創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第三十四話:祝賀パーティー]

 

 二人が家に帰ると、ショーンはすでに帰っていて、ウヅキが玄関まで二人を出迎える。

「ただいまー!」

 玲菜がウヅキを抱っこしようとすると同時にレオも抱っこしようとして、そこで猫の取り合いになっているところに煙草をくわえたショーンがやってきた。

「何やってるんだよ、ウヅキがかわいそうだろ」

 ウヅキはレオも玲菜も避けてショーンに駆け寄った。そしてまんまと抱っこしたのはおじさんだ。

「ああ!」

 同時に声を上げるレオと玲菜。

 ショーンがそのままウヅキを連れて居間に向かおうとしたのでレオは声を掛ける。

「オヤジ!」

 まさかレナの聖地のことを訊こうとしたのかと玲菜は思ったが、レオは突然玲菜の肩を抱く。

「つまり、俺たちは、こ、こういう……わけで」

 なんと、まさかの『付き合います』報告か。

 ショーンは分かっているし、わざわざそんな報告をすると思わなかった玲菜は恥ずかしくなった。

 妙にたどたどしく話すレオ。

「まぁ、要するに。本気で大事だと思ってるから。だから……」

「分かってる。許可はいらないよ」

 むしろ振り向いたショーンが照れている様子。ウヅキを下ろして頭を掻きながら台所に歩いていく。

 ふと横を見ると、レオがありえないほど顔を赤くしていたので玲菜は目を疑った。

 じっと見ていると言い訳のように彼は言う。

「前にオヤジに……」

 だが、言いかけで恥ずかしそうにそっぽを向く。

「ああいいや。なんでもない」

 絶対に気になる。

「何? なんなの?」

「なんでもねーよ」

 レオは歩き出して居間を通りすぎてそのまま自分の部屋に入ったので、話していた玲菜はつられて一緒に入る。

 彼の部屋はゴミ部屋ではなくなっていたが散らかっていて綺麗とはいえない。当然くつろげる場所も無いので、唯一腰掛けられるベッドにレオは座り、玲菜はその隣に座った。

「お前なぁ」

 呆れたようにレオが言ったので玲菜は「ハッ」と気が付く。

「あ、ごめん、入っちゃ駄目だった?」

 今までほとんど入ったことがないので落ち着かない。玲菜が部屋から出ようとしてベッドから立つとレオは引っ張ってまた座らせる。

「いいよ、別に」

 ショーンは台所に居て、レオの部屋に二人きりでベッドに座っている状況に、妙な緊張を感じる玲菜。もちろん何かあるはずはないが、今まで無かったことなので変に照れくさい。

 レオはコソッと小さな声で言った。

「つまりな、前にオヤジから念を押されてて」

「え?」

 突然続きのように話し始めたので玲菜は驚いたが。そういえば先ほどの会話の続きだと理解する。

 レオはためらってから口を開いた。

「“レイナに軽い気持ちで手を出すな”みたいなの」

「ええ!?

 当然初耳だし、ショーンがそんなことをレオに言っていただなんて。驚きの声を上げる玲菜の口を塞ぐレオ。

「気持ちは分かるけど、聞こえるから」

 玲菜の口から手を離して改めて言う。

「まぁそれで。俺はだから……今、宣言しただろ? レイナのことが本気で大事だって」

 先ほどショーンにレオが言っていたのはつまりそういうことか。

 納得している玲菜の肩を抱くレオ。

「要するに、本気でお前に手を出すってことだよ」

 彼が迫ってきそうで、慌て出す玲菜。

「ちょっ! 冗談でしょ? 台所にショーン居るし……」

「冗談じゃない。さっきの宣言はオヤジの前でも手を出すってことだから」

 言いながらレオは玲菜の髪を触る。

(嘘でしょ!?

