へ行ってからの二年後で間違いないよ」

 実感はわかないが、二年後ではあるのか。

「そうなんだ」

 いろいろあったがなんとか無事にたどり着いたと、玲菜はホッとした。

「良かった」

 ショーンもホッとしたように言う。

「あの時、結晶石を渡したけど、ユナはまだ近くに居たから。ずっと心配してた。でもここにたどり着いたってことは、彼女を振り切れたんだな。本当に良かった」

『あの時』とはまさか……つい先ほどの時空の渦の話をしているのか?

 父が、ユナから結晶石を取り返して玲菜に渡してくれた事だとしたら、父しか知らない出来事。玲菜はドキリとした。

(え? あの事知ってるってことは、ショーンがやっぱりお父さんなの?)

 玲菜は自分の頭の中を整理したかったが、ショーンの歩くペースは速く、追いつくので精一杯。一体何をそんなに急いでいるのか。

(妙にコソコソしてるし。一体どうしたの?)

 不安を感じる。

 

 レオが迎えに来なかった。

 

 これだけでもショックなのに。

 玲菜が落ち込みながらショーンの後を頑張ってついていくと、彼はまた静かに話した。

「いろいろ訊きたい事あると思うけど、一番訊きたいのはアイツのことだろ?」

「うん!」

 話してくれるのか。

「悪いんだけど、アイツはここに来られなくて」

 もしかしたら林を抜けたら馬車で待っているかもしれないと少し期待していたので、ガッカリする玲菜。

「来られないの?」

「ああ。玲菜……ごめん」

 ショーンがあまりにも申し訳なさそうに謝ってくるので、玲菜は慌てた。

「あ、うん。仕方ないよ。“皇帝”が忙しいのかな? それともまさか、怪我とか病気じゃないよね?」

 ……返事が無い。

「ショーン?」

 急に心配になる。

「ああ、えっとな。後で詳しく説明するからさ。“今”のことを」

 そんな風に言われると、玲菜の不安は募ったが。ショーンはそれ以上言わなかったので仕方なく口をつぐむ。

 

 

 やがて林を抜けた先に、一両の小さな馬車が停まっていて、ショーンは玲菜を連れてそれに乗り込んだ。

 そこでようやく普通の大きさの声で会話する。

「とりあえず腹減っているだろ? 一度都へ寄るからさ」

「あ、うん」

 返事した後に疑問を感じる。

「一度?」

 都は寄る場所ではなく、帰る場所のはず。

「うん。ちょっとさ、訳有って、今日は家に帰らないから。ついでに食料も必要だったし、市場で買い物するよ」

「そ、そうなの?」

 

 レナの聖地から都まではそう遠くない。ショーンは気まずそうにする玲菜に話しかけた。

「とりあえず、現状の事は後で話す。その前におと…俺のことを話すから、聴いてくれるか?」

「うん」

 玲菜は小さく頷いた。

 

「俺が何者なのか。全部――」

 

 

 *

 

 

 ショーンは元々、都の下町に住んでいた甲冑技師の息子で、親の手伝いをして働きながら考古研究者を目指して勉強するという毎日を過ごしていた。

 いずれはその道で名を挙げて賢者の称号を得るのが夢だったが、研究や勉強するには何せ費用がかかる。

 ショーンはその費用を稼ぐために十五の頃から傭兵になり、その傍ら、熱心に勉強を続けていた。

 

 二年後の十七になった頃もそれは同じで。本を持って傭兵団に所属する。その時、同じ隊の班長だった男には、何かと世話になり尊敬していたのだが。

 戦中に彼と一緒に迷い込んだ森で運命が大きく変わる。

 敵と遭遇してうっかり入ってしまった森は深く暗く、迷いやすい。

 そこで迷っていた所をある娘に助けられた。

 

 *

 

「――娘の名前はアルテミス。ちょうど俺と同い年の十七歳。茶色い髪の綺麗な子だった」

 

 その名に、聞き覚えのある玲菜。

「アルテミス? アルテミスって……」

 確か、預言者・シドゥリの本名で、神話の女神とも同じ名前。

 ショーンは頷く。

「そうだよ。シドゥリのことだ。シドゥリとは、傭兵の頃に初めて出会った。次に再会した時は、二人とも賢者になっていた時だけどな」

「そうなの?」

 この時点で年齢の計算が合わない。だが、玲菜には理由がなんとなく悟れた。

 しかし今は言わずに続きの話を聴く。

 

