創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第八十三話:旧世界の王国]

 

 密偵の情報によると、現在、都は混乱状態という。

 

 偽皇帝の正体告白大発表以来、国内が混乱に陥《おちい》ったといっても過言ではないが、結局のところ、貴族たちに大きな動きが無く過ぎた。

 元々二年間の悪政で民衆たちの暴動や反乱の方が各地で起こっていて、そちらを抑えるのに忙しく、『聖戦』とやらに構っていられないのが本音。

 それでも、いくつかの貴族がシガの手引きでセイリオス側に付いたが、オーラム枢機卿《すうききょう》(ウォルト)の命令で都の警備にあたる。

 

 重要な鳳凰城塞《ほうおうじょうさい》を陥落《かんらく》させられて、奪還軍の本拠地の緑龍城攻撃も不発。

 秘策だったクラウ公国からのアスールス進軍も失敗……と、なると、仕掛けるよりも防備を固めた方が確実ではある。

 

 正直、奪還軍がサイ城を攻撃するなら今であり、逆にセイリオス側からすれば、『今』乗り切ってしまえば、自分たちの方に軍配が上がる。守勢《しゅせい》に力を注ぐのは良案であった。

 そして、さすがは皇帝の城を置く都か、防壁に隙は無い。

 

 

 

「――だから、まぁ、一見追い詰めてんだけど、追い詰められているのは実はこっちだっていう……」

 

 作戦会議中、悪気があるのか無いのか、軍師ショーンがポロッとこぼした。

「ホントに今が千載一遇《せんざいいちぐう》の好機だけど、むしろ『今しか無い』……というか」

 サイの都には厳重な警備が置かれているが、外からの敵以外に民衆の暴動に備えている部分も多い。

 暴動を躍起《やっき》しているのは主に『下』の住民。水面下はさておき、『上』の富裕層に目立った反乱は無い。

「今後、貴族たちがどう動くかは分からないし、明らかな好機である今、奪還軍の攻城がうまくいかない……もしくは、遅くなるにつれてこっちは不利になる」

 

 今は、誰の目から見ても奪還軍に好機で、セイリオス軍はわざとらしいくらい守勢に回っている。

 

「不利になるというか、『不利だと思われる』かな」

 どんなに頑張ってもサイ城は落とせないと印象付けられると、当然貴族たちは向こう側についてしまう。

「うん、やっぱり追い詰められているよ。どうしてこうなったかなぁ」

 攻略の難しい城を早めに落とさなければならないなんて、失敗確率の方が圧倒的に高い。

「おまけにクリスティナ殿下を取られた。結構ピンチだよな〜」

 

 かなり禁句発言して場の空気を重暗くする参謀長に、軍総隊長が注意した。

「ショーン……黙れ」

 

 

 レオやショーンが不在の間も、参謀《さんぼう》は戦略をたくさん練っており、その中から優れた物が幾つかある。更に有力な物が提起されたが、最有力候補の鍵として、とある場所が挙がっていた。

 

「地下からの潜入がうまくいけば、あるいは」

 

 地下通路潜入は容易に想像がつくので、封鎖されている(あるいは、罠を張られている)と見て、間違いないだろう。

 緑龍城の時のように、盗賊たちの隠し通路があれば良いが。

 

「あるとしたら地下街か」

 

 都の地下には人が住んでいて、街になってしまっている。

 但し、住民の多くは不法滞在者や犯罪者であって、噂では帝国一治安が悪いという。地上にあるスラム街の方が幾分かマシという話もある。

 

「確かにあそこは、無法地帯っつーか、連中の法律があるくらいだし、セイリオスたちも把握していないだろう」

 ならば、地下街の連中と話をつければ良いのか。

「ブラック一派を呼ぶか?」

 アスールス港町を縄張りとした犯罪者組織の首領ブラックとその仲間がいれば、地下街の連中と繋がりができるかもしれない。

 ただ、アスールス解放が終わって浮かれている彼らが、素直に招集に応じるかどうか。可能性は低い。

 

「うちの者に行かせましょうか?」

 名乗りを挙げたのはレッドガルムで、砂狼《さろう》団には元砂賊の連中が多いとの事。地下でも馴染める自信がある。

「う〜ん」

 いずれにしても調査が必要だ。

 

 その後、会議は参謀だけになり、駆り出されていた幹部たちは解散した。皆それぞれ自隊に戻って訓練等を行う。

 レオもバシルと共に緑龍騎士団たちと訓練をした。

 

