創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二十話:一世一代の]

 

 満天の星が煌めく中、まるで夜のデートの様に二人は外を歩く。

(寒い。……けど、ちょっと熱い)

 酒のせいだろうか。いや、違う。多分恋のせいで。玲菜はドキドキしながらレオのあとをついていく。

(うわ〜私、カジノって初めて)

 玲菜はスロットマシーンやルーレット、バニーガールなどを漠然《ばくぜん》と想像してワクワクする。

 

 やがて、一軒の怪しげな店の前に着いた。一見酒場のようにも見える。

 中に入ると、やはり酒場のような雰囲気で、ピアノの生演奏が聞こえた。

 しかし、前に行った酒場よりも人が多くてより賑わっている感じがする。

(ここが……!)

 玲菜は店内を見回して……違和感を覚えた。

「あれ? 無い……?」

 想像するスロットマシーンなどは無い。綺麗な女性店員は居るが、いわゆるバニーガールも居ない。けれど、人が集まっている所が何箇所かある。

(皆、何やってんの?)

 レオに誘導されて、自分でも隙間から覗くと、広い長テーブルの上で皆が木の札《ふだ》を置いて「ハン」だとか「チョウ」だとか掛け声が聞こえた。

 そして、ディーラーっぽいセクシーな女性がコップ状の入れ物に小さなサイコロを二つ入れて逆さにしてテーブルに置いた。

「なんで時代劇!?

 つい、大声出してつっこんでしまったのは玲菜だ。色々と仕様は違うが、時代劇でよく目にする賭博・丁半《ちょうはん》にそっくりだ。

(確かに賭博だけども)

 自分が想像していたのはカジノだったので、いささか違いが。

 別の集団を覗くと、小動物を使ったレースのようなものをやっていて、これも想定外だ。

(小動物がかわいそうだし)

 玲菜にとっては心が痛い。

 唯一救いだったのは、カード系の賭け事があったこと。トランプとは違うが、カードはカジノのイメージに入る。

 レオはいつの間にか酒を片手に、丁半に参加していた。

「はやっ! 嘘でしょ?」

 玲菜は慌ててレオの横に着く。

「お前もやるか?」と訊かれたが、怖かったので首を振ってただ見ていた。

 

「丁半出揃いましたね?」

 何度目の賭けだろうか。レオはすっかり負けてもう手札が無くなっていた。

「もうやめなよ!」

 玲菜が何度言っても聴かず、木札が無くなるとまた金と交換して賭けを続ける。まんまと闇循環に陥《おちい》っていた。そしてついに手持ちの金も無くなり、ようやく諦めてくれるかと思いきや、今度は自分の持っていた護身用の刀まで出す始末。

 立派な装飾に、皆が注目して目を丸くした。つまり、立派な短刀を札に替えるという寸法だ。

 びっくりしているのは玲菜も同じで、いい加減怒鳴りつける。

「何それ! 駄目でしょ! 負けたらどうすんの!!

「次は絶対勝つ!! 確率は半分だ、安心しろ!」

 正直、安心できなかったのにうっかり許してしまったのが悪かった。レオの眼がやばくて怖かったというのもあった。後悔先に立たずだ。

 

 まんまと負けて、レオは今度こそ手持ちが無くなった。短刀も取られたし。

「ククククク……」

 当人なぜか悪者の笑いをしているのが怖いが。ここでようやく我に返って信じられないことを言った。

「あ! アレ、皇家の紋章入りだ。まずい」

 まずいではない。

「ちょっと!! どーすんの!?

「困ったな」

 レオが平然と返すのが信じられない。

「ちょっ! 馬鹿じゃないの!」

 玲菜は頭にきて、馬鹿野郎の頭をついぶっ叩いてしまった。

「痛え!!

 痛さよりも叩かれたということに驚いている様子。

「親にもぶたれたことない、とか言わないでよね」

 あり得るので一応。

 次の賭けをやっている最中に玲菜は声を上げた。

「私も参加していいですか? お金じゃなくて、短刀目当てで」

「はあ!? お、おい! お前!!

