創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第八十四話:誓いの儀]

 

 恐らく、レオが人生でも最大級に驚いた報告を、フルドはしてきた。

 

 

「結婚!?

 

「はい。故郷へ帰った時に、婚約者と」

 

 別に、主《あるじ》より先にしてはいけない決まりは無い。

 騎士になって故郷へ帰れば嫁を貰うというのも、珍しいことでもなく。大貴族の息子なので婚約者がいたというのも不思議ではない。

 

 それなのに、妙な敗北感を味わうレオ。

 敗北よりも驚愕《きょうがく》の方が大きいか。

 

「報告が遅れて、申し訳なく存じます」

 

 呆然《ぼうぜん》としていたレオの横にいた玲菜の方が先に、彼に祝いの言葉を述《の》べた。

「おめでとうございます! フルドさん!」

「ありがとうございます」

 

「結婚……」

 祝いの言葉が出ない恋人に、玲菜が促《うなが》した。

「ほら、レオ。何か言うことは?」

「……おめでとう」

 恐らく言葉に心が籠《こも》ってなかったが、フルドは深く礼を言った。

 

 

 

 奪還軍総隊長が命令を下したことで、明日から軍は出陣する。

 その出立前夜会が、鳳凰城塞にて行われていた。

 

 これがもしかしたら、奪還軍としては最終決戦……と、なればいい。

 各自が想い想いに夜を過ごす。

 今夜だけは作戦の話等をしないで、皆が楽しくパーティーを満喫していた。

 

 恋人や家族と大事な時間を過ごす者。友人や仲間と酒を交わす者。死んだ仲間を想う者。

 ここぞとばかりに、好きな異性へ愛を告げる者もいた。

 

 

「ミ、ミ、ミ、ミ、ミリアちゃん! 今日も一段と可愛いよね。オレさぁ……」

 言わずとも気持ちがバレていたイヴァンは、改めて、長く想った女性に告白しようと彼女を呼び出す。

「オレさぁ、……分かってると思うけど……」

 呼ばれたミリアはふんぞり返って、相手の告白を待った。

「何?」

「オレ……」

 ただ、イライラして怒鳴ってしまった。

「何? 言いたいことがあったら、男らしく言いなさいよ!」

 

「ミリアちゃんが、好きだ!!

 

「だから?」

 冷たい返しにひるむイヴァン。

「え?」

「だから、何?」

 一瞬、頭の中が真っ白になりかけたが、なんとか続きを言った。

「だ、だから……帰ったらオレと……。オレと……結婚してください」

 

「は?」

 

 思わぬ求婚だったので、うっかりびっくりしたミリアに迫った。

「オレたち、付き合っていたんだよね?」

 正直、恋人の行為は一切していない。

「はあああ!? なに言ってんのよ?」

 衝撃的な返しに落ち込んだイヴァンには、更に追い打ちをかける言葉が待っていた。

「さっき、トニーさんからも告白されたんだけど」

 トニーはミリアファンの一人でもある兵士。

「そんな……! 返事は?」

「さぁ、どうかしらね」

 

 イヴァンは肩を落としながらも、もう一度想いを告げた。

「でもオレは、君が誰を好きでも、気持ち変わらないから」

 元々彼女は渋いおじさんが好きで、年下を相手にしない主義ではある。

 

 ため息をついて、ミリアは彼に返した。

「とりあえず、生きて帰ってくるのよ。返事はその後ね」

 

 

 

 たまたま近くを通りかかって、柱の陰《かげ》から友人同士のやりとりを見てしまった恋人たちは、女性の方……というか、玲菜が不吉な予感を口にする。

「ミリア〜〜〜。今のセリフは死亡フラグだから言っちゃダメだよ〜」

「何? 死亡? イヴァンが死ぬってのか? 嫌な事言うな、お前は」

 レオが注意すると笑いながら首を振る。

「そうじゃないけど。でも、映画とか漫画では死亡フラグなの」

「は?」

「“帰ってきたら〜”の、セリフはほとんどフラグだけど、結婚は禁句だよ」

 玲菜には悪気は無いのだが、『帰ってきたら』と『結婚』はよくないと言われたレオは頭を押さえた。

「俺はもう、今日は何も言えない」

 少し経って、今の言葉の意味が分かった玲菜は「え?」と彼の顔を覗き込んだ。

「何!? 言って!」

「言えねーよ!」

「お願い!」

 顔の赤いレオはそっぽを向いて「あとで」とだけ言った。

 