「その頃、アルテミスはまだシドゥリって呼ばれていなくて。彼女の家族で別の娘がシドゥリって呼ばれていたんだ。娘っていうか、預言者が」

 そう、玲菜の知っているシドゥリは、大昔からの巫女の一族だと聞いた。霊力の高い娘が一族の力とアヌーの腕輪を受け継ぎ、預言者《シドゥリ》になるのだと。

「アルテミスは、俺の尊敬していた班長のことを好きになるんだ。班長は二十七歳だったから、結構歳が離れてたんだけど、班長もまんざらではないって感じでさ」

「シド…アルテミスさんの、好きな人?」

「ああ、そうだよ」

 ショーンは優しく微笑む。

 

「班長の名前は、ジョージっていったんだ」

 

「ジョージさん……?」

 玲菜には、その名前にも聞き覚えがあった。

(お父さんと同じ名前?)

 父の名前は『譲二《じょうじ》』

 

「ジョージは死んだ。アルテミスの家族も戦に巻き込まれて皆死んだ。彼女は絶望しながら預言者・シドゥリとなった」

 ショーンは、目を伏せながら告げる。

「俺は、その時の戦の原因が、アルテミスの家にあった『アヌーの結晶石』にあるって知っていたんだ」

 アヌーの結晶石や腕輪が、争いの原因になることはエドも言っていたし、予想もできる。予言……或いは、時空移動ができるかもしれない石なんて狙われるに決まっている。

「そして、石を敵の大将に持っていけば戦は終わると思った。これ以上犠牲者が出なければいい、と」

 頭を押さえるショーン。

「浅はか……いや、愚かだったな」

 まるで懺悔をするように目をつむる。

 

「俺は、アルテミスの家からアヌーの結晶石を盗んだんだ」

 

 もしかすると、これが事の発端になる。

 前に、シドゥリの家で。

 シドゥリがショーンに「大事な物を盗んだ」と言ったことを思い出す玲菜。

(これだったんだ)

 これが、彼の罪。

 そして……もし、ショーンが父ならば、父が持っていた結晶石は“それ”になる。

 続きをショーンが語った。

 

 *

 

 アヌーの結晶石を盗んだショーンは、敵の大将の許へ行こうと森を抜けて馬を走らせたらしい。当時敵軍は砂漠の野営地に陣を張っていると聞いたから。しかし、砂漠に入ると砂嵐に巻き込まれて。挙句迷ってしまった。

 迂闊にもどんどん奥へ入り、敵軍とは見合わせぬまま数日が過ぎる。

 水も食料も無くなり、恐らく自分は死ぬと思った満月の夜。

 彼は運命の如く、時空の渦に入り込む。

 レナの聖地は、その時まだレナの聖地ではなく、ただの荒れ地だった。玲菜の小説が神話になったが為にレナの聖地となった訳であり、(アヌーの結晶石を持って)ただの荒れ地を歩いていたショーンはいつの間にか時空の渦へ入り込んでしまったのだ。

 当然焦ったショーンは闇雲に走って、その時目についた扉に触れた。

 

 

 *

 

 

「――俺が開けた扉は、旧世界の、西暦1988531日。ちょうど満月の日。恐らくブルームーンの日だったんだと思うが」

 ショーンの説明に、玲菜はハッとした。その数字に関連する記念日があったから。

「ちょっと待って!? 五月三十一日って!」

「そうだよ。向こうの世界での、俺の誕生日。お母さんとの出会い記念日でもある」

 そう、父の誕生日だ。

「俺は、本当の誕生日を知らなかったから。大体六月だって教えたら、お母さんが『じゃあ、この世界に来た日にしよう』って決めてくれたんだよ。近いから」

 

 ちょうどその時、都の市場に着いたらしく、馬車は停まった。

 二人は馬車を降りて、夜でも人の多い市場に入って歩き出す。

 ショーンと並び、鞄を盗まれないように持ちながら玲菜は俯いて先ほどの話を考えた。

(やっぱりショーンは、お父さんなんだ?)

 話を聴いている限り、ある意味確定。

(お父さんの誕生日は、本当はお母さんが決めて。その五月三十一日って、お父さんがタイムスリップした日なの?)