 慌てるレオと、玲菜に注目が集まる。

 ツボ振り《ディーラー》の姐御《おねえさん》が止まって首を傾《かし》げた。

「いいけど、木札《コマ》はあるの?」

「お前、金無いだろ」

 レオは止めたが。

「自分を賭けてもいいですか?」

 とんでもないことを玲菜は言った。

「つまり、体を賭けるってこと?」

「そうです」

 姐御の質問にきっぱりと答える玲菜の肩を掴むレオ。

「お前何言ってんだ! 短刀はいいから、やめろよ」

 念の為、玲菜は言った。

「あの、体って……つまり一晩ここで働くって意味ですよ? いかがわしいのは無しで」

「え? 働く? 普通に?」

 考えて、手を離すレオ。しかし、一晩働くのも駄目だと、もう一度止めようとしたところに姐御が「わかったわ」と返事をして賭けが始まってしまった。

 珍しい展開に、盛り上がる丁半台。他の賭け事をやっていた連中も集まって皆が注目する。

「君がここの店員になったら、オレは君に注文するからな〜!」

「負けたらツボ振りするのかい?」

 どこからか声が飛び交う。

 一方レオは、玲菜が負けたら自分の権限で圧力をかけて賭けを無効にするという、権力乱用な事を計画したが、そういえば身分を証明するものが短刀にしかないと気付いて焦っていた。

 そうこうしている間に賭けが始まり、丁か半かを決めて選ばなくてはならなくなった。

 玲菜は覚悟を決める。

 

 

 ――満天の星の下、玲菜はホクホクと嬉しそうな顔をしていた。

「あははははは」

 笑いが止まらない。

「儲かっちゃったね〜!」

 その言葉に、レオは納得がいかなかった。

(なんでこいつ大勝ちしてんだ? 俺は全負けだったのに)

 一世一代を賭けた丁半は見事に勝てた。短刀を取戻し、その後調子に乗って少し賭けたらまた勝った。その偶然を続けて気付いたらまんまと大金が手に入っていた。

(これがビギナーズラック?)

 玲菜の笑いは止まらない。

「お前なぁ〜」

 レオは不機嫌そうに注意した。

「勝ったから良かったものの、自分を賭けるとか、ホントやめろよ」

「なによ〜。レオが悪いんでしょ」

「そうだけど、お前に何かあったら俺は……」

「え?」

 ドキリとして、玲菜は訊いたが。

「オヤジになんて言えばいいんだ」

 レオの言葉にがっかりする。

(まぁ、そーだよね)

「あーまぁ、悪かったよ」

 空を見ながらレオが謝ったので、玲菜もつられて空を見上げた。

「わぁ! 凄い!」

 砂漠に限ったことではないが、星がたくさん見えて空が綺麗だ。

「隙間がないね〜」

「え?」

「星と星の」

 白い粒のように見える星が空一面にまんべんなく見える。

「ドイツの帰りの飛行機で見た空と同じ!」

 ドイツ旅行の帰りの飛行機で窓側だった玲菜は、消灯中の飛行機の中でこっそり窓の外を見た。日除け《シェード》を少しだけ開けて見ると、暗い空に信じられないくらいぎっしり星が見えて感動した記憶。

「ん? 何? ヒコーキ?」

 レオに訊かれて、また慌てて誤魔化す玲菜。

「うん、あ、ヒコーキっていう……馬車の名前」

「馬車の名前?」

 レオは眉をひそめたが、ドイツには食いついた。

「ドイツ……お前の故郷だったな」

 一応、マイナーな集落という設定でそういうことになっている。

「今度連れてけよ」

(今度……)