 ―――――

 

 やがて、暗くなって部屋に戻り、従者を帰らせると、中ではウヅキを抱っこした玲菜が待っていた。

「おかえり」

 そうだ。婚約者だからと部屋は一緒だった。

 彼女は家政婦の仕事を手伝うと言っていたので、終わってここに戻ってきたのだろう。

 

 じゃあ今夜も……

 

 ――と、レオが下心丸出しな顔をしたと同時に玲菜が苦笑いして告げた。

「マーサ婦長がね、私の部屋を用意してくれたの」

「え? マーサ?」

「家政婦長の」

 マーサは鳳凰城塞で長く務めている家政婦長で、鳳凰城塞戦の時に一度離れたけれども、戻ってきて改めて家政婦長を任された。

 頼りになる『お母さん風』の女性だが、玲菜と軍総隊長の関係を知った上で、玲菜の部屋を用意してくれるという、少々頼りになり過ぎる面もある。

 マーサ的には、婚約者といえども、結婚前に同室はいけないと思ったらしい。たとえ相手が皇帝だろうとも、特別扱いしないのが彼女の鉄則。

「そのこと、伝えようと思って待ってたんだ」

 申し訳なさそうに玲菜は訊《き》く。

「ウヅキ、連れて行ってもいい?」

 返事よりも呆然《ぼうぜん》としてしまったレオは逆に訊《たず》ねた。

「え? どこの部屋?」

「聖堂の方だよ。元修道院の部屋」

 元修道院の部屋は、家政婦が使っている。奪還軍の家政婦たちの分も、マーサがてきぱきと割り振った。

「個室じゃなくて、ミリアと一緒だよ」

 さすがにアヤメは家族と同室である。

 

 ようやく玲菜の説明が頭に入ってきたレオは遅い返事をする。

「……ああ。……ウヅキは、連れて行っていい」

 元修道院の部屋となると、遠いし、そもそも聖堂側には入りづらい。

 近くに居るのに、まるで遠距離恋愛。

「ありがとう。じゃあね!」

 

 

 ボーッとしていないで、引き留めれば良かったと後悔したのは彼女が行ってからだ。

 確かに同じ敷地だから、会おうと思えばいつでも会えるけれども。

 これから忙しくなるから、そうはいかないかもしれない。

 

 

 

 レオの嫌な予感はまんまと当たり、それから数日間、あまり会えない時が続いた。

 いや、少しは会えているが、要するに二人きりはほとんど無い。

 それでも、会えばさみしさは解消するし、ある程度満たされるので不満を言うほどではない。

 もちろん、レオが命令すればすぐにでも同室になれるだろうが、特に求めることをしなかった。

 求めるというか、……欲求はいつでもあるけれど、妙な安心感もある。

 

 自分は相手を好きだし、相手も自分が好きだと確信しているだけで嬉しい。……とまぁ、いろいろ考えても、結局のところ忙しくて日々が過ぎていった。

 

 

 *

 

「地下さぁ、難航しているみたいだよ〜」

 

 ある日の休憩時間。

 用があり、レオの幼馴染・イヴァンの許《もと》へ行った玲菜は彼の口から“聞いてはいけないような”話をポロポロこぼされていた。

 ちょうど今回の作戦の一つで重要視されている『地下』の話。

 重要部分は言わないが、『作戦』である以上、口外禁止ではないかと思う玲菜にイヴァンは平気で話す。

「オレは下町生まれでさ、『下』のことは詳しくないけど。でもまぁ、富裕層よりは知っているけど」

 ちなみに、都を分断する大壁《だいへき》の内側を『上』、外側を『下』というので、ギリギリ壁内側にある『下町』は、ややこしくも“上”に該当する。

「地下は大迷宮だって聞くもん。だから地下街が危険っつーのは、何もゴロツキだけの問題じゃないっていうか」

「大迷宮……」

 まるでゲームのようだと想像する玲菜に追い打ちをかけるイヴァン。

「しかも地下街に住む多くは不法入国とか不法滞在者でしょ? どちらかってーと、向こうの味方じゃない?」

 ウォルトたちエニデール民は元々不法入国民ではある。

 まさか、連中の仲間がたくさん居るのでは?