 こんな話、本人でないと知り得ない。

(ショーンは、私に気付いてずっと正体を隠していたんだ?)

 言ってくれれば良かったのに。

(あ、言ったら駄目なのか。私がショーンの正体を知ったらもしかしたら運命が変わるかもしれなかったんだ?)

 定かではないが、その可能性がある。

(だからずーっとバレないように。騙していたの?)

 悪い言い方をすれば『騙す』になる。

 そもそも父は『自分が未来の世界の人間だ』ということもずっと隠していた。

(お母さんだけは知ってたって言ってた)

 まぁ、自分の娘に言うことではないかもしれないが。

 玲菜は斜め前を歩くショーンの姿を見る。

 もう何か、ショーンを信じられないような気がしてきた。

 それでも、彼の話は信用度が高い。

 

 ショーンは歩きながら少し声を抑え目に続きを話した。

「どこまで話したっけ? ……ああ、五月三十一日に着いたって話な」

 そういえば自分は黒ローブ姿でショーンは茶色いマントを頭から被っていて。少し怪しい人物に見られないか心配しつつ玲菜は話を聴いた。

 

「荒れ地だったはずが、暗闇に変わってさ、その後たどり着いたのが……駐車場だったから」

「あ!」

 玲菜は察する。

 この世界から、いきなりたどり着いた先が1988年の日本だったとすれば相当恐ろしいことになる。

「お父さん……車に轢かれそうになってさ」

 ショーンはまた一人称を『お父さん』に戻して話し始めた。

「その、アパートの駐車場だったんだよ。出口の先が。当然見たこともない乗り物とかでっかい建物に驚くわけなんだけど。それよりも、お父さんを轢きそうになった車を運転していたのが……」

 まさかと思い、ショーンを見ると、ショーンは少し照れている様子。

「当時十九歳だったお母さんで。車を出そうとしたら、急に目の前に俺が現れたからびっくりしたらしい」

「ええ!?

 そりゃびっくりする。いや、びっくりするどころかもしかすると。

「しかも、倒れたからむしろ轢いたのかと思って焦ったらしい」

 ショーンは恥ずかしそうに言う。

「お母さんは車から出てきて俺に駆け寄ってさ、大丈夫ですか? って」

 まるで、玲菜とショーンの逆バージョン。

 玲菜は妙にワクワクしてしまった。

(え? それが二人の出会い!? 運命の出会いみたい!)

 

「お父さんは……」

 ためらいながら、ショーンは告げる。

「目を開けた時、お母さんを天使か何かだと思った。白い肌の綺麗な人だったから」

 言った直後、五十三歳の男が照れて顔をそらした。

 その態度には玲菜まで赤面する。

「それで! それで? どうしたの?」

 つい食いついてしまう。

「いや、『怪我は無いか』みたいなことを訊かれて、あと、『ぶつかったか』とも訊かれて、首を振った」

 他にも「病院へ行くか」や、「警察を呼ぶか」等も訊かれたらしい。

 だが、怪我も無いし轢かれたわけではないと判明して、その場は別れた、と。

「ただ、その時怪我を心配したお母さんに紙を渡されてな。後で怪我が見つかったら電話してくれって」

「え? 電話番号を渡されたってこと?」

「そうだよ。その時は電話も知らないからなんの数字かも分からなかったけど」

 ショーンと母の出会いの話に玲菜は興奮した。

「で? それからどうしたの? 電話した?」

「いや」

 ショーンは頭を掻いた。

「逮捕された」

「タイホ?」

「アテもなく、夜歩いてたら。お巡りさんに補導された」

 なるほど。十七歳では、高校生に見られるか。

「お父さん、剣持ってたから」

 しかも立派な銃刀法違反。

「その時、名前訊かれてとっさに答えたのが班長の名前だった。最初、過去の世界だなんて分からないから他国だと思っててさ。慌てて偽名を使ったんだ」

「班長の名前って、ジョージさん?」

「そう」

 ショーンは続ける。

「お巡りさんに『漢字は?』って訊かれた。その後芸能人の名前を挙げられて、訳が分からずに返事したらあの漢字になった」

 ここに芸能人の漢字が使われた。

「その後『名字は?』って訊かれた。俺には名字が無かったから困って、直前に聞いた芸能人の名前を思い出して『ヤマ』まで言いかけたんだ。そしたらお巡りさんが『山田? 山下?』って訊いてきたから、なんとなく『ヤマシタ』の方を選んだ」

