創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二十六話:前世界の乗り物]

 

 シリウス軍は順々に砦から出ていった。本来鳳凰城塞が本陣(本拠地)であり、ここで作戦を立てながら各隊を出撃させるというのが賢いやり方であったが、まず敵が堕《お》とそうとする帝国西方門からは若干距離があるために、もっと国境が近い位置に陣を張り、国境警備隊の詰所《つめしょ》に作戦会議兼本営の中心を設けたからだ。

 シリウス軍の総大将はシリウスであるアルバート皇子であり、兵士たちを鼓舞《こぶ》する為に自ら戦場に出て指揮を執《と》る。彼には帝国一の猛将軍と言われるバシル将軍を始め、有能な部下がたくさん居て、また優秀な隠密隊も存在していたために情報収集の上でも常に敵の先手を取ることに長《た》けていた。

 砦では守備兵と司教の守護隊と小隊が残り、伝令係が常に本営と本拠地の行き来をしている。また、周辺集落と領民の危機は、若くして腕も才もあるフェリクスが団長を務める鳳凰騎士団がすでに出軍していて安全確保を急ぐ。

 

 砦に残ったシリウス部隊のショーン軍師は落ち着きなくウロウロ歩いて、やがてアルバート皇子率いる蒼騎士聖剣部隊が出る時になると、塔に登って高い場所から彼らを見送る。

 偶然にも、同じように考えていた玲菜とばったり会ってびっくりした。

「レ、レイナ!」

「え? ショーンも?」

 二人は顔を見合わせてから窓に近付き外を眺める。

 蒼騎士聖剣部隊が進んでいくのが遠くに見える。先頭は恐らくレオ。

(青いマントで白馬の人はレオだ。きっと)

 玲菜はずっと眺めて、彼らが見えなくなったらようやく窓から顔を離した。

「ふぅ……」

 不安で堪《たま》らない。

 早く無事で帰ってきてほしい。

 総大将……ましてや皇子なので一番安全な所に居るとは思うのだが。

 それでも、何が起きるか分からない。

(レオ、前に朱音さんに『戦場に出るな』って言われてたんだから。それちゃんと守るかなぁ?)

 心配だ。

 玲菜の表情を見て、ショーンは彼女の頭を優しく撫でた。

「大丈夫だから。アイツは必ずレイナの許《もと》へ戻るから。おじさんが保障する」

 なぜだろうか。ショーンに言われると妙に安心感。

「うん」

 玲菜は頷いて。それから洗濯係の持ち場に戻った。

 

 

 兵士たちが居なくなって、一旦仕事が減ったように思えた女性たちは、しばらくすると今度は砦に難民たちが押し寄せてきてまた忙しくなった。

 それは、先日敵の小隊に襲われた村や集落の領民で、助けに迎えに行くまでは国境警備隊の詰所に身を寄せていた。怪我をしている者や空腹の者、病気になりかけている者もいて、看護係や医者たちが出向く。

