創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第二十五話:砦の夜]
鳳凰城塞《ほうおうじょうさい》に着いた二人はまず聖堂前まで行き、玲菜が入口に入ってからショーンは城の兵舎の方へ戻った。ショーンは一応シリウス部隊の軍師という名目で来ているが、参謀《さんぼう》などの軍役職にはつかず、部屋も一般兵たちが寝る一角を借りていた。
玲菜は聖堂に入ると急いで修道服に着替えてまず食堂に向かったが、その時すでに片づけが始まっていて、気まずく感じながらコソコソと食事をとった。コソコソしていたのは気まずさだけではなく。残してはいけない料理をわざと残して、素早く紙袋に入れて隠した。
(パンだけだけど)
それを服で隠しながら何食わぬ顔で食堂を出る。
本来は部屋に戻って就寝のはずだが。玲菜は周りを見ながらそそくさと聖堂を出た。
「寒っ!!」
思わず叫びそうになったのを堪《こら》えて小さな声で言う。
夜の外のありえない寒さ。
(何これ、氷点下とかいってんじゃないの?)
上着を羽織ってくればよかった。けれどまた部屋に戻ってというのは難しい。就寝の時間に聖堂を出てはいけないような気がするから。見つかって注意されたら嫌だ。
(せっかくレオのためにパン持ってきたのに)
玲菜は大食いの皇子のために、少ない自分の食料をあげる計画を決行していた。
(私は少しくらいお腹空いても平気だけど、レオは死んじゃうよ)
死ぬと言うのは大袈裟だが。普段の彼の食べっぷりを思い出すとどうしても。
(っていうか、これってもしかして“健気《けなげ》”ってやつ?)
あまりそういう気はなかったが。自分の行動が“健気な女性”のようで。そう思うと逆に恥ずかしくなった。
(ちょっ……ちょっと重いかな)
相手にとってはむしろありがた迷惑かもしれない。
(いや! レオは絶対にお腹空いてるし!)
玲菜は後ろ向きな考えを振り切って皇子の居場所を探した。
そして……
広い城内で人に聞きこみながら捜しに捜しまくって、ようやくたどり着いたのは傭兵《ようへい》たちの酒場で。城の中にはもっと上品な酒場もあるはずなのに、と疑問を思った玲菜は昨日のことを思い出した。
(あ、イヴァンさん!)
そうだ。幼馴染で鍛冶屋の青年イヴァンとレオは酒場で思い出話をする約束を確かしていた。
だからここか。
荒々しい傭兵たちがむさ苦しい店内で騒がしく酒飲みをしている所をおどおどしながら歩いてレオを捜す玲菜。
(ホントにここに居るの? 居なかったらやだな)
彼が居なかったら無駄に酒臭さが服に付いてしまう。
(しかもイヴァンさんと思い出話をしている所に私、行ったら邪魔かなぁ?)
喧嘩をしている輩《やから》の横を通りながら、引き返そうかと思っていると、さすがに酔っぱらった連中でも修道服の女性に皆が気付き、玲菜はいつの間にか兵士たちの注目の的になっていた。
(え? なんか私見られてる?)
そう思った時だ。
一人の酔っ払いの大男が玲菜に近寄ってきた。
「こんな所にシスターが来るなんて、お嬢さん、誰かお捜しで?」
酒臭かったが我慢して玲菜は答える。
「あ、あ、あ、あの……私、皇子の……」
動揺しすぎた。
「え? 何? オージ? そんな奴はいいからオレの相手してくれよ〜」
強い力で腕を引っ張られる玲菜。
(え?)
急に恐怖を感じる。
(痛いっ!)
