創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第三十四話:秘密の夜会]

 

 そもそも鳳凰城塞の家政婦は、常勤務は少数で戦の都度募集をかけていたが、隣国との戦を休戦したのも束の間、皇帝の反乱組織の存在が判明してからは常時女性を募集し始めた。

 それが約二年前からのことで、各砦にも軍が常駐。中でも鳳凰城塞には多くの隊が駐留することになった。

 国民は内戦が起きるのではないかと怯えて暮らし始めたが、皇帝の悪政により、次第に自らが武器を持って反乱をし始める。砦の軍はそういった反乱小党を鎮める役になり、余計に民の反感を食う。

 各地で小規模な内乱が起きつつ、まだ動きを見せぬ反乱組織に期待が高まり、志願者も増えていった。

 

 ちなみに、湖上の砦である緑龍城にも、守備兵やバシル将軍の緑龍騎士団以外の兵が常駐してきたが、今は反乱組織に共感して奪還軍に寝返る決意をしている。

 また、バシル将軍の緑龍騎士団の多くは元蒼騎士聖剣部隊から分かれた兵であったし、守備兵も真実を知っている。

 緑龍城の兵は総じて奪還軍の味方ともいえる。

 

 

 

 

 その緑龍城で。

 約二十日間城を離れていた奪還軍の軍総長が帰還予定日の昼前に帰ってくると、公ではないが夜に帰還祝いをと城主から提案された。だが、旅の一行は疲れていたので翌日の夜に変えてもらうことにする。

 ついでに帰還祝いだけでなく、早まった戦の出陣への激励会も兼ねると軍師から頼まれて、秘密の夜会の開催が決まった。

 大広間を使い、奪還軍の仲間だけを参加させてパーティーをする。

 

 

 

 招待された玲菜は、ドレスを持っていないのでアヤメに借りることになり、パーティーの始まる前に緑龍城へ出向く。

 アヤメに案内された衣装室に行くと、そこには奪還軍の家政婦になったらしいミリアも居て、二人で色とりどりのドレスの中から着てみたいものを選んだ。

 ミリアは水色の可愛らしいドレスを選び、玲菜は前にレオが「もう一度見たい」と言っていたピンク色のドレスを選ぶ。

 二人とも城の衣装係に着替えや髪結いを手伝ってもらい、着飾ったお互いを見ると喜び合った。

 

「レイナ、可愛い〜! ピンク似合うわね」

「ミリアこそ! 凄く可愛い!! そのドレスいいね!」

 

 お世辞ではなく、本当にミリアは可愛いので玲菜は「お姫様みたい」と羨ましく思った。

 一方、ミリアも玲菜のドレス姿になぜか興奮して小突いてくる。

「やだ〜。レオさん絶対喜ぶわよ! パーティーそっちのけで部屋に連れていかれるんじゃない? も〜」

「え? え?」

 戸惑っていると話題をショーンに替える。

「ショーンさんもスーツ着るのかしら? ああ〜楽しみ〜!」

 目を潤ませて期待する彼女に玲菜は複雑な気分を持つ。

 その二人の前に、同じく深緑のドレスで着飾ったアヤメが現れた。

「二人とも、着替え終わった?」

「あ、アヤメさん! なんかカッコイイ!」

 玲菜に続き、ミリアも褒める。

「凄く素敵、アヤメさん! 奥方って感じ〜!」

「へぇ! やっぱ二人とも似合うね」

 目を丸くするアヤメにミリアは駆け寄った。

「でしょでしょ? わたし、こういうお城のパーティーって初めてなの! 緊張するわ〜。町のお祭りのダンスと違うものね、素敵な殿方とうまく踊れるかしら〜!」

 ミリアがやけに興奮しているのはこういうことで、“砦でのパーティー”には参加したことはあっても、いわゆるドレスを着るような“お城のパーティー”は初めてらしく。

 玲菜も別に慣れているわけではないので緊張する気持ちが解って相槌を打った。

「あ! 分かる! 私も緊張してるよ」

 するとミリアとアヤメは意外という風に顔を見合わせた。

「え? レイナは慣れているんじゃないの? だってレオさんの恋人だし」

「てっきりサイ城のに参加しているのかと」

「そんなことないよ」

 慌てて否定する玲菜。

「参加したことあるけど、一回だけだもん。だから全然慣れてないの」

「へぇ〜〜〜」

「でも、一回は参加したんだ?」

「う、うん」

 

 三人がお喋りで盛り上がっていると、アヤメの侍女が窺いながら伝える。

「奥様、皆様。支度はできましたか? 殿方たちがお待ちですよ」

「え?」

 一番に反応したのはミリアだった。

「殿方? 殿方ってまさかショーンさん!?

