創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第三十八話:黒髪の青年]

 

 結局、魔術師の所へ行く“小旅行”は次の日からということになり、その日はそのための用意をすることになった。着替えなどの荷物は鞄に入れて、足りない物は買いにいく。

 今度こそまるで家族旅行みたいだとウキウキする玲菜にレオはリクエストをしてきた。

「お前さ、また“サンドイッチ”とかいうの作れよ」

「え?」

 サンドイッチは前の遺跡小旅行の時にショーンのために用意して。帰った時に“もどき”をレオに食べさせたが。彼の言い方に疑問を持つ。

「レオ、もしかしてサンドイッチのことちゃんと知らない?」

「あー。お前が前に作った時に初めて食ったんだ。ドイツの田舎料理なんだろ?」

 知らなかったらしい。まさか、以前の“もどき”をサンドイッチだと思っていたのか。しかもドイツの田舎料理ではないし。

 色々と間違っている彼のためにちゃんとしたサンドイッチを作ってあげようと決めた玲菜は食パンを買うためにパン屋へ行くことにした。

 パンはいつも隣のサリィさんがくれるので、店へは滅多に行ったことがない。

 最初、「一緒に行く」とレオが言ってきたが、それは断り一人で行く。

 なぜなら玲菜には目的があり。

 

 

「うそ!? レイナ、来てくれたのね!」

 玲菜の向かった広場の近くのパン屋で、そう言って出迎えたのは黄緑に近い金髪をツインテールにした可愛らしい娘・ミリア。

 ミリアは先日の戦の時に一緒に家政婦をやった友達で、別れ際に都の広場の近くのパン屋で働いていると教えてくれていた。

 広場というと、玲菜の知る限り都で一番大きな広場が“上”にあり、そこは大きな教会もある人々の憩いの場所。渡された紙に書かれた住所は恐らくその近くを指していて。

紙を見て捜しながらもしかしたら会えるかもしれないと玲菜は期待して歩き、ついにそれらしきパン屋の前にたどり着いてドキドキしながら店内に入った。

店員の娘の中に一人、ミリアを発見。現在に至る。

ちなみにレオの同行を断った理由は、ミリアにレオのことがバレないためである。

 

「レイナ〜! 久しぶりね〜!」

 相変らずの可愛らしい声でミリアは言う。

「ところで、ショーン様とは最近会った? どうしてるかしら〜?」

 まさか、ショーン様と明日から小旅行とは言えない。

「どうしてるんだろうね?」

 玲菜が適当に返すと今度は話を玲菜のことに持ってきた。

「ねぇねぇ、それよりシリウスさまの噂聞いた?」

 玲菜というかレオというか。

「噂?」

「そう! シリウスさま、婚約っていう噂!」

 その話か。

「しかもその相手がレナにそっくりって! びっくりするわよねぇ〜」

 正直、胸が痛い玲菜の表情に気付いたミリアは「ハッ」と口を押えた。

「あ! ごめん。レイナにはつらい話だったわね」

 彼女は玲菜が皇子のファンだと認識している。“ファン”ではないが、つらい表情は隠せなく玲菜は俯《うつむ》く。

「落ち込まないで〜!!

 ミリアに慰められて、玲菜は首を振った。

「大丈夫だよ」

 自分に言い聞かせるように。

(明日から、ショーンとレオと三人で旅行だ。レオときっと仲良くできる。レナにはそういうの無いもん。レオには私の作ったサンドイッチを食べてもらって……)

 そこまで考えて、少し自分が意地悪な子に思えながらもサンドイッチのことを思い出す。

(そうだ! 食パン!)

 

 玲菜はミリアに一番美味しそうな食パンを売ってもらい、また来る約束をしてパン屋を後にした。それから、わざわざ“下”の市場にまで出向く。

 下の市場というのは、都を分断する大壁《だいへき》の向こう……つまり、山の様になっている帝都の下側にある市場のことで、多種多様な物を扱った屋台が所狭しと建ち並ぶ賑やかな場所だ。

 本日もたくさんの人が行き交い、店員がたたき売りをする前を歩き、玲菜はパンに挿《はさ》むための具材を買う。更には新しい服や勝負用の下着まで。

 さすがに気合い入れ過ぎかとも思えたが、後ろ向きな考えになって落ち込むよりはましだ。

 そんなことを思いながら市場を歩いていると、人混みになってきて。

 前に市場に来た時と同じように煌びやかな騎士の格好をした者が大声で何かを訴えかけていた。――それは恐らく傭兵志願募集か。

(傭兵志願募集……まだやってんの?)