 

 

 そんな、二人を遠くで見つめる大柄の男。

 茶色い髪のその男に、小柄な眼鏡の従者はそっと声をかけた。

「愛を告白しなくてよろしいのですか?」

「いい」

「ですが、カルロス様……」

「俺はもうしたし、振られたのを見ただろう? お前も」

 それはそうだと、思い出すタヤマ。

 先日の戦いでの怪我はまだ治っていなかったが、最後の作戦会議に出席するために鳳凰城塞へ来ていた。

 自分たちはアスールスを取り戻したけれど、奪還軍の戦いはまだ終わっていない。

 密かに母から手紙が来たが、封を切らずにいる。

 

「彼女が幸せなら、それでいいんだ」

 

 暗い気持ちになりかけていたタヤマは、主の言葉で我に返る。すぐさまいつも通りに接した。

「さすがカルロス様! 立派でございます」

 

「立派だよな? 俺は」

「立派でございます!」

 

 すっかり機嫌をよくしたカルロスは、フルドを見つけて先ほど聞いた衝撃的な話を祝いに行こうと決めた。

「行くぞ、タヤマ」

「はい!」

 ただ、念の為に普段言えずにいる気持ちを伝える。

「お前も立派だぞ」

「はい?」

 

「俺はいつも感謝しているぞ、お前に」

 

「若様……」

 

 あまりにまともすぎて、その後カルロスは医務室へ連れて行かれた。

 

 

 いっぽう。

 本人は断固として拒否したが、今夜だけはと、パーティーに参加させられた朱音は礼儀の為にドレスを着ていて、皆の注目を浴びていた。

 いつもは、見張り以外の時間で参加しても盛装はしないので、本当に珍しく、美人さとスタイルの良さに男だけでなく女からも視線を浴びる。

 元々、帝国で皇家に仕える忍びは、低い身分でもないので高貴さもある。ただ、当人は慣れていないので困惑。背後に立たれるとうっかり苦無《くない》を構えそうになる癖をなんとか抑えていた。

 

 そんな朱音を憧れの目で見る玲菜と、感心しながら見るレオ。

 ドレス姿は、前にアスールスで見たことがあったが、また違う。あの時は組織のボスの女役だったが、今回はまるでどこか異国の女王。

(朱音さんが2012年にいたら、絶対ハリウッドの女優だよ)

 玲菜がポーッと妄想していたのも束《つか》の間。

 

 自分が一番に注目されないと気が済まないオバサ……女性の登場。

 しかも一人ではない。

 

 厚化粧だが若く綺麗な顔と努力で保ったボディの持ち主・マリーノエラと、女神のような美貌を持つ夜のタチアーナ。

 特にタチアーナの体は、誰にも負けない巨乳を誇る。但し、服の布が少なすぎて、貴族と言うよりは夜の仕事の女性感が出てしまっているが、男性の目を釘付けにするのは十分。

 あまりの変貌に、同一人物だと気付いていないアフが、愛の告白をしようと(昼間の)タチアーナの姿を捜していた。

 

 

「すっごい」

 男性に囲まれた二人を玲菜が見ていると、隣の男が歩き出す。

(え? レオ)

 まさか、無意識に引き寄せられている……なんて、ことはないだろうか。気持ちは分かるが、隣に自分がいるのに失礼である。

「ちょ、ちょっと!」

 彼がまっすぐに向かっているのはタチアーナ。

(え? まさか、本当に?)