 不安そうな玲菜の肩をイヴァンは叩いた。

「大丈夫だよ! 下町にも地下にツテのある人がいっぱい……」

 続きを言えなかったのは殺気のこもった視線を感じたため。

 

 辿《たど》ってみると、少し離れた場所でこちらを睨んでいる男と目が合った。

 

「レオ!」

 

 レオはたまたま通りかかったようだが、駆け寄ってくるなりイヴァンの胸ぐらを掴《つか》んだ。

「何、ベラベラと喋ってんだ、バカ!」

 怒りの理由は、彼女の肩に気安く触れたことにもある。

「え? 喋っちゃいけない?」

 イヴァンは「やれやれ」という風に胸ぐらを放させた。

「彼女が他の男と喋れないなんて、お前、束縛するなぁ」

「そうじゃねーよ!!

 顔を近付けて威嚇《いかく》するレオ。

「いくら玲菜だからって、軍の作戦を簡単に外で話すな」

「分かってるよ! 重要部分は話してないし、でも、今の話はおじさんが『話してもいい』って……」

 イヴァンがおじさんと呼ぶのはショーンのこと。

 

 念の為、玲菜だけを連れてレオはショーンに問い出した。

 

 

 ―――――

 

「あー、言ったぞ」

 軍議室の前の廊下の端《はし》で、一人煙草を吸っていたショーンは駆け寄ったレオたちに平然と返した。

「情報は隠してもどっかから必ず漏れる。だったら交錯《こうさく》させてやるもの一つの手だ」

 つまり、敢《あ》えて情報をたくさん出して、相手を惑わせるのだという。

「俺だって、最重要な事は限られた人間にしか言わない。『地下』は別にいいよ」

「でも、そしたら全部の地下が封鎖されるぞ」

「兵力が分散されるし、好都合だよ」

 ショーンは煙草の火を消す。

「それに、いくら連中でも地下迷宮は封鎖しきれないだろ」

 情報を知っていても無理だと、軍師は断言する。

 ただ、迷宮に関してはこちらも難しい、と。言ったところで、玲菜が口を挿《はさ》んだ。

 

「砂漠のゴミ置き場は?」

 

 以前聞いたことのある『砂漠のゴミ置き場』

 普通のゴミの他に、発掘した用途不明の物もたくさん置いてあるらしく、ショーンが昔、たまに行っていたというが、自分も興味あった場所。

 用途不明というのはつまり、この時代に於《お》いて、使い方が分からない未来的な過去の遺物。玲菜にとっては、もしかすると馴染みのある物かもしれない。

「砂漠のゴミ置き場に、役立ちそうな物があるかもよ? 探しに行くとか?」

「あのなぁ、生活に役立つのと戦に役立つのは別だぞ?」

 頭を押さえて注意したのはレオであり、ショーンは考え込んだ。

 

「そうか……砂漠のゴミ置き場……」

 

 父がじっと考える様に、二人は首を傾《かし》げたが、少し経ってからレオが閃《ひらめ》いた。

「ああ! 砂漠のゴミ置き場から潜入?」

 

 サイの都の“上”の家庭では、ダストシュート%Iなゴミ入れがあり、地下でゴミが集められる。その収集場所と、砂漠のゴミ置き場は繋がっている。

 そして、宮廷も例外ではない。

 ゴミ入れを封鎖するのはさすがに無理だ。

 

 一般家庭ならまだしも、宮廷や豪邸ならば……

「人が通れるくらいの所もあるな」

 思い出しつつ、嫌な顔をするレオ。

「でも、ゴミまみれで潜入するのは臭そうだ」

 想像するだけで気持ち悪い。

 彼がゴミ部屋に住んでいた事実はさておき、玲菜も苦笑いする。

「名案なのにね」

 

 

 ただ、一人でじっと考え込んでいたショーンは、急に顔を上げて玲菜の手を掴んだ。

 

「お前は勝利の女神になり得るよ、玲菜!!

 

「え?」

 

 

「砂漠のゴミ置き場からっていうのは、俺も考えていたけど、時間を要するし、現状無理だと思ってた」

 時間がかかる方法は、今の機を逃すことになり、あまり好ましくない。

「でも、お前がいれば時間短縮になるんだ!」

 ショーンはまるで自分の娘のように……いや、『まるで』ではなく実際に娘だからか、玲菜の頭をなでる。

「お前の、過去の記憶で!」

 

「ええ!?