 今度とは『いつ』か。

 それを思ったら玲菜は哀しくなった。

 自分の故郷に、レオを連れていくことは絶対に無い。それより、自分が帰ることになったらレオとはもう会えない。その前に、近々彼は戦場に行ってしまう。

 色んなことを思って、涙が出た。

 その様子に気付いたレオは慌てだした。

「え? あ、すまん。故郷のこと思い出したのか?」

 最初、話を合わせて嘘を付こうとしたができなかった。

「うっ……」

 首を振る玲菜。

「え? じゃあ、えっと……どっか痛いとか?」

 レオの質問に、また玲菜は首を振る。

「違うの」

 玲菜はもう堪《こら》えられなくなった。

「私、レオと……離れ……が、怖くて」

 泣いているのでうまく言えなかったが、レオは少し考えて理解する。

「え? 俺が戦場に行って離れるのが怖いって?」

 それもあるが、少し違う。だが、玲菜は頷く。

「う、うん」

「大丈夫だよ、お前らは。むしろ俺が居ない方が襲われる心配もないし、安全だろ」

 レオは何か少し勘違いしていた。玲菜が怖がっているのは自分の身の危険ではない。

「ち、違う、私……」

 玲菜は気持ちが抑えられなくて告げた。

 

「私、レオと離れたくないの。……レオが好きだから」

 

「え?」

 一瞬レオは止まったが。

 

間を置いて溜め息交じりに言った。

「ああ、うん。分かったよ」

 一世一代の告白だったのに、軽くあしらわれてしまった。しかも溜め息交じり。

「え……」

 玲菜は、自分の周りの時間が止まったような気がしたし、実際に立ち止まってしまった。

(これで終わり? 勇気出して告白したのに)

 なんともあっけなく。

 もしかして聞こえなかったのか、とも思える。

「あ、あの、レオ! 私……」

「あ〜分かったよ、好きなんだろ? 俺が」

 レオは一人で歩き出した。

 そこで初めて、振られたのだと気付く玲菜。

(あれ? 私……振られちゃった?)

 その事実に呆然《ぼうぜん》とする。

 しかもなぜか彼は面倒くさそうにも見える。

(レオ……もしかして、面倒なんだ。こういうの)

 そうだ。彼は皇子であの見た目。モテないはずがない。女性から告白されるのは慣れているのかもしれない。

 レオはどこか女性に冷めていて、下心が無いと口説いたりもしないと、ショーンから聞いた言葉を思い出す。

 確かに、告白をされたにしては冷めている。

(私に対しては下心が無いから、告白されて、迷惑だったってことかな?)

 考えたらつらくなった。

(ただ振られるだけじゃなくて、何この空虚感……)

 終わった。気付いたばかりの淡い恋が、こんなにも早く終わってしまった。

 さっきまで出ていた涙が逆に乾く。

「ほら、何やってんだよ、早く帰るぞ」

 先を歩いていたレオが、少し遠くで声を掛けてきた。玲菜が止まって考えているうちに、もうあんなに離れてしまった。

「う、うん」

 追いつこうと、玲菜は走り出した。

 

 その時、――数人の男たちが暗闇から現れて、玲菜を捕らえる。

 

「レイナ!!

 レオの呼び声だけが聞こえて、玲菜は目の前が真っ暗になった。

 何か布のような物で巻かれたからだ。

(え? 何? これ)

 悲鳴すら上げられなかった。

 いきなり数人の男たちに布を巻かれてくるまれ、そのまま抱えられた。

 何も見えないが、誰かが走って追ってくる足音が聞こえた。もしかするとレオか? だが、玲菜を抱えた男たちは素早く逃げ出す。

 手際が良すぎて、明らかに計画的犯行だと分かる。

(何これ!?

 だが玲菜にはわけがわからない。とにかく混乱するし、何もできない。

(え? このままさらわれちゃうの?)

 ようやく自分の状況と危機に気付いた時だ。

 

「な、なんだお前!」

 突然男たちが止まって、玲菜は地面に落とされた。布が意外と分厚かったことが幸いか。そんなには痛くなく、しかし紐か何かで固く結ばれているらしくて抜け出せなかった。

「ちくしょう! 二人も! しかも手強《てごわ》い……!」

 その声のあと、レオの声が聞こえた。

「よくやった! 黒竜《こくりゅう》、朱音《あかね》!」

(レオ!!