 

「あら、なあに? レオさん」

 悔しそうに見るマリーノエラに対して、勝ち誇ったように笑うタチアーナ。

「私の美しさに惹かれてしまったの? 駄目じゃない、恋人がいるのに」

「そうじゃなくて」

 レオは玲菜の方を向かずに、彼女に言った。

「あとで俺の部屋に来い。タチアーナ」

 

 さすがに、タチアーナも周りも凍った。

 

 誘惑はしても本気ではなかったタチアーナは若干《じゃっかん》戸惑う。

「ちょっと……ダメじゃない。何言ってるの」

 

「俺たちの結婚式をやるから」

 

「え?」

 

 いきなり部屋に誘っていきなり求婚!? それとも何かの比喩《ひゆ》なのか。

 

 完全に場が凍り、思わぬ言葉にタチアーナが顔を赤くすると、案の定に後ずさりする恋人の姿が。

 

「ひどい! シリウス様」

 言ったのは、何気なく近くにいたロッサムだ。

「ワタシ、レイナちゃんとのことは、応援していたんですよ?」

 ダリアも近くにいて、続ける。

「男の風上にも置けない奴だね」

 

「は?」

 眉をひそめるレオにはマリーノエラが近付いた。

「アンタ、こんな女の色香に惑わされるなんて見損なったわ」

 多分、個人的感情のうっ憤もあった。

「しかも婚約者の目の前で! さすが皇帝ってことかしら?」

「俺は、色香に惑わされてなんか……」

「でも、部屋に誘って結婚するなんて言って! 頭どうかしてんじゃ……」

 

「なんで俺が責められているのか知らんけど、俺は今日、仮でもいいから結婚したいんだよ!」

 

 皇帝陛下が大声を出すので、皆は静まってしまった。

 

「玲菜と!!

 

 だから割と広い範囲で言葉が聞かれてしまい、遠くで誰かが酒を噴き出した。

 

 

「“誓い”だけでもしておきたい。タチアーナは巫女だから、一応聖職者だろ?」

 

 巫女と言っても種類はいろいろあるが、タチアーナの一族は一応そうだ。帝国では、皇帝から認められている。

 本人は忘れていたらしく、思い出したように「そうね」と頷いた。

「教会式と違うので良ければ、宣誓みたいなの、あるけど」

 

 ちゃっかりパーティーに出ている、ウィン司教、他・聖職者に向かってレオはニッと笑った。

「公式的なやつは玉座に着いた後、改めてやるから」

 

 一番びっくりしているのは、当の婚約者であって、玲菜を心配したショーンが二人に近付いてきた。

「レオ。気持ちは分かるけど、いきなり言うな」

 親子だからか娘と同じようなことを注意する。

「出陣の前夜に二人だけで結婚式なんて、映画では……」

「なんとかフラグじゃねーよ。二人だけじゃないし」

 レオは先手を打った。

「オヤジも立会人として一緒に居てくれよ」

 

 恐らく、ショーンが人生でも最大級に避けたい事を、レオは依頼してきた。

 父親の白髪が今だけで十本増えてしまった気がした。

 

 

 

 前夜会のパーティーは、軍総隊長の意向もあり、そのまま続けられる。

 

 

 レオと玲菜は皇家専用の部屋に行き、聖職者としてタチアーナを、立会人としてショーンを部屋に入れる。

 あとはさりげなくウヅキが部屋に入ってきたが、気にせずそのままにした。

 

 妙に緊張したショーンは、喫煙したくなったが抑えて、禁断症状に陥《おちい》りかかる。

 タチアーナは、先ほどよりも少し布が多めの服を羽織って、何やら巫女を気取っていた。

 そして、レオは照れて無言だった。

 

 いっぽう、当事者である玲菜は未だ事態が把握できなくて呆然としている。

 状況に混乱しつつ、ようやく訊《たず》ねた。

「待って! これ何!?

 

「今から、誓いの儀をやる」

 

 当たり前のように言うな。

 

「ちょっと待って! 結婚式をするってことなの? いきなり?」

 困惑する玲菜に、レオは恥ずかしそうに言った。

「公式じゃないけど、正式なやつ。嫌か?」

 

 嫌なわけはない。

「嫌じゃないけど、指輪とか無いじゃん」

 玲菜の中では、『指輪の交換』も大事な儀式。

「そういうのは今度やるから。婚礼の儀として」

 結婚式や披露宴的なものを改めてやる気はあるらしい。

 ウェディングドレスを着たい玲菜はホッとした。

(でも、じゃあ、今やる意味あるのかな?)