 玲菜は軽くパニック状態。

 混乱していてもレオの顔が近付いてくると反射的に目をつむる。そしてキス――とはいかず。

「そんなことばっかしてないで、手伝ってくれないかな〜」

 満面の笑みのおじさんが部屋の前に立っていて、慌ててレオは手を離した。やはり口では強気でも、いざショーンがいると何もできない。

 ショーンの声に、玲菜も目を開けて急いで立ち上がった。

「あ、あの、ショーン……」

 うまい言い訳の弁が出ない。

「私、手伝うから!」

 玲菜はそそくさと台所に向かい、それを見届けた後におじさんは、ふてくされてベッドに寝転がるレオの頭を叩いた。

「いってぇ!! 何すんだよオヤジ!」

「手を出すなとは言わない。ただ、節度を持て。ガキじゃねーんだから」

 叩かれた頭を押さえて何も言い返せなくなっているレオに、ショーンはニッと笑いながら付け足した。

「それと、お前も手伝え。ここで『皇子』は通じないからな」

「あー」

 レオは面倒くさそうに立ち上がって台所に向かった。

 そうして、珍しくも三人で夕食を作って食卓を囲む。ショーンは絨毯の話題を出して玲菜のセンスの良さを褒めて手伝ったレオにも感心する。楽しく会話をしながら、その日は過ぎていった。

 

 

 次の日は、レオは“家族”で会食らしく、ブツブツと文句を言いながら家を出て城に向かう。“皇子の衣装”やその他は屋敷にあると言って、迎えにきた豪華な馬車に乗って行ってしまった。本日は帰らないようなので次に会えるのは翌日の城での祝賀パーティーになるのか。

 玲菜はそれをワクワクしながら彼を見送って、溜まっていた洗濯物を片づける。

 すると、ショーンも図書館に行くというのでそれも見送って、午後は商店街を歩く。

 実は玲菜はどこかで働けないかと考えていて、アルバイト風でもいいので雇ってくれそうな所を探す。たとえば仲の良い娘の店員がいる服屋か、料理も勉強したいので食堂か、本が好きなので本屋か……。

 とりあえず本日は下見だけにして家に帰り。

 そしてまた一日が過ぎて、いよいよ城の祝賀パーティーの日がやってきた。

 

 

 

 前の日の夜に緊張してよく眠れなかった玲菜は妙なハイテンションで朝早くに起きて、ご機嫌で城への準備を始めた。

 パーティーは夕方からで、準備をするには早すぎるがそんなことは構わない。

 あまりの張り切りように朝から何事かとショーンはあっけに取られた。

「レイナ、城のパーティーって夕方からだよな?」

「あ、ショーン、おはよう〜! パーティーは夕方からだよ。忘れちゃった?」

「いや、忘れてはいねぇけど」

 ショーンはまぁいいかと台所に行き、昨夜の晩の残りと隣の家のサリィさんにおすそわけしてもらったパンを食べる。

 食べながら思い出して居間にいる玲菜に声を掛けた。

「ああそうだ。今日ウヅキはサリィさんに預けるから」

「え?」

「だって、猫は宮廷に入れないだろ? 別に預けなくてもご飯だけ置いとけば平気だけど、むしろサリィさんが預かりたいって言うからさ」

 聞いて台所に顔を出す玲菜。

「え? なんで? ショーンはどこか行くの?」

 ショーンは新聞を出して答える。

「城の祝賀パーティーの招待状は俺にも来てるよ」

「ええ!?

 知らなかった。

 そうだ、レオを奇襲の時に助けたのは自分だけでなくショーンも一緒で、ましてや彼はシリウス軍の軍師。招待状が届いていないはずはない。

「じゃあ、ショーンも一緒に行けるの?」

 一人で行かなければならないのかと少し不安だったので、ショーンも一緒なら心強い。

「ああ。いつもめんどくさくて行かなかったけど、今回は行ってみようかと思ってる」

「やった!」

 玲菜は喜んで一緒に朝食を食べ始める。

 それから、片付けなど家事も少ししたが、玲菜の心はずっと城のパーティーのことでいっぱいで。

 着替える前に風呂に入り、髪の毛も奮闘しながらまとめて上げて結い、化粧もいつもよりしっかり塗り。着慣れないドレスを着る時には隣の家のサリィさんが手伝いにきてくれた。