 レオに気付いてなんとかもがいていた玲菜の布は、次の瞬間切り開かれた。

 最初に見えたのはレオの護衛でくノ一の朱音。小太刀を持っている様子から、布を斬ってくれたのは彼女だと分かる。

「あ、朱音さん!」

 次に見えたのは、レオが男を一人斬った場面。

 叫び声と血が噴き出る様子に、玲菜は手で口を覆った。

 暗くて、よく見えなかったのが幸いか。すかさず朱音がトドメを刺したのでその時は目を伏せた。

 その玲菜に駆け寄ったのはレオだ。

「レイナ!」

 すぐに彼女を立ち上がらせて、朱音に命令をする。

「黒竜に続け! 誰も逃がすな! 見つけ出して全員殺せ!」

 恐らく逃げた男たちが居て、レオの護衛の忍者・黒竜が追っているのだろうと予想できるが。

「え……? 全員殺すの?」

 玲菜はレオの命令が怖くなった。

「当たり前だろ! 一人でも逃がしたらまた襲われる」

「で、でも……動機とかって……」

「動機と黒幕は分かってる。犯人に訊く必要はない」

「で、でも……」

 朱音が男たちを追って暗闇に消えた後、レオはまた言う。

「連中を生かしておいて、一体なんの得があるんだ」

「と、得とかじゃなくて。……捕まえるだけじゃダメなの?」

「はあ!? 捕まえてどうする? 牢に入れるのか? いつまで!? 税金の無駄だ」

 レオの眼は真剣だ。

「お前を、さらおうとしたんだぞ!? しかも計画的だった。俺とお前が少し離れるのを狙って……」

 そこで、頭を押さえるレオ。

「ああ、俺が先に歩いたから」

 そう、レオが先に歩いて玲菜と離れなければ実行されなかったかもしれない。

 反省するレオに、玲菜が話しかけた。

「レオは悪くないよ。私がちゃんとついてかないで立ち止まっていたからで……」

 ゴタゴタで忘れかけていた失恋を思い出した。

 振られたから、立ち止まってしまった。

 改めて思い出して、つい涙が出た。

「え?」

 自分でも無意識だ。

「ご、ごめん、私、泣いてばっかりだね。ごめんね、なんでもないんだ」

 笑って誤魔化そうとしていると、レオが抱きしめてきて。

「レ、レオ……?」

 そして……

 

 一旦離れると手を頬に添えてまっすぐな瞳でキスをしてきた。

 

 ……口ではなく、頬に。

 涙にキスをしたようだった。

 

「え……?」

 だから、玲菜は呆然として。

 唇を離したレオは俯き加減で顔を赤くしながら言った。

「す、すまん。……つい」

「つい?」

 訊き返すと、ありえないことを言ってきた。

「つまり……今のは、その……忘れてくれ」

「忘れる?」

 今のキスをか? 口ではないが、逆に顔が火照るようなキスだった。熱い頬を触る玲菜。

「なんで、……忘れるって……」

「だから……」

 なぜか謝るレオ。

「悪かったよ。つい、勢いでこんなことしてしまって」

「いきおい?」

「お前が泣いてるから」

 玲菜は、レオが言っていることが理解できなかった。

(私が泣いてるから、つい、勢いでキスしたっていうこと?)

 彼が謝った理由も。

(私はレオのこと好きだって告白したのに、キスして謝ったってことは、その気が無いのにキスしてごめんってことなのかな)

 解釈としてはそうなる。

 つまり……

「思わせぶりなことをして、ごめんってこと?」

 自分で言って自分でつらかった。

 だが、レオの反応は意外だった。

「は? 思わせぶりって俺のことか?」

「え! だって、今自分でそういう風に……」

 玲菜の解釈としては、そうだったのだが。なぜか怒るレオ。

「俺は、……思わせぶりなつもりじゃない。“つい”ではあるけど、でも俺はお前……」

 その後、何かに気付いたように目を伏せる。

「ああ、そうか。俺は……」

 少し間を置き、顔を赤くしながら、玲菜に言う。

「思わせぶりなのは、お前じゃないか」

「え?」

 言われて、自分の行動で、どこが思わせぶりだったのか考える玲菜。

(レオのことが好きだって態度は思わせぶりじゃなくて本気だし。それはさっき告白したからわかってるよね?)