 先日シリウス軍が凱旋《がいせん》したばかりなのに。

 確かに、戦争が終わったわけではないが、次の戦のためだとすると気が早い。

 しかし、遠巻きに様子を見ているとチラシを貰っている男たちの中に知った顔があって思わず立ち止まった。

 それはこげ茶色いくせ毛の……

「イヴァンさん!?

 その声に反応した青年はこちらを向く。そして細い目をもっと細くして駆け寄ってきた。

「あ! レイナちゃん?」

「イヴァンさん、久しぶりです!」

「うわ〜レイナちゃんじゃん! どうしたの? こんな所で。買い物?」

 まさしくイヴァンで、彼は玲菜の姿を見て近くに誰かがいないか確認した。

「一人?」

「は、はい。一人です。今ちょっと買い物に来ていて」

言いながら玲菜はイヴァンの持つチラシに注目して訊いてみた。

「イヴァンさん、そのチラシって……」

「ん? ああ、これは傭兵のチラシかな」

 やはりそうだ。イヴァンは得意げな顔で言った。

「この前レオと会ったら影響されちゃってさ。アイツ頑張ってるからオレもなんか手伝えないかな〜? って思ってね」

「え!?

 玲菜は慌てて止める。

「傭兵って! 危ないですよ。やめて下さい!」

「大丈夫だよ、オレ、これでも剣術の心得あるからね。レオと子供の頃よく言ってたんだ。『シリウスみたいに戦に出て、一緒に活躍しよう』ってさ」

 懐かしそうに彼は話す。

「結局レオは城に行っちゃって。その後アイツだけ戦場に出て、オレはその活躍を町で聴いてただけで、親父の跡を継ぐ道に進んだけど」

 そう、彼の父親は鍛冶屋らしく、今彼も鍛冶屋なのだという。

 玲菜は先日レオが懐かしそうに言っていた話を思い出す。『イヴァンたちとシリウスの真似をして遊んでいた』と。

 その、憧れだったシリウスの名で呼ばれる今の彼の心境はどうだ?

(本当は戦争が嫌だって。自分の大事な人の命が危険にさらされるのが嫌だって言ってた)

 いつだか布団の中で彼が密かに告白していたこと。

 本当は“怖い”と。

(友達のイヴァンさんが傭兵になるって知ったらレオは……)

「イヴァンさん、レオは……」

 彼はそういうのを望まないどころかショックを受けると、玲菜がイヴァンに教えようとした矢先――

 

 急に誰かがわざとらしく玲菜にぶつかってきて、その拍子で荷物を一つ奪われた。

「え?」

 以前にもこういうことがあった。

 あの時は一緒に居たレオがすぐに反応して取り返してくれたが。

 玲菜もイヴァンも呆然とする。

 一歩間を置いてから二人で「ハッ」と反応して、人混みに入り込んだひったくりに気付いた。

(また! ひったくりだ!)

 なんて自分は隙があるのか。

「待って!」

 情けなく思いながらも追いかける玲菜。同じく、イヴァンも慌てて一緒に追いかけて二人で人混みをかき分ける。

(やだ! あの中には大切な……!)

 あの中には、レオのために用意した大事なサンドイッチの具材……ではなく、レオの好みを追求して買った聖女風(イメージ)な純白の勝負下着が。

 

 必死に追いかけていると、ついに人混みを抜けたのだが、同時に犯人も見失って焦る。二人で周りを見回すと、少し遠くで犯人の後姿が見えてまた追いかけた。

「待って! ドロボーーー!!

 もう逃げられると思った。

 しかし、玲菜が叫ぶとそこに黒髪の青年が現れて。

 いきなり犯人に横からぶつかる。ぶつかった拍子で犯人は荷物を落として、玲菜たちが追いつきそうになっているのに気付いたからか荷物を拾わずに逃げ出した。

 代わりに黒髪の青年が荷物を拾う。

 結局泥棒には逃げられたが、荷物は盗まれずに済んで、玲菜たちは取り返してくれた青年に近付く。

「あ、ありがとうございます!!

