創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第二部・第三十九話:決死の総攻撃]
鳳凰城塞攻略戦を開始して二日目。
たとえ早朝でも、いつ相手から攻撃してくるかは分からないので気の抜けない時間が過ぎる。
奪還軍は前日の戦闘の際に本軍を配置した地点よりも後方に陣を張っていて、ほとんどの兵たちはそこで起きて準備を整えて食事もとる。
軽傷の怪我の者は手当てをして、重傷な者は野営地まで戻って救護テントで寝かされた。救護班の必死な処置も空しく死亡する者も。
レオは負傷兵の前まで出向いて彼ら及び死者を尊《とうと》ぶ。
砂狼や顔も知らない砂族の者が多かったが、悔しさと自分の不甲斐なさが募った。
遠くでは、涙を呑んで彼らの勇士を称えるレッドガルムの姿も見えた。
そして、フルドを引き連れて歩いていると、敵の様子を見に行った偵察部隊が戻ってきて報告をしてくる。
依然として沈黙しており、進軍する様子は無い、と。途中、小隊が砂上に出てきて何やらこちらの様子を窺っている感じはあったが、時間が経つと戻っていって防備を固めていたようであったとの事。
向こうもこちらを警戒している様子が窺える。
「偵察を続けよ」と命令したレオは、一人で作戦を練る軍師の許へ行った。
兵たちとは少し離れた静かな場所で、ショーンはマリーノエラから聞いた『旧世界の兵器』について考察する。見た目等の特徴から種類をある程度推測していた。
まとめると、
一つは爆弾系である事。爆発すると散弾する仕組みであり、広範囲で危険だという。
更に三つは銃型である。銃型であっても連射する等大変危険な物であり、彼女は内の一つを解体・改造したとの事。二つは残ってしまったらしい。
そして、残りの三つは砲撃系。砲撃といっても銃の連射型でもあり、こちらもかなりの危険物。なんとか解体・改造したが、残念ながら一つ残ってしまったとの事。
(爆弾一つ、銃系三つ、砲撃系三つ……計七つか。内、銃一挺と砲二門は改造済み。恐いのはあと四つ)
逆に言えば、爆弾一つと銃二つ、砲一つを壊してしまえば恐い物は無くなる。
ショーンは昨日の事を思い出した。
(昨日出てきた大砲っぽいあれが、やっぱそうだろうな)
全部で三門有った。数が一致する。
(二つは壊れているとしても、キツイな)
銃型や爆弾も厄介だが、大砲型はかなり苦戦すると思われる。ただでさえ相手は正規軍なのに。
(どうする? いっそのこと賭けに出るか)
考えていたショーンの前に、レオが現れた。
「ショーン軍師。準備はいいか?」
「ああ、レオ」
軍師の姿を見たレオは、恐らく食事もとっていないであろう様子に呆れ返る。
「作戦を練るのもいいけど、しっかりメシは食っとけよ。いつ向こうが動いて戦いが始まるかも分かんねーのに。無理すると倒れるぞ?」
「ああ、うん」
そういえば、朝食をとるのを忘れていたことを思い出したショーンは、『無理すると倒れる』という言葉をそっくり返した。
「お前こそ無理すんなよ。倒れるぞ」
「は? 倒れねーよ」
平然と返すレオに、彼の部下のことも案じる。
「朱音さんとか白雷君のことも考えろ! お前の行動のおかげで彼らが苦労するんだからな」
確かにそうとも言えるが。
「でもあいつらは、無理するなと言っても勝手に無理するぞ」
レオの言う通り、彼らにはそういう性質がある。
少し考えてショーンはレオの肩を叩いた。
「とにかく、お前が無茶を減らせってこと。そしたら彼らも余計に疲れなくて済むから」
「はあ!?」
反論される前に、「メシ食ってくる」と軍師はこの場を後にした。
レオは開いた口を一旦閉じて、彼の背中に呟いた。
「そんなこと言ったって、無理しなくても勝てる甘い相手じゃねーだろ」
いざとなったら自分が前衛に立つことを覚悟する。
その時、敵の内部にまで偵察に行っていた黒竜が戻ってきてレオに報告してきた。
「陛下! 敵軍が前に出している兵器の形状が分かりました!」
