創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第五十五話:似ている女性]

 

 ――緑龍城に皇帝の軍が向かっていると聞き、一番青ざめたのはバシルだった。

 緑龍城はバシルの城であるが、何より妻や子を残してきている。

 

 黒竜による報告の後、レオは緊急的に軍議室へ幹部たちを呼ぶ。

 聞いたバシルは放心状態になり、無言で軍議室を出て行こうとした。

「どこへ行く!? バシル!!

 レオが訊ねると止まり、震える声で答える。

「城へ戻ります」

 慌ててショーンが止めた。

「待て! バシル殿! 一人で行ってどうする!?

「どうもこうも、妻と息子を助けます。止めないでください」

 走り出そうとするバシルにレオが言い放った。

「落ち着けバシル! いくらお前でも、一人で行っては捕まるだけだぞ。お前が捕まったら奥方や息子はどうなると思う?」

 バシルは全身に汗を掻き、青い顔をして振り向いた。

「落ち着いていられません!! たとえ捕まっても私は……」

「行くなとは言っていない!」

 軍総隊長はきっぱりと告げる。

「今からすぐに出陣する。奪還軍総出で本拠地に向かう。それでいいな!」

「陛下……」

 嬉しい決断にはらはらと涙を流したバシルは、「それでも」と覚悟を決める。

「ありがたいです。しかし、私は先に出ます! こうしている間も待てません。どうか!」

 本当は緑龍騎士団を率いねばならない彼だが、他の者の準備も待っていられない精神状態。やはり一人ででも行こうと、主《あるじ》の命令さえも従えない意向を示す。

 そんな彼にレオは怒鳴った。

「だから、一人で行くなと言ってんだろ、バシル!!

「ですが、陛下!!

 

「黒竜!」

 近くに控える忍びに声を掛ける。

「お前とお前の部下は、すぐに出られるだろう? バシルと一緒に行ってやれ」

「はっ! 承知しました!」

 黒竜は返事をすると義足ながらも早く歩き、バシルに並ぶ。「すぐに出ましょう」と声を掛けて退室を促《うなが》した。

 レオに何度も何度も礼を言ってからバシルは急いで出て行く。少数でも忍びの兵ならば百人力でおまけに素早い。彼らはあっという間に馬に乗り、鳳凰城塞を後にした。

 

 一方、レオたちものんびりと軍議をしている暇は無く、即、本拠地へ向かう準備を進める。

 兵たちに通達してとにかく急ぐ。

 緑龍城には守備隊も居るが、まともな攻防はできない。

 本拠地に恋人や家族を残している兵も多く、気が気でない者も居たが、心を強く持って戦いの用意をした。

 

 ただ、大きな問題が一つあり。

 現在、鳳凰城塞に居るあまりに多い捕虜兵たち。

 もちろん兵は残すが、大軍で緑龍城へ向かうと管理しきれなくなる。

 もしも反乱が起きたら、せっかく陥落させた砂上の砦を乗っ取られる恐れも。

 そして現状時間が無かった。考える間も惜しく、早く本拠地に戻りたい。

 

 

 自分用の部屋で、忙《せわ》しく用意して青いマントを羽織るレオの前に、心配した玲菜が駆け寄る。

「レオ……!」

 本当は楽しく一緒に帰る予定だった。

 戦も終わったばかりで、凱旋《がいせん》を行い、緑龍城に着いたら結婚式を挙げる。

 それが、こんなことになるなんて。

 アヤメやミズキ、他の皆も大丈夫だろうか。

「玲菜」

 レオは考えることがいっぱいの中、彼女のことを考える。

「お前は……」

 ここに残ってもらった方が安全のような。

「レオ、あのね! クリスティナさんが」

「クリスティナが?」

 

 そこには、侍女のヘレンだけを連れた異母妹が居て。ただ、感動の再会という雰囲気ではない。

「アルバートお兄様」

 彼女は、少し編み込んだ金色の髪を後頭部で結び、いつもの赤い着物の上に胸当てを装着。スカートのように長い腿甲《たいこう》も着けた、まるで戦場にでも行くような格好で現れた。