「練習ってこと?」

 

「俺は本番のつもりだけど、お前は?」

 

 訊《き》かれてドキリとする。

 

 レオは玲菜の手を掴《つか》んで真剣に見つめた。

「俺と今から、神に誓って夫婦になる気あるか?」

 

 つい、ショーンの方を見てしまう玲菜。

 父の顔に余裕が無いので、『誓い』という実感がわく。

 きっと、この時代では結婚のために重要なことなのだ。

 

(夫婦って、レオと……?)

 

「少なくとも、この場では成立するし、私やショーンさんは認めることになるわ」

 戸惑《とまど》う玲菜にタチアーナが教えた。

「あとは、自分たちが認めることになるけれど。妻になる覚悟はある?」

「つ……!?

 妻という響きが現実的だ。恋人や婚約者ではなく、『妻』と。

 

 下を向いた玲菜は顔が熱くなって顔を上げられなくなった。

 彼と結婚すると心に決めたはずなのに、こんなに緊張するなんて。

 多分、周りは今まで通り。けれど、自分たちが変わる。

(どうしよう。……どうしよう……私たち、もうすぐ夫婦?)

 鼓動はありえなく速くて少し息が苦しい。

(いいのかな、こんな簡単に……)

 今までそういうチャンスは何回かあったが、いつも問題が起きて後回しになっていた。

 それでも、十分な準備期間があって、日に日に挙式が近付いて結婚するのだろうと思っていたので、変に焦《あせ》る。

 もしも映画ならば、勢いでも誓ってしまい、熱いキッスから濃厚なラブシーン――

(って、違う!)

 一瞬、逃避妄想しそうになった玲菜は、手を熱く感じて現実に引き戻された。

 レオはまだ握ったままだ。

 きっと、玲菜の返事を待っていて……。

 

「玲菜は……」

 突然、少し離れた場所で俯《うつむ》いていたショーンが静かに話し始めた。

「三月生まれだったから、幼い頃は本当に小さくて、同い年の子についていけるかとか、純玲《すみれ》さんが心配したんだけど……」

 幼児だと、生まれ月の差が大きく出てくる。

「そんな心配、全然いらなくて。元気に育ってくれたのが嬉しかった」

 怪我や病気の時は、早く治るように祈った。できれば代わってあげたいと、思った時もあった。

 こういうのを重ねて、親になった自覚もしたし、初めて知った喜びや幸せを感じた。

 だから、

「誕生日には、『生まれてきてくれてありがとう』って思ったし」

 

 娘が可愛くて可愛くて仕方がない、と。

 

「正直、大人になって結婚する相手を紹介されたら、嫉妬《しっと》するだろうなって思ってたけど」

 実際、嫉妬があったのは、ここでは言わないでおく。

「なんでかな。レオに対しては、本当に大事に想ってくれているのが分かってさ」

 

 ショーンの声は少しだけ震えているよう。

 

「ここで、レオからプロポーズされたことを玲菜から聞いた時は、嫉妬よりも嬉しさの方が上だった。玲菜が――」

 一瞬、言葉が詰まりそうになりながら続ける。

 

「玲菜が、見たこともないくらい幸せそうな顔をしていたから」

 

 

 まだ、2012年の夏に居た頃。

 初めて彼女が『結婚したい相手』の話をした時。

 彼の許《もと》へ戻れないかもしれないと、彼女は涙をこぼした。――理由が分かった。

 

 

 娘の幸せは、自分にとっても幸せだと気付いた。

 

 

「……うん」

 玲菜は顔を上げてレオの手を握り返した。

「“誓い”をする」

 

 父は涙もろいので、多分顔を上げられない。

 

 タチアーナは「ふぅ」と息をつき、「じゃあ、気が変わらない内に」と冗談っぽく微笑んだ。

「うちの方式でやるから、そのまま手を繋いでいて。両手で」

 言いながら懐かしむ。

「思い出すわ、これ。昔、アルテミスとジョージにもやったのよ」

 ジョージは、ショーンの友人で、今はアルテミスの骨は彼の墓の隣に入っている。

 