「そうか。危険な偵察ご苦労だった。ショーン軍師は食事中だが、一緒に聴きたいと思うから連れてこい」
命令すると「ハッ!」と返事をしてショーンの許へ向かう黒竜。
食べ始めてすぐに連れてこられて、ショーンは怒り出した。
「お前が来い! お前が!」
「しょーがねーだろ。聞くのはオヤジだけじゃねーし」
レオの許へは、ショーン軍師の他にレッドガルムやバシル、朱音、白雷も集まっていた。
ショーンは仕方なさそうに食べ物を急いで呑み込み、黒竜に促した。
「黒竜君待たせたな。話してくれ」
「はい」
黒竜は、城壁近くに、守り神のように置かれる三門の砲の見た目を説明した。
聞いたショーンは、以前マリーノエラから聞いた兵器の特徴と照らし合わせて三門の正体を確定した。
「――やっぱ、マリーノエラの話で予想してたけど、二つはガトリング砲で間違いないな」
「ガトリング?」
「多銃身の回転式高性能版……っていうか、高威力版で、しかも連続射撃できる銃」
「そんなものが……」
思わず声を上げたのは朱音で、皆も信じられないという眼をする。
今ある銃は皆単発で威力も弱く、戦用に単銃身を組み合わせた多銃身の物も開発されているが、やはり威力がイマイチであまり実用化されていない。
ショーンは怖がらせるわけではないが、念の為に付け足した。
「銃といっても、キミらが知っている銃とは威力が桁違い。弾は甲冑をも貫くし、馬も倒される。……もっとも、“昔と変わらなければ”だけれど」
たった一回の連射で複数の敵をまとめて倒せる。弾が有る限りは現世界でかなり強力な兵器ともいえる。
但し、もちろんショーンは対抗兵器もちゃんと揃えていた。旧世界の兵器には旧世界の兵器を。少し時代が古くて威力は落ちるが、破壊できる可能性のある物。
(でもな……)
落ち込んで考えるショーンに、レオはずっと思っていたことを言い放った。
「犠牲はいい! ショーン軍師!」
心を見抜かれてハッとするショーン。
「オヤ……貴殿は、犠牲を少なく勝つことばかり考えるだろ。でも、今戦では無理だぞ。鳳凰城塞だぞ!! よく知っているだろうが!」
静まり返る場にレオの声が響く。
「犠牲は出る! 犠牲を怖がるな! 報いるためには勝つしか無い!! だから、俺が……」
「分かったよ」
ショーンはまさかレオに注意されるとは思わなく苦笑した。
「そうだな。たまには背水の陣みたいなのも悪くねーか」
軍師が犠牲を躊躇《ちゅうちょ》するのは、敵がかつての仲間だったという点にもあるが、そういう情は身を滅ぼしかねない。
戦は覚悟をしないと駄目だ。
「じゃあ、全軍で総攻撃するしかねぇな〜」
軍師の言葉に、幹部たちの気が引き締まる。
「前に話していた作戦通りに。敵の罠に飛び込むようなものだが、乗り越えればこっちが勝つ。決して勢いを殺さないように。勢いが無くなったらこっちが敗ける」
レオは先ほど言いかけた言葉の続きを言おうと口を開いた。
「じゃあ、俺が前……」
「前衛へはレッドガルムと俺が行く」
「え?」
ショーンの発言に驚きを隠せない一同。
恐る恐るバシルが訊いた。
「今、なんと?」
「昨日に引き続き、砂狼と砂族に先陣を切ってもらうけど、俺も一緒に行くから」
「あっ……」
危うく呆然としそうになったレオは慌てて止める。
「危ねーだろ! 何言ってんだ。オヤジは作戦と指揮を」
「作戦は今まで何度も説明しただろ? それに指揮というか、旧世界の兵器に詳しいのはやっぱ俺だから、俺が直接眼で見て前衛の兵に指示した方が効率もいい」
兵器に対抗して城門を突破するのにはやはり、ショーンが速めに適切な指示をするのが良く。そのためには前に居るのが得策とはなる。
「そして、切り開かれた道に他の隊が突入して制圧をしてくれ」
総攻撃には、軍総隊長も加わることを止めたりはしない。
「たとえフェリクスが立ち塞がっても」
ここでギクリとするバシル。
「迷わずに突破する、と」
幹部たちは静まり返り、目をレオの方に向ける。
軍総隊長は一旦目をつむって、ため息をつきながら呟いた。
「……分かったよ」