 

 恥ずかしさと同時に戸惑う玲菜。

 いっぽう、実父といえども妙な嫉妬にかられたレオは二人の間に入り込む。すぐに質問した。

「玲菜の記憶で? どういうことだよ、オヤジ」

 大体、父は心配性だ。

「玲菜を巻き込むのはいつも嫌がるだろ?」

「危険な所には連れていかない。大事なのは記憶力だけだし」

 言われて、玲菜は少し不安になった。

「記憶力……大丈夫かな?」

 

「大丈夫だよ。だって玲菜は、大好きだっただろ?」

 

 

 

 広くない個室に移動した三人は、小さな机を挟んで座り、静かに会話した。

 

「旧世界の王国?

 

 

「そう。都の地下は迷宮って聞いたことある?」

 少し前にイヴァンに聞いた話と同じことをショーンは言う。

「迷宮ってのは、要するに遺跡で、旧……っていうか、前世界の都市の遺跡がまるで迷路のように残っている」

 地下通路はいくつも存在するが、すべてを把握するのは無理だという。

「ただ、その中の一つが、地下に眠る王宮だと言われていて、旧世界では王国が存在したんじゃないかって、考古研究者の間では定説なんだ」

 

 それがつまり、先ほどの言葉と繋がる。

 

「え、ちょっと待って!」

 前世界と言われたので、玲菜は察する。

「まさか、遺跡の迷路を私が解くみたいな?」

 返事をしていないのに首を振った。

「無理無理無理無理。いくら前世界でも、遺跡と化しちゃった所、もう分かんないよ」

 第一、自分の知る時代には王国なんて無かった。過ごしたよりも未来の話か? そんなことはショーンも知っているはずなのに。

「確かに、年月が経ってかなり古くなっているけれど、場所は意外に大きくずれてはいないんだよ、遺跡って」

 掘り起こせば、古代の町が再現される如く。建物は朽ち果てても移動はあまりしない。

「キミが思い出すのは当時の王国そのもの。月日の経過は計算しなくていい」

「だから、王国なんて言われても、私の時代じゃないし、分からない……」

 

「実は、王国じゃなかったんだ」

 少し笑いながらショーンは言う。

「俺も、王国があるんだとばかり思っていた」

 彼は時空移動する前から旧世界のことを調べていた。

「割に統一感が無さ過ぎて不思議だったよ」

 ある意味、念願が叶ったのかもしれないが、実際に行ってみたら、想像と違うことばかりだった。

「時空移動してみて、王国が無いと知ってガッカリしたけど、純玲《すみれ》さんとその場所に行った時に謎がすべて解けたんだ」

 

「お母さんと?」

 残念ながらレオだけは入れずに会話は続く。

 

「うん。実は、巨大テーマパークだったってさ」

 

「……ああ!」

 玲菜の謎もすべて解けた。

 すぐに思い浮かんだ巨大テーマパークには、西洋おとぎ話の城に似た建物が建っている。いろんな世界観が融合されているので、統一感はもちろん無い。

 玲菜が大好きで、小さい頃から何回も何回も行っている。

 幼い頃、家族で行った記憶もあるし、父とも行った。中学生頃からは友達と。……初めて付き合った彼氏とも。

「わああああ!!

 納得して、改めてびっくりしたので思わず叫んでしまった。

 

 巨大テーマパークが、まさか、未来の世界で王国の遺跡と勘違いされていたなんて。

 

 一応確認する。

「え? 地下に眠る王宮の遺跡が、実は巨大テーマパークだった所?」

「そう!」

 城に似せた建物の他に、宮殿っぽい立派なホテルなんかもあった。

 遠い未来で、遺跡として発掘されれば、そこに王の住む城があったと――解釈されてもおかしくはない。

「地下迷宮は広くて全体把握は無理だけど、その遺跡自体の在る場所は考古研究者に知られている」

 もちろん、ショーンも知っている。

「但し、発掘が進んでいないから路《みち》が分からないし、調べて解析するのに時間がかかる」

 遺跡の全貌が分かるまでに、長い時間がかかるのは周知。

「大まかでいいから、玲菜が地図を書いてくれれば、我々はそれを頼りに迷路を歩ける」

「え、でも、塞がっている道とかあるでしょ?」

「そうだよ」

 父はニッと笑った。

「けど、地図があれば、別の道を探すのも簡単」

 当然、玲菜の地図でいきなり行くのではなく、調査をして経路を見つけるのだが、本来長い年月を掛けて行う調査作業が、圧倒的に短縮された月日で行うことが恐らく可能。

 