 

 

 しかし……彼女を待っていたのは渋いおじさんではなく。

「ミ、ミ、ミリアちゃん……可愛い」

 こげ茶色の着慣れないスーツを着たイヴァンであって、彼女の着飾った姿に見惚れて顔を赤くしている。

 だがミリアはあからさまに大きなため息をついた。

「はぁ。なんだ、イヴァンか」

 声は例の如く低い。

 落ち込むイヴァンをかわいそうに思い、アヤメが小声で注意した。

「もう! イヴァン君に失礼でしょうが!」

 そのアヤメの前には二人の男性……というか、一人のごつい武人と一人の小さな幼児。

 それはもちろんバシルとミズキであって、アヤメは嬉しそうに二人に駆け寄る。

 バシルはいつもよりも美しい妻に表情を緩ませて腕を差し出した。だが、腕を取ろうとしたアヤメにひっつく息子のミズキ。

 二人は笑い、バシルがミズキを抱っこするとその腕にアヤメが腕を添えた。そうして親子三人で仲良く大広間に歩いていく。

 ミリアは羨ましそうに三人を見て、ムスッとしながらイヴァンに言う。

「ほら、早く連れていきなさいよ。但し胸を張って! こんな可愛い女を連れて歩けるんだから、貴族じゃなくても堂々とするのよ!」

「は、はい」

 思わず敬語で慌てるイヴァンの腕を取り、玲菜のパートナーとして一緒に来た男に会釈をした。

 

 玲菜は去っていく二組を見送ってから、自分を迎えにきた男をチラリと見た。迎えに来た時にも思ったが、ありえないくらいカッコ良くてじっくりと見られない。

 彼はいつも、こういう“正式”な場ではシリウスの象徴である青系の服を着ていたので、そうではない黒いスーツは新鮮だし似合っている。普段はだらしがないのに、きちんとした服を着ると皇子のオーラが出てとにかく凛々しい。……いや、今は皇子ではなく皇帝ではあるが。

 二人だけになって、レオは玲菜に腕を差し出した。

「じゃ、俺たちも行くか」

 そっぽを向きながら。

 

 実はレオも玲菜のドレス姿が眩しすぎてちゃんと見られない上に、皇帝の座を奪われてからは皇族の行事とは無縁だったので、こういうパーティーが久しぶりで妙な照れくささを感じていた。

 皇子の格好でもシリウスの格好でもないが、正装が久々だし。あの、祝賀パーティーでの夜のように美しく着飾った彼女が綺麗すぎて変に動揺しそうになる。

(なんだよこれ)

 平静を装っているが、ドキドキして多分顔が赤い。

 前も充分だったけれど、今夜はそれ以上。髪も短いながらに編み込んでまとめていて花と宝石の髪飾りが魅力を引き立たせる。

 彼女に「綺麗だ」とか、口説き文句の一つでも言いたかったが口が開かなかった。

(なんでだ?)

 辛うじてエスコートのために腕を差し出すくらい。

 その腕を玲菜がそっと取ると、二人で緊張して廊下を歩き始めた。

 

 しばらく沈黙になり、いつもと違う雰囲気の中、玲菜がおずおずと話しかけた。

「レオ」

 ためらいつつ、恥ずかしそうに告げる。

「あのね。もしダンスとかあっても、私、踊れないから」

「は?」

 思いもよらない告白をいきなりされたので一瞬把握できないレオ。

「何? ダンス?」

「あ、えと。無かったらいいんだけど。もしあったらの話」

「え? えーと」

 レオが考えている間にも玲菜は申し訳なさそうに俯く。

「ごめんね。私、社交ダンスとは無縁の生活してたから」

「ああ。いや、俺もダンスとか嫌いだし。でも、お前が踊りたいなら教えてやるけど?」

 彼の言葉に玲菜は一度止まり。しかし思いきり首を振る。

「そういう展開もオイシイけど! やっぱ無理〜〜〜〜!」

「そうか? 無理か? じゃあ仕方ねーな」

 彼女がそう言うなら仕方ないと、また歩き出そうとするレオを引っ張る玲菜。

「で、でも! 舞踏会とか憧れはあるの」

「憧れ?」

 玲菜は下を向いたまま小声で言った。

「だから、こっそり……教えてください」

「こっそり?」

「皆の居ない所とかで」

 つまり、ひとけの無い場所かと解釈してレオは別のことを思う。

(ん? 踊りを教えてほしいのは口実で本当は誘っているのか?)