本当は、自分にとって父親代わりの男を危険な前衛には就かせたくない。
けれど、勝つために。
今の策が、一番可能性が高いのは分かっている。
……分かっている。
「けど、死ぬなよ! オヤジ」
私情で話すのは良くないと分かっていても、告げるレオ。
目を開けてショーンをまっすぐ見つめる。
「死ぬな!!」
ニッと笑い、ショーンは返事をした。
「分かってるよ」
彼に通じないのは分かっているのについつっこんでしまう。
「あんま不吉なこと言うな。これが映画だったら俺は死ぬ流れだぞ」
「エイガ?」
首を傾げながらレオは目蓋を落とす。
「冗談で言っているわけじゃないぞ。オヤジが死んだら、玲菜が泣くからな」
娘の名を出されると弱い。
「ああ、いや……」
戸惑うショーンに、更に小さな声で告げるレオ。
「……俺も」
「大丈夫だよ! 何言ってんだ」
少し照れたようにショーンは返した。
恐らく恥ずかしかったと思われるレオは、一旦落ち着くように息をつく。それから幹部たちの顔も見回した。
「お前らも、誰一人死ぬなよ」
「はい!」と皆が一斉に返事をする。
レッドガルムはレオに釘をさした。
「レオ様も、無茶をなさらぬよう」
「ああ」
軍総隊長は改めて命じた。
「軍師の言う通り、全軍総攻撃をかける。準備をしろ!」
整い次第、突撃を開始する。
「それから、軍師はレッドガルムと並んで前衛に。適切な指示をする事。皆は指示を聞き逃すな!」
返事をした幹部は散らばり、各団や隊の長に命令をしにいく。――やがて全兵に命令が伝わり、皆は戦闘の準備を整えた。
いくら遠く離れていても向こうにも偵察部隊があり、こちらの動きを察知した鳳凰城塞側は急いで攻撃に備えて同じく戦闘準備をし始めて更に防備を固めた。
そして……
ついに奪還軍は短距離の移動を開始。
昨日と同じくらいの場所で止まって陣形及び各配備に着く。隊長らの鼓舞で兵たちはまた鬨《とき》の声を上げて士気を高めた。
旗も掲げて風になびかせる。
敵側も迎え撃つ用意を終えて待ち構えている様子であった。
ただ、次でもう全軍突入の総攻撃をしてくるとは思っていないと見える。どう出るか警戒して慎重に行動していた。
ショーンの言う通り、勢いを殺さなければ制圧できる可能性は十分にあった。
いや、“可能性”なんて言っていては駄目か。
突撃する覚悟をいざ決める。
レオの両脇には白雷と朱音。すぐ後ろにはフルドとバシルと緑龍騎士団。離れた位置で射出機の発射用意をするのはイヴァン。黒竜は別陣の湖族隊やカルロスの隊に突撃の伝令をしに行く。
一度レオを見てからショーンとレッドガルムは前衛に向かった。
昨日と同じくまずは第一陣が出て敵陣に斬り込む予定ではある。その後は総攻撃を仕掛ける。
射撃隊の発射準備はもう整っていた。
砂狼と砂族の第一陣も抜刀《ばっとう》して戦闘準備万全になり、後は軍総隊長の攻撃命令を待つ。
兜もしっかり装着したレオは静かに刀を抜いて天に掲げた。
注目した皆は静まり返り息を呑む。
直後、軍総隊長による命令が下る。
「第一陣! 攻撃開始しろ!!」
途端に長弓隊の隊長の号令と砲撃。第一陣を率いるレッドガルムの声が響いた。
「突撃!!」
一気に進撃を開始する第一陣の兵たち。
昨日と同じようにレッドガルム自ら先頭に立ち、敵陣に斬り込む。ただ今日はその近くに軍師までも居た。
馬に乗って斧槍を担ぎつつ、レッドガルムは軍師に近付いて声を掛けた。
「ショーン殿、私が護衛になりますので無理なされるな! 貴殿が倒されたら困る。組織的にも、個人的にも」
言った直後に護るよう前に行き、向かってくる敵騎兵を次々と切り倒した。飛んでくる矢の位置さえも読んで槍で払う。まさに、これ以上無い護衛となった。
「助かる!! ありがとう!」
ショーンは馬で走りつつ、まだ遠くに見える『旧世界の兵器』らしき三門の砲を見た。
(三つともガトリング? いや、一つは普通の大砲っぽくも見えるな)
なんとなくだが、一つは他と形が違うように見える。
(あ! もしかしてマリーノエラの言っていた『火炎放射』か?)