 

 

 そして……

 家を出るのにちょうどよい頃、今まで着たこともないようなドレスで着飾った玲菜が、ショーンの前に姿を現した。

 スーツで渋くきめて待っていたショーンは目を丸くして口を開けたままくわえ煙草を落とす。慌てて拾って灰皿に落とし、立ち上がってまじまじと玲菜の姿を見た。

「ショーンさん、綺麗でしょう? レイナちゃんは素がいいから、本当によく似合うのよね。あまりに可愛くって、うちの息子のお嫁にほしいって思っちゃったわ」

 今は一緒に住んでいないらしいが、結婚適齢期の息子がいるサリィさんは、自分が着付けた玲菜を褒めながらショーンの前に出す。

「ところでジョン君は今日居ないの? レイナちゃんの晴れ姿、あの子にも見てもらいたいのに」

 ちなみに、サリィさんにはレオが『ジョン』というショーンの息子で、玲菜が(ショーンにとっての)姪という設定なのだが。度々居なくなるジョン君の正体には全く気付いていない。

 まるで結婚式のお色直しで着るようなピンクのドレスは、フリルもリボンも華やかにたくさん付いていて、裾も床に付くほど長く、まさに玲菜が憧れるお姫様のよう。

 髪は一度自分で頑張ったのだが、後からサリィさんに直してもらったアップスタイルできめて、いつもよりも濃いメイクに、恥ずかしそうに頬を染める玲菜を、まるでどっかの誰かのように直視して止まるショーン。

「結局、サリィさんにほとんどやってもらって。サリィさん居なかったらドレス着られなかったよ」

 玲菜がショーンにそう話しかけると、ようやく「ああ」と声を漏らして動き出す。

「そうか……。ありがとうございます、サリィさん」

 サリィさんに礼を言い、もう一度玲菜を見て顔を赤くする。

「いや、びっくりした。どこかの国のお姫様かと思った」

 やはり口がうまい。

 玲菜が照れて何も返せないでいるとサリィさんが横から喋り出した。

「それにしてもお城のパーティーなんていいわね。私も一度でいいから行ってみたい。私ね、アルバート皇子の大ファンなのよ〜。そういえばジョン君って少し皇子に似てるわよねぇ。この前の凱旋《がいせん》で見た時思った…」

 ちょうどその時絶好のタイミングで、呼んでおいた馬車が到着して。ショーンは誤魔化すように言った。

「じゃあサリィさん! ウヅキを頼みます」

「ハァーイ、楽しんできてね〜! お土産なんていいのよ、ホントに。お土産はいいからね〜!」

 二回も念を押すサリィさんが見送る中、玲菜とショーンを乗せた馬車は走り出す。

 

 馬車はドレスを想定して広めの車両を呼んだが、それでもかさばるスカートを持ちながら玲菜は城に着くのをドキドキしながら待つ。

 百回くらい城のパーティーを想像したがまだ現実だとは思えない。

(レオ、居るんだよね?)

 それだけ妄想していると雑念が入り、おとぎ話の王子様風コスプレをしているレオを想像して笑いが込み上げた。

「ん? どうした?」

 しかも妄想笑いを隣で座っているおじさんに見られた。

「ううん。なんでもないの」

 慌てて誤魔化しつつ、玲菜は改めてショーンを見る。自分のドレスのことで頭がいっぱいだったが、濃い灰色のスーツ姿のショーンもやはり渋くて素敵だ。

(おじさんカッコイイ)

 見惚れていると、「ショーンにも嫉妬する」というレオの言葉を思い出して、急に彼に申し訳なく感じる。

(いや、でも、私とショーンは絶対にそんなことないし)

 だとしてもあまり仲良くしすぎるのもよくないかと思い直す。自分が逆の立場だったらやはり嫌だと思うだろうし。

(それにしてもレオって、ショーンには弱いよね)