 十七歳の可憐な美少女が、実に凛々《りり》しい顔つきでレオに話しかけた。

「いえ、皇帝陛下。話は聞きました」

 まさか、同行するとは言わないだろうかと恐れたが、そうではなく。

「私《わたくし》も奪還軍に入ります。そしてどうか、現、事態の鳳凰城塞を任せていただきますよう、懇願《こんがん》しに来ました」

 

「え?」

 全く、理解ができない。

「鳳凰城塞を任せる?」

 奪還軍に入るとも言った。

「はい。只今の混乱状態で、軍総隊長が不在になりますと、反乱は必至。私は人質の身でここに来ましたけれど、元々、陛下の異母妹《いもうと》にございます」

 つまり、今までが偽者に囚らわれていた人質だったという事と、クリスティナは言う。

「解放された今、皇家の人間としても奪還軍に入るのは当然。陛下と共に戦いたく存じます」

 彼女は彼女なりに戦うと心に決めた。

 

「この砦の捕虜たちには、私の方から真実を説明して、決して反乱はさせません。そして、真実を知った者は騙された自身の愚かを悔《く》い、味方となって償《つぐな》うでしょう」

 

 クリスティナはきっぱりと言い放った。

「私が必ずそうさせます! ですから、どうかお任せを!」

 

 本来、たとえ皇家の者でも、信用はすぐになんてできなかった。

 けれど、彼女なら……

「レ……アルバート」

 玲菜も、御皇妹《ごこうまい》の決意を訴えるように見つめる。

 

 ……時間も無い。いや、むしろ願ってもないことか。クリスティナが圧倒的に支持を受けるのは分かっている。

 後は支えがあれば。

 

 仕方ないと、レオは頷《うなず》く。

「分かった。鳳凰城塞はお前に任せる。それとお前の夫、フェリクス・ウィン・スザク=スサノオは釈放する。親衛隊も釈放。但し!」

 騙されていたとはいえ、親衛隊は皇帝に刃を向けた。

「親衛隊は解散。これからは我が異母妹の護衛隊になってもらう」

 

 その決定事項に、クリスティナとヘレンが顔を見合わせていると、レオは着替えを手伝っていたフルドに命令した。

「そういうわけだから、フルド、頼む」

「はい! 御意《ぎょい》のままに」

 

 彼は早速釈放の手続きと勅令《ちょくれい》を伝えに行く。

 

 そのすぐ後にクリスティナは力を無くして座り込んでしまった。

「クリスティナ様!」

 ヘレンと玲菜が駆け寄ると彼女は微笑み、安堵《あんど》のため息をついた。

「良かったわ。お異母兄《にい》様、怒っていなくて」

 先ほどまで凛々しかったのに、異母妹のそんな姿に苦笑いしたのはレオだ。

「久しぶりだな、クリスティナ。見違えるほど綺麗になった」

 相変わらず妹に口説き文句かと玲菜は呆《あき》れたが、クリスティナは目に涙を浮かべる。

「やっぱり、本物のアルバートお兄様だわ!」

 幼き日に、唯一自分の遊び相手になってくれた異母兄。

 兄……という単語で、とある事を思い出す。

 

 後宮から逃げる際、偽皇帝の軍師のシガが、とんでもない事実を話していた。

 亡くなったはずの兄が生きていた、と。

 けれど、首を振った。

「私にとっての兄は、アルバートお兄様よ」

 たとえ腹違いでも。

 

 つい異母妹が口に出してしまった言葉が聞こえたレオはハッとする。

「兄……か。クリスティナの兄は……」

 そこまで言って口をつぐむ。

 まるで何かを知っているようで、玲菜が訊き返すと「なんでもない」と首を振る。

 妙に怪しげではあったのだがそれ以上は追及できずに、ショーンが呼びにきて流れた。

 

「大丈夫だよ、緑龍城は難攻不落《なんこうふらく》だから」

 軍総隊長の許《もと》へ来た軍師は、クリスティナの格好で状況を察し、不安そうな女性陣を安心させるように言う。

「湖上の砦は、簡単には陥落できない。昔使った隠し通路はもう封鎖してあるし、奪還軍が行くまで籠城《ろうじょう》してもらえばいい」

 主不在でも、籠城はできるだろうし、湖に囲まれているので近付くことはできない。

 ただ、船があったらもちろん攻撃をされてしまう恐れがあり……

 

「シリウス!! 入るよ!!