 ひとけの無い場所でするコトといえば……

 自然と口元が緩む。

(そうだよな。ずっと我慢してるんだから、こういう時こそ気分が盛り上がるよな)

 彼女も自分と同じ気持ちだと解ると妙に嬉しいし益々気持ちが高まる。

(じゃあ、ダンスがあったらその時に……)

「分かったよ。手取り足取り教えてやるから」

 言い方が微妙にイヤラシイと思いつつ玲菜は、バルコニー等でレオと二人きりでダンスを踊る想像をしてうっとりする。

「うん、ありがとう」

 彼の勘違いには気付かずに。

 

 

 

 緑龍城の夜会は、正装をすることや立食など、雰囲気こそ出立前夜会風ではあったが、特に挨拶や演説などは省いた気楽なパーティーであった。但し、すぐに出陣するというのもあって、若干の緊張が皆に走っている。

 参加している女性のほとんどは戦のために雇われた家政婦であって、そもそも彼女たちは恋人や身内が奪還軍の主要な兵だという、事情を知った者たちであり。

 パートナーとの別れをさみしがっているカップルも目立つ。

 残りの女性はダリアやレッドガルムの仲間である女戦士が多く、綺麗でもうかつに近づけない雰囲気が漂う。

 心配していたダンスはあまり行われる様子ではなく、玲菜は皆とお喋りをしたり食事を楽しんだりして過ごした。

 

 一緒に居たレオは、特に軍総隊長だと挨拶したわけではないが、そのオーラからか皆が分かって注目を集めた。

 噂通り皇帝(シリウス)によく似ているとざわめきが起こった。

 また、中には真実を知っている兵も居て、レオの前で跪《ひざまず》こうとしたが、そこをフルドが止める。今はまだ、正体をバラして混乱を招くよりもこのままの方がいい。

 パーティーは穏やかに進んだ。

 

 

 そして……

 夜会も盛り上がってきて、踊り出すカップルも多くなってきた頃。

 玲菜は「踊りを教えてやる」と言ってきたレオに引っ張られてひとけの無い場所……というか、ひとけの無い廊下を歩かされた。

 

 どこに行くのか? 廊下でこっそり踊るわけでもないし、バルコニーや外に行く風でもない様子に疑問に思っていると、たどり着いたのはまんまとレオの(いつも使っている)部屋。

 薄暗いまま、ひとけが無いどころか音楽も聞こえなくてどうやってダンスの練習をするのかと思った玲菜は、彼に誘導されるままベッドに寝かされてようやく「何か違う」と気付く。

 重なってきた彼についつっこんでしまった。

「何これ? ダンスじゃないしっ!」

 顔が近付いてきたので慌てて押さえる。

「ちょっと待って! なんでなの?」

 レオは真顔で答えた。

「お前が誘ってきたんだろ」

「え?」

 押さえきれずに、彼の唇が自分の唇に触れてきて反射的に目を閉じた。

 

 ……熱いキスは体を高揚させて一気にその気にさせる。

 

 危うく身を委ねそうになったが、我に返ってもう一度彼を押さえた。

「待って!」

「ん?」

「誘うって何?」

 

 レオは少し照れながら答える。

「俺に言わせんのかよ」

「え?」

 だが彼は続きを言わずにキスの続きをしてきた。

 先ほどよりも熱く焦がれそうな口づけに、段々と抵抗する気も無くした玲菜は、押さえていた手を背中に回す。

 誘った憶えも無いしダンスの練習でも無いが、そんな些細なことはどうでもいいと思った。

「レオ……」

 まっすぐな瞳は吸い込まれそうだし、優しく頬に触れる手が愛しい。

「玲菜……」

 おまけに囁き声は異常に色っぽくて耳が熱くなる。

 囁かれた後に、更に耳元へキスをされるとつい声を漏らしてしまう。

 唇が首筋を伝うのも同じ。玲菜はゾクゾクしながら目をキュッとつむり、顎を上に傾ける。声は抑え気味にして彼のシャツを掴んだ。

「レオ――」

 