「は、離してくだ……」
痛いとか離せといった言葉をはっきり言う声が出ない。
「そんな強い力で引っ張ったらかわいそうだろ」
一瞬、正義の味方か誰かが助けてくれたのかと思った。
だが、そうではなかった。
大男の横にはまた別の酔っ払いの男が並んで、顔を覗きこむ。
「なぁ? 怖かったよなぁ?」
「あ、あの……」
返事はしていないが、今度はその男が手を引っ張ってきた。
「助けたお礼にオレの相手をしてくれよ」
助けてもらってはいない。
「や、やめ……」
「うるさい」
言ったのは近くで飲んでいた二人組の片方で。若そうな黒髪の男。
「なんで女がこんな所に居るのか知らないが。それよりもお前ら、ずいぶんと見苦しい真似をこの俺の目の前で……」
顔を上げた黒髪の男はまさかのレオで。一緒に居るこげ茶色の髪の男・イヴァンはあっけに取られた顔をしている。恐らく酔っ払いたちに声を上げたレオと原因である玲菜の姿を見て。
一方、酔っ払いに絡まれていた娘が玲菜だったことに気付いたレオは続きのセリフも言わずに止まる。
玲菜も近くにレオが居たことにびっくりして。
「な〜んだ〜? 若造が〜」
今度は、酔っ払いたちはレオに向かってつっかかってきた。どうやら傭兵だからなのか酔っぱらっているからなのか……もしくは(レオが)一般人みたいな格好だからなのか、彼らはアルバート皇子だということに気付いていない。
しかしレオはそれどころではなく連中を無視する。
「お、お前、なんでここに居るんだよ!!」
「あ、あの、えっと……」
無視しても割り込んでくる酔っ払い。
「おい! 無視してんじゃね〜ぞ〜」
「私……レオを捜して……」
「俺を?」
「おい、こら〜」
「うるさいっ! 黙れ!! 下民共!!」
レオはうるさい酔っ払いたちに腹を立てて言い放った。
しかし酔っ払いたちも怯《ひる》まずにつっかかってくる。
「なんだ〜? げみん? どういう意味だ〜?」
彼らがレオの肩を掴んだので皇子は反射的にその腕をひねってしまった。
「この俺に気安く触るなよ、飲んだくれ傭兵ごときが」
腕をひねられた男は痛そうな声を上げて床に倒れたが。レオが背を向けた時に起き上がって殴りかかり、誤って別の男を殴ったために乱闘が起きた。
その騒ぎに便乗して他の者も騒ぎまくり、大騒ぎの中、コソコソとイヴァンがレオと玲菜を外に連れ出した。
「いや〜。レオ君、目立ち過ぎ!」
大騒ぎの店を尻目に笑いながら言うイヴァン。
慌てて玲菜が首を振った。
「違うよ、イヴァンさん。私が……」
「お前なぁ!」
呆れているのかと思いきや、レオは怒ったように言ってきた。
「俺に用があったのかもしれないけど、場所と時間を考えろ!」
まさか怒られるとは思っていなかったので、ショックを受ける玲菜。
その様子にイヴァンは慌てて場を和ませようとする。
「レオ、そんな怒鳴らなくても。レイナちゃんせっかく会いにきたんだからさ」
しかしレオは怒ったまま続ける。
「馬鹿か。あそこに俺が居なかったらどうすんだ! 今頃どっかに連れてかれてたぞ。戦いの前の兵士は気が立ってる上に女に飢えてるんだからな!」
それを聞いて背筋が凍る玲菜。確かに……あの場にレオが居なかったら今頃どうなっていたことか。
(私……レオを捜すことに夢中で、危機感が足りなかった)
「ご、ごめん」
反省する玲菜に、更に注意するレオ。
「ましてや連中は酔っぱらっているんだぞ」
「う、うん」
「一体、何の用で俺を捜して……」
玲菜は、怒られたこともショックだったが、自分が来てもレオがちっとも嬉しくなさそう……むしろ迷惑そうなことにショックを受けた。
(嬉しいわけないよ。迷惑かけたんだし。イヴァンさんと楽しくお酒飲んでたのも邪魔しちゃったわけだし)
元々パンだけ渡して、さっさと去るつもりだったが。
「ごめんレオ、それにイヴァンさんも」
謝る玲菜に、イヴァンだけは「大丈夫だから気にしないで」と気を遣ってくれたが、レオは怒ったまま。
(なんか、まるで機嫌取るみたいで嫌だけど)
玲菜はパンを入れた紙袋をレオの目の前に出す。