 

 またもや女性の来客……但し、大男並みの女性であったが。

 湖族長のダリアが血相を変えてやってくる。

 頼み事を否応《いやおう》なしに聞かせようと、半分脅迫気味に訴えてきた。

「悪いけど、湖族の隊はもう準備ができたから一足早くに帰らせてもらう。分かったね!!

 彼女の態度には理由があり、緑龍城が籠城した場合に真っ先に狙われるのは湖族の村だという事。

 ダリアたちが奪還軍に協力しているのがバレているかはさておき、湖族の村には船がある。しかも湖を囲むよう集落があるので、緑龍城を攻撃するために占領しようとする可能性は十分にある。

「ウチの連中はそう簡単にやられるタマではないけど、女子供が狙われたらたまったもんじゃない。せっかくまともな村になったのに、家や畑を壊されるのは嫌だし」

 とにかく、とダリアは言い放った。

「そういうわけだから、行くよ!」

 立ち去ろうとする彼女にレオは呼びかける。

「ダリア!!

 

 振り向くと、「気を付けろ」と言って許可を出した。

「擲弾筒《てきだんとう》を持って行け! すぐに本軍も向かうから。村をよろしく頼む!」

 

「あんたもね」

 ニッと笑ってダリアは部屋を出て行く。

 

 湖族の村も襲われると聞いた玲菜は怖くなった。

(そんな! 湖族の村が……!)

 湖族の村は自分にとっても大事な村。

 今の家もあるし、村人にも知り合いができていた。

 

 ショーンは頭を抱える。

「ああ、くっそ。或《ある》いはこれが目的か」

「え?」

 目的とは一体……

「向こうの狙いは、奪還軍の戦力を分散させることかもしれねぇ!」

 

 バシルも行った。ダリアも先に行く。元々、カルロスたちが別の場所へ出ている。

 

 顔を見合わせる女性陣と、冷静に訊ねるレオ。

「分散させてどうする? 伏兵が居て、こっちに攻めてくるってことか?」

「……分からねぇ」

 分からないが、警戒した方が良いとショーンは言う。

「何しろ向こうの軍師は、こっちをおちょくる作戦もよく仕掛けるしな」

「そうだよ!」

 対面した玲菜は頷く。

「あの人、ゲームみたいな感覚なんだよ! 相手を心理的に痛めつけたい、みたいな」

「まぁ、心理作戦も大事だがな」

 

 軍師たちが『心理作戦』と話しているのを聞いていたクリスティナは、自分の兄の話も心理作戦かと思ったが、この場では言わず。

 夫の釈放を待つ。

 

 

 やがて、本軍の兵の準備も整い。というか、元々帰る予定ではあったので出立《しゅったつ》の用意自体は早かったが、出陣の用意が整い。

 勝利の浮かれた調子ではなく、重々しい空気の中、フェリクス及び元親衛隊が釈放される。

 彼らは真相を知って放心状態になりつつもレオにひざまずく。騙されて自分らがしでかした事に、責任を感じて自害しそうになった者もいたが、そこはクリスティナが止める。

 レオから、新しく御皇妹の護衛を言い渡されると罪を償う如く従い、これから彼女が捕虜全員に真相を述べて、奪還軍の配下にさせる大役を行う際に全面協力をする事を約束する。

 改めて本物の皇帝に忠誠を誓った。

 

 

 そして――

 鳳凰城塞はクリスティナとフェリクスに任せて、本軍は緑龍城へ向かう。帰還ではなく皇帝の軍を追い払い、本拠地を守るために。

 レオはバシルの抜けた緑龍騎士団を率いて行軍《こうぐん》に加わっていたが、異母妹と一緒に砂上の砦で待たせようとした玲菜は、軍師と一緒にちゃっかり車に乗って緑龍城へ向かっていた。