彼女の説明の中に『火炎放射系』との言葉があった。というと、三門の砲の内、二つがガトリング砲で一つが火炎放射砲なのかもしれない。
ただ、三つの内の二つは解体・改造したというので一門以外は平気だとも思うのだが。
(う〜ん、でも念の為全部壊していった方がいいよな)
考えていると、敵兵が向かってきてそれどころではないと気付く。
(とりあえず今はこいつらの突破だ!)
ショーンは砂上での戦いに集中することにした。
砂上での戦いは昨日と同じく、奪還軍が圧倒的に優位であった。むしろ敵軍は兵隊を少なく投入しているよう。敢えて追撃を誘っているようにも思える。早々に後退をしてこちらの出方を窺った。追撃してくるのを狙っていても、まさかこんなに早くに総攻撃をしてくるとは思いもよらないだろう。
だが、一瞬気が引けるショーンにレッドガルムが促した。
「ショーン殿、敵軍の罠に飛び込みましょう! 勢いを失くしては駄目だ!」
……そうだ。勢いが無くなったら敗けると言ったのは誰だ。
「ああ」
砂が舞う中、ショーンは汗だくになりながら意を決した。
「追撃開始だ、レッドガルム。城門突破のために、配備されている砲は注意しつつすべて破壊する!!」
「承知した!」
レッドガルムは第一陣に向かって今ショーンが言ったことを命令する。
追撃開始に、第一陣は雄叫びを上げて進んだ。
いよいよ、罠と知りながら飛び込む決死の攻撃が始まる。
「レオ様……!」
大剣をぐっと握りしめたバシルが声をかけた。
ショーンなら、あと少し待てと我慢を促すだろうか。
……いや、無理だ。
レオは抜刀して命令をする。
「今より! 総攻撃を開始する!!」
「うぉおおおおおお!!」と、大地が割れんばかりの喊声《かんせい》が上がった。
罠を仕掛けた敵は一瞬何が起きたのかと思っただろう。
まさか、こんなに早くに!? と考える間も無く、全軍による進撃が始まる。
大軍の突撃は地響きを起こして恐怖にさえなる。
鳳凰城塞では、焦り出す兵たちに上官が落ち着くよう指示した。
『こちらには旧世界の兵器がある』と。
一方、奪還軍の特に第一陣の目標は旧世界の兵器を壊すことにあり、臆さずに砲へ向かう。但し、闇雲につっこむわけではなくもちろん十分に注意して。
そして、兵器破壊には専用の別働隊《べつどうたい》による突撃が別陣から開始されていた。
砂丘に隠れてずっと待機していた湖族の戦士団とカルロスの騎士隊は砂上の砦の左右側からやってきて突入。
相手側両翼や門前後方の射出・砲撃隊を攻める。敵の掩護《えんご》射撃を攪乱《かくらん》した。
早々の総攻撃と正面以外からの突撃に、勢いを圧された鳳凰城塞側は度重なる訓練も空しく“切り札”を扱えずに混乱した。
このままでは相手を陥れる前に自分らがやられてしまう。
『落ち着け』と命令していた上官も斬られて、砲撃手たちは慄《おのの》き焦る。本当に旧世界の兵器は敵を一瞬に蹴散らすことができるのか!? 不信した兵で臆病な者はこっそりと逃げ出す輩も現れた。
作戦がうまく起動せずに城門を破られる可能性も。
砦内で待機していた兵たちは慌ただしく戦闘配備した。
城門を守る『兵器』が突破された場合の対策として用意された、残りの旧世界の兵器も順々に運ばれる。
最悪城門が突破されようとも入ってきた兵を一網打尽にしよう、と。
奪還軍の総攻撃は功を奏して大犠牲どころかほとんど犠牲を出さずに敵を圧した。肝心の秘密兵器がちゃんと機能していない今がチャンスであり、作戦通りに壊せれば恐い物は無くなる。