 その時。

「ん? 誰か居るのか?」

 

 レオとは違う男の低い声が間近で聞こえた。

「悪いがこの部屋は俺がもう使わせてもらっているんだ。休むなら別の部屋で……」

 そう言って暗い部屋の奥のソファから出てきたのは――茶色い髪を乱した背の高い男であり。

 最初暗がりだからなのと髪型がいつもと違うので分からなかったが、よく見るとカルロスであって。

 向こうもこっちも目が合うと「うわぁああああ!」と悲鳴を上げた。

 一番絶叫したのは玲菜だ。

「わぁあああああああ!!

 別にカルロスでなくとも、自分たちの情事を誰かに見られるのは錯乱必至。

 青ざめて赤らめて泣きそうになり、一方カルロスは自分の想い人の玲菜がレオと一緒にベッドに横になっていた光景を見た為に顔面蒼白。放心状態になっていると、顔を赤くしたレオがベッドから降りて激怒した。

「お前ぇえええ!! カルロスかよ!? なぜここに居る!? 俺の部屋で何をしていた!?

 顔の色は邪魔された怒りのせいもある。

 放心していたカルロスは我に返って跪いた。

「え!? レオ様の部屋!? すすすすみません! それは失礼を!! 酒に酔って休もうとした際に、てっきり空き部屋だと思って入ってしまい……!」

 実は鍵が開いていたのは、レオが玲菜と使うために先ほどフルドに開けさせておいたのが原因で。まさか、ほんの少しの時間で他人が入ってしまうとは思わなく。

 カルロスはカルロスで、パーティーの酒に酔ってちょうど休もうとした時に、(タヤマが)偶然見つけた空き部屋に入って奥のソファで寝ていたところだった。

 それがレオの部屋だったとは思いもよらないし、ましてや玲菜を連れてくるなんて。

 ショックだし驚きすぎて混乱する。

「奥のソファを借りてしまいました。も、申し訳なく存じます!」

「いいから、早く出ていけ! ここは立ち入り禁止だ。前の廊下からすべてな。分かったらさっさと行け!」

「は、はい!」

 カルロスは慌てて去ろうと離れていったが、何かを思い出したように引き返してきた。

「ああ、そうだ!」

 恥ずかしそうな玲菜に近付き、じっと見つめる。

「レイナさん!」

「はい?」

「今日は一段と美しいです。ドレスも髪型も髪飾りも似合っている」

「え、え?」

 思いもよらない褒め言葉に玲菜は照れた。

 正直嬉しくもあるのは、レオには全く言われなかった言葉だから。

 

 ただ、止める間も無く様子を見てしまったレオはカルロスを睨みつける。

「何、口説いてんだよ」

「あ! いや、つい」

 ハッとしたカルロスは後ずさりしながら焦る。

 彼女があまりにも綺麗だったのでつい、褒めてしまった。レオの目の前なのに。

「し、失礼しました!」

 カルロスは頭を下げて今度こそ急いで出て行った。

 

 

 ようやく邪魔者が居なくなったと、ホッとしつつもレオは玲菜の顔を見てムスッとする。

「なんか、あいつに口説かれて嬉しそうだな」

「え?」

「顔が赤いし、さっきちょっと喜んでただろ」

「そ、そんなことないよ!」

 玲菜は首を振ったが、レオはムスッとした顔のまま。

「あの人、突然ああいうこと言って驚くことはあるけど、別に私は……」

 玲菜が必死に否定してもずっと大人げなくツンとしているので逆に腹が立ってしまった。

「ねぇ! どうしてレオはそうなの? 嬉しそうって言ったけどさ、そりゃ褒められれば嬉しいし照れるよ。カルロスさんはレオが言ってくれない言葉を全部言ってくれたもん! 喜ぶに決まってるでしょ?」