「い、いえ。たまたま通りかかったもので。この辺りはああいう輩が多いから」

 振り返り、荷物を渡してくる黒髪の青年の姿を見て、玲菜とイヴァンは同時に声を上げてしまった。

「あ!!

「え?」

 青年は不思議そうにしたが。

「いえ、なんでもありません」

 その場は誤魔化してお辞儀をする玲菜。

 

 荷物を受け取って引き返す時に、玲菜とイヴァンは顔を見合わせて一緒に言ってしまった。

「似てたね!」

 黒髪の青年は、長髪で後ろに縛っていたので、髪の長さこそ違ったが。自分たちのよく知る皇子にどことなく似ていた。

 まぁ、そっくりではないのだが、瞳の色も青だし、身長や肌の色も近い。ただ、印象だけは違くて……なんというか、眉毛などはあまりキリッとはしておらず、頼りない感じ。

 それに、腕なども鍛えている皇子よりも細い。しかし……

「声もなんとなくレオに似てたよな」

 思い出すようにイヴァンは言う。

 そう――声も。喋り方は全く違うが、声質が似ている感じで、たとえると堂々としていないレオのような。

 ハッと思いつくイヴァン。

「なんつーかさ、全体的に……レオを“いい人”にした感じ!」

 まるでレオが“悪い人”みたいで。しかしかなり的を射ていて、玲菜は笑ってしまった。

「そうだね。お人よしのレオ? “俺様”じゃないレオだね」

「そうそう!」

 二人は大笑いして、それでもイヴァンは懐かしむように話す。

「でもさ、レオも昔は今みたいに……あんな“皇子”じゃなかったよ?」

 下町で過ごしていたという皇子レオ。

「なんつーか、オレはホントに気付かなくて。確かに顔立ちとか良くて、目立つ存在ではあったんだけど、ふつーに皆と泥だらけになって遊んでてさ。少なくとも威張ったりとか、高い身分の片鱗を見せることはなかったな」

 玲菜の知らない頃のレオの話。

「だから再会した時、正直オレは『レオ変わっちゃったな〜』って思ったんだけど。二人で話した時はそうでもなかったし」

 イヴァンは少し寂しげに笑う。

「なんつーか、アイツ、ちょっと孤独になった気がしてさ」

(孤独……)

 なんとも言えない表情をする玲菜を見て、慌ててイヴァンは付け足す。

「うん、でも、レイナちゃんと一緒に居る時のアイツはそんなことなくて。……楽しそう!」

 気を遣った言葉なのかもしれないが、嬉しく思う玲菜。

「ありがとう。イヴァンさん。イヴァンさんってなんていうか……観察力があるんだね」

「うん、よく言われる。目、開けてないのに凄いだろ?」

 彼の冗談に笑いながら玲菜は歩き、ふと見るともう暗くなっていたので帰ることにした。

 イヴァンは「家まで送る」と言ってくれたが、レオとショーンと一緒に住んでいることがバレてはまずいと思ってそれは断る。

 都を分断して囲む大壁《だいへき》の通路で二人は別れて、「少し遅くなった」と思いながら玲菜は家路に向かった。

 

 一方。

 別の場所では。

 先ほどの黒い長髪の青年が、黒い髪の娘とその仲間に囲まれて話をしていた。

 黒い髪の娘は長髪の青年に近付いて怪しげに笑いながら言う。

「どう? 憶えた? あれがアルバート皇子の大切な娘のレイナ。もう一人のこげ茶色の髪の男もアルバート皇子の幼馴染だから、憶えていて損はないわ」

 黒い髪の娘の仲間には、先ほど玲菜から荷物をひったくった男も居る。

 少し震えるレオ似の長髪の青年に娘は耳打ちする。

「何ビビッてんのよ。憎いシリウスを消したいんでしょー? そのために、レイナに近付いとけば絶対にチャンスはやってくるから」

 それでも震えている青年を鼻であしらう。

「フフッ。アナタ、あの人を振り向かせたいんでしょ? それに、すべてを奪ったアルバート皇子に復讐したいんじゃないの? そんなに震えてちゃできないわよー」

 そう、すべてはあの人と復讐のために。

 青年は自身の心に確認してアルバート皇子を亡き者にすることを誓う。

 たとえ自分が皇家の……ひいては民族の陰謀に利用されていようとも。

 

 

