創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二十一話:出立前夜]

 

 朝から容赦なく照りつける太陽に乾いた空気と砂混じりの風。

 オアシスの町では、元気な中老のおじさんと寝不足な若者の男女が帰路の旅のために砂漠への準備をしていた。

 食事をして、水を買い、一番早く砂漠を抜けられる道を地図で探す。それと、ラクダをもう一頭借りる。人数は三人だが、玲菜は一人で乗れないので二頭だけで足りる。

 目の下にくまを付けてフラフラしている二人に、年長者であるショーンは呆れた顔で訊いた。

「お前ら、夜中に何やってた? おじさん怒らないから言ってごらん」

 ……言えない。

 二人が黙っていると、ショーンは狙いを定めてきた。

「レオ、昨日は勝ったのか?」

「負けたよ。全負けだ」

 バレた。

「い、いや、なんの話だ?」

 慌ててとぼけようとしても無駄だ。ショーンは頭を痛めた。

(二人で賭博場に行ったのか)

 玲菜の方を見ると、玲菜は反省した様子で落ち込んでいる。それは寝不足だけではない感じで。泣いたのか、目が赤いし、そういえばレオの方を見ようとしない。昨日まであんなにチラチラ見ていたのに。

(ん? なんでだ? また喧嘩でもしたのか?)

 一方、レオはボーッとして溜め息ばかり。逆にレオの方がたまに玲菜を見ている。

(賭博場に行ったあと、何かあったのか?)

 いや、まさか……

 恐ろしいことが思い浮かび、ショーンは慌ててレオだけを引っ張って玲菜から少し離れた。

「レオ、話があるから、ちょっと来い。レイナはそこに居て」

 

「なんだよ」

 不審そうにするレオに、顔を近づけるショーン。

「レオ、正直に言え。昨日レイナに……なにかしたか?」

「え?」

「いや、俺は二人が好き合っているなら別にいいんだけども。レイナが泣いたようだから、その……心配で」

「あいつの父親かよ、オヤジ」

 レオは呆れた顔で言った。

「俺を信用してないのか?」

「いや、信用はしているぞ。ただ、もしかしたら酔っぱらった勢いとかもありえるし」

「あいつには何も……」

 ここまで言って、キスのことを思い出すレオ。

「し、してないぞ」

 目が泳いでしまった。

 それをショーンは見逃さなかった。

「ナニしたんだ!!

「キスだけだよ!!

 つい、レオは答えてしまった。

「キス〜〜〜!?

「違う違う! 口じゃない! ギリギリ外して頬にしたし!」

 全部答えて、レオは口を押えた。ついでに顔まで赤くする始末。

「頬!?

 ショーンはびっくりする。

(レオが?)

 しかし、ではなぜ玲菜が泣いたようだったのか。疑問も感じる。

(好きな男にキスされたら、嬉しいだろ、フツー)

 若い女性のことはよくわからないが。

「じゃ、じゃあ、二人は付き合うことにしたのか?」

 レオが玲菜の頬にキスをしたということは、両想いで。ショーンはそう思った。

 だが、レオは否定する。

「違う。なんでだ」

(なんでだはこっちのセリフだ)

 ショーンには理解できなかった。

(わっかんね〜な〜。今の若者の感覚が)

 けれどあまり干渉しすぎるのもよくないと思い、質問をやめる。

「ああ……まぁ、二人の問題だから、俺は別にいいんだけど。……悪かったな、余計なこと訊いて」

 玲菜の許へ戻ろうとするショーンにレオは話しかけた。

「オヤジ!」

 ためらいながら。

「俺は、あいつのこと守りたいんだよ。近くで。どうしたらいいと思う?」

 レオが悩んでいたことはその事だ。

「昨日、あいつが誘拐されそうになって」

「ええ!?

 また戻ってレオに顔を近づけるショーン。

「ホントかよ!? どうしてこんな所で!」

 動揺しているのが一目瞭然だ。

「ちょっ……落ち着けよ、オヤジ」

 レオはショーンに手を向けた。

「多分、俺の正体がバレたのは、賭博で皇家の紋章入り短刀を出したのが原因だろうけど」

「ああ? 賭博で皇家の短刀を!?