ショーンはまず、解体改造されている可能性があっても一門の大砲の破壊を命令した。
弓騎士隊の名手を前衛に出して砲撃手を攻撃。代わりが入る前に脇から突っ込む。
「一つずつ確実に破壊しろ!」
幸い大砲の兵は臆病者が多くて逃げてしまい、狙い撃ちの危険があってもレッドガルム自ら突入した。
彼の仲間と、武器で直接砲身を壊すのだという。
やがて……
苦戦しつつも周りの敵は砂狼が倒して、――見事大砲を一門破壊に成功した。
「やった!!」
破壊した砂狼たちは一瞬歓喜する。
まずは一つ。
(これでもしかすると、『火炎放射』は撃破か?)
今ならいける気がしたショーンは、後退せずに勢いのまま次の砲に向かった。
砲はあと二つ。両方ともガトリング型で時代が古い二十世紀前半風の物と後半風の物がある。もしかするとどちらかは解体改造済みの可能性が。
マリーノエラはより恐い方を先に解体改造したという。――だとすると……
(頼む! 新しめの方が壊れていてくれ!)
願ってもやはり“恐い方”を先に破壊するのが得策なので、見た目で二十世紀後半風に感じるガトリング砲へ先に、兵を向かわせた。
「うわぁああああ!!」
敵の砲撃手は恐れながらも訓練通りに多砲身回転式機関砲を奪還軍兵に向ける。
これで壊れていなかったら最悪の事態になってしまうが。
(マリーノエラ!! よくやった!!)
ガトリング砲の弾が出てこなく、ショーンは天才技師に感謝した。
「え?」
矢を放たれて仲間が死んでも逃げずに、決死の覚悟で旧世界の兵器を使った敵砲撃手は放心した。
勢いよく向かってくる奪還軍の兵に逃げることも抵抗することもできなく射られて倒れる。
直後砂族の突撃で周りの兵も一掃された。
解体改造済みであったガトリング砲は発射できないようになっていて、破壊はできなかったが、残る旧世界の兵器の砲型は実質あと一つとなった。
残念ながら解体改造されていない物である可能性が高く。今度こそ慎重に、確実に壊さなければならない。たとえ犠牲者が出ても恐れず進むしかない。
なるべく速く。
砂狼と砂族は覚悟して残る一つの砲に向かって突撃した。
だが――思わぬところで足元が崩れることになる。
突然。
敵の砲撃も無く、味方の兵しか居ない場所で爆発が起きた。
何の変哲も無い砂上で。
一瞬誰かが裏切ったのかと思ったが違った。
爆発に巻き込まれた者は吹っ飛んだが、同時に銃弾や鋭利な物が四方に飛び散る。
近くに居た……というより、かなり広範囲で多くの騎兵や歩兵が弾や刃で貫かれて負傷した。
貫かれた者は馬でも人でも皆倒れて呻き声を上げる。
運良く巻き込まれなかった兵たちは一体何が起きたのかと場を離れて混乱した。
「爆弾……」
離れていて巻き込まれなかったが、状況を見たショーンはハッとする。
「地雷か!」
そうだ。マリーノエラの言った『爆弾系の兵器』はどうやら地雷型だったらしい。
(旧世界の兵器の一つは、地雷だったのか!」
確かに、爆弾でもある。恐らく、解析して独自に改造された風にも思える。
しかし、たった一つでもその威力は兵たちを混乱させるのに十分だった。
誰だって、未知の物は恐ろしい。
陣形を崩したり進むのを躊躇《ちゅうちょ》したりする隊が出てきて、ショーンは彼らに向かって叫んだ。
「大丈夫だ! 今みたいな地雷はもう無いはずだから!!」
中には恐ろしくなって場を離れてしまう兵たちも。
「恐れず進んでくれ!!」
空しくも声はかき消されて届かない。
仕方なくショーンは戻って兵たちに伝えようとした。
その、背を向けた矢先に――
銃の連射する大きな音が響いて兵の叫び声や馬の鳴き声が次々に聞こえた。