 その頃、家に帰った玲菜は遅くなった心配でおじさんと皇子の両方に出迎えられていた。

 玲菜はイヴァンと会ったことを話す。

「買い物してたら偶然イヴァンさんと会ってね。色々と話してたら遅くなったっていうか。ごめんね、心配かけて」

「ふーん。そうなのか。じゃあとりあえずメシにしようか」

 おじさんは納得して台所に向かったが、皇子は納得がいかない様子。

「え? イヴァンとどこで? パン買いにいっただけじゃないのか? 話してたにしろ、やけに遅いな」

「レオのために色々買ってたのー。だから下の市場にも行ってて」

 言いながら食材を冷蔵庫に入れようと台所に向かうと、彼は手伝おうとして荷物を一つ持った。

「へぇ。そうだったのか」

 レオはどんな食材を買ったのか気になったらしく、機嫌を良くして袋の中を覗く。すると、思いもよらなかった物を見てしまって顔を赤くした。

「俺のために。これを……」

 レオが見ていたのは食材の袋ではなく。勝負用の下着の袋だったので。玲菜は慌ててその袋を自分の手に戻した。

「違うの! ち、違うの! レオのために色々買ったっていうのはこれのことじゃなくて」

 厳密にいうと勝負下着も紛れもなく彼のためであって、違くはないのだが。玲菜は恥ずかし過ぎてもう彼の顔を見られなくなる。黙々と食材を冷蔵庫に入れてから袋を持って自分の部屋に閉じこもり、絨毯の床の上で座り込んで恥ずかしさと戦った。

 その後、夕食の時もまだ恥ずかしくてレオの顔が見られず、その日は旅行の用意だけして就寝する。ようやく平気になるのは夜が明けてからだ。

 

 

 

 次の日。

 早朝から玲菜は調理台に着き、せっせとサンドイッチを作った。なんせ大食いの彼のためだ。五人分は作らなければならない。いや、彼一人で五人分なので自分とショーンを入れて七人分か。

(なんか、三人しかいないのに大家族みたい)

 そうして、なんとか作って、袋に入れるとそれだけで大きな荷物になった。

 用意しているとショーンも起きてきて、彼は朝食を作り始める。作るといっても、ほぼ前日の残りを食べるので作る物は無く、本当は話をするためにこちらに来たようだ。

 ショーンはレオがまだ寝ているのを確認してから玲菜に言った。

「魔術師の所では、もしかしたらレオに秘密がバレるかも」

「う、うん」

 覚悟はしている。

 遅かれ早かれそれは免《まぬが》れないことで、遅くなればなるほど、打ち明けづらくなるかもしれない。

「分かってる。大丈夫だよ。私もそう思ってるから」

 もしバレて。その後はどうするか。

 玲菜は考えた。

 彼は多分ショックを受けるだろう。

 最悪、別れ(?)を切り出されることも。

(嘘をつかれること自体を嫌う人もいるし)

 そうだ。よく考えると今自分は彼に『嘘』をついているのか。考古研究者の卵だとか、故郷がドイツという村だとか。

『秘密』ではなく、『嘘』だと思うと更に胸が痛い。

 彼のことが好きで、彼を他の女の人に取られたくない。けれど……いずれ元の世界に戻ってしまって後のことは知らぬふりか?

(何その自己中心的なシナリオ。自分が物語のヒロインにでもなったかのような)

 それでは駄目だ。

 もし、彼が真実を知って別れを切り出してきたのなら受け入れないと。

「ふぅ」

 多分泣く。けれど、玲菜は心に決めてサンドイッチの用意を終わらせる。

 ちょうどその頃レオが起きてすぐに風呂に向かったので自分は出掛け用の服に着替えるために地下の部屋に戻った。

 

 

 そうして、玲菜が服を着替えて軽く化粧もして台所に行くと、すでにレオとショーンがテーブルに着いていて、レオは食事を、ショーンは新聞を読んでいた。

 ショーンは玲菜が来ると新聞を畳んで微笑む。

「その服新しいな。昨日買ったのか?」

「うん」

 玲菜が返事をして席に着くと、ショーンは「似合ってる。可愛いよ」といつものようにサラッと褒めて料理を食べ始めた。

 この天性の紳士ぶりには本当に感心する。

 新聞を読んでいたのだって、自分は食べないで玲菜をわざわざ待っていたのだろうし。

 愛しい恋人はそんなことお構いなしに先に食べていたのに。

「ありがとう。ショーン」

 玲菜がショーンにそう言うと恋人はようやく食べる手を止めて直視する。しかし、特に何か言うわけではなく。しばらく見た後にまた食事に夢中になった。

 彼が何か言ったのはすべて平らげてからだ。

「なぁ、サンドイッチ作ったのか?」

 しかも食べ物の話か。

「作ったよ」

 玲菜が答えると「へぇ」とだけ言って着替えでもするのか自分の部屋に入ってしまった。

(朝早くから起きて作ったのにそんだけ!?