 

 

 誓いの儀は、タチアーナが祈りを捧げて二人が同意するだけという簡単なものだったが、「誓う」と告げる言葉は軽くはない。

 それでも、恥ずかしがることもなく自然に言う事ができた。

 

 

 ――相手と一生を共にし、添い遂げることを『誓う』と。

 

 

 

「はい、おしまい。今より、あなたたちは“夫婦”です」

 

 

 てっきり、誓いのキスがあるのかと、レオが彼女の肩を掴むと、タチアーナがニッコリと水を差した。

「うちの方式では、それは無いの。何かの交換とか署名も無いし」

 

「無いのかよ!」

 ついつっこむレオには、意地悪そうに返す。

「印や証は要らないのよ。祈りと承認だけ。しかも、私みたいな元・女神に認められるなんて、ありがたいことよ」

 だが、若干の物足りなさで微妙な空気になっている二人に、いいことを教えた。

「そういうのは初夜で、思う存分したら?」

 一気に空気が変わる。

 

「私、早くパーティーに戻りたいから、行きましょ? ショーンさん」

 

 ショーンは何も言わずに、ウヅキを抱っこして立ち上がった。

 そしてタチアーナと共に部屋を出て行く。

「あとは、新郎新婦だけで、ごゆっくり」

 

 

 二人(と一匹)が出て行ってから、下心満載なはずの男が、まさか忘れていたかのごとく言った。

「あ、そっか。……初夜か!」

 結局そこに行きつくのか。

「もう、遠慮しなくていいんだ。我慢しなくていいんだな」

 その言い方どうにかならないのか。

 呆《あき》れた玲菜が頭を叩こうとすると、とっさにレオは腕を掴んだ。

「叩くなよ」

「軽くだもん」

「なんだそれ」

 玲菜自身も「なんだそれ」と思ったのだが、レオは優しく“誓いのキス”を交わしてきた。

 

 優しくの後は、熱く。

 

 段々と気分が高まって、ベッドへ倒れ込もうとした矢先に玲菜が「待って」と止めた。

「挨拶しよ?」

「は?」

 

「『これから、末永くよろしくお願いします』ってやつ」

「え?」

 レオは分からなかったが、言われるままベッドに正座させられて『挨拶』とやらをさせられた。

 

 そこで、ようやく押し倒そうとしたところでまた「待って」が入る。

 

「なんで“待って”だよ! 待てない!」

 怒るレオに玲菜が訊《たず》ねた。

 

「お風呂入りたい。……入りたくない?」

 

『ドレスを脱がしたい』のもあるけれど……なんてことだ。

“夫婦”になった途端に彼女が大胆になる罠。

 

「……入りたい」

 

 

 ―――――

 

 明日から出陣で、不安は果てしない。

 けれども、今夜だけは忘れて二人は幸せを満喫した。

 

 初夜といっても、“初めて”ではないのに、なぜか玲菜は涙が出た。

 それが嬉しさか、さみしさか……分からなかった。

 ただ、彼の妻になったのだと――急に実感する。

(レオと私……もう、夫婦なんだ。これから家族を作っていくんだ)

 アヤメたちの家族が思い浮かぶ。自分と父、母も……。

(あんな風になれるかな)

 

 

 

 彼の腕を枕にして、玲菜は語りかけた。

「ねぇ、レオ。……予言、外れたね」

 いつだったか、シドゥリ……アルテミスにされた予言。

 

“貴女は皇帝の妻にはなれません”と。

 

「運命は、変えられるんだ」

 ずっと彼が言っていたこと。

 

 そうだ。彼は、運命と戦える人。

 

 レオは玲菜の肩を抱いて自分に引き寄せる。おでこにキスをしてからそっと囁《ささや》いた。

 

「だから言ったろ?」

 

「うん」

 

 

 あの時、二人には聞こえていなかったが、シドゥリは祈るように声を掛けていた。

 どうか、彼自身が焼かれて崩壊しないよう。――願いを込めて。


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