「それってどういう意味?」

 玲菜が訊くと、レオは怒ったように返す。

「だから……っ! 俺のこと好きって言ったり!」

「だってそれは、好きだから……!」

 自分の告白が、なぜ彼を怒らすのか分からなくて。玲菜はまた泣きそうになったが堪《こら》えた。

「でも、迷惑ならもう言わないよ」

 レオは少し間を置いてから「ああ」とだけ返事をした。

 

 ちょうどその微妙な空気の頃、暗闇から朱音が戻ってくる。

「始末しました。抜かりはないです。直《じき》に、部下が来て後片付けもします」

「ああ、ご苦労」

「黒竜の方は命令者の動向を探りに行っています。今後皇子及びレイナ様やショーン様が被害に遭わないように調査しますので」

 朱音の報告で、ショーンのことを思い出すレオ。

「あ! オヤジ! 平気か?」

「部下の報告ですと、ショーン様には怪しい連中は近付いていないようです」

「そうか。レイナをずっと狙っていたのか、俺の目の前で身近な人間をさらってやろうとしていたのかどっちかだな」

 レオは拳《こぶし》を握った。

「くっそ! 今すぐにでも計画した犯人と黒幕を追い詰めてやりたいが、俺は明後日から出陣だしな。あるいはそこを狙ったのか」

「アルバート様、恐れ乍《なが》ら申し上げますと、戦《いくさ》ではなるべく戦場に出ないよう。若《も》しくは影武者をたてるなりしていただけたらと思います」

 朱音の忠告に、質問するレオ。

「なぜだ?」

「ただの宗教絡みではありません。裏で何者かが“アルバート皇子”を狙っている動きを感じます」

 説明を受けてレオは考えるように言う。

「宗教戦争は基本、民衆を使うための“神の名を利用した”表の理由と、権力者たちの欲のための真の裏の目的があるものだがな。大抵は領地が絡んでいるが」

 くだらないと言わんばかりに彼はほくそ笑む。

「それとは別に俺が狙われているってわけか」

 その言葉に、話をちゃんと理解しないまま聞いていた玲菜が反応した。

「レオ、狙われているの? じゃあお願い、戦場に出ないで! 朱音さんの言う通り」

「俺が狙われるのはいつもだよ、シリウスだし。ド派手な格好しているから一発で分かるしな」

「シリウスだし?」

 この世界が、未来の日本だと最近判ったばかりだったのに、ここにきてシリウスが絡む。

(シリウスって一体何? 私の小説のキャラのことじゃないとしたら、おおいぬ座のシリウスのこと?)

 夜空に輝く青い星のシリウス。自分は小説でシリウスという名前を使ったから、少しだけ調べた。ネットの検索だが、ギリシャ語で「焼き焦がすもの」に由来するとか、中国では「天狼」と呼ばれていたという話。それがカッコ良かったために戦場で英雄として活躍する主人公の名前をシリウスにしたのだ。

 考えている玲菜にレオが言う。

「お前も知ってるだろ? 神話のシリウス。戦場で英雄として活躍するシリウスの名が俺に与えられた。黒い髪に青い瞳で似ていたっていうのもあるけど、戦場に行かせるためにわざと付けられた洗礼名なんだよ」

「え?」

「敵側からすれば、俺を倒せばシリウス軍に勝つだけでなく、帝国軍の士気を圧倒的に下げることができるし、第三帝位継承者を葬《ほうむ》って帝国の混乱を誘えるし、狙わない理由は無い」

 レオはペラペラと喋るが、玲菜はそれどころではなく。

(神話のシリウスの設定が、本来の神話じゃなくて私の小説の設定になってるんだけど)

 その事実にうろたえる。

 まぁ、長い年月が経てば神話が変わるのは当前ともいえ、それが自分の小説の設定に偶然似たという可能性もありえる。

 まるで、自分の小説が神話になったような嬉しい偶然だが。

 それよりも、気になる言葉が他にあった。『戦場に行かせるため』という言葉。

(どうして? 皇子なのに。皇帝陛下の、大切な跡継ぎの一人なんじゃないの?)