 むしろそれが問題だ。

「ま、まぁ、そのことはいいだろ。取り戻したし」

 本当は良くないが、ショーンは続きを聴くために仕方なく頷いた。

「まぁ、取り戻したなら。ホントは駄目だけど」

「で、問題は、俺のことを消そうとしている奴の、息のかかった捨て駒が至る所に居るってことだ」

「捨て駒?」

「ああ。昨日黒竜が調べた結果の報告で判明した」

 レオは説明をする。

「俺のことを消そうとしている首謀者の手下の下っ端みたいな連中だ。連中は、俺の顔をちゃんとは把握していない。だが、『殺したら報奨をやる』みたいな取引は受けている。そういう奴らがどこにでも散らばってるってわけだ」

「お前、刺客《しかく》が多いな」

「ああ」

 ニヤッと笑うレオ。

「多分、都からずっとあとをつけられてたとかじゃなくて、たまたまここの賭博場に居たんだろうな。オアシスの賭博場はそういう奴らが集まりやすいし」

「そうだな」

 ショーンは相づちを打って、レオは続きを話した。

「レイナをさらった連中は、計画的だったけど手練《てだ》れではなかった。賭博場で俺のことを見つけて、そこで、一緒に居るレイナをさらう作戦を立てたんだろ。あとで俺を誘《おび》き出して殺すために」

「よく捕まえたな」

「優秀な部下が居るからな」

 黒竜と朱音のことだ。

「レイナをさらった奴らは全員殺したから、レイナの存在が首謀者にバレたわけではないと思うが」

 レオは下を向く。

「それでも、心配なんだ。戦場に行ってる間。心配してたら戦いに集中できないし。もちろん、朱音とか……護衛をつけようとは思っていたけど」

 ショーンはレオの気持ちが分かって、少し口元を緩ませながら言った。

「自分で守りたいんだろ?」

「ああ」

 やけに正直だ。

 茶化すつもりはないが、てっきりムキになって否定すると思ったのに。

(本気なんだな、レオ)

 ショーンはレオの深刻な表情に少し安心した。それだけ、玲菜が大事ということになる。

 しばらく考えて、ショーンは案を出した。実は最初から考えていた案だったが、危険なので出さないでいたものだ。けれど……

「じゃあ、絶対にレイナを危険な目に遭わせないのが条件で。約束してくれたら教えるけど」

「え? なんだよオヤジ」

「約束するか?」

 真剣な眼をするショーンに、レオは頷いた。

「ああ、約束する。あいつのことは絶対に守るから」

 レオの言葉に、ニッと笑うショーン。

「駐留する今回の砦で、料理とかを手伝う女性を募集してたんだ」

「あ!!

 砦なら、攻め込まれない限り、そこが戦場にはならない。もちろん攻め込まれたら危険だが、国境付近で食い止めれば問題ない。そのためには前線で止めることが第一だが。

 それに、野営地とは違い、砦には使用人の女性たちもいる。軍隊が駐留する時は使用人だけでは足りないので、その間だけ料理などの手伝いを一般から募集することも多々ある。しかも、敵が攻めてきたら一番に避難させるが、万が一、命の危険もあるので、割と優遇扱い。

「そうか。考えもしなかった。戦場には連れていけないけど、今回の砦までなら……」

 今回、戦場になりえる地点と砦までの距離は結構ある。軍全体の本拠地にはなるが、実際は国境警備隊の詰所があり、そちらが陣営の中心になるはずだ。

「戦いに出る時は離れるけど、都ほど離れるより安心だろ? もちろん俺も行くし」

 ショーンも一緒なら、尚《なお》安心だ。

 嬉しそうな顔をするレオに、ショーンは言う。

「そしたら、もしかしたら俺は、遺跡商人の所に行くかもしれないし」

 完璧だ。

「あとはレイナの返事次第だが」

 

 早速、玲菜にもその話をする二人。

「え? 一緒に行けるの? その仕事やりたい!」

 沈んでいた玲菜の顔が明るくなった。

 ずっと離ればなれだと思っていたが、少しは近くに居られる。

(昨日振られたけど、やっぱ嬉しいよ。だってまだ好きだし)