「はあ?」

 ここで声を上げてしまうのは彼の子供っぽい負要素。

「やっぱ喜んだんじゃねーか! でも今『そんなことない』って言ったばかりだよな? どういうことだ」

「だからそれは、褒められれば普通は嬉しいってことで、口説かれたことを喜んでいるわけじゃないの! 私は……」

 レオ以外の人に口説かれても褒められてもそんなに嬉しくないと、言おうとしたのに。

 彼が冷たく返したのは別の事に着目した言葉。

「また『普通は』かよ。お前の得意だな。普通って誰だよ」

 

 玲菜は開きかけた口を閉じて俯きながら呟いた。

「……もういい」

 ベッドから降りて、トボトボと部屋のドアへ向かう。

 

「どこへ行くんだよ?」

「パーティーに戻る」

 答えても、彼は引き留めもせずに無言だったので、玲菜は静かに部屋を出て行った。

 

 暗い部屋で一人になったレオは、玲菜が去ってから激しい後悔と反省に悩まされる。

「あ〜〜〜〜〜〜〜」

 頭を抱えて落ち込み、力無くベッドに倒れた。

 特に、カルロスが言うよりも先に褒め言葉を彼女に伝えなかったことが一番の心残り。

(俺だって、思ってたのに)

 今日は一段と綺麗で、ドレスも髪型も髪飾りも全部似合っている、と。

(なんで言えなかったんだ、俺は)

 言わなきゃ相手に伝わらないのに。

 先ほどだって、彼女は何かを伝えようとしていたフシがあったのに、別のことを挙げて聞かなかった。

(ちょっと、ガキっぽかったかな)

 反省しつつも、彼女が一人で出て行ってしまったことに不満。

(でもアイツだって、自分勝手に戻っちゃうし)

 

 レオは散々悩んだ挙句、やはり彼女を連れ戻そうと立ち上がった。こんなことでモヤモヤするのは自分らしくないし、今夜は彼女と過ごしたい。別に欲求を満たすとかではなくて。彼女が嫌がるなら何もしなくてもいい。ただ一緒に居たい。

(意地張らなきゃいいんだよな、うん)

 軽く深呼吸をして、彼女を追うために部屋を出て行った。

 

 

 その頃。

 大広間に戻ってきた玲菜も、やはりレオの許へ戻ろうか悩んでいた。

(怒って出てくるなんて、私、子供っぽいかも)

 反省も後悔もいっぱいある。

(なんでこうなっちゃうんだろう)

 今すぐ「あ〜〜〜〜〜もう〜〜〜」と叫びたい。

 今頃レオは怒っているか?

 本当は一緒に居たいのに。

(ごめんねって言えば、レオは許してくれる?)

 もちろん、自分がすべて悪かったとは思わないが、一先ず折れた方が良い気がする。

(うん、やっぱ一緒に居たいよ)

 玲菜は悩みに悩んで、彼の部屋に戻ることを決意した。

 軽く深呼吸をして一歩を踏み出す。

 

 だが、偶然近くにカルロスが居て、見つけた玲菜に声を掛けてくる。申し訳なさそうに先ほど邪魔したことを謝ってきた。

「あ! レイナさん! 先ほどはその……すまなかった」

 キョロキョロして、もう一人謝らなければならない人物を捜す。

「レオ様は?」

「え? ああ、えっと……」

 あの後喧嘩したとは言いづらい。

「今は、部屋で休んでて」

「ああ、なるほど」

 カルロスは顔を赤くしながら言う。

「いや、ホントに。邪魔しただけでなく、余計なことをして、レオ様を怒らせてしまった。申し訳ない。ただ、あまりにもレイナさんが綺麗だったから、恋人の前なのにうっかりと」

 またサラリと褒められて玲菜は恥ずかしくなる。

 彼の褒め方は口説き文句というより、バカ正直につい言ってしまっている風なので余計に照れるというか。

(なんだろ? 天然?)