……恐らく、ガトリング砲を壊すのに間に合わなくて発射されてしまった音であり。
たくさんの騎兵たちが倒されたのが見なくても分かる。
旧世界の兵器がまた扱われてしまった。
一回の連射で、周りの兵をすべて倒してあまつさえ恐怖さえも与える。無残にも巻き込まれた味方兵までも。
撃った本人の敵兵でさえ、実戦でのあまりの破壊力に腰を抜かす。
恐ろしさで体を震わせた。
たかが二十世紀初頭風の旧式兵器であるのにも関わらず、この時代ではまるで化け物。
恐れていた通り、味方兵たちは皆怯んでしまった。
犠牲が出ると分かっていて罠に飛び込んだのに、目の当たりにすると心の弱さが出てしまう。
(最初は良かったのに)
やはり正規軍相手に寄せ集め集団では勝てないのか。
(いや、違うよな。兵器さえ壊せれば!!)
ショーンが自分の作戦の甘さを悔やんだ時。
一人のでかい騎兵が勢いよく駆けてくる。大剣を担いだその男は、ショーンの横を通り抜けてそのまま敵軍へ突っ込む。しかも、ただ無謀に飛び込んだわけではなく、周りの敵を一気に蹴散らした。
さすがは……帝国一と謳われるだけはある強さ。『猛将軍』の名は伊達ではなく、敵軍に突進する様を例えている。
「バシル殿……」
彼が居るということは、近くにはきっと――
「うろたえるな!! 奪還軍の兵たちよ!!」
青い十字の紋の入ったマントを着用した男が、混乱する兵に言い放つ。
「我に信じて続けば必ず勝機が見える!! 果たす約束を思い出せ!!」
不思議と場は静まり、奪還軍総隊長の声は遠くまで届いた。
「今こそ、臆さず進めよ!!」
言った直後にレオは馬を走らせる。まっすぐに進んで、前に立ちはだかった騎兵を次々に斬り倒した。
その勇猛な姿に、奪還軍の兵は歓声を上げて続く。混乱は解消してまた勢いが戻った。
そうだ。彼は、なんて英雄らしいのか。
『シリウス』と呼ばれていた時と何も変わっていない。
彼が戦場に立つと兵たちの士気が一気に上昇する。それが分かっているから彼は前衛に立つ。
時に、神話の英雄こそ彼をモデルに書いたのではないかとさえ錯覚してしまう。
レオの前にはバシルが着き、左右には優秀な忍の護衛が。そして後ろには精鋭部隊である緑龍騎士団が続く。
近付いた敵は皆倒されて道ができる。
勢いを全く殺さずに、旧世界の兵器へ恐れずに向かった彼らはガトリング砲で狙い撃ちされる前に見事兵器を破壊した。
兵たちが沸き立つ中、レオは目一杯の声でショーンに訊ねる。
「これで最後か!?」
ショーンも近付きながら叫んだ。
「そうだ! 外のは最後だ!! 後は砦内に三つ! 銃型で、城門を突破したら狙い撃ちにされるから気を付けろ!!」
ちなみに、城壁外の敵兵は大方一掃した。逃げた者や降伏した者も多数居る。だが、城内に降伏を求めても断固拒否された。
胸壁《きょうへき》からの激しい攻撃を避けながら、レオは味方兵に向かって命令する。
「今から城門を突破する!! 制圧はもうすぐだ! 恐れず続け!!」
「うおぉおお!!」という、いきり立つ声と共に兵たちは攻城戦を開始した。
降り注ぐ矢や銃弾を盾で防ぎ、倒れた味方を乗り越えて進む。
たとえ砲撃を受けても勢いが衰えることは無かった。
城内の旧世界の兵器を破壊するための軍である湖族やカルロスの隊は簡易的な攻城塔を使って城壁に近付く。
他にも、兵たちが攻撃を分散させるように至る所で攻城はしごを使う。壁には破城鎚《はじょうつい》や大砲も放たれて、敵の攻撃にはこちらの射手も掩護射撃をした。