 

 父の名前は山下譲二《やましたじょうじ》だ。

 

 その名前にそんな経緯があったとは。

 そしてそれは偽名だった。

「お父さんは、本名がショーンだけど、向こうの世界ではヤマシタジョージって名乗ってた。こっちに戻ってまた戻したけど。向こうでショーンって名を知っていたのはお母さんだけだ」

「おかあ……」

 玲菜は言いかけて止まったが、また言い直した。

「お母さんと再会できたのはいつ?」

 苦笑いするショーン。

「すぐ。交番で。警察は俺の親を呼ぼうとして。彼女に貰ったメモを見つけたんだ。そこに電話を掛けたら彼女が迎えにきた」

「迎えに? ほぼ知らない人なのに?」

「ああ。とっさの機転で姉のフリをして」

 ショーンは懐かしむように遠くを見る。

「俺が何かに困ってるの、察したみたいなんだよな。それで助けてくれたんだ」

 その時、前にショーンが『自分の妻は恩人』だと言っていたのを思い出す玲菜。

(それがもしかして、この事?)

 いや、この事だけではないのかもしれない。

 別世界に来たら、何もかも不安だし慣れるまで大変だというのは自分がよく分かっている。

(お母さんにいろいろ助けてもらったの? それで好きになった?)

 玲菜は二人の恋愛話が気になったが、ショーンはそこからは急にはぐらかし始めた。

「で、まぁ、いろいろあって。二人で考えた結果、俺が別の世界の人間であると結論して。俺は彼女に助けてもらいながらなんとかあの世界で暮らして。――で、結婚した」

 恋愛部分は完全に省かれた。

「俺はもう元の世界には帰らないつもりで。お前も生まれたし、お母さんは亡くなったけど幸せだったよ」

 ショーンは立ち止まってこちらを向き、微笑んだ。

「後は分かるだろ? お前が二十歳になって、夏の終わりの日に変化が訪れた」

 玲菜にはつい先ほどのことなのに、ショーンには遠い昔のよう。

「一緒にこっちの世界へ戻ってくることになって、でも時空の渦でユナに襲われて」

 確か父はあの時、左頬をユナにナイフで切られた。

「あ……!」

 ショーンの左頬に小さな傷があったので、思わず口を塞ぐ玲菜。

 戦でできた傷だと思っていた。しかし、前に訊いた時、確かに別の傷は戦だが、左頬の傷は違うと……言っていたかもしれない。うろ覚えだが。

 

「お父さんはあの時、十……いや、今から十二年前の世界に飛ばされた」

 

「あああ……」

 思わず声を漏らす玲菜。

 

 ショーンは「食べ物を買う」と言って近くの屋台でいろいろと買い始める。周りには食材の店も多く、次々と買っている様子。

 その間、玲菜は待ちながら辻褄の合った事をまた改めて整理した。

 

 あの時、父がユナに突き飛ばされて引き込まれた扉は、十二年前……つまり、自分がこの世界へ最初にたどり着いた時の十年前だったわけで。

 四十一歳だった父は、十年経てば五十一歳になる。

(ショーンと同じ歳だ)

 当然シワも増えて白髪も増えて。傷は戦で付いたのだろうか。鬚があるだけで少し別人に見える。

 

 ショーンは、二年前の世界で、『十年前に帝国へ帰ってきた』と言っていた。都でレオと会ったのもその頃。

 レオの話では、ショーンとレオはよくレナの聖地に出向いていたのだという。理由はショーンにとっての用がある、と。

(私が……? もしかしたら、私が来るかもしれないと思って?)

 あの日、彼らが自分を見つけたのは偶然ではないのか。

(あの日も、ショーンは私が現れるかもしれないと思ってレナの聖地に来ていたの?)

 彼は出会ってすぐに助けてくれた。

 親切すぎると、確かに不思議にも思った。

 彼は理由を『自分の娘に似ているから』と。

(違うよ。似ているんじゃないよ。“私”だって、分かったから助けたんじゃないの?)

 玲菜は胸が熱くなる。

 少し泣きそうになって、ショーンの方を見られなくなった。

 

 ――その時。

 

「お世継ぎ!?

 

 近くに居た男たちが喋っている会話が玲菜の耳に入った。

 

「ああ、正式な発表はまだだけど、城で働いている知り合いに聴いた話だから、多分間違いねぇぞ」

 

(およつぎ?)