 唖然としてしまう。

 リクエストされて嫌々作ったわけではないが、喜んでほしかったのに。

 腑に落ちない。

 

 玲菜が虚しくなりながらも荷物をまとめていると、レオが自分を呼んできたので「何の用か」と彼の部屋に入った。

 すると、彼はズボンだけ穿いていて、上半身は裸の姿でキョロキョロしている。少し顔を赤らめながら玲菜が「何?」と訊くと困ったように訴えてきた。

「俺の青いシャツさ、ベッドん所に置いといたんだけど、お前知らねぇ?」

「え?」

 青いシャツ?

 訊かれてふっと思い出す玲菜。

 そういえば先日、脱ぎっぱなしだった青いシャツがベッドの上にあったので、洗濯してタンスの引き出しに入れたが。

 思い出しながら引き出しを開けると一番上に青いシャツが畳んで置いてある。玲菜はそれを取り出した。

「これ?」

「ああ、それそれ」

 レオは受け取ってすぐに被りながら言った。

「なんだよ、そこにしまったなら言ってくれよ」

 聞き捨てならない。

「言わなくても、ちょっと捜せばわかることでしょ?」

「わかんねーよ。俺はベッドに置いといたんだから、まさか勝手に洗って引き出しにしまってあるなんて思わねーし」

 なんと、逆に文句を言われてしまった。

 玲菜はムッとしたが、勝手に洗濯した(良かれと思ってしたことだが)のは自分だったので「ごめんね」と言って部屋から去ろうとする。

 その矢先に彼がまた注文をしてきた。

「あーそうそう、お前さ、ついでに俺のマント取ってきてくれねぇ? 多分屋根裏に置いてあるんだけど」

「え?」

 何かパシリにされているような。

 あまりいい気分ではなかったが「まぁいいか」と思い、玲菜は階段を上って屋根裏に行く。そこには放ったような感じで床に置かれた青いマントがあったので、拾って下に降りる。

 レオの部屋に入り、「はい」と青いマントを差し出すと、彼は一瞬止まって首を振る。

「いや、それじゃねーよ。それはシリウス用のマントだから。俺が言っているのは旅用の茶色いやつでさ。長いマントの」

 知るか。

「なんでよ! じゃあ先に茶色いやつって言って! “マント”としか言ってないじゃん。そもそも、私はレオの召使いでもなんでもないんだから、色々と命令しないでよ」

 怒って玲菜が言うと、レオは慌てて弁明した。

「命令って! 別にそんなつもりねーよ。ただ、お前暇そうだったから手伝ってもらおうかと……」

 これは皇子ゆえの感覚なのか。恐らく悪気は無いようなのだが、あまりにも無神経すぎる。

「別に暇じゃないよ! もう! 自分のことは自分でやって!」

 そう言い放って、玲菜が今度こそ部屋を出ようとすると、レオは「あ!」と気付いて彼女に言う。

「レイナ、そこにある皮の手袋取ってくれ」

 

「取らない!!

 結局玲菜は手袋を取らずに部屋を出て、家中に響く大きな音を立ててドアを閉めた。

(あ〜もう〜)

 むしゃくしゃする。

 こういう部分も時間が経って改めるとある意味好きなのだが。やはり、呆れ返る。

 玲菜が怒りながら自室に戻るために居間を通り抜けようと歩いていると、後ろから誰かが抱きしめてきた。

(え?)