「これ、要らなかったら捨てて下さい」
「え?」
なんだか分からなそうにレオが受け取ると玲菜は逃げるように去った。
本当はもっとちゃんと渡したかったし、「明日は気を付けて」とか言いたかったが居た堪《たま》れない。
「お、おい!」
走って去っていく玲菜と渡された紙袋を唖然と見つめるレオ。
「何? なにそれ」
促《うなが》されるようにレオが開けるとイヴァンが先に覗きこんだ。
「うわっ! うわぁ〜!」
「なんだよ!」
レオは覗きこんでいたイヴァンの顔を退《ど》かして自分で確かめる。
「え?」
そこにはパンが一つ入っていて。なぜかイヴァンが顔を赤くした。
「レイナちゃん、健気〜〜〜〜!!」
妙にニヤニヤしてレオに指摘するイヴァン。
「これ、絶対に自分の分だよ! わざと残してレオに持ってきたんじゃないか〜」
「え?」
未だ呑み込めずに呆然とするレオをイヴァンは小突いた。
「カワイイな〜レイナちゃん。お前愛されてんじゃん」
「え!?」
途端に顔を赤くして反応するレオ。
「そ、そんなはずは……! アイツは、俺に恋愛感情無いから! オヤ……別の男のことが好きなんだよ。多分俺のことは家族みたいに思ってて……」
「そうなの?」
イヴァンは不思議そうな顔をした。
「でも、どっちにしろあの態度はかわいそうだったよ」
「分かってるよ!!」
レオは言い直した。
「分かってたよ!!」
そしてギロリとイヴァンを睨み付けた。
「イヴァン!」
「は、はい」
ビビッて思わず「はい」と返事をするイヴァンに、レオは言い放つ。
「俺はもう部屋に戻るからな!」
「はいよ。頑張ってな〜」
今度こそ察して、イヴァンはレオが急いで去っていくのを見守っていた。
一方、玲菜はトボトボと落ち込みながら歩き、聖堂に向かっていた。
(もう! どうして私は空回りなの)
情けなくて泣けてくる。
空腹な(はずの)レオにパンをあげたかっただけなのに。
(色んな意味で迷惑だったかも)
友人と酒を飲んでいるところを台無しにした。それに、浅はかな行動で心配かけて。挙句、パンだけ渡して去るとか。
(私ってもしかして振られたくせにしつこくする厚かましい勘違い女なのかな)
どんどん思考が暗くなっていく。
(だって、そもそもレオにパンをあげるのだって、純粋に心配だからだけじゃなくて下心があるんじゃないかな? あわよくば好きになってもらおうとか)
下心が無いとは言い切れない。
自己嫌悪で胸が潰れそうだ。
(全然密かじゃない。振った相手にしつこく言い寄られたら誰だって嫌だよ、ミリアだってそう言ってたし。密かに想えないなら気持ちを忘れるように努力した方がいいよ)
忘れるどころか最近はますます好きになっているような気がする。
(絶対ダメ! こういうのがストーカーの始まりなんだよ。いくら私が、いつかはレオの前から居なくなるからって)
自分で思って凄くつらくなった。けれど涙は出さないようにして、たどり着いた聖堂に入ろうとする。
その、入ろうとした矢先に、腕を掴まれた。
(誰!?)
まさか、酔っぱらった傭兵ではないかと、先ほどの恐怖が甦ると共に振り返ると……
そこに居たのはレオであり。
「え? レ……」
名前を呼ぶ前に彼は一瞬聖堂を見てから引っ張って逆方向に歩き出した。
「レオ?」
「ここじゃ駄目だ。誰が見ているか分からん」
一人でブツブツと言いながらぐいぐい引っ張っていく。
「ちょっ……」
その力が強くて、まだ怒っているのかと玲菜は思った。
けれど勇気を出して訊いてみた。
「どうしたの?」
レオは何も答えずにどんどん歩いた。
「ね、ねぇ」
「静かにしろよ」
レオはこちらを向かずに言う。
「お前、俺が皇子だってこと忘れてるだろ」
正直それはある。
(だって……)
元々この世界の人間ではないし、一緒に暮らしているとそう思えなくなる。
(でも、皇子だってことは分かってるけど)
玲菜が何も答えられずにいると先にレオが言った。
「普段はいいけど、こういう所では困るんだよ」
まさか説教でもする気か?
(さっき、私が会いに行った事の話?)