 ただし、さすがに行く時は一緒に行けないのだという。

「軍隊とは一緒に行けないから、玲菜は俺と砦まで行こうか」

 ショーンが言う。

「そうだな、頼むよオヤジ。一応俺も書状用意するから。渡してくれ」

「それはいいな、皇子のお墨付きか」

 レオは自軍と一緒に、玲菜とショーンは二人で、それぞれ砦に向かうことにして。

 まずは用意もあるので家に一旦帰らなければならない。

 不謹慎にもウキウキしていた三人だが、砂漠の帰路を考えるとすぐに気が滅入った。

 

 

 

 だが、意外にも帰りの砂漠は楽に帰れた一行。

 ラクダを手に入れていたのでレオ一人とショーンと玲菜で乗って、早く砂漠を越えることができた。レオと玲菜はほぼ眠っていたが、なんとか落ちずに済んで、近くの町に着いて、そこからは馬車で都まで行った。

 馬車でももちろん爆睡して、家に着いてもすぐに自分の部屋で寝てしまう。

 

 

 玲菜が起きたのはその日の夜。

(今何時?)

 朝だと思った。

 しかし暗い。確か昼過ぎて……時間でいえば二時か三時頃着いたような。そこからすぐに寝て。

 (私の部屋、時計が無い)

 また必要な物に気付いた。

 ちなみに時計は旧世界である“現代”と同じ針型のものが同じ二十四時間タイプで存在していたので良かった。

 ともあれ、お腹が空いたとか、風呂に入りたいという欲求が出てきて。しかしとりあえず時間を知るために時計のある居間に向かう。

 

 居間では誰も居なく、暗かったが、隣の研究室に居たらしいショーンが足音に気付いて部屋に入ってきた。

「レイナ? 起きたのか」

 電気をつけると、ショーンと一緒にウヅキも居るのが分かった。

「ウヅキ〜〜〜!!

 玲菜はウヅキに近付いたがウヅキは無視してレオの部屋に行った。

「つ、つれない」

 嘆く玲菜と笑うショーン。ふと、時計を見ると二十時で。

「は、八時! もうそんな時間なんだ」

 玲菜は驚いたが食事の前に風呂に入りたかった。

「ショーン、お風呂入ってもいい? あ、もしかしてレオが入ってる?」

「ああ、レオはもう行ったから。別に風呂入っていいぞ」

 ショーンの言葉にドキリとする。

「え? 行った? どこに?」

「明日から出立《しゅったつ》らしいから、出陣前夜会? なんか激励会みたいなのに出席するとか言って、砂漠から帰ってきたあと城に行ったぞ」

「え!?

 自分が寝ている間に、レオが出ていってしまうなんて。

「うそ! もう帰ってこないの?」

「多分。明日は早いみたいだから城にそのまま泊まるんじゃねーの?」

 ショーンは申し訳なさそうに言った。

「レイナ起こそうと思ったんだけど、ぐっすり寝てたし。レオも半分寝てたまんま拉致のように連れてかれたから。悪かったな、見送りできなくて」

「うう……」

 慌ただしいやら、虚しいやら、玲菜は残念な気持ちになった。

「うん。残念だけど仕方ないよ。砦に行ったらまた会えるし、いいよ」

 

 そうは言ったものの、しょんぼりしたまま風呂に入る玲菜。

(もう行っちゃったんだ。またしばらく会えなくなる)

 湯船に浸かって、ボーッとする。

(出陣前夜会って何? ダンスパーティー?)

 多分それはなんかの漫画で見たイメージだが。レオが女性とダンスをしている姿を想像して気分が沈んだ。

(やだ。女の人と踊ったり手の甲にキスしたらやだ)

 しかし、「やだ」と思っても仕方ないが。

「はあ」

 溜め息が出る。

 やはり、レオと少し気まずくなってしまった。気がする。

(告白したからだ)

 気まずくなるくらいなら、告白しなければ良かったか。前にそんなことを思った気も。

 目をつむり、考えてみる。

(……うん。でも、後悔はしてないかな)

 生まれて初めての告白。

 それがレオで良かった。どんな結果であろうとも。

 そんなことを思っていると、バスルームのドアが開いた音がした。

(あれ?)