 ちゃっかりというか、『決して独断行動はしない。いざとなったら車で逃げる』という条件でレオは許す。

 正直、鳳凰城塞も完全に安全とは言い切れないので、自動車移動ならば良いとの事。恐らく先に着いてしまうが決して危ないことはしない、と約束。

 ショーンは周りに気を付けながら車を運転した。

 自動車の彼らは一番遅くの夕方に出たが、恐らく到着はダリアかバシルに追いつくはず。

 遠回りでも、順調に行けば明後日の昼には着く計算であった。

 

 

 

 ――その、到着予定の前日の夕方。

 明日は早朝から出てとにかく早くに着きたいと宿を探すショーンたち。

 見つけた村の近くで車を隠し留めて歩き回る。

 小さな集落だと泊まれる場所が無い場合もあり、ここは『有る村』だと地図に印をつけておいたから来たのだが……以前はどこに在ったかと迷う。

 帝国内を移動することはとにかく多くて、いろいろな所に行っているのでつい忘れてしまった。

 それでも、宿のある場所は大体どの村も一緒だと商店のある道をうろうろとしていると、村人の一人に声を掛けられた。

「アンタたち、もしかして旅の人かい?」

 あまりにキョロキョロとしていたのでバレたらしい。ショーンは返事をした。

「ああ、そうなんだ。ところでこの村の宿だけど……」

「宿はもう無ぇよ。去年店主が辞めちまって。この村であと泊まれるとしたら教会か酒場か」

 なんと、一軒在った宿はすでに無く、泊まれるのは教会か酒場だけらしい。

 ショックを受けたショーンはそれでも教えてくれた村人に礼を言い、玲菜の心情を悟って促《うなが》した。

「じゃあ、教会に行くか」

 酒場は絶対に嫌だと言うはず。

 玲菜は頷き、二人は村の真ん中にある教会に向かう。

 

 

 そうして、果たして旅人が泊まれる部屋はあるのかと心配になる小さな木造の教会に到着した頃、ショーンは妙な違和感を覚えて周りを見回す。

 

 ふっと風が目に入り、次の瞬間には見覚えのある女性が映ったので見間違いかと自分の目を疑った。なぜなら、見覚えといっても、彼女は死んだはず……。

 しかし、遠くの木々の横に、茶色い髪の女性は立っていた。金色に近いその髪は腰ほど長くまっすぐで、あれから何十年も経ったのに変わらなく見える美しさ。

 独特の神聖な雰囲気。

 

 顔がはっきりと見えたわけではないのに、そんな気がして、ショーンは自分の知る人物の名を呼ぶ。

 

「……シドゥリ?」

 

「え?」

 自分もよく知る名で、玲菜も父の見る方を向く。

 しかし、そこに居た茶髪の女性は自分の知る『シドゥリ』ではない。

 彼女は白髪《はくはつ》で、目には包帯を。そもそも亡くなったはずだし、ショーンは彼女のことを「アルテミス」と呼んでいた。

 では、あそこに居る、三十歳前後風の女性は一体……?

 

 玲菜は、なぜか一瞬『タチアーナ』と思い浮かんだが、彼女は赤っぽい茶髪でそんなはずはなく。

 放心状態の父に話しかける。

「あれって誰? 知り合い?」

「ああ……いや、でもそんなはずは……」

 ショーンはこちらを向かずに、独り言のように呟いた。

「シドゥリは死んだはず」

「え? シドゥリさん? っていうか、別にシドゥリさんには見えないけど」

 

「アルテミスじゃなくて、アルテミスの姉のシドゥリ」

 

 まるで、幽霊を見るかのようにショーンは愕然《がくぜん》とする。

「いや、もしも死んでなかったとしても、なんで変わってないんだ」

 彼女に会ったのは、自分が十七の時。――ただ、この世界の時間では二十四、五年前。

 あの頃は二十代後半に見えたが、今もほとんど変わっていない。

 それとも、単なるそっくりな別人か。

(別人?)

 顔はよく見えない。白いローブのような服は、彼女が預言をしていた時と似ている。

(髪と服装と雰囲気が似ているからシドゥリだと?)