 兵士たちより人数は圧倒的に少ないが、健康で丈夫な男たちとは違い、今度は老人や子供や赤ん坊まで居るので別のことにも気を遣わねばならない。

 また、小隊とぶつかり合って負傷した鳳凰騎士団の兵も少しずつ運ばれてきていて、今までと違った忙しさが始まっていた。

 玲菜は洗濯以外にもちょっとした雑用などもこなし、レオのことを考える暇も無く時間が過ぎる。

 やがて夜になり、食事を済ませて就寝の時間になるとようやく落ち着いて、玲菜たちは部屋のメンバーでお喋りをし始めた。

「難民って言ったって、要するにわたしたちと同じ帝国の人間なんだから、動ける人はちゃんと働いてほしいわよね〜」

 若干低めの声でそう言ったのはミリアで。本日入ってきた難民にしつこくされた話をその後ブツブツと語りだす。

 宥《なだ》めるようにアヤメが言った。

「少し落ち着いたら、難民でも元気そうな人には仕事をさせるって、さっき婦長が言ってたよ」

「あらそうなの? やっぱそうじゃなきゃ不公平よね〜! 確かに自分の町が襲われてかわいそうだけど」

 ミリアの話を上の空で聴くのは玲菜。レオのことが心配で、つい考えてしまう。

 気付いたユナが玲菜に話しかけた。

「レイナ、どうしたのー? ボーッとして」

 すかさずミリアが言った。

「レイナ、皇子さまのことが心配なの?」

 当てられて動揺する玲菜。

「え? え?」

 不審そうな顔をしたのはユナだ。

「え? 皇子って……アルバート皇子のこと?」

 恐らくユナは自分たちのことを捕まえたレオのことを快く思っていない。ましてや、レイナも同じ気持ちだと思っているはず。

 現に、疑うような目で質問してきた。

「レイナ、あの人のこと好きなの? なんで?」

「あ、あの……」

 なんて答えようか、玲菜が困っていると、ミリアが代わりに言ってきた。

「美形だからでしょ? レイナって顔至上主義なのね」

(顔至上主義って……)

 別にそういうわけではないつもりだが。

「何言ってんの! 男は顔よりも筋肉でしょー!」

 アヤメのいつものバシル将軍推しに話は流れた。

「筋肉じゃないわよ! 渋さよ〜!」

 ミリアの趣味の話も加わり、自己主張をぶつけあっている二人を横目に、ユナの方を見る玲菜。

(ユナ……怒ってるのかな)

 だが、表情ではわからなく、話もいつの間にか変わり、結局ユナの気持ちが分からないまま就寝した。

 そして一夜が明ける。

 

 

 

 次の日。玲菜は朝から仕事着には着替えずに砂漠仕様の服を着て、ショーンの待つ城門へと向かった。洗濯係の方へはすでに“使い”として通っている。

『使い』として同じ人間が出向くのは不自然ではなく、むしろ“よくある事”だったので、皆に疑われることなく、玲菜は後ろめたさだけを感じて出ていった。

 

 先日と同じようにラクダに乗って砂漠を走らせる二人。砂漠には様々な危険動物が居て、前にレオと三人で歩いていた時はショーンが注意を促《うなが》したり、レオが動物を追い払ったりと忙しかったが、ラクダだとそんな面倒なことは無い上に早くてありがたい。

 天才技師・マリーノエラの家には、途中で遺跡商人の所に寄る事もなかったので前よりも早くたどり着いた。

 

 最初に出てきたのはやはりイケメンたちで。けれども、こちらの顔を覚えていたのでマリーノエラのいる所へ案内してくれる。

 彼女が居たのは庭先の作業場風の所で。何やら忙しそうに鋼鉄を組み立てている。それはまさに――現代の自動車にそっくりで。

 車体自体は汚く、ボコボコで。所々補強があったが間違いない。

「うわぁ〜〜〜〜!!

 玲菜とショーンは同時に声を上げた。

 汚れた作業着姿のマリーノエラはこちらを向かずに言う。

「もう来たの? せっかちねぇ〜。残念だけど、まだ完成してないから」

 完成していないと言ったが、ほぼ完成状態。

 玲菜は自動車に近付いた。

「す、すごい! 車だ!!

「足りない部分はあるけど、奇跡的なのよコレ。保存状態も良かったし」

 マリーノエラが言うと、ショーンが急《せ》かすように訊いた。

「あとどのくらいだ?」

「ここからが難しくてね。今日中に終わる予定ではあるけど」

 その答えに、考え込むショーン。

「今日中か……。微妙だな。俺も手伝うから、もっと早く終わらせよう」

「え!」

 びっくりしたのは玲菜だけで、マリーノエラは悔しそうに言う。

「解体なら絶対触らせないんだけど、まぁいいわ。足手まといにならないでね」

(え? ショーン、車の組み立てできるの?)