つまり気安く話しかけたり、会いにいったりするなということか。
「ごめん。もう会いに行かないから」
それを聞いたレオは一度立ち止まってこちらを向いた。
「そうじゃなくて!」
怒鳴りかけたがすぐに小さい声に戻す。
「そうじゃなくて。つまり……今もそうだが、どこで誰が見ているか分からなくて」
また早歩きで引っ張るレオ。
気付くといつの間にか地面ではなく石造りの床を歩いていて、壁燭台《かべしょくだい》が一定の区間ごとに灯り。もしかすると城の方に入ったのではないかと思ったところで、レオは螺旋《らせん》階段を上り始めた。
(ど、どこに向かってるの?)
狭くて微妙に目が回りそうな気分に玲菜がなっていると、ようやく階段が終わって、その廊下の先の立派な扉をレオが開ける。
そこは薄暗かったが少しだけ明かりが灯り、広くて豪華な部屋だとなんとなく分かる。
「え? ここって……」
戸惑っている間もなく、中に入れられてすぐに扉を閉められる玲菜。
レオはやっと普通の大きさの声で話し始めた。
「ここがこの城で俺に提供された部屋だ」
当たり前なのかもしれないが、自分らの部屋とは違い、明らかに豪華でしかも個室。
「ここなら絶対に誰にも見られないし邪魔されないから連れてきたんだが」
腕を掴んでいた手を離して玲菜と向かい合ったレオの顔は何か妙な気迫があった。
「レイナ!」
レオは何度もためらってから、抑えられないという風に言ってきた。
「だ、抱いてもいいか?」
「……え?」
玲菜の目に映ったのはレオの後ろにあるでかいベッド。
(今、なんて言った?)
まさか、一度振られているのにこんな要求があるか。
急に体が固まる玲菜。
(ど、どうして)
焦りと激しい緊張が走る。
(レオも、女に飢えているの?)
戦の前の兵士は皆そうだと、先ほど酒場で言っていた。
(え? だからって……こんな……)
いくら彼のことが好きでも、そんな都合のいい相手になるのは嫌だ。
「い……」
玲菜が小さな声で断りかけたところで、慌ててレオは首を振った。
「ああ! すまん。言い方が悪かった! 抱くって、その……そういう意味じゃなくて。つまり……」
レオは両腕で優しく玲菜を包んだ。
「こういう……抱きしめる方の意味で」
玲菜の肩に顔をうずめるレオ。
「嫌だったら、言ってくれ。離れるから」
嫌なわけはない。ただ、体が熱くなって何も言えない玲菜。
「ごめん」
彼は静かに言った。
「さっきはきつく言い過ぎた。ただ、お前がもしもあんな連中に……と思ったらつい」
謝られて、涙が出そうになる玲菜。
「ううん。なんで謝るの? レオは当たり前のことを言っただけだし。私が勝手に……」
「でも、お前は俺のために」
レオは強く抱きしめる。
「……嬉しかった」
嬉しいと言われたことが嬉しくて玲菜は胸が熱くなった。
(ホントに?)
「最近腹が減ってイライラしてたから。お前のくれたパン食べたらそれが治ったし」
もう食べたのか。それよりも、さすがに言い過ぎだろうと思って玲菜は笑ってしまった。
「そんな。無いでしょ。まだ足りないでしょ?」
「足りないけど、イライラは治ったんだよ!」
レオは恥ずかしそうに、玲菜を抱きしめていた腕を解《ほど》いた。
そこで、向き合った途端に二人で同時に照れてしまった。
(あれ? 今、私……レオに抱きしめられてた?)
レオの顔をまともに見られなくて俯《うつむ》く玲菜だったが、彼も横を向いてなぜかムスッとしている。
「……これで分かっただろ。俺の気持ち」
怒って言うことか?
(なんで怒ってるの)
玲菜は疑問に思ったが、理解したので頷く。
「う、うん。喜んでくれて私も良かった」
「ちがうっ! そっちじゃなくて!!」
つっこまれて、びくっとする玲菜。
(え? そっちじゃないって? 他に何か言ってたっけ?)