 ふと感じたこと。

 レオは家でも一見図太く“俺様”でいるように思えるが、ショーンが怒ると大抵渋々と言う事を聞く。それに、頭脳の違いなのかもしれないが、口論になっても大体レオが負ける。いくら“居候”だからといって、仮にも皇子が一般人に対してあそこまで言う事を聞くだろうか。

 あんなに絶大的にモテるレオが「オヤジには勝ち目が無い」的な事を言っていた。

 そうだ。彼はショーンに対して絶対的な信頼……いや、ある種“心酔《しんすい》”に近い感情を持っているのかもしれない。

 そこまで考えて、『実は親子』という言葉が思い浮かんで慌てて頭から消す。

(違うよ。そうだ、今日は皇帝とか皇妃様の姿見られるかもしれない。皇帝陛下がレオに似てたら、私も安心するよ、きっと)

 

 

 熱心に色々なことを考えていた玲菜は、いつの間にか馬車が内壁も越えて宮廷前に停まっていたことをショーンの呼び声によって気が付く。

「レイナ、着いたぞ!」

 

 御者によってドアを開けられて降りると、そこはもう城の庭園で。前にレオに連れられてコソコソとやってきた時はちゃんと見ていなかったが、整った木々や綺麗な噴水などがたくさんある。それに、前は昼間だったので気付かなかったが、庭園を美しく灯らせる立派な電灯に、パーティーだからなのか煌びやかな電飾が光っている。

「凄い!! クリスマス!! クリスマスのイルミネーションみたい!!

 ちょうど夜の寒さも現代で言うクリスマスの頃のようで。

 自身にしか通じない言葉ではしゃぐ玲菜の横にショーンが並んだ。

「気持ちは分かるけど。寒いからもう行こうか」

 確かに寒さもあるが。玲菜は周りのたくさんの貴族風な人たちが堂々と宮廷に入っていく様を見て恥ずかしくなった。

(やばい。テンション高いの私だけ。皆、平然と歩いてるし)

 ショーンは自分の腕を玲菜に向けた。

「愛しの皇子様の代わりにしては歳取ってるけど、彼が来るまでおじさんがキミをエスコートしてもいいかな?」

「あ、はい」

 恥ずかしそうに玲菜が腕を取ると、ゆっくりと歩き出すショーン。苦笑いしながら小さな声で言った。

「まるで結婚式だな」

「え?」

 新郎新婦の意味に捉《とら》えて一瞬焦る玲菜だったが、すぐにそれが勘違いだと気付かせるショーンの言葉。

「ホラ、父親と娘で歩くやつみたいな」

 恐らくそれはバージンロードのことで。まさかこの時代でも現代と同じような結婚式仕様だったことにびっくりする。

(しかも日本なのに教会式の方?)

 一方、ショーンは自分で言ったことに対して後悔している様子。

「ああ、俺今、娘の結婚式想像して泣きたくなった」

 それを聞いて、やはりショーンには娘がいると確信する玲菜。

(この反応、絶対に娘さんいるよ)

 まさか念入りに演技しているわけでもあるまいし。

 

 やがて、大きな入口から宮廷内に入り、玲菜は圧倒される。

 前に見た時も凄かったが、祝賀パーティーゆえの豪華な飾り付け。オーケストラによる生の演奏が聞こえて、貴族だか皇族だか、高そうなドレスをまとって上品に歩く貴婦人や紳士たち。

 自分のドレスもそれなりに高かったはずだが、恐らく額が違う。

 高級そうな扇で口元を隠して優雅に喋るご婦人たちが身に着けている宝石が眩しすぎる。

(やばい。私、場違い)

 怖気《おじけ》づいて帰りたくなった玲菜にショーンはコソッと言った。

「大丈夫。来ているのは貴族だけじゃないから。戦の祝賀パーティーなんだから当然兵士たちも呼ばれているわけだし」

 言われて見ると、確かに立派な軍服姿の武人や慣れないスーツに戸惑っている男性の姿も。

「あ!」

 一際《ひときわ》でかい立派な軍服姿の男性に見覚えを感じた玲菜はその正体が分かってつい声を上げる。

「バシル将軍!」

 筋肉将軍に夢中だったアヤメの顔が思い浮かぶ。

 他にも、名前は知らないが見たことのある軍人風の人間がちらほら。

 シリウス軍の中にはもちろん貴族も混ざっていたので、そういう人種は貴族に紛れて判別つかないが、戦果を挙げた傭兵も呼ばれていたらしく、ショーンは彼らと挨拶を交わす。

(あ、あの人、ショーンと一緒に飲んでた人!)