 女性にモテそうだと思いつつ、玲菜は苦笑いで返す。

「いえ、平気です。褒めてもらえたのは嬉しいですし。部屋に居たのは知らなかったんだから仕方ないです」

 しかもよりによってイチャついているところを見られてしまったわけであり、恥ずかしいのは拭いきれない。顔を赤くする玲菜に、カルロスまで恥ずかしそうに話した。

「しかし、酒に弱いくせに飲み過ぎたのがいけなかった。これからは気を付けなければ」

 なんというか、彼も酒に弱かったのか。

「私もお酒に弱くてたまに失敗するんです。お互い気を付かないといけないですね!」

「おおお! 貴女も弱かったのか。それは気が合う」

 なんとなくカルロスと会話を交わしていた玲菜は、自分に向けられる視線に気付けなかった。

 

 

 少し離れた場所に居た視線の主はレオであり。

 大広間に戻ってきて、駆け寄ろうとした矢先にカルロスと微笑んで見つめ合う彼女の姿を見て呆然とする。

(何やってんだよ)

 最初は、怒って引き離そうかと思った。

 だが、嫉妬の感情よりもショックの方が大きくて虚しくなる。

 パーティーに戻った彼女は楽しく過ごしているではないか。

(よりによって、あいつと)

 自分の許には戻らず、他の男とあんな楽しそうに話すなんて不愉快極まりなくて、謝ろうと迎えに来た自分が馬鹿みたいだ。

 

 レオは玲菜には話しかけずに方向転換して自分の部屋に戻る。

 そして、フルドに持ってきてもらった酒を大量に飲んで酔っぱらったまま眠りに就く。

 

 玲菜が部屋に戻ってきたのはそのすぐ後で、ドアは閉まっていて、呼んでもノックしても返事はなく、ショックを受けた。

(もう寝ちゃったんだ、レオ)

 謝って一緒に過ごそうと思ったのに。

 まさか、大広間でカルロスと会話していたところを見られていたとは思いもよらないし、彼が本当は迎えに来たことも知らない。

(せっかく戻ってきたのに。私だけなのかな? 一緒に過ごしたかったのは)

 いくら先ほど喧嘩っぽくなってしまい、自分から出て行ってしまったとはいえ、一緒に居たいという気持ちが自分だけなのはさみしい。

 おまけに鍵が閉まっているので入れない。

 

 

 玲菜は、なんとなく廊下をウロウロしてどうしようか考える。たまにノックをして、レオが気付いてくれないかと思ったが、返事は無く。

 落ち込んでいるとショーンがやってきてびっくりしたような声を出した。

「玲菜? 大広間で姿を見ないと思ったらこんな所に居たのか。何してる? レオ?」

「あ、えと……」

 答える前にいろいろと解釈するショーン。

「ん? レオは部屋に居るのか? あいつも大広間に居なかったけど」

「う、うん。居るけど、寝ているみたいで」

「はあ?」

 父は眉をひそめる。

「なんだよ。玲菜を部屋に呼んだってことか? それなのに寝てる? とか」

 玲菜は俯きつつショーンに訊ねる。

「あの、もうパーティーは終わり? 今日はこれからどうするの? 家には帰らない?」

「ああそうだな。まだ終わりではないけどもう少ししたらお開きかな。家はどっちでもいいけど。レオが部屋で寝ちゃったならここで泊まった方がいいか? 帰りたいなら馬車出してもらうぞ」

「あ、うん。どうしようかな」

 何も決めていなかった玲菜が迷っているとショーンは近付いて肩を叩いた。

「寝る場所無いなら俺の部屋のベッド貸してやるから。どうする?」

 どうするか。

(このまま待ってても、レオ起きないかな)

 玲菜はお言葉に甘えてショーンの部屋で寝かせてもらうことにした。年頃なので少々恥ずかしいのを除けば、父認識をしているために気まずさはさほど無い。それに、レオの隣の部屋の方が安心感はある。

 衣装部屋に置いといた鞄を持ってきて部屋に入れてもらい、ベッドを借りる。最初は遠慮してソファで良いと言ったが、ショーンがそれを許さなくソファには父が眠る。

 

 

 玲菜はバスルームで服を着替えて風呂にも入り、ベッドで横になる。すでにソファで熟睡しているショーンを見てから、自分も眠ろうと眼を閉じた。

 本当はレオと一緒に居たかったのに我慢して、明日には彼の機嫌も直っていることを願いながら眠りに就いた。

 彼が勘違いしてしまっていることには気付かずに。

 

 

 明日にはいよいよ、マリーノエラのための小隊が鳳凰城塞に向かって出立する。

 そして、あまり日を空けずに本軍も出陣する。

 

 戦になる日は刻々と迫っていた。


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