「一部だけでも迷宮が解ければ、そこからサイ城内部へ繋がる道を造れる」

 造るというのは、まさか掘るのではないかと玲菜は不安になったが、自分の昔の記憶が、こんな風に今役立つとは思わなかった。

 大事な機を逃さないために。

「私、頑張って詳しく思い出す!」

 そうと決まれば、ショーンが紙とペンを持ってきてすぐに地図作りに取り掛かった。

 

 

 

 そもそも、自分たちの知る2012年以降に工事された部分があるのは当たり前で、現地で調査した時に修正が入るだろうが、それでも大分違う。

 

「多分、地下の大迷宮っていうのは要するに都心の遺跡」

 突然ショーンがこぼした言葉だが、玲菜は妙にしっくりいった。

「ああ」

 さすがに解析不能。一度入ったら生きて戻れないと言われたとしても納得しそうだ。

 ただ、ある程度の地理だけはなんとなく分かるが。

 

 

 一応、一緒に部屋に居るが、まったく仲間に入れずに眠り始めているレオは置いといて、玲菜は父と話し合いながら昔を思い出し、地図を描き出していった。

 

 

 その後、ショーンが現在のサイ城と遺跡の場所の地図を重ねる。更に、調査で把握した地下街と地下通路と出入り口。都の地図をより鮮明に。レオも協力して宮廷の地図。レッドガルムと元砂族の仲間が協力して砂漠のゴミ置き場と周辺の様子。

 

 

 完成した地図を使って、忍びたちが現地調査と潜入。結局、一度招集に応じてくれたブラック一派も地下街に潜入。情報収集も抜かりなく調べた。

 

 

 *

 

 

 そうして月日が経ち、短期間でも準備が万全になってきた頃、散らばっていた仲間を集めて鳳凰城塞にて最終作戦軍会議が行われる。

 絶好の機会というには、やや時間がかかった気もするが、手遅れではない。

 

 だが、民衆の暴動と鎮圧《ちんあつ》された情報も入った。

 民衆は単に武力で鎮圧されただけでなく、クリスティナ内親王《ないしんのう》殿下による説得もあったという。

 オーラム枢機卿の発表だと、彼女は異母兄アルバート皇子により反乱軍の人質となっていたが、シガ軍師の策によって解放・帰還したとの事。

 今後、正統なる継承者である実兄を帝位に就かすべく、セイリオス皇子に協力する、と。

 ただ、彼女自身は実兄を皇帝と宣言することはなく、哀しみに満ちた瞳で「争いはやめてほしい」と訴えた。

 民衆は彼女の切実な想いに心を打たれたのだという。

 

「――ちなみに」

 奪還軍幹部の面々を前に、ショーンは残酷な話をした。

「クリスティナ殿下の夫・フェリクスは、アルバート皇子の部下だった為にセイリオスを裏切り、謀反者《むほんもの》として、処刑された、との事」

 ここでバシルや他数名が立ち上がったが、参謀長は彼らを抑えた。

「大丈夫。多分、嘘だから」

 着席させてから続きを話す。

「黒竜君が調べたところ、実際、クリスティナ殿下は侍女と共に半分幽閉《ゆうへい》されているそうだ」

 半幽閉状態にて、外に出る時は公の場のみ。

「そして、公の場では、囚《とら》われているフェリクス殿を人質として、ウォルトたちの考えたセリフを言わされている、と」

 

 着席したバシルは机を叩いた。

「卑怯な!!

 正直、机が壊れそうであったが、レオが立ちあがった。

 

「でも、二人とも無事だろ。だったらこれから……奪還すればいい」

 

 二人も、城も、皇帝の座も。すべてを――

 

 

 準備は整ったのだから。

 

 

 軍議室に居る皆が息を呑み、レオを見つめた。軍総隊長からの命令を待っている。

 

 その、緊迫した時に、黒竜が入ってきて報告してきた。

 てっきり、また何か悪い報せではないかと思った。――けれど、違った。

 

 

 黒竜の報告後、通されて入ってきたのは、立派な鎧をまとった騎士。

「遅くなりました、陛下」

 ひざまずき、また忠誠を誓う。

 

 高貴さや立派さの変化に、以前の彼を知る者は皆驚いたが、主《あるじ》にひたむきな態度は変わらない。

 栗色の髪の若い騎士に、レオは驚きを隠していつも通りの対応をした。

 

「遅いぞ、フルド!」

 

 

 レオの元・侍従《じじゅう》兼、従騎士《じゅうきし》であったフルドの帰還。

 

 これで奪還軍が全員揃った。

 レオは室内に居る幹部たちに司令を出した。

 

「これから、サイ城を奪還する!」


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