 玲菜は疑問に思ったが、ふと、前にレオが言っていた言葉を思い出す。

(あ、そっか。ショーンって確か結構なんでもできるっていうか……技術者で発明家? なんかそういう人でもあったような気が)

 うろ覚えだが。それで賢者だと聞いたような気がする。

(ホントに凄いな、ショーン)

 残りの組み立ては二人掛かりで。当然玲菜は手伝うことができないので家の中で待っていろと言われて。イケメンたちに連れられて、一緒に連れてきたウヅキと共にマリーノエラの家の居間で待つ。

 途中で昼休憩も入り、その後二時間くらい経つとようやく鋼鉄の馬車もとい、前世界の自動車の組み立てが終了した。

 

 完成品を見て、また歓声を上げる玲菜。

「す、凄いです! マリーノエラさん、天才!」

「うふふ、もっと言って〜」

 褒められて嬉しそうにしていたマリーノエラは化粧が取れてシワが増えていた。

「おい、ババアになりかけてんぞ、おばさん」

 ショーンに失礼なことを言われて、彼女は怒って家に入った。

「うるさい、中老! アンタのせいよ! こっちは不眠不休で頑張ったんだから。ったく、睡眠不足はお肌の大敵なのに! まだ最終点検してないから、私が化粧し直す間、勝手に触らないでよね」

 聞いて後悔するショーン。

「しまった! 化粧直しなんて何時間もかかるぞ。先に最終点検させとけば良かった」

「え? 何時間なんて大袈裟な」

 玲菜はショーンのことも褒める。

「でもショーンも凄いね! 手伝ったんでしょ? さすが賢者」

「別に大した手伝いはしてねーよ」

 ショーンはいつも謙虚だ。そこがまた憧れる。

 

 玲菜とショーンはしばらく自動車を眺めて、たまにウヅキの相手をしながらマリーノエラを待っていたが。……確かに遅い。

 三十分は過ぎたであろう頃、ショーンが痺れをきらして車を触り始めた。

「もう我慢できない。俺は触る。多分あと一時間は戻ってこないだろう」

「ちょっ、ちょっと、ショーン!」

 玲菜は止めたが。ショーンは玲菜を見てニッと笑った。

「レイナは、知ってるんだろ? これのこと」

「う、うん。私の居た時代では普通にあったから、車」

 玲菜は言う。

「私、一応免許持ってたし」

 しかし目の前の自動車がいつの時代のものか分からず、2012年より未来……もしくは、古いマニュアル車だったら運転できない。

「どこの自動車だろ?」

 玲菜はメーカーのロゴを探したが、残念ながら文字は全て見えなくなっていて、車に詳しくもなかったので、車体で車種などが分かるわけでもなかった。

(一体何? 日本車ではあるよね?)

 ボロボロだが、形自体は昔の自動車というわけではなさそうだ。割と未来的な感じというか。

 そっと中を覗くと、中も汚く古ぼけていて、所々壊れていたが。カーナビゲーションが有った形跡。

(ナビ自体は無いんだ)

 形跡だけで、その辺りは部品が足りていない。有ってもどうせ使えなさそうだが。

 大きさと座席の数は普通乗用車。五人乗り。

(ガソリンは入ってるの? 鍵は?)

 その二つが無ければまず動かない。

(鍵はまだしも、ガソリンって……腐らないのかな? っていうか、この時代にはさすがに無いよね。ってことは給油できないし)

 車の塗料は剥がれていたが、白っぽい色は少し残っている。窓ガラスは意外と残っていて、後部で欠けている所とヒビがあったが、あとはほぼ無傷。

「すごいなー」

 改めて溜め息が出る玲菜。

 自分のよく知っている車がこうやって未来の世界で発掘されるなんて。しかも、今にも動き出しそうだ。それを解体して組み立てるマリーノエラが凄い。さすが帝国四賢者の一人と謳《うた》われるだけある。

 その彼女はまだ出てこない。

 そろそろ一時間か。そう思った矢先――

 

「ん!?