 しまった。ぼんやりしていて、うっかりバスルームのドアの鍵を掛けるのを忘れていた。

(え!? 嘘!? ショーン、入ってきたの?)

 しかし、ショーンには風呂に入ることを教えていた。

(え? まさかトイレ?)

 トイレはバスルーム内にあるので、その可能性も一応あるが。なんだか気まずい。

 もちろん、浴室の扉は鍵を閉めているし、中が見えるような壁や扉になっているわけではないので、見られる心配はないが。というか、ショーンがそんなことをするはずがないのだが。

 玲菜はなんとなく水音を立てるのが恥ずかしくてショーンが出ていくまで静かにしていようとじっとうずくまっていた。

 だが、バスルームの気配は出ていく様子もなく。

 ついに、浴室の鍵の掛かった扉が動いた。

「え? 鍵?」

 その声の主はレオだ。

 玲菜はまさかショーンが乱心したのかと驚きすぎて叫び声も上げず止まり、その正体がレオだったと気付いてから一歩遅れて悲鳴を上げた。

 

「はあ!? ちょっと待てよ!! お前入ってたのかよ!?

 慌て出すレオの声の後に上から階段を駆け下りてくる足音。

「どうした!! 痴漢か!?

 それはショーンの声で。

「ち、違うオヤジ!!

「レオ!? お前どうして……」

「違うからな!!

 二人のやり取りが聞こえる。

 もはや『お風呂でドッキリばったり会っちゃった』未遂は恒例らしく。

 玲菜は泣きそうな声で訴えた。

「とりあえず二人とも出てって〜!」

 

 要するに、家に帰ってきたレオはそのまま風呂に直行して。台所で食事を作っていたショーンはレオが帰ってきたことに気付かなく。玲菜がバスルームの鍵を掛け忘れ、あまつさえ静かにしていたことが原因で。

 事件に至る、と。

 居間で、三人で話し合った現在。

 ショーンはまずレオに注意した。

「レオ、お前帰ってきたら挨拶くらいしろ」

「なんでだよ」

 ムスッとするレオ。

「バスルームの鍵掛けてないのが悪いんだろ」

 玲菜は返す言葉も無く、恥ずかしさでずっと俯く。

 ショーンは料理を放って助けに行ったので、晩御飯の魚は黒こげになっていた。

 せめてもの救いは、浴室の鍵を掛け忘れなかったことか。

 これを忘れていたら本当に今度こそ未遂じゃ済まなかった。

「まぁいいか。魚焦げてるけど、飯食うぞ、レイナ」

 ショーンが立ち上がると、レオまで台所に行く。

「俺も食う」

「なんでだよ、お前は城で食ってきただろ。っていうか、夜会はどうしたんだよ」

 その疑問は玲菜も感じた。レオは平然と答える。

「めんどくさくなって抜けてきた」

「お前が抜けてどうすんだよ!!

 ショーンのつっこみはもっともだ。

「平気だよ、挨拶とかはやったし。あと変なダンスパーティーとか俺嫌いだし。とりあえずメシだけ食って酒飲んだら体調がすぐれないことにしたから」

 やはりダンスパーティーがあったらしい。しかも食事はちゃんと済ましてきている。

(それなのに晩御飯一緒に食べようだなんて、どんだけ安定の大食い?)

 玲菜は心の中でつっこみをした。

「城に泊まると思ってたから、お前の分は無いぞ」

 呆れながらショーンは言う。

 その言葉に、ショックを受けたレオだったが、玲菜が気を遣ってあげた。

「あ、私そんなに食べないから私の少し分けてもいいよ」

「ホントか? ありがとう」

 レオがあまりにも自然に優しく笑ってそう言ったので、玲菜はびっくりして止まった。まるで小説のシリウスかと見間違う張りの笑顔。嬉しくてレオに駆け寄る。

「やればできるじゃ〜ん! レオ!」

「はあ? 礼くらい俺にも言えるぞ。馬鹿にしてんのか」

 残念だった。

 残念ながら本人は自分の爽やか笑顔に気付いていない。

 だが玲菜が嬉しかったのは、笑顔や言葉だけでなく。

(あれ? 結構普通に喋れる)

 自分とレオが今まで通りな感じに喋れたことが一番良かった。

(「好き」とは言えないけど、密かに想うことくらいいいよね?)