 ショーンは頭を冷やすように首を振った。

「どうかしていたな」

 冷静に考えれば彼女ではないのは分かるし、近くで見たら似ていないかもしれない。

「ああ」

 俯《うつむ》き、少し落ち着くように頭を押さえた。

 すると……

 

「あれ? どこ行ったんだろう、あの人」

 

 “知り合い”に似ていた女性は姿を消してしまい、玲菜は周りを見たけれども見つけることはできなかった。

 ちょうど夕日が沈んで、暗くなったのも原因にあるかもしれない。

 

 ともあれ、二人は気を取り直して教会の戸を叩く。

 出てきた牧師は快く空いている部屋を貸してくれる。

 

 

 但し、一つしか空いていないらしく、こちらも親子なので同部屋を我慢する。

 

 ―――――

 

 食事後、玲菜はショーンに夕刻での疑問を改めて訊ねた。

「ね、今日の夕方の話だけどさ」

 狭い部屋の小さな二つのベッドの片方に座って俯く。

「あの人、一体誰だったの?」

 結局ちゃんとは答えてもらっていないから。

「え?」

 ショーンは思い出して、自分ももう片方のベッドに腰掛けて答える。

「あれは、別人だよ。お父さんが勘違いして」

「シドゥリさんって、言ってたよね? 似てたってこと?」

 隠しても仕方ないので、ショーンは頷いた。

「ああ、うん、そうだな。アルテミスではなくて、アルテミスの前のシドゥリ」

 アルテミスは、生前シドゥリと名乗っていたが、本名ではなく、預言者としての受け継いだ名だったのだという。

「つまりアルテミスの姉」

 そしてその名は、代々一族の娘が受け継いできた。

 アルテミスの前に『シドゥリ』と呼ばれていたのは彼女の姉だった。

 

「シドゥ……アルテミスさんのお姉さんも、預言者だったの?」

 

「うん。っていうか、予言の能力は『アヌーの腕輪』を填めることによって得るから」

 ショーンは娘に丁寧に教える。

「アルテミスの前に腕輪を填めていたのが姉」

「え?」

 驚いた玲菜は、そういえばそうだったと今更ながら思い出す。

「あ! そっか」

 アルテミスは青い宝石が組み込まれた石の腕輪を填めていた。

(そうだよ、あれがアヌーの腕輪)

 ついでに恐ろしいことも思い出す。

(あれを填めると“視える”ようになる代わりに両眼を失うんだ。それに、力を使うと老化しちゃう的な)

 アルテミスは、三十代後半だったはずなのに、八十代くらいの体になっていて、最期は“力”を使って寿命が尽きた。

 あの……ユナも……時空の渦で老女に……

 

 恐くて苦しいことを思い出したが、「だとしたら」と考える。

(アルテミスさんのお姉さんも、亡くなったんだよね?)

 確か、アヌーの腕輪は填めていた者が死なないと外れないはず。

 父も夕刻「シドゥリは死んだはず」と言っていた。

 そうだ。アルテミスは家族が全員死んだために『預言者』を受け継いだ、と。それはもしかするとアヌーの腕輪の力とかではなく、殺された……いや、戦に巻き込まれたような。

 戦の原因がどうあれ。

 

 父が見たアルテミスの姉はそっくりな別人に決まっている。

 

 

「俺はさ……」

 父は深刻な顔で告げる。

「アルテミスの姉のシドゥリに予言されたんだ」

 今まで誰にも言ったことはないし、言いたくはなかった話。

「心から愛する人を亡くすことと、この世界に帰ってくることを。ただ、それは――」

 こんなこと、娘に言って良いものか。

 彼女はアルテミスから預言を受けたのだと、前に聞いた。

 

『創世神』である、と

 

 もしそれが本当なら……“創る世界”というものが、自分の予想する定義であるなら……

 

 

「俺が、『世界を壊す運命を辿った後』だ――と」

 

 なぜ今言ったかは分からない。

 夕方にシドゥリに似ている女性を見て、急に、娘に告げなければと駆られた。

 

 玲菜は呆然《ぼうぜん》としていたが、父の告白で、今までずっと引っかかっていた疑問の“答え”が見つかったような気がした。


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