 ボーッと車を触っていたショーンは何かに気付いて、突然一点方向を見つめた。それは岩などがまばらにある荒れ地の方で。

「何か……」

 砂埃《すなぼこり》が荒れ地を吹き抜けた時に、ショーンは近くにあった双眼鏡のような物を覗きこんでそちらを見た。

 その表情は尋常じゃない。

「ど、どうしたの? ショーン」

 玲菜が訊くと双眼鏡を外して気難しい顔をして言った。

「まずいな」

「え?」

「マリーノエラ!!

 ショーンは家に向かって呼び出した。

「おい! マリーノエラ!」

 しかし返事が無い。

 ありったけの声で呼ぶショーン。

「マリーノエラ!!

 それでも返事が無いので、ショーンは奥の手を使った。

「天才、マリーノエラ」

 

「な〜に〜? 天才を呼んだ〜?」

 そこには、先ほどのシワを綺麗に消したマリーノエラが口紅を塗りながらやってきた。

「悪いけど、まだ途中なのよぉ」

「そんだけ塗ったくってたら充分だろ!」

 ショーンは忙《せわ》しく言う。

「それより、お前ラクダ持ってるよな? 雇い人たちの分は?」

「あるけど、一体なんなの〜?」

「砂漠に逃げるぞ! 急げ!」

 ショーンがそう言った時だ。近くのオアシスから蛮声《ばんせい》と悲鳴が聞こえた。それに、馬の鳴き声。

 皆が声のもとのオアシスを見ると、数十騎の騎兵たちがオアシスを駆け回っている。

 乾燥した草木に火を点けているらしく、煙まで見える始末。

「何あれ、砂賊!? それとも盗賊!?

「どっちでもない! ナトラ・テミスの小隊で死角から国境越えを果たした連中が近くの集落を襲ってるんだ」

「え!?

 玲菜は耳と目を疑った。

(敵国の小隊がここに?)

「ちょっと! そんなの聞いてないわよ。酷いじゃない」

「そうやってシリウス軍をかく乱しようとする作戦なんだ」

 ショーンの言葉に、マリーノエラは嘆く。

「嘘でしょ〜? 戦はまだだと思っていたのに」

「本戦はまだだ」

 ショーンは玲菜の手を引っ張った。

「でも連中は手当たり次第だから、運悪くここにも来たみたいだな。とにかく逃げるぞ」

 玲菜は信じられなくてただ引っ張られるまま走った。

 オアシスの様子を見ると恐くて足がすくむ。

(何あれ? 嘘でしょう?)

 まるで現実ではないよう。それが間近に見えている。しかも……

(ここにも来るの?)

「砂漠に逃げれば大丈夫だから。ラクダは早いし、連中は馬だから奥までは追ってこないだろう」

 ショーンは大丈夫と言ったが、果たして本当にそうか。

(私、レオの心配だけして自分の心配してなかった)

 砦に居て、安全だと思い込んでいた。砦だって本来は戦争をする場所だ。

「もう、化粧終わってないけど仕方ないわね!」

 マリーノエラはイケメンの雇い人たちを皆呼んだ。

「ひとまず逃げるわよ。もう! 鋼鉄の馬車が壊されたらどうすんのよ」

 

 皆で慌てて繋場《つなぎば》に行き、それぞれがラクダに乗ろうとした時だった。

 ちょうどそこに一本の矢が飛んできて、繋ぎ木に突き刺さった。

「きゃああああ!! 来たわよ!!

 マリーノエラが叫ぶと彼女の護衛の一人がラクダに乗って騎兵に向かった。騎兵は全部で五騎。

 一人でまず一騎倒し、一騎を落馬させる。他の護衛イケメンたちもすぐに応戦して一人がマリーノエラを守るように立った。

 落馬した者たちは怯《ひる》まずにこちら向かってくる。更に一騎、マリーノエラの雇い人たちをすり抜けてこちらにやってきた。

「あ〜もう。退役したのによ〜」

 ショーンは仕方なさそうに護身の剣を抜いて騎馬と戦った。マリーノエラを守っていた男が玲菜のことも一緒に守る。

 剣を交えるショーンを見て、玲菜は悲鳴を上げそうになった。

「もう五十一なんだからな、俺は〜」

 しかしショーンは、騎兵の槍をかわして逆に落馬させる。そこを護衛が剣でトドメを刺し、一人倒した。気付くと全員倒していて、皆は顔を見合わせた。

「全員倒した?」

 マリーノエラが訊くと皆で安堵《あんど》の溜め息をつく。

 玲菜はショーンに駆け寄った。

「ショーン!!