楼門《ろうもん》の近くでは必死な抵抗を受けながらも突破せずに主力部隊が死角で待機した。自分たちのよく知る砦というのが、ここに来て役に立つ。
一方。
鳳凰城塞では非常事態で兵たちは慌ただしく駆け回り、内部で混乱が生じる。
『旧世界の兵器がまだ三挺あり、万が一に敵が城内に入ってきても一網打尽にできる代物だ』と指揮官から説明されても、同じように説明されていた砦外の兵器がすべて壊された今は、兵士たちの不安は募るばかり。
兵器への信用度よりも恐怖の方が超えていた。
そんな状況に頭を抱えながら、城内に入ってきたら自分の隊も戦闘に加わると準備をしていたフェリクスの前に一つの報告と一つの伝令が入ってきた。
両方とも彼にとって辛い話であり、特に報告にはかなりの衝撃を受ける。それは……
「――えっ!?」
たった今聞いた話を聞き返すフェリクス。
「今、なんと言った?」
「はい。……バシル将軍の、裏切りです」
思わず、報告をした兵の胸倉を掴みそうになったが、堪えて詰め寄る。
「バシル将軍と、言ったのか!?」
「はい。体格や強さは瓜二つだそうです。しかも、敵の主力部隊も緑龍騎士団にそっくりであり、恐らくバシル将軍が裏切って緑龍騎士団共々奪還軍入りしていると思われます」
淡々と喋る兵の言葉に心情が追いつかないフェリクス。
「そんな……まさか……」
「恐らく、反逆者のレッドガルムと手を組んで反乱組織首領の配下に加わった様子。もはやバシルと緑龍騎士団は謀反者である、と」
「そんなはずは、無い!! あの方の陛下への忠誠は固く! 崩れるものでは……」
放心とするフェリクスに声を掛ける報告兵。
「ですが、フェリクス様……」
「分かっている!!」
フェリクスは怒鳴った。
「分かっている。たとえバシル殿であったとしても、この城に攻撃してきた軍に入っていたら敵である、と」
信じたくはないが、かつて肩を並べた仲間と言えども、もし敵軍に加わっているなら戦うしかないと。決意した矢先に次の通達が入った。
それはシリウス本軍からであり、援軍に向かうとのことであったが、もう一つ重要な事が伝えられた。
賊軍に勝つことよりも、その首領の首を必ず仕留めろ、との事。
生かして人質にする必要は無く、一斉集中射撃をして倒せば、向こうは勝手に退却していくだろうと。
密かに生かして捕えようとしていたフェリクスは心を読まれていたようで焦ったが、本軍からの命令は皇帝からの指示とも言えて従わないわけにはいかない。
悩んだ末に判断を下した。
「では! 敵軍首領を城内に誘き寄せる作戦を行う。射撃隊は各塔に待機。対攻城塔への防備が薄くなっても、外郭に入ってきたら敵首領の首に集中して一斉射撃させよ」
本当はこんな作戦、味方を危険にさせるばかりか、敵軍の大将首に余程の価値が無い限り決行しないやり方ではある。
価値とは、敵軍の首領であるかどうかではなく、敵軍にとって唯一無二の存在であるかにかかる。つまり、首領に代わる存在が居ては全く無意味である作戦であり、たとえば絶対的な王であるとか……そのぐらいの価値が必要とされる。
果たして皇帝への反乱軍をまとめるだけの人物にそれ程の価値があるのかどうか。決起したレッドガルムの方が人望の厚い面でも余程価値があるような気もする。
(でも、陛下からの命令なら仕方ない)
陛下からなのか猊下《げいか》からなのかは分からないが。
フェリクスから指令を受けた兵は、返事をして射撃隊に通達すべく隊長の許へ走った。
それを見届けてから、親衛隊長は自ら戦いに出向こうと自隊の方へ向かった。裏切り者将軍をこの目で確認して対峙するために。