 玲菜の心の疑問に答えるようにレオは続ける。

「つまり、俺は敵に対する囮《おとり》で、民衆にとっては軍神。万が一死んだら、世継ぎ候補の争いからも離脱するしで、積極的に戦に赴《おもむ》かされる。シリウスはそのための都合のいい名なんだよ」

「都合のいい名前……?」

 信じられない話に、ショックを受ける玲菜と、目をつむる朱音。

 レオにとって、シリウスという名がそんなに呪いの名前だとは思わなかった。民衆には、守り神のように称えられるが、おかげで戦場が近くなる。

「何が勝利の皇子だよ。子供のころから戦術と戦場での戦いを徹底的に訓練されていたら嫌でも強くなる」

 初めて聞いたシリウスの名にまつわる話は、玲菜にとって悪夢のよう。栄光が、必ずしも本人にとっての喜びではない。レオはあざ笑うように言った。

「しかも、俺が思ったよりも活躍しすぎて、民衆の支持が高いから、連中は焦って暗殺しようとしやがるしな」

「連中って?」

 恐る恐る玲菜が訊くと、レオは呆れたように答えた。

「他の帝位継承権のある者と、その取り巻き達」

「もう“皇子”辞めちゃいなよ!!

 無理なのに、つい玲菜は言ってしまった。言った後に、辞めたくても辞められないレオの気持ちを考えて後悔した。

「あ、ごめん。私……何も知らないくせに。無責任なこと平気で言って」

 だが、レオは怒る様子もなく、空を見上げる。

「いや、いい。……そうだな。いつかそうするよ」

“いつか”なんて、現実味のない言葉。

 玲菜も見上げると、もう空は明るくなってきていた。そこで気付く。

(やばっ!)

 うっかり徹夜だという事実。これから帰り道でまた砂漠だというのに。

 夜に色々なことがありすぎて、前日の疲れは吹っ飛んでいたが、それは気分だけで恐らく体は物凄く疲れているはず。

 

 宿の前で朱音は去り、玲菜とレオはそっと部屋に戻った。朱音が居た時は普通に喋れたが、二人になると気まずくて無言だった。

 一人の部屋に入って、もう目は冴えていたのだが玲菜は一応ベッドで横になる。眠れるのは二時間くらいか。

 早く寝ないといけないのについ考え事をしてしまう。

(夜、色々あったな。色々ありすぎて一晩の出来事じゃないみたい)

 二人で少し飲んで、賭博場に行き、レオが大負けして自分は勝って。その後一世一代の告白をして振られて。さらわれそうになって……

(まだ熱い……気がする)

 玲菜はキスをされた頬を触る。

 このことは、忘れろと言われた。自分のことを「好き」だと言うなとも。

 思い出すとやはりつらい。

 それに、レオにとってのシリウスという名の重さ。

 民衆からは期待と信頼を背負い、身内からは都合と陰謀で、戦争に行かされる。

 勝って栄光を得ても、嫉妬が残り、家族を失った者からは逆恨みもされる。

(そんなのって酷い!)

 レオの話を思い出して、玲菜は悲しくなった。

(レオがもし、現代に居たら、ただのイケメンでモデルとかになって暮らせるのに)

 もしもの考えのあと、眠ろうとした玲菜は「ハッ」とする。

(あれ? レオが私と一緒に現代に行くって……絶対に無理なのかな?)

 もちろん、本人の気持ちが最優先だが。

(だって、そしたら皇子辞められるし)

 リアルに考えると可能のような気もする。

(私が帰る時に、一緒に行けばいいんじゃない?)

 玲菜はレオが現代に来た事を想像した。最初は戸惑うかもしれないが、便利で平和な世の中にきっと慣れる。皇子とか煩《わずら》わしいものから解放されて楽しく暮らせる。レオは歩いているだけで女性に注目されるだろうし、モデルや芸能界からスカウトがきたりして……

 そこまで考えて、首を振った。

(私ってどうしてこうなの。レオがどう望むかなんて考えないで。レオの周りの人の事も無視して)

 自分の勝手でお気楽な思考に嫌気がさす。

 そもそも、帰れる方法はまだ見つかってなくて、自分が帰れるかどうかも危ういのに。しかもショーンに頼り切っている気がする。

(こんなんじゃ駄目だ。自分で行動しなきゃ)

 玲菜は色々なことを考えて、眠れないまま朝を迎えた。


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