 足が震えてうまく走れなかったがなんとか近くに行く。

「大丈夫だよ、レイナ」

 いつも通りの笑顔に、玲菜は泣きそうになった。

「怖かったよ。怖かった……! ショーン」

「あー怖かったな、レイナ。でもレイナは俺が守るから平気だよ」

 ショーンの言葉に、玲菜は首を振る。

「違うよ! ショーン無理しないで! ショーンが斬られるんじゃないかと思って震えたんだから」

「あー……」

 なんて返そうか戸惑うショーンにマリーノエラが言う。

「あらあら、イチャイチャしちゃって〜。ショーンったら」

「違うから。この子は……」

 ショーンは少し照れながら頭を押さえてイケメンたちを見る。

「しかしあれだな。ただ美形を集めただけかと思ったら、腕の立つ奴ら揃えたじゃねーか、マリーノエラ」

「でしょぉ〜?」

 自分の雇い人たちをうっとりと見つめるマリーノエラ。

「まぁいいや。とにかく今の内に逃げる……」

 ショーンがそう言いかけた時だ。

 更に三騎の騎兵がこちらにやってくる。

「また来た!」

 ショーンとイケメンたちが覚悟を決めて剣を抜く。しかし――

 

 その三騎は遠くから放たれた矢によって倒れた。

 

「え……? 矢?」

 驚いていると、オアシスから数騎の騎士たちがこちらにやってきた。

 それは敵兵ではなく。オレンジ色のマントをなびかせた……

「フェリクス団長!」

 ショーンが叫ぶ。

 金髪美形の貴公子フェリクス率いる鳳凰騎士団だった。

 偶然にも近くを巡回していた鳳凰騎士団がオアシスの危機に気付いて助けにきたのだ。マリーノエラの家にも。

「大丈夫ですか」

 爽やかに、カッコよく馬を降りるフェリクス。兜を取って現れた金髪と端正な顔立ち貴族にマリーノエラは釘付けになった。

「きゃああああああ〜〜〜!! 王子!! 王子様よぉ〜〜〜!!

「え? ……皇子ではない……ですけど」

 マリーノエラの反応に戸惑いつつ、フェリクスはショーンに話しかける。

「アルバート様の隊のショーン軍師ですね」

「ああ、どうも」

 ショーンは会釈をする。

「フェリクス殿のおかげで命が助かった。どうもありがとう」

「いえ、お役に立てて良かったです」

 フェリクスは爽やかに笑いながら言った。

「オアシスももう大丈夫です。敵は一掃しました。ただ、住民は避難させようかと思っていて。燃やされた家もありますので」

「うん。それはいいな」

 ショーンはマリーノエラに言う。

「というわけだから、マリーノエラも一旦、砦に避難した方がいい。俺もあとで行くから」

「砦に避難〜? 嫌よ〜」

 マリーノエラはわがままを言ったが。フェリクスが近付いて促す。

「どうか避難して下さい。まだ安全とは言い切れない」

「はい喜んで!!

 フェリクスには即答の返しに、ショーンは頭を痛めた。

(最初からフェリクス団長連れてくれば問題なかったな)

「で、アナタはどぅするのよ、ショーン。あとで行くって?」

「ああ、俺は住民の救助の手伝いするから」

 マリーノエラの質問に対するショーンの答えに感心する玲菜。

(やっぱショーンっていい人!)