 玲菜は最初、言葉にピンとこなかったのだが、『城』という言葉が出たのでつい耳を傾けた。

 城というと、宮廷のことで、宮廷といえばレオがいるはず。

 

「そうか。それが本当なら朗報だな。今の世の中じゃ、朗報かどうかも分からんけど」

「シッ! どこで兵士が聞いているかわかんねーぞ」

「大丈夫だよ。連中はあんま下には来ねぇから」

 

 男たちの話に、何か不穏な空気を感じる玲菜。

(何? どうしたの? 二年の間に何かあったのかな? 大丈夫だよね。だって皇帝はレオのはず)

 そう思った矢先にレオの名前が出る。

 

「でも、アルバート様が皇帝になるって聞いた時は、まさかこんなことになるとは思わなくて喜んだけどな」

「ああ。俺もだよ。これ以上ない皇帝の誕生だと思ったけど」

 男たちは声を潜めたが、玲菜は気になる内容だったのでさりげなく彼らに近付いて話を聴いた。

 

「所詮は戦に長けていただけで、政はさっぱりってわけだ」

 

「そうだな。神話の英雄の名の通り、戦場の申し子だったけど、政治には向かないんだよ、あの方は。おかげでこんなに国は荒んじまって」

「他国との戦は終わったはずなのに、内乱も多くてちっとも平和じゃねえ。前皇帝の頃の方が良かった。或いは、フレデリック皇子が生きていれば……」

 

(え……!?

 まさかの、レオの悪政の噂に、玲菜は愕然とした。

 あんなに民衆に慕われていた彼が、こんな風に言われるなんて。

 それに。

(内乱?)

 物騒な話まである。

(レオが皇帝になったせいで?)

 玲菜は鼓動が速くなったが、もしかしたら何かの間違いではないか、それか民衆が誤解をしているのではないかと思った。

 彼が皇帝になる前に様々な問題が起きたから、ひょっとしたらそのせいで今、政治が混乱しているのかもしれない、とも。

 男たちの話はまだ続いた。

 

「でも、今、密かに反乱軍がいるそうじゃねーか。噂では、なんだっけな……前の戦で活躍した傭兵団の団長が反乱軍のリーダーだとか」

 

(それってもしかして……)

 玲菜の考えと同じことをもう一人の男が言う。

 

「もしかして、砂狼《サロウ》団のことか?」

「そうそう!」

 砂狼団は何かと一緒に行動したので分かる。

 まさか彼らが反乱軍だなんて信じられないと思う玲菜の耳に、もっと信じられない話が聞こえてきた。

 

「砂狼団は、二年前の即位式の時の襲撃事件にも関与しているって噂のある連中じゃねーか」

 

(即位式の襲撃事件!?

 驚く……いや、愕然とするのはここではない。

 玲菜はこの後の会話に、更に放心する。

 

「あの事件でアルバート様は大怪我なさるし。だからかもしれねーな、人が変わられてしまったのは」

「ああ、でもおかげでレナ様とご結婚なされて、それは良かったかもしれん。即位するまであの方には女性関係の噂が多かったし、即位する直前にも『しばらく結婚はしない』と宣言されていたようだから」

「そうなのか? よく結婚する気になったな」

「襲撃事件の大怪我の後、レナ様が献身的に看病されたそうだぞ。さすがに心を動かされるだろ」

 

 ……玲菜は自分の耳を疑った。

 まさか『結婚』と男たちは言わなかったか?

 しかも『レナ様と』と。

 即位式の襲撃で大怪我した彼を彼女が献身的に看病して、心を動かされた、と。

 

(……え?)

 

 

「夫婦の不仲説もあったけれど、これからお世継ぎが誕生なら、そんなこと無かったんだな。良かった」

 

 

 ここで、男たちの最初の会話と同じ言葉が出てくる。

 玲菜は初め認識していなかったが、改めて聞いたら今やっと言葉を認識した。

(お世継ぎって言った? お世継ぎって……)

 全身が震えて、もう何も考えられなくなる。

 

 皇帝になったレオがレナと結婚して、そのレナは妊娠した。……なんて。

 信じて戻ってきたのにそんな悪夢があるとは。

 玲菜を絶望に落とすには充分な噂話だった。


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