 それに、もう砦に着くまで会えないかと思っていたが、出発する前にちゃんと会えた。

(嬉しい……!)

 玲菜が心の中で喜んでいると、いつの間にかレオがじっとこちらを見ていて、目が合うと気付いたように言ってきた。

「お前さぁ、誰かに似てるんだよな」

「え?」

 意外な事。

「見た目じゃなくて。性格が」

 レオの言葉に、ショーンがニヤニヤしながら言った。

「サーシャだろ?」

 途端に顔を赤くするレオ。

「ち、違うっ! いや、母にも少し似ているけど……」

「えぇ?」

 前にレオに『母親気取り』と言われたことがある気もするが。“レオの母親”と限定されると妙に戸惑ってしまう。

(皇妃様に!?

 性格がと言われたが。レオの母親の性格も知らないから何とも言えない。見た目としては、前にレオの部屋で見てしまった肖像画が思い浮かぶ。

(あの絵の人かわかんないけど。レオにちょっと似てたし)

 ともあれ、レオは否定する。

「だから、母じゃなくて、別の女だよ」

「別の女!?

 玲菜は嫌な気分になった。

(もしかして、元カノとか? やだ!)

 元彼女と比べられるなんてごめんだ。

「女っていうか……誰だっけ? ……あ!!

 何か思い当たったらしいレオは口を押えた。

「誰?」

 玲菜が首を傾げると焦り出す。

「いや、なんでもない!!

 若干照れている気がするのは気のせいか。

「そうか。そういうことか……」

 一人で頷いているのがまた怪しい。

「え? 誰? 誰なの?」

 玲菜は少ししつこく訊いたが。結局レオは誤魔化して誰なのか判明しなかった。

 おかげで釈然としない玲菜に、ショーンが口添えする。

「多分あの態度は初恋の相手とかじゃねーの?」

(初恋?)

 微妙だが。元カノよりはましか。まぁ、初恋の相手が元カノという場合もあるが。

 そのことは追及できず、三人は晩御飯にすることにした。

 少し遅い食事だったが一家の団らんのように楽しく食べる。

 

 食べ終わって少しくつろぐと、玲菜が積極的に片づけをした。それを手伝うショーンに玲菜は言う。

「あ、いいよ。洗い物は私に任せて! ショーンは休んでなよ」

「ああ、そうか?」

 ショーンはチラッとレオの方を見てから玲菜に言った。

「じゃあ頼むな。俺は風呂入ってくる」

 そして、一人で酒を飲んでいるレオに注意した。

「レオ! ここは城じゃないんだから、お前も片づけ手伝え!」

「ええ!?

 当然レオは嫌そうな顔をしたが。ショーンが睨むと渋々と玲菜の横に来た。

「なんだよ、何を手伝えばいい?」

 そんな二人を見てから、ショーンは地下に降りていった。

 

 一方、玲菜は皇子が手伝うという申し出に少し戸惑う。

 恋心でドキドキするとかではなくて。

 きちんと要領を得ているショーンに対してレオの手伝い下手といったら……。むしろ一人の方がはかどるような気がしたが。それでも恐らくショーンのはからいであろうし、頼まれたとはいえレオも親切心で言っているわけだから。断るわけにはいかない。