 もちろん自分も一緒に手伝うことにする。

 

 こうして鳳凰騎士団の誘導でオアシスの住民は砦に向かい、マリーノエラもその中に加わる。玲菜はショーンと一緒にオアシスに行って、壊された建物の下などに住人が残されていないかくまなく探した。そして、助けを求める声があれば救助活動をしている鳳凰騎士団の手伝いをする。

 そうやって見回っていると、鳳凰騎士団のメンバーが隠れていた敵の残党を見つけたと騒ぎ始めた。

 騎士団員がその残党の男を囲み近付く。男は大怪我をしていたが、助けを乞う様子もなく不敵な笑みを浮かべていた。

「何が可笑《おか》しい!?

 団員の一人が訊くと男は薄笑いを浮かべて団員たちを見回した。

「ご苦労なことだな、お前ら。こんなチンケな町を守ってる間に気付いたら本隊が負けるとは」

「なんだと!?

 団員たちは口々に言う。

「でたらめを言うな! まだ本隊は戦が始まってもいないぞ」

「シリウス軍は常勝! 貴様ら異端の者なんぞに負けるわけがない!」

「そうだ! シリウス様は勝利の守り神だぞ!」

 

「アハハハハハ!」

 男は高笑いした。

「シリウス様ってのは英雄を気取ってる皇子のことか? おめでたいぜ」

 声が大きかったので救助を手伝っていた玲菜にも聞こえた。

(シリウス? 皇子? レオのこと?)

 話が気になって近付く。

 男は怪我で苦しそうなのにそれでも余裕げな表情で言う。

「いくら似てても、あの皇子は『英雄シリウス』じゃないんだぜ。何が守り神だ、笑わせる。今日死ぬのに」

「なんだと!?

「え?」

 話が聞こえた玲菜は呆然とした。

「どういう意味だ! まだ本隊の戦は始まっていない! 早くても明日のはずだ。なぜ皇子が今日死ぬと……」

 騎士団の一人が胸ぐらを掴んで問うと、男は得意げに話した。

「我が軍の本隊は囮《おとり》だ。今回の戦で狙っているのは皇子の命だけで。皇子の首一つ落とせばシリウス軍には勝てるからな。効率いい方法ってわけだ」

「本隊が囮……?」

 大軍が囮の方だなんて、普通は考えられない。皆が戦慄《せんりつ》していると、男はあざ笑った。

「今頃、我が国最強の暗殺部隊が総出で難民に紛れ込んで皇子を狙っているさ。俺たち小隊が村を襲うのもそのためだ。暗殺部隊が本物の難民に紛れ込むためには、たくさんの難民を作る必要があった。だからわざとあまり殺してない」

「貴様っ!」

 胸ぐらを掴んでいた騎士が男に剣を向けると男はほくそ笑んで言った。

「殺せよ。どうせもう死ぬ。そしてお前らは今から伝えに行っても間に合わない。総大将が死んで、一気に士気を失ったシリウス軍は後から来た我が軍の本隊に壊滅させられるのさ」

 そこまで言って、満足したように男は力尽きた。

「アルテミス様……」

 最期に信仰する女神の名を呟きながら。

「くそっ!」

 騎士はやり場のない怒りを抑えきれずに地面を殴った。

 その場に居た数人で顔を見合わせる。

「どうする……?」

 信じたくなくて少し声を震わす。

「とにかく、フェリクス様に伝えるぞ!」

 一人が駆け出した。

「フェリクス様!!

 捜しながら団長を呼ぶと、近くに居た騎士が彼の居場所を教える。

「フェリクス団長なら、難民を連れて砦に向かった隊の先頭に居たぞ」

 騎士は馬に乗ってフェリクスを捜しに走り出した。

 

 一方、話を聞いた玲菜はその場で崩れるように座る。

(大軍の本隊が囮で、レオに暗殺部隊が?)

 信じたくない話。

(私たちを怖がらせるために言った作り話じゃないよね?)