彼が他に言ったのは謝罪の言葉。
「あ、『ごめん』ってこと? それも分かったから」
レオはムスッとしたまま呆れたように溜め息をついた。
「まぁ……わかんないならそれでも別にいいけどな」
「え? え?」
(今怒ってるってこと? それとも……)
言葉以外では、抱きしめてきたこと。
玲菜が考えていると、ふと足元に何かが触れた。
「え?」
それは猫のウヅキであり。
「ウヅキ!!」
「ああ、ウヅキ!」
レオは慌ててウヅキを抱っこした。
「腹減ったか? 悪かったな」
普段ならレオに甘える素振りをするウヅキだが、今はツンとそっぽを向く。
「不機嫌になってる。こいつ」
「部屋に置き去りにしてたの?」
玲菜が訊くと逆に怒って言い訳するレオ。
「仕方ないだろ! お前とオヤジは遺跡商人の所に行っちゃうし、俺は色々忙しいから。ましてや猫を懐《ふところ》に入れたまま行動できるわけないだろ。お前らがウヅキを連れてってやれば良かったんだ」
言われてみると確かに。
「ご、ごめん」
玲菜が謝るとレオまでウヅキのようにそっぽを向く。
「まぁ、明日からはオヤジに預けるから」
態度が猫と同じだ。
その後、二人で少しウヅキの世話をしてから、玲菜はレオが呼んだ朱音に連れられて聖堂の自分の部屋へ戻った。部屋ではもうすでに皆が眠っていて。玲菜は静かに着替えてから布団に入る。
次の日の朝は皆が玲菜に気付いてびっくりしたが、“皇子の使い”の用が遅くまでかかり、夜に帰ってきたことにした。
一方、砦は朝からざわついており、皆が慌ただしく駆け回る。
それもそのはずで、今日から軍は出陣するので各隊が準備して。皇子の指揮の下、順々に城を出ていく予定だ。
家政婦の女性たちもこの時ばかりは皆見送りに立ち会う。
大勢の兵士たちの前で、皇子は高い所に立ち、マントをひるがえして演説を始めた。
「敵は帝国西方門に現れる! 我は古来ヤマトの民でスサノオの末裔・アルバート。また、英雄シリウスの名を受け継ぐ者!」
「うおおおお〜〜〜!」と歓声が沸き起こる。「シリウス」との呼び声も。
その大歓声に紛れて、レオの横に居たショーンは誰にも気づかれないようにコソコソと次のセリフを教えていた。
「女神アルテミスの創った偉大なるアマテラス帝国の兵たちよ、女神の子孫の名を語る異端《いたん》の民族たちによる、聖なる地への許すまじ侵攻を…」
セリフが止まりそうになるレオの横で、皆にバレないように次のセリフを呟くショーン。
「…英雄の名の下に必ず食い止めて、正義の剣で貫くとここに誓おう!」
この先はショーンの助けなく自分で言える。レオは剣を抜いて天に掲げた。
「選ばれし我らに女神の力と英雄の加護、そして栄光なる勝利を!!」
兵士たちの大歓声と地鳴りが響く。皆、拳を上げたり武器を掲げたり旗を掲げて意気込む。女性たちは祈るように見守り、玲菜も遠くでレオを見つめていた。
それにしても……と、気付いたことがある。
(女神アルテミスって月の女神のこと? なんか、アルテミスを信仰しているの?)
女神アルテミスはギリシャ神話に出てくる神で、ちょうど自分の小説にも重要な神として登場させていた。ヒロインのレナを地上に送り込んだ神であり、サイの国を創ったという設定だ。名前はカッコイイので単に借りただけであるが。この世界でも帝国を創ったとされているなんて、なんという偶然か。それに……
(帝国の名前って、アマテラスっていうんだ。アマテラスって天照大神《アマテラスオオミカミ》からきているのかな?)
今になって初めて知った。未来の日本らしいから、日本の神話が残っていて、そこから付けたのかもしれない。
(なんか凄いな)
そういえば、レオの名字にあたる『スサノオ』もよく考えるとそうだ。素戔嗚尊《スサノオノミコト》からきているに違いない。
(やだ。こんなところに日本の名残発見!)
一方、ショーンは頭を押さえてレオに言う。
「女神の“加護”と英雄の“力”、だ」
大事な所で間違えて発していた。
レオは顔を赤らめて言い訳をする。
「興奮して誰も気付いてないからいい。それよりオヤジ、ウヅキとあいつのこと頼むから」
「ああ。分かったよ」
ショーンは歩き出すレオに呼びかける。
「レオ!」
レオは振り向かなかったが、聞こえているはずなので言う。
「死ぬなよ。絶対に」
皇子は片手を上げるという反応で返事をして、将軍たちと歩く。
それを後ろから見守りながら、ショーンは何か胸騒ぎを覚えていた。