「えっとねぇ、じゃあ、私が洗うからレオは拭いてくれる?」

 そのくらいはできるだろうと思ったのだが、彼は首を傾《かし》げる。

「ん? 皿を拭く布はどこにある?」

 そこからか。玲菜はイラッとしたが丁寧に布巾の場所を教えてあげた。

「目の前に掛けてあるけど」

 どこに眼を付けているのか。それともその二つの玉は機能していないのか。なんてことは言えない。

「あーこれか」

「洗ったやつここに置くからね」

 玲菜が洗った物をレオの前のスノコの上に置くと彼はそれを拭いていく。だが、あまりの雑な拭き方に玲菜は怒りだした。

「もっとちゃんと拭いてよ! まだ濡れてる!」

「へいへい」

 レオが拭いた物をまたスノコに戻したので玲菜はまた注意した。

「なんで戻すの? 片づけてよ」

「あー」

 言われた通りにレオは食器棚に食器を持っていったが。

「これどこだっけ?」

 あまりの使えなさに玲菜はついに、皇子に戦力外通告を出した。

「ちょっと嘘でしょ? 今までどうしてたの? 私が来る前は全部ショーンがやってたの? もういいから見ていて下さい」

「お前が来る前は結構外で食ってたし」

 言い訳をしながら、レオは食器棚を見て目的の物の片づけ場所を見つけた。

「あった。あーそうだここだった」

 そして片づけてから戻って、スノコの上にある物をまた拭きだす。

「慣れてなくて悪かったよ。でも覚えたから。怒るなよ」

 そう言われると弱い。

「う、うん。じゃあ……続きお願いします」

 

 レオはしばらく黙々と食器を拭くと急にボソッと言った。

「なんか忘れてたな」

「え?」

「……いや」

 片づけながら改めて言う。

「レイナ」

 名前で呼ばれて玲菜はドキリとした。

「え? は、はい」

「洗うの代わる」

 レオは布巾を掛けて玲菜が洗い途中の食器を強引に取った。

「え? 水冷たいよ」

「だからだよ。それに俺は洗うの得意だからな」

「得意?」

 そもそも皇子が皿洗いなどやったことあるのかと玲菜は思ったが。見ると確かに上手に洗っている。それに、水が冷たいから代わるなんて、自分に気を遣ってくれたのか。

 ボーッとしている玲菜に今度はレオの方が注意してきた。

「何突っ立ってんだよ」

「ああ、はい」

 玲菜は食器を拭きながら訊く。

「レオって皿洗いやったことあるの?」

「昔な。やらされた」

「ショーンに?」

 レオは手際よく洗いながら答える。

「ん? ああ。……しかし冷たいな」

 つい、玲菜は現代の話を普通に言ってしまった。

「私、冬はお湯で洗ってたよ。それかゴム手袋して。うちには食洗機無くて。いつか買いたかったな」

「は? 何? ショクセン? ゴムテブクロ? なんか知らんが欲しいなら買ってやるぞ」

 レオにはほとんど通じていない。玲菜は苦笑いで遠慮した。

「う、うん。すっごく欲しいわけじゃないからいいよ」

 幸い追及してこない。

 玲菜はふと、ずっと疑問に思っていたことを訊いた。

「ところでレオ、今日どうして帰ってきたの? 明日の朝、お城から出発するんでしょ? なんか大変じゃない?」

 帰ってきたのは凄く嬉しいけれど。帰ってきても大したことはしなく、むしろ皿洗いをさせられているわけだが。いくらパーティーが面倒くさいとはいえ、城に自部屋もあるし、近くに屋敷もあるし、ここまで帰ってくる必要はない。

 レオは少し黙ってからふて腐れたように言った。

「お前って結構鈍感だよな」

「どんかん!?

 そんなこと初めて言われた。

 失礼ではないかと、怒ろうとした矢先に彼が答える。

「今日はお前らと一緒に過ごしたかったからだよ!」

 もちろんそっぽを向きながら。

「砦で会えるって言っても、そんなに時間は無いと思うし」

 そう言ったあと、レオは「終わった」と手を拭き、こちらを見ずに台所を出ていく。途中でウヅキを抱っこして地下に降りていった。

残された玲菜は拭いた食器を片づけながら顔を赤くして嘆いた。

「思わせぶりはそっちじゃないのよ〜」

 玲菜の気持ちを知っているはずなのに、反則だ。

 もちろん玲菜一人ではなく、ショーンもという意味の『お前らと一緒に』だったのだろうが。嬉しすぎて玲菜は何回も彼のセリフを思い出してはドキドキしていた。


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