 それは思いにくい。死ぬ間際の人間がそんな嘘をつくとは思えない。

 彼は“今頃”と言った。“今から伝えに行っても間に合わない”とも。

 体が震える玲菜。

(大丈夫、レオには優秀な護衛がついてるもん。朱音さんたち忍者が)

 しかし、相手も暗殺部隊となると防ぐのも難しそうだ。ましてや難民に紛れ込んでいるのだという。

(難民って確か砦に……)

 恐らく大半は本当の難民で。そのためにたくさん殺さなかったと男は言っていた。

 レオは今、砦に居ないが。

 風車塔でのショーンとレオの会話を思い出す。

(確か、難民は国境警備隊の詰所に集まるって言ってた)

「どうした? レイナ」

 ショーンが近付いてきたので、玲菜は立ち上がって彼に駆け寄った。

「ね、ねぇ、レオは! レオは今どこに居るの?」

「え? 多分戦場になりえる帝国西方門の近くにある、国境警備隊の詰所だと思うけど」

 玲菜は心臓が止まりそうになった。

「詰所に集まる難民に紛れ込んでるんだよ! 暗殺部隊が!」

「え? なんだって?」

 ショーンが訊くと近くに居た騎士たちが玲菜の代わりに、先ほどの男が言った話を説明した。

 

「なんだと……!?

 話を聞いたショーンは青ざめる。

「今仲間が、フェリクス団長に伝えにいきました。我々は団長の指示を仰ぎます」

 騎士の言葉を聞きながらショーンは考える。

「それじゃあ間に合わねぇな。アイツ自身暗殺に強いけど。しかしなぁ」

「ではショーン殿、きっとフェリクス団長はここに戻ってくると思うので、その時に伝言をお願いできますか?」

 騎士たちは居ても経ってもいられないという風に歩き出した。

「自分たちが馬で皇子に伝えに行きます。ここからだと少し遠回りになるのですが恐らく全速力なら約一時間ちょっとで着くと思います」

 一時間ならなんとか間に合うか。今は少しでも早く行きたいが。

(レオ……)

 玲菜が心配で祈る中、騎士たちは馬に乗ってすぐに駆け出した。

「お願いします!」

 全速力で詰所に向かう彼らに声を掛けた玲菜は、自分も無意識に歩き始めていた。それをショーンが止める。

「どこへ行くんだ!! レイナ! キミは砦へ」

「だって! レオが!!

「分かってる。分かってる……」

 今朝の胸騒ぎはこれだったのか、とショーンは思い出した。

(けど、レオは無事なはずだ。絶対死なない! あいつは死んじゃいけない奴なんだ)

 ショーンは意を決する。

「俺が行く。フェリクス団長には砦の方に暗殺部隊が居ないか警戒してもらう。レイナは彼らと一緒に先に砦へ向かっていてくれ」

「い、嫌だよ!」

 レイナは首を振ったが。ショーンは初めて怒鳴るように叱りつけてきた。

「頼むから!! 俺の言う事を聞いてくれ! これ以上心配事を増やすなよ!!

 今まで割と自分に対して甘かったような気のする彼に、いつもの余裕が無い。それほど動揺しているということか。

 玲菜は仕方なく彼の言う事に従って砦に向かおうと決めたのだが。

 そこにフェリクスが戻ってきて、ふとある物を思い出した。

 ショーンがフェリクスに状況を説明している間、その物の方へ歩き出す。

 

「――というわけで、フェリクス団長には砦に居る難民たちを調べて……」

「わかりました。暗殺部隊が紛れ込んでいないか調べましょう」

 フェリクスが理解したところで、玲菜が居ないことに気付いたショーンは慌てて彼女を捜す。

「レイナ!?

 彼女はすでにマリーノエラの家の方へ近づいていた。

「レイナ! どこ行くんだ!」

 走って追いかけるショーン。

 玲菜はショーンが追いかけてきた音で気付いて振り向いた。

 その彼女に話しかける。

「レイナ! 砦はそっちじゃない!」

「分かってる! ショーン、車!」

「え?」

「車、動くの? 私、運転できるから」

「え……?」

 玲菜はきっぱりと言った。

「私、自動車運転してレオの所に行く! ショーン、道教えて!」


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