「何怒ってんだよ」

 それは用意がまだ途中のレオであり。閉められた直後にすぐにドアを開けて追ったと見られる。

 後ろからの不意的なハグにドキッとした玲菜だが、ここは恋の力に負けずにその腕を外させた。

「何怒ってるのか訊くことがまずありえない」

 レオは外された腕とその返しに「うっ」と怯《ひる》んだが、「ふぅ」と息をついて反省の弁を述べた。

「わ、悪かったよ。なんか色々頼んで。お前がそんなに怒るとは思わなかったから。えっと……なんつーの? ……ごめん」

 謝ったことで、玲菜の機嫌は少し直る。

「それと……」

 レオは玲菜を自分の方に向かせてじっくりとその姿を見た。

 見た後に目をそらしながら口を開く。

「俺だっていいと思ったんだよ、この服。ただ、さっきはオヤジに先に言われたから」

「なっ……!」

 本音なのか機嫌取りなのかは分からないが、少し照れながら言う子供っぽいレオをつい許しそうになる玲菜。

(駄目だ。なんなのこの人。可愛いんですけど)

 まさかこれは恋の魔力の一種か?

 いや、こうやってすぐに反省するのは彼の長所だ。

「あとさ、言い忘れたけど。サンドイッチ作ってくれてありがとな。朝早くに起きたんだろ?」

「ううん! いいんだよ、別に!」

 ついに玲菜は全力で彼を許してしまった。

「レオが喜んでくれるなら全然、苦じゃないよ。私も、さっきはごめんね! 近くにあったんだから、手袋くらい取ってあげれば良かった。それにマントも、二種類あるの知ってたんだからどっちなのか訊けばよかった」

 全力過ぎて逆に謝るしまつ。

「レイナ……」

 レオに見つめられて、玲菜も彼を見つめ返した。

「レオ……」

 二人が見つめ合っているのを見て赤面したのは居間に入ってきたショーンだ。

「お前らな……」

 呆れ返って、くわえている煙草を落としそうになる。目は完全にバカップルを見る冷やかな目だ。

 おじさんに見られて、二人は慌てて離れた。特に玲菜は、何か言い訳をしそうになる。

「あ、あ、あの、ショーン…」

 だが、ショーンは聞いていないらしく、レオに注意した。

「レオ! お前一番遅いぞ。レイナ口説いてる暇あったら用意しろ!」

「口説いてるわけじゃ……」

 レオは言い訳しかけたが、渋々部屋に戻って用意の続きを始める。レオが部屋に戻るのを見て「はぁ」と溜め息をついたショーンは、玲菜が自分に何か話しかけていたと思い出して彼女の方を向いた。

「ん? なんだ? レイナ、今何か言いかけなかったか?」

「う、ううん。いいの。なんでもないの」

 とっさに首を振って台所に向かう玲菜。

「あ、ショーン。レオが用意できるまでお茶でも飲む?」

 ショーンはソファに座った。

「ああ、ありがとう、レイナ」

 

 緑茶を淹《い》れながら玲菜はある事を疑問に思っていた。それは、ショーンに対する自分の気持ち。

(私、ショーンにはレオとの事、あまり知られたくないと思ってる。なんで?)

 厳密にいうと、レオとの事というより、レオとイチャイチャしている時の事。

(なんだろ。レオと“付き合っている”みたいなことは知られてもいいんだけど、レオとキスとかイチャイチャとか……そういう関係になることを知られたくない)

 似た感情を、自分は知っている。

(そうだ。お父さんに彼氏とのことを知られたくない、みたいな)

 かつて、自分に彼氏ができた時に、父にはデートのことや朝帰りの理由は知られたくなかった。

 それと同じような想いをショーンに持つなんて。

「ああ」

 自分の感情に気付いて溜め息交じりの声を漏らす玲菜。

(私、ショーンのことを、お父さん代わりに思ってる)

 この世界に、大好きな父が居ないからか。

(それってどうなの? ショーンの娘さんからしたら嫌だよね)

 自分の父が、他人の娘から父のように思われているなんて。若い娘と同居している事実だけでもいい気はしないはずなのに。

(もしかしたら私、一人暮らしとかした方がいいのかなぁ?)

 ふとそんな考えが過《よぎ》る。

 最初はとてもじゃないが一人でなんて暮らせなかったから仕方ないとして。今ならなんとかやっていけそうな気もするし、肝心のお金も少しできた。それに、これからもしかしたら働けばいいことだし。

(ちょっと考えておこう。今回の旅行から帰ってからを目安に)

 玲菜は心にそう決めて、温かい茶をショーンの許《もと》へ運んだ。


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