 鳳凰《ほうおう》城の酒場でショーンと一緒に飲んでいた傭兵らしき男性を発見する玲菜。

 歳は四十代くらいか。ショーンは赤い髪の彼に近付いて玲菜に紹介する。

「レイナ、この人は傭兵団・砂狼《サロウ》の団長で、レッドガルム殿だ」

 軽く会釈をするとレッドガルムは「はじめまして」と笑ってショーンに言う。

「美しいご婦人だ。ショーン殿も隅に置けない」

「いや、そういうんじゃなくて。初めましてでもない。レッドガルム殿、前にレイナとは会っているはずだが?」

 ショーンがそう言うとレッドガルムはもう一度玲菜を見てびっくりする。

「あ! 酒場で!! あの時の?」

 なぜか慌てた様子で言い訳をする。

「あの時も可愛かったが、シスター服だったから印象が全く違う」

 どう反応してよいのか分からない。

「あ、あの、よろしくお願いします。ショーンの考古研究の助手をしているレイナです」

 一応自分の設定の紹介だけをして、あとの会話はショーンに任せた。

 その、おじさんたちが会話をしている間、玲菜はキョロキョロ見回してレオを捜す。

 まず皇族や皇家を探せば良いのかもしれないが、誰が皇族で誰が貴族なのか見分けがつかない。護衛がたくさん付いている人物を捜せばいいのかもしれないが、護衛も正装しているらしく捜しづらい。というか、レオはここに居るか? と思ったが。

 ――その時広間にざわめきが起きて。

 数人の護衛と共に、青いマントを着用したアルバート皇子が登場した。長男や次男である他の皇子も居るはずなのだが、シリウスであるアルバート皇子こそが今回戦で活躍した主役であり。皆が歓声を上げる。

 たちまち貴族の娘たちが取り囲み、大人気の様子。

 近寄り難いその状況に、玲菜はもどかしい気持ちになった。

(レオに見てもらいたいのに)

 自分のドレス姿。他の娘に比べたら少し見劣りするかもしれないが。自分なりに頑張ってきめてきたのに。

 パーティー会場に行けば、レオを見つけて一緒に行動できるかも。と思っていたが甘かった。

(そうだよ。あの人皇子じゃん。しかも今回の主役の)

 当然彼を狙っている娘も多いだろうし、このままでは会えるかどうかも危うい。

(パーティーの時間っていつまで? まだ皇帝は登場してないよね? ダンスとかあるのかな?)

 ダンスはとてもじゃないが無理だ。高校の頃の創作ダンスとかとはわけが違う。

(社交ダンスってやつ? 映画でしか観たことない)

 玲菜は「はぁ」と溜め息をついて、このままでは駄目だと決心した。

(よし、自分でレオに会いに行こう)

 ショーンはレッドガルムとまだ喋っている。

「あ、あの、ショーン」

 話しかけると、わかっていたように頷いた。

「うん。おじさんのエスコートはここまでだから、行っておいで! 皇子様の所へ」

「皇子様?」

 レッドガルムは疑問を感じたようだが、ショーンはうまく誤魔化す。

「いや、たとえだよ。彼女の大事な人っていう意味で」

「うん。行ってきます」

 頷いて、玲菜は皇子の許《もと》へ向かって歩く。

 

 皇子はいつも通りの青いマントを羽織っているので目立つ。

 人をかき分けて、青マントを見逃さないように進み、ドレスの裾を踏まないようにスカートを持つ。

(レオ……!)

 ようやく皇子を囲んでいる女性たちの後ろに着き、なんとか気付いてもらえるように手でも振ろうかと思った矢先……

 レオが歩き出したために女性たちも移動をし始め、その流れに巻き込まれて人にぶつかり、着慣れないドレスの裾を踏んづけて転びそうになる。

 その危機を支えてくれる者が居て、玲菜はギリギリ転ばずに助かった。

「大丈夫かい?」

 そんな漫画のような言い方、初めて聞いた。

 転びそうになった玲菜を支えたのは茶髪の若い男性で。茶色い瞳のややイケメン。顔よりも笑顔と声が爽やかな紳士。年齢は二十二、三歳に見える。

 白いマントに銀色の詰襟《つめえり》の服。もちろん刺繍《ししゅう》は美麗。

 貴族――いや、絶対どこかの王子様だと思った。

「君が転ばなくて良かったよ、綺麗なお姫様」

 少女漫画並みのセリフまで喋った爽やか王子青年はニッコリと微笑み、多分漫画ならば薔薇《ばら》が背景に描かれていたはず。

 その優しそうな紳士は、駆け寄ってきた老紳士たちに慌てて声を掛けられた。

「ヴィクター殿下!! お待ち下さい」

(でんか?)

 玲菜はその敬称に疑問を持ったが。

 それよりも、何かの視線に気づいて――その方を見ると、なんとレオがこちらを見ていた。

(レオ!)

 気付いてくれたのかと嬉しく感じたのも束の間。

 目がやけに怖い。

 明らかに険しい顔をしている。

 しかも一瞬嫌な顔をした直後に怖いくらいの笑顔になって、玲菜に向かって呼びかける。

「これはこれは、兄上」

(兄上!?

 違う。玲菜ではなく、玲菜の後ろに居る茶髪の青年に声を掛けたのだ。

(ヴィクター殿下って、皇子だから殿下って呼ばれたの?)

 すぐに気付く玲菜。同時に、レオの兄上呼ばわりからも恐らく『次男』だと悟った。

(長男はこの前会った黒髪の人だから、この人が……!)

 確か、レオが凄く嫌っていたような。

 レオを取り囲んでいた女性たちは皇子二人の遭遇にキャアキャアざわめく。

「久しぶりだね、アルバート。活躍は聴いているよ」

 次男はレオが嫌っているという情報から玲菜が想像していたのとは裏腹に気さくで柔らかい物腰だが。レオは口が笑って目が笑っていない状態で返す。

「兄上こそ、その女性はどなたですか?」

(え? その女性って私のこと?)

 そこでようやく、未だに次男が玲菜の腕を掴んでいたことに気付いた。

「あ、あ、ヴィクター殿下、助けて下さってどうもありがとうございました」

 慌てて次男から離れる玲菜に、怒った顔を一瞬向けるレオ。

(え? 何今の表情? 私に怒ってる?)

 何か勘違いしていないだろうか。

「この方は見知らぬお嬢さんだ。こんなに綺麗だからきっとどこかのご令嬢だろう。人にぶつかって転びそうになったのを偶然私が支えることができてよかった」

 次男の説明に、玲菜は顔を赤くする。

『綺麗』だとかお世辞が入っていたのも照れるのだが、レオの前で転倒しそうになるという失態が恥ずかしくて。

「さすが兄上。お嬢さん、良かったですね」

 棒読みのように言うレオに、玲菜はどうしたらよいか分からずに「はい」と頷いて俯く。

(レオに会いにきたのに、何この状況)

 他の女性たちが「羨ましいわ」などと話している声が聞こえる。

 玲菜は居た堪《たま》れなくなって皇子二人に会釈をしてその場を去る。ショーンの所に戻ろうかとも思ったが、心の中が虚しさでいっぱいで、とにかく人の居ない方へ歩いた。

 こんなはずではなかった。

 自分が想像していたレオとの対面はこんな風ではなく。

「はぁ」

 悲しい気分になり、玲菜は落ち込みながら人の居ない方へ、人の居ない方